第8話




 新型の開発と平行して、ハマーンはアメリカでのロビー活動を強化させていった。かつて悠陽が経験した世界においては、1989年以後アメリカは、国連においてG弾運用による対BETA戦略を声高に推奨していくようになる。そして、1990年に米軍次期主力戦術機としてYF-22が採用されるに及んで、米軍の新規戦略は完全にG弾運用を前提とするようになる。
 こうしたアメリカ側の動きを遅らせ、可能ならば阻止するために、彼女は米議会内のG弾運用懐疑派・反対派や、YF-23推進派への支援を強めていく。

 19世紀以来、アメリカにはヨーロッパ系移民コミュニティが多く存在し、彼らの影響力は米政界においても決して無視しうるものではない。彼らの多くは、アメリカを自らの祖国とする一方で、同時に自らのルーツたるヨーロッパにも精神的なつながりを見出している。ゆえに、彼らの中には、ヨーロッパへのG弾投下を避けられるならば避けたいと考えているものも多いのである。
かつて「ドナウの真珠」と呼ばれたブダペスト。今やハイヴが作られ、かつての面影は全くないとはいえ、それでもこのヨーロッパ文明の中心地のひとつにG弾を投下することへの精神的忌避感は根強いものがあった。

 また、YF-23ブラックウィドウIIの開発に社運をかけているノースロックや、これを支援しているマクダエル・ドグラム。彼らのライバルであるロックウィード・マーディンが開発しているYF-22ラプターは、G弾運用を前提に、地上における対BETA戦闘に特化している。これに対して、YF-23はハイヴ突入も視野にいれて設計されている。さらに、ノースロックやマクダエル・ドグラムは、ロックウィードやボーニングほどG弾関連兵器に投資をしてしていない。それゆえ、G弾運用をそこまで強力に推進していないのである。
仮に通常兵力によるハイヴ突入作戦が採用されたら、ライバル企業に対して圧倒的優位に立てるはずだ。彼らはそう考えていた。

 それゆえ、ハマーンは、財閥の外渉部を通じて彼らに働きかける。御剣としては、YF-23の性能向上のために、各種技術をライセンス提供する用意がある。うちの技術を使えば、YF-23は80mmマシンガン装備可能になり、運動性能も著しく向上するだろう。特に、近接戦闘時の運動性は目を見張るものがあるはずだ、と。
 そして、こう囁く。ここまで革新的な戦術機が出来上がったら、G弾に頼らずとも、ハイヴ攻略ができるとは思わないか。YF-23が制式導入され、この機体に乗る米軍衛士が増えたら、米陸軍内においてG弾派の勢力伸張を一定程度抑えることができるかもしれない、と。

 さらに、アメリカの良心的科学者の多くは、かつて核兵器に反対したように、G弾投下には道徳的に反対している。

 こうしたG弾への反対派や懐疑派の影響力が大きくならない最大の原因は、G弾運用によらないハイヴ攻略戦術実現の目途が立っていない、ということにある。ある者は自らの利害のために、ある者は道徳的・宗教的理由のために、G弾運用に反対であったが、G弾推進派から代替案の提出を求められると、言葉に詰ってしまうのである。

 それゆえ、米国内の潜在的G弾反対者たちを政治的に有意なG弾反対派に育て上げるために、G弾によらない対BETA戦略を提示する必要がある、とハマーンは言う。

――ですが、それをやろうとしたのがオルタネイティヴ4なのではないですか?
 二度の生において、全面的に香月博士のオルタネイティヴ4を支援した悠陽は問う。

――そう。確かにオルタネイティヴ4でも、G弾によらない対BETA戦略は構築できるし、G弾なしでカシュガル・ハイヴを攻略しようとしたら、香月博士の研究の成功が必要であるかもしれない。しかし、香月博士の理論の最大の問題点は、彼女の計画が実現可能だと示唆する証拠があまりにも乏しいことにある。00ユニットに関する理論も、大半の人間には御伽噺にしか聞こえないだろう。おまけに、香月博士自身、政敵の攻撃から身を守るためか、あまりにも秘密主義的だ。これでは、ほとんどの人間にとって、彼女の計画はG弾に対抗する有望な提案たりえない。かつてのオルタネイティヴ4派とは、G弾運用には反対だが、その代わりとなる自らの代替案を作り出すことができず、渋々香月博士に賭けた連中ではなかったか、と私は考えている。

 だからこそ、とハマーンは続ける。私は彼らに目に見える形での代替案を提示する。通常兵力のみでフェイズ4のハイヴを攻略することによって。

――その上で、G弾推進派を孤立させて暴走させないよう、彼らの主張も完全には排除しない。例えば、通常のハイヴは通常兵器のみにて攻略するが、カシュガル・ハイヴ攻略においてはG弾の集中投下後に精鋭による「あ号標的」への突撃を行う、といったように。大体、G弾によってハイヴを攻略しても、確実にG元素を獲得できるという保証はどこにもないのだから、G弾運用派のなかにも、G弾を温存したいと考える者だっているだろう。このG弾柔軟運用戦略によって、G弾推進派内部の消極的推進派を取り込めれば、残るのはガチガチのG弾推進派だけ。これは政治スキャンダルで失脚させるなり、反G弾のテロリストグループに情報をリークするなり、謀殺するなり、打つ手はいくらでもある。

