黒と金と水色と
勇磨とエルリスが落ちていった穴は、観音開きとなって、そのまま開いている。
残される結果になった3人、しばし、呆然として。
「たっ、大変――もがっ!」
「落ち着きなさい」
真っ先に声を上げたのがセリス。
だが、すぐに環によって口を塞がれた。
「分断される結果になった以上、下手に騒ぎ立てて、賊に集まってこられるのは下策です」
「確かに」
命も頷く。
こうなった以上は、極秘裏に行動したほうがよい。
「な、なんで2人ともそんなに冷静なの?」
とりあえず、一時の興奮状態は抜け出したセリス。
口を離してもらうと、オロオロしながら言う。
「お姉ちゃんと勇磨さん、落っこちちゃったんだよ?」
「まあ、大丈夫でしょう」
「へっ?」
環からの返答に、セリスはマヌケ面を晒した。
はぐれてしまったというのに、何が大丈夫だというのだろう?
「これが、エルリスさん1人だった場合や、あなたがた姉妹2人だけ、とかだったら、
私も慌てたでしょうけどね。兄さんが一緒ですし、問題はありません」
「え、えと…」
「ああ、問題が無いわけじゃないですね。あれほど慎重にと言ったのに、兄さんは…。
いきなりトラップに引っかかるなんて、情けないにも程がありますね」
「そ、そういう問題でもないと思うんだけど…」
たらり、と冷や汗を流すセリス。
論点がずれていると思うのは自分だけなんだろうか?
「大丈夫よ」
「命さん…」
続けて、命からもこんなことを言われる。
「エルリスの、ましてや勇磨君の実力は、私よりもあなたのほうがよくわかってるでしょ?
私たちからはぐれたからって、たかが盗賊相手に、破滅的な状況になると思う?」
「それは……勇磨さんと一緒なら、大丈夫だとは思うけど…」
「なら、信頼しなさい。彼らは彼らで、出来ることをするでしょうし。
私たちも、私たちに出来ることを全力で遂行するのみよ」
「……わかったよ」
ようやく、セリスも納得して頷いた。
「さて、これからどうするか、ですが」
「この穴を飛び越えるのは、ちょっと無理そうね」
開いたままの穴を見る。
向こう側までは、少なく見積もって5メートルくらいはありそうだ。
不可能な距離でもないが、一か八かのギャンブルに出るには、少し危険すぎる。
超えるための足がかりになりそうなものも見当たらない。
「仕方ないわ。ここから侵入するのは諦めて、別の入口を探しましょ」
「そうだね、それしかないか」
命とセリスは話し合ってそう決め、踵を返す。
が、環はそのまま動こうとしない。
「環?」
「環さん?」
声をかけられた環は…
「お二人は、別の入口を探してください」
「え?」
そう言い残すと
「はっ!」
軽く助走をつけ、止める間もなくジャンプ。
ものの見事に穴を飛び越え、着地も綺麗に決める。
「……うそ」
「す、すごい…」
茫然自失の命とセリス。
まさか、飛び越えてしまうとは。
「ものすごい跳躍力…」
「環さんって、実は走り幅跳びの選手だとか?」
「そんなことはありませんが」
驚いている2人を尻目に、当の環は、当たり前だとでも言わんばかりの冷静な表情で、
乱れてしまった髪の毛を直している。
「私はこのまま進み、可能ならば兄さんたちとの合流を目指します。
あなたたちは、別の入口から侵入して、目的を達してください」
「え、ちょ…」
「ではそういうことで」
再び止める間もなかった。
環はそう言い残すと、小走りに奥のほうへ駆けていってしまう。
「ふぅ、まったくもう」
「環さん、1人で大丈夫かな…」
「彼女の力は知ってるんでしょ? 心配するだけ無駄よ」
命は、環を心配しているセリスに、呆れながら言葉をかけつつ。
他人の心配をしている余裕など無いと思う。
(絶対、取り戻すんだから…)
危険を冒してまで、盗賊のアジトに乗り込んだ目的。
それを達成しなければ、まったくの無意味なのだ。
