ＧＥＡＲ
第五話『狡動』
暗い出口の前に立ちながら、少女が呼びかけてくる。
「少し待っててくれ！」
クロガネはそう叫ぶと、辺りを見回した。鈍く光る一振りの剣が目に入る。
その刀身は紫色の液体が垂れ付いていた。ミノタウロスの血だ。
鎧は剣に歩み寄り、拾うと剣を軽く振って血を飛ばした。
リーナの魔術でクリーチャーごと消滅させられたかと危惧したが、
剣は刃こぼれすらなく、綺麗なものだった。
そのことに安堵し、鞘に納める。貰って早々に壊したりしては申し訳ない。
ふと、手を握り開いてみる。再び。さらに。
･･･魔術はすごいな、痛みが全然ない。
先ほどリーナが治療魔術とかいうのをかけてくれた。
「便利なものだな･･･。」
呟き、ふてくされて名前すら呼んでくれなくなった少女の元へ駆け寄る。
そして分かったことが、リーナの機嫌を直すのは、１８０秒を稼ぐより大変だということ。
暗闇が広がる通路を、先を歩くリーナの指先から発せられる光が照らす。
鎧はその後ろ姿をどれほどの時間見ているだろうか。もうかなり歩いているはずだ。
途中、何度か階段を下りたことを考えると、この遺跡の地下へと来ているかもしれない。
その間、障害らしい障害と言えば、先ほどのクリーチャー『ミノタウロス』だけ。
少女が何かに気づいたように、右を見る。その視線の先には、扉と思われるものがあった。
この扉で三つ目。
横にスライドさせて開けるタイプの扉で、丁度真ん中の辺りに手を差し込めるくぼみがある。
リーナが扉に指をかけ、横へ引っ張ろうとするも、扉はびくともしなかった。
「むぅー･･･固いですね、やっぱり。」
一つ目と二つ目の時も、少女の力では開けることは出来ず、クロガネが無理矢理開けてきた。
「リーナ、俺がやる。」
そして、今回もその任務をこなすべく、鎧が少女の肩に手を置く。
リーナは、肩に冷たく硬い感触を感じた。
「だ、だめです、何度も言うようにクロガネさんのお怪我は完治してないんです！」
この言葉も三度目。
少女が言うには、先ほど鎧にかけた治療魔術『ファーストエイド』は傷を完全に癒すものではないらしく、
無理をすれば、すぐに傷が開いてしまうという。
「そうはいっても、このまま素通りするわけにもいかないだろう？」
クロガネの言葉に、少女はもごもごと口を動かし、渋々ドアから離れた。
今回、リーナはすぐに引いた。
これが三度目ということもあるだろうが、一つ目の扉を無理矢理開けようとしたときは、それはもう烈火の如く猛反対された。
理由は、遺跡が傷つくといったものではなく、クロガネの傷が開くから。
その時の光景を思い出し、心配されていることに、気恥ずかしさの混じったうれしさを覚える。
妙に気合いが入ったクロガネは、扉のくぼみに指を入れた。
一気に開くかと思えば、中々手強い。腕に入る力が徐々に強くなる。
少し開いた部分に右手を入れ、更に力を込める。
鈍い音を出しながら、扉はゆっくりと開けていく。あと半分ほどだ。
少女が心配そうな顔で鎧の背を見つめる。
「･･･っ」
突然、鎧が呻き、膝をつく。半開きの扉が、その抵抗を無くしあっさり閉じた。
「クロガネさん！？」
少女が叫び、駆け寄ってきた。触れられた肩がじんわりと熱を帯びる。
「大丈夫ですか！？」
悲痛な声が廊下に響く。
「無理しないでください･･･」
少女はそういうと、自らの右腕を押さえている左手に、自分の手を重ねた。
と、急にクロガネが立ち上がった。
「･･･もう大丈夫だ。ありがとう。少し下がっててくれ。今開ける。」
早口に言うと、再び扉に手を掛ける。それを呆然と見ていた少女は、ハッと我に返ると、
「だ、だめです！ホントに傷が開いちゃいますよ！」
両腕を左右に広げ、ブンブンと上下に振って抗議の声を上げる。
「いや、だが、調べないといけないだろう。調査が目的なんだし。」
それにもう治ったよ、と付け加える。
「治ってるわけないじゃないですかぁ！！
この部屋の調査はいいですから！先に･･･」
リーナの言葉を、派手な音が遮る。音の原因はもちろん、クロガネが扉を開いたことによるものだ。
「ほら、大丈夫だったろう。」
鎧が得意げな声で言った。
少女はそんなクロガネを見上げたあと、拗ねたような声で呟く。
