黒と金と水色と
試験後。
「はい、こちらが新しいハンター認定証になります」
「ありがとうございます」
1階ロビー、受付にて、新しい免許の交付を受ける。
「Cランク! やった〜」
「ふぅ。とりあえず、ノルマは果たしたわね」
記載されている『ランクC』の文字に、大喜びのセリス。
エルリスはホッとする気持ちのほうが大きいようだ。
「Aランクか……道のりは長く、険しかった…」
「やれやれですね」
勇磨も、受け取った免許に載っているAランクという文字を、神々しいものを見るかのように、
しみじみと食い入るように見つめ。
環は隣で呆れて息を吐きつつも、やはり安堵したのか、表情は柔らかい。
交付も受けて、ハンター協会を後にする一行。
待っている間に、日はすっかり、西へと傾いていた。
「Cランクは取れたけど、次はどうすればいいのかしら?」
ちょっと行ったところで立ち止まり、エルリスがそんなことを訊く。
ユナから指示されていたことは、Cランクを得るということだけ。
その先の行動までは聞かされていない。
「学園都市に戻る?」
「そうですね。1度は、報告しに戻らなければいけませんけど」
環はこう答える。
「ユナさんが調べ物をしている結果を聞くためにも、戻らなくては。
しかし、まだ2週間ばかりしか経っていませんし、それに――」
「王都を観光していきたいよっ! 約束だったでしょ!」
「――と、セリスさんも仰っていますので」
「あはは…」
話に割り込むセリス。
確かに、試験前にそういう約束をしたにはしたが、苦笑するしかない。
「とりあえず、今日のところは宿を取って、明日は観光することにしましょう」
「うわーい、やったぁ〜!」
「セリス、人様の迷惑になるし、恥ずかしいから……踊らないでよ」
思わず小躍りし始めるセリスに、頭を抱える。
通りの通行人が何事かと振り返り、恥ずかしいったらありゃしない。
「ははは。まあ、良かったなセリス」
「うん!」
「実は俺たちも、腰を据えて王都を見て回ったことってないからな。
わりと楽しみだったりする」
「え、そうなの?」
勇磨の発言に、意外そうに聞き返すセリス。
とても旅慣れていそうなので、そうとは思えなかった。
「あんまり、1ヶ所に長く留まるってこともないしさ」
「それに、滞在する目的も、お金を稼ぐことが第一ですから」
「ふうん、そうなんだ」
つまり、観光目的でその場所を訪れる、ということが無いわけだ。
町に着くと真っ先にギルドに行って、仕事を得て、それなりに稼ぐと町を出る。
御門兄妹の行動理念は、ある意味、とてもシンプル。
「観光したい、なんて声を大にして言うあなたのほうがおかしいってことよ」
「そうかなぁ? せっかく来たんだから、見ていきたいって思うのは当然じゃないかなぁ?」
「あのねぇ」
まったく、妹のあっさりしたというか、単純な思考にはついていけない。
言外にそんなことを多分に滲ませつつ、エルリスが言う。
「だいたい、私たちにも、明確な旅の理由があるっていうのに…。
本当なら、油を売っているヒマなんて無いくらいなのよ?」
「でも、今はあるよね?」
「……はぁぁ」
「ははは」
「お察ししますよ、エルリスさん」
深く、長いため息をつくしかないエルリス。
同情できることは請負だ。
「まあとにかく、明日は王都観光ってことで。メシにしよう、ハラ減ったよ」
「ですね。もう夕食時です」
夕暮れの空を見上げながら、勇磨と環が言う。
まもなく日没である。
「あ、じゃあさ、みんな合格したんだし、パァ〜っとお祝いしようよ!」
「そうね。ちょっと奮発して、豪勢なディナーとしゃれ込みましょうか」
「いやっほー!」
「だからセリス……叫ばないでってば」
まったく進歩の無い我が妹。
エルリスの苦悩の日々は、まだしばらく続きそうだ。
というか、改善する日はやってくるのだろうか?
