黒と金と水色と
延々と続く螺旋階段。
いい加減、嫌になってきた。
「どこまで続いてるの、この階段…」
「う〜、帰りに登るの大変そうだなぁ」
水色姉妹から愚痴が零れる。
それもそのはずで、もう1時間近く、階段を下り続けているのだ。
いったい、どれぐらいの深さまで降りて行くのだろう?
いったい、この先はどうなっているのだろう?
大いなる不安は渦巻く中、終わりは唐突にやってきた。
「あっ」
真っ先に声を上げたのは、やはりセリスだ。
「階段が終わってる!」
照明は魔科学によって、今いる付近のみを照らす仕組みになっているようだ。
だから、先に行けば行くほど暗くなっており、判別するのは困難を極めたが。
あとひと巻きくらい降りて行くと、そこで階段は終わり、
平坦な床が広がっているように見える。
その先は暗闇の中だが、それなりのスペースがあるのだろうか。
「とりあえず、一息つけるか」
「そうですね。行きましょう」
止めていた足を再び動かし、螺旋階段の最後の部分を下りて行く。
階段なので、さすがに少しは疲労が来ているが、
終わりが見えているということで、その足取りは総じて軽い。
程なく、階段を下り切った。
螺旋階段最下層に照明が灯る。
そこで見たものは…
「扉がいっぱい!」
悲鳴に近い、セリスの叫び。
螺旋階段が納まっていた形状そのままの、円形のスペース。
階段を下り切った先からの壁面には、2mくらいの間隔を置いて、
扉が何ヶ所も設置してあるのだ。
「ひい、ふう、みい………全部で15ヶ所」
即座に数えた環がこう報告。
扉の数は、実に15を数えた。
「迂闊に近づかない開けない! 何が出てくるかわからないわ」
「う、うん」
ともすれば先走った行動に出かねない誰かさんに向けて、ユナが一喝。
なぜか頷いたセリス。(自覚があるらしい)
他のものは一切、何も存在しない…いや、ひとつだけあった。
スペースの中央に、剣を斜めに持つ兵士の像が、寂しげにひとつだけ置かれている。
「………」
こんなところにオブジェ?
周囲を観察しだしたユナは、そのように疑問に感じたが、それ以上のことはわからない。
視線を、複数ある扉へと移した。
「………」
扉の数々を、それぞれジッと注視して行く。
そして、こう呟いた。
「どうやら、魔力的なトラップは無いようね」
「そのようですね」
メディアも同意する。
「あと考えられる可能性としては、物理トラップですが」
「そればっかりは、開けてみないとわからないわね。…ん?」
ここで、ユナは何かに気付いた。
ひとつ首を傾げ、慎重に、1番近くにある扉へ歩み寄って行く。
「どうしました?」
「何かが…」
目の前に立ってみて、”何か”を見つめる。
扉の中ほど、ちょうど目線くらいの高さ。
長方形をした、周囲とは明らかに違った一角があった。
「これは……プレートの跡だわ」
「プレート?」
「よく、部屋の前なんかに『〜室』とか書かれてるものが貼ってあるでしょ?
それじゃないかと思うんだけど……あっちにもあるわね。あっちにも」
よくよく確かめてみると、隣の扉にも、そのまた向こうの扉にも、
同じようなものがあることがわかった。
「…ダメですね。どれも煤けていて、読めません」
しかし、いずれもが変色してしまい。
あるいは、貼ってあったプレートは取り払われてしまったのか、
表示されていた内容を窺い知ることは出来ない。
「ということは、何か? この扉の先にはそれぞれなんらかの部屋があって、
どんな部屋かを案内していたというわけか?」
「たぶん、兄さんの仰るとおりでしょう」
「ふーむ」
「今となっては、悔やまれますね」
「まあ、何十年、何百年と、管理する人間なんかいなかったんでしょうし、
当然と言えば当然だわね」
どんなに小さいものでもいいから、何か手がかりが欲しい一行にとっては、
かなり残念なことであった。
こんなところで、封印図書館の洗礼を浴びることになるとは。
要するに、扉の向こう側に何があるかは、実際に扉を開けて、
向こう側に入ってみるまではわからないということ。
「さあて…」
不敵に微笑んだユナが、皆を見回しながら、尋ねたこと。
「どこから行く?」
「……」
即答する声は、上がらなかった。
しばらく、その場を沈黙が支配したのち。
「順番……に、行くしかないんじゃないか?」
と勇磨が発言。
「そう、ね、それしか…」
「うん。わたしは勇磨さんに賛成〜」
「1番シンプルですが、無難でもあります」
ポツポツと、賛成意見も出始める。
エルリス、セリス、メディアは賛意を表した。
