第20話『ウエスト星系海戦(後編)』
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ここは、天の川銀河にあるオリオン腕辺境宙域にある、マルセフ達の故郷である太陽系の地球。時空管理局の高町なのは、八神はやて、そして滞在経験のある執務官フェイト等が過ごしていた地球とは、また違った時間を辿った世界の地球である。
地球の表面には生々しい戦争の傷跡が、今も残っており、所々にはクレーターが幾つも見受けられていた。このクレーターというのは、ガミラス戦役時代における、遊星爆弾の生々しい傷跡だった。20年という歳月をかけて、クレーター内部には颯爽と草原が生い茂ったり、森林が形成されたり、或は湖と化していた。
日本も例外なく遊星爆弾の被害を被っていたが、その傷跡など気にする必要もない程に、回復していた。そして日本に設置されている地球連邦宇宙科学局では、今回のアマール移民計画の為の司令部として機能していたが、今はその役目を終えていた。
変わって地球連邦の中心ともなる連邦政府のある大統領府には、幾人かの官僚と軍人が集まっている。
その中で、浅黒い肌に、仏陀を思わせるようなゴワゴワとした灰色の髪と、頬髯が特徴的な66歳の男性がいた。連邦大統領の制服とも言える白の背広を着ている人物が、地球連邦大統領チェグロン・バライアンである。
「みなさん、この度は地球の危機を救ってくれました。全人類を代表して、礼を申し上げる」
「私からも、諸君らに改めて礼を言わせてもらいたい。有難う」
続いて感謝の言葉を述べたは、宇宙科学局長官/移民計画総責任者真田志郎大将だ。
彼の隣には、移民計画本部長島次郎准将がいる。年齢は27歳。島次郎は、かの〈旧ヤマト〉航海長を務めた島大介の弟であり、兄の意思を継ぐようにして防衛軍に入隊し、兄に勝るスピードで出世し、作戦九課に配属された後に移民計画を立ち上げ、自ら本部長として動き回っていた。
他にも、40代後半ほどの女性高官もいた。真田と同じく青系統の制服を身に纏い、顎のラインで切り揃えられた黒髪、並びにアンダーフレームが理的な雰囲気を醸し出す。彼女が宇宙科学局次長新見薫少将。〈旧ヤマト〉情報長を担当した女性軍人だ。〈旧ヤマト〉自沈後は、宇宙科学局に転属となり、技術専門の女性軍人として日夜研究解析に励んでいた。
この2人も、今回の移民計画と、SUSとの決戦で人類存続の権利を勝ち取った護衛艦隊の面々を、称賛の目で見守っている。
「有難うございます。我々は、人類の生命を護る為に、全力で尽くして参った次第です。しかし……この戦いで、多くの兵士を失う結果にもなりました」
賛辞に応じたのは、第三次移民船団を率い、なおかつSUSとの戦闘を指揮して勝ち抜いた、宇宙戦艦〈ヤマト〉艦長古代進中将だった。SUSに勝ったのだが、古代の表情は優れない。常に生真面目に挑んできた古代を、真田や新見は、良く知っている。知っているだけに、彼の苦悩も良く理解できていた。
また、この場に集まっている軍人は古代だけではない。
古代の戦友であり〈旧ヤマト〉砲雷長を務めていた防衛軍第八艦隊司令官南部康雄中将。年齢は42歳。南部は、砲術士官としての才能を大いに生かした対艦隊戦のプロであり、艦隊戦における彼の戦術は非常に評価の高いものであった。彼は内惑星系艦隊に置いて第八艦隊司令官として就任し、今回の第三次移民船団護衛任務に参加。古代と共に出撃し、そして生還することが叶った。
次に長身で堅物そうな印象を持つ第九艦隊司令官アンドレイ・ジューコフ中将。年齢は43歳。固い印象を受けるジューコフ中将は、ロシア出身の防衛軍軍人で、容姿は黒髪をオールバックで纏め、表情と相まって無愛想かつ堅物な印象を他者に与えた。実際は冷静沈着で、分け隔てなく平等に接することから兵士の人気も高い。今回の移民護衛からSUSとの激戦を、持ち前の冷静沈着な指揮で切り抜けた、ベテラン戦術家の1人だ。
第二次移民船団の生き残りである第六艦隊副司令アルツール・コッパーフィールド少将。崩壊した第六艦隊を臨時で引継ぎ、運良く転移事故に巻き込まれずにワープで離脱できた人物である。
「古代、お前さんの戦果に驕らない姿勢は、賞賛すべきものだ。だが、私としても、お前さんたちの成し得た成果は素直に賞賛する。市民の生命を護り抜いてくれたこと、私からも感謝している」
落ち込む古代を宥めるのは、地球連邦防衛軍統括司令長官山南修元帥。年齢は69歳。ガミラス戦役時代からの生え抜きで、恐らく最も多くの戦役を生き抜いた軍人の1人であろう。ガミラス戦役では沖田十三の基で戦艦〈キリシマ〉で戦い抜き、ガトランティス戦役では第二艦隊司令官として、その後もデザリアム戦役、銀河大戦期、デザリアム戦役、と経験してきた、まさに老練なる軍人だ。
「命を懸けて戦ってくれた戦士たちが居て、今の我々がある。決して、無駄な死とは思わんし、あの激戦を良く生き抜いてくれた」
彼の隣に立つ人物も、古代の心情には深く同情している様子であり、それを配慮して声をかけた。16年前のディンギル戦役を生き抜いた駆逐戦隊司令/駆逐艦〈フユヅキ〉艦長を務めていた、地球連邦防衛軍航宙艦隊司令長官水谷茂大将だ。壊滅した地球艦隊の再建を、山南の主導の下で補佐し、早期復活に大いに貢献した人物である。
「はい……有難うございます」
あの後、SUSとの戦闘は苛烈さを増したものだった。
――時系列は、先日のウエスト恒星で生じたウエスト海戦にまで遡る。
パスカル将軍らの捨身のシールド展開で、地球連合軍は50隻程の被害で済んだが、SUS連合軍にしてみれば撃ち損でしかなく、甚だ不本意な結果であった。SUS艦隊230余隻、ベルデル艦隊120余隻、フリーデ艦隊90余隻、と激減してしまったのである。もはや戦力バランスが大きく崩れた今となっては、SUS連合軍に勝ち目は無い。
そして味方ごと撃たれたフリーデ艦隊とベルデル艦隊は、SUSに見切りを付けると、残存艦隊を率いて無許可にその戦場宙域を離れていってしまったのだ。わざと味方を巻き込むような荒いやり方をされて、いつまで下に付く理由などないのだと決断したのだ。