「早く行こうよ〜!」
「待ちなさい! あなたたちは、何か希望はある?」
急かすセリスをなだめて、エルリスは御門兄妹にリクエストを聞く。
こちらに来てからは質素な食事ばかりだったから、何にしようかと心が躍る。
しかし。
「「………」」
2人から返ってきたのは、無言の返事だった。
「勇磨君? 環?」
当然、怪訝そうにエルリスは聞き返す。
考える時間が欲しいのはわかるが、一言くらい、返してくれても。
だが、そのとき。
事態は水色姉妹が思いも寄らなかった、急展開を見せていた。
「…非常に楽しみになさっているところを、申し訳ないのですが」
「はい?」
ようやく返ってきたのは、環の低い声。
彼女はエルリスのほうには振り向かず、兄ともども、厳しい目つきで向こうを見つめている。
「楽しい祝宴、とはいかなくなったようです」
「え? 何を言って………あ」
そして、エルリスも気付く。
御門兄妹が見つめている先に、ある人影があることに。
その人物は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、声をかけてきた。
「お取り込み中のところ、失礼いたします」
「…誰?」
エルリスも即座に警戒し、態勢を整える。
というのも、この人物というのが、これ見よがしに怪しい格好をしていたからである。
全身を覆い隠す、やや薄汚れてボロになりかけたコート。
頭部もフードを被っていて、性別すら判別できない。
が、声は女性のもののようだった。
体格も、見る限りでは華奢であり、背もそれほどではない。
自分よりは低いだろう。
思わず魔力を練りかけるが…
「お待ちください。あなたたちに危害を加えようというのではありません」
正体不明の人物は、こう言って敵意の無いことを伝える。
が、どうにも、信用していいものなのかどうか。
信用した途端に、背後からグッサリ、ではたまらない。
「わたしの話を聞いていただけませんか?」
「………」
判断がつかず、エルリスは勇磨と環を見る。
2人は…
「…まあ、話を聞くくらいなら」
「本当に害をなすつもりは無いようですし」
「ありがとうございます」
「……2人がそう言うなら」
許容した。
エルリスは、勇磨と環がいいのなら、と了承する。
2人の判断ならば間違いは無い、と信頼している。
「お食事の話をされていたようですね。どうぞこちらへ。良い店を知っております」
「……」
かくして、一行は、この人物に案内されるまま、大通りから外れていった。
謎の人物――声からするとおそらく女性だと思われる――についていく一行。
彼女は大通りを外れ、角を何回か曲がって、細い路地へと入っていく。
「本当に大丈夫なのかしら…」
徐々に人通りも無くなっていくので、さすがに不安になるエルリス。
自分たちには軽々しく言えない秘密があるだけに、なおさらだった。
「大丈夫じゃない? 悪い人には見えないよ」
が、隣を行く妹殿は、事の当事者だというのに、あまりに警戒心が無い。
またため息をつかされて。
「その超楽観思考は、どこから出てくるのよ…」
「大丈夫だってば。勇磨さんと環さんがいいって言ったんだから」
「…ふぅ。まあ、そうよね」
水色姉妹の前を行く御門兄妹。
例の人物が本当に自分たちの敵ならば、彼らがOKを出すはずなどが無い。
とりあえず危険は無いはずなのである。
理性はそう告げているのだが、しかし、どこか信用しきれないものがあった。
5分ほど歩いて。
「ここです」
相変わらず表情は見えないが、こちらを振り返りながら、そう言った。
どうやら、1軒の店屋の軒先らしい。
ここがこの人物の言う『良い店』なのだろうか。
そう告げるなり、扉を開けて中へと入っていく。
