第6話
――1987年末、帝都
御剣財閥の顧問弁理士たちは、御剣傘下の企業が開発した新技術の特許を申請するために、山のような書類を作成していた。数年前までは、彼らの仕事もそれほど多くはなく、定時に帰宅できていたのであるが、数年前を境に、業務が急増。急遽、顧問弁護士の数を増やした御剣財閥であったが、特許申請件数がさらに増大したため、弁理士たちに安息はなかった。
特許庁との折衝担当者は同僚にこう語った。
「知ってるか。特許庁では、御剣が出してくる特許に対応するために、御剣対策特別班が新たに編成されたらしいぞ。ライヴァル各社も、御剣が次にどんな新技術を開発したのか知りたくて、特許庁の幹部相手に接待攻勢をかけているらしい」
話しかけられた同僚は、書類作成の手を休めることなく答えた。
「理解できる話ではあるな。俺がライヴァル企業のトップだったら、まず間違いなく同じことをさせていたさ。うちの警備部も、各国からのスパイには相当神経を尖らせているのか、最近防諜措置が恐ろしく厳重になってきている。何でも、聞いた話では、総領直々に情報省に頼み込んで、各国の産業スパイに対処しようとしているとか」
そう、ここ数年急速に技術力を増しつつある御剣財閥傘下の動向に神経を尖らせた各国の大企業は、各国政府の黙認のもと、御剣に産業スパイを送り込もうとしていた。特に、アメリカ及び統一中華戦線は、国の諜報機関すらも動かして、御剣の謎に迫ろうとした。
これに対して、雷電と閃電は、情報省に防諜面で支援を要請した。これを受けて、情報省は外務二課の鎧衣課長補佐をチーフとする対策チームを作り、事にあたらせていた。
もっとも、宇宙世紀において、アナハイムなどを通じて新技術が瞬く間に相手側に流れていったのを体験していたハマーンは、どれほど防諜に力を入れようとも、技術はいずれは流出する、と考えていたようであるが……。
いずれにせよ、スパイ対策を強化した上で、御剣が開発していった新技術の量は恐るべきものがあった。
臨界半透膜は、試験の結果、重光線級の照射を10回程度、光線級ならば50回程度防ぎうることが確認され、急ピッチで生産ラインの拡充が進められている。BETA最大の脅威を限定的とは言え防ぐことができるようになったため、戦術機の損耗を大幅に抑えることができるのではないかと期待され、各国軍部から打診が相次いでいるという。
もっとも、レーザーを完全に無効化できるわけではないため、航空機による遠距離飽和攻撃戦術はやはり実行不可能であり、依然として戦術機が対BETA主力兵器であることに変わりはなかった。
これ以外にも、ハマーンは、ミノフスキー粒子を使用せずに実現できる宇宙世紀の技術を次々と再現していった。
ハマーン自身迂闊にも失念していたのだが、宇宙世紀の兵器にもバッテリー駆動のものが存在する。例えば、一年戦争期に連邦が大量に投入したRB-79(通称「ボール」)などは、動力源に燃料電池を使用していた。また、MSの脱出ポッドにも高性能バッテリーが使用されており、これらを流用することで戦術機の出力を向上させることをハマーンは検討していた。
戦術機の出力が向上したことで、戦術機にヒートソードを装備させることが可能となり、戦術機の近接戦闘能力が飛躍的に増強されることが期待されている。
さらには、広大な宇宙空間を疾駆するために改良を重ねられた宇宙世紀の推進剤は、現行の推進剤と比べものにならないほどの高い推力を生み出す。また、第二世代MS以後では標準仕様となったリニアシートは、衝撃及びGを大幅に緩和する。このリニアシートのおかげで、ハマーンは平服のままで問題なくMSを操縦できたのである。
このほかにも、姿勢制御のためのアポジモーター、推進剤を搭載して着脱可能なプロペラントタンク、新型スラスターやジェット推進機構などを次々と開発していったハマーン。民生部門では、食糧不足が深刻化することに備えて、農業コロニーで使用されていた合成食糧生産関連技術のアイディアをも、御剣食品の開発担当に授けていた。
――たしか、国防省が国産第三世代戦術機開発の停滞に苛立って、F15?Cイーグルのライセンス生産に踏み切るのが89年、純国産第三世代戦術機が完成するのが94年であったか?
