黒と水色

第7話 「水色姉妹の修行 その2(後編)」








「もっと集中しなさい! そんな集中力じゃ、目も当てられない!」
「うぅ〜、難しいぃ…」

怒声が轟く修行場。

セリスはようやく、直接指導してもらえる段階に入ったのだが、
そこから先がまた難しかった。

どうも彼女、膨大な魔力を持ってこそいるものの、それを制御する術が欠けているようだ。
ヨーヨーを操ることと、魔法を放つことでは、根本的に違うらしい。

「むぅぅ〜っ!」

――ボボボッ…

どうにか力を込め、セリスの右手に炎が宿った。

「そう、その調子。その調子で炎を制御して!」
「むぅぅ………ふぁ…ふぁっくしょん!」

――シュゥゥ…

「あーっ!」
「はぁぁ…」

魔法行使の途上で、セリスはこともあろうにクシャミ。
一瞬、集中力が欠けた影響がモロに出て。
セリスの叫びと共に、せっかく灯った炎は、徐々に消えていった。

ユナのため息がとても長い。

「なんでー? どうして〜!?」
「やっぱり才能、無いのかしら…」
「今のはわたしのせいじゃない〜! くしゃみが出ちゃったんだからしょうがないよ!」
「まったく…」

打つ手なし、とばかりに、ユナはお手上げのポーズ。
くしゃみ以前の問題のような気がしてきた。

「もしくは、炎と相性が悪いとか…? そういえば、エルリスは氷の精霊に愛されて…
 そうなのかもしれない。あなたたち姉妹は、炎系とは絶望的に相性が悪いんだわ」
「そ、そうなの?」
「もうそうだとしか考えられない。きっとそう、絶対そう!」

無理やり自分を納得させるユナ。
それだけ、セリスの出来の悪さには閉口していたのだろう。
強引ではあるが、理由が見つかって晴れ晴れしている。

「まあとにかく、炎系の修行はやめて、次からは氷系にしましょう。
 セリス、あなたはもう少し瞑想してなさい」
「は〜い…」

元気印のセリスも、返事にはさすがに力が無い。
その様子に再び嘆息しつつ、ユナはエルリスに歩み寄った。

「どうかしら?」
「ええ、だいぶ」

セリスと比べて、エルリスのほうは順調に実力を伸ばしている。
魔力の行使・制御とも、もうかなりの腕前になっていた。

「妹とは比べるべくも無いわね」
「あはは…」

苦笑するしかないエルリスである。

「じゃあ今日は、あなたの持ってる剣について、説明するから」
「これの?」

エルリスは、腰に下げているエレメンタルブレードを手に持ってみる。

「説明も何も、これって、普通の剣じゃないの?
 それは確かに、高価そうな剣で、切れ味もバツグンだけど」
「…はぁ」

それを聞いて、ユナはまたため息をつく。
この短時間で、いったい何回ため息をつかせれば気が済むんだろうか、この姉妹は。

「まあ想像は出来たけど、こうも予想通りの反応を返されると、さすがにヘコむ」
「ご、ごめんなさい…。でも、これってそんなに特別なものなの?」
「当然よ。じゃなかったら、私が譲ってくれなんて申し出るわけないでしょ」

ユナは、魔術品コレクターとしての側面も持っている。
1度、それを見せてもらったが、一室を丸ごと覆い尽くしていた。

よくわからないアイテムばかりだったが、どれも一級品なんだそうである。

「まず、材質ね。それは間違いなくミスリル鋼で出来ている」
「うん、それはわかる」
「切れ味が良いのはそのためね。まあ、普通の青銅や鉄剣なんかとは比べるのも失礼。
 でも、その剣の特異性はそれだけじゃない」

肝心なのは、これから説明されることなのだろう。

「柄の部分を見てみなさい。くぼみがあるでしょ?」
「ええ」
「そのくぼみはね、ただ開いているのでも、鋳造時のミスでもない。
 ”これ”をはめ込むための穴なのよ」
「それって…」

