黒と水色

第8話 「ハンター試験(前編)










ユナから宿題を課され、一路、王都へ向かうことになった一行。
ハンター試験の開催地が王都であるためだ。

「え〜と……『ハンター特権を3つ挙げなさい』? う〜ん、なんだっけ?」
「ええと……わたしも忘れちゃった。お姉ちゃん、教えて」

「まったく…。
 依頼者の協力を義務付けられる権利、『協力特権』。
 協会の同意が無ければ逮捕されない権利、『不逮捕特権』。
 依頼の都合上、公共機関またはその他の機関を利用する場合は、
 特別優先、割引を受けられる権利、『割引特権』」

まったく考えもしないで尋ねてくる勇磨とセリスに呆れながら、
エルリスは指折り数えつつ、問われた3つを挙げてみせる。

「…まだあると思うけど、とりあえず3つ挙げろと言われたら、こんなところかしら?」
「エルリスさん正解です」

王都へと向かう列車内。
環を教師役として、その他3人は移動時間を惜しみ、勉学に励んでいる。

「その他には、緊急時、武器防具などを優先して回してもらえる『武具特権』や、
 Aランク以上限定になりますが、租税の減免を受けられる『減税特権』などがあります」

とはいえ、この様子を見る限り、まだエルリスはいいものの、
勇磨とセリスは、絶望的な状況に思える。

「やれやれ…」

大きなため息の環。

「これは、王国ハンター特例法のほんの触りですよ。これぐらい覚えていないでどうするんですか」
「そんなこと言われても…」
「ねえ?」

「…はぁ」
「あはは…」

顔を見合わせ、わかったように頷き合う勇磨とセリス。
覚えようという気が感じられず、再びため息の環と、苦笑するエルリスだ。

「とにかく、試験日まで2週間も無いんですから、死ぬ気で勉強してもらいますよ。
 特に、セリスさんと兄さんには」
「うぅ〜…」
「すでに、頭がパンクしそうだ…」
「文句を言わない。口を動かす暇があるなら、手と頭を働かせるように」
「「はいはい…」」
「『はい』は1回」
「「はい」」
「よろしい」
「あはは…。私もやろう」

すっかりスパルタ教師と化している環と、ダメダメ生徒の勇磨とセリス。
やはり苦笑するしかないエルリスも、学園都市で買ったハンター試験問題集と向き直った。

ここで、『ハンター試験』について説明しておこう。

実施は年に3回。
ここエインフェリア王国では、王国ハンター協会本部のある王都で開催される。

試験内容は、ハンターとしての知識を問われる学科試験と、
本分である腕っ節の強さを試される実技試験とに分かれる。

実技のほうは言わずもがなだが、学科試験には、対することになる魔物の幅広い知識や、
万が一の場合の薬草学や簡単な応急医術、金銭面でのトラブルを避けるための経済学。
さらには、ハンターとしての心構えや規則などを定めた、ハンター法の問題が出てくる。

これが結構な難関で、毎回、半数近くが学科試験で落第すると云われている。
学科試験にパスできなければ、実技試験を受けることが出来ないので、高いハードルだ。

その代わり特例もあり、1度学科試験にパスすれば、実技試験で落ちたとしても、
向こう1年間は同じランクの試験を再び受ける場合、学科は受けなくても良いことになっている。

もちろん、受けるランクによって難易度は変わり、高くなるほど難しい。

「ハンター法って57条もあるよ〜。こんなにいっぱいあったっけ?
 こんなの、全部覚えるなんて無理だよ〜」
「まったくだ…。前回、よく受かったな俺…」

この2人にとっても、学科試験が大きな関門である。
最初にハンター資格を取ったときに1度、暗記しているはずの分野なのだが、
今となっては影も形も無いようだ。

「本当にね…」

こればかりは、エルリスも同意できるところ。
自分もセリスも、よく資格を取れたと思う。

実際、学校に通っていたときの成績も、『良い』とも言い切れないものだったのだ。
セリスのほうは、ご想像にお任せする。

「学科もそうだけど、実技のほうも、ものすごく不安なのよね…」
「そうだよねお姉ちゃん…」

水色姉妹の場合、実戦経験が絶対的に足りない。
普通は、相応の仕事数をこなしてから、次のレベルに行っても大丈夫だという自信をつける。
ところが、水色姉妹は仕事など1件もこなしていないし、そもそも活動自体がまだだ。

それなのに、早くも次のランクを取ってこいと言われたわけで、不安は募る。

実技試験、実戦なのである。
とはいっても、魔科学によって作り出される、擬似モンスターとの架空戦闘になるわけだが。

それでも、ある程度はダメージも受けるし、対戦することになる魔物も、
不公平が出ないように種類は限られているとはいえ、そのときになってみないと、
どのモンスターと当たるかわからないのだ。

