全管理世界を叫喚させた、原因不明の巨大次元震が発生してから一日が経過した頃。時空管理局(A・B)本局は原因解明、周辺航路の安全確認や秩序回復に余念がなかった。
さらに管理局を困らせたのは、次元震の発生により航行不能となった次元航行艦船――主に客船や貨物船の救出活動を行わねばならない事だ。これがまた厄介極まりない。
各世界の次元航行艦船運行会社に問い合わせて集計した結果、次元震発生時に近辺空間を航行していたのは八隻だという。
ただし、運用されていたのはその倍以上はいたらしいのだが、それらの艦は微弱な余波を受けた程度で済んだとの事だった。
  問題は、余波ではなく強い波を受けてしまった艦船の方だ。民間船とはいえある程度の防御障壁を備えてはいるのだが、発生した次元震に耐え得るだけの強度は無いのだ。
運用会社の各担当者によれば、五隻の民間船は皆SOS通信を発していた最中に途絶したらしい。どうやら次元震の影響で通信がジャミングされただけではなく、通信機そのものまでもが故障してしまったようだ。
  しかし、次元震がやや治まりを見せると、微弱な救難信号をキャッチする事が出来た。この救難信号を頼りに救助活動をせねばならないが、如何せんSUSが迫る時期。
下手をすれば、進行中のSUSに発見される可能性も否定できない。それに民間船の多くに被害を出してしまっては、市民達の怒りの眼は当然、管理局に向けられるのだ。
キンガーはやむなく救助のための艦隊を派遣させる事を決定した。ただし、本局の艦船は著しく戦力が不足している。あまり分散させるのも危険なものだった。

「我が艦隊も、救助活動に協力したい」

そう言って手を差し伸べたのはマルセフだった。彼は人命救助活動に当たり、数隻の艦を回すと言うのである。
この申し出には有り難いと感じる一方、これでは本局の守りが薄くなると懸念する声も僅かながら上がった。
  それをマルセフは一喝した。

「市民の安全と生命を守る事が、我々の使命だ。今もなお救助の手を待ち焦がれる民間船がいるのに、のうのうと鎮座する訳にはいかない」

使命感の強いマルセフの押しに、局員側もこの申し出を断るつもりはなかった。だが、どう動かすつもりなのだろうか?
次元航行艦をさらに護衛させるために地球艦を付けていては、各客船に割く艦船の数は増える一方だ。
  そこで、本局から遠い位置にある民間船に対しては地球の艦に委ね、近距離の船には管理局に任せてはどうか、という提案が出された。
この方が時間も節約できると予測したのだ。時間が迫る中、大半がこの案に賛同した。ただし地球艦には管理局の整備士が数名乗り込む手筈になっており、魔導炉を専門としない防衛軍技術者を考えての事らしい。
  確かに防衛軍の整備士では、魔導炉を扱う事は出来ない。知識的にも不足している。管理局の整備士が同行する事は必須であると、マルセフも認めざるを得なかった。
この救助活動で動員されたのは、地球の駆逐艦四隻、次元航行艦六隻、計一〇隻だ。単独での航行は危険と判断され、最低でも二隻の艦隊を組むことが求められ、これといって反対意見が出ることはなく、直ちに行動に移された。

「……彼らが出撃して、およそ三日が経つな?」
「はい。我が方の駆逐艦も、当に目的区域に入っている筈です。順調ならば、目標の客船に接触して修理を始めているでしょう」

  修理が終わらぬ〈シヴァ〉の艦橋内部でマルセフは今時の時代には非常に珍しい、やや装飾が掘られたシルバー色の宇宙懐中時計を手に取る。
そして眼をやりながら僚艦の安否を気にしていると、参謀席に座っているラーダー少将が彼の問いかけに答えた。
一応派遣した駆逐艦には、次元空間内容の航路図がインプットされている。そうは簡単に迷う事はない筈だ。次元震もまだ完全に収まりきらないものの、静寂さを見せつつある。
  マルセフは手にしていた宇宙懐中時計をジャケットの内ポケットにしまい込む。長年に渡り愛用してきている代物だ。参謀長のラーダーも何回か目にしているが気にしない。
彼の愛用する宇宙懐中時計は妻からプレゼントとして貰ったものだ。それももう、二〇年ほど前になるだろうか……。
彼は時折、宇宙懐中時計を眺め寂しげな表情を浮かべる事があり、ラーダーは敢えてその理由を聞こうとはしなかった。