――な、なるほど。……ですが、限定使用であっても、G弾は使いたくないのですが。
 横浜に二度G弾を落とされた経験を持つ悠陽はG弾使用に感情的反発を覚えざるをえない。

 これに対して、ハマーンのG弾戦略反対はもっと単純なものである。G弾が数回で無効化されてしまうというなら、最も効果的なタイミングで投入すべきである、と。アースノイドへの憎悪こそないものの、彼らの地表への愛着は彼女には理解不能な感情であった。大体、人口が半減しているのだから、住む土地はいくらでもあるだろう、と彼女は思うわけである。

――……G弾を用いずとも、カシュガル・ハイヴを攻略できるように、通常戦力を強化すればいいだけだ。今の話は、あくまでも、G弾推進派を内部分裂に誘い込むための一手にすぎない。そして、ハイヴ攻略にあたって人類最強国家の力を使わない手はない。そのためにYF-23開発を梃子入れする必要がある。

――いつごろ、どのハイヴを攻略するのですか?
 そう尋ねる悠陽。

――インド亜大陸反攻作戦の名目で実行されることになるスワラージ作戦を利用する。
――ですが、あれは確かオルタネイティヴ3のために実施されたもの。しかも、実行日が1992年ですから、YF-23も御剣の新型も間に合わない可能性があります。
 悠陽は、スワラージ作戦への介入の問題点を指摘する。

――オルタネイティヴ3がハイヴ内部で何をするかは特に問題ではない。要は、こちらが独立指揮権を持ち、第一の作戦目標として反応炉破壊を掲げればよい。たしか、地下500メートル前後で師団規模のBETAに囲まれて壊滅したというが、彼らをオトリに最下層まで一気に到達する。新型には、それができるだけの性能を組み込んだつもりだ。

 大体、とハマーンは続ける。新技術のおかげか、以前と比べてBETAのインド亜大陸への侵攻は相当遅れているようであるし、1992年にスワラージ作戦が決行されるかどうかはわからない。仮に1992年に決まりそうであっても、インドやソ連が欲しがっている技術提供と引き換えに、作戦決行を一年遅らせるのは不可能ではないだろう。一年遅らせることで、新戦術機を投入でき、作戦成功率が大幅に向上するわけであるし、文句は言わせない、と。

――新型ということは、斯衛を派遣するつもりですか?
 どこか他人事のように問う悠陽に対して、ハマーンは呆れたように言い返す。

――何を人事のように言っている。我々もハイヴ突入に参加するに決まっておろう。

――で、ですが……。1993年といえば、わたくしはまだ10歳にもなっておりません。その年でハイヴ突入というのは些か無謀なのでは?
 やや狼狽気味の悠陽。将軍として前線に立った経験があるといっても、地表で護衛に厳重に守られてのこと。自ら血路を切り開いたことなどあるはずもない。

――プルやプルツーは10歳で立派に戦場に出ていた。ジュドーが初陣を飾ったのが13歳で、14歳のときには私を倒したのだぞ。彼らにできて私にできないということはあるまい。
 当然のように語るハマーン。

――わたし?
 ハマーンの人称代名詞が一人称複数の「われわれ」から「わたし」に変化したことを指摘する悠陽。

――安心するがよい、悠陽。戦術機の操縦は私が受け持とう。お前は中で黙って見ていればよい。
 自らの操縦技術に対する絶対的自信をのぞかせながら、ハマーンはそう語る。そこには、自ら戦場を支配したことがある者のみが持ちうる、静かで圧倒的な気迫があった。




――ああ、ついでだが、ハイヴ突入部隊には米軍も何人か無理矢理にでも同行させるつもりだ。
 ハマーンは付け足しのようにそう語る。

――何故です?別に米軍なしでもいけるのでは?

――彼らの戦力は問題ではない。重要なのは、米軍内に、ハイヴ攻略に成功した英雄を作り出すことだ。ハイヴ攻略成功という前代未聞の偉業を達成した米軍兵士。さぞ英雄として全米で熱烈に迎えられるだろう。そしてテレビのトークショーに参加して、精鋭の突入によってハイヴ攻略は可能だと誇らしげに語ってくれることだろう。この英雄は、我々にとっても実に都合がいい。

 ハマーンは笑いながら言う。お前も面識があったというウォーケンなどはどうだ、と。


 後に「ボパールの奇跡」と呼ばれることになる、大規模なハイヴ攻略戦の輪郭は、少女の脳内討議によって形作られていったのであった。



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