「おぉい! 配線コードを寄越してくれないか!」
「あいよ」
「駄目だ、この基盤はイカれている。予備パーツを使わなきゃならん!」
〈シヴァ〉第二艦橋内部では、早急に修理作業が行われつつある。技術班が駆けつけ、破損したコンピューターの基盤や、剥がれたスクリーン・パネルの交換作業等を行う。
最も、技術班の人間だけでなく、第二艦橋のオペレーター達も出来る限りの協力をしている。この艦一隻をカバーするには、配属されている技術班員だけでは間に合わないのだ。
〈シヴァ〉の状態は決して最悪とまではいかない。確かに砲塔の六〇パーセント以上が使用不能に陥る等、戦闘能力の低下は見られているのだが、再稼働が不可能ではなかった。
「伝送系統は全て念入りにチェックしろ。不具合など生じたら困るのは我々なんだからな!」
「ハッケネン技師長、艦内ファクトリーより資材不足が深刻化しているとの報告があります!」
「分かっている! 今はロウラン提督のご指示で資材を提供して下さるとのことだ。今少し待つように伝えろ!」
技師長たるハッケネンは引っ張り回されているような状況であった。艦内の至る所へ作業班を向かわせているが、次々と資材不足や作業の困難性などが報告されている。
その度に彼は艦内無線を通じて細かい指示を送り、対応を行っていた。しかも艦内工場も早々に資材不足を引き起こしており、新たな装甲板や機器の製造が困難となっていたのだ。
管理局側も製造ラインを使用して、ピストン輸送を行ってくれると言う。後は〈シヴァ〉と〈ミカサ〉の艦内工場で再加工していくだけではあるが、時間がかかりすぎる。
「技術長、本艦の修理状況はどうです?」
「現時点では、早期の戦線復帰は難しいと言うしかありません。完全修理には、最低でも……一ヶ月はかかる可能性があります」
他の区画を見回って来たラーダーに、ハッケネンは本艦の状況を淡々と説明する。管理局ドックが自動制御の修理設備を有しているとはいえ、やはりそれだけの猶予は必要だ。
これが二〇世紀頃の様な、人手を多く必要とする時代であるのならば、半年のドック入りというのも普通になる。それが一ヶ月に短縮出来るのであるから、より円滑に事が進む。
だが今回の様な場合では、その一ヶ月と言う時間さえ長いと感じられた。あのエトス星艦隊司令官の話が本当ならば、一ヶ月以内には確実に攻め込んで来るに違いないのだ。
その前には何としても修理を完璧にさせておく必要がある。地球艦隊の乗組員は皆が焦っていた。無論、時空管理局の者達も同様である。
事態が深刻化する中でラーダーは不吉な予感に駆られており、このままでは管理局だけではなく各世界がSUSの植民地化とされるのではないだろうか、と考えてさえもいた。
しかし深刻化していたのは、何もそれだけに限っての事ではない。身近な所でも深刻な問題に晒されていた。
「……そうか、修理状況は素直に進んではいないのか」
「はい。本艦を始めとして、手の空いた艦の技術班は皆、損傷艦の修理に出ているのですが、何分、資材が無ければ何もできません」
〈アガメムノン〉艦長の北野は、副長である藤谷の報告を聞き、落胆の表情を見せていた。東郷が率いた残留部隊は、特に被弾したわけでもないために他艦へのサポートを行っていたのだが、彼女の言う通り技術陣が活発的であろうと、資材が無いのであれば意味がない。
そして何よりも危うい状態にあるのが、戦艦〈イェロギオフ・アヴェロフ〉だ。全砲塔が使用不能なだけでなく、波動砲を除いた武装の殆どが機能を失ってしまっている状態だ。
波動砲は幸いにして、波動エンジンと艦首射出口を繋ぐバイパスやメイン・ボルトが未だ健在のため使用可能だが、波動砲だけでは戦闘艦としての価値は著しく低下してしまう。
「〈ヘルゴラント〉はもとより、〈イェロギオフ・アヴェロフ〉は復活出来るかも怪しいです。主兵装である波動砲はまだ使えますが、砲塔が全て再起不能で……」
「……このままでは、SUSの侵攻に間に合わないか」
「最悪の場合……〈イェロギオフ・アヴェロフ〉は砲艦として運用するしかないでしょう」
砲塔を失った戦艦は、牙を折られたライオンに等しい。凛々しい姿であっても、それは単なる外見によるものであって実力は伴わない。
