予知能力者の来訪(ルパン三世×リリカルなのは)
200X年、8月―
日本、海鳴市―
地上へさんさんと降り注ぐ夏の暑さが嫌という程に味あわされる8月半ば頃。毎年よりもやや暑い気温に苛まれる海鳴市の住人達は、今日もまたこれかと言わんばかりの様子で、恨めし気に照り付けてくる太陽を見やっている。
海鳴市は海岸沿いに存在する市であり、高層ビルの集中する都市部よりも、住宅街や森林が残る地域がやや多いくらいの地域だ。そしてこの季節ともなれば、長期休みを利用した小中高の各児童や学生達が、暑さ凌ぎにと海辺へと足を運び、思い出づくりとして遊びほうける。
友人同士や恋人同士が多く締める砂浜で、彼らは生き生きとして夏の暑さを和らいでくれる海の冷たさを存分に味わっていた。そんな砂浜沿いの道路にて彼らを羨ましげに、或いは微笑ましげに眺めている1人の女性の姿があった。
20代半ば若い年齢の女性で、肩より少し下辺りまで伸びた薄紫色の髪、水色の瞳をしている。文字がプリントされた水色の半袖Tシャツに、ジーパン、腰には薄手の上着を巻き付け、キャップ型の帽子を被って日照りを防いでおり、運動タイプの白と水色のシューズを履いて、耳にはリング状のイヤリングを付けていた。
服装からして中々に活発的な印象を与えている彼女の名を、一色(いしき)まりやと言う。東京を拠点としている雑誌の記者を務めている若手だ。
日々成長を続けている東京の様子を念入りにチェックし、雑誌に載せるのが仕事であるのだが今回に至っては、仕事目的のために海鳴市へと訪れた訳ではなかった。
短い休暇を貰ってここへ来た目的、それはとある別出版社からの雑誌とインターネットの評判サイトから見つけた店を、直接に訊ねてみたいという好奇心からであったのだ。
今女性に大変人気が出ているという喫茶店<翠屋>。これが彼女の目的地である。短い休暇を叩いてまで、東京から離れたこの地に来るにも、やはりそれ相応の魅力があった。
「海か……。この暑い中じゃ、冷たくて気持ちいだろうなぁ。」
あいにくと海へ入るために来たわけではない。彼女は、美味と称される洋菓子を口にするためにここまで、愛車のマーチを使って足を運んできたのだ。
しかし長時間――それ程長い訳でもないが――の運転で疲れが見えていたために、まりやは海辺近くの小さな駐車場に車を止めて体を休めている。運転には気を付けないと。
休憩から15分程が経過しており、彼女の持つ古めかしい年代物の懐中時計も11時半を示そうとしている。お昼時と重なりそうだ……と思いつつもふと砂浜の岩礁付近に目をやる。
そこには小学4年生程の少年が、岩礁を登って海側へと慎重に歩いているのが見える。岩礁は砂浜と接しているために海で孤立する事はまずないのだが、どうやらその少年は岩礁からジャンプして海に飛び込みをしようというハラであるらしかった。
小学生らしい発想である。高い所から水面へと飛び込み、高い水しぶきを上げてはしゃぐのは自然と言えよう。無邪気な少年らを見て笑みがこぼれる。だが微笑んでいた笑顔は次の瞬間に危機を感じ取って崩れ、突如として彼女の脳裏に危険信号が発せられた。
“危ない!”