「･･･もう･･･知りません。」
ぷい、とそっぽを向くと、部屋へ入っていった。
苦笑とも取れるため息を付きながら、クロガネも後へ続く。
部屋の中は今までと同様、一片一メートルほどの四角い物体が六つ、規則正しく並べられているだけだった。
四角い物体は黒ずみ、所々かけている。元は正方形なのだろうということだけが分かる。
開けられるわけでもなく、ただ並べられているだけ。
少女はがっかりしたようにため息をつきながらも、とりあえず部屋へと入り、中を調べた。
失望と同じくらいの疑問が頭に溢れる。
この四角い物体は何なのだろうか、これらの部屋は何の目的で作られたのだろうか。
知識がない自分が考えても答えが出るわけがない。
四角い物体を一つ一つ調べている少女が、その答えを見つけてくれるはずだ。
どんな答えが見つかるのだろう。鎧の、答えに対する期待は高まるばかりだった。
「ふぅ･･･」
少女がまたもため息を付く。
この四角い物体がなんなのか、全く分からない。
今まで調べてきた部屋も、全て六つの四角い物体が整然と並べられてあった。
だが、どれもこれも同じようなものばかり。ただ四角いだけ。
中に何か入ってるんでしょうか･･･。
そう思ってみても、蓋をされているようでもないし、取っ手もない。
少々かけてはいるが、見事な正方形だ。
「･･･壊してみましょうか、これ」
ぼそっと少女がいう。
鎧は紅く光る双眸を丸くさせていた。
目の前の少女がそんなことをいうなんて想像もしていなかったのだろう。
あまりにも驚かれているので、妙に恥ずかしくなった。
リーナは一つ咳払いをすると、
「いえ･･･なんでもありません。気にしないでください。」
と取り繕うように言った。
「ここも･･･特に何もありませんね。」
「そうか･･･」
少女の言葉に、クロガネは肩を落とした。
そんな鎧を見て、リーナはくすくすと笑った。
「もう少し奥に行けば、何かあるかもしれませんし、そう気を落とさないでください」
何度もこういう場面に遭遇しているからか、少女は切り替えが速い。
素直にすごいと思える。
部屋を出て先へ進む。少し進むと、狭い通路の両壁と天井が解放され、広い場所へ出た。
もっともそこは闇に包まれていて、なんとなく広い、と感じただけなのだが。
「･･･メィガ」
リーナが呟くと、指先の光がさらに大きくなった。
闇が居場所を無くしていく。しばらくすると、その部屋全てが見渡せるほどの光源になった。
天井はかなり高く、窓は無い。円を作るように、横へ広がっている壁。
そこはホールのような場所だった。中心には、高さ２メートルくらいの球体に近い岩が五，六つひしめき合っている。
「広いな･･･」
「広いですね･･･」
クロガネにリーナが復唱で同意する。
「･･･あれ？」
と、リーナが疑問の声を出した。
「どうした？」
鎧に聞かれ、少女は中心の岩を指さす。
「なんであんなところに岩が･･･それにかなり球体に近い･･･。
この遺跡で研究されていたんでしょうか。」
「･･･岩を、か？」
岩を球にする･･･一体なんの研究だ･･･？
凄まじい疑問にかられながらも、二人は岩に近づく。
茶色い球状の大岩。
近くで見てもそれは変わらなかった。
クロガネが岩に手を岩に乗せる。
「･･･普通の岩だな。」
リーナも岩に触れた。
「う〜ん･･･ますますここがなんなのか分からなくなってきました･･･」
リーナは顎に手をやり唸った。
その真剣な表情に、鎧は声をかけづらい。
･･･暇だな。
特にすることもなく、岩に腰掛け、入ってきた入り口を見やる。
リーナの指から発せられる光は、少女自身によって遮られ、入り口の辺りは薄暗い。
刹那、何かが光った。咄嗟に少女を押し倒す。
「ひにゃぁ！！なななななななにするですか！だだだめです！こんなところで！！」
甲高い音が響くが、少女はそれに気づいていないのか、顔を真っ赤にして覆い被さってきたクロガネを見上げる。
鎧は、そんな声を気にせず、素早く立ち上がり、剣を抜きはなった。
いきなりの展開に目を白黒させる少女。
だが、明らかに警戒しているクロガネを見て、自らも立ち上がろうとして、手に冷たい物があたった。
見ると、包丁程度の大きさのコンバットナイフが転がっている。