言いながらユナが取り出したのは、親指の先くらいの大きさの、
綺麗な輝きを放つ宝石のようなものだ。

「綺麗ね。なんの宝石?」
「宝石じゃないわ。これは、『エレメンタルクリスタル』と呼ばれるもので、
 空気中のマナが凝縮して、結晶化したものなの」
「へぇ…」

初耳だった。
存在自体を知らない。

「エレメンタルクリスタルは、1個1個それぞれ、持っている魔力の性質が違う。
 例えばコレは雷属性を持ってる。まあ人それぞれ、個性があるのと同じことね」
「ふうん。で、それをはめ込むと、どうなるの?」
「実際、やって見せたほうが早いわね。はめてみなさい」
「わかった」

エルリスはユナからクリスタルを受け取って、柄のくぼみにはめ込んでみる。
…何も変化は無い。

「…? 何も起こらないけど…」
「少しは頭を使いなさい。マナの結晶だって言ったでしょ? 魔力を通してみなさい」
「ええと……こう?」

少し、剣に魔力を通してみると…

――ジジジ…!!

「わっ!」

剣が電気を帯び、青白いスパークを発生させたのだ。

「これでわかったでしょ? その剣の凄さが」
「え、ええ…。こんなことが出来たんだ…」

自分の剣に、こんな機能があったとは。
要するに、はめこんだクリスタルの属性を、剣に纏わせることが出来るということか。

「すごい…」

エルリスは純粋に驚いていた。
その様子に、ユナは改めて呆れていたりする。

「まだよ。それですべてじゃないわ」
「ま、まだ何かあるの?」
「今度は、その状態で、氷系の魔力を通してみなさい。そのままでよ」
「ええと…」

電撃を纏わせたまま、ということだろうか?
少し難しいが、エルリスは自分で調節して、今度は魔力に氷系の念を込めて剣に送る。

すると…

「…氷属性がついた」
「そうなのよ」

電撃は纏ったままで、さらに、氷の属性が付加された。
ライトニングアイスソードの完成である。

「複数の属性を持たせることも出来る……ということ?」
「そういうことね」
「へぇ〜…」
「あなたなんか、氷属性に特化した魔術師なんだから、氷はいつでも纏わせることが可能よ。
 それだけ、あなたの氷属性魔法は威力が高いってことね。まあ、精霊のおかげだと思うけど。
 だから、氷属性だけに関して言えば、クリスタルをはめ込む必要は無い、ってわけ。
 剣に魔法属性を纏わせて戦えば、威力は何倍にもなるわ」
「ほぉ〜…」

エルリスは感心しきり。
これに、ユナはまずます脱力する。

「難点は…」

声に力がなくなってきているのが、その証拠だ。

「エレメンタルクリスタルは希少物で、すごく高価だということだけど。
 まあ、氷だけでも付加して戦えば、充分でしょ」
「わかったわ。あ、そういえば、このクリスタルは…」
「いいわ、あげる」
「え、いいの? もの凄く高いんじゃ…。ちなみに、いくらくらいするものなのかな?」

ユナから渡されて、はめ込んでいる雷のクリスタル。
そんなに高価なものを、タダでもらうのは気が引ける。

おそるおそる尋ねてみるエルリスだが

「そうね。クリスタルの大きさとか純度とか属性にもよるけど、
 1個でだいたい、金貨50枚から100枚くらいが相場かしらね」
「………」

恐ろしい数字だった。
思わず目が回ってしまいそうになるほどの衝撃。

「で、もうひとつの欠点。その都度、使い捨てになっちゃうから」
「え!?」

そう言われ、確かめてみると。
さっきはめ込んだはずのクリスタルは、最初から無かったかのように消えていた。
もちろん、剣に纏っていたスパークも消えている。

「わかった? 返せって言ってもしょうがないの」
「…よくわかったわ。とにかくすごく貴重だということよね…」

とりあえず、今の自分の資金力では、とても手を出せないと思いつつ。
超強力な武器だということを、今さらながらに認識したエルリスだった。





「まずは、頭に”風”のイメージを思い描いて」
「えっと、風…」

その後、冷静になったユナが考え直した結果。
エルリスと同じ魔法を使えても意味が薄い、ということになり、
『風』属性の魔法をセリスに教えることになった。

「浮かんだ?」
「風って、あの風でしょ? うん、大丈夫」

笑顔で頷くセリス。
本当にわかっているのか、疑わしいものであるが、確かめようが無い。

「それじゃ、それを自分の中から奮い起こすようにして、魔力に乗せてみなさい」
「えっとー、魔力に乗せる…」
「慎重に、少しずつよ、少しずつ。あなたはただでさえ、魔力が多いんだから」