「…どうだ?」
「一応、悪い気配は感じません。行ってみましょう」
「よし」
「…あ、待って」
御門兄妹に続き、水色姉妹も内部へ。
すると
「にゃ〜」
「にゃ〜」
「にゃ〜」
「わー、かわいい〜!」
「…ネコ?」
彼らを出迎えたのは、扉のすぐ近くの床にいた、3匹のネコだった。
セリスは抱きつかんばかりの勢いでかがんで声を上げ、エルリスも腰を落とす。
猫たちは「いらっしゃいませ」と言わんばかりに、自分たちを見上げて鳴いている。
「……」
「あ」
そして、誰かが近寄ってきた気配に顔を上げると、13、4歳くらいの、
おかっぱ頭の少女が立っていた。
彼女は彼らに向けて
『いらっしゃいませ、なの』
と書かれたスケッチブックのページを差し出す。
思わず顔を見合わせる水色姉妹。
わざわざ紙に書かずとも、声に出せばいいのに。
「彼女は声が出せないの」
「…あ」
「そうなんだ。ごめんね」
『構わないの』
すると、空気を察したのか、フードの人物が説明する。
そういう事情があったのかと、姉妹はすぐに謝った。
彼女のほうも、こういう事態には慣れているようで、スケッチブックをめくってメッセージを出す。
あらかじめ用意されているあたり、やはりこういう応答になることが多いのだろう。
よくよく見てみると、彼女、頭の上にリスを乗っけている。
セリスが気付いた。
「それ、リスだよね? 飼ってるの?」
『YES』
「わー、いいなー、かわいいなー」
『動物、好き』
「うんうん、わたしも好きだよ〜♪」
セリスと少女、なにやら盛り上がっている。
『YES』『NO』など、用意されていたページだ。
声を出せないと使う場面も多かろう。
「そろそろいいかしら?」
「あ、ごめんなさい」
放っておくといつまでもやっていそうなので、フードの人物が声をかける。
動物と戯れにやってきたわけではない。
『こちらへどうぞ、なの』
少女の案内で、8人掛けの大きなテーブルに着く。
『ご注文をどうぞ、なの』
「どうしますか?」
少女とフードの人物に訊かれるが、ここが何の店かもわからない。
一同は顔を見合わせて
「よくわからないから、お任せするよ」
と、無難な返答。
「じゃあ、わたしに任せてもらいますね。チェチリアさん、お勧めメニューをコースで5人分」
『承知しました、なの』
注文を受け取ると、少女、チェチリアは一礼して奥へと下がっていく。
フードの人物、ここは馴染みの店のようである。
「美味しいですから、心配しなくても大丈夫ですよ」
「そう」
「楽しみ〜♪」
空腹でセリスは期待感いっぱいの笑顔だが、他の3人は、もちろんそうではない。
フードの人物の腹の内を探るような、そんな目つきだ。
「…しかし」
張り詰めた空気が嫌になったのか。
勇磨が頭を掻きながら、おどけたように言う。
「飲食店に動物っていいのか?」
「良くはないでしょう」
即座に環が乗った。
「衛生面で問題になりますよ。まあ、幸か不幸か、客足はそれほどでもないようですが」
店内を見回すと、明らかに閑古鳥が鳴いている。
夕食時だというのに、客は自分たちだけだ。
「聞こえてるよ。悪かったな」
そう言いながら登場したのは、大柄で筋肉質な男性。
彼は側まで来ると、トレーに載せてきた水入りのコップを各人に配る。
店の人のようだ。
「これは申し訳ありません。失礼なことを申しました」
「まあいいさ。今に始まったことじゃねえからな」
「でも、こんな様子で儲かってるの?」
「こらセリス! す、すいません」
「ははは。いいっていいって」
怒って摘み出されても文句は言えないのだが、彼は豪快に笑い飛ばす。
「確かに、儲かってはいねぇなあ」
「ご冗談を」
この様子を見れば容易に想像できそうだ。
