黒と金と水色と
開いた扉を超え、封印図書館と呼ばれる領域へと足を踏み入れる。
先頭をユナ。以下、エルリス、セリス、勇磨、環の順。
最後に、まだフードを被ったままのメディアが続く。
すると
ゴ、ゴ、ゴ…
「!」
なんと、扉が勝手に閉まっていくではないか。
もしや、閉じ込められはしないかと、肝を冷やすが
「大丈夫。結界が消えた以上、行き来は可能です」
とメディアが発言したことによって、落ち着きを取り戻した。
結界が鍵のようなものだったので、閉じたままになることは無いとのこと。
「むしろ、開いたままなところを見られてはまずいので、よかったのでは?」
「そう言われてみればそうね。助かったわ」
誰もが、封印図書館へ立ち入ったということ、そして、
先へと続く通路に心を奪われていた。
扉を閉めるといった発想が浮かばなかったことは、痛恨のミスになるところだった。
<I>ゴゴゴ……ズンッ…</I>
低い音を立てて、扉が完全に閉まる。
瞬間
「きゃっ」
「真っ暗!?」
周囲は、完全な暗闇に閉ざされてしまった。
思わず水色姉妹から悲鳴が上がる。
「「落ち着きなさい」」
忠告が同時に2人からなされる。
ユナと環だった。
「……」
「……」
声が重なったことに、当の本人たちは驚いたのか、はたまた遠慮したのか。
数秒間の沈黙が訪れたが、やがて、ユナのほうが口を開く。
「…明かりをつけるくらい造作も無いから。
いざとなれば私が照明代わりの炎を灯すし、それに、
各自のアーカイバに、松明くらい用意してあるわよ」
「え? そうなの?」
「じゃあ早速〜。…あ、でも」
それを聞いた水色姉妹は、すぐに自身のアーカイバへ手を伸ばすものの。
「これって中にいっぱい入ってるんだよね? どうやって探せばいいの?」
首を捻るセリス。
大量の容量を有するアーカイバ、もちろん、詰め込んである荷物の量も大変なものだ。
そんなところからどうやって目的のものを探し出し、取り出せばいいのか。
「はぁ…」
ユナはため息。
真っ暗だから表情は窺えないが、その通りの顔をしていることだろう。
「あなたたち、本当に何も知らないのね…」
「だ、だって、アーカイバなんか使うの、初めてなんだもん」
「魔法道具だから、それなりに高価なんでしょう?
私たちはとてもじゃないけど、そんなお金なんか持ってなかったから」
「はいはい。いま教えてあげるわよ」
貧乏旅だったことには違いない。
つい最近、莫大な報奨金をもらってリッチになったにせよ、
使うことになる状況にならなかったので、知らないのは当然。
ユナは諦めて説明を始める。
といっても、何も難しいことは無い。
「欲しいものをイメージして、手を突っ込んでみなさい。
それが中に入っているのなら、自然と手の中に現れるから」
「そんなに簡単なの?」
「試しにやってみるね。えーと、たいまつ、たいまつ…。出たっ!
暗くてわかんないけど、なんか細長いものが出てきたよ!」
使えなければ困るのだが、とりあえず、扱えることも使えることも確認できた。
「おー」
「兄さん?」
と、このやり取りを聞いていた勇磨が、唐突に感嘆の声を上げる。
環が首を傾げる中。
「イメージしただけで取り出せるとは……これぞまさしく四○元ポケット!」
「兄さん…。いろいろ危険なので、それ以上はやめてくださいね」
「???」
環が言ったように、いろいろと危険なので、これ以上は触れない。
彼ら以外は、やはりわけがわからなかった。
「とにかく、明かりをつけるわよ。
もしものときに松明はとっておいて、私が火をつけるから」
「はーい。じゃあ、たいまつはまた入れておくね」
ユナがそう言って、セリスは取り出した松明を、再びアーカイバの中へ。
照明になる魔法を唱えようと、ユナが魔力を込める。
パッ!!