波動砲が幾ら強力な決戦兵器であるとはいえ、自己防衛も出来ない状態では真っ先に狙われる可能性も高いのだ。
それに、SUSでは波動砲すら無効化すると言う防御兵器――空間歪曲波発生装置を有しているらしいのだ。地球艦隊はこれに対する早期なる対策を打ち立てねばならない。
「砲艦か。波動砲の乱れ撃ちで敵を混乱させるのも一興かも……しれないな。もっとも、一隻だけでは連続斉射も出来ん」
「二隻いるならまだしも、一隻では再充填に時間を要します。幾ら改良の進んだ波動エンジンとて、負担をかけすぎる結果にもなります」
修理状況がはかどらない、SUSもいつ来襲するかわからない、さらには各世界の動揺もピークに達そうとしている。
悪い情報ばかりが耳に入ってくるので、いい加減にしてほしい。そんな心境なのだが、耳を背けてもいられないのも事実である。
各管理世界での動揺は、管理局の敗退の報を聞いてからというもの収まる気配は全く無く、寧ろ拡大する一方なのだ。
特に不通状態となった第二一管理世界等の安否は未だに知らされていない。連絡を取ろうにも通信網は完全に抑えられてしまった。
しかも状況を直接確認しようにも管理局の力ではどうにもならないのだ。
「そもそも、管理局が無茶をしなければ我々も無駄な犠牲を出さずに済んだのです」
「……やめないか、副長。過ぎた事を言っても……」
彼女は苛立ちを露わにしていた。北野の静止を聞きもせず、彼女は管理局を罵倒し続ける。それ程に友軍の損失というのは堪えたものだったのだろう。
だが、強い正義感と負けず嫌いな性格が禍して、不満をぶちまける。
「しかし、そうではありませんか。彼らが自信と己惚れでSUSへ歯向かい、返り討ちに遭ったんですよ! それだけじゃありません、その管理局を援護するために……!」
「いい加減にしろ、副長っ!!」
「っ……!?」
普段は怒声を上げる事はめったにない北野。それだけに、突然に怒声を浴びせられた彼女は唖然とし、出そうとしていた言葉を無理やり塞ぐ事になってしまったのだ。
やっと収まった目の前の副長に、北野は呆れ気味とも捉え難い表情で言う。
「貴官が管理局に対して、不満を持つのは十分に分かっているつもりだ。私だって、暴走した管理局の一部には許せないと思っている。しかしだ……その事件があったとはいえ、両者の関係に余計な軋轢を作ってどうするのだ?」
「……」
「少し、気持ちを落ち着けたらいい。今しばらくは修理に専念するだけだから、休みたまえ」
「……はい。では、そうさせて頂きます」
落ち込んだ様子で命令を受諾し、敬礼する藤谷の表情には深い反省の色が見えた。その表情を見た北野も、少しばかりの後悔の念を覚えた。
今までにも、副長の出過ぎた行動に制動を掛けた事が幾度かあるのだが、今回は極め付けだったと言える。
北野自身もこれ程まで、声を荒げて彼女を止めた事などなかったのだ。艦長室を退室しようとする藤谷を一度呼び止め、言いづらそうながらも北野から切り出した。
「さっきは言い過ぎた……すまない、副長」
「いえ、私の悪い癖です。艦長がお気に掛ける必要はありません」
それだけ言うと、彼女は艦長室を後にした。一人になった艦長室で、北野は自分の対応が甘いのかと自問自答する。彼もかの上司であり先輩でもある古代には、こってりと絞られた経緯があるものの、それを真似た訳ではないのだ。
厳しさも必要だと思う一方で、モチベーションを下げる様な事はしたくもない。だが、甘さだけではどうにもならない時がある。これがどうも上手くいかないのだった。
後ろめたさを感じていては、自分自身のモチベーションを下げるだけでなく、艦を指揮する者としての立場でありながら部下に危険を晒す事にもなりかねない。
(やれやれ、私もまだまだ、軍人としての素質は薄っぺらいものかな。古代さんのようには、いかないか……)
先輩を模範とするのは良いが、それが自分に見合うとは限らない。北野はそう思い、今少し自分のあり方について考え直そうかと思うのであった……。
地球艦隊が帰還してから一日も経たない内にして、マルセフは管理局本局での会議への出席を求められた。まだ艦隊内部での収集が完全ではないとはいえ、それ程に情勢は緊迫しているという証拠であり、局員の多くが焦りの表情を浮かべている。