おそるおそる、セリスは言われた通りにやってみる。
すると…

――ビュォォ

「あっ」
「いいわ、その調子」

セリスの周囲に、弱々しいものであるが、空気の渦が発生した。

「あとは、その制御だけど…」
「すごいすごーい! わたしにも出来た! うわ〜!」
「ちょっと、人の話を…」

だが、成功した喜びで、ユナの言葉も聞こえない状態になってしまい。
興奮で高まった魔力により…


――グォォオオオッ!!


「うわあああああ目が回るぅぅうう!」

大竜巻にまで発展してしまった。
その中心にいるセリスは、自分が生み出した竜巻に巻き込まれそうになっている。

「だから言わないこっちゃない…」

再三再四、繰り返しつかされているため息を、またひとつ大きく吐いて。
ユナは魔力緩衝のため、自らの魔力を撃ち込んだ。

「た、助かったぁ…」
「………」

竜巻が消え、その場にへたり込んでしまうセリス。
ユナはつかつかと歩み寄ると

ごんっ!

「いったぁー!」

セリスの頭をゲンコツでひと叩き。

「人の話を聞きなさいこの馬鹿!」
「うぅ〜、だって…」
「だっても何も無い! こんなんだから、過去に暴走を起こしちゃうのよ」
「うぅぅ…」

暴走のことを言われ、すっかり小さくなってしまうセリス。
なんだかんだで、幼い日の暴走のことは、彼女のトラウマになっているのだ。

「ただでさえ、あなたは魔力制御の技術が稚拙なんだから、気をつけること。
 次にこんな事態になったら、本気でぶっ飛ばすわよ」
「はーい…」
「…ふぅ。まあ、なんにせよ」

目に見えて落ち込んでしまったセリスに、暴走のことを言ったのは少し悪かったかと思いつつ。
励ましの言葉をかける。

「これで、『風』属性はそれなりに扱えるであろうことはわかった。
 魔力は半端じゃないんだから、修行次第で、一流になることも可能よ。
 がんばりなさい」
「そう? そっか、へへへ」

立ち直りが早いのもセリス。
すっかりその気になって、やる気も出てきたようである。

まあ、とどのつまり。

(やっぱり、この姉妹にとっては、『炎』は相性最悪なのね…)

ということであった。






依然、水色の姉妹は修行中。

「むぅ〜っ」

正面を見据えて、何やら唸っているセリス。
その正面であるが、ユナが用意した魔物を模した標的が数体、置かれている。

「発動できるようにはなったんだから、次はその制御。
 敵に当てられなければ意味が無いわ」

ということで、セリスは目標へ、正確に命中させるという特訓を行なっていた。

「空を駆け抜けし風よ……この手に集い、仇討つ刃となりたまえ!」

詠唱と共に、セリスの両手に魔力が宿る。

「ソニック!!」

そして放たれる、真空の刃。
いつもここまでは良いのだが…

スカッ!

見事に外れる。
ちなみに、これで10回連続。

「なんで? なんでなんでなんでぇ〜!? なんで当たらないの!?」

地団駄を踏んで悔しがるセリス。

先の数字は今日だけの回数であり、通算すると、
すでに百発近くは無駄撃ちしているのではなかろうか。

つまり、今までただの1度として、命中した試しがない。

「お姉ちゃんはあんなに綺麗に当てられるのに…」

精霊の加護が無い分、セリスにとっては厳しいのだろうか。
それとも…

「うぅ〜…。もう1回、今度こそ! ソニック!