が、フードの人物が突っ込む。
「”裏”でいろいろやっているでしょうに」
「おっと、そいつは秘密…って、誰かと思えば嬢ちゃんじゃないか」
「お邪魔してるわ、マスター」
かなりの顔なじみな様子。
親しげに言葉を交わしている。
「…ウラ?」
「実は彼もハンターで」
訊くと、秘密というわりには、簡単に教えてくれた。
「直接の活動はしていないのだけれど、情報の提供や、物資の商いなんかをしているの」
「あんたらも、身なりからしてハンターだよな? 何か物入りだったら言ってくれ。
出来る限りは力になるぜ。まあ、それなりの金はもらうがな」
「まあ、そのときはよろしく」
要するに”情報屋”というやつだろうか。
この口ぶりからして、かなり有力な人物だと見える。
「それはそうと、嬢ちゃんよ。店に入ったらフードは取ってくれ」
「あら、失礼」
マスターから言われ、フードを取る。
謎だった素顔が明らかになったのだが…
「…お」
「まぁ…」
「わぁ」
「綺麗…」
思わず、各人が声を漏らす。
「…そんなに見つめないでください」
視線を集中され、恥ずかしそうに言う彼女は。
そう、”彼女”。女性であることには違いないのだが…
美女だった。それも、『絶世の』という形容詞がつきそうである。
整った目鼻立ち。雪のような、きめ細かい白い素肌。
左右、ひと房ずつを三つ編みにした、背中まである水色の長い髪。
「……美人だ――イッテぇ!」
「兄さん…」
「なんだよ、ちょっと素直な感想を漏らしただけ――イデデデッ!!」
「何してるのよ…」
「環さん、嫉妬かな?」
兄妹のどうしようもないやり取りに、こちらの姉妹も呆れがちだったが。
余計なことを言ったセリスには、凍るような視線が突き刺さったとだけ言っておこう。
「…コホン。そんなに綺麗な顔をしているのなら、わざわざ隠すことないと思うけど」
「そ、そうだよ。同じ女でも憧れちゃうくらいなんだから」
「それは…」
水色姉妹は、素直に感じたことを述べる。
素顔を表した彼女のほうは、少し照れ気味に視線を逸らしたが、その顔はすぐに真剣味を帯び。
「この…」
そう言って、自分の側頭部の髪をかきあげた。
艶やかな水色の髪が流れる中で、髪で隠れていた部分が露になる。
そここそが、問題の箇所だった。
「わたしの耳をご覧になれば、おわかりいただけると思います」
「…耳? あ」
表れた、彼女の耳。
「先が…」
「とんがってる?」
「はい」
頷く彼女。
確かに、彼女の耳の先端は、鋭くとんがっていた。
人間ではないという証である。
鋭い先端の耳。
コレが意味すること。
「じゃあ、あなたは…」
「ええ」
呆然と呟くエルリスに、彼女はひとつ、大きく頷いて。
「わたしはエルフ。俗に妖精といわれる種族のものです。
申し遅れました、名前はメディアといいます」
「エルフ…」
「妖精さんだったんだ。初めて見たよ〜」
エルリスは再び、呆然と呟いて。
姉とは対照的に、セリスは幼い少女のように目を輝かせる。
「……」
「……」
そして、御門兄妹の反応。
メディアの正体を聞いても、言葉は発せず。
ただ、ぴくっと、眉毛が僅かな動きを見せただけである。
「正体を明かしてしまって、いいのですか?」
「異種族には冷たい世の中だ。大丈夫なのか? こんなところで」
数秒後。
ようやく口を開いて、こんなことを尋ねる。
世界には人間のみではなく、様々な種族が存在している。
メディアなどのエルフ族、獣人族、ドラゴンや魔族。ハーフなども居るだろう。
お互いに、種族間では忌み嫌い合っているのが基本だ。
エルリスやセリスのように、同族でも、少しでも定義に外れると危険な世の中。
それを、このような衆人環境…といっても、他に客はいないのだが、