「…!」
だが、その必要は無かった。
急に周りが明るくなかったからだ。
「え…?」
「明かりが……ついた?」
まるで、それまでの設備の整った図書館内部のように、充分な光量がある。
奥へと延びていっている通路も、先のほうまで見渡せる。
よくよく注意してみてみると、通路左右の柱状になったところに、
火が灯る形の照明が設置してある。
そのすべてに、一斉に火が灯ったようだった。
「どうやら、誰かが中に入ると、照明が灯る仕組みになっているようですね」
「おそらく。魔科学の賜物でしょうか」
環とメディアが、続けて私見を述べる。
不可思議だが、内包しているものと比べれば、こんなことは序の口であろう。
「ま、危険は無いようだし、明るくなって大助かりじゃないか」
「そうね。行くわよ」
勇磨の言葉に頷き、再びユナを先頭にして、奥へと進む。
真っ直ぐに伸びる廊下を、ひたすら進む。
「ずうっと続いてるねお姉ちゃん」
「そうね。本棚もずうっと続いてる…」
終点が見えないくらいの長さ。
廊下だけではなく、両側に置かれている本棚も同様である。
棚には本がぎっしり詰まっていて、封印されていながら、
図書館と呼ばれる所以を見ているような気がする。
「ユナ。このへんの本は調べなくていいの?」
「いい」
エルリスが尋ねてみるが、一蹴された。
「入口近くの本なんて、ロクなものが無いわよ。
だいたいこんな近くにあるんだったら、封印されて久しいとはいえども、
何かしらの記録くらいは残ってるでしょ」
「なるほど」
ユナの返答に納得し、進むことに集中する。
どれぐらい進んだだろうか。
突き当りが見える。
行き止まりか、と一瞬だけ焦るものの。
「階段だわ」
両脇に、さらに地下へと降りて行く階段があった。
さあここで問題。どちらに進むかということだが…
「なんだ」
先を覗き込んだ勇磨が言う。
「先で合流してるぞ」
ここは小さなホール状の空間になっていて、下が見渡せる。
一見、別々の進路をとっているように見えた階段は、下りた先で合流し、
また別の空間へと繋がる通路を形成していた。
迷う心配は無くなったので、さらに進む。
階段を下りてみると、そこは、意外なほど広い空間だということが判明した。
「お〜広い」
「地下にこれほどの空間が…」
「非常に興味深いですね」
感心したというか、驚きの声の御門兄妹。
そして、周りを見渡すメディア。
小さな学校の運動場ほどのスペースがある。
天井も、大型モンスターでもお釣りが来るほど高い。
なんのための空間なのだろう?
四方の壁には本棚があって、隙間が無いほどに本が詰まっているが、
なぜ肝心の中央部分には何も無いのだろう。
なんにせよ、造られたのがいつだかわからないが、それほどの昔に、
地中深くのこの地に、これほどの空間を造れる技術があったとは。
まったく、古代の進んだ魔法科学には驚愕するばかりである。
「驚いてないで進むわよ。扉が見えるわ」
ふぅ、と息をついたユナが指し示した先。
離れた向こう側、正面前方の壁に、第2の扉があるのが見える。
言うなれば、あの扉から先が、本当の”封印図書館”だということだろうか。
扉へ向けて歩き出した一行は、期せずして、それを実感することになる。
なぜなら…
グルルっ…!
「…!」
急に、地獄の底から響いてくるような、重低音の唸りが聞こえ。
「全員、下がれっ!」
「気をつけて! 何かいますよっ!」
「え……え…?」
「セリス、こっち!」
勇磨と環が警告を発し、ユナが早くも戦闘態勢を整える中。
突然のことに戸惑うセリスを、エルリスが手を引いて退避させる。
『グギャアアアアッ!!!』
響き渡る大音声。
耳を劈く叫びに、耳と同時に目まで塞いでしまう。
そして、おそるおそる開いた目に映ったものは。
「「ドッ、ドラゴンッ!?」」
「ドラゴンですね」
燃えるような赤い肌、二足歩行の、天井に届きそうな巨大な体躯。
特徴的ないかつい頭部。背中には大きな翼。
おそらくは、何者かがこの場所にやってきたとき、召喚されるようになっていたのだろう。
水色姉妹の悲鳴に、驚くほど冷静な声で同意したのは、メディアである。
「しかもあれは有翼種。ドラゴンの中でも最高峰といわれる、ワイバーンですね」
「ワイバーン!?」
「最高峰!?」
不穏な単語を聞かされ、さらに驚愕。
最高峰ということは、強さもそうだということか。
「門番ってワケね」
水色姉妹は怯えるが、少しもそんな素振りは見せない彼女。
炎髪赤眼の通り名を持つ稀代の魔術師は、逆に目を輝かせながら言った。
「なるほど…」
「万が一、侵入者が入ってきたときのための、とっておきというわけですか」
御門兄妹も納得する。
ここまで入ってきた無法者を討つための、この先へは通さないための、門番。
ということは、だ。
「アレをやっつければ、大手を振って、あの先へ入れるわけだな。
本当の意味での封印された領域、楽しみだ」
「少々違うような気もしますが、後半は兄さんに同意します」
あの扉の向こう側は、真の”封印図書館”に違いない。
どんな世界が待っているのか、非常に楽しみである。
「いっちょやるか!」
「はい」
御門兄妹も刀を抜いて、戦闘に備える。
「私は、直接戦闘は苦手ですので、下がらせていただきますね」
メディアはそう言って、ワイバーンの射程外へ退避。
「エクスプロージョン!」
「うわっ」
いきなり戦闘開始だ。
ユナの放った爆裂魔法が炸裂。
その余波である衝撃波が吹き荒れる。
「こらユナ! 何の前触れもなくぶっ放すなよ!」
「知ったこっちゃないわね」
もちろん苦情を突きつけるが、当の本人は涼しい顔だ。
むしろ聞く耳すら持たず、早くも次弾の用意を始めている。
「ったくもう」
「まあ、あのような方ですからね。こちらでなんとかするしかないですよ」
「だが、ドラゴンの皮膚は鋼鉄以上の硬さなんだろ?