彼女には凶兆が見えた。まりやからは岩礁が邪魔して見えないであろうが、少年が飛び込もうとしているポイントには危険な自然の罠が仕掛けられていたのだ。
波に被っているから少年にも分からないのであろう。彼女の脳裏には、飛び込む少年が水面下に存在する岩礁によって大怪我をする姿が見え、考えるよりも行動に出た。
飛び込むのを止めさせなければ! まりやのいる海辺の駐車場から、少年のいる浜辺の岩礁まで凡そ25m。彼女は駐車場の端まで駆け寄り、1,5m程の段差を飛び降りて砂浜に着地し、少年の下へと駆け寄る同時に声を掛けた。
「君、そこから飛び込むのは危険だよ!」
「えっ! な、何さ?」
いざ飛び込もうとした少年がビックリして声の方向へと顔を向けた。そこには見知らぬ女性が岩礁を駆け上がって来ており、それに呆然としてしまった。
だが、いざ飛び込まんとしていた所を邪魔されて腹を立てて、まりやに抗議した。
「何で止めるんだよ! ここはそんなに深くはないし、第一、俺は泳ぎは得意だぞ!!」
「あのねぇ、そこから飛び降りると痛いじゃ済まなくなるのよ?」
一体何を言っているのか、この人は! 少年はやや乱暴な口で相変わらず抗議の声を飛ばすのだが、それを見たまりやはしょうがない子供ね、と呆れ顔にして首を振った。
「分からないなら仕方ないわね。ほら、こちらにいらっしゃいよ。」
「な、何すんだよ!」
腕を突然に掴まれた少年は動揺して荒げるものの、まりやは意に介さない。もしもこの少年を無視して後に大けがを負ってしまったのでは、後味が悪くて仕方がない。
やや強引に岩礁の先っぽまで連れて行き、少年を支えながら下を見る様に即した。不満と若干の怯えを見せつつも、少年は恐る恐ると水面の方を見やった。
するとどうだろうか、まりやが脳裏に浮かんだもの――即ち岩礁――が波の狭間で姿を現しているではないか。最初はどういう意味か分からなかった少年にまりやは説明する。
「君があのまま飛び込んだら、あの岩礁に激突してるのよ? わかる?」
「あ……うぅん。気づかなかった……。」
自分が飛び込んでいたら、岩礁によって体を粉々にされていたのではないか、そう思うと思わず身震いをしてしまう少年。それを見たまりやは、目の前の少年が事情を飲み込んでくれたようで安心していた。
取り敢えず今いる岩礁の位置から降ろさせて砂浜へと誘導すると、改めて少年はまりやにお礼を言った。
「あ、ありがとう……。」
「いいよ。けど、今度からは十分に気を付けるんだぞ?」
「……うん!」
危機を脱せたのを確認すると、まりやは少年に別れの言葉を告げて浜辺の駐車場へ戻った。意外なところで時間を食ってしまったものの、命には代えられない。
それに、自分の不思議な能力も何かと人助けに役立っている。それは危険の予兆を掴む感、というものではなく予知能力という通常の人間にはない力を彼女は持っているのだ。
予知能力……文字通り、現在よりも先の事を読むことが可能な特殊能力。彼女の有するこの能力は、何も自然的に持っていた訳ではないが、それを持つまでの流れは極めて複雑で暗い過去を引きずっていた。
「さて、行こうかな……〈翠屋〉へ!」
活き揚々にしてマーチの鍵を捻ってエンジンに火を着ける。到着まで、凡そ10〜20分程であろうというのが、彼女の予測であった。目的地の美味しいお菓子を食べるため、いざ行かん翠屋へ! という気分で彼女はマーチを走らせるのであった。
喫茶店〈翠屋〉―
「おぉい、こっちを頼むよ!」
「はーい!」
噂の喫茶店〈翠屋〉の厨房は、お昼時という事もあり忙しさを見せているものの、それも過ぎ去ろうとしていた。その中では経営者たる2人の男女が動き回っており、昼食用メニューやらデザート系列のお菓子を作り続けているのが見える。
40代に入ったばかりであろう男性は当店のオーナーを務めている高町士郎。黒髪でやや長身的でありスポーツ系統の雰囲気を持っていたが、実際はボディーガードを務めていた他、御神真刀流と称する剣術を極めているという、喫茶店のオーナーらしからぬ経歴を持つ人物であった。
かたやブラウンのロングヘアーをしている女性の方は30代後半になるというものの、外見からして20代半ばで通じるような若々しさと美貌を持っており名を高町桃子という。
士郎の妻であり、一流パティシエとしての腕を有する凄腕の人物だ。また料理やお菓子を作る他に、〈翠屋〉の経理を担当している。
そもそも喫茶店と言えば、洋菓子や和菓子といったお菓子系統と紅茶、お茶を専門にして経営するのが通常だと思われているものの、喫茶店というものが誕生して長年の日本では、軽い食事――スパゲティ等――をも手掛ける事が喫茶店の常となりつつあった。