とはいうものの、中にはこれ見逃しにと責め立てる輩もいた。それは今回の次元航行艦隊の独走ぶりについてであり、無秩序余りある行動であるとして〈陸〉高官は声を上げた。
「この度の本局のやりようは、誠に遺憾ですな」
「何だと!」
早速と言わんばかりに〈陸〉局員は〈海〉局員に対して罵声を浴びせている。
「当然ではないか。次元航行部隊の半数が、命令無視を行った挙句に殲滅されかけたそうではないかね? これを遺憾と言わずして何と言うのか!」
「その通り! 貴官らの日頃傲慢な態度がこの結果を招いたのだぞ!」
「くっ……! あれは、全戦力で当たっていれば勝てた筈だ! それなのに分割などするから……!!」
「止めたまえ!」
「止めんか!!」
議論の方向性を最初から間違えている局員の一部に、〈陸〉と〈海〉の各最高幹部たるマッカーシー、レーニッツ両大将は歯止めを掛けた。
マッカーシーの声にビクリとさせる〈陸〉局員だったが、何よりも印象の薄いレーニッツがさらに上を行く怒声を上げたものだから、大半がそれに押し戻された。
その様子を見ていた三提督も呆れたと現す表情をしている。マルセフも同様だ。この期に及んで、また罵声の浴びせごっこを演じるつもりか? 全くもって呑気なものである。
「危機が迫りくると言うのに、何たる様じゃ。今少し、態度を改めたらどうかね?」
「は、はっ! 申し訳ありません!!」
キールの不機嫌な様子に、さすがに不味いと感じざるを得ない。罵声を浴びせていた局員達が慌てて頭を下げる一方で、レーニッツが口を開いた。
「次元航行部隊の一部が独走した事実は、素直に認めざるを得ない。だが、先ほどの発言は余りにも不謹慎だ。相手が失敗したことをきっかけに罵る等、局員のすることか!」
(レーニッツ提督が、あそこまで怒鳴るなんて事はめったにないわね)
(えぇ。私もあんな提督の姿を見るのは久々ね、レティ。それにしても、いい加減、高官の局員も改めて欲しいものだわ)
レーニッツが多くの局員に気持ちを切り替える様に言うのと同時に、リンディとレティもそれに同意するかのような会話を、念話の中に置いて行っている。
彼女らも、殉職したゲヴェンスの行動に対しては反省すべきであると思っていた。先ほど、苦し紛れに反論していた局員提督が言っていた、全力で当たれば勝てた筈、というのもまるっきり賛同出来ない。
それは結果を見て言ってほしいものであった。実際にSUS艦隊は七〇隻以上が顕在していたのだ。そこでたかだが一〇隻程潰したとして、どうなのだろうか?
次元航行部隊は待ち伏せを受けて殲滅されていたに違いない。〈陸〉幹部であるマッカーシー、フーバーに至っては、いくら剃りが合わない〈海〉相手とはいえ、失敗を抉るような真似はしなかった。
というよりもしたくはなかった。以前のSUS襲撃事件もそうであるが、今回も相当な殉職者を出してしまっているのだ。
結果ばかり見て、その犠牲となった局員達の事を忘れてはないらない、そう思っていた。
「……では、本題に入りなおそう。先ずは次元航行部隊から、現状を報告してもらおう」
「はい。小官から報告させて頂きます」
そう言って席を立ったのは本部長のキンガーだ。先ほどの不名誉極まる独断行動といい、憎たらしい〈陸〉からの罵声といい、彼は余りにも不機嫌極まりない心境であった。
かといって、今この場で不満をぶちまけるなど場違いにも程がある。今は次元航行部隊の現状を報告する事のみ専念すべきだった。
「先の戦闘により、本局所属の艦艇は三五隻を損失、残るは八七隻のみです。その内で行動可能な艦艇は六二隻、後の二五隻は戦闘による損傷で一ヶ月以上はドック入りです」
これまでの被害を考慮すると、次元航行部隊の総合戦力は一〇八七隻。それが次元航行部隊が持ちうる最大の戦力であった。
広大な空間をカバーするには圧倒的に戦力不足であり、さらには減っていくかもしれないのだ。現在では本局以外の各方面拠点が六つ残されている。
その各拠点には凡そ二〇〇隻前後で艦隊が駐留してはいるのだが、どう動かすべきか。連絡も途絶えたままでは、何も出来ない状態であった。
もはや拠点を放棄して戦力を集中させるべきではないか? そんな意見が少数であるものの、出ているのも事実だ。
