第12話

 その頃、アメリカでは……

 タフト大統領は心底うんざりしていた。
 次期戦術機の採用などという純軍事的問題は、本来は国防総省や統合参謀本部で解決されるべきものである。大統領は、最終的な決定文書にサインすればいい。技術的な詳細などは、軍歴のない彼にわかるはずもないし、そんな専門的な問題に割く時間もない。大体、軍や国防総省内の多様な見解を集約するための国防長官ではないか。なのに、何だこれは。

 モーニング・コーヒーを飲みながら、タフトは軍や大企業から寄せられた陳情書や意見書の山を見る。国家安全保障担当補佐官に全て回すとはいえ、陳情に来る官僚や企業幹部相手の接見だけでも馬鹿にならない。彼自身、先の大統領選挙の選挙資金として、かなりの金額を軍事産業からもらっていたため、企業の要請も無視はできない。

 だが、どれほど企業の主張が重要だとしても、こと国防に関しては、アメリカの国益を最優先に考えなければならない。なんといっても、彼はアメリカ合衆国の真の大統領。石油産業や軍需産業、ウォール・ストリートの操り人形として、国益を蔑ろにしてきた前大統領ジョージ・W・ボッシュとは違うのである。少なくとも主観的には、彼はそう信じていた。

 現在の彼の頭痛の種は、陸軍の次期主力戦術機として、YF-22とYF-23のどちらを制式採用するかという問題であった。ブリーフィング自体は何度も受けたが、どちらも一長一短であり、どちらがより良いのか判然としない。両機とも、現行機に比べて、運動性、巡航性、砲撃性能において格段にすぐれている。YF-22が地上におけるBETA掃討に特化して、継戦能力にやや欠けているのに対して、YF-23は補給が困難なハイヴ内戦闘を念頭に置いており、継戦能力に優れている。特に、推進剤やバッテリーの持ちが格段にいいという。反面、YF-23はYF-22の倍近い生産コストを誇り、陸軍全体で制式採用することは経済的に難しい。

 だが、シミュレータによる模擬演習の結果によれば、YF-22ではYF-23との戦闘に勝利する可能性は極めて低いという。一応、YF-22はステルス性能を持っているのであるが、その効果は然程優れたものではない。しかも、何故か最近、日本を中心にレーダー技術が飛躍的に進歩しており、YF-22程度のステルス機能は限定的な効力しか持たない。

 そう、日本。何故かあの国では、最近軍事技術が信じがたいほどのペースで進歩している。今では、わが国の大企業はどこも、程度の差はあれ、日本から技術を導入しているという。さらに、ここにきてのレーダー技術開発。対ステルス機能を強化したレーダーなど、BETA相手には間違いなく必要ない。明らかに人間同士の戦闘を意識している。しかも、米国のみに技術提供して、それ以外の国に対しては秘匿していればいいものを、何故か各国に販売している。以前、パーティーの場で、ロックウィードの会長が嘆いていたな。これではYF-22のウリであるステルス性能が有効に機能しない可能性がある、と。

 大体、陸軍の全戦術機にステルス性能を持たせるという発想が間違っているのだ、とタフトは思う。昨年国家安全保障会議で採択された、アメリカの基本的な戦略方針を定めたJCS-90。これによれば、今後の人類相手の軍事行動としては、正面からの国家間戦争はもはや想定されていない。最大の仮想敵国であったソ連が大幅に弱体化し、統一中華戦線にしても、国内に対BETA戦線を抱えていてそれどころではない。わが国としては、米国に敵対的な政権が誕生した際に、局所武力制圧によって政権を転覆させるだけの作戦能力があればよいのである。そのためには、ステルス機などは、特殊部隊等、一部に配備されていれば十分だというのが、この戦略方針立案者たちの見解であった。

 BETA大戦後も通用する機体、というのがロックウィードの謳い文句だが、本当にBETAが地表から一層されたら、制空権確保が通常戦争の至上命題となり、空中戦闘では戦術機に優る戦闘機が再び要となるだろう。だから、どうにもYF-22は中途半端なのだ、とタフトは思う。

 だが。それでも、次期戦術機はYF-22になるだろう。YF-23は何といっても高すぎる。G弾戦略といっても、G弾投下後、最終段階では師団規模の戦術機をハイヴ内に投入して、反応炉を確保する必要がある。そうしなければ、G元素が獲得できない。だから、YF-23の能力は魅力的なのであるが、唯でさえ高いYF-23は、御剣の技術を導入したことで更に高くなっている。これでは、仮にYF-23を採用したとしても、間違いなく議会の予算委員会でハネられる。

 来年に予定されている中間総選挙のために、与党共和党内からは、富裕層と大企業向け減税法案採択の動きが強いからな。その財源を捻出するために、軍事予算が切り詰められることになるだろう。議会運営経験の長いタフトはそう読む。軍需産業ロビーはそれに反対するだろうが、彼らとて減税自体には賛成。貧困層向け社会保障支出など、削れる部分は全て削ぎ落としてしまっているため、もはや軍事関連支出に手をつけるしかあるまい。


「大統領閣下、スチムソン陸軍長官がお見えです」
 秘書から連絡がはいる。

 どうやら、仕事の遅いスチムソンも、やっとのことで軍内部の意見をまとめてきたようだな。1990年には決まるはずだった次期戦術機採用問題だが、一年遅れでどうにか決着がつきそうだ。そう思いながら、温くなったコーヒーを飲み干すタフトであった。




 1992年初頭。
 第25大隊を訓練しながら、御剣の新技術開発にも携わり、同時に国内外での政治工作をも統括していた悠陽。その彼女は、情報省からもたらされた報告書を読んで肩を落としていた。
――あれだけ働きかけたのに、結局YF-23は米軍の次期主力として採用されませんでしたか……。

 残念です。そう語る悠陽に対して、ハマーンは特に失望もしていなかった。

――仕掛けた策謀が全て成功するなどということは、そもそもあり得ない。一つの策が失敗したとき、即座に次善策に移れるようにいくつもの代替案を考えておくのが、この手の工作の常道だ。まして、今回は完全に失敗したわけでもない。こちらの報告書をもう一度注意深く読んでみよ。YF-23も一個師団相当が発注されるかもしれない、という。これは、規模からして恐らく、G弾使用後にハイヴに突入する部隊に配備されるのであろう。米国の豊かな経済を持ってしても、YF-23は一個師団分発注するのが限界であったのであろうな。しかも、YF-23の財源を捻出するために、YF-22の半数にはステルス用電子機器を採用しないらしい。ステルス関連の電子兵装は高いからな。新レーダー技術についての情報をわざと漏らしておいて正解であった。……あとは、できる限り早急に、ハイヴ突入専用部隊が創設されるよう、米国内の反G弾派などに働きかけておけばよい。そうすれば、この突入部隊がスワラージ作戦の際に小規模部隊を派遣してくるよう、誘導するのは難しくない。なんといっても、彼らはハイヴ内戦闘におけるYF-23の実地性能を試したいはずだ。

 これで、スワラージ作戦に米軍を引っ張り出す算段がついた、と語るハマーン。
――あとは、オルタネイティヴ3や国連、アジア諸国に働きかけて、来年末にボパール・ハイヴに突入するよう説得できれば、策は成る。インドを中心に、ボパール・ハイヴ攻略の動きが出てきているし、これも難しくはあるまい。そこから先は、純粋な対BETA戦闘の領域だ。……それまでに、第25大隊を徹底的に鍛え上げる。


 そのとき、城内省斯衛軍駐屯地において、第25大隊の面々は恐ろしい寒気を感じ取ったという。



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