「はい、ショコラケーキになります。」
注文品であるショコラケーキをトレイから若い女性客のテーブルへと置く。目の前に品を置かれた客も、さぞ嬉しそうな表情で桃子に礼を言うとフォークを手に取り、嬉しそうな表情で口に運び始めた。
それを微笑ましげに見る桃子も、作る甲斐があるものだと言わんとした表情だ。カウンター内へと戻る次いで、いなくなった客席の食器をトレイに重ねるとそのまま運ぶ。
食器を洗おうと洗面台へと向かう。すると玄関にてドアの開くときに鳴る鈴の音が聞こえた。間の悪いタイミングであったものの、彼女は別の女性に接客を頼んだ。
「美由希、お願ーい!」
「はーい、今行きます!」
美由希と呼ばれた、ブラウンに近い黒のロングヘアーを三つ編みに纏め、眼鏡をかけている20代前半の若い女性。桃子の娘にして高町家の長女だ。
身動きの取れない母に代わって美由希が玄関先まで向かい、入ってきた客の接客を行った。その入って来た客は先の予知能力者、一色まりやであった。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
「あ、はい。私一人です。」
「分かりました。カウンター席までどうぞ!」
まりやは入って来てそうそうだが、内心では楽しみで仕方がなかった。一体どんなお菓子が出て来るのか、どれ程に美味しいものであるのか、と。
案内された席はカウンター前だった。そこからは丁度、作業中のマスターらの姿を見る事が出来る。席に着いたまりやの手元には、お冷とおしぼりが置かれた。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください。」
「はい。」
手元にあるメニュー表を手に取る。極めてシンプルなメニュー表を開くと、そこには昼食時限定のメニューが並んでいる。喫茶店であるからして、お菓子系統のみと思っていたまりやも、意外だという表情を作った。
女性に合わせたような手軽なスパゲティ。種類も豊富で、イタリア本場の玉ねぎやピーマン等を具にしてトマトソースで絡めたナポリタンの他、豚肉を具として生クリームやチーズで絡めあげたカルボラーナ、トマトソースと肉をふんだんに使ったミートソース。
他には新鮮野菜のレタスやトマトに胡瓜、そしてハムを挟んだヘルシーなサンドイッチ類。中にはカレーまで含まれており、思わず喫茶店とは言えないのでは?等と多少の突っ込みを心の中でしておき、昼食メニュー以外のデザート関連へと目を移す。
そこには様々なスイーツが並んでいる。パフェは勿論のことケーキも充実しており、特にこの暑さではアイス系統も豊富さを誇っていた。どれを頼むべきかと頭を悩ます。
しかし、昼食時をやや過ぎたものの彼女の胃の中は食事を欲していた。デザート類だけでは空腹感を満たすに至らないかもしれない。そう思い、まりやはカウンター越しに食器を洗う桃子に訊ねてみた。
「あのぉ、この昼食メニューはまだ頼めます?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「よかった。それじゃぁ……このサンドイッチセットでお願いします!」
「サンドイッチセットですね。少々お待ちください。」
まりやの注文に応える桃子は、厨房にいる夫と手伝いに向かった美由希にオーダー内容を伝える。それを聞いた士郎と美由希は、早速と冷蔵庫から野菜と生ハムを取り出し、サンドイッチ用のパンを取り出して調理を始めた。
方や注文をし終えたまりやは、注文品が来るのを待つばかりだ。しかし、取り敢えずはサンドイッチで昼食を取る事にしたものの、肝心のお菓子系統は決めていなかった。
サンドイッチが来るまでに、デザート一覧から品を決めておこう。何にしようか……と内容はどれもこれも見た目が綺麗に盛り付けてある他、如何にも美味しそうに見える。
実際に美味しいと好評判なのだから美味しい筈だ。それにこの暑い季節には、冷たい物が必然的に欲しくなる。アイスの盛り合わせやアイスとケーキを盛り合わせたものも良い。
アイスにしてもバニラを始めとしてチョコレート、ストロベリー、黒ゴマなど様々。隣り合わせるケーキも、生クリームやチョコクリーム、果物を和えるものばかりではなく、生地やスポンジ自体にも一工夫入れた鮮やかなものだ。
そしてそれに花を添えるような感じで、独自のスイーツ用ソースを振りかけられている。
(どれもこれも、きれいで美味しそうなんだけど……どうしようかなぁ。)