水色姉妹は、半年ちょっと前にハンター資格を取ったときの試験で、
学科実技ともにギリギリでの合格だったことも、余計に不安を煽る情勢になっている。

「大丈夫かしら、私たち…」
「何を言っているんですか」

肩を落とすエルリスに、環は「馬鹿な事を」という雰囲気で言ってのける。

「あなたたちは、ユナさんや私たちから師事を受けたんですよ。
 大丈夫、そこいらの同ランクハンターよりは格段に強い。保証してあげます」
「環さん…」
「ですから、自信をお持ちなさい。学科試験をパスできたのなら、
 Cランク程度の実技試験など、突破するのはたやすいはずです」

そう言われると、心が軽くなってくる。

「そう、よね…。そういう意味では、私たち、他の人より全然恵まれてるんだもの」
「…強くはなれた気がするけど、すごく厳しかった。鬼だよ、悪魔だよ、極悪だよ」
「セリスさん? もっとメニューを増やしましょうか?」
「わーわー! ユナさんも環さんもすごく優しかったよ、うん!」
「まったく、調子いいんですから」

やれやれと息をつく環に、へらへら愛想笑いのセリス。
やっぱり苦笑のエルリスだが、ついさっきまでとは打って変わり、不安は消えた。

「…でも、学科試験が高い壁であることは、変わらないのよね」

…もとい。
実技試験に対する不安は無くなったが、学科試験の不安はそのままだ。
むしろ、大きくなっているかもしれない。

「それも大丈夫です」
「え?」

が、環からは、再び『問題なし』サインが出る。
どういうことなのだろうか?

「私が責任を持って、あなたたちをCランクの合格レベルまで鍛えてあげますから」
「……」

環の頭の良さは、これまで接してきただけでも、よくわかっているつもりである。
実際、過去の試験では、首席合格だったという実績を持つ。

しかし、あまりの自信に、思わず返す言葉を失ってしまった。

「なに、移動中はもちろんのこと、王都に着いて宿を取ってからも、1日中、
 付きっ切りで見てあげますから、2週間ほどもあれば大丈夫ですよ」
「い、いちにちぢゅう!?」
「ええ、もちろん」
「えー、そんなぁ〜…。せっかく王都に行くんだから、観光とかしてみたいのに〜」
「セリス…」

さすがに場違いな言葉だった。
エルリスも呆れ返るほどだが、これには、環もピシッと青筋を立てる。

「セリスさん? あなたはいったい、何をしに王都へ行くつもりなんですか?」
「ひいっ!?」

顔は笑顔なのだが、まったくもって笑っていない。
それどころか、背後に怒りのオーラが立ち上っている。

睨まれたセリスは、思わず悲鳴を上げていた。

「何が目的なんでしょう? 言ってみてください?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいもう言いませんから〜!」
「言・い・な・さい?(にっこり)」

「ひう〜っ!? ハンター試験を受けるためですぅ〜っ!」

もうすっかり怯えて、環の言いなりになるしかないセリス。
自業自得である。

「そうですね、その通りです。観光なら、合格した後に少しくらい時間を取ってあげますから。
 無事に合格できるよう、がんばってくださいね」
「は、はい…」

セリスは震える手でペンを掴み、問題集を開く。

(この子には、いい薬ね)

他人事ではないと思いつつも、そんなことを思ってしまうエルリス。

(私もがんばらなくちゃ。姉として、妹に負けるわけにはいかないもの)

決意を新たにしつつ、エルリスも問題集に目を落としかけるが

「どこへ行かれるんですか、兄さん?」
「ギクッ!」

「…?」

という会話に、顔を上げる。

「まだ、このページが終わっていないようですが」
「い、いやその〜…」

そこでは、いつの間にやら席を離れ、通路でこちらに背中を向けて静止している勇磨と、
顔は向けないが彼に向けて声をかけている、環がいた。

勇磨の背中、大量の汗が噴き出しているように見えるのは、気のせいではないはずだ。

「そんなにコソコソして、どこへ行かれるおつもりなんですか?」
「だ、だから……そう、トイレ! ちょっとトイレに行こうかと!」

明らかに、苦し紛れの言い訳だった。
環の注意が水色姉妹に向いている間に、自分だけ逃げ出そうとしたに違いない。

「ほぉ〜? そうですか」
「そ、そうなんだよ…。生理現象はどうしようもないだろ?」

その証拠に…
明確な証拠を、頭脳明晰、冷静沈着、洞察力抜群の環が、見逃すわけも無く。

「トイレはそちらではなく、あちらですよ」
「へっ?」
「ですから、トイレのある車両は、兄さんが向かおうとした方向ではなく、反対側です」
「………」

はっきり示して見せた。

勇磨の身体が向いている方向とは逆方向を、くいくいと指差す環。
サ〜ッと、勇磨の顔から血の気の引いていく様子が、手に取るようにわかった。

(うわあ、ご愁傷様…)

