GEAR
第三話『専動』
雰囲気の良い趣のある一室。ふかふかなベッドの横で、銀髪の少女がごそごそと物音をたてている。
少女の思いやり溢れる心によって、自らが途方に暮れることは無くなった。
漆黒の鎧・・・クロガネは、少女・・・リーナの護衛となることで、当面の居場所を確保することができた。
リーナは、話がまとまるや否や、
「では、準備をするので、ちょっと待ってくださいねっ。」
と嬉しそうに言い、遺跡調査の道具がかなり入っているだろう大きなバッグに向き合い、難しい顔をしている。
・・・遺跡、か。どんなところだろう。
妙な高揚感を感じつつ、今から向かうところに思いをはせている。
と、少女が立ち上がった。準備が整ったようだ。
「お待たせしましたっ。さ、行きましょう!」
生き生きとした顔で言うと、クロガネの手を引っ張った。
連れられるままに宿の外へでると、リーナが、あ、と声を上げ、振り返る。その表情は済まなさそうにしていた。
「ごめんなさい・・・えっと、クロガネさんは用意するものとかありますか?」
どうやら気を遣ってくれているようだ。そんな少女を鎧は優しげな目で見て
「いや、特にない。というか、何があるかも分からないからな、必要なものなんて検討もつかない。」
そう言うと、漆黒の兜から笑い声がもれた。リーナはその声に幾分ほっとしたように息をつくと、クロガネがおおよそ武器とよべるものを持っていないことに気
づいた。
思えば、助けてくれたときにも丸腰だった。そのときは、それが戦闘スタイルかと思ったが、クロガネの話を聞くに、そういうわけではないらしい。
「クロガネさんは、剣とかをお使いにならないんですか?」
そのまま疑問をぶつけてみる。目の前の鎧は、一瞬呆然とするも、すぐに言葉の意味に気づく。
「・・・・・・分からない。もしかしたら使えないことも無いかもしれないが・・・」
頬を掻きながら答えるクロガネに、少女は何かを思案するよに顎に手を当てると、力強く頷いた。
「じゃぁ、買いに行きましょう!何も持ってないよりは危険が減りますしっ。」
リーナは、我ながら名案だ、と言わんばかりに満足げだ。それに対し、クロガネは落ち込み気味。
「いや、確かに持っていたら心強いが、金なんてものは持ってないし・・・。」
少女は、そう言う鎧をきょとんと見たあと、くすくすと笑った。
「私、こう見えても結構お金持ちなんですよ?」
その目はいたずらっ子のようだったといふ。
「なぁ・・・やっぱり出してもらうのは悪い。このままで行こう。」
武器屋に入ってなお食い下がるクロガネの声に気づいていないのか、少女は嬉々として剣をとる。
「これなんてどうですか?あ、こっちも強そう〜。」
聞こえていないらしい。というか、買い物を楽しんですらいるようだ。
気づかれないように、小さくため息をつくと、クロガネは店内を見回した。
どこを見れど、武器武器武器、武器屋なのだから当たり前だが、その物々しい雰囲気のせいで、居心地はあまり良くない。
それらは壁に飾ってあったり、ガラスの箱に並べてあったり、木樽に無造作に立てられてあったりと様々であったが、
共通するのは、どれも値段の張りそうなものばかりで、かつ、痛そう。特にトゲのついた球体は人の道すら外れそうだ。
少女に視線を戻す。今度は難しい顔で、二つの武器を見比べていた。
一つは、光を反射させるほど綺麗な刀身をもつ長剣。もう一方は、鉄の棒の先端に三つに分かれた刃を持つ槍だった。
リーナはその重そうな武器を、片手で持ち、眉間にしわを寄せ見つめていた。
少女の腕は細く、力など無さそうだが、彼女は普通の人間ではなく、魔術を積み、知識に長け、洗礼を受けた『ギアティシャン』と呼ばれる者達の一人。
ギアティシャンは、体に埋め込まれた、マナというエネルギーの結晶体・・・魔力結晶石により、その身体能力を飛躍的に向上させている。
それが、この細腕で鉄製の武器を片手で持つことを可能にしているのだ。
決めかねている少女を見て、申し訳ない気持ちになった鎧は、せめて悩みだけでも無くす手伝いをしようと、聞こえるように呟いた。