他のメニューに目を合わせると、そこにはパフェ類の写真が並んでいた。パフェと言えば縦長なグラスの中に、サクサクとしたコーンや生クリーム或いはチョコクリームの層を重ね、最上層にはアイスクリームが乗せられる他、スナックも飾られる。
そんなイメージが強く、如何にも量がドドンと胃に貯まりそうだ。だがやはり女性層をも狙いにしているらしく、器にしているグラスは大きくない。
グラス型の器で口が広く底は浅いタイプで、イチゴが主体のパフェだ。値段もそこそこに妥当なこともあり、まりやは小さ目のパフェに決めると作業中であろうお桃子に再び語りかけた。
「すいません。このパフェの方を追加注文したいんですけど。」
「わかりました。そちらの方は食後で?」
「えぇ。お願いします。」
再度の注文に士郎と美由希も作業を急がせる。まりやは全てを頼み終えると、店内をぐるりと見回す。昼時過ぎたころになって、客足は少なくなり始めていた。
それでも大半は女性客が占めており、主に10代後半の中学生から高校生辺りが多いようだ。彼女らが休みを利用して訪れているのは大体の察しが付く。
そんな彼女らを見やりつつ、まりやもなつかしき中高時代を思い出す。思い出に意識を移す彼女だったが、幼少の頃の思い出は暗い事しかなかった。
母親はまりやを出産して間もなくに病死してしまい、父親はとある研究の第一人者の一人として名を上げていたものの、研究データのいざこざに巻き込まれて死亡した。
その父親に凡そ10歳近くまで育ててもらったものの、突然の死に彼女の家族は誰一人としていなくなった。そして彼女自身も、ある病気を持っていたのだ。
だが生前の父親の手により手術が行われて奇跡的に助かった。それからだ、まりやの脳裏に未来の出来事が映るようになったのは……。
「お待たせしました。サンドイッチセットです。」
「え? あ、ありがとう。」
意識が別の方へ行っていたために、突然の声に少しおっかなビックリしたような表情をしたものの、すぐさま笑顔を作って運んで来てくれた美由希に礼を言う。
運ばれてきたサンドイッチセットを見る。直径20p程度の大きさで、小さな花の絵が縁どられた皿の上には、三角形型サンドイッチがスライドする様な形で4つほど置いてある。
パンの生地に挟まれているのは、新鮮感を見せるレタスにトマト、胡瓜、ハムだ。他にも卵とハムのサンドイッチも見受けられ、見た目と味でも飽きさせない工夫だろうか。
そしてアイスティーの入ったグラスと、シロップが置かれている。この暑い時期だ、ホットでは余計に汗を流してしまうかもしれない。やはりアイスに限る!
紅茶にシロップを入れ、掻き混ぜてからサンドイッチへ手を伸ばした。そして口元へと運び、一齧りする。
(シャキッとしてて良いな、このサンドイッチ。)
新鮮野菜特有のシャキシャキ感が口の中でわかる。レタスと胡瓜の程よい硬さに、スライスされたトマトの甘さとハムのコラボレーション。セブンイレブンやファミリーマートといった販売店のサンドイッチにはない、こういう店だからこそ成し得る触感と言える。
1つを食べ終えると、今度は卵とハムのサンドイッチへと手を伸ばして口に運んだ。こちらはシャキッとする野菜とは別に、しっとりとした卵の程よい甘さとハムの感触が染みる。
サンドイッチを2つを食べ、紅茶を口に含んで水分を補給する。それから再びサンドイッチに手をかけて口に運んで行き、食事はものの6分程で終わりを告げる。
「ふぅ、美味しかった。」
「ふふっ、ありがとうございます。こちらはデザートのパフェになります。」
桃子がまりやの食べる速度を見積もりタイミングを計って、パフェをカウンター越しから差し出した。まりやは、お目当てのものが来ると目を輝かせて受け取った。
小さ目の器の底部分にホイップクリームが敷かれ、中間層にイチゴのソースとコーン、上層にまたクリームと3段層を成しており、最上層ホイップが器の口よりややはみ出る程度に、ふんわりと盛り上がっているのがわかる。
そして盛り上がったクリームの中央にはイチゴ味アイスクリームが陣取っており、そのアイスの上にはさらにクリームが乗りつつイチゴソースが掛かっていた。
中央に位置取るアイスクリームの周辺を半分に切り分けたイチゴ3個、イチゴサイズのクリームが3つ、囲む様にして並びつつもスティック状のスナックも飾られている。
まりやから見ても、ホイップのふわふわとした視覚的な感覚からは、まさに絶妙なものだと思えた。ここまで柔らかそうに、ふんわり感を出すことなど自分には無理だ。
スプーンを手に取り、溢さぬように気を付けながらクリームとイチゴを食べる。イチゴの甘酸っぱさとクリームの触感にうっとりしそうになるまりや。