エルリスはそれだけ思うと視線を外し、問題集に集中する。
これ以上、見ていられないと本能が思ったのかもしれない。

「もう1度問います。兄さん、どこへ行くんですか?」
「は……はは、は……」

聞こえてきた両者の声…

喜々としながらも、どこかトゲトゲいっぱいな環。
そして、絶望感でいっぱいな、勇磨だった。






ハンター試験、当日。
一行は王都デルトファーネルの中心部、ハンター協会本部へと出向いた。

「あの、Cランクの試験を受けたいんですが」
「わたしも」
「はい、Cランク試験を受験ご希望ですね? 2階のB教室へどうぞ」

受付嬢に所定の書類を提出し、受付を済ませる。
水色姉妹の受けるCランク試験は、どうやら2階で行なわれるようだ。

「エルリス=ハーネットさんは受験番号C0025、セリスさんはC0026です」
「わかりました」

「兄さん、私たちも」
「うい…」

姉妹に引き続き、こちらの兄妹も受付をする。

勇磨の声に覇気が無いのは、この2週間の猛特訓で、疲れ果てているからである。
もちろん修行もしたのは確かであるが、むしろ、
『勉強会』と称された猛烈なしごきによる、精神的なところが大きかった。

「Aランクでお願いします」
「はい、かしこまりました」

環がそう申し出ると、周囲にいる受付を済ませた人や受付を待つ人々から、
かすかではあるが驚きの声が上がった。

Aランクというのは、ハンターにとってひとつの壁である。
Bランクまでは、比較的容易に上がれることが多いのだが、そこから先となると、
ほんの一握りの人物しか取得できない、超難関なのだ。

そのAランクに挑戦しようというのだ。
しかも、まだ年若い、少年少女と形容できるような男女が受験する。

驚きと共に、冷やかしの声が混じっていたことも、当然であろう。

「Aランク試験は、4階で行なわれます。
 御門勇磨さんは受験番号A0007、環さんはA0008になります。
 受験票をどうぞ」
「ありがとうございます。兄さん、行きますよ」
「うい…」

もはや生ける屍状態の勇磨。
ふらふらと環の後をついていく。

「あ、待ってよ」
「一緒に行こうよ」

水色姉妹もついていく。
階段を上がり、2階へ。

「じゃ、私たちはここだから」
「ええ。がんばってください」
「うん」
「アレだけ勉強したんだから、受からなかったら、立ち直れないかも…」

心底嫌そうに、セリスは顔を歪ませる。
勇磨と同様、勉強が苦手な彼女は、それこそ神経をすり減らしていた。

「うぅ…。もう、一生分の勉強をした感じ…」
「同感だ…。いや、俺の場合は、人生2回分だな…」
「あはは…」
「情けない…。本っ当に情けない…」

へろへろな状態で言うセリスと勇磨に、どうしても苦笑するしかないエルリスと、
こちらも大きなため息をつくしかない環。

この2週間、何度となく見られてきた光景である。

「まあなんにせよ、無事に合格できるよう、最善を尽くしましょう」
「わかってるわ、お互いがんばりましょ。それじゃ行くから。セリス」
「は〜い。環さんも勇磨さんもがんばってね〜」

