第16話




―――1993年4月

 再突入駆逐艦の窓から、スカンジナヴィアに特有の入り組んだ海岸が見える。左側の窓からは、北欧に特有の豊かな針葉樹林が見える。これに対して、右側の窓から見える風景は、海と一面赤茶けて荒涼とした大地である。間違いなく、右手に広がるのが、かつてフィンランドだった地域だろう。かつては、その明媚な風光ゆえに、避暑地として人気の高かった北欧であるが、今やノルウェーとスウェーデンの南部を除いて、BETAの勢力圏内である。当然、BETA勢力圏では、自然は根こそぎBETAに奪われてしまっている。
なまじ、人類の支配地域の緑が深いだけに、BETA支配地とのコントラストが際立っている。
 ストックホルムに降り立とうとする再突入駆逐艦の窓から外を眺めていた煌武院悠陽特務大佐はそう思う。

――三度目の生にして、はじめての国外ということで、少し楽しみにしていたのですが、この風景を見るとかつての西日本の荒廃を思い出します。
 悠陽はやや悲痛な面持ちで嘆息する。
――この風景をこれ以上広げないために、わざわざ北欧まで来たのであろう?気落ちしている暇はないぞ。
 叱咤するハマーンの声が聞こえる。
 そう。迅雷の実戦データを集め、大隊員に実戦経験を積ませ、欧州との関係強化を図るといった直接的目的も勿論ある。けれど、根本的な目的としては、これ以上BETAに勢力範囲を拡大させないようにすること。北欧戦線では物資も人員も慢性的に不足しているという。かつての1998年以降の日本同様、ヒトは必死にBETAに抗っているのであろう。武御雷の3倍もの運動性能を誇る迅雷が39機も北欧に来たのだ。戦況を少しは変えることができるはずだし、そうせねばならない、と思いを新たにする悠陽であった。

「悠陽様。あと10分ほどでストックホルム基地に着陸する予定です」

 赤い斯衛の軍服をまとった大隊副長神野尚彦中佐が、事務的に連絡してくる。彼は斯衛三巨頭と呼ばれる鬼才神野予備役大将の長男である。今年31歳になる彼は、黒縁眼鏡をかけた怜悧な参謀肌の軍人で、補給などの手配をきっちりこなしてくれる。

「着陸後、そのまま北極海方面国連第3軍司令ヨアヒム・ヴィリバルト・ロンメル中将のもとに着任の挨拶に赴く予定でおります。その後は、戦術機をハンガーに預けた後、半年前よりストックホルム基地に戦線視察のために滞在しております帝国軍の東条少佐から報告を聞きましょう」

「了解いたしました。そなたに感謝を、神野」

 どうやら、駆逐艦は着陸態勢にはいったようで、急速に高度を落としながら滑走路に接近していく。着陸の衝撃を感じながら、北欧戦線の苦境を思わずにはいられない悠陽であった。


 北欧戦線。
 1981年にフィンランド領ロヴァニエミにハイヴが建設されて以来、対BETA戦争の主戦場の一つとなってきた。ストックホルムの北方約50kmの地点に建設された北極海方面国連第3軍の駐屯基地は、この戦線を支える要である。現在、ロヴァニエミ・ハイヴは最低でもフェイズ4、恐らくはフェイズ5に到達しているのではないか、と推測されている。日本で目を通した報告書によれば、北欧は、休む暇もないほど、度重なるBETAの襲撃を凌いできたのだ。人員、物資ともに慢性的に不足した環境で。

 その北欧戦線を支える要が、ストックホルム基地司令のヨアヒム・ヴィリバルト・ロンメル国連軍中将。かつて「砂漠の狐」と呼ばれ、チャーチルをしてナポレオン以来の名戦術家と言わしめたドイツ国防軍の英雄エルヴィン・ロンメル元帥の孫である。もともとは、ドイツ連邦軍に所属し、エルベ防衛線の指揮をとって水際立った成果を上げていた人物であるが、どうも軍上層部としばしば対立していたようだ。特に、コブレンツ撤退戦の折、BETAとの交戦を避けよ、という司令部の命令を無視して、住民の撤収が完了するまでライン河畔の町コブレンツ防衛戦にあたったらしい。当然、軍法会議にかけられたが、そのときの彼の大胆不敵な主張はドイツ中で語り草になっているという。