「甘酸っぱくて、ふんわりとしてて、とっても美味しいですね。」
「そう言ってもらうと、作る甲斐があります。ねぇ、貴方?」
「あぁ、そうだな。お客さんに美味しいと言ってもらうのが一番だ。」
忙しさを脱したらしく、厨房にいた士郎がカウンター越しに姿を現す。まりやは目の前の女性店員と男性店員の仲から、少し疑問に感じられたものの思い出した事がある。
目の前の2人は確か夫婦であったとか、雑誌に記載されていた様な気がしたのだ。パフェを食べつつも、まりやは桃子に訊ねてみた。
「あの、お二人はご夫婦でいらっしゃいますか?」
「えぇ。そうですよ。良くお分かりになりましたね。」
「あ、いえ、海鳴市で出版されているグルメ雑誌でお見かけしたんです。」
「では、お客さんは海鳴市外から?」
はい、と桃子の問いにまりやは答えた。雑誌からの情報を見てわざわざ東京から移動して来たのだという事も話す。2人は驚きつつもありがとうございますと礼を言う。
この〈翠屋〉は案外な程に市街から来る客も珍しくはない。それだけ味の高評価が広がっており、グルメ通やスイーツ通の客が食べてみたいと欲を見せているようだった。
まりや自身はグルメ通でもなければスイーツ通でもない。女性としての興味または好奇心から来ているだけである。もしも自分が海鳴市所属の記者であれば、率先して生地にして書いているであろう、と親子3人に話す。
「という事は、お客さんは記者をやっていらして?」
「はい。あ、えぇと……あった。」
自分の身分を見せようと、まりやは手持ちの小さなバックの口を開けて名刺を探り出した。
「私『TOKYO LIFE』という雑誌の記者をしている、一色まりや、と申します。」
「『TOKYO LIFE』……あ、私知ってる!」
名刺の所属を見た美由希が声を上げてまりやへと顔を向けた。どうやら美由希は雑誌の中で読んでいた様で、続いて桃子も思い出したように続いた。
『TOKYO LIFE』はタイトル通り、東京に関する情報をくまなく載せて日々の変化を伝えている雑誌だ。経済変化だけではなく、都市の間での流行の変化や、文化の見直し、等と様々な分野を取り扱っている事で、近年では高い評価を受けている。
まりやは入社してから凡そ6年程経つものの、重役に勤められるような柄ではなかった。デスクワークより行動して情報を収集する事が好きなのだ。
「申し遅れました。私は当店のオーナー、高町士郎と言います。そしてこちらが……。」
「妻の桃子です。経理を担当しています。それと私達の娘で、美由希と言います。」
「美由希と言います。母と共に、一色さんの所の雑誌は拝見させてもらってます。」
「ありがとう、美由希さん。それと、名字でなくて、まりやで結構ですよ!」
その辺りから4名の話は段々と弾む様になってきていた。まりや自身は注文していたパフェを殆ど食べつくしてしまい、高町家のメンバーは客足も少なくなったのを境に、話す機会を増やしていった。
話の内容は極めて世間的で、高町家には本来3人の娘息子がおり、長男は既に大学を卒業して恋仲と共に外国へと働きに出かけているという。なんとも羨ましい話か。
まりやはその長男坊に少し憧れを持つものの、話の続きに入る。長女の美由希も長男に続く形で大学を卒業し、自営の〈翠屋〉を手伝っている。
そして次女たる娘の方は現在は中学生として生活を送っており、勉学に励みつつ店の手伝いをしてくれるという。因みに今は友人の誘いで出かけているとか……ではなく、本当の理由は時空管理局という組織に入局している都合上でいないのだが、無論こんな事は親兄弟以外は知らぬことだ。
「息子さんしても、美由希さんや妹さんにしても、立派な大人に成長していいでね。」
「それぞれ欠点みたいなところもありますが、親としては安心しますし、うれしいですよ。」
「お、お父さん!」
美由希が抗議の声を上げるものの士郎は、おっちょこちょいなところが未だに抜けてないだろう? と言われてしまうものの、そんなことは無いよと言わんばかりに頬を膨らませつつ、帰って行った客席の食器を片づけるべくトレイに乗せて運ぼうとする。
「美由希さん、止まって!」
「え、えぇ!?」
突然の静止の声に美由希は勿論、親の2人も驚いてまりやを見やる。すると徐に彼女は席を立って美由希の足元へ屈み込んだ。訳の分からぬ行動に美由希はあたふたしている。
だが親である士郎の方は、まりやが何を示してい静止の声を掛けたのかが分かり、桃子にも美由希の足元を見る様にとそくした。するとどうだろうか?
