黒と金と水色と
勇磨と環が紹介してくれるという彼女は、若き天才魔術師、
『炎髪赤眼』の通り名を持つユナ=アレイヤその人だった。
その筋では知る人ぞ知る、大魔術師。
どういう知り合いなのか気になるが、今は勇磨たちに任せるほかは無い。
「ま、立ち話もなんだから、入って」
「お邪魔します」
ユナ本人から促され、御門兄妹の後に続き、扉の中へと入る。
室内は、なんというか、普通の部屋だった。
(魔術師の工房、っていうから、身構えてたけど…
なんか、想像してたのと違う…)
セリスは例によって物珍しそうに周りを見回しており、
今回はエルリスも、好奇心が勝って同じようにしてしまう。
「気になる?」
「え!? あ、その……すみません」
「別に謝らなくてもいいけど」
ユナから声をかけられて、思わず謝ってしまった。
「他の人の工房に入るの、初めて?」
「は、はい。というか、工房というもの自体、初めてで…」
「ふうん。特殊な魔力を感じるから、工房くらい持っているのかと思ったけど」
「……」
やはり、一目で見破られてしまった。
先に環から聞かされた、学園都市では云々…という話も、
あながちウソではなかったということになる。
エルリスは改めて、背筋が冷たくなる思いをしていた。
「まあ座って。お茶くらい出すわ」
「ど、どうも…」
ユナはそう言うと、奥に3つある扉のうち、右側の扉の奥へと消えていった。
厨房でもあるのだろうか。
とすると、他の扉の先には何があるのだろう?
「勇磨君、環。彼女が?」
「うん」
「そうです」
好奇心を追い払い、お茶を淹れてもらっている間に、確認してみる。
予想通り、2人は頷いた。
「彼女こそ、私たちが紹介しようと思っていた方。ユナ=アレイヤさんです」
「ま、あれだけの空間を作り出せる人物だ。腕のほうも実感したろ?」
「そうね…」
「ほんと、すごかったよ…」
この部屋にたどり着くまでのことを思い出して、げんなりする姉妹。
「お待たせ」
程なく、ユナがトレイに人数分のコーヒーカップを載せ、戻ってきた。
それぞれに配り、彼女は勇磨たちに対面に座る。
「…で?」
そして、優雅にカップを持ち上げて一口飲むと、目線を上げて尋ねる。
「わざわざ訪ねてきたってことは、私に何か用かしら?」
「ええ。実は…」
「その前に」
環が説明をしようとしたところ、それを遮るようにして、勇磨が言うのだ。
「一言、言いたいことがある」
「なに?」
ユナも視線を向けて、応じる姿勢。
勇磨は顔を引き攣らせながら、言った。
「毎回毎回、ここに来るまであの空間を通らなきゃならないっていうの、なんとかならないのか?」
よほど、応えたと見える。
「ならない」
だが、ユナのほうも一言で切って捨てた。
「取りつく島も無いなオイ…」
「だってそうでしょ? 侵入者撃退用に張ってある罠だもの。おいそれと解除するわけにはいかない」
「そうだけど……知人には、ほら、抜け道とか。あるんだろ?」
「何か代価は?」
「う…」
「なら諦めなさい。特別に入口を教えてあげてるんだから、
それだけでも光栄に思ってもらわないと」
魔術師の工房は絶対不可侵。
特に、他の魔術師に見られるということは、自分の弱点を晒すようなものだ。
これを考えると、場所を教えてもらっていること自体、奇跡なのかもしれない。
「気はお済みですか、兄さん」
「うい…」
「コホン…。では、気を取り直しまして」
話の腰を折られた環。
わざとらしく咳払いをして、事情を話し始める。
「今日は、ユナさんにお願いがあって、参上しました」
「まあそうでしょうね。で? そのお願いというのは、そちらの彼女たちのこと?」
「そういうことです」
「あ……。エルリス=ハーネットといいます。こっちは、妹のセリスです」
「は、はじめまして」
視線を向けられて、水色姉妹が自己紹介する。
ユナは、エルリス、セリスの順で目を移すと、セリスのところで若干、眉をひそめた。
そして、こう発言する。
「…なんとなくわかったわ」
「ご理解が早くて助かります」
やはり、見抜かれているのか。
魔術師ではない環でもわかったくらいだから、彼女くらいのレベルになると、
先ほどの自分のように、一発で見抜いてしまうものなのか。
「そういえば、自己紹介してなかった。ユナ=アレイヤよ」
「よ、よろしくお願いしますアレイヤさん」
「ユナ、でいいわ。こっちも名前で呼ぶから。敬語も無しでお願い」
表情を変えずに、呼び捨てることを許可する。
「それで、環。彼女たちのこと、詳しく教えてもらえるんでしょうね?」
「もちろん。あなたに相談するつもりでやって来たんですから」
水色姉妹の事情を、かいつまんで説明する。
ほとんど無表情で聞いていたユナだったが、真相を聞いて、さすがに少し驚きがあったようだ。
「驚いた。人類初の精霊憑きに、常識外れの超巨大魔力保持者? しかも、暴走の恐れがある?」
「正確に言えば、セリスさんは10年前に1度、暴走を起こしているそうです。
その際、エルリスさんが精霊の力を借りて、暴走を鎮めたと」
「そのときに精霊が宿ったというの? 驚きを通り越して、呆れすら覚えるわ」
ユナをもってしても、にわかには信じられないことらしい。
わずかながら驚いた表情を、エルリスとセリスに向ける。