「将来の撤退戦を想定して、コブレンツ近郊で演習を行っていたところ、いきなりBETAと接敵したので、やむなく応戦した。防衛戦は不幸な偶然の産物である」

 ロンメルは、ふてぶてしくもそう言い切ったのである。
 困ったのは、ドイツ連邦軍司令部であった。ロンメルは、数々の功績により今やドイツの英雄。混乱した前線においては命令を遂行できないことも多々ある、だからロンメルに情状酌量の余地を与えるべきだ、という世論の声も無視できない。

 判決は、中将から二階級降格の上、北極海方面国連第3軍へ左遷という軍法からすれば大変温いものとなった。
 しかし、ロンメルの活躍はそこで終わらない。国連第3軍副司令としてストックホルム基地に赴任したロンメル准将であったが、1986年の第一次ストックホルム防衛戦、1990年の第二次ストックホルム防衛戦の双方で、天才的な指揮能力を発揮して、BETAを退けることに成功したのである。BETAの物量、ストックホルム基地の戦力に鑑みれば、これは奇跡に等しいことであった。彼は、その功績により、すぐに中将に階級を戻し、北欧の将兵の圧倒的な信望を一身に集めて、長くは持たないと誰もが確信していた北欧戦線を今なお維持している。
 彼の祖父の異名にちなんで、「極北の狐」と呼ばれているそうだ。

 彼と会って、話をしてみたい、と悠陽は常々思っていた。かつて、英雄と呼ばれた日本の軍人たちを幾人も見てきたが、彼らはいずれも最前線で戦術機を駆る衛士であった。北欧と異なり、日本は危難に際して、優れた司令官に恵まれなかったのである。だからこそ、ロンメルのような名将が何を見て、何を考えているのか、知りたいのだ。なのに、ストックホルムに派遣された帝国軍参謀本部の東条少佐は、ロンメル中将のことを、用兵学や戦術理論を理解しない、運のみで勝ち上がってきた山師、としか報告してこないのである。悠陽にとって、納得できることではなかった。

 そんなことをつらつらと考えていると、神野中佐から声をかけられた。

「悠陽様、いかがなさいました?ストックホルム基地に到着いたしました。行きましょう」

「あ……。了解いたしました」

 慌てて、神野に続いて駆逐艦から降りる。後ろからは、悠陽専属護衛の月詠真耶中尉と真那少尉が続く。

 タラップを降りたところで、帝国軍の軍服を身に纏った30代と思われる男性が、東洋人を引き連れて待っていた。恐らく、ストックホルム基地に滞在している帝国軍の参謀、東条少佐とその部下であろう。
 敬礼してくる彼らに答礼すると、東条少佐が語りかけてきた。

「日本帝国軍参謀本部情報部ヨーロッパ課北欧班長の東条士郎少佐であります。ストックホルム基地にようこそお出でくださいました、煌武院悠陽様。長旅でさぞお疲れのことでしょう。基地司令に着任の挨拶をなさったあとは、ゆっくりとお休みください。この東条、万事、悠陽様の代わりに、本国も満足するような成果を出してご覧に入れます。悠陽様はストックホルムで休暇をお楽しみください」
 初対面で、軍人同士であるにもかかわらず、東条は、悠陽を位階ではなく名で呼ぶ。その後の発言からしても、悠陽のことを五摂家のお嬢様としか見ていないことは明らかである。一見へりくだっていながら、明らかに悠陽を組しやすい子どもとみていた。

「無礼であろう、東条」

 神野が東条を叱責しようとする。その彼を制しながら、悠陽は冷ややかな声で東条に告げる。

「出迎えご苦労です、東条少佐。ですが、私を名で呼ぶことをそなたに許した覚えはありません。私の部下のことは私のほうで面倒を見ます。そなたは任務にお戻りなさい。私にごまをすりに来ることがそなたの任務というわけでもないでしょう」

 悠陽の侮蔑を感じ取ったのであろうか、顔をかすかに赤くしながらも東条は、無理矢理笑みを作って話を続けようとする。まるで、揉み手でもしているかのようだ。

「帝国内と違い、ヨーロッパ人には五摂家の方々に対する尊敬の念がございませんから、悠陽様はさぞ苦労なさることでしょう。この東条に任せていただければ、万事よいように取り計らいます。どうぞ、ゆっくり北欧見物でもなさっていてください。後で、案内に部下をお付けいたします。何でも、素晴らしい手工芸品店があるそうでございます。悠陽様も御気に召すかと……」