発動までは上手くいく。
だが、どうしても…

「ふぇぇ…」

ことごとく、外れてしまうのだ。
さすがのセリスも、すっかり肩を落としているのかと思いきや。

「ソニック! ソニック! ソニック〜ッ!」

連発、連発、連発。

意気込みは認めるが、結果が伴わない。
むなしく的の周囲を通過するだけだった。

「やれやれ…」
「あはは…」

そんな光景を嫌というほど見せ付けられているユナとエルリス。

「初心者のクセに、あれだけ撃って、バテないことはすごいけどね…」
「魔力だけはあるから、あの子……あはは」
「まったく…」

苦笑を通り越して、もはや呆れを覚えるしかない。

「威力だけはたいしたものだけど…。まあ確かに、魔力が多いだけのことは」
「あはは…」
「まあセリスのことは放っておいて。エルリス、あなたのほうは最終段階に入るわよ」
「え? は、はい」

いきなりそんなことを言われ、硬くなるエルリス。
始めからかなりきつい修行だったこともあり、内心は不安でいっぱいである。

「それで、どんなことを?」
「やることは同じよ」
「え…」

ユナは簡潔に答えつつ、エルリスと距離を取った。
エルリスに嫌な予感が走る。

「コレまで通り、私の魔法を打消レジストしてみせなさい」
「わかったけど……まさか?」

「そう」

にやりと妖しい笑みを浮かべるユナ。

「私の全力を跳ね返して見せなさい!」
「そんなっ!」

なんと無茶な。
ユナほどの魔術師、全力での一撃を、自分のような未熟者が跳ね返せるわけが…

「無理よ!」

「天空に満ちし大いなる炎の精よ……大地に眠りし大いなる力よ……」

悲鳴を上げるエルリスだが、ユナは聞く耳を持たず、詠唱を始めてしまった。
彼女の周りにすさまじい魔力の奔流が現れ、凝縮していく。

「ユナッ!」
「もう後戻りは効かないわ。あなたも早く準備しないと、間に合わなくなるわよ」
「っ…」

止まらない。止められない。
固まっていたエルリスだったが、追い込まれ、半ばヤケクソで詠唱に入る。

「わかったわよ! やればいいんでしょ!」

(私の氷の精霊さま! お願い!)

自分1人の力ではどうしようもない。
自分の中にいる”もう1人”へ呼びかけつつ、術式を刻んだ。

「清らかなる氷の精よ……等しく訪れる森羅万象、悠久なる氷よ……」

「我が意と言葉に従いて……」

両者、詠唱を進める。
ユナの全力に抗うためには、並大抵の魔法ではいけない。

「今ここに、汝の力、解き放たりて…
 彼の物ことごとく、深淵たる永久(とわ)の眠りへ誘いたまえ!」

「我が眼前に立ちはだかりし愚か者…
 骨の髄まで焼き払わん!」

エルリスの周りには冷気が、ユナの周りには炎が具現化、吹き荒れる。
相反する、正反対の力を持つ2つの魔力が、ここに解放された。

「アブソリュート・ゼロッ!!」

「メガフレア!!」








「お疲れ」

「………はぅ」

一声かけられて、エルリスは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
いや、気力精力を使い果たして、自分の身体を支えきれなかった。

「氷の精霊の助力があるとはいえ、見事なものよ。
 私の上級魔法が防がれたのは、いつ以来かしらね」
「………」

エルリスは放心状態。
ほけ〜っと、虚空を見つめている。

「合格。これでとりあえず、私が教えられることは教えたわ。あとは自分の努力次第」
「………」
「ま、今はゆっくり休みなさい」
「ふぁぁい…」

ようやく返事を返すことの出来たエルリスだったが、その身はすでに限界で。

「zzz…」
「おっと」

糸が切れるように睡眠へ入り、倒れこみそうになった身体を、ユナが支える。
本当に、自分の持てる力のすべてを、限界まで使い果たしたのだろう。

「追い込まれると、実力以上の力を発揮するタイプね、この娘」
「zzz…」

ユナはエルリスのことを冷静に分析する。

力を引き出してやる状況を作り出す、作り出されること。
つまり、ピンチに追い込まれることは、この世界で生きていく以上は多々起こりうる。
絶体絶命になれば、120%の力を発揮するのは道理だろう。
エルリスの場合は、それが150%にも、200%にもなりえる底力を秘めている。

だが、それまでをどうやって乗り切るか。
普段の状況で、いかに限界付近まで力を引き出すか。
どこまで安定して力を使えるか。

ピークが高くても、常時、取り出せる値が低いのでは、実体は半分以下。
今後の課題だ。

「あとは…」

困ったように、視線をセリスのほうへ。
すると…

ブオンッ!