「けけけ、惜しいなぁ、当たらなかったかぁ」
薄暗い入り口からガラガラ声が聞こえた。はじけるように、入り口に指を向ける。
光が闇を消していき、声の主がはっきりと見えた。
その姿は、黄色い鎧に青く太い腕の飄々とした騎士。その顔面は見事にへこんでいる。
少女が息を呑む。
「あの人は･･･っ」
今朝、自分を攫おうとしたギアナイトの一人。隣にいるクロガネも、少し驚いているようだ。気配が伝わる。
「･･･何の用だ」
クロガネが剣を構え、静かに言った。
黄色の鎧は、ゆらゆら揺れながら二人に近づいてくる。その距離、２０メートルほど。
「よう〜？けけ、決まってるだろっがよぉ･･･お前！」
青い腕を振り上げ、漆黒の鎧を指さす。
「まずはぁ、てめぇをぶち殺すぅ。そのあとはぁ･･･お前ぇ！」
上げた腕を左に振り、今度はリーナを指さした。少女の肩が一瞬震える。
「お前をぉ、ゆっくりとぉ、じっくりとぉ、小刻みにぃ、刻んでやるぅ。けけけけけけけ！」
黄色い鎧が体を大仰に揺らせて嘲笑った。
おかしい、あと一人いたはず･･･。
クロガネは目だけで左右を見回す。どうやらどこかに隠れているわけではないらしい。
「･･･もう一人はどうした？」
漆黒の問いに、黄色はピタッと動きを止めた。首を思い切り振り、クロガネを睨む。
「もう一人ぃ？あ〜、青野郎のことかぁ。居るじゃねぇぇかぁ、ここによぉ」
そう言って黄色の鎧は、自らの両腕をプラプラと動かす。怪訝な色を示したのはクロガネだけだった。
「ま･･･まさ、か･･･」
少女が青ざめた表情で、黄色い体と青い腕を凝視する。
「けけけけけ！そぉの、ま・さ・か、だぁ！あの野郎はよぉ、いつもいつも人をよぉ、見下ろしやがんのよぉ
図体ばっかでけぇくせによぉ、俺様をパシリに使いやがる！！ムカツク奴だったぜ、んとによぉ！！」
その場で地団駄を踏む。地面が抉れ、石床が跳ねた。
一頻り踏むと、クロガネを見た。
「けけけ･･･てめぇには感謝してんだぜぇ？なんせあのクソ野郎をぶち殺すチャンスをくれたんだからなぁ！！
けひゃひゃひゃひゃ！楽しかったぜぇ！てめぇにやられたダメージで動けない青野郎を少しずつ刻んでいくのはよぉ！！」
大笑いする黄色の鎧に、漆黒と少女は嫌悪感を隠せなかった。
「この腕もよぉ、あいつから剥ぎ取って付けたんだよぉ、けけ、良いぜぇ、この腕はよぉ」
「そんな･･･あなた達はギアティシャンを連れていなかったはずです！
どうやってパーツ変更を･･･」
少女が叫ぶ。
･･･パーツ変更？あいつの腕といい･･･この体は部分換えができるのか？
考え、クロガネは頭を横に振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
黄色の鎧は、じっとリーナを睨むと、突然笑い出した。
「けひゃひゃひゃひゃ！あぁ、そうだなぁ、ギアティシャン、居ないなぁ。
だからよぉ、苦労したぜぇ、片腕ずつ大変だったぜぇ」
リーナが目を見開く。
「自分で･･･？」
少女の問いには答えず、黄色は笑っていた。
リーナは俯いて、ぽつりと呟いた。
「･･･クロガネさん、あの人を殺しましょう。」
突然の言葉に、クロガネが少女を見る。黄色の鎧も笑いを止めていた。
「･･･もう、あの人は戻れません。ギアティシャンを介さず、無理矢理パーツ変更をした方は･･･
心が壊れ、殺さない限り、永久に動き続ける破壊人形となってしまうんです。」
クロガネの紅い双眸が一際大きくなる。
黄色の鎧に目を戻すと、何がおかしいのかずっと笑っている。
「･･･狂って･･･いるのか。」
漆黒の呟きに、少女はただ、肯いた。
後書き
どうも！酒呑 童です！
いやー、お久しぶりですねー。やっと書き上げました第五話。っておそ！？
・・・こほん。
えー、今回のお話はー・・・なんでしょうね。これ。
私にも分かりません。とりあえず伏線がはってあるかなって気がしてならない今日この頃です。
まぁ・・・あれです、すえながくおつきあいくださいませ。
でわでわ、また第六話かもう片方にて。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
酒
呑童さん
への感想はこちらに！
掲示板でもかまいません♪