美由希の履いている右足の靴紐が解けてしまいっているではないか。これで誤って紐を踏んでしまえば、美由希はつんのめる形で前のめりに転倒する事となっていたに違いない。
単に転倒するならまだしも、彼女はトレイに食器を乗せているのだ。下手をすれば食器を身体で押し潰して大怪我をするかもしれないうえ、客に怪我をさせかねない。
「美由希さんの、おっちょこちょいな所、案外合っているかもね?」
「あ、あの……。」
「美由希、お前の片方の靴紐が解けていたんだ。間違って踏んで転んだらどうする?」
「そうだったの!? まりやさん、わざわざごめんなさい……。」
対するまりやは、気にしない気にしない、と笑顔で美由希にウィンクしてカウンター席へ戻る。とんだ失態を演じる事になるところだった美由希は、ややしょんぼりしている。
桃子からも礼を言われるが、まりやは謙遜して返す。そんなハプニングがあったものの、まりやが入店しから凡そ1時間程が経過し、時間も1時を完全に回っていた。
長話しすぎたかな、とまりやは自重する頃になった時だ。彼女の携帯電話に着信音が鳴り響いた。誰であろうか、仕事に関する電話は断っておいたのだから友人からであろうか?
話の腰を折るうようで申し訳ないと断りを入れてから、彼女は携帯電話の本体を開いて通信主を見た。そこには懐かしき人の名が載っていた。銭形幸一と……。
(嘘っ! 銭形さんから!?)
銭形幸一、警視庁所属の老練な類に入る叩き上げのベテラン刑事だ。年齢は50代に入ったくらいであるものの、その驚くべき行動力は若者を遥かに凌駕しているといえよう。
それにICPOなる国際警察機構にも合格している凄腕である。これにより、ある人物の逮捕に世界を回ってまで一生を掛け続けている事がある。それがルパン三世という世界で最も名の馳せる怪盗なのだ。
だが実際の所は逮捕に成功したためしがない。いや、逮捕はしているのだが、悉く刑務所を抜け出されてしまうのがオチで、その度に銭形を真っ赤にさせていた。
そして数年前の1998年夏に起きた〈東京メトロポリス事件〉直前に、まりやは警視庁の動きも雑誌の一面を飾る重要任務と称されて、銭形への同行を任されたのがきっかけだ。
〈東京メトロポリス事件〉とは、東京湾付近に建設されたメトロポリスという巨大テーマパークで起きた事件である。メトロポリスは、遊園地の如く様々なアトラクションを設けていた他、巨大な高層ビルを建てて様々な美術品を展示していた他、パーティー会場や他国の文化なども展示していた。
これは主に東京の歴史を今再度、見直して文化を見失わないようにするべきだとして、オーナーであるマイケル・鈴木氏が計画したものだ。事実、完成を見て一般客を招き入れた他、各世界の要人達を招待してアピールを兼ねたパーティーを行った。
しかし彼の素性は全く異なっていた。表の顔は東京の文化見直しを図る良き支配人であるが、裏の顔は地下に設立したバイオ兵器やクローン人間製造研究所の支配者だった。
そして鈴木は高性能クローン兵士を造り上げるためには、どうしても予知能力の遺伝子を持つまりやを確保せねばならなかった。しかもまりやの父親が鈴木の協力者だった人物であり、鈴木からのデータ供与を拒否したがために殺されたのである。
まりやの予知能力は手術の副作用的なものだったらしく、父親はこれを悪用される事を恐れての抵抗であった。そして父の死を、まりやは夢の中で反復して見るようになった。
鈴木はまりやを確保した上でさらに研究費を確保するため、パーティー時にテロ組織に扮した部下を使って自ら人質になるという自作自演を行ったのだが、失敗した。
銭形とルパン一味の活躍により鈴木の計画はバレてしまい国外逃亡のシナリオは崩れ、それでも尚且つ他国の要人達との取引を行おうとするも寸前のところで警察に逮捕される。
自分の身を投げ打ってまで助けてくれた銭形を父親のように見ていたが、その一件以来まりやは銭形とは会ってはいない。彼もまたルパン逮捕に世界各国を奔走しているからだ。
「どうかなさったんですか?」
「いぇ、懐かしい人からなんでつい動揺しちゃって。」