 瞬間。
 悠陽を馬鹿にした東条の言動に激高した月詠真耶と真那が掴みかかるよりも早く、絶対零度の怒気があたりを覆った。

「分をわきまえよ、東条」

 冷え冷えとした声が響き渡る。
 悠陽の怒りと同調したのか、一瞬ハマーンが表にでてきたのであった。
 恐ろしいほどの圧迫を感じているのであろう、東条と彼の随員は固まっている。
 東条を険しい眼差しでにらんでいた斯衛の一行も、悠陽の怒気に当てられたのか、動けずにいる。

 凍りついたまま動こうとしない時を溶かしたのは、神野であった。

「もうよろしいでしょう、悠陽様。東条の言動は上官に対する不敬にあたり、容認できるものではありませんが、時間も押しておりますし、まずは基地司令のもとに参りましょう」

「……わかりました。面倒をかけますね、神野」

 神野の言を受けて、悠陽は怒気を納め、司令部が置かれている建物に向かっていった。

「先ほどの言動、上官侮辱罪にあたると理解しているのか、東条少佐。今回は時間がないゆえ見逃すが、次はないと心得よ」
未だに青くなったままの東条少佐に、そう冷たく告げた後、神野も悠陽のあとを追って、司令部に向かった。


「申告します。日本帝国斯衛軍特務大佐煌武院悠陽以下、39名、只今着任いたしました」
 教本どおりの敬礼をしながら、司令に着任の報告をする少女は、言わずと知れた悠陽である。

「ご苦労」

 なおざりにロンメルは答礼する。この忙しい最中に、日本の名家のお子様のお守りなんてやっていられるか、という表情がにじみ出ている。

 ロンメルは42歳。灰色がかったまとまりの悪い髪を撫で付けている。確かに眼光は鋭そうではあるが、優秀な軍人というより、大胆不敵な山賊でもやっていたほうが似合いそうな風貌だ、と悠陽は思う。きっと、軍法会議でも、こういう人を食った表情をしているのだろう。どこからどう見ても、名将には見えないな、と失礼な感想を抱く悠陽であった。

「やれやれ……BETAの行動が合理的ではないと言って、作戦遂行中に司令部でわめき散らす少佐に続いて、今度は10歳にもなっていないお嬢さんか……。援軍はありがたいが、日本ももう少し何とかならないものかねえ」

「……は?」

 自分のことが馬鹿にされているのだ、怒りを覚えてもいいはずなのだが、ロンメルの言っていることが一瞬理解できなかった。

「BETAの行動が合理的でないと作戦中に喚く?」

 思わず、鸚鵡返しに尋ねてしまう。

「ん?……ああ。日本から来た東条少佐のことだよ。ひどいものだよ。事あるごとに、戦術理論に合ってないだとか何だとか。作戦が成功したんだからいいじゃないか、と言っても聞かないんだ。この基地じゃほとほと彼には手を焼いているよ。まったく、日本の仕官学校はどんな教育をしてきたんだか」

 周りを見れば、ロンメルの参謀や副官たちが失笑している。

 作戦行動中にBETAの行動が合理的ではないと喚き、作戦後も指導部が戦術理論どおりに動かなかったと文句をつける。いくらなんでもそれはないだろう、と思う一方で、ロンメルが嘘をついているようには見えない。確かに、帝国軍の仕官学校や大学校は、教科書や理論を重視しすぎる嫌いがあるが、いくらなんでもそこまでひどくはない、と思いたい悠陽であった。

「その上、今度は小さなお嬢さんを送ってくるときている。ここが最前線だってことを、日本のお偉いさんは本当に理解しているのかねえ」

 ロンメルはほとほと呆れ果てているようだ。
 あっけらかんとした彼の性格のせいだろうか、それとも東条についての話が衝撃的に過ぎたのか。悠陽は、ロンメルに小ばかにされても、不思議と不快だとは感じなかった。むしろ、馬鹿がご迷惑をおかけして申し訳ない、と謝りそうになったくらいである。