手を振りながら、水色姉妹は所定の教室に入っていった。

「なんだかんだ言いつつも、セリスは元気だな…」
「ええ。どこかの誰かさんとは大違いです」
「うぐ…」

同じような状態に見える勇磨とセリスだったが、根本的に違う。
勇磨は、もう本当にダメダメなのだが、セリスのほうは、まだ元気があった。

元気印の面目躍如。

「さて、行きましょうか」
「へいへい…」

4階へ上がり、勇磨と環も定められた席に着く。
程なく、学科試験が始まった。





試験時間は50分。
受ける本人たちには長いような短いような、微妙な時間が過ぎて。

何事も無く学科試験が終了。
答えあわせと合否判定に、1時間ほどの時間を要した。

そして、緊張の結果発表が行なわれる。





ハンター協会、1階ロビー。
受験者たちが集まり、試験結果が張り出されるのを待っている。

「うぅ、受かってなかったらどうしよう…」
「大丈夫よセリス。環と自己採点したら、一応は合格ラインだったんでしょ?」
「それでもだよ〜」

セリスは緊張でガチガチになっている。

問題用紙に回答を写し、試験後に揃って自己採点したのだが、結果61点だった。
合格点は、どのランクも共通で60点なので、ギリギリ突破していることになる。

一応の安心は出来るものの、それが絶対というわけでもない。

「でもでも、解答欄を間違えてるとか、ずらして書いてたりしたら〜!」
「あーはいはい、今さら気にしてもしょうがないでしょ」

不安になっている妹をなだめつつ、エルリス自身は割りと余裕がありそうだ。
それもそのはずで、同様に自己採点をした結果は、87点とかなりの高得点だった。

「………」
「…はぁ」

水色姉妹とは対照的に、先ほどから押し黙ったままの御門兄妹。
いや、顔を真っ青にして黙っているのが勇磨で、環はため息ばかりついている。

環のため息の理由は、何も、自分の成績が悪かったからではない。
むしろ、満点に近い点を取れただろうと、絶対の自信がある。

では、なぜこんなに憂鬱そうな顔をしているかというと…
自己採点をしたときに、勇磨の得点が、合格ラインに達していないことがわかったからだ。

ちなみに、残念あと一歩の58点だった。

「………」

勇磨が青くなっているのは、それが理由。

あれほど勉強したというのに、落ちてしまった。
あれだけ徹底的に教えたというのに、落ちてしまった。

「…はぁ」

落ちた本人以上に、教えた側としても、環はプライドを傷つけられていた。

「ま、まあまあ」
「落ち込んでてもしょうがないし…。勇磨さんたちは、わたしたちのついでで受けたんでしょ?
 課題とかじゃないんだから、いいじゃんいいじゃん」

「………」
「…はぁ」

水色姉妹が励ますのだが、当人の耳には届かないらしい。
そのままの状態を続けるのだった。

「お、来たぞ」
「待ってました!」

と、職員が合格発表を行ないに現れ、周囲のざわめきが増す。
合格した受験番号の書かれた紙が、正面の壁に張り出された。

「お、お姉ちゃ〜ん。見えないよ〜」
「落ち着きなさい。順番よ、順番」

人だかりの後方になってしまったので、ここからではよく見えない。
飛び跳ねたり、人ごみを掻き分けようとしているセリスを、エルリスがなだめる。

5分ほどして、4人の前が開けた。

「ドキドキ…」
「え〜と」

「………」
「…はぁ」

大丈夫だとはわかっていても、胸を高鳴らせながら、発表を見上げる水色姉妹。
この期に及んでも、相変わらずの御門兄妹。

では、Cランク学科試験の合格者一覧から見てみよう。

上から順番に、若い番号から並んでいる。
時折、数字が飛んでいるのは、その番号で受けた人は落第したという証。

肝心の、エルリスとセリスの番号は…

『C0025』
『C0026』

「…あっ」
「ふー」

綺麗に並んで、掲載されていた。
思わず声を上げるセリスと、安堵の息を吐くエルリス。

「やたっ、合格!」
「とりあえずは、これで良し…」

まだ実技試験が残っているが、学科が最大の難関だった。
もちろん油断は出来ないものの、Cランク取得へ向けて、明るい道が開けたと言えよう。

さて、問題のAランク。
今回は受験者自体が少なかったようで、番号は2つしか載っていなかった。
つまり、合格者は2人しかいない。

その2つの番号とは…

「………」
「…はぁ」

「勇磨さん? 環さん?」
「何やってるのよ、もう…。しょうがない、代わりに見てあげるわ」

ところが、この兄妹、一向に自分から見ようとしない。
仕方なく受験票を借り受けて、水色姉妹が代わりに見ることにする。

「ええと? 勇磨君が『A0007』で…」
「環さんは『A0008』だね。
 2人しか受かってないみたいだし、それがこの2人だったらいいんだけど」

いざ、見上げてみると

『A0007』
『A0008』

「……ん?」
「あれ?」

なんと、自分たちのものと同様、綺麗に並んで載っているではないか!

「受かってるわね、2人とも」
「うん、受かってる」
「まあ、環は当然としても…」
「勇磨さん! 勇磨さん!」

これは、取り急ぎ、教えてあげなければ。
再び安堵の息をついているエルリス。大声で勇磨を呼ぶセリス。

「勇磨さんってば!」
「…なんだよ。今の俺は超ブルーなんだ。ほっといてくれ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! ほら、見てみて!」
「…あ?」

セリスから受験票を戻され、嫌々、勇磨は発表を見上げた。
すると…

「………」

動きが止まった。

「…? っ!? ………」

そして、何度も何度も、受験票と発表とを見比べて。
一言。

「……奇跡が起こった」




何はともあれ、一行4人はめでたく、全員が無事に学科試験を突破した。

ちなみに、勇磨が突破できた理由であるが、彼は、試験の最後のほうは時間が無く、
残っていた選択問題を適当に、急いで埋めていったそうだ。
そのとき、問題用紙に書き写した答えと、実際に選んだ答えとが数箇所、間違っていた。

運良く、それが合っていたということでしたとさ。
チャンチャン♪





後編へ続く


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