動揺している様子であったが、命を救ってくれた恩人でもある銭形からの電話というのは、極めて珍しい事だ。理由は簡単、何故なら携帯電話が嫌いだからだ。
それなのに向こうから電話をかけて来るとは……何かあったのだろか? そう思いつつ彼女は電話に出た。
「もしもし、銭形さん?」
『あぁ、わしだ。銭形だよ。』
「お久しぶりですね。しかし、どうしたんです? そちらから電話するなんて珍しいですよ。」
『あぁ、いや、久しぶりに日本へ戻って来たんでな、お前さんの様子が心配になったからかけてみたんだ。』
「わざわざありがとう、銭形さん。でも、なんで日本へ戻って来たんです? 休暇でも貰ったんですか?」
『それは仕事上の秘密だ……という事でもないさ。ルパンの奴らが、まぁたここへ来たという情報を掴んで来たんだ。』
やはり仕事で戻って来たらしい。それでも何年ぶりだろうか、銭形の声を聴くのは……。当初は御節介な娘だと見ていた銭形も、まりやの事情を知るや我が娘の様にして心配し、見守ってくれていたのだ。
対するまりやも、最初は銭形を時代感の遅れた古い警察官等と思っていたものの、彼のルパンを追い続ける姿と自分を救ってくれた姿を見るうちに、父のように見始めた。
話の内容は長くはなかったものの、取り敢えずまりやの安否を確認しておきたかった、という事である。
『それとな、またお前の味噌汁……飲ましてくれや。』
「……いいよ。また作ってあげる。」
『ありがとうな、まりや。声が聴けて嬉しかったよ。』
「私も久々に銭形さんの声が聴けて安心した。……じゃあ、またね。」
『あぁ、お前も気ぃ付けてな。』
そこで電話の通信は途切れた。会話を終えたまりやに、一部始終を見守っていた桃子が訊ねてきた。
「まりやさん、お友達?」
「いえ、違いますよ。かなり年上の人で、古臭いくて、でも頼りになるお父さんみたいな人なんです。」
「銭形って名字からして、古いというか威厳を持ち合わせているみたいですね。」
美由希も話の会話に入ってくる。銭形の先祖は銭形平次という、さも有名な人物であり、まりやもそのことを話して説明した。次いで、銭形は“十手”という江戸時代の取り締まり役が使っていた、今時で言う警棒を持っているという。
士郎もその話にやや興味を持ったようで、作業しながらも耳を傾けている。ふと、美由希はまりやの家族について気になったのだが、それも必然的であろう。
聞いてみると同時に、彼女は後悔する事となる。
「あの、まりやさんのご家族は?」
「私には父と母が居たわ。」
「居たって……っ!」
そこまで聞いて自分の失言に気が付いた。まりやの両親が既に他界してしまっている事を、彼女の口から聞かされてさらに落ち込んでしまう。高町夫婦も気まずい様子だ。
まりやは淡々として両親の事を話した。母親が病死したこと、父親は研究員で病床にあった幼い自分を直した後に殺されてしまったこと。そして先年の〈東京メトロポリス事件〉で巻き込まれ、危うく実験体にされかけた事……あまりにも衝撃的なことだった。
幸いにして店内には客がいなかったので、内心ほっとする士郎。まりやはあくまで雰囲気を明るくして話していた。もう昔の事だ、銭形を始めとして救ってくれた人達の事も考えて、明るく生きようと思っているのだ。
「その……余計なことを聞いて、ごめんなさい。」
「あ、いや、そんな暗い顔をしないで! 桃子さんも士郎さんも! 私はいつまでも過去を引きずっている訳ではないんで。」
「分かりました。これ以上は踏み込みませんから。しかし、一つ気になる事が……。」
「私の何が狙われていたか、でしょう? 志郎さん。」
そこで初めてまりやは自分の常人とは逸した能力の事を話した。これは銭形だけが知っている事だ。まりやも、目の前の家族の安心感を信じて、話すと決めた事だった。
「予知……能力?」
「えぇ。父の手術の副作用らしいんです。私の脳裏に見えるんですよ、先に起きる事が。」
「じゃあ、まりやさんはあらゆる事を予知出来るんですか?」
やや興味津々となった美由希。まりやは自分の能力が必ずしも万能ではない事を付け加えた。あくまで予知能力は、自身の危険、及び身近にいる人間の危険を予知するもの。