煌武院家の自室にて、彼女が自ら開発に携わった新技術の一覧を見ながら、ハマーンは再確認した。
――はい。特に不知火は、衛士の力量次第ではF-22Aラプターをも撃破しうるだけの性能をもった名機であったと聞いております。わたくしは最初から武御雷でしたので、詳しくはわかりませんが。
そう答える悠陽に対して、ハマーンは自らの計画を打ち明ける。
――では、90年の完成を目標に御剣で新戦術機開発に着手する。89年までに開発で相当の進展があれば、国防省もイーグル導入に踏み切りはしないであろう。早い段階で新型を投入できれば、BETAが大陸を制覇するのにかかる時間が長引き、帝国本土防衛に必要な時間がさらに確保できることになる。そうやって稼いだ時間を利用して、MSを開発して、BETAの日本侵攻の際にはMSを一定量投入できるようにする。これが当面の対BETA戦略目標といってよいだろう。
そう。対馬や九州などを要塞化して、水際でBETA上陸を食い止めるというのは、最後の手段であり、できる限り中国大陸及び朝鮮半島でBETA侵略を阻止するのが本土防衛の基本であった。帝国軍参謀本部の本土防衛計画も、こうした方針に沿ったものであり、 ハマーンの戦略構想自体は目新しいものではない。
実際、1991年に帝国議会は、BETA東進を日本にとっての重大な危機と断定し、帝国軍の大陸戦線への派兵を決定することになるのである。
こうした帝国の将来の動向を踏まえ、ハマーンは判断する。いきなりMSを作るのではなく、現行戦術機に大幅な改造を施し、宇宙世紀の技術をふんだんに取り入れた第三世代戦術機を製造しよう、と。
1991年までに新型戦術機の生産ラインを構築できれば、大陸に派遣する戦術機を順次新型に置き換えることができ、対BETA防衛網強化に繋がる。それ以外の現行機には、マグネット・コーティングや新型バッテリーを組み込み、ヒートソードを持たせることで、戦闘力を強化させておけばよい。
これがハマーンの当面の方針であった。
――新型はどのような機体にする計画なのですか、ハマーン?
新技術をどう組み込んで新型を開発するのか、興味津々な悠陽。
――現行機との最大の違いとしては、脚部にジェット推進装置を取り付けることで、戦闘時にホバー走行が可能なようにする予定だ。かつて地対地戦闘において圧倒的強さを誇ったドム系MSは、脚部に熱核ジェットエンジンを搭載して、地表を滑るようにホバリングした。臨界半透膜が開発されたとはいえ、BETAに対して空対地戦闘を仕掛けるのが難しい以上、地対地戦闘が今後も主流であろう。であれば、ドム系統の駆動システムを使わない手はない。
勿論、未だミノフスキー粒子はなく、MSに搭載可能な熱核反応炉は開発できていないが、新型バッテリーと推進剤を使えば、短時間のホバリング走行は可能なはずだ、とハマーン。問題はむしろ、戦術機の貧弱な骨格だという。現行戦術機の脚部にジェット推進装置をつけても、すぐに脚部の骨格が劣化してしまうし、戦闘時の姿勢制御も困難であろう。
そこで、とハマーンは続ける。下半身及び体幹部にムーバブル・フレームの技術を一部流用して、骨格を大幅に強化する。もっとも、MSのムーバブル・フレームは、ガンダリウム・γを使用しているため、現状ではMSなみの剛性をもったムーバブル・フレーム製造は不可能。そこで、ハマーンは、代替素材として、チタン合金セラミック複合材に注目する。これは、主に連邦の量産型MSに使用されていたものである。連邦から奪取したアイザックなどを通して、ネオ・ジオンもこの技術を会得していたのである。
他には、各部に姿勢制御用のバーニアをとりつけ、機体の柔軟性、レスポンスを向上させる。現行機とは比べ物にならないくらいの運動能力を持つため、リニアシートなしではGに耐えられないだろう。そこで、管制ユニットにはリニアシートを備え付ける。
主兵装としては、80mmマシンガン、ヒートソード、両腕部にはドライセンのハンドガンのような内蔵タイプの36mmハンドガン。長時間の駆動が必要な場合は、追加でプロペラントタンクも装着可能である。
単純計算で、悠陽の記憶にある武御雷と比較しても、三倍以上の運動性能を持つだろう、というのがハマーンの読みであった。
1988年初頭に開かれた、御剣財閥首脳部の全体会議において、この第三世代開発計画案は承認された。ここに、御剣の戦術機開発への本格的参入がはじまったのである。
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