しかもこの時、両艦隊に対して政府からの新たな極秘通信が飛び込んでいた。
「ッ……判断が遅いわ! 政府の連中め、もっと早く連絡をよこさぬか!」
フリーデ軍艦隊総司令官ランザック・バルカー提督は、肩を震わせながら政府の判断の遅さを批判する。
『貴官にも入ったようだな』
バルカーの目前に投影された、ベルデル軍艦隊司令長官ギャラメット・スペンサール提督も、自国政府の決断力の遅さに呆れんばかりの様だった。
つまり、この2名に対して送られて来たのは、次のようなものだったからだ。
「フリーデ政府、並びにベルデル政府は、SUSと決別する。貴艦隊においては、最善の判断を尽くすべし」
要するに地球連合艦隊と共に、SUSを追い払えということだ。何なら1時間以上早く決めてもらいたかったものである。
だが、これでSUSは完全に孤立化したことを意味した。問題は、地球連合艦隊が、フリーデ軍とベルデル軍の寝返りを認めてくれるかどうかだ。政府のお墨付きがあるとはいえ、早々簡単に迎え入れてくれるとは思い難い。それでも、自分達の政府の方針が変わった以上は、彼らに付いて戦う旨を知らせなければなるまい。
そこでバルカーとスペンサールは、指揮下の艦隊を急速回頭させることなく、そのまま前進することで大きく戦場から遠ざけた。SUS艦隊が至近距離にいた為、下手に反転攻撃するのは、無防備な側面を撃たれる危険があると判断したからだ。またSUS軍には敢えて離脱申告も何もせずに放っておくことで、叛意を嗅ぎつかせない様にした。
「このまま大きく時計周りに迂回しつつ、SUS軍右翼の側背を突く!」
元右翼集団だったベルデル艦隊が、大きく時計回りに迂回運動を始める傍ら、フリーデ艦隊も呼応する。
「我らフリーデは逆から行くぞ。反時計回りに迂回し、彼奴等の左翼部隊後背を狙う!」
全速で離脱するかと見せつつも、それぞれが円を描くように迂回運動を行い、結果としてSUS艦隊の後背に回り込むこととなり、地球艦隊に集中していたSUS艦隊の背後へと襲い掛かったのである。
狙われたのは、地球連合艦隊を半包囲陣を形成する為に、左右へ大きく陣形を伸ばし形成していた両翼部隊だ。SUS軍にしても、フリーデ艦隊とベルデル艦隊が、混乱を避ける為に敢えて大きく迂回運動してから、再びSUS軍の両翼に並び直すものかと考えていただけに、この襲撃には虚を突かれた形となった。
フリーデ艦隊は、ミサイルとビームの照準をSUS艦隊にロックすると、旗艦〈バルカスカ〉艦橋で仁王立ちになったバルカーが、これまでの鬱憤を晴らすかの如く大声で指令を発した。
「フリーデ軍をこき使ってくれた礼だ、全艦突撃ィ!」
SUS軍左翼部隊は、左側背かつ斜め上方からフリーデ艦隊の突撃を受ける格好となる。
その突撃と同時に、ベルデル艦隊もSUS軍右翼部隊の右側背かつ斜め下方から襲い掛かった。
「我らベルデル軍の尊厳を踏みにじった分、存分に踏み返してくれる!」
ベルデル軍旗艦〈スペンデラル〉でも、まるで海賊の巨魁に成り代わったようなスペンサールが力強く命じた。
このSUSに加担していたであろう2個艦隊の動きに、地球連合艦隊も驚きを禁じ得なかったものの、味方ごと撃たれたのが大きな要因だろうと理解していた。同時に、地球連合艦隊旗艦〈ヤマト〉に対し、アマール政府もといイリヤ女王から、フリーデとベルデルが正式にSUSから離反したことを伝えられたのである。
「動き出してくれたか」
〈ヤマト〉の艦橋にて、イリヤ女王からの直接通信を受けた古代は、思わず安堵した。出撃前に、古代はアマール国女王イリヤに対して、外交を通じてフリーデ国とベルデル国にSUSから離反するべきだ、と懸命に伝えていたのだ。無論、エトス国も協力して離反するよう説得したのだ。イリヤ女王は提案を受け入れ、エトス国政府にも協力を求めたうえで、フリーデ国とベルデル国の各政府に働きかけたのである。
「女王陛下のご協力に、深く感謝いたします」
『いえ、私に出来るとすれば、このくらいでしかありません。前線で戦う貴方がたに比べれば……』
浅黒い肌に、古代エジプトの王族を思わせるアイボリーホワイトのドレスと、王冠を冠る女性――イリヤ女王は言葉を濁らせる。
「その様なことは有りません。後は、私たちにお任せください。必ず、我々の自主独立の為に、勝ちます」
『……有難う、古代艦長、皆さん。そして、ご武運を祈っております』
アマール国の働きかけによってSUSからの離脱を表明し、地球側に加勢することになったフリーデ軍とベルデル軍だが、古代は2人の司令官を咎めることは無かった。寧ろ共に戦おうと協力を求めたのである。これに感銘を受けた2人の司令官は、SUSとは全く違う地球人司令官の元に与して、SUS軍に決戦を挑む決意を露わにした。
一方で面白くないのが、バルスマンとメッツラーだ。
「はん、これまでSUSの傘に入って生き永らえたものを……。楯突くこうと言うのなら、纏めて屠ってやるまで」
「閣下の仰る通りです。ハイパーニュートロンビーム砲を全門斉射し、纏めて葬ります」
「良かろう、1人として生かして帰すな。序で、この戦いが終わったら、エトス、フリーデ、ベルデル……無論アマールも纏めて処刑してやる。首を洗って待っておるが良いわ」
今度は5隻同時による一斉射撃が敢行された。要塞周辺に浮遊する5隻の防御船が、互いに斜線に入らぬよう位置を修正し、砲身を地球連合艦隊並びに、離反したばかりのフリーデ艦隊とベルデル艦隊へ合わせる。先ほどはマール艦隊の介入で如何にかなったようだが、今度は被害を抑えられはしない。5個艦隊を纏めて護り切れるはずもないからだ。
「ハイパーニュートロンビーム砲、全門発射!」
メッツラーが発射を命じる直前、〈ヤマト〉でもその動きは捉えていた。
「敵要塞主砲、発射態勢に入った模様。今度は……5門同時!?」
「なッ!」
(不味い、アマール艦隊が盾になってくれたが、今後はカバーしきれない!)