遊び半分で使えるような代物ではなく、ましてや自由に予知出来るわけでもない。すべては危険を予知するためだけの能力だと推察していた。
「だから、さっきは美由希の転倒を予測して呼び止めたのか……。」
「そういう事です。これのせいで狙われたんですが、以外にも人助けに役立てるんで気に入ってるんです。」
「まりやさんは優しいですね。そういう人助けのための能力となれば、まりやさんのお父さんもお喜びになっているのでは?」
「えぇ。私もそう思っています。」
そこまで話が進む頃、まりやは御暇することにした。気が付けばもう2時前なのだ。食事の終わった客が、いつまでもここにいると士郎らの邪魔になるに違いない。
そう思い彼女は席を立ち、会計を済ませる。本来ならもう少しゆっくりとしていけたら良かったのに、と小さく呟くまりや。桃子や士郎、美由希らも、まりやに対してもう少し話が出来ればよかったな等と話すので、彼女も一層に残念そうな表情を作った。
そして玄関前まで来ると、親子3人がわざわざ見送りに付いて来てくれた。そして去り際のまりやに桃子が言う。
「まりやさん、またいつでも良いのでいらしてください。」
「今度は皆でお待ちしてますよ。」
「ありがとうございます、桃子さん、士郎さん。今日はご馳走様でした。」
一つ会釈をすると、まりやは扉を開けて店を出て行った。それを見届ける親子3人。やがて姿が見えなくなると、士郎はふと桃子と美由希の肩に手を置いた。
「どうしたの、あなた。」
「……一体何の故あって、あの娘さんが過酷な目に遭うのかと思ってね。」
「まりやさんは……大丈夫よ。その過去をのりきっているんですから。」
桃子の言葉に士郎は頷き、美由希も同様に頷く。まりやの事を考えれば自分らは幸せ者なのだろう。彼女の見る目はどこか寂しそうな感じも見受けられたのだが、まりやの持つ明るい性格でそれを和らいでいたとも言える。
かつて自分らの娘である管理局員のなのはも、死に直面したことがあるのだが、それを知った時にどれ程心配したことか……。家庭を守る大黒柱の士郎は思い改めた。
「さ、3時ごろにはまたお客さんが来るでしょうから、準備しましょう。」
桃子の声でその場の緊張の様な空気が緩み、士郎も気持ちを切り替えて厨房へと戻っていった。一方のまりやは駐車場にてマーチに乗り込み、エンジンをかけていた。
「親子……か、ふふっ。」
家族の団欒とはあぁいったものなのだろうと思いつつ、まりやは久々に声を聴いた銭形を思い浮かべた。日本に戻って来ても、相変わらず古臭いトレンチコートと帽子を被っているのだろうか……と想像しつつ、親の唯一の形見である濁り気味な金色の懐中時計の音色を聴いている。
また会うときには、また味噌汁を作ってかないといけないな。一人ごちするまりやは、小さく“お父さん”と呟くと、車を走らせ始めた。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
今回は短編小説ものとして、リリカルなのは×ルパン三世を書かせていただきました。
と言いましても、本作品は主人公キャラではなくほぼサブキャラあるいはゲストキャラの登場でした。
リリカルの方からは、主人公の家族である、高町士郎、高町桃子、高町美由希を拝借させていただき、ルパン三世の方からはTVSP『炎の記憶〜東京クライシス〜』のゲストヒロイン、一色まりやを拝借させて頂きました。
戦闘物ではなく日常的な生活感を出す小説を書きたいなぁ、という思いを持ちつつなるべく世界観の近い作品をくっつけよう、という事でこの2作品にしてみましたが、どうでしたでしょうか?
日頃は戦闘シーンが中心だったりしましたが、今回は平凡的な日常を書くように頑張ってみました。
特に食べ物といった物の描写とは書きにくいもので、わざわざ画像を探して書いていましたw
今後もこういった作品を書くかもしれませんが、もしよろしければでいいので、その時は読んでくださると嬉しいです。
では、失礼します。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m