第4話



 雷電は、悠陽の告白を聞いたのち、御剣家から息子を呼びつけ、悠陽に協力するよう命じた。もともと親族関係にあった煌武院家と御剣家であったが、男子に恵まれなかった御剣家に雷電の次男が婿入りしたことで、その関係は一層強化されていた。それゆえ、御剣家からすれば、雷電の意向は決して無碍にできるものではなかったのである。
 それでも、あまりに突飛な話しの内容に、なおも半信半疑の息子に対して、雷電は諭した。兎にも角にも一度技術者を加えて話し合ってみればはっきりするだろう、と。
 結果から言えば、煌武院雷電及び御剣財閥の総領の厳命のもと、極秘裏にすすめられた御剣金属の開発主任と悠陽の会談は成功裏に終わった。


――あの御剣金属の開発担当者、超硬スチール合金の開発資料を見て、大喜びで帰っていきましたね。うまくいけば、御剣金属で半年以内に生産ラインを構築できると言っていましたから、期待が持てそうです。

 最初の一歩が順調に踏み出せた、と満足げに語る悠陽。

――それにしても、何故最初に提供した技術が超硬スチール合金なのですか?レーザー兵器を無効化できるという臨界半透体を最優先で開発すべきなのではありませんか?BETAの最大の脅威は光線級なのですから。

――そうだな。BETAのみを考えるならば、お前の言うとおりだろう。だが、まずは雷電殿と御剣家の完全な信頼を得る必要がある。いくらなんでも、2歳の幼児の戯言を頭から信じる企業家などおるまい。だからこそ、革新的でありながらも、現在の技術水準でも十分量産可能な技術をまずは提供する必要がある。その点、超硬スチール合金は、既存の資源と設備で生産可能だ。これによって、まずは御剣財閥内において足場を固めておく。

――なるほど。

――付け加えておくと、臨界半透膜自体にも実は問題がある。

――どういうことですか?

――臨界半透膜は、特定の波長・エネルギーを持った光を反射するものだ。宇宙世紀においては、これを多層化してコーティングすることで、レーザー兵器に対する備えとしていた。しかし、我々が念頭においていたレーザーとは人工的に再現可能なものだ。間違っても、大気圏内でほとんど減衰しない、などという奇天烈な性質をもったものではない。大体、取り寄せた資料が正しければ、光線級が放つレーザーの波長及びエネルギーは未だに完全には解明されていないというではないか。

 これでは、光線級のレーザー光に完全に対応した臨界半透膜は作れない、とハマーンは言う。
 勿論、既知の臨界半透膜で光線級のレーザーをある程度まで無効化できる可能性もあり、調整次第では大きな効果を期待できる。しかし、既に開発されて確立された技術と比べ、やはり開発期間は長くなるはずである。それゆえに、御剣家の信任を得るためにも、今回は敢えて安全策をとったハマーンであった。

――あの開発主任は、一ヶ月以内に超硬スチール合金の試作品を作ると言っていた。試作品によって、合金の性能が確認されたら、お前の叔父殿も我々の言葉にもっと真剣に耳を傾けるようになるはずだ。それから、臨界半透膜とマグネット・コーティングの開発を提案すればよい。差し当たって、試作品完成までの一ヶ月で、ミノフスキー理論に関する論文を英語で執筆・投稿しておこう。

――わかりました。マグネット・コーティングというのは、間接部や駆動部に磁性素材を塗布することで、磁気反発を利用して摩擦を低減する、という技術でしたか?簡単な改造で既存の戦術機の反応速度が大幅に向上するというのは、夢のようですね。

――そうだな。もっとも、お前の言によれば、戦術機のOSは相当お粗末なようであるし、OSが機体の反応速度に対応しきれずに、宝の持ち腐れになってしまう危険性もある。香月博士が開発するというMX3があれば大分違うだろうが、さすがの私も戦術機のOSは分からない。

 実は、ハマーンは、これらの基礎技術のほかにも、即座に戦力増強が見込める装備品の開発を検討していた。特に、戦術機の兵装があまりにも貧弱なことに愕然としたハマーンは、120mmザクマシンガン、ヒートソードを戦術機に持たせようとしていた。

 しかし、戦術機のデータを見たハマーンは、これは戦術機の大幅な改造なしにはうまくいかないと判断する。
 120mmザクマシンガンの初速は200m/s。その弾速の遅さは最早伝説といってもいいが、回避行動をとらずに突っ込んでくるBETA相手ならば十分に有効な兵器である。しかも、現行の87式突撃砲の120mm砲が装弾数6発であるのに対して、100発の装弾数を誇る。
 しかし、問題は反動であった。いくら反動減衰機構を備えているとはいっても、ザクマシンガンは戦術機よりもはるかに頑丈なザクの主兵装。戦術機の強化なしには携行兵器としての実用化は難しいと言わざるを得ない。

 では、ヒートソードはどうか。これはブレード部分を加熱することで、金属を溶断するというMS用近接兵装である。刀身部分がプラズマ化することから、低出力のビームサーベルを刀身部にて受け止めることもできる。

 ビーム兵器と比べて消費エネルギーが格段に低いことから、戦術機への流用を検討したハマーンであったが、これも断念せざるをえないと悟る。バッテリー駆動の戦術機でも使用可能にするためには、戦術機のバッテリーを改善するか、ヒートソードの消費エネルギーを減らすしかない。どちらにしても、改造であり、一朝一夕でできるものではなかった。

――素晴らしい技術はいくらでもあるというのに、ままならぬものですね。

 対BETA戦争の悲惨さを身をもって体験している悠陽は、折角の宇宙世紀の技術なのになかなか活用できそうにない、と溜息をつく。こうしている間にも、衛士がBETAに喰われて死んでいっているのに、と。

――そもそもの土台となる技術水準が違いすぎるのだ。仕方あるまい。

 例えば、とハマーンは続ける。ハイヴの反応炉破壊の切り札として、ハイヴ突入用戦術機にはS11爆弾が搭載されていたというが、S11爆弾の開発資料をもって19世紀のダイナマイト王アルフレッド・ノーベルのもとを訪れたとしよう。S11の性能を見たノーベルは、S11開発に取り組むかもしれない。そして、彼の天才的知性をもってすれば、運がよければラボでS11の開発に成功するかもしれない。
 しかし。S11を大量生産できるだけの工場を建設することは決してできないだろう。
 宇宙世紀と現在の技術格差は、S11とダイナマイトの差に匹敵するかそれ以上のものだ、というのがハマーンの判断であった。



 2歳児の一日はこうした脳内討議の繰り返しによって過ぎ行くのであった。

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