「行くわよセリス。別の場所を探さなきゃ」
「あ、うん。お姉ちゃん、勇磨さんも環さんも、無事でいてね」
2人もその場を後にし、内部へ侵入できる別の入口を探しに向かった。
<I>ぴちょっ</I>
「冷てっ」
顔に落ちてきた冷たい感触に、勇磨は意識を取り戻す。
「ここは…」
目を開けてみても、閉じている状態と変わらなかった。
つまり、まったくの暗闇。明かりひとつ見えない。
(どうやら、かなりの地下みたいだな)
上を見上げてみるが、落ちてきた穴が確認できない。
相当の距離を落とされたか、穴がカーブ状だったのか、あるいは、すでに塞がってしまったのか。
(そういえば、誰かを巻き込んじゃったような…)
落ちる直前、誰かの手を掴んだ覚えがある。
自分がここにいるとなると、不幸なことに、一緒に落ちてしまったと考えるのが妥当だろう。
(確か、水色の髪だったから……エルリスかセリスになるな)
ちらっと見えたのは、水色の髪の毛だった。
姉妹のどちらだったかは、一瞬だったので判別できていない。
周りを見るが、もちろん真っ暗なので、姿は見えない。
「エルリス! セリス! いたら返事をしてくれ!」
「……こ、こっち」
「その声はエルリスか!」
大声で叫ぶと、反応があった。
勇磨から見て右前方から。この声質はエルリスのもの。
「無事か? 怪我は?」
「今のところは平気みたい…」
慎重に歩み寄りながら声をかける。
「そうか良かった。すまん、巻き込んでしまった」
「本当よ…」
「申し訳ない」
エルリスを巻き込んでしまったのは、完全に勇磨の責任である。
平謝りだ。
エルリスは拗ねたような、怒ったような声である。
「えっと、このへんにいる?」
とりあえず離れているのはまずいと思い、ゆっくり近づいてきたのだが。
とにかく暗黒の世界なので、勘と声、気配から位置を探るしかない。
「エルリス?」
「あ、だいぶ近いわ。もう少しだと思う」
「こっち?」
手を伸ばす勇磨。
すると…
ふにっ
「……ふに?」
「きゃあっ!」
柔らかい感触を感じるのと同時に、悲鳴が上がった。
「ど、どこを触ってるの!」
「うわわっ、ご、ごめん申し訳ない!」
「エッチ!」
「そんなつもりじゃないってば! 何も見えないから……と、とにかくごめん!」
ちょっとした混乱。
だが、お互いに相手の位置を知ることは出来た。
「……ここはどこかしら?」
「わからない」
落ち着くと、エルリスが不安そうに漏らす。
「アジトの地下だ、ということは間違いないけど」
「なんにせよ、早く脱出しなきゃ。命たちのことも心配だわ」
「ああ」
取るべき行動はひとつ。
ひとつ、なのだが…
「でも、こう暗くちゃね」
「ええ…」
この真っ暗闇では、迂闊な行動は許されない。
どこに何があるのかわからないし、再びトラップに引っかかると致命的だ。
「そうだ。明かりを灯す魔法ってのがあるんだろ? 出来ない?」
「…ごめんなさい」
「そっか。いや、謝らなくてもいいからさ」
名案を思いついた、思い出したと思ったのだが、実行不可能だった。
エルリスが本当にすまなそうに謝るので、思わずフォローを入れてしまう。
彼女が、「氷魔法以外はダメ」と言っていたことを思い出し、軽く後悔する。
「う〜ん、どうしたものか」
脱出するにも、構造を把握できなければどうしようもない。
まず第一に、この暗闇を打破するための作戦を練らなければ。
(手が無いわけじゃないんだけど…)
チラリと、エルリスを窺う勇磨。
いや、見えないのだが、エルリスがいるであろう方向に視線を送る。
(”アレ”を見られるのは、ちょっとな…)
その策を実行すると、エルリスに、自身の重大な秘密を知られてしまうことになる。
まだ誰にも告げていない、家族以外は誰も知らない、自分たちの秘密。
しかし…
(どうしたものか…)