こんな場所であっさりとばらしてしまっていいものなのかどうか。
「なーに。オレはそんなこと気にしないぜ」
店のマスターが、笑いながら言う。
「種族の違いなんざ些細なものでしかねぇ。気にするほうがおかしいってことよ」
「この通りの方ですので、わたしとしても、ここでは安心できます」
メディアも少し微笑んで、マスターと視線を交わしながら、言った。
「マスターは商いもしていると言いましたが、主な相手が、わたしたちのような異種族なのです。
相手が誰であろうと、品物を卸してくれますので、わたしたちは大変助かっているのです」
「ま、そういうこった。贔屓にしてもらってるぜ」
”裏”と言っていた意味は、こういうことだったのか。
要するに、他種族相手の交易を行なっている。
前述したとおり、種族が違うだけで雲泥の差があるので、普通に売り買いは出来ないのだ。
それにしても、この店、というかこのマスター。
エルフと取引があるとは、ものすごい大物なのではなかろうか。
「なるほど…」
「そういうことか」
それはさて置き、御門兄妹も納得。
本題に移る。
「で、俺たちに話っていうのは?」
勇磨がそう訊いたところで
『おまちどうさま、なの』
チェチリアが、トレイに注文の品を載せて運んできた。
マスターが品物を受け取ってテーブルに置き、チェチリアはお決まりの文句をスケッチブックで示す。
「お料理も来たことですし、まずは、いただくことにしませんか?」
「了解」
メディアの提案に従い、とりあえずは、腹を満たすことにする。
30分後。
運ばれてきた料理をたいらげる。
「美味しかった〜♪」
「ほんとに。ちょっと変わった料理だったけど、最高だったわ」
『ありがとうございます、なの♪』
水色姉妹も、もちろん全員が大満足。
初めて目にする形の料理だったが、なかなかどうして、味は抜群だった。
チェチリアは、ご丁寧に音符マーク入りの紙を提示して、皿を片付ける。
「マスターが作ってるのかしら?」
「いいえ。料理はすべて、彼女の担当なんですよ」
「え、そうなんだ」
メディアから説明を受け、エルリスはカウンターの中にいるチェチリアを見る。
相変わらずリスを頭に乗せたまま、楽しそうに下げた皿を洗っていた。
「…そろそろいいでしょう?」
「そうですね」
食後のコーヒーを優雅にすすっていた環が、視線はカップの中の、水面に映った
自分の顔に落としながらそう告げて。
メディアも応じ、周囲の空気が良い意味で緊張する。
「まず、あなたが私たちに声をかけてきた理由、目的から話していただきましょうか」
「単純なことです。あなた方のお力をお貸し願えないものかと思いました」
「お戯れを」
望んでいた答えとは違っていた。
だから環は、ふっと一笑に付しながらカップを置き、メディアを見据える。
「それは理由ではありません。なぜ、”私たちを選んだ”のか。
決定的な情報が欠落しています」
そう。彼女がなぜ、自分たちに声をかけたのか、説明になっていなかった。
ハンターならば、ほかにもごまんといる中で、どうして自分たちか?
「ハンターへの依頼ならば、ギルドを介して行えばいいだけのこと。
”エルフ”であるあなたが、わざわざ危険を冒してまで、直接接触してきたのはなぜです?」
本来ならば、人間の住む領域まで出向いてくること自体、非常に危険な行為のはずだ。
まあ、この店とは付き合いが長いようだから、今回も取引の一環だったのかもしれないが、
それでも、自分たちに接触してきた理由にはならない。
「ギルドへ依頼するにしても、こちらの正体がバレる可能性はあります」
「ならば、誰か代理人を……ここのマスターが適任ですね。
彼に頼んで、代わりに話を持ちかけることは出来るでしょう?