要塞主砲の斉射が行われようとしていた中、フリーデ艦隊とベルデル艦隊の離反という機会を逃したくはなかった古代であるが、SUS要塞主砲5門が再び向けられるのを見ると、すぐさま回避命令を発せざるをえなかった。
「全艦隊、回避に専念せよ!!」
回避運動を命じるものの、今度ばかりは避けきれなかった。
不気味に輝く朱色の光を纏った悪魔が、回避しきれなかった地球連合艦隊を飲み込んだ。どの艦隊も回避に専念したこそすれ、執拗に追いかけ回すSUS残存艦艇が立ちはだかることもあり、完璧に回避しえた艦隊はいなかった。
ハイパーニュートロンビーム砲の嵐が過ぎ去った後に残されたのは、地球艦隊48隻、アマール艦隊83隻、エトス艦隊54隻、フリーデ艦隊41隻、ベルデル艦隊58隻、計284隻に過ぎなかった。
要塞主砲は巧みに広範囲かつ各艦隊を的確に狙って来た故に、地球連合艦隊は散開しても逃げ切るのは不可能であった。特に地球艦隊は数を減らした。真ん中に位置していただけに被害は大きく、200隻以上を温存していたアマール艦隊でさえ100隻以下へと激減した。離反したばかりのフリーデ艦隊とベルデル艦隊も大損害を受けてしまう。当然だが、SUS艦隊も大損害を受けており、もはや100隻を切り、真面な艦隊と呼べるものではなくなったが。
(次を受ければ、全滅してしまう)
古代は焦りを見せていた。SUS要塞の周囲に浮かぶ5隻の縦長な巨大防御船は、当要塞を囲む様に浮遊している。しかも、まだ余力を残していたのか、新たに300隻近い艦隊が要塞から出撃してきたのだ。波動砲を撃とうにも、これらSUS艦隊が健在である以上、妨害されてしまうだけでなく、充填中にまた要塞主砲を受ける可能性さえ孕んでいた。
どうするか――短時間の間に思い浮かんだのは、SUS要塞へ肉薄して要塞主砲の死角に飛び込む戦法だった。見た所、要塞を守護する防御船は、水平方向から仰角方面に対して広い射角を持っているようだ。ならば、あの真下側に攻め込み、下方から集中砲火を叩き込むしかないのではないか。これでも賭けに等しい戦法だが、これ以上留まっていては数を減らすだけなのだ。
古代は意を決して全艦隊に命じた。
「全艦に告ぐ。このままでは要塞主砲の餌食となる。これより、全艦要塞に突入し、要塞主砲の死角に忍び込んだ後、至近距離から要塞を叩く。過酷な戦いだが、皆の奮闘に期待する……全艦、突撃開始!」
無茶極まりない命令だと、多くの者は感じたであろう。
だが、それ以外に要塞を破壊する方法が見いだせないのも事実だった。
地球連合艦隊が回避運動に専念しつつも突撃を開始したこと受け、SUSも出撃させた残存艦300隻で対応の当たらせた。本来な3射目を浴びせたいところではあったが、エネルギーの消耗も少なくなかった。そこで、残存艦を差し向けて時間稼ぎに出たのである。
「迎撃しつつ、敵要塞にも攻撃を加える!」
やられる訳にはいかないとして、古代も迎撃命令を下すと同時に、要塞に対しても攻撃を仕掛けた。
ところが、主砲やミサイルが要塞本体に直撃する直前、手前に浮遊している防御船同士の中間で、ビームとミサイルが逸らされてしまったのだ。どうやら防御船には、シールドの役目も負われているらしい。分析班の真帆中尉の報告でも、それが判明する。これでは、要塞本体は勿論、防御船自体にも攻撃は届かないというのだ。これでは、突撃したところで意味はない。下手に潜り込もうとして強力なシールドに阻まれて、手も足も出ないまま、要塞の火力と艦隊に挟まれて全滅してしまう。
(万事休すか……)
「古代艦長」
苦悩している古代に声がかけられる。それは副艦長大村幸作中佐であった。
例のハイパーニュートロンビームと、強力なシールドの防御で万事休すかと思われていた地球連合軍だったが、それにチャンスを投じたのが〈ヤマト〉副長の大村だ。〈ヤマト〉艦内を大改装して搭載された、特殊重攻撃艇〈信濃〉と、その〈シナノ〉に搭載してある波動弾道ミサイルを使い、防御船のシールド装置を破壊しようとしたのだ。
大村は単身で〈シナノ〉を操り、激戦の中を駆け抜けていった。SUS艦隊の妨害もあったが、それを古代ら連合艦隊の援護で切り抜ける。だがSUS要塞を守護する防御船もまた重厚な装備で覆われており、これらの圧倒的な弾幕の前に、護衛の無い〈シナノ〉は大破。帰還も出来ない状態となりながらも、大村は自らの命を散らす代わりに、防御船のウィークポイントであるシールド発生装置を破壊した。
「地球を舐めるなよ! 宇宙戦艦〈ヤマト〉を舐めるなよ! 思い知らせてやるうぅー!!」
怒声を上げながら、大村は意地をSUSに見せつけた。2機の波動弾道ミサイルを防御船のシールド発生装置付近に叩き込み、波動エネルギーでシールドが弱体化した瞬間を狙って、〈シナノ〉は波動弾道ミサイルを搭載したまま特攻し、シールド発生装置を完全破壊したのだった。
これに動揺したバルスマンは、ハイパーニュートロンビーム砲の斉射をメッツラーに命じたが、大村が作ってくれた時間稼ぎのお蔭で波動砲のエネルギーを充填しつくていた。また例の六連装波動カートリッジのお蔭で、〈ヤマト〉は単艦で5発もの波動砲を連続斉射し、全防御船全てを完全に破壊したのだ。
本体である要塞は、防御船が破壊された際の余波を受けた影響か、逆三角錐型の土台本体からエネルギーがあふれかえり、脆くも要塞は崩れ落ちたのだ。余りの脆さに拍子抜けしてしまった地球連合軍の面々だが、それが勝利の合図でなかったことが判明する。
確信した筈の地球連合艦隊に突然襲い掛かったのは、次元空間を自由に行き来するSUSの巨大潜宙艦であったのだ。これはSUS第七艦隊の奥の手とも言える代物で、巨大艦は全長が2q程もあり、巨体に似合わない素早い動きで地球連合軍艦隊を翻弄したのである。宇宙空間に水面が無い筈なのに、まるで次元空間と宇宙空間の境界面を水面のようにして、唐突に現れる巨大潜宙艦の攻撃によって、地球連合艦隊は更に被害を重ねた。