「・・・その剣、良いな。」
こちらを見ずに、ぴくっ、と反応する少女。迷うことなく槍を戻すと、手に持つ一振りの剣を店主の前に持っていった。
小動物のようだ。とクロガネは思った。
少女は、慣れた手つきで会計を終えると、長い袋を両手で抱え、小走りで近づいてきた。
「はい、どうぞっ。」
ほほえみながらその袋をクロガネに渡す。その袋から感じるのは軽すぎず重すぎない、堅い質感。
無論、中に入っているのはあの長剣だ。
「・・・ありがとう。」
素直に礼を言う。この少女には、遠慮をしても多分無意味だろうと、この袋を手に持ったとき悟ったから。
少女は笑顔を見せ、行きましょうか、と言った。
クロガネは、この町に入ってきた時と、同じ道のりを歩く。今回は進行方向が逆だが。
歩く道中、少女から色々なことが聞けた。
今やクリーチャーの巣窟となってしまった、遺跡に関する話が多々であったが。
遺跡は、クリーチャーが現れる前よりもっと前・・・もしかしたら国という歴史が出来る以前からあったかもしれない。
作られた時代が定かですらない建造物らしい。
遺跡には侵入者撃退の罠が幾重にも張り巡らされているという。
罠は、原始的なものから、今の技術では再現が難しいほど高度な技術であったりと様々。
その厳戒な防衛体制で、遺跡は何らかの重要施設であったのでは、という説もある。
遺跡を調査する主な理由は、単純な好奇心と、遺跡の中にある古代文明の獲得にあった。
見つかった古代文明の数々は、現在の機械技術を超えるものや、魔力を帯びた武器や装飾品、高度な魔術書など・・・貴重な物ばかり。
この古代遺産は、かなりの額で国が引き取ってくれるらしい。リーナのお金持ち発言はこれに起因する。
今やクリーチャーの巣窟となってしまったが、
こういった遺跡を調査したり、その遺産を発見したりする者達は、『トレジャーハンター』と、人々は呼ぶそうだ。
何故、何千年、何万年前の遺跡から、これほどの超技術が発見されるかは解明されていないが、
それを調べるのも、トレジャーハンターの役目なのだと少女は言った。
もっとも、調査のほとんどは国からの依頼らしく、そもそも遺跡を調査するためには、国が定めた試験を受け、ライセンスを取得する必要があるらしい。
ライセンスを持っていないと、国に遺産を買い取ってもらうことも出来ず、逆に遺跡荒らしとして捕まってしまうようだ。
「へぇ・・・じゃぁ、リーナはその試験に合格したってことだろう?すごいじゃないか。」
クロガネが賞賛の言葉を贈る。
「そ、そんなことありませんよ・・・。」
そう言いながらも、顔を紅潮させ、えへへ、と嬉しそうに笑うリーナ。
クロガネはふと気づく。この少女は『ギアナイト』を連れていないのだろうか、と。
宿での話を聞く限り、ギアナイトとギアティシャンは、二人一組のパートナーであると思われる。
にも関わらず、この銀髪の少女は、これまで一人で遺跡調査をしてきたような口振り。
・・・まぁ、良いか。
なんとなくそれを聞くのは躊躇われた。それに、ギアナイトが居なくとも関係ない。
自分は、居場所をくれたこの少女を、護るだけなのだから。
漆黒の鎧は、心の中でそれを誓った。
視線を正面に向けると、森が見えてくる。
記憶の始まりの森。
少女は、その森を指さし、この中にあることを告げる。正直、入ることを躊躇してしまうが、かといって少女だけを行かせることはできない。
今の自分は護衛、用心棒なのだ。むしろ自らが前に出るべきであろう。
なにより、先ほど護ることを誓ったばかりだ。早くもそれを反故にすることなど、天が許しても自分が許せない。
今は袋から解放され、腰に掛ける長剣を見る。鉄拵えの鞘にその刀身を納めている。
飾り気は無く、質素だ。それがクロガネにはありがたかった。
買ってもらった上に、煌びやかな装飾をされては、畏縮してしまう。
それに、今気づいたが、あっさりしているほうが自分の好みらしい。
すでに森はすぐ目の前だ。草原と森は不思議なほど綺麗に境界線をつくっていた。
