その日の授業を全て終え、帰り支度をしている雪奈――しかしどこか忙しなく、緊張している様子も見られる。
現に、バックの中に入れようとしたプリントがバラバラに床に散らばせたり、手元を狂わせたのか思い切り筆箱の中身を床にぶちまけてしまったりしているのだ。
そんな雪奈の姿を驚きを通り越して呆(ほう)けた表情で見ることしか出来ない3-G組の生徒たち。
誰もが呆けてしまい、雪奈の手伝いをするものは皆無かと思われたが……一人だけ居た。
「はい」
「あ……」
ポンと雪奈にボールペンとプリントを手渡したのは、転校生である本郷心。
彼は渡し終えた後、雪奈の机の上にあるバックを片手に、顔を彼女のほうへ振り向いて一言。
「行こうか?」
「え、えぇ」
心は雪奈に優しく微笑みながら教室から出て行き、雪奈も心の後についていった。
……そんな光景を見せられた3-G組の生徒たちは目を覚ましたかのように、はっとすると同時に。
『えええええええええええええぇぇぇぇぇぇっぇえっぇぇぇぇええええ!?』
驚愕の声を上げた――二名を除いた生徒たちは。
その二名は心と雪奈の後をコソコソとついていく――一人は意気込み、もう一人はため息をついて。
「さぁ、追跡スタートよ!」
「……はぁ」
* * * * * *
「案内する場所……といってもどこがいいの?」
「う〜ん……雪奈さんに任せるよ」
「わ、わたしに? それだったら、知っている場所しか……」
「それでもいいから、よろしくお願いします」
雪奈はドキマギしそうな自分を必死に押さえつけながら、心を自身が知る海鳴市の場を案内させようと、肩を並べて歩いている。
(……っ)
時折心の肩と雪奈の肩が軽く触れ合うと、雪奈は上げてしまいそうな声を抑える。
男子と二人っきりで歩くことなど小学生以来――兄である、恭也は別として――で、しかも何かと気になる心と一緒に歩いているのだから、仕方がない。
「雪奈さん」
「ひゃ、ひゃい!?」
突然声を掛けられた雪奈は舌をかんでしまい、思わず赤面してしまいそうだったが、何とか抑える。
心はそんな雪奈の姿に首を傾げるが、言葉をつむぐ。
「やっぱり調子が悪いの?」
「え?」
「ほら、さっきからちょっと疲れてそうだし、顔を真っ赤にさせたりしているからさ……海鳴公園でちょっと休む?」
心の優しい心遣いに雪奈は「ありがとう」と言おうとしたが、ふと考えた。
海鳴公園に行くのは良い、あそこなら自分も知っているし、お勧めポイントもある……。
しかし、今海鳴公園に行くとなると、必然的にベンチに一緒に座ることに――。
「〜〜〜〜〜っっ!!」
余計なことを考えたせいで雪奈は真っ赤になってしまい、心はそんな雪奈の姿に驚く――やはり調子が悪いのだと判断し、心は雪奈の手を掴む。
「ちょっ、やっぱり海鳴公園に行こう! 余計に顔が真っ赤になってるし!」
「ま、まっ――」
慌てながら紡がれる言葉は耳に入れずに、海鳴公園まで引っ張っていった。
そして、そんな光景を見ていたとある二人の様子は。
「く……くくっ、ぷっく」
「あまり笑ってやるな、忍」
「くくっ、だ、だって……ぷぷっ」
あまりにも雪奈の様子が面白かったのか忍は笑いを必死にこらえ、そんな忍をハァとため息をつく恭也の姿があった。
……無論、電信柱に隠れながらの二人のそんな姿を、通り行く人らは怪しそうな目で見ていた。
* * * * *
海鳴公園に心によって連れて行かれ、すぐさまベンチに座らされた雪奈。
心は少しでも雪奈に気分を良くしてもらおうと、先ほどジュースを買いに行ってこの場には居ない……。
一人で居るのは意外と寂しい……だから。
(……早く帰ってこないかしら)
そう思った瞬間、雪奈は「はっ」と気づき、すぐさま頭を振るう……自分は一体何を考えているんだろうか!