しかし、各世界を守りきれないとの主張で実現する目処は無い。決定的な方針が無い限り、各拠点の貴重な戦力は分散配置と言う状態で遊兵となってしまう。
さらにキンガーは続ける。
「不足した戦力の再配備を進めておりますが、状況は悪化の一方です。SUSの脅威が悪影響を及ぼしており、資材提供の基となる管理世界からの運搬が滞りがちです。損傷した艦艇への修理状況にも著しい影響を見せております」
「資源の豊富な管理世界が、幾つかSUSの支配下に置かれているからな……。して、地上部隊はどうかね?」
SUSによる損害は、何も戦力的な意味合いだけではなかった。艦艇の損耗もさることながら、局員の大半には精神的なダメージを与えられているのも、見過ごせない事態だ。
本部直属の艦艇の四割近くが損失した、という報告は局員の不安を煽る材料としては十分にたるものだ。おかげで、局員でありなあがら管理局離れを起こす者までいるという。
浅はかな考えを持つ例として、次元航行部隊から他の部隊――即ち地上部隊或いは航空隊等への転属をしようとしている事だ。
だが、これで個人の事態が回復するのだろうか? 否、SUSは次元航行部隊だけを狙っている訳ではない。管理局という組織自体を狙っているのだ。
どの所属に転属しようとも、SUSは見境なく襲い掛かるのは明白だった。実際にフーバーを始めとした〈陸〉高官数名がその点を指摘し、〈海〉高官であるリンディやレティ、クロノも同様の事を述べていた。
逃げ道は存在しないのだ。こうなってしまうと、自棄を起こす局員も出始めた。
「もう何処にも逃げ場はない、いずれ皆殺しにされるんだ!」
と精神異常を起こす者さえいるのだから、ただ事ではない。こうなってしまうのも無理からぬことであろう。
今までに最強を自負していた管理局が、SUSに好き勝手に蹂躙されるなどあり得ない話に思えていたのだ、それがこの現実。
狂信的な管理局支持者も、崩れゆく管理局の姿を前にしてしまうと、今だに現実を受け入れずに目を背けるか、或いはこの世の終わりだ、等の二者に分けられ始める。
管理局上層部は必死になって、局員達の混乱を鎮めようと躍起になっていた。その中でクロノも艦船〈クラウディア〉のスタッフや武装隊の気持ちを抑えるのに必死だと言えた。
「我が地上部隊は、次元航行部隊同様に多大な被害と影響を受けている次第です。第21管理世界を始めとして、七つの有人世界並びに無人世界も同様に現地部隊との連絡が途絶え、地上部隊の殆どは壊滅した模様。SUS襲撃がいつ来るかとの不安で、各世界の市民が騒ぎを起こしております」
フーバーは〈陸〉の様子をあらかた報告した。〈陸〉は〈海〉程に損害を受けてはいないと見られがちであったが、それは全くの勘違いだ。損害は同等の物と言ってよい。
主要世界として局の部隊が駐在していた、四つの有人管理世界の地上部隊は全滅。さらに資源世界として駐在していた武装隊、作業隊も誰一人として帰還して来ることは無かった。
〈陸〉もかつては、ここまで酷い損害を負ったことは無い。あるとすれば、J・S事件くらいであろう。アインヘリアルの全損失、レジアスの死、地上及び機動六課等の施設破壊。
その他、魔導師の殉職もあげられるが、これらの被害と今回の被害は桁違いだ。駐在部隊七つが丸ごと殲滅されたとあっては、誰しもが落ち着いてもいられないのは当然である。
「各世界の駐在本部には、迎撃態勢の維持、及びガジェットの量産配備を命じております。次いで、アインヘリアルUの増産配備も進行中です」
「ふむ。では、マルセフ提督……貴官からも、現状を報告してもらいたい」
「はい、閣下。我が地球艦隊の現状ですが、戦闘に参加が可能であるのは三九隻中、二九隻です。残る艦艇は全力をもちまして修理に当たっておりますが、戦線に復帰出来るか……」
苦い表情で報告を続けるマルセフ。地球艦隊は〈シヴァ〉〈ヘルゴラント〉〈イェロギオフ・アヴェロフ〉〈ブルターニュ〉ら戦艦四隻を始め、巡洋艦二隻、駆逐艦四隻もまた、管理局ドック内での修理が必要と判断されている。