むしろ、そちらのほうが自然な流れではないですか?」
「仰られるとおりです」
メディアは、こう返されることがわかっていたようで。
ふっと微笑を浮かべると、こう告げた。
「あなた方を選んだ理由は、別に、はっきりとしたものがあります」
「協力を願うのなら、正直に明かしてくれることを望みますよ」
「わかりました、お話します」
環はそう言って、カップを手に取り、再び口へと運ぶ。
全面降伏だと言わんばかりに、メディアは頷いた。
「勇磨さーん。よくわからないよ?」
「シーッ。こういう交渉事は、環に任せておけば間違いないから」
「確かにね…。環は上手そうだわ」
高尚なやり取りに付いていけないのか、環以外の3人は、話を聞きつつも聞き流している。
小声でコソコソ、こんなことを言い合いながら、進展を見守った。
「で?」
カップを口元に残したまま、目を向けて尋ねる環。
「はい」
応じるメディア。
火花が散る、と言うほどではなかったが、2人の間では静かな戦いがあった。
勝者は環。敗者メディアは、本当のことを言わなければならない。
「あなた方4人からは、わたしたちに近いものを感じました」
「……」
環の目がすうっと細くなる。
勇磨にも同様の変化が訪れ、水色姉妹は、なぜわかったのかと驚愕。
(勇磨君や環、”も”…?)
いや、自分たち姉妹はともかく、勇磨や環も”近い”とは、どういうことだろう?
セリスはそこまで感じていないようだが、少なくともエルリスは、違和感を持った。
「直接の理由はそれです。お話しても、わたしの正体を明かしても大丈夫だろうと。
それに、貴女とそちらの彼は、Aランクに難なく合格するほどの腕前をお持ちなようですし」
「参りましたね。ずっと見ていたんですか?」
「ええ。失礼ながら、少し観察させていただきました」
「……」
環は表情こそ変えないものの、苦虫を噛み潰した思いで勇磨を見る。
彼も思いは同じ。
――『気付かなかった』
さすがに、高い能力を持つといわれる、エルフなだけのことはあった。
魔力・気配遮断のスキルには優れている。
「理由に関しては納得しました。それで、私たちに協力して欲しいこととは?」
いよいよ核心に触れる。
話を持ちかけられた理由にも驚かされたが、こちらでも驚かされることになるとは…
「他でもありません。わたしたちの里を、守っていただけませんか?」
「エルフの里を?」
「はい」
はっきりと肯定するメディア。
もう、驚くという言葉では収まりきらない。
本来は相互不可侵が掟の種族間だ。
メディアがこうして、人間社会の中にいるということだけでも充分な驚きなのに。
エルフのほうから、ましてや自分たちの里に、足を踏み入れさせるようなことを言うとは、
まったくの想定外であった。。
「…どういう状況なんです?」
まったく掴めない。
環も少し混乱しながら、問い返した。
「他言無用でお願いします」
そう前置きし、話すメディア。
依頼を受けないにしても、守秘義務はハンター法で定められているので、大丈夫である。
当然だと頷く4人。
「わたしたちエルフは、ラザローン近くの深い森の中で、安住を得てきました」
「ラザローン? 先の戦争で滅んだという?」
「ええ。8年前、エルフとの交易を望んだビフロスト連邦と、
それを突っぱねた王国との間で行なわれた戦争。
その際の、連邦側の禁呪攻撃により壊滅、滅亡した街ですね」
「…それは初耳です」
「あの戦争の原因は、そんなことだったんだ…」
エインフェリア王国とビフロスト連邦。
戦争があったことは周知の事実であるが、原因がそんなところにあったとは。
「まあ、わたしたちにとっては、傍迷惑至極なことであったわけですけど。
…こほん、話を戻しますね」
脱線してしまった。
わざとらしく咳払いをし、メディアは元の流れに戻す。
「森の中にあるわたしたちの里なんですが、ここ数週間、
近くに変な輩が居ついてしまって、ほとほと迷惑しているんです」
「何者です?」
「おそらくは野盗、山賊の類だと思います」
嫌そうに言うメディア。
確かに、里のすぐ近くをそんなヤツラに占領されては、良い気はしないだろう。