自分1人だけならば、まだどうにでもなる範囲ではあるのだが。
今はエルリスが一緒なのだ。脱出も、エルリスと一緒でなくてはならない。
となると、考えられる手立ては、”それ”しかなかった。
「…勇磨君?」
「え?」
「急に黙っちゃって、どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもないよ。どうしたら助かるか、考えてただけ」
「そう」
不意にエルリスから声。
「ごめんなさい。私は、力になれそうもないわ」
悲しそうに、悔しそうに。
エルリスは謝るのだ。
「ごめんなさい…」
「エルリス…」
これに、心を打たれた勇磨は。
(背に腹は代えられない)
決意を固めた。
もともと、エルリスを巻き込んでしまったのは自分のせいなのに。
彼女が謝る必要など、微塵も無いというのに。
助けるのは自分の責務。
何があっても助けなくてはならない。
手段を選んでいる場合ではなかったのだ。
「エルリス、立てる?」
「え? え、ええ。立てると思うけど……どうして?」
「少し、俺から離れていてくれ。ちょっと衝撃があるから」
「ど、どういうこと? 何をするつもりなの?」
「もちろん、脱出するための手段だよ」
慌てるエルリスに、そう言い切って。
見えないだろうが、笑顔を向けた。
「…わかったわ」
「信じてくれる?」
「当然でしょ? あなたは私たちのお師匠様で、お友達なんだから」
「ありがとう」
頷くエルリス。
問われるまでもない。
むしろ、訊かれるほうが心外なのだ。
立ち上がろうとしたのだが
「…痛ッ!」
「エルリス?」
右足に体重をかけた途端、鋭い痛みに襲われる。
思わずうずくまってしまうほどの激痛だった。
「まさか怪我を? 足か?」
「ええ、足首…。残念だけど、ちょっと立つのは無理みたい…」
「重ね重ね、ごめん、俺のせいで」
「もういいわ。それより、どうするの?」
落ちた拍子に捻ったか、骨にまで達した怪我なのか。
今の今まで気付かなかったが、かなりの重傷であることは間違いない。
気付いた途端、ズキズキと痛みが襲ってきた。
耐えられないというほどでもないが、辛いものは辛い。
思わず顔をしかめる。
いずれにせよ、立ち上がるのは無理。
言われたとおりに、勇磨から離れるのも不可能だ。
「…しょうがない。失礼するよ」
「え? あっ…」
と、急に身体を持ち上げられる感覚。
「怪我をしていることもあるし、下手に距離を取るよりも、密着してたほうが安全だから。
緊急事態ってことで許して。ね?」
「え、ええ…」
エルリスは返事こそ返したものの、脳内はパニック状態だ。
(こ、これ……これって……)
おそらくは勇磨の手の感触だろう。
それが、背中と、膝の裏に感じられる。
(抱っこされてるの、私…)
いわゆる、”お姫様抱っこ”の格好だ。
少なからず憧れはあるものの、実際にやられてみると、死ぬほど恥ずかしかった。
「じゃあ、やるよ。最初は目を閉じてもらったほうがいいかもしれない」
「…え? な、なんで?」
「近いし、ちょっと刺激が強いかもしれないからさ」
「………」
疑問に思わないことも無かったが、エルリスは素直に目を閉じた。
「では……。はぁぁ…っ!」
「……」
見えなくても、感じることは出来る。
だからわかる。
(勇磨君、力を入れ始めてる…)
集中し、力を込めている。
なんのために力を必要とするのか、まったくわからないが、不思議と恐怖心は無かった。
(私は、勇磨君を信じるしかないもの…)
むしろ、全幅の信頼感でいっぱいで。
安心して目を閉じていられた。
<B>「……はあっ!!」</B>
「…!」
瞬間、全身が、熱い何かに貫かれるような感じがして。
それは、すぐに優しい温かさに変わって。
(これは……なに? すごくやさしい、あたたかい……。
これが勇磨君の力? 勇磨君の心?)