「次元震も収まり始めているが、原因も当につかめず……か」
「本局も原因究明を急いでいるようですが、何分、次元震の微弱な妨害電波で情報も入りにくいようです。以前よりはマシだと聞きますが」

本局の分析状況は進展はしていない。だが、もしも管理局が震源中心部を観測出来ていたならば、どのような反応を示していただろうか。
また、防衛軍将兵達もどれ程に驚愕するか。マルセフもこの震源の犯人が、まさか予言の中にある“彼ら”だとは想像もつかなかった。





  コレムガ負傷してから、およそ三八日程が経過している。彼は負傷した身体を床に横たえていた。痛みは少し和らいでおり、幾分か身体を動かせる位は可能だ。
しかし、骨折した胸骨は完治してはおらず、左腕も使えないまま。頭部の包帯もまだ取れていない。だが、手足を失わなかっただけ、有り難い話ではある。
入院してから大分、艦を空けているな、と心配になるコレムであった。出撃は無いとはいえ、空けた状態が続くのは好ましくない。
  そんな心配事をしていたものだが、遂二、三日前、寝ている間に揺れを感じた。次元空間で地震があるわけでは、あるまいに。
絶対安静の為に薬を投与されて眠っていたゆえ、外の様子は全く分からなかった。ただ意識がうっすらとしていた時に、シャマルを始めとしたスタッフが慌ただしくなったのだ。
意識がはっきりした辺りで、彼はシャマルに訊ねてみた。

「大規模な次元震があったんですよ」

次元震? どの様な現象なのかはわからないが、それを察してシャマルは簡単に説明してくれた。成程、地球で言う宇宙潮流や磁気嵐に相当するもののようだ。
艦船さえも航行が禁止されるものだと言い、今は管理局と地球艦隊が行動不能になった民間船の救助に向かっているという。
  SUSが迫る時期なのに、大変な事になっている様だ。説明をしてくれたシャマルに礼を言うと、彼は再びベッドの上で思考を続けた。
次元震があったという事は、これは管理局世界だけではなく、敵であるSUSも同じく自然妨害にぶち当たっているのではないのだろうか?
ならば、侵攻に何らかの遅れ等の支障もある筈だ……いや、待てよ。これは逆に奇襲を受ける可能性もあるのではないのだろうか、と推測する事も可能だ。
奇襲とは、常に敵の予測しえない隙間から行うものであり、今の現状も十分にその奇襲の可能性を含めている筈だ。
  そこまで考えていた時だ。彼の傍に近づいてくる影があった。今はもう見慣れた金髪をした人物――フェイトだと分かると、彼は思考を中断して彼女へと表情を向けた。

「ご気分は如何ですか、大佐」
「あぁ、ハラオウン一尉。先生(シャマル)の適切な治療のお蔭で、大分楽になったよ」

ニコリとしてフェイトへ返事をするコレム。表情も以前より良くなっている事は、彼女にも分かった。ただ、いまだに取れ切れてはいない包帯が気になってしまうが……。
彼女はこの一ヶ月間に八回ほど、コレムに顔を出しに来ていた。他にも、はやて、リィンフォースUの二人や、リンディらも見舞いという形で、彼のもとへと来てくれていた。
  そんな彼女らに対して彼は、あまり無理して来なくても大丈夫です、等と遠慮気味な言葉を掛けた。だが、彼女らはそんな訳にはいかない、等と返されてしまったものだ。
最も、リンディとフェイトには後ろめたい気持ちが残っていたのだろう。コレムは気にするなとは言うものの、せめてもの償い代わりにとして見舞いに来ていた次第である。

「少し……変わったかな、ハラオウン一尉」
「変わった……? 何がですか、大佐」
「表情だよ。以前よりも、少し引き締まったような、その様な気がする」

コレムは感覚的であるが、フェイトの表情の様子が少し変わったと捉えていた。たったの四日間程ではあるが、以前の彼女とはやや異なっていた。
彼の言うとおり、彼女の表情にはどこか引き締まった、あるいは大人びた、とでも言うようなものだった。