「…!」

巨大な風の渦が発する音。
続けて

<I>ズガァンッ!</I>

自分が設置した、標的が破壊される音。
初級魔法のものとはとても思えない、強力な威力。

「……やった」

そして、セリスのうれしそうな声。

「やった、やったぁ! 当たった、やっと当たったぁ〜!」

思わず小躍りし始めるセリス。
まあ、まぐれ当たりか、たまたま命中したに過ぎないのだが…

「…ふぅ」

ため息のユナ。
自分の魔法の威力の凄さに、全然気づいていないことに加えて。

「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる……」

深い意味ではなく、見た目そのままの言葉を呟く。
もう、セリスに限っては、そういう戦法で行くしかないのだろうか…





翌日。

「終了?」
「ええ」

聞き返した勇磨に、ユナは短く頷いた。

「修行が完了したということですか?」
「そう。昨日をもって、私からの修行はお終い」

環からの問いにも、こう答える。

「こっちのこと、ご苦労様。もういいわよ」
「そうか」
「まあ、それはいいんですが」

水色姉妹の修行中、彼女たちは”向こう側”に行っていることが多いので、
こちら側の掃除や洗濯炊事などは、勇磨と環が担っていた。

要するに、雑用係をやらされていたわけだ。
特にやることも無く、自分たちの修行もあの空間でやらせてもらう見返りとして、
自分たちから申し出たことである。

「環の料理が食べられなくなるのは、少し惜しいんだけど」
「ありがとうございます」
「正式に、私専属のコックにならない? お給金は弾むわよ」
「せっかくの申し出ですが、お断りします」
「ま、そう言うだろうとは思ったけど」

「…?」

ちらりと視線を向けられた勇磨。
意味がわからず、首を傾げるだけだ。

「ユナ、今までありがとう。おかげでだいぶ強くなれた気がするわ」
「わたしは微妙なんだけど…。魔法を使えるようにはなったし、お礼は言っとくね」

水色姉妹も、これまでの礼を述べる。

「成果、良いみたいだね?」
「ええ、本当に。あなたたちも、良い師匠を紹介してくれて、ありがとう」
「いやいや。君たち自身の努力の結果だよ」

続けて、御門兄妹にも。

「でも、根本の解決にはなりませんでしたね。申し訳ありません」
「ああ、謝ることなんかないって」

エルリスはこう言うが、確かに、暴走回避の対策は立てられていなかった。

魔法を使えるようになることと、暴走を完全に抑えこむこととでは、
その方向性が違ってくる。

魔法を使うということは、魔力を取り出すということ。
反対に、魔力の暴走を抑えるには、表への流れを止めてしまうことになる。

相反する2つの事象。
セリスはまだ、『魔法を使える』というレベルのみ、身に着けたに過ぎない。
それもごく基本的なことばかりだ。

魔力を統べるという意味では一歩(半歩くらい?)の前進だが、まだまだ全面解決には程遠い。

いかにユナといえども、コレだけの問題を解決するには、時間も知識も足りなかった。
そもそも、そのような方法があるのかさえ、不明であるのだ。

「でも、これからは、どうしようかな…」
「そのことなんだけどね」
「え、なに?」

ユナが口を挟んだ。
なんだろうか?

「方法、無いわけじゃないのよ」
「え?」

無いわけじゃない。
暴走を封じる方法のことだろうか?