まるで世界が違うように見えた。
漆黒の鎧は、歩みを止めることなく、森に足を踏み入れた。
一番古い記憶と同じ光景が広がっている。鳥がさえずり、虫たちの羽音が響き、凛とした雰囲気が漂う森。
少女は軽い足取りでクロガネの前に立ち、向き合うと、手を後ろにあわせ、少し前屈みになると
「よろしくお願いしますね。」
そういってリーナは微笑んだ。
なんとなく・・・なんとなくだが、心が楽になった。
背の高い草が鬱そうと生い茂る中を歩く。
後ろからついてくるリーナが歩きやすいよう、クロガネは雑草を倒し即席の道をつくる。
それに一つ一つ礼を言いながら、少女は道順を声で示す。その手にはこの辺りの地図らしき羊皮紙を持っている。
先ほど少女が、遺跡の調査を依頼されたとき、その遺跡の場所を記した地図が支給されるんです、とその地図を広げながら教えてくれたが、
質の良さそうな羊皮紙に、ジグザグに曲がりくねった線が無数にあったことを思い出す。
知識も無く記憶もないクロガネには何が書いてあるのかさっぱり分からなかったが。
急に鎧が足を止める。地図に目を落としていたリーナは気づくのに遅れ、その堅い背中にぶつかった。
鼻をぶつけたらしく、顔の中心を手で押さえ、クロガネの背中を見上げる。瞳は水分を豊富に含んでいた。
「ぁぅ・・・ど、どうかしたんですか?」
「しっ」
鎧は人差し指を、口の辺りに立て、短く言った。紅い双眸は、左の茂みをじっと見つめている。
手は、長剣の柄を握っていた。
リーナもつられて茂みに視線を移す。
「っ!」
がさがさと音をたて、現れたものに小さく悲鳴を上げる。
それは、少女と同じくらいの大きさだが、手が異常に伸び、尾は二つに分かれている猿のような生物だった。
が、それがただの猿ではないことは一目瞭然。クリーチャーだ。
「ブォオオオオ!!」
猿のようなクリーチャーが吠える。と同時にその体躯が二倍になった。大きさがリーナ程だったのは腰をかなり曲げていたからだと分かった。
すぐさまクロガネが長剣を抜き放ち、構える。
クリーチャーは、荒い息づかいで体を二、三回震わせると、二人に向かって襲いかかってきた。
距離は目測で十メートル前後。
クロガネが地面を蹴り、疾走する。距離は一気に縮まる。
勝負は一瞬でついた。
突き出した長剣が、異形の猿を容易く貫く。クロガネは、呻いているクリーチャーを蹴り離すと、その反動を利用し、長剣を無造作に引き抜いた。
無様に転がる異形の猿。その胸から赤紫の液体が噴水のように噴き出た。
少女はそんな光景から目をそらし、口を押さえる。
漆黒の鎧は、剣を振り血を払うと、その鞘に納めた。
今の凄惨な出来事を目の当たりにして、雇い主の少女は大丈夫だろうか。少女を見る。
後ろを向き、深呼吸をしているようだ。と、落ち着いたのか、こちらに振り向く。
むろん、転がる死骸を目に入れないように、だが。
「クロガネさん・・・お怪我は・・・?」
心配そうに聞いてくるリーナに、クロガネは首を振った。
「大丈夫だ。この剣に助けてもらった。」
そういって柄に手を添える。
「行こう、もうすぐで着くんだろう?」
はい、と頷く少女をみて、漆黒の鎧は歩きだす。
少女は小走りでその背中をおった。
二人は先に進む。その背後、木々の影から自分たちを見つめる、二つの赤い光に気づくことなく。
奥に進むに連れ、ところ狭しと木々が並ぶ。歩くことすらままならないほどだ。
いよいよ秘境らしくなってきた。人が足を踏み入れることを拒絶しているかのようだった。
唐突に視界が開ける。そこだけ木々はほとんど無く、少し先に石造りの建造物が見えた。
「あれです。」
いつの間にか横に立っていたリーナが指を真っ直ぐ伸ばし、言った。
歩くごとに建物の風貌が見えてくる。大きな台上に四角い箱を乗せたような形だった。
高さは5メートルほどだろうか。思ったより大きくはなかった。
台形のそれには階段と思われる段差があり、上部の四角い箱へ続いている。
箱の中央が切り取られたようにぽっかり開いていた。おそらくあれが入り口なのだろう。
下からその中を見ることはできない。