「マルセフ提督の指導が、効果を上げているかな?」
「いえ、そんな……御指導を受けて頂いて、一ヶ月も経っておりませんです。主に艦船運用と兵器運用のノウハウに手を付けているくらいで、他の事はまだ……」
「それは仕方ない。貴官はあくまで、執務官として動いていたのだろう? 主に調査任務等の単独行動が多いと聞くが」
「はい。事件の調査の他に、犯罪者の追跡等も受け持っていました。忙しいと感じますが、シャーリーとティアナの補佐に助けられてます」

  執務官という役職は実に様々な分野を担っていた。彼女の言うとおり、各管理世界への調査任務のみならず、時には犯罪者の追跡、デスクでの書類整理等も行っていたのだ。
激務と言えるこの仕事だが、彼女なりにやりがいを感じている。事件の解決で、市民の安全が守れれば、特に「ありがとう」の感謝の言葉だけでも、心の疲れが下りる思いだった。
無論それだけではない。長年、片腕として支えてくれているシャリオ、そして新たに補佐してくれているティアナにも救われていた。
  しかし、今の彼女は意識を変えようとしている。言うまでもない、先日の〈シヴァ〉内における、あの出来事であった。
魔導師と管理局の限界を知ったあの日から、フェイトは一心に地球防衛軍の指示を仰いで生まれ変わろうとしている最中だった。
その指示を仰いでもらっているのがマルセフであり、彼からは最初に兵器類のノウハウを教えて貰っていた。だが、何も兵器類のみを指導してもらっている訳ではない。
  艦隊戦に関する運用はクロノが主に東郷の下でレクチャーされている。対して彼女の場合、艦船運用と兵器類の使用或いは運用方法に関してのレクチャーを受けているのだ。
マルセフはフェイトの職務上、調査任務や事務処理(デスクワーク)がある事を理解していた。そして、執務官でも階級が上がると、艦船の運用さえ任される話も直接に聞いた。
その例が義兄のクロノだ。彼は九年程前には一六歳ながらに執務官の資格を保有し、前線にて行動する事も多い。後に昇進を重ねていき、〈クラウディア〉艦長に就任したのだ。
  さらには艦長としてではなく、艦隊指揮も兼ねる。これを考えれば、マルセフはフェイトに艦隊戦のノウハウを教え込んでも良いかとは思ったのだが、結局それをやめた。
彼女には艦隊戦のノウハウよりも、今後に導入されるであろう兵器類に対しての運用、使用法を教え込む方が良いと判断したのだ。そして最低限の艦船運用法も加えてである。
今は時間が無く切迫した状況にあってか、フェイトはマルセフの教えをしっかりと頭に叩き込んでいた。彼が艦長を務めているだけに、兵装や艦船運用の指導は細かいものであった。

「兵器とは言っても、管理局に導入される日は遠いかも知らん。しかし、知っておくことに越したことは無いからな。それに……」
「?」
「貴官なら変われる。未来の管理局を引っ張っていける。あのエースの高町一尉、八神二佐やクロノ・ハラオウン提督ら若い世代が、この戦乱の後を作り上げるんだよ」
「……はい。筆頭に立てるかは分かりませんが、管理局を変えれる様に全力を尽くします」

コレムは、目の前の若き執務官を始めとした局員達に、未来の望みはあると考えていた。だが、彼女の世代で完全に管理局が変貌できるという保証はない。
  だがそれは、あくまでも“彼女らの世代で”であり、その変貌となる強く硬い“芯”を構築しえる可能性は十分にある筈だ。
そこでコレムは思った。自分はいつから管理局の未来を深く考えるようになったのだろうか? 当初の自分らは、SUSから市民を守る事を前提に協力体制を築いてきた筈だ。
それがどうゆう訳か、管理局の組織体質にまで考え込むようになったのだ。おそらくは艦隊の合同訓練からであろうか……。いや、それよりももう少し前かもしれない。
  では管理局のデータを目にした時からか。それと、八神はやてと直接に会話を交えた時かもしれん。幼い子までもが前線へ出てしまうと知って、彼は悲しかった。
そして質量兵器の完全撤廃による弱体化が明るみに出た時、組織体制を変えるにはどうすべきかと本気で悩んだ。同時に各管理世界を守るためには……と考えたのだ。
そこまで思い返した時、彼は自分に対して苦笑せざるをえなかった。自分は軍人だ。生命を守るために戦う兵士だ。本来なら軍人は、政治世界へ口を出さぬのと同様に、組織云々と口出しするべきでもない筈だった。
  しかも全く別の次元世界を纏めている巨大組織についてを考えるとは……。