「管理局の援助を受けておりますが、作業は難航しております。本艦の〈シヴァ〉はまだしも、戦艦二隻の状態は最悪と言いようがありません。恐らく、その内の一隻は二度と戦線に戻る事はないかもしれません……」
「やはり、廃艦……という事ですか?」
「クロノ・ハラオウン提督、その可能性が高いと思います。幸いと言ってはなんですが、波動エンジンと波動砲の発射機構に大した問題はありません。しかし、他の兵装が使用できないと言う点では、単なる標的艦となんら変わることは無いでしょう」
修理するよりも、いっそのこと造り直した方が得策ではないか、と思うほどの損傷ぶり。だが、この波動砲が使えるというは、見捨てがたいと局員には思えた。
中にはこの廃艦寸前の艦を使用して、実験艦としてはどうかという考えを持つ者もいた。今だに質量兵器アレルギー体質を持つ管理局では、この実現さえも不可能であるだろう。
しかし、この質量兵器の考え方を変えようと、水面下ではあるが動きつつあった。今更な気もするだろうが、こうでもしなければこの激動は乗り切る事さえ出来ない。
と言うよりも激動を乗り切れずに、この考えは白紙に戻される可能性もあるのだ。
「現状は大方わかりました。それと、マルセフ提督……」
「何でしょうか、クローベル閣下」
「貴方は、敵国であったエトスという名の艦隊とコンタクトを取ったそうですね」
「はい」
エトス艦隊との接触との報告は、ここへ来る前に事前に報告書に纏めて提出されていた。勿論、その中身についても記載されている。
エトスを始めとして、複数の国家はSUSに踊らされて地球艦隊を攻撃したこと、現在はSUSに対して反旗を翻す準備があること、などである。
それでも、局員からすればこれは信じるに足りない内容である。今まで虐殺に手を貸していた艦隊が、今更綺麗ごとを言って何になるのか? 当然の反応と言えよう。
クローベルは続けて言う。
「……そのエトス艦隊を指揮していた人物の言葉、信用に足るものですか?」
マルセフは返答に些か迷った。彼自身の感でいえば、ガーウィックの言う事に信用性はあるのではないかと思っている。しかし、だ。管理局員は納得はするまいと予測していた。
なおこれはあくまで、自分の考えを述べさせようというものであって、周りの意見を考慮せよという訳ではない。周りの反対を覚悟でマルセフは自分の見解を述べた。
「私が思うに、エトス艦隊司令官ガーウィック中将の言う事には、信じるに足ると思っております」
「何を根拠に、貴官はそう思うのかね!?」
〈海〉高官は彼の見解に疑問を持たざるを得なかった。一体、なんの根拠あって敵将の言葉を信じるのか? これは罠と考えるのが普通ではないのか!
そう、問い詰めて来たのだ。リンディとレティ、クロノに至っても、ガーウィックの言葉に信用性があるかどうかは、疑問を持っていた。
マルセフに言っていたことが罠であるとすれば、管理局と地球艦隊は次こそ再戦すら不可能に陥るに違いない。
この焦りが、多くの局員達の思考を奪っていたのだ。それでもマルセフは考えを曲げずに言った。
「普通ならば、エトス艦隊は我々を逃さず、あの宙域で包囲殲滅を行っていた筈。それを行わずに逃がしただけでも、信用に値すると、思っています。それだけではない、彼らはSUSの目の前で我々を逃がしました。SUSが我々地球艦隊を非常に警戒しているのは周知の事実、自らが不利な立場に立たされても撃滅するチャンスを逃すと言うのは、それ相応の覚悟があったという事ではないのですか!?」
「しかし、貴官はそう言っているが、もしもそれ自体が演技であるとしたらどうする?」
「そうだ。貴官を信用させるためにわざと逃したのかもしれん」
信用するには値しない。それが、局員の大半の意見であった。だがガーウィックの眼は嘘を付いているようなものではないのを、今でも覚えている。あれは、真実を語っていた。
SUSに処罰されるのを覚悟で、離脱を支援してくれたのだ。ここまで信用すると決めているのだから、もしも後に裏切られたとしたら、とんだお笑い草であろう。
「貴方方の警戒を過剰だとは思いません。しかし、だからと言って全ての情報を信用しないとあれば、それはチャンスを逃す結果ともなりかねません!」
「……まぁ、よかろう」
「「閣下!?」」