なまじ密着しているだけに、よくわかった。
今、自分を包み込んでいるものこそ、勇磨の力の根源なのだと。
「もういいよ」
「……」
夢心地でいると、勇磨から声が降ってきた。
エルリスはゆっくりと目を開いていく。
キラッ
「……え? まぶし…」
真っ先に飛び込んできたのは、黄金色に輝く眩いばかりの光。
暗闇に馴染んだ目には眩しすぎて、いったん目を閉じ、もう1度、ゆっくりと開く。
「……金色だ」
見間違いではなかった。
周囲を、黄金の光が取り囲んでいる。
段々と目が慣れていくに連れて、他のものも見えるようになってきた。
「大丈夫?」
「ええ。……え?」
勇磨の顔も見える。
だが、エルリスは、今度ばかりは自分の目を疑った。
なぜなら…
「勇磨……君?」
「うん」
「あなた……髪の色………目、も……」
「うん」
髪の毛も、瞳の色も、漆黒だったはずの勇磨が。
「きん、いろ…」
「うん」
周囲の光と同じ、黄金に輝いていたのだから。
命たちと別れた環。
周囲に気を配りながら、あるものを探していく。
「地階への階段は、どこに…」
落とし穴があるということは、地下構造があるということ。
勇磨たちと合流するには、まず、下り階段を見つけねばならない。
「無いはずは無いと思うのですが」
小声でブツブツと呟きつつ、調べて回る。
大陸にその名を轟かす盗賊団にしては、静けさが漂っている内部。
構成員は出払っているのか、これまでその姿は確認できなかった。
勇磨たちの安否に関しては、まったく心配していない。
命たちへ語ったとおり、兄への信頼は決して揺るがない。
それは多少は、呆気なくトラップに引っかかってしまったことに対して、
そういう意味では、何があっても揺ぎ無いはずの信頼感が、
多少なりとも、ぐらっと来てしまったことは確かなのだが。
まあ、過ぎたることを気にしてもしょうがない。
気を取り直し、歩を進める。
「…!」
瞬間、環は何かに気付いて、反射的に角へと身を隠した。
(……人の話し声)
かすかにではあるが、どこからか、人が話している声が聞こえてくる。
注意深く聞き耳を立ててみると
(…こちらからですか)
どうやら、向かって右の壁の向こう側が音源らしい。
ふと見てみると、少し先に、部屋の入口らしき扉があった。
(さて…)
どうするか。
無視してこのまま探索を続けるか、もしくは、割って入って賊を捕え、口を割らせるのがいいか。
いずれにせよ、この建物内部の構造はまったくわからないわけで。
組織ごと潰す、と宣言してしまった手前、放置するのも気が引けた。
(突入して、ひっ捕える)
決定。
あわよくば、脅迫して、案内役に立てるといったことも出来るかもしれない。
環は、気配を殺しながら、ゆっくりと扉の横まで移動する。
(ひい、ふう、みい………5人いますね。なんてことはない)
内部の様子を探って、正確に、中にいる人数を把握。
タイミングを見計らい…
ガチャ…
ドアを開け、突入。
「…ん?」
「誰だ?」
当然、中にいた連中はドアが開いたことに気付くが、視線が向けられたときには、
すでに環の姿は、ドア近辺には無かった。
「なんだ、誰もいないぞ」
「ひとりでに開いた?」
「風の仕業か?」
「今日、そんなに風強かったっけ?」
のんきに話している盗賊たち。
もちろん、その間にも、環は行動中である。
音も無く、ある男の後ろに姿を現すと
「――っ」
首筋に手刀を一閃。
声すら出せず、瞬く間に崩れ落ちる男。まずは1人。
「が」
「ぐっ」
「うっ」
続けて3人を料理。
残った1人にまったく気付かれない早業、そして見事な手際である。
「…あ? なに倒れてるんだおまえら?」
ようやく、最後に残った男が気付く。
手遅れなのは明白だった。
「何が――」
「静かに」
「………」
男の声は、途中で不自然に止まった。
背後から喉元へ、冷たい、光る何かが添えられているからだ。
「こちらの要求に従っていただければ、殺しはしません」
「…っ…っ」
大げさなくらいに、コクコクと頷いて見せる男。
「いくつか質問をします。正直に、訊かれたことだけに答えなさい。
余計な発言をしたり、誠意が見られないと判断した場合は、死んでいただきます」
「っ…っ…」
再び、男は何度も首肯した。
まずはひとつめの質問。
「この建物には、地下のフロアがありますね?」
「(ぶんぶん)」
男は首を振る。