「まあいいや。戦力は戦力だ。作戦の際には、改めて命令を出すから、それまでは好きにしていていいよ。でも、間違っても作戦中に、BETAが気持ち悪いからけしからんだとか、合理的な行動をとらないから許せないだとか、そういうことは言わないでくれよ。ここは日本じゃあないんだ」

「……了解いたしました」

 思いっきり馬鹿にされているのだが、返答して退出する悠陽であった。考えてみれば、日本の面従腹背の俗物どもと違って、ここまで思いっきり馬鹿にされてしまうと、いっそ清々しい。陰に篭った粘着質な帝国上層部の慇懃無礼な態度よりは、遥かに好感が持てるではないか。そもそも、ここまでハッキリと他人から物を言われたのは、白銀との会話以来ではないか、と悠陽は思う。


「いかがでしたか」

 司令部を退出すると、待ってくれていた神野が声をかけてくる。月詠の二人も一緒だ。

「……色々と苦言を言われました。どうやら、東条少佐は、この基地で相当疎まれているようです。ロンメル司令の話では、BETAの行動が合理的でないといって、作戦中に司令に噛み付いたそうです」

「……は?」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかったのであろう、神野は呆然としている。隙が全くなさそうな怜悧な神野であっても、こんなマヌケな顔をするのか。まあ、それだけ内容が衝撃的であるのだが……。自分の副長の顔を見て、悠陽はそんな感想を抱く。

「冗談のような話ですが、どうやら本当のようです。その次に来たのが、10歳にもなっていない金持ちのお嬢様です。さぞや、基地の方々は憤慨していることでしょうね。ここは後方国家の馬鹿どもの遊び場じゃない、と」

「悠陽様!」

 そんなことはない、と声を荒げる月詠真那。

「良いのです、真那。確かに、この基地の者たちからすれば、私は遊びにきた子どもにしか見えないでしょう。ならば、実績を示せばよいだけの話です。神野、皆を集めてください。いつでも出動できるよう、準備だけは怠らぬよう、訓示しておきます」

「すでに一室に待機させております」

 神野はそつなく、返答する。

「助かります、神野。では、早速参りましょう」

 前途は多難だが、まずは隊員に現状を周知徹底させよう、とブリーフィングに向かう悠陽たちであった。



 悠陽たちの願望とは裏腹に、東条についてのロンメル司令の評価は完全に正しいことが、すぐに判明した。司令に噛み付くだけではなく、誰彼構わずに、司令は用兵を知らず、作戦成功は単純に運がよかったからに過ぎない、などと吹聴しているらしい。当然、自分たちが敬愛する司令を貶されて喜ぶ将兵がいるはずもなく、東条たちは基地内で相当嫌われているようだ。

 おまけに、嫌われ者の東条に続いて日本から来たのが、10歳にもならない名門のお嬢様ということで、悠陽や日本に対する不満も相当に高い。悠陽も、何度すれ違う兵たちから嫌味を言われたか、知れたものではなかった。悠陽を見下しながらも、取り入ろうとする賎しい東条などの帝国軍人とは異なり、彼らは純粋に悠陽たちに憤っているだけであり、悠陽としても実績を示すまでは仕方ない、と諦めるほかはなかった。

 特に、悠陽に対する憤りを露にしたのが、イルマ・テスレフ准尉である。

「ここは貴女のような子どもが遊びに来る場所じゃないわ。さっさと日本に帰りなさい」
 廊下ですれ違ったときの第一声がこれである。

 イルマ自身、年はせいぜい15歳といったところか。肩までかかるプラチナブロンドの髪は、典型的な北欧人のものだ。白人にしては珍しく、童顔であり、微笑んでいれば穏やかで優しい顔立ちであったが、怒っているときも中々に迫力がある。

「私はね、祖国のフィンランドを取り戻そうと死ぬ気で頑張っているの。そんなところに、物見遊山に日本からお金持ちのお嬢様が来られても、邪魔なだけだわ。貴女たちが持ってきた機体は私たちが有効に使ってあげるから、かえって頂戴」

 そう言うや、イルマは悠陽の返事も待たずに去って行った。
 会う人、会う人から似たようなことを言われているので、話の内容は今更だが、イルマの言葉には特に切実なものがあった。フィンランド出身だと言っていたが、自分の祖国奪還のために励んでいるせいだろうか、本当に精神に余裕がないように悠陽には思われた。