「ただし、いま私が考えている方法は、魔法封じの応用で魔力自体を完全に封じるか、
 休眠状態にするっていうだけ。それだと一時的なものになっちゃうし、
 死ぬまで延々、定期的に同じ処置を受け続ける必要がある。
 本当に有効なのかどうかもわからないし、やっぱり根本的な解決法にはならないの」
「………」

やはりそうか。
そう簡単にはいかないだろうとわかっているが、落胆も大きい。

「その他の方法については、私のほうでも調べてみるから」
「本当?」
「知ってしまった以上、放置は出来ないじゃない。
 まあ、現状では極めて安定しているし、きちんと魔力の制御を教えたつもりだから、
 当面は大丈夫でしょうけどね」
「うん…」

現段階では、セリスが暴走する可能性は限りなく低い。
だが、完全に0%にならない限り、姉妹の不安・苦しみは続くのだ。

「私も出来る限りのことはする。でも、その代わり」
「そ、その代わり?」
「そうよ」

交換条件?
不意を衝かれ、エルリスは少し裏返った声になってしまった。

「わざわざ私が労を払おうって言うんだから、見返りをもらうのは当然よ」
「そ、そうね」
「わかったよ。で、ユナさん。その見返りって?」

尋ねたセリスに、ユナは…

「あなたたち。ハンターライセンスのCランクを取ってきなさい」
「はい?」

突拍子も無い答えを返した。

「聞いた話によれば、あなたたち姉妹は、まだDランクだってことよね」
「そうだけど…」
「一時的にせよ、私の取った弟子が、そんな最低ランクだなんてみっともない。
 一刻も早く昇級してもらわないと、私の世間体にも影響が出るじゃない」
「……」
「そんな、他に誰も知らないんだから、それくらい…」
「私自身が許せないの」
「そ、そうなんだ…」

思わず言葉を失うエルリス。
セリスも苦笑を見せるだけ。

「というわけで、Cランクを取ってきなさい。今すぐ」
「えーと…?」
「今すぐって言われても、試験の日程は…」

「ちょうど2週間後にありますね」

答えたのは環だ。

「じゃ、それ、受けてきて。もちろん落第は許さないから」
「急に言われても……わかったわ」

渋るエルリスだったが、ユナに睨まれて、やはり渋々に頷く。

「うぅ〜、学科試験がぁ…」
「セリス、最初に受かったときも苦労したしね…。かく言う私も、自信ない…」

「私がお教えしましょうか?」
「いいの!?」
「ええ、私でよければ」

願ったり叶ったりの環からの提案。
姉妹はもちろん、喜び勇んで頼んだ。

「そうだ、兄さん」
「ん?」
「せっかくですし、良い機会ですから、私たちも受けてみましょうか」
「俺たちもって……Aランク試験をか?」
「はい」

ひょんなことから、御門兄妹にも話が及ぶ。

「Bランクを取ってから、もうどれくらいになるとお思いですか?
 そろそろ上がっておかないと、稼ぎにも影響が出るんですよ」
「し、しかし…」

BランクとAランクでは、報酬金の額が絶対的に違う。
一桁違うなんてこともザラであり、請けられる仕事の範囲も大幅に広がってくれる。
もちろん、持っていたほうが良いに決まっているのだ。

「俺は…」
「…そうでしたね」

乗り気でない勇磨の様子を見て、環は何かを悟り、ため息をつく。

「わかりました。兄さんも、私がみっちり鍛えてあげます」
「うえっ!? そ、それは遠慮したい…」
「問答無用」
「……はい」

前回、試験を受けたときのことを思い出し、回避しようとした勇磨だがあえなく撃沈。
よほどの嫌な思いをしたと見える。

「みんなで勉強会だね〜。大勢のほうが楽しいから、わたしは歓迎〜♪」
「環との勉強会…。なんだかとっても厳しそう…」

笑って受け入れるセリスに対し、エルリスは戦々恐々。
勇磨の様子から、とんでもないしごきになるのではないかと、そう思ったからだ。

「それじゃ、そういうことでよろしく」

そんなユナの言葉に送り出され、一行は、ハンター試験を受けるために、
王国ハンター教会の本部がある王都へと向かうのだった。





第8話へ続く




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