「そんなはずはないでしょう。落とし穴がありました。
地下には、何かしらの構造があるんでしょう?」
「(ぶんぶん!)」
引き続き、首を振る男。
環は、眉間にしわを寄せた。
「…いいでしょう。発言を許可します。説明しなさい」
「ほっ、本当に知らねえんだよ!」
「死にたいようですね? 『静かに』と、そう申し渡したはずですが」
「………」
真っ青になって震え上がる男。
背後から漂ってきた殺気が、ウソではないと本能的に悟ったからだ。
「知らない? どういうことですか?」
「だから、知らないんだよ…」
すっかり怯えてしまった男は、蚊の鳴くような声で答えた。
「落とし穴があるのは知ってるが、どこに繋がってるとか、そういうのは一切…。
だいたい、そういうのはアジトの最高機密だ。オレらのような下っ端が、知ってるわけが」
「そうですか」
表情にこそ出さないが、人選を誤った、と悔やむ環。
「では、地下への階段などがある場所も、知らないというわけですか?」
「上り階段ならあるが、下りは知らねえ…。少なくとも、オレは見たことも無いし、
使ったことも無い。そんな地下構造自体、無いんじゃないか…」
「あなたが許された発言は、イエスかノーか、ただそれだけです。余計な考察はいりません」
「ひぃぃ…」
男は、腰が砕ける寸前だ。
プルプルと震え、立っているだけで精一杯。
「地下への階段、あるんですか、無いんですか?」
「な……無い……」
この状況で、ウソをつききれるだけの度胸を、この男が持っているとは思えず。
(困りましたね…)
勇磨たちを追う手がかり、失われてしまった。
ひとつ息を吐き、最後の質問をする。
「では、これで最後です。首領のカンダタは、現在、ここにいますか?」
「い、いえす…。最上階の自分の部屋に居るはずだ…」
「そうですか。ご苦労様でした」
「へぐっ…」
聞くだけ聞いて、他の連中と同じように、手刀で意識を失わせる。
他の4人ともども、ちょうど置いてあったロープで拘束し、助けを呼べないよう、
あらかじめ用意してきたタオルで口を塞ぐ。
「あまり収穫はありませんでしたね」
彼らを残し、部屋を後にする環。
「まあ、カンダタの存在を確認できただけでも良しとしますか。
兄さんたちの件は、どうしましょうかね…」
やれやれと息を吐き、今度は、先ほど別れた彼女たちとの合流を目指して、
行動を再開するのだった。
地下、某所。
ブゥゥウン…
「……金色の髪、金色の瞳」
黄金の輝きに包まれながら。
エルリスは呆然と呟いていた。
「そして………金色の光」
「うん」
呆然となっている理由の相手。
輝きの根源たる勇磨は、ただやさしげな表情で頷くのみ。
「いったい……? あなた、勇磨君は、黒い髪で、黒い目で……」
突然の変化に、まだ、思考が追いついていかない。
「勇磨君……なのよね?」
「うん」
続けて、勇磨は頷く。
別人だということではないようだ。
確かに、髪と瞳の色が変化しただけで、勇磨本人に間違いは無い。
「へえ、こんなふうになってたのか」
その勇磨。
不意にエルリスから視線を外すと、周りを見回しながらそう言った。
「洞窟みたいだね」
「え、ええ……そうね」
人工的な空間ではない。
自然に形成された洞窟。
「参ったな。天然の地形を利用した落とし穴だったのか。
となると、上へ戻るのはほぼ不可能か。うへえ」
「……」
勇磨に抱き上げられたままのエルリス。
変わっていない。容姿が変化する前と、勇磨はまったく変わってない。
どことなく能天気な感じのする声もそのままだ。
しかし。
この急な変化の訪れは何なのか、どうしても知りたかった。
「勇磨君…」
「ああ、ごめん。そうだね」
促すような声と、視線を送ってみる。
それを受けた勇磨は、エルリスの求めに応じた。
「見られた以上は、きちんと説明するべきだね」
「……」
ここで、エルリスは”あること”を思い出す。
「この前、メディアさんがこんなことを言ってたわ。
私たちに声をかけてきた理由は、自分たちに”近かった”からだって」
「言ってたね」
「私とセリスだけじゃなくて、”4人とも”そうだったからだって。
勇磨君と環さんにも、近いものを感じたって」
「………」
なんとなく、勇磨もエルリスの言いたいことを察した。
「私とセリスは、異質な魔力を持ってるから、その通りだと思ったけど…。
あなたと環さんもそうなの? この変化は、それに起因するものなの?