あまりにも恥ずかしいことを考えたので、思わず真っ赤になってしまい、顔を両手で押さえながら頭を俯かせると。
「……えっと、雪奈さん?」
「っ!」
声を掛けられ頭を上げると、そこには苦笑いをしている心の姿があった……見られていたのだろう、さっきの自分を。
(穴があったら入りたいって言うのは、こういうときに使うのかも……)
雪奈は心底そう思うと同時に、迂闊な行動をした自分に恥ずかしさを覚えた。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
心は先ほどの苦笑いを消し、笑顔で雪奈に清涼ジュースを手渡し、雪奈は遅く礼を良い、それを受け取る。
雪奈の隣に心は座るが雪奈は平常心だった――昼と違って、自分に嫌悪感があるからであるから。
心も先ほどの雪奈の姿があったので、一体どのような会話をすればいいのだろうかと考えていると……。
「ん?」 「なに?」
考え事をしている二人の前に影ができ、心が顔を上げようとしたとき。
「!」
突然自分の眼前に襲い掛かってくる靴のつま先に驚愕するが、心は驚異的な反射神経で両手で靴のつま先を受け止める。
「っつ!」
改造人間ゆえに男の放った蹴りは大したダメージではないが、雪奈がいる手前なので、とりあえず苦しげに受け止める演技をする。
心は顔を上げ、一体誰が攻撃したのかを確認する。
「……」
目の前にいるのは全身に黒いスーツを身にまとい、顔を隠せる大きな黒いサングラスを掛けた一人の男性だった。
男性は口元を一文字に固めたまま、ただただ心と雪奈を見ていた。
「あなたは誰ですか? 雪奈さん、知り合い?」
「知らないわ、そんな人」
雪奈の知り合いではないとするとこの人物は一体何者なのだろう……心は注意深く男を注視しながら、ベンチからゆっくりと立ち上がり構えると同時に男の口が動いた。
「ショッカー、月村家――夜の一族」
「! あなた、まさか!」
雪奈は顔色を変え、すぐさま立ち上がり、睨みつけると。
『雪奈!』
「っ恭也、忍!?」
「あなた、一体何者なの!?」
忍は男に問いかけるが、男は何も答ることなく、ただ恭也と忍の背後にいる心だけに目を向けていた。
「……忠告はした」
男は四人に背を向け、歩き出そうとしたとき。
「ま――」
「おい」
* * * * *
恭也の言葉が放たれる前に、心の冷たい一言によって、その場の空気が凍った――。
「……なぜショッカーを知っている」
先ほどの穏やかの表情は消え、怒りの表情となった心は男の背中を睨みつける。
周りに居る三人の表情が驚愕と少しばかりの恐怖に顔を青く染めているが、心は気にせず一歩歩みだす。
「答える必要は無い」
「……そうか、ならば」
男の言葉に心はダンッと地面を蹴ると、一瞬にして男の背後に立ち、男の左腕を捻り、首元を掴む。
「!?」
恭也は目を瞠ってしまう。
自分は一瞬心の姿を見失ってしまった、そして見失った直後に男の背後に立ち首を掴んでいたのだ。
(なんだ、あの速さは……!?)
自分ですら見失うほどの速さを出した心の背中をただ驚愕の表情を浮かべて見つめることしか出来なかった。
それは隣にいる忍も、自分たちの後ろに立っている雪奈も同じだった。
「もう一度言う、答えろ」
「……言ったはずだ、答える必要は無い!」
男は左手で懐から何かを取り出し、思い切り地面に叩きつけると同時に、閃光が奔った。
『きゃあっ!』
「……っく」
「……っ!」
強烈な閃光があたりを照らし出し、四人の視界を失わせる。
突然の閃光によって心の力が緩んでしまい、その男はその一瞬を見逃さず、全力で心を振り払い、その場を逃げ出した。
* * * * *
「はぁ……はっ……はっ……はあ!」
人の気配を感じられない路地裏の道を選び、男は息を絶え絶えになりながら、時折後ろを確認しながら走っていた。
追ってきていないか、あの男は……ホッパーは!
そして、次の角を右に曲がったとき。
「遅かったな」
「……」
二人の人間が壁に背中を預けていた――いや、一人だけはもう一人に寄り添っていた。
一人はダークブラウンのスーツを着衣しているあどけない顔をしている青年と、もう一人は金に輝く髪をロングヘアーにしている少女が青年に寄り添っていた。
男は二人の姿を見た瞬間、すぐさま背筋を伸ばし、頭を下げる。
「その様子じゃ、なんとか本郷心に伝えてくれたようだな……お疲れ」
「い、いえ! これきしのこと……」
「謙遜するな、奴に話しかけるだけでも勇気がいるのに、お前はやってくれた。 感謝している」
青年は優しくその男に微笑み、そっと壁から離れる。
男は青年の優しい言葉を掛けてもらえるだけでもありがたい……自分の苦労が報われたような気がするからだ。
実際青年の言うとおりなのだ。
自分の背中は今でも汗びっしょりシャツに張り付いており、今でも手に汗が残っているのだ。
本郷心と対立したときはなんとか無表情で用件だけは伝えることは出来た……心の中では恐怖と戦いながら。
青年はふと何かを思い出したのか、舌打ちをした――忌々しいといわんばかりに。
微笑みから怒りの表情を変え浮かべ、男に苛立ちの混じった言葉を投げる。
「これからお前は月村安次郎の元に向かうんだ……胸糞悪い劣化品共々な」
「……承知しました」
「それとあの劣化品共が負けそうになったら、すぐさま連絡しろ、いいな?」
「はい……」
男にそういった後、青年はゆっくりと背中から壁を離し、少女と共にその場を立ち去るため、歩き出す。
そんな二人の背中を男は頭を下げ、この路地裏から出るために二人とは違う出口を目指して歩き出した。