しかも最高峰の種類と来た。厄介だな」
「ええ。事実、ユナさんの魔法もほとんど効いていな――兄さん!」
「はいよっ」
『グギャアッ!』
唸り声一発。
ワイバーンは大きく口を開けて、大火炎を吐き出してきた。
ユナの魔法を受けてもほとんど無傷。
伊達に竜族最高峰だというわけではない。
御門兄妹は、もちろん炎を回避したが
「…えっ」
「あ」
彼らの後ろにいた水色姉妹は、不意を衝かれる格好になってしまった。
呆気にとられるばかりで、なんら準備が出来ていなかったのだ。
「お、お姉ちゃん!」
「……」
「エルリスセリス!」
「しまった……避けてくださいっ!」
そうは言われても、このタイミングでは、もはや避けられない。
恐怖で姉に抱きつくセリス。
「………」
眼前に迫った炎が、視界一杯に広がる。
エルリスは立ち尽くしていた。
(ああ……こんなところで終わりなの…?)
あの火炎に飲み込まれたら、ただでは済むまい。
まだ旅の目的を果たしていないというのに、これで死ぬのか。
「お姉ちゃんっ……!」
(セリス…)
自分に抱きついて、ガタガタ震えている、最愛の妹。
(……だめ)
守らなければ。
自分が守り、目的を達成し、幸せになるのだ。
(こんなところじゃ終われないッ!!)
そう決意した瞬間。
自分の奥底から、何かとてつもないパワーが沸き起こってくるのを感じて。
エルリスの意識は、そこでぷっつりと途絶えた。
「氷よ! 我を守る盾と成せ! アイスウォール!!」
ガチガチガチガチッ!
魔法発動と同時に、彼女の前に巨大な氷の壁が出現。
せまりくる炎に立ちはだかり、見事に防ぎきった。
「お……姉ちゃん……?」
「邪魔だ。離れておれ」
「う、うん…」
セリスは、姉から言われたことにショックを受けながら、言われた通りに離れる。
(どうしちゃったの…? お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃない…)
はっきり感じた。
あれはエルリスでは、大好きな姉ではない。
声こそ同じ声色だったにせよ。
自惚れるわけではないが、自分を邪険に扱うようなあんなことを
言うはずが無いし、なにより、雰囲気がまるで違う。
例えて言うなら、普段のエルリスが、大きく包み込んでくれるような優しさを持っているのに対して、
今のエルリスは、触ったら切れてしまうような、鋭く尖った刃物のような感じを受ける。
だが、酷いことを言われても、嫌いになるどころか。
どことなく親しみを覚えてしまうのは、なぜだろうか。
「な、なんだ? エルリス?」
「あの魔力は…」
一方、御門兄妹なども、エルリスの変貌振りに驚く中。
「<I>氷よ…</I>」
溢れる、外へと漏れ出す魔力を抑えようともせずに。
一変したエルリスは、静かに詠唱を始める。
「<I>清らかなる氷の精よ……等しく訪れる森羅万象、悠久なる氷よ……
今ここに汝の力、解き放たりて、彼の物ことごとく、深淵たる永久の眠りへ誘いたまえ</I>」
そして、呪文は完成する。
凝縮した魔力はもはや、普段のエルリスの比ではない。
「くっ」
「すさまじい魔力……エルリスさん……」
暴れる魔力の奔流に、御門兄妹ですら、耐えることに必死になるくらいだ。
「アブソリュート・ゼロッ!!」
魔法が発動。
高度に凝縮された魔法力が周囲の温度を奪い、空気中の水蒸気を凝結させていく。
ワイバーンの肉体は瞬く間にその奔流へと呑み込まれ、巨大な氷塊の中へと閉じ込められた。
もちろん微動だにしない。
「……」
「……」
「……」
竜族最高峰のワイバーンを、こうもたやすく。
御門兄妹ばかりか、ユナすらも目を見張った。
「今じゃ勇磨!」
「…! あ、ああ!」
エルリスからかけられる声。
勇磨は驚いたが、確かに、これほどのチャンスは無い。
動きが止まっている上に凍り付いている今なら、撃破することは簡単だ。
「おおおおっ!!」
ここぞとばかりに、勇磨はワイバーンへ突進。
思い切り刀を振り下ろした。
<FONT SIZE= +2
COLOR="blue"><I>ガシャーンッ!!</I></FONT>
ワイバーンは、砕け散る氷と共に、その肉体すら木っ端微塵となった。
第19話へ続く