「大佐?」
「あ、あぁ。すまない、ぼーっとしていたようだ」

目の前にフェイトがいるにも関わらず、コレムは思考に耽ってしまっていた。せっかく見舞いに来てくれた彼女に失礼だな、と思いながらも会話に意識を戻したのである。
その一方で、救助に向かった艦隊は今だ波の収まらぬ次元空間を航行しつつも、遭難した民間船の救出に全力を注いでいた。 





  救助艦隊の中には〈クラウディア〉も含まれていた。その艦長であるクロノは、上層部からの指示を受けて僚艦〈メンフィス〉と共に救助活動を行っていたのである。
出港してから凡そ三日が経過しようとしていたが、彼の艦隊は未だに遭難したであろう民間船の発見を成し得ずにおり、オペレーター達も周囲をくまなく探していた。

「どうだ、そろそろ発見できるのではないか?」
「少々お待ちください……! ありました、一時の方角に貨物船〈メリーアン〉を確認!!」

いたか、と彼は発見できたことに安堵した。目標の民間船をデータと照らし合わせて、完全な同型である事も確認すると、彼は直ぐに〈メリーアン〉へ通信を送らせた。
しかし返信が来ない。どうやら次元震を受けた影響で破損しているようだ。そこでクロノは通信を電波から発光信号へ切り替えさせた。
  随分とアナログな通信方法だと思うが、これは案外、侮るべき通信手段ではない。発光信号で伝えると、返事は数秒を置いて返ってきた。
どうやら、通信機の故障と機関部の破損により身動きが取れないという。クロノは直ぐに接舷の用意を命じると同時に、同行させていた修理班を待機させる。
そして同行させていた〈メンフィス〉に対しては、周辺空間への厳重警戒を言い渡した。特に厳重警戒と強く言い渡したのは、SUSの襲撃の可能性を考慮してとのことである。
  だが、もしもSUSの艦隊に遭遇してしまったら戦う事は不可能だ。レーダー内にSUSを捉えた場合、戦うよりも離脱を優先させる事が大事だ。三十六計逃げるにしかず、だ。

「接舷、完了しました」
「よし、急ぎ修理作業に入れ。それと、もしものためだ、緊急転移の座標を固定。及び〈メリーアン〉にも早期に乗組員が移乗できるよう、伝えてくれ」
「了解!」

修理班が〈メリーアン〉へと移乗する様子を、スクリーンで確認するクロノはある不安感に苛まれていた。今の状態をSUSに狙われたらどうするか……だ。
あまり考えたくはないが、遭遇する可能性も低いと見ている。それにクロノの担当する空間ポイントは、他の艦艇と比べて本局との距離は近い方だ。
他の艦隊からも何も連絡してこない様子だ。救援に向かった地球の駆逐艦隊も同様だ。入ってくる通信は、それは遭難した民間船の発見報告。
  遂一二時間程前に、一番遠いポイントを担当していた駆逐艦隊から入ったのだ。やはりエンジン性能は段違いの様だ、と彼は艦長席で腕を組みながら感じた。
次元航行艦ならば、およそ四日の行程が必要に違いない。それを三日以下の時間で到達しえるとは!
  確かに波動エンジンの性能の賜物であろうが、救援に同行したのが何よりも駆逐艦であった事が最大の要因だ。
この艦種が、地球の戦闘艦艇で快速を誇るのだから当然でもある。そして、それを見越して救援に向かわせたマルセフの指示も妥当であった。
今頃は民間船の修理を終え、他の救援艦隊へ向かっている可能性が高い。順調にいけば、なのだが。
  彼は座りながらも、今回起きた原因不明の次元震について考え直してみた。原因は不明とされているが、恐らくは人工的なものだ。
SUSの新兵器か、或いはロストロギアか。または別の考えも浮上してきた。先日に騎士カリム・グラシアが予言したという、予言内容に関するかもしれない。
彼もカリムの予言内容は目にしており、その内容に驚いてはいた。次元震の元がSUSでもロストロギアでもなければ、後はその予言だ。
もしくは、本当に自分の理解力の範疇を超える自然現象か……。

(“天を裂き”……この言葉が、妙に引っかかる。マルセフ提督の言うとおり、予言内容の物が地球に関する事で、さらには地球防衛軍(E・D・F)の増援だとしてだ。彼ら防衛軍は次元空間への転移術を持ち得てはいない。故にここへ来ることは不可能な筈だ)