「それだけならまだいいのですが、彼ら、どこで知ったのか、森の中を探索しているんです」
「エルフの里を探していると?」
「おそらくは。他に思いつきません。まさか、適当に宝探しをしているわけではないでしょうし」
もっともである。
他に何も無い森だそうだから、明確な目的があると見るのが妥当だ。
「すでに、エルフのテリトリーに侵入されることが数回。
幸い発見が早く、記憶を消して送り返しているのですが、このままでは…」
「時間の問題ですね」
「はい。我らエルフとしましては、あまり人間と接触を持つわけにもいかず。
そこで、あくまで人間側の問題として、人間に解決してもらうことにしました」
「つまり、その賊どもを排除してくれと」
「その通りです」
賊退治。
依頼としては、そんなに珍しいものではない。
「依頼を受けてくれる、誠実そうな方を捜していたところ、あなた方に出会ったというわけです。
もちろん、それなりのお礼を用意しています。お願いできませんか?」
「だそうですが、どうしますか?」
「う〜ん」
環から尋ねられて、勇磨は困ったように水色姉妹を見る。
別に、自分たちはやぶさかではないのだが…
「な、なに?」
「ふへ?」
こちらの水色姉妹には、大問題になるであろう、決定的な事柄。
「エルリス、セリス。君たちはここに残れ」
「え? な、なんで?」
「そうだよ! 妖精さんが困ってるんだから、助けてあげなきゃ!」
水色姉妹は憤る。
当然だ。
自惚れるわけではないが、半ばチームとしての一体感を持っている。
置いてきぼりにされるのは御免である。
だが…
「今度の相手は魔物やシミュレーションじゃない。人間なんだぞ?」
「……」
勇磨から言われたことに、ハッとする。
「人間を相手に、立ち回れるか? ヤツラが説得に応じてくれるのならいいが、
ほぼ間違いなく戦闘になる。俺たちに殺意が無くても、ヤツラはそうじゃない。
殺らなきゃ殺られる、本当の殺し合いだ」
「……」
「それが君たちに出来るか?」
「……」
姉妹はすっかり勢いを失い、俯いてしまった。
魔物を相手にするのと、人間を相手にするのとでは、まるでワケが違う。
「それも、ハンターが持つ一面です」
環が後を受ける。
「人間を相手にするときもある。時には殺すことだってある」
「環…。あなたは、人を斬ったことが……殺したことは、あるの?」
「あります。兄さんもです」
「………」
絶句。
無いと言って欲しかった。
「もちろん、そうせざるを得ない、やむにやまれぬ事情があったわけですけどね。
人間だから戦わない、人間だから殺さない、なんて綺麗事は通じません。
ひとたび実戦になれば、そこは本物の戦場。命のやり取りをする場所なんですから」
「……」
「そういう覚悟を持てないのなら、ハンターなどを目指すべきではない。
自分勝手やエゴだと思われても結構。私はそう思います」
「……」
水色姉妹は、何も言えない。
甘く見ていた面があることは事実だからだ。
「ですが、あなたたちはまだまだ駆け出しのハンター。
そういったことを判断するには早すぎる。ですから残りなさい」
「それが君たちのためだ。俺たちだけで行ってくるから、待ってて」
「……」
「……」
引き続き、水色姉妹が言えることは無い。
酷なようだが、今回ばかりは、留守番を…
「じゃあ、そういうことで――」
「わたしも行くよっ!」
「…セリス?」
声を上げたのはセリス。
エルリスが驚くほどの真剣な顔で、こう宣言した。
「要は、殺さずに倒せばいいってことだよね? がんばるからっ!」
「そう簡単に行けば、苦労は無いのですよ?」
「辛い思いをするのは自分だぞ? それでもいいのか?」
「いい!」
断言するセリス。
これにも、エルリスは驚いていた。
「置いていかれるほうが辛いよ!」
「そう………そうよね…。殺さなければいい……その通りだわ!」
「エルリスまで」
「まったく…」
エルリスも勢い良く立ち上がった。
妹の一言に感化されたか。
「「一緒に連れてって!!」」
「…と、いうわけです」
「ありがとうございます」
引き受けてもらい、メディアは笑顔で礼を言い。
そんなわけで、賊退治となった。
第10話へ続く