少女は階段を二段ずつ飛び越えて、闇の前に跳ねるように近づくと、振り向いてクロガネを手招きした。
鎧は少女を見上げて、苦笑ともとれる音を出すと、階段を上がっていった。
いざ目の前に立つも、そこは暗闇で彩られ、中を窺い知ることは出来ない。
「暗いな・・・明かりが無いと進めそうにないぞ。」
遺跡初心者のクロガネがぼやく。
リーナは得意げな顔でそれに応えた。
「ふふふー、大丈夫ですよ、一応私もギアティシャン、魔術の心得があります」
そう言うと、隣に立つ少女は人差し指をたてると、目を瞑った。
「ラ・イティン・フラシュエト 闇を退け我に光を」
まるで歌っているようだった。流れるような少女の声が終わり、たてた指先から淡い光が輝きだした。
リーナは目を開けると、少し驚いているクロガネを見た。
「『フォト』っていう明かりを出す初歩的な魔術です。これで暗いところも大丈夫です」
光る指先を円を描くように回す。
・・・これが魔術・・・。
クロガネは軽い感動を禁じ得なかった。話に聞くと見るとでは大違いだ。
思ったことを素直に口に出すと、少女は照れたように笑い、暗闇の中へ入っていった。
クロガネはそれに続いた。
淡い光で闇が居所を無くしていく。
遺跡の中は、通路の所々から植物のツタが侵入し、整然と並んでいたであろう正方形の壁を乱している。
歩く度に、剥がれ落ちた壁の破片が摩擦音をあげる。
「思ったより老朽化は進んでませんね・・・もしかしたら良い収穫は得られないかも。」
少し気落ちした声でいうリーナ。
「そうなのか?」
クロガネが疑問の声を上げる。その言葉に少女は肯くと壁に手を当てた。
「こういった、老朽化がほとんど見られない建造物は、古代文明の遺跡じゃなくて数百年前程度に作られた物の可能性があるんです。
四つの国が集まって出来たグレイバルは、過去に作った研究所などを全て把握しているわけではないので、
遺跡と思われていた建物が、実は自分たちで作った物でした。なんてことも少なくありません。
・・・ここはハズレかも。」
でも、依頼だから結局調査しなきゃいけないんですけどね。そう言ってリーナは舌を出す。
「ふむ・・・なるほど・・・。さすがはプロだな。」
「え、そ、そんなプロだなんて・・・わたしなんてぜんぜん、ひきゃ!」
壁に指を滑らせながら、そそくさと先に進んだ少女は足下のツタに気づかず、盛大に転んだ。
その整った顔は地面へと吸い込まれ・・・したたかに顔をぶつけた。
こちらからは上がった尻しか見えないが、その向こうから、うぅ、と唸る声が聞こえる。
「・・・前言撤回・・・か?」
ちょっとした皮肉を笑いながら言うと、クロガネはリーナに手を伸ばした。
恥ずかしさで顔を赤くし、けれど、鎧の言葉に頬を膨らませながら、少女は、自らの手を漆黒の手に重ねた。
微笑ましいが、一抹の不安を拭えない漆黒の鎧であった。
後書き
どうも、酒呑 童です。
さて、第三話をお送りいたしました。いかがでしたでしょうか。
話があまり進みませんねェ・・・、まいりました。
でもいいのです。ゆっくり進ませます。毎日のように妄想していたストーリーですから。
これくらいどうってことありません。ほんとですよ?ぐすん。
さて、今回は頑張る女の子リーナちゃんが一番の見所・・・であると思っております。
願望に近いですが、皆様の目にはどうおうつりになりましたでしょうか。
今回は戦闘シーンがかなり低く、私としましても、少々不本意ではあります。なぜなら戦闘大好きだから。
熱いシーンとか入れたいのですが、いかんせんそんなキャラクター設定のキャラクターがおらず・・・。
まぁ、これから沢山のキャラクターが登場しますので、その辺りも楽しみにしていただければ、と。
では、またいつの日か、第四話か片方にて。
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酒
呑童さん
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