  だが絶対に来れない、という考え方はできない。地球世界へと転移してしまったらしい〈アムルタート〉が、地球防衛軍の何かと一体化してやって来るかもしれないのだ。
彼はその一体化するという部分に着目した。〈アムルタート〉を始めとする次元航行艦が有する次元転移能力には限度がある。地球防衛軍は〈アムルタート〉一隻で、どうやって援軍をここへ送り込んで来ると言うのだろうか?
艦隊規模――地球で言う七〇隻弱で来るには、あまりにも非現実的だ。まさか単艦で来るという訳でもあるまい。

(それとも、要塞か母艦の様な大型のもので来るとしたら?)

  だがそれに〈アムルタート〉を取り付けたとして、転移できる規模は精々五〇〇メートル前後程。これは丁度〈シヴァ〉を辛うじて含める事が出来る範囲だ。
それ以上の転移となっては……より巨大な次元転移のための強大なエネルギーが必要である。そこまで考えた時だ、彼は思わずハッとなった。
まさか、地球防衛軍は波動エネルギーを使ったのではないか? 魔導炉よりも高エネルギーを出す事が可能な波動エンジンの力を、次元転移の空間拡張のための増強剤として使うならば、ここへ来れる可能性は十分にある。
  ただし、これはあくまで彼の想像でしかない。実際に魔法文明と機械文明の力を使い、次元転移の拡張を成功させる事が出来るのかなどは確信すら持てないのだ。
彼は確信が持てないのだが、もしその破天荒な次元転移が成功したとすれば、今回の様な摩訶不思議とも言える大規模かつ最小限な次元震が発生するのではないか。
ではければ他に考えられないのだ。とすると、だ。地球艦隊の援軍が来ているとすれば、彼らはこちらへ向かって来る筈だ。ここまで考えて彼は以前にも考えた事を思い返す。
  地球防衛軍は〈アムルタート〉と接触しているのなら、時空管理局の事が知られていると考えても不思議ではない。
地球連邦は、マルセフ達がこちらの事情を知った様に、流れ着いた〈アムルタート〉から何らかの情報を引き出して掴んでいるだろう。
だとすれば管理局の不安はますます増加するに違いない。今はマルセフの判断で、管理局に手を貸してくれてはいるが、そこに正式な地球連邦の介入があったらどうなる。
彼は地球連邦政府がマルセフらの様に柔軟な思考力を持つとは断言できなかった。悪くすれば地球連邦と決裂するかもしれず、管理局の情勢は奈落の穴へ落ちる様に悪化する。

(しかし……コレム大佐と東郷提督の話では、地球は危機に晒されている筈だ。あのような予言が出るからには、向こうも移民を完全に終えたと言うのか……)

そう、クロノは勿論のことマルセフ達でさえ、地球の現状を知り得てはいない。そのため、地球艦隊将兵達の大半は、祖国地球がブラックホールに飲み込まれてしまったと思い込んでおり、同時に例の大ウルップ星間国家連合の事さえ気にかかる。
第三次移民船団(アマール・エクスプレス)は本当に成功したのだろうか……またSUSを中心とした連合艦隊に妨害されてはいないだろうか?
  心配の根は、いつまでも彼らの心奥底に根付いていた。そう思い考えていながらも、修理が開始されてから凡そ三〇分が過ぎようとしていた。
今の所は周囲に異常は見受けられていないようだが、修理完了までどれ位かと気になる。

「修理の進行状況はどうか?」
『提督、機関部の被害は思ったよりも深刻ではありません。あと一五分前後で機関部の修理は済みます。通信機器も一〇分以内に終わるとの事です』
「分かった。そのまま作業を続行してくれ。……周囲の状況は?」
「レーダーに反応なし」
「〈メンフィス〉からも異常なしとの報告です」