キールの承諾に、多くの局員は唖然とした。まさか、本当にエトスとやら敵国の言葉を信じると言うのか? 裏切られたらどうするのだ。彼らは今までになくリスクを恐れていた。
信用の判断材料が、ガーウィックの為人というのだから無謀にも思えよう。だがマルセフは本気だ。その為人で、敵だった相手の情報を信じようと言うのだ。
正確な日にちは教えはしなかったものの、次に来るのは本局であると言っていた。局員にとってこれだけが判断基準になるだろう。良い基準ではないにしても、だ。
その日の会議は、現状把握と対策の考案で幕を下ろす事となった。いつ来襲するかは運次第にあるとしても、出来る限りの迎撃態勢を整えねばならない。
〈海〉は艦隊の整備と戦力強化、及び治安維持を。〈陸〉は無人兵器とアインヘリアルの増産配備、よる迎撃態勢の強化及び治安維持を。そして地球艦隊は完全修理を、である。
また、マルセフの提案から、各拠点からの戦力抽出が進言された。これに管理局高官達は反発したが、彼は冷静に反撃を行ったのだ。
「ガーウィックから密かに転送された戦力データからして、でも一六〇〇隻前後を見積もられています。エトス艦隊らが離脱したとしても、SUSは一〇〇〇隻余りが残ります」
かたや管理局は防衛軍と合わせても一二〇隻あまり。離反した三ヶ国艦隊 五四〇隻と合わせても、六四〇隻でしかない。三五〇隻の差は、かなり響いてくる。
だが最低でも各拠点から八〇隻でも集められれば、一〇〇〇隻を超す兵力を集める事が可能なのだ。あくまで、提案上では、だが。
半数は無理でも、せめて八〇隻づつは欲しい。今を超えられなければ、明日は無いのだ。マルセフは強固な意志を持って説得を続けた。
勿論、良識派からも賛同を徐々に集め、最終的にはそれが通る結果となったのは、マルセフとしても嬉しいところであった。
「我が方から、駆逐艦五隻を出します。それに命令文書を乗せ、送るがよろしいかと思います」
通信手段が塞がれている以上、これが最善だとされた。昔ながらの、伝書鳩を使ったやりとりのようである。
それに駆逐艦は最速の艦艇であり、日数も二日あれば到着できるだろう。後は各拠点の素早い判断が必要とされるが……。
その後も、迎撃にあたっての策なども大まかな検討がなされると、その会議は幕を降ろした。
早々に戻っておかねば、とマルセフは会議室を後にして、護衛として着いていた坂本と共に管理ドックへと足を向けようとしていた。
そこへ、聞きなれた声が彼らの足を止める。
「マルセフ提督!」
「ん……これは、八神二佐。どうしたのかね?」
振り向くとそこにははやての姿がある。彼女だけではない。リィンフォースUは勿論の事、意識を回復したであろうフェイト、補佐官のシャリオとティアナの姿もあった。
フェイトはつい三時間ほど前まで個室にて療養していたものの、悔しさに涙を出し切り、新たな決意を持って起き上がってきたのである。
マルセフはやや気まずそうにフェイトへ目線を向けるものの、彼女もまた先日の件について気まずそうな表情をしていた。それを見て確信した。
やはり、気にしているのだな、とマルセフは思った。今話そうとする事はそれもあるが、話を切り出したのははやての方だった。
「提督、先程は私の戦友たちを助けて頂いて、本当にありがとうございます」
「あぁ、いや……私はリンディ・ハラオウン提督と約束していたのでね。貴官らの命は必ず守ると。それに人の命を助けるのは当然の事だ。だが、フェイト・ハラオウン一尉には申し訳ない事をした」
「そんな事は、ありません。私の方こそ、提督の命令に背こうとしていたのです。我を張らなければ良かっただけなのですが……それに、コレム大佐にも迷惑を……」
少しは恨まれているのではないかと思っていたものの、彼女の素直な気持ちを聞いてマルセフは安心した。
「彼は、気にしておらんよ。逆に貴官を心配していた位だ。そうとう、自分を恨んでいるだろうな、と言ってな」
「いえ、恨むなんてとんでもありません! コレム大佐に無理をさせた事に申し訳ないと思っているんです」
実は、マルセフに今こうして会う前、彼女はコレムに会っていた。気持ちの整理を落ち着けて、彼女はコレムのいる病室へと足を運び入れたのだ。