「イルマも仕様がない子ねえ。こんな小さい子にあたっても仕方ないのに」
 悠陽が立ち去るイルマの後ろ姿を見送っていると、声をかけてくる者がいた。

 振り返ると、一組の若い男女。二人とも黒髪だが、一人は黒髪の白人、一人は明らかに東洋人だ。声をかけてきたのは、女のほう。
「あ、私はターヤ・コルピ大尉。今出て行ったイルマ・テスレフ准尉の上官よ」
「俺は、村上竜也中尉だ。名前からもわかるとおり、日本人だ」

 そう、挨拶をする二人組み。

「わたくしは、煌武院悠陽特務大佐です。本日付で、日本帝国斯衛軍から出向して参りました」

 悠陽が名乗った瞬間、ターヤが信じられない、と声を上げた。やや癖のある黒髪を肩甲骨付近まで伸ばした、美しい顔立ちの女性である。身長170センチくらいであろうか、全体的にややふくよかであるが、彫りの深い容姿をしている。

「まだ10歳にもなっていないのに、大佐?いくら名門の出とはいえ、そんなことが有り得るものなの!?」
 それに対して、村上は日本人として、村上は煌武院という名に強く反応する。

「煌武院悠陽といえば、煌武院家の次期当主って話だったはず。よく、煌武院家が送り出したなあ。煌武院家の次期当主なら、その年で大佐でもそう不思議じゃない」

 日本人にしては珍しく、煌武院の名を聞いても、全く態度を改めようとしない。かつての侍従長がいたら、顔を真っ赤にしそうだが、悠陽にとってはこういう態度のほうが好ましく思える。何より、かつての白銀のようだ。

「どういうこと?いくら名門のお嬢様とはいえ、この年で大佐はないでしょう」

 日本の仕組みを理解していないのか、ターヤが村上に問いかける。

「煌武院家は五摂家の筆頭でな、言ってしまえば、煌武院大佐は次期将軍の有力候補なんだ。だから、日本では特別扱いされる。まあ、俺としては、そういう重要人物を、死ぬ危険性のある最前線に送り込んでくる城内省のお偉方のほうが信じられないけどな」

「わたくしが自ら志願して参ったのです、村上中尉」

「どういうことかしら。ここは対BETA戦線の最前線。当然、出動も頻繁にあるし、戦死者もかなり出ているわ。そんななかにあなたが来ても、役に立たないどころか、足手まといなだけだわ。イルマじゃないけれど、悪いことは言わないわ。取り返しがつかなくなる前に帰ったほうがいい」

 悠陽の答えに対して、厳しい目つきでターヤは忠告する。
 またか、と悠陽は溜息をつくしかない。

「実戦で成果を示すまでは信じていただけないでしょうが、わたくしと私の大隊は、日本でも有数の実力を有しております。必ずや、勝利に大きく貢献するでしょう」

「あなたね……。戦場はそう甘いところじゃないのよ」

 なおも言い募るターヤに対して、もはやこれ以上語ったところで実績を示さなくては納得してもらえまい、と踵を返す悠陽。近いうちに、証拠をお見せできるでしょう、と言いながら。



 斯衛に割り当てられた控え室の扉を開けて、中にはいると、整備主任の神谷を含め、皆が待機していた。誰も彼も、斯衛に対する風当たりの強さは実感しているのか、苛立っている者、意気消沈している者、仕方ないと諦めている者、さまざまだが笑顔を浮かべている者はいなかった。

「神谷、迅雷の整備状況はどうですか」

「問題ありません。いつでも出動できるようにしてあります」

 悠陽の質問に対して、40代半ばのベテラン整備士神谷は、即座に返答する。

「承知いたしました。そなたに感謝を」

 神谷に礼を述べた後、悠陽は皆のほうに向き直る。
「基地の者たちに蔑ろにされて、憤りを覚えるのもわかりますが、問題を起こさないようにくれぐれも注意してください。いずれ、出動する機会があれば、実力を示すこともできます。そうすれば、文句を言うものは誰もいないでしょう。それまでの辛抱です」
「ハッ」

 了解しました、と唱和する斯衛の面々。


 その実戦の機会は、予想していたよりも遥かに早く訪れたのだった。



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