最終的には、ユナも環も同意して、とりあえず、1番左、
1番階段に近い扉から開けてみることにした。
だが、トラップが無いとも、開けた瞬間に何か異常事態に見舞われないとも限らない。
扉を開けるには、慎重に慎重を要する。
「よし。扉を開ける役は、俺が引き受ける」
唯一の男だしね、と名乗り出る勇磨。
反対意見は出ない。
「それではこうしましょう」
それを受けて、メディアがこんなことを申し出る。
「他の皆さんは、ここの中央部分にお集まりいただいて。
万が一のときのために、私が魔力・衝撃緩衝の結界を張ります。
これで、よほどのことが無い限り、私たちは安全です」
「…俺は?」
「がんばってください♪」
「はいはい…」
それだと、中央に集まっている女性陣は安全だが、
ドアを開く係の勇磨は、モロに影響を被ることになる。
しかし、自分が名乗り出たことであるし。
他に方法が無いのだから、誰かがやらねばならない。
罠があったときでも、それなりに回避できる自信もある。
勇磨はメディアに笑顔で見送られ、最初に開ける扉へと歩み寄って行き。
一方では、メディアが結界を展開させる。
結界の展開を確認し、勇磨も、扉を開けるポジションへとついた。
「…いいな? 開けるぞ」
「兄さん、お気をつけて」
「ああ。じゃあ……さーん、にーい、いーちっ、ゼロッ!」
カウント0になった瞬間、勇磨はノブに手をかけて回し、思い切り押した。
結界の中にいるとはいえ、女性陣も身体を強張らせる。
…が。
「あ、あれ?」
「…は?」
扉が開かない。開いていない。閉まったまま。
目を丸くする一行。
「お、おかしいな? あれー?」
勇磨はガチャガチャとノブを弄ってみるが、開く気配は無い。
偽物の扉なのか? はたまた、鍵でもかかっているのか?
そんな懸念が、一行に広まりつつあるときだった。
「もしかして、それも『引き扉』なのでは?」
「………」
メディアの冷静な一言。
どこかで聞き覚えがあるような気がする。
しかも、ごく最近のことだ。
「……あ、あはは」
指摘を受けた勇磨は、笑ってごまかす。
「あ、さ〜って、押してもダメなら引いてみろ〜♪」
「…兄さん。またですか」
「い、一見しただけじゃわからないわよね? ねっ?」
「勇磨さん…。わたしでもそんなボケ、2度もしないよ…」
「やれやれ…」
「ふふふ。いいんですよ勇磨。そんな、わざと場を和まそうとしてくれなくても♪」
つまり、『押す』一辺倒だったと。
封印図書館の入口扉のときの再来だと。
あまりの単純思考に、環はビシッと青筋を立て。
必死にフォローを試みるエルリスと、呆れを通り越し、げんなりしているセリス。
肩をすくめるユナ。
やはり1人だけ、メディアは面白そうに笑っていた。
「で、では気を改めまして…」
「緊張感が台無しですよ…」
「う、うるさいな。開けるぞっ!」
今度こそとノブを回す。
ガチャッ、と音がして、扉は手前側へと開いた。
手に汗握る一瞬。
…だが、何も起こらなかった。
「……セーフ?」
「いいえ、まだわかりません。トラップは忘れた頃に――」
「あ〜っ、なんだこりゃっ!」
「――!?」
安心しかけるエルリスに、環が油断大敵とたしなめようとするも。
それを遮るように、勇磨の大声が轟いた。
「兄さん?」
「これ見てみろよ!」
「え?」
勇磨が憤慨しながら示した先は、扉が開いた、その先。
一同の視線が集中して…
「ええ〜っ!?」
誰のものか、やはり大声が上がった。
「壁じゃない!」
それは当然。
なにせ、扉が開いたその先は、壁。
通路も、空間も、何も無い。
周りと同じ、ただの壁だったのだから。
「どうなってんだこりゃ!」
うが〜、と勇磨が吠えている。
その原因は、扉を開けた先が壁だったこと。
それも、ヤケになった勇磨が次々と開けていった扉の先が、ことごとく壁だったことによる。
「なにこれ?」
「行き止まり…ってこと?」
「そんなはず…」
女性陣も、最初は勇磨の行動にポカ〜ンとしていたが、
すべての扉が開け放たれた結果に、改めてポカ〜ンとしている。
「これまで、分岐や他の扉などは無かったと思いましたが…。
ここで行き止まりなはずがないのですが…」
「確かにそうね」
う〜むと考え込んだ環の言葉に、ユナが同意した。
ここまでは一本道だった。
もしかしたら、隠し扉や隠し通路などの仕掛けがあった可能性も否定できないが、
あれほどの規模の螺旋階段の先が行き止まりなど、考えられない事態である。
ここまで来て行き止まり。
もしや、これが正規ルートではないのか?