「猿どもめ、良い気になりおって。追い詰めたつもりであろうが、その代償、高くつくと思え」
バルスマンは巨大潜宙艦の司令室で、鬼の形相を作り吐き捨てる。
メッツラーにしても、地球人らの予想外の反抗に苛立ちを募らせており、この巨大潜宙艦をもって小癪な地球人らを纏めて殲滅してやらんとする勢いだった。特に2人が目を付けたのは、他ならぬ〈ヤマト〉だ。この艦が現れてからというもの、計画がとことん崩れ去り、要塞をも失うことになったのである。
「〈ヤマト〉だ、まずは人間の希望である〈ヤマト〉を塵にしてくれる!」
他の艦を無視して、執拗に〈ヤマト〉を狙うSUS巨大潜宙艦。自在に次元空間を行き来する巨艦に、地球連合艦隊は手を焼くことになるが、古代はあることに気づく。
このウエスト恒星系の太陽の存在だ。この星系には、実のところ惑星らしきものは1個もなく、しかも太陽にしてはかなり小さい部類のものだった。太陽に成りきれなかったものだろうと思っていたのだが、怪しく感じていた古代は、真帆に解析を命じたのた。すると案の定、太陽からどうも奇妙なエネルギーが発せられていたことが判明し、これに古代は注目した。
そして、SUS要塞の強力ビーム砲やシールドのエネルギー源が、これらと結びついたのだ。そう、あの太陽はSUS要塞を維持する為のエネルギー供給源の役割を果てしている人口天体だと確信したのだ。
ならば――古代は〈ヤマト〉単艦で行動を開始した。
「針路転換、目標はあの太陽だ!」
彼の見解は見事に図に当たった。〈ヤマト〉単艦のみで太陽に向かおうとすると、巨大潜宙艦は慌てた様に〈ヤマト〉を追撃し始めたのだ。〈ヤマト〉の邪魔をさせぬと言わんばかりに、残存地球艦隊、アマール艦隊、エトス艦隊、フリーデ艦隊、ベルデル艦隊が必死になって潜宙艦を攻撃し気を逸らそうとする。
それに構わず追う巨大潜宙艦であったが、〈ヤマト〉から放たれた最後に残されていた1発分の波動砲が、人工太陽へと命中。少しの時間差を置いて人口太陽は制御不能に陥り崩壊、その際に強力なエネルギー流をばら撒き始めた。すると、そのえねぎー流が外側へと押し出されるかと思いきや、今度は爆発した人口太陽を中心に引き込まれ始めたのである。
ただし、吸い込まれたのはSUS関連の残骸や艦艇……そして何故か、あの潜宙艦までもが何もしない内に引っ張り込まれてしまい、吸い込まれながら何と崩壊し始めたのだ。最終的に全てのSUSに類するものは吸い込まれ、あっという間に消えてしまった。後には何も残らない、静かな宇宙空間へと変わり果ててしまったのである。
しかし、全てが吸い込まれ終わる直前に〈ヤマト〉艦内で奇妙な出来事が発生した。第一艦橋のメインパネルに、突然としてSUS第七艦隊司令長官であるメッツラー中将が現れたのだ。現れると同時に、彼は瞬時に変貌した。スクリーンを立体画面の如く飛び出し、全体が透明感のある薄紫色の体へと変わり、眼も幾分か大きく口も裂ける様に大きく開いた。しかも牙がズラリと並んでいるではないか。
その変貌したメッツラーがパネルをゆっくりと抜け出すと共に、艦橋内部も風景が一変し、まるで宇宙空間に飛び出したようだ。
全身を現すた彼は言った。彼らSUS人は単なる異星人ではなかったのだ。その容貌から見るに、地球人などの有機的な生命体というよりもエネルギー的な生命体に思える。
我々は遣わされたに過ぎない。この世界はくれてやる、支配するがよい
そう捨て台詞を吐くと、消えかかったブラックホールと共に姿を消していったのだ。
古代にとってメッツラーの言う言葉の意味を、最初は理解出来なかった。それどころか、今回の様な異星人は全く初の遭遇と言ってよかったのだ。まさか、あのような異次元人らしき種族と出会うとは、未だに整理がつかなかった。
しかし、そうもしてはいられない。古代は残存艦の地球艦隊と共に一時地球へ帰還することを命令し、残るアマール、エトス、そしてフリーデとベルデルの各艦隊は一時的にアマール本国に駐留することになった。何せこの時は、依然としてカスケード・ブラックホールが地球へ接近しつつあったのだ。それに最後の第四次移民船団を守らなくてはならない。
イリヤ女王に別れを告げた後、〈ヤマト〉以下47隻の地球残存艦隊は、本国へと連続ワープを行いながらも帰還したが、この時は既に冥王星が飲み込まれた後だった。実際に地球へ到着したのは、地球がブラックホールに飲み込まれる前日である。先に帰還していた船団は、ギリギリの時間で整備と乗船を完了させた。一刻の猶予も許されない中にあって、〈ヤマト〉は、これら船団と、先に帰還させた艦隊及び巡視隊、警備隊、護衛隊ら艦隊と合流すると、急ぎ地球を離れたのである。
だが、全員が地球を離れた訳ではない。科学局局長の真田、〈旧ヤマト〉軍医の佐渡酒造、分析ロボットのアナライザーを始め、中国チベットの高齢僧侶達、ヨーロッパの草原で羊を世話していた老夫婦など、幾人もの人々が地球と運命を共にすることを心に決めていたのだった。
島次郎本部長は、当然、真田にも地球を離れるよう即したが、真田は優しく断った。
「島君、私はね、科学者として、地球の最期の瞬間を見届けたいんだ」
地球の最期を看取るのも、科学者の定めだと言い張る彼を、島は止めることが出来なかったものであった。
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古代は飲み込まれようとしている地球を見やり、自分らが一番に大切なものを失おうとしていることに気づかされ、悔しさを表情に浮かべていた……そんな時だった。
またもや、あの異形の姿へ変貌したメッツラーが、メインスクリーンを文字通り飛び出して艦橋内部へと現れたのだ。
この時を待ち焦がれていた。地球が我らの資源として飲み込まれる瞬間だ
驚きの事実を、直球で古代達にぶつけられた。あのカスケード・ブラックホールが、実はSUSの人工物であり、飲み込んだ天体を自分らの世界へと送る転送器だったのだ。どうすることも出来ない地球人に対し、冷笑を浴びせかけるメッツラー。彼が言うには、母国の世界には種族がさらに繁栄するための物資が不足していたという。
それを解消する為には、他世界へと進出して資源を確保するしか手立てがなかったのだと。
有機物、無機物、様々なエネルギー、生きとし生ける物、ありとあらゆるものが、我らの資源!
対象である地球が間もなく手に入る。高揚したようにメッツラーが語り、やがて消え失せて行った。
だが、彼は失策を犯したことに気づかなかった。人口天体であれば、先の太陽の如く破壊可能かもしれないのだ――そう古代は確信した。〈ヤマト〉単艦のみをブラックホール内部へと突入させ、新装備である六連装カートリッジを纏めて射出する“トランジッション波動砲”を発射させることで、カスケード・ブラックホールを破壊しようというのであった。
単艦で突入した〈ヤマト〉は、重力に揉まれながらもトランジッション波動砲を発射。エネルギー炉心六基分を放ったその超エネルギー流は、ブラックホールの引力に捕らわれることなくして目標の転移装置へと命中し、瞬時にブラックホールは強力な閃光を放って消滅したのである。
代価として、その高すぎる波動エネルギーは〈ヤマト〉自体を傷つけてしまった。艦首波動砲の内部砲身から暴発したように光が艦体から吹き出し、今までにない以上の損害を負った瞬間でもあった。
司令長官山南元帥が、SUSの正体は何であろうかと真田へ問う。
「しかし、あのブラックホールがSUSの仕込んだ人工物であったとはな。今までにない国家の様だな、真田局長」
「えぇ。我々の目には、単なるブラックホールにしか見えなかった程に精巧であったのです。それに、星を飲み込めるほどの巨大な転移装置を造れるとなれば、我々が今まで遭遇し戦ってきたどの相手よりも、科学技術の高いことが伺えます。残念ながら、彼らの証拠は消えてしまいましたが……」
SUSの分析をしようにも肝心の残骸は全て消え去ってしまっている。あの巨大転移装置も消えていた。無理もないが、あのトランジッション波動砲を受けて形が残ることはまずないが、完全に証拠がない訳ではない。アマール本国に上陸したSUSの戦車部隊の残骸だ。あれから採取して詳しく分析を進めるしかないであろう。
地球も取り敢えずの安全を確保はしたが、今後の様子を予測しきれなかった。異なる次元世界から来るとなるれば、いきなりの奇襲という事態も大いにあり得るのだから油断も出来ない。
何よりも不思議なのは、ウエスト恒星系ではない宙域――第二次移民船団が襲われた宙域で起きたであろう戦闘の痕跡が、異様としか思えないものだったのだ。もとより宇宙空間なので残骸が広範囲気に散らばることもあるだろう。だが、その宙域の残骸が一部に限って、まるでそこだけを刳り貫いた様に消滅していたのだという。
この事実は、辛うじて原型を留めて浮遊していた地球艦の記録媒体を抜き出し、その当日に何があったのかを調べ上げていった。
そこから出た結論は、衝撃的なものであった。回収された幾つかのブラックボックスのデータを綿密に検査検証した結果、科学局の技術者達と真田、島らは唖然としたという。
「何ですって? 転移した……と仰るんですか!」
「えぇ。その通りよ、古代君」
臨時の対策会議も兼ねて、その場にいる全員に対して解析結果を提示し、かつ説明したのは新見次長だった。古代も良く知る女性で、かつては古代の兄――古代守と恋仲だった人でもある。
「回収されたブラックボックスによれば、強力な我が艦隊が拡散波動砲を発射する直前に、被弾した影響でエネルギーが暴走したようです。本来ならば、こうした異常事態に対して、人が居なくても波動機関を強制停止する為の処置システムがありましたが、それも破損した上に、人員も居なかったのが原因かと思われます。結果として無人となった機関部が暴走し、巨大な次元の亀裂が生じて、多数の反応が一気に消えました」
「つまりそれは、私と……雪が、テレサの高次元世界に飛ばされた時と似たようなものですか」
「その通りだ、古代」
一瞬、行方不明になってしまった雪の名を口に出しづらくなった古代に、真田も同情しつつ答えた。ガトランティス戦役の折、自らの命と引き換えにズォーダーを止めようとした際も、暴走寸前の波動エンジンが、テレサのいる高次元世界と共鳴し合ったことでテレサを呼んだ。本来ならば、ほぼ不可能に近い確率だったが。
そして、これから分かることは、第二次移民船団の消失事件が、とてつもない事態へと発展しているという事実だ。信じられないと言わんばかりの顔をしているジューコフ中将も、まだ状況を上手く呑み込めていない様子だ。
また今回の件で、別にもう1つ、気になる点でがあった。その点を、南部が尋ねた。
「それでですが、最初に帰した移民船団と護衛艦隊が発見したという“例の艦”は――」
「あぁ。帰還して来た護衛艦が曳航して来た艦だが、新見君の指導のもとで調査している。だが、それほど解析は進んではおらん。何しろ、その頃にはブラックホールが迫っていたものだからな」
“例の艦”とは、第三次移民船団がアマールに到着した後に、再び地球から市民を乗せて来る為に帰還した船団と護衛艦によって、たまたま発見されたものであった。それは、帰還する護衛艦の航路上とはやや遠回りになる形で発見されたらしい。時間を遅らせる訳にもいかない為、1隻の護衛艦を残して、他の護衛艦と移民船は先に帰還していた。
曳航を担当したのはドレッドノート級〈アルミランテ・ラトーレ〉だ。勿論その前には、発見した艦の艦内状況の調査、乗組員の救助を行っていたのである。つまるところ“例の艦”は被弾していたのだ。外見は、この世界のどの所属国家とも似つかぬ艦影であり、とてもではないが戦闘艦としてはあまり見られる艦ではなかった。
被弾しているその“例の艦”は、あらゆる場所に被弾した傷口を作り上げており、原型がどうなのか余計に判別不明にさせている。それでも〈アルミランテ・ラトーレ〉捜索隊は必死に捜索した。
結果として、救助出来たのはたったの3名のみ。艦長らしき30代半ばの男性に20代前半の女性と、何と10代半ばの少女だった。乗組員は驚愕したものの、急ぎ艦内へ移して治療を施し、難破していた艦を曳航して地球へと辿り着いたのである。
真田の言う通り、現在は防衛軍施設内部で係留されており、艦の分析作業やブラックボックスの解析作業に入っていた。科学局の調査班達は一度乗りかけた移民船から降りて、大急ぎで解明に当たっているのだという。
「解析の序盤でしかありませんが、あの艦には地球に似ている所がありました」
「何です、それは」
「あの艦に使われている文字です。所々に使われている文字が、地球の文明で使われている文字と同じなのです」
同じだと言われる文字を、“例の艦”と地球の文字とで見比べられるように、ディスプレイに写す新見。確かに、その文字は似ていたどころか、まるきり同じように見えた。
「驚きですな……未知の艦から、同じ言語が発見されるとは」
バライアン大統領が興味深そうに呟く。“未知の艦”から発見された言語は、ドイツ語とほぼ同じだったのだ。
これに思わず、コッパーフィールド少将が真田に尋ねた。
「局長、この様な偶然があり得るのでしょうか」
「無いとは言い切れん。かのアケーリアス文明が、途方も無い宇宙に、同種の生命を振りまいたとされるのだ。肌の色、血液の色、違う部分はあれど、基本的な身体の構成は同じだ。貴官らも知っての通り、ディンギル帝国の件もあるからな」
16年前に現れたディンギル帝国が典型的な例の1つだった。彼らは、地球の祖先に当たる民族だ――厳密には、元の原住民族であるディンギル人を、地球の大洪水の際に救出してもらった一部地球人が撃ち滅ぼし、その上に築いた国家だが。その為、古代シュメール文字が古くから使われている事実が確認されているのだ。もっとも、アケーリアス文明が試みた、人間という種を全宇宙に散りばめた結果でもあろうか。
「それに、あの艦は我々の使用している艦の機関技術とは全くの別物でした」
「どういうことです?」
新見の報告に、古代が不思議そうに聞き返す。
「極めて非科学的なものと言わざるをえません」
「非科学的?」
首をかしげる南部。一体、非科学的エネルギーとはどんなものであろうか。残念ながら、それは真田にも、新見にも分からないらしい。それ程までに珍しい機関技術だというのだ。
「我々が使用しているタキオン粒子でもなければ、デザリアム、ガトランティス、ボラー、ディンギル、そして先の大ウルップ星間国家連合の参加国等が使用していたエネルギー放射の反応でもありません」
「今まで発見されなかったエネルギー……ということになりますか?」
ジューコフがやや興味を示す。それでも真田は首を振って答えた。新エネルギーと言えば、確かにそうかもしれない。
「全く見たことのない、未知のエネルギー機関だ。だが興味深い事実も明らかになっている」
「一体なんですか?」
眉間に皺を寄せたジェーコフが気になって聞いてくる。
真田が言うには、艦のとある一室にあった大型機械の構造が、ある兵器と酷似しているとのことだった。初めは何だか分からない機械であったのだが、分解していく内に段々と分かったのだ。それが亜空間推進機関だったというのである。
「亜空間推進機関……それは、確か――」
「そうだ。ガルマン・ガミラス帝国、もとい旧ガミラス帝国が開発した異次元航行用の機関技術だ」
古代もピンと来たようだ。亜空間推進機関は、旧ガミラス帝国時代に開発されたUX級次元潜航艦で完成されたものだ。通常空間は波動推進機関もとい波動エンジンだが、異次元空間に潜り航行する為には亜空間推進機関が必須となる。無論、永久的ではなく、定期的に通常空間に出ておく必要もあったが。
それが後に、地球連邦防衛軍でも、独自に亜空間潜航技術の取得に成功し、最新鋭艦ブルーノア級にのみ搭載された。ただし、高価な代物故に、搭載されているのはブルーノア級のみに限られた。後は、対次元潜航艦兵器で身を護るのみである。
「では、その艦の乗組員から詳しい話を聞かないことには、後の進展は出来ない訳だね」
「残念ながら大統領の仰るとおりでしょう。まずは救助された乗組員が回復しない限りは……」
救助された3名については、防衛軍直轄の病院にて治療を行い、辛うじて一命を取り留めていた。早い者では今日中に目を覚ますという話であったのだ。
地球の存続の危機を脱したとはいえ、新たな疑問が山ほど残されている。国籍不明の難破艦の実態、SUSの正体、第二次移民船団の行方等々。まさか、これらが一つへ纏まるとは彼らも想像だにしなかったのである。
だが、そう気づくには数日を要することになった。
先ほどの地球とは時間が1ヶ月ほど遡る。SUS要塞ケラベローズに、天の川銀河方面軍の敗北という結果を知るに至った。その時の第二艦隊は、およそ1ヶ月の時間をかけて、4箇所の管区拠点を落としつつあった。時空管理局は、相も変わらず対応に苦慮した様子で、SUS各部隊は大きな損害も無く計画を進めている。
ただ、その不愉快極まりない報告を受けた次元方面軍総司令官ベルガーの怒りが込み上げ、敗退した第七艦隊へ悪態を着いた。
「なんという恥晒しだ。第七艦隊の奴ら、たかが地球と言った挙句、無様に負けおって!」
「総司令、第七艦隊の敗因は、やはり地球艦隊の力を見くびっていた故だと――」
「そんなことは分かっておるわ!」
彼は不機嫌そのものであった。部下の言葉に怒鳴りつけて返し、その口を封じてしまった次第である。
だが、それ程にして第七艦隊の敗退というのは信じ難いものであり許されない話だ。自分ら第二艦隊も当初は地球艦隊により、手痛い目を見せられてしまったが、それを教訓として別の策を練ろうとしている。なのに第七艦隊の対応は軽薄であった。戦闘力としては侮れないであろう地球艦隊であるが、戦力差は歴然であった筈だ。
とはいえ、このまま御託を並べていても始まらない。その程度はベルガーにも分かり切っていた。
兎に角も、第七艦隊の件は一時置いておく他はないとして、今は時空管理局の壊滅に力を入れねばなるまい。荒々しい気持ちを静めると、彼は現在の戦況を聞いた。
「他の戦隊は、制圧した各世界を支配下へと置き、残留部隊を残して帰還の途にあります」
第二艦隊の状況は相変わらず順調であった。10箇所の管区拠点を確実に、そして、じわじわと落としている。
時空管理局は、未だに打開策を打ってきてはいない……というよりも、打てないでいたというのが正しい。それは当然であった。彼らは作戦の過程で、辛辣な方法を思いついたのである。SUS軍は、他管区拠点と本局との通信網を、特務艦を使用して遮断してやったのだ。これによって全拠点は孤立状態に陥り、本局の指示を仰ぐことも出来ないのだった。
「陥落直前に妨害電波を解除しておりますから、心理的なダメージは大きいでしょう」
情報参謀マッケン少将の予想は正しかった。戦況不明なままで、不安を掻き立てられている本局が、やっと通信を回復できたと安堵したと同時に、陥落間近の報が入る。これ程に辛辣なものはないだろう。
事実として、時空管理局は今、どん底に叩き落されている状況下にあるのだ。
「それに、占領政策も順調です。刃向かう様子もないので、苦労はしていないと」
各拠点にある近辺の世界への制圧と占領も着々と進みつつあった。この順調さが続いて行けば良いが、問題となる本局の攻略には恐らく地球艦隊が出て来るであろう。先の第七艦隊敗北ということもあり、尚更のこと地球艦隊が軽視しえぬ存在となった。まさか、地球の連中がここまで来ることはあり得ぬと思いたいところではある。この次元世界の座標が、解析出来ない限り援護も叶わぬのだから。
ベルガーは自信を持って言い聞かせる。我々は次元世界に集中すれば良いのだ。
そして、ベルガーは以前より命令しておいた、地球に関する資料を見せるように指示した。SUSは地球連邦に気づかれることなくして、隠密に調査活動を続けて来たのだ。調査を始めたのは凡そ16年前、つまり銀河交差現象が発生した直後からである。彼らは天の川銀河へと侵略の手を伸ばすまでに、地道に調査を行い、各勢力のデータを収集していた。
それでもわからなかったこともある。先日の地球戦艦が放った波動砲の存在が典型的で、SUSもそこま深く潜り込めるまでには至らなかったのだ。しかも、16年間の内で活発に行動出来たのは、銀河交差現象から凡そ5年後までだった。その頃には、地球もなけなしの軍備を再建させており、外部に対しての目を張り巡らせ始めていたのだ。
それ以来、SUSは隠密に活動すべく目立った行動は控え、十分な調査は期待出来なくなっていたのである。
「ふむ……。艦の性能は、以前の戦闘で大体の見当はついた。それにしても、大したものだ」
資料を眺めやる幹部達と共に、ベルガーも目を通しながら呟く。近日に完成したという戦艦に目が釘付けになった。それが〈ヤマト〉であるということ、第七艦隊を壊滅させた張本人であると知ると、思わず眉を顰めてしまう。
「総司令、第七艦隊の報告にも〈ヤマト〉の存在が明記されております。侮るべきではないかもしれませんが、この戦艦が此処へやって来るとは限りません。いれ、寧ろは言っては来れないと考えます」
「ですが、天の川銀河には、ガミラスの様に亜空間を航行する技術が無いとも言い切れません」
ディゲルの意見に対し、ザイエン技術主任が待ったをかける。この時点で、地球側に秘匿技術の亜空間航行が存在することは感知しえていなかった。
ベルガーは彼らの意見を退けず、注意するのに越したことは無いとした。
「ザイエンの言にも一理あろう。警戒しておくに越したことはあるまい。それにしても、こんな老いぼれ艦までいたとはな」
彼が言った老いぼれとは戦艦〈ミカサ〉を指していた。艦齢は凡そ17年前後と、最年長記録を飾っている戦艦である。よくもまぁ、動き続けてきたものだと感心する節もあれば、これまた侮れない艦だとも捉えていた。もう1隻の810m級の大型戦闘艦〈シヴァ〉も侮れない存在の筆頭格だ。第一次移民船団でも同型艦が旗艦として動いていたが、この〈シヴァ〉はまた性能が段違いに思えた。
兎も角も、これらの戦闘艦から始末せねばなるまい。何せ、強力な艦程、それに頼る傾向にある上、兵士達のある種の拠り所にもなっている。これを沈めてしまえば、希望を打ち砕き、敵将兵の士気を大幅に下げられよう。
幸いにして、SUSも建造の途にあった新型戦闘母艦〈ムルーク〉が完成したとの報告を受けており、至急テスト航海を行った後に、本局攻略の為の総旗艦として出撃することになるであろう。第七艦隊が建造したマヤ級とは、一味違う戦闘能力を引き出してくれるに違いない。この艦が加われば、戦況はさらに有利に働いてくれるであろうと思った。
「閣下、如何いたしますか? 奴らがすぐに来れないとしても、ここは作戦行動を繰り上げますか」
情報参謀マッケン少将が、予定の繰り上げを進言する。
「……その必要はあるまい。いままで通りでよい。慌てて自分の足を縺れさせることもあるまい」
「了解しました」
ベルガーは第七艦隊の失態に対して激怒し取り乱したものの、今やすっかりと平然さを取り戻し、淡々と指示を出してた。総司令としては当然だ。いつまでも取り乱していては、部下の士気に大いに関わってくる。動揺を与えないことも司令官としての役目の一つだった。
「第十管区拠点の次の目標は……第六管区拠点であったか?」
「はい。艦隊は凡そ7日後に到着する見込みです」
「遠方ともなれば、それぐらいの時間は必要だな……ディゲル」
「ハッ」
「〈ムルーク〉は既に稼働出来る状態にあるのだ。ディゲル、直ぐにテスト航海を済ませ、本局攻略の準備に専念せよ」
その命令にディゲルは了解を示したところで、その場の会議は終了となった。
終了と同時に彼は工廠へと足を急がせる。〈ムルーク〉の試験航海を行う為だ。時空管理局の本局攻略時に総旗艦として就役する〈ムルーク〉には、艦隊司令長官ディゲル本人も艦隊司令として乗艦せねばならない。実戦で不備が無いよう、ディゲル本人が試験航海に立ち会うこととなった。
ディゲルは、やや速足で工廠へと向かうと、直ぐに技術部の人間に命じた。
「〈ムルーク〉のテスト航海に入る。出港準備に掛かれ」
命令を受けた責任者が、〈ムルーク〉の出港準備入り、運用人員が急ぎ動員されると、次々と〈ムルーク〉に乗艦する。
艦橋内部は、マヤ級と同じ構造で極めてシンプルだ。〈ムルーク〉の天頂側の角(前進方向側)が赤いクリスタル状になっており、その赤いクリスタル部分が艦橋になる。三角錐状の艦橋内部構造で非常に広々とした空間になっており、艦橋内部の凡そ4割近くが超硬化防弾性のガラスで覆われていた。見張り台的な存在としては格好の形であろう。エトス艦と似た様な直線的シルエットで組み合わされた構造をしており、板状の大小様々な三角形を重ねたりした感じであった。
艦橋に辿り着いたディゲルは、艦橋内の後方に位置する指揮官席に身を座らせていた。その他には、最低限のオペレーター達の姿が7人から8人ほど座り、出撃に向けて艦のセッティングを行っている。SUS艦艇もオートメーション化が著しく進んでおり、ムルーク級でさえ50人もいらなかった。
「エネルギー伝達率、正常値を維持」
「機関室、正常に稼働中」
「――各機構、全て以上ありません」
「よし。これより本艦はテスト航海を行う為に発進する」
各オペレーターからの報告を受け、ディゲルは発進準備の最終段階に入らせた。縦長の大型戦闘艦ムルーク級は、始めこそゆっくりと前進していく。やがて、ゲートの目の前に来ると、管制室を通じてそのゲートを開放させた。そこを抜ければ、もう次元空間だ。
慎重にゲートを抜け出す〈ムルーク〉の姿を、司令部のベルガーはスクリーン越しで眺めやっていた。
(管理局への進撃も順調さを見せている。だが、本局に立てこもっている地球艦隊を早々に片づけねば、安心してもいられん)
どっしりと席に身を置くベルガーは、完全に安心しきっている訳ではなかった。あのバルスマンと彼とでは、考え方がまるで違う。ベルガーは地球艦隊に対して強い懸念を持っていた。最初はあれほど貶していた彼でも、初戦の敗北から学び、次第に地球艦隊の実力というものをひしひしと感じつつあったのだ。
40隻そこそこの艦隊にして、侮れぬ力を保有する地球艦隊を相手にする時、大戦力を動員した自分らにどれ程の損害を出す事であろうか。幾多の世界を支配下に置く以上、余計な戦力消耗をするのは全く持って望ましくはない。多くの資源を確保する為にも、戦力は何としても維持したい。
どの様にして、この世界を支配するべきであろうか――彼は戦略を練り直していたのである。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
今回は主に地球編とSUS視点で話が進みました。
大半の方が色々とフラグを予測しているようで、私としてもその実現に向けて執筆中でありますw
では、なるべく早い更新を目指して頑張りたいと思います。
拍手リンク〜
[25]投稿日:2011年03月26日23:20:52 柳太郎 [拍手元リンク]
すばらしいです。
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〉〉その一言だけでも誠にうれしい限りであります!
これからもよろしくお願いします!
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[26]投稿日:2011年04月01日7:12:16 EF12 1 [拍手元リンク]
管理局側も現実を嫌というほど突き付けられたからか、地球側に協力的になりましたね。
ただ、次元航行艦や転送ポートが思うように使えないとなると、今度は管理世界の治安維持も大変でしょう。
もっとも、反管理局組織もSUSに対しては脅威に感じる方が大きいのでしょうが……。
で、遂に『ヤマト』と古代進も登場ですね。
私の方もそうですが、本来の主役をどう動かすかはなかなか難しいですね。
ひょっとしたら『アムルタート』合流フラグが立ったと思ったのは私だけでしょうか?(笑)
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〉〉毎度コメントに感謝です!
やはり協力せざるを得ないにまで追い詰められれば、管理局といえども無視はできないでしょうね。
そして〈アムルタート〉はどうなるか、もうしばらくお待ちをw
・2020年4月10日改訂
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