その報告を聞いてクロノは少しであるが安堵した。修理は順調、周囲にも敵影なし、これならばなんとか〈メリーアン〉を動かせるだろう。だからと言って安心は出来ない。





  八分後のことだ。やや安堵した空気が一変した。艦内に緊張の空気を振りまく若い女性オペレーターの声が、艦橋内へと響いた。

「提督、〈メンフィス〉より入電、『SUS艦隊を捕捉!』」
「何!?」
「こちらのレーダーにも捉えました。本艦より二時方向にいます……数は二隻!」

騒然となった。まさか、こんなところまでに出回って来たのか! しかし、二隻のみという事は先遣隊か、あるいは偵察隊の様なものであろう。
となれば本隊が居てもおかしくはない。レーダーに映るSUS艦艇二隻は、真っ直ぐとこちらへと向かってきていた。向こうではこちら早く、レーダーで捉えていたのだろう。
  如何、このままでは不味い――! クロノは咄嗟に艦内と僚艦に戦闘準備を下令し、次には本局ならびに救助活動中の味方艦隊へと緊急電を打たせる。
本来なら、先ほど命じた様に次元転移して退避すべきだが、〈メリーアン〉の修理状況によっては乗組員収容まで待たなくてはならず、間に合えばギリギリまで踏ん張り修理完了と同時に転移するつもりであった。

「敵艦の予想接触時間を計算しろ!」
「ハイ!」
「修理班、そっちの修理状況はどうだ!?」
『は? あの、どうしたのですか……』

向こうでは未だに周囲の状況が伝わっていないようだった。クロノは説明がまどろっこしく感じるも、単刀直入に修理班チーフへと怒鳴り気味で言い放った。

「敵がこちらへ来ているんだ、早く修理完了時間を知らせっ!!」
『っえ!? あ、はい! 機関部は後八分程で完了します!!』
「艦長、敵の予想接触時間は、およそ七分!」

  間に合わない! ここは修理を待っていられるような状況ではないと咄嗟に判断すると、クロノは修理班に作業中止を命じる。同時に〈メリーアン〉乗組員にも退避を命じた。
SUS接近の報を受けた乗組員達は瞬く間に恐慌状態に陥った。そして我先にと言わんばかりに〈クラウディア〉へと駆け足で向かい始めたのだ。
果たして退避は間に合うだろうか?乗組員ならびに修理班の完全収容までは、およそ六分を要するされた。これでは離脱と砲撃を同時に受けかねない。
  何としてでも時間を稼がねばならなかった。

「F・ガジェットの射出用意急げ! 〈メンフィス〉にも伝えるんだ、急げ!!」
「ハッ!」
「敵到達まで後五分です!!」

オペレーターは、操作卓(コンソール)のディスプレイに表示される予想時間を読み上げる。状況は切迫しているのだ。クロノは搭載していた〈F・ガジェット〉の緊急射出を命じる。
さらに、SUS艦隊の足止めも命じた。搭載してあるのは〈クラウディア〉の二六機、および〈L〉級〈メンフィス〉の一八機、合計四四機だった。
以前の訓練では一〇機も搭載していたか、という程度のものであったが、それは生産ラインが間に合わなった事が原因である。
たったの三メートルくらいしかない〈F・ガジェット〉を搭載しようと思えば、三〇〇メートルもの巨体を誇る〈XV〉級に三〇機近くは余裕で搭載できるの筈なのだ。
  また、次元航行艦には急造して設けられたガジェット用ハンガーがある。内部に搭載させるだけの余裕がない〈LS〉級などはこれを持って艦外へと取り付けている。
クロノが射出を命じて一分後には、搭載している〈F・ガジェット〉の全てが射出を完了させた。

「全機、射出完了しました!」
「よし、全機をSUS艦隊へ向かわせ! 本艦は急ぎ収容を完了せよ!」
「ハッ!」

迎撃指令を受けた四四機の〈F・ガジェット〉は、命令を実行すべく全速力でSUS艦隊へと突撃を開始するが、果たして時間稼ぎになるであろうか。
  クロノの心中は焦りが募る。もし転移が間に合わぬ場合は、応戦するしかない。SUSとは数的には互角の二対二である。
艦船の戦闘能力からしてSUS戦艦の方が圧倒的に上だと言って間違いない。戦闘能力で勝るのだとすれば、それは反応消滅砲(アルカンシェル)のみだ。
他の武装ではSUS戦艦に致命的ダメージを与えるには威力不足。魔法防壁も数分持つかも怪しい所である。
攻撃に備えるべきか、逃げに専念すべきか……迷う時間は許されない。決断を迫られるクロノであったが、肝心の足止めとなる〈F・ガジェット〉は既に交戦空域へと入っていた。
  しかし、SUS戦艦の足行きが止まることは無い。〈F・ガジェット〉の火力では、SUS戦艦の装