あなたたちは、純粋な、普通の人間じゃ……ないの?」
「早い話がそういうこと」
「……え?」
あまりにあっさりな返答だった。
理解するのに時間がかかってしまうくらい、ストレートな答えだった。
「妖狐、って知ってる?」
「ヨウコ…?」
逆に尋ねられ、戸惑う頭で考えてみるが、心当たりは無い。
察した勇磨が続けてくれた。
「俺たちの生まれたところでは、妖怪っていう、まあ、魔物と同じようなものかな?
そういう存在がいてね。妖狐っていうのは、狐の妖怪、狐のバケモノのこと」
「きつねの……バケモノ…」
「俺たちの母親が、その妖狐なんだ」
「え……」
衝撃を受けるのは何度目だろう。
もう何回目かの驚きで、エルリスは支配されていた。
「だから、俺も環も、こんな力を使える。”あやかしの力”をね。
だから、俺も環も、半分は人間じゃないんだ。半分は妖狐の血が流れてる」
「……」
「メディアはきっと、そのことを見抜いてたんだろうね。
君たちと同じ理由で、ずっと隠してきたんだけど。ごめん、隠してて」
「……そう」
エルリスはかろうじて、絞り出すようにして声を出した。
衝撃を受けすぎて、声を出すどころか、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「まあ、そういうことで」
「……」
「恐くなったかな、俺たちのことが?」
「え?」
だが、改めて尋ねられたことには、すぐに対応できた。
「こんな力があるし、魔物と同類だと知っちゃったら、コレまでと同じというわけにもいかないだろう?
まあ、無理もないとは思うけど…」
なにやら勇磨は勘違いしている。
自分の反応を誤解している。
全然そんなことは無いと、伝えてあげなければ。
(…そうよ。そういう意味では私たちも同じだし、何より……)
迷い、戸惑いは、ウソのように飛んでいった。
「…ごめん。この仕事が終わったら、君たちの前からすぐに――うぷっ!?」
「なに言ってるのよ」
手を伸ばし、勇磨の口を塞ぐエルリス。
表情は、笑顔だった。
「エ、エルリス?」
「そんなこと言ったら、私たちはどうなるのよ。セリスなんて、とても人前になんか出られないわ」
「そ、そうだけど」
「それに、”勇磨君”は”勇磨君”でしょ? 流れてる血なんか関係ない」
「………」
今度は、勇磨が呆然とする番。
目を丸くしてエルリスの言葉を聞く。
「もちろん、環も環。私たちのお師匠様で、最高のお友達。異論はある?」
「ありません」
「よろしい。ダメな姉妹だけど、引き続き、よろしくお願いするわね」
「…ありがとう」
心の底から驚いたような、ホッとするような顔で、礼を述べた勇磨。
彼ら兄妹が、どのような生い立ちを持っているのか、過去に何があったのか。
どういった経緯で故郷を離れ、この大陸にやってきたのか、エルリスにはわからないが…
(そう。勇磨君は勇磨君、環は環。それでいいじゃない♪)
それだけは、確かだ。
後編へ続く