「お願いというのは他でもありません。
エルリスさんとセリスさんに、魔力・魔法のいろはを叩き込んであげてはもらえませんか」
「特に、こちらのオッドアイの彼女、セリスには急を要する、ってわけか」
「そういうことです。現状では安定しているようですが、いつまた暴走するかわからない。
いずれにせよ、私たちでは手に負えませんので」
「それで私のところに来たと。はあ、事情はわかったわ」
一通りの説明を受けて、ユナは困ったように天井を仰ぐ。
「引き受けていただけませんか」
「あのね環。こういう場合、私がなんて言うか、わかってるでしょ?」
「『依頼に見合う、相応の対価をよこせ』と、そう仰るのでしょう?」
「ご名答」
ユナは生粋の魔術師である。
魔術師・錬金術師こそが等価交換の原則を1番守り、尊ぶ人種なのだ。
「何か、私にメリットがあるのかしら?」
少なくとも、水色の姉妹には、そんなものは存在しない。
つまりは、環に頼るほかは無い。
(大丈夫なのかしら…)
(環さん…)
すがるような目を環に向けるが、当の本人は「想定済みです」とでも言いたげな、
自信ありげな表情をしている。
まあ、ユナがどういう反応をするかはわかっていたようなので、それに期待する。
「ま、あなたのことだから、何かしら用意はしているんでしょうけど」
「当然ですね。あなたに頼むんですから、手ぶらでは来られません」
環はにやりと微笑んで。
対ユナ専用の、絶対的な切り札を使う。
「引き受けていただけるのなら、現状、あなたが1番欲しいと思われる情報を、提供しましょう」
「っ…」
ユナがあからさまに反応した。
ほとんど崩れなかった表情を強張らせ、驚きに染まっている。
「…本当に、お兄ちゃんの?」
「確度は保証しましょう」
「乗った!」
確かめるなり、即決だった。
「速っ!?」
「そんなことでいいの?」
水色姉妹も驚きの速さ。
セリスなどは思わず突っ込んでいるほどだ。
「エルリスにセリス、だったわね。引き受けたからには厳しくいくから、覚悟なさい」
「お、お手柔らかに」
「よ、よろしく、お願いします」
妖しげな笑みに、姉妹は少し腰が引ける。
「さて、依頼は引き受けたわよ。情報を提供してもらいましょうか」
「わかりました」
ユナが、喉から手が出るほどに欲しい、その情報とは?
「1ヶ月ほど前のことですが、ノーフルの町において、”彼”を見かけたという話を
小耳に挟みました。人相、背格好からして、ほぼ間違いないかと思われます」
「ノーフル…。そんなところに……」
ある日、「オレは旅に出る!」と言い残し、突然に家を出て行った義兄。
どこで何をやっているのかと思ったら、そんなところに居たとは。
(恩を売ろうと思ってキープしておいた情報。思わぬ形で役に立ちましたね)
偶然に耳にした話なのだが、環にしてみれば、十二分に使える情報だった。
バイトに精を出していたときのことである。
「よし、すぐに……って、あれ?」
「どうしました?」
席を立とうとしたユナが、何かに引っ掛かりを覚え、環に聞き返す。
「それ、いつの話だって言った?」
「1ヶ月ほど前のことですが」
「1ヶ月……って、そんな前のことを聞かされても、意味ないじゃない!」
引っ掛かりとは、これのことだった。
1ヶ月前の消息を聞かされても、現在のことなどまったくわからない。
だが、ユナの激昂を受けても、環は余裕綽々だった。
「あら。私がいつ、『最新の情報だ』だなんて言いました?」
「!!」
すました顔で言ってのける。
つまり、確信犯。
「……やられた」
気付いたときには、もう既に遅し。
ユナは心底、苦汁を飲まされた思いで言う。
「見事に謀ってくれたわね、この女狐」
「見事に引っかかるほうも引っかかるほうですけどね」
「言ってくれるわね」
「そちらこそ、情報を聞くだけ聞いて、すぐに飛び出していこうとされたのでしょう?」
「ぐぐ…」
あのとき席を立ちかけたのは、すぐさま飛んでいこうとしたからである。
それだけ、ユナにとっての義兄は、優先すべき事項なのだ。
彼女が鉄砲玉だと称される所以もそこにある。
曖昧ながらも少しでも情報が入れば、義兄に会うべく、他の事はそっちのけで飛び出していく。
そんなわけで、工房には不在なことが多いのだ。
「その手には乗りませんよ」
「…わかったわよ。等価交換は等価交換。
1度引き受けた以上は、ユナ=アレイヤの名に賭けて、ちゃんとやる」
「ありがとうございます」
「次はこうはいかないからね」
「その”次”が、あればいいですけどね」
環とユナの間で、見えない何かが火花を散らしている。
2人とも顔では笑っているのだが、心では、まったく笑っていないのか?
「あの……勇磨君?」
「なんだか怖いんですけど…」
「ん、問題ない」
そのことに気付き、得体の知れない恐怖に駆られた水色姉妹。
勇磨に訴えてみるが、勇磨は、涼しい顔で言ってのけた。
「あの2人、なんだかんだ言いつつも、仲が良いんだよね」
「そ、そうなのかしら…」
「心配は要らないさ」
「そ、そう」
姉妹も、無理やりに自分を納得させる。
彼らには知る由も無いが、同じ感情を抱くもの同士、同類だということだろうか。
かくして、ユナによる水色姉妹への修行が始まる。
第7話へ続く