他に隠し通路があるのか?
「………」
目を細めて、周囲を観察するユナ。
彼女の目に留まるものは、何かあるのだろうか。
「…とにかく」
コホンと咳払いをし、結論を述べる。
「調べるわよ。何か仕掛けがあるのかもしれないわ」
「わかったわ」
総出で、周囲をくまなく調べてみる。
壁、床、扉…
しかし、新たな発見はもたらされない。
なにせ何も無いのだ。
壁は普通の、何の変哲も無い壁だし、床も、なんら変わったところは無い。
開けた扉も、もう1度調べてみたが、ただの木製の扉なのだ。
他に、何かあるとすれば…
「その剣士像」
中央に鎮座している、剣を持った像。
この場には似つかわしくないと思われる像が、怪しいということになってくる。
ユナの発言で、自然と、像の周りに全員が集まった。
像は、高さが2mほど。材質は石だろうか。
鎧兜姿の剣士像で、右手に持った、斜めに突き出る剣が特徴的。
「一見は、ただの彫像のように見えますが…」
「何か仕掛けがあるのかなぁ? うーん?」
唸りながら、像をぺたぺたと触って行くセリス。
下から上まで観察し、前後左右360度、あらゆる角度から見てみるが。
「う〜ん、なんにもないよ〜?」
やはり、目新しい発見は無かった。
しかしそれでも、セリスは像を回りながら、観察を続ける。
そんなとき。
「…わっ!?」
像だけを見ていたため、足元が疎かになっていた。
敷き詰められているレンガのちょっとした段差に躓き、転びそうになってしまう。
「わわっ」
「セリス!」
体勢を崩しかけたセリスは、思わず手を伸ばし、像を掴む。
――ゴゴ…
「…え?」
「!!」
転ぶまいと、像に手をかけた瞬間。
なんと、低い音を立てて、像が動いたのだ。
正確に言うと、場所がずれたわけではなく、像そのものが回転したのである。
「今……動いた、よね?」
「動いたわね…。回転したの…?」
事実を確かめる間も無く。
バンッバンッバンッバンッ!!
「…!!」
開け放ったままにしておいた扉が、次々と音を立て、勝手に閉まって行く。
頭上は吹き抜けになっているので音が反響し、不気味なほどの余韻を残した。
「これは間違いないわ」
ふむ、と頷いたユナ。
行き止まりの扉と、なんらかの関係があることは、もはや疑いようが無かった。
「像を回して、扉のほうへ向けてみて」
現状、像は、扉とは目を合わしていない。
持っている剣が階段を指している状況だ。
像ごと回転させて、扉と正対させてみよう。
「よしわかった。ふぬっ」
――ゴ、ゴ、ゴ…
勇磨が像を持って、力任せに回転させる。
かなり重いのか、発せられる音は、やはり重低音である。
「とりあえず、最初の扉へ合わせてみて」
「うい」
剣が扉を指すよう、向かい合わせるまで回す。
すると…
ピカッ!
「あっ」
剣の切っ先が発光。
その光は瞬く間に強くなっていって、ビィっと一直線に伸びていった。
もちろん、扉に向けてである。
ギュゥゥゥウンッ…!!
「な、なに? 何の音?」
「何かが動いているような…」
光線が扉に達した直後から、何かの機械音が響き渡る。
何かが高速回転しているような音が、数秒間は続いて。
やがて、それは徐々に静かになっていった。
「………」
一行は、その後もしばらく、様子を窺い。
何も起こっていないことを確認する。
…いや、それは間違いだ。
確かに、”何か”は起こったのだから。
「勇磨。もう1回、扉を開けてみてくれる?」
「おし…」
像からの光が当たっている扉を、再び開けてみる。
今度こそ、開けた先には、壁以外の何かが見えることを期待して。
「開けるぞ…。それっ!」
一気に開ける。
固唾を飲む瞬間。
「部屋だ!」
薄暗くて確かなことは言えないが、扉の先に、何らかのスペースがある。
期待は、その通りになった。
第20話へ続く