そこには包帯を巻いた彼がいた。そこで改めて申し訳ないと感じつつもベッドのそばと寄った。それに気づいたコレムは、意識をはっきりさせてフェイトを視線に捕えた。
両者共に真面に顔を見ずらかった。彼女はコレムにお見舞いの言葉を掛けると共に、〈シヴァ〉艦内の事について謝罪したのだった。
対してコレムも、コスモガンを使って撃ったことに詫びを入れた。ぎこちない謝罪であったがお互いに譲らない様子に、それこそ我を張っているな、とコレムは苦笑する。
片やフェイトも同感ですと言わんばかりに、苦笑で返す他なかった。
「マルセフ提督、実は、お礼を言いたかっただけではないのです」
「……聞こうか」
「はい。提督には、ある人物にお会いして頂きたいんです。そのために、お時間を頂けないかと……」
はやての言う事は急ではあると思うが、余程に重要な人物であるらしい。彼女の眼も真剣そのものだ。
「今すぐに、かね?」
「提督のお時間に合わせてもらっても良いんですが、急いでもらうと有り難いです」
「ふむ……。それは、君の個人な会見かね?」
「そうではありません。きちんと、リンディ提督にも話は通してあります。後は、提督の許可を頂ければ……」
一応、こちらの時間に合わせてくれるとのことだ。かといって先延ばしにも出来ない。済ませる事は早々に済ませるべきであろう。いつSUSが来るとも分かったものではない。
数秒考えると、彼ははやてへ返事を返した。
「分かった、同行しよう。ただ、私も一旦戻らねばならないから、一時間後で管理ドックフロアでよいかね?」
「感謝します。一時間後に、フロアでお待ちしておりますよ」
承諾する旨を伝えた後、マルセフは踵を返して戻ろうとしたが、ふと気になってはやてに問いだした。
「八神二佐、私が会う人物とは、誰かね?」
「はい。聖王教会の騎士……カリム・グラシアにお会いしてもらいます」
〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
先日は台風の影響で大雨だったり、急に気温が下がったりで大変ですね。皆さんも気を付けましょう!
さて、今回は地球艦隊帰還後の管理局とマルセフによる会談が中心となりましたが、いかがでしたでしょうか?
毎度の如く、話の流れを土壇場で組もうとする故に、グダグダにならないかと心配している次第です(←オイ)
取り敢えず……八神女史の言葉使いに戸惑いを感じている次第です(汗)普段は大阪弁なんでしょうけど、上官相手にはどういった話し方をするやら……。
お詳しい方がいらしましたら、お気軽に掲示板にでも書き込んで頂ければと思います!
では、ここまでにしまして、失礼します。時期更新をお待ち下しませ。
それと、設定画の人物画、フォルコ・カンピオーニとエミー・クリスティアーノですが、一応、俳優女優をモデルとして描きました。
描きました割には……何故かクリスティアーノが銀英伝の、不良中年のツンデレ娘に似通ってしまったw
拍手リンク〜
[五五]投稿日:二〇一一年〇七月二一日二二:一七:八 EF一二 一
今回はフェイトの試練話ですね。
彼女にすれば、何ら成すところなく、戦局にも貢献できず、自らの浅慮が原因で、ああいう形で退艦したのはまさに痛恨の極みだったでしょうね。
是非ともひと皮剥けて帰ってきてほしいものです
>>毎回の書き込み、ありがとうございます!
フェイトは精神的にも成長するのが早いそうですから、これを機に頑張って頂きたいものです。
まぁ、その様子を書くのは私なんですがねw
[五六]投稿日:二〇一一年〇七月二三日一九:二〇:二六 試製橘花
SX級のイラスト拝見させていただきました。
XV級の特徴を持ちながらもさらに洗練された形状になっていてすごく格好よかったです!
個人的な希望となってしまいますが、できればLS級のイラスト等も見てみたいです。
これからも頑張ってください。
>>どうも、設定画のイラストについての感想をありがとうございます!
毎度のことながらアナログでしか描けない自分が……(汗)。
それでもカッコイイ、と言ってくださるとは! 感激です!!(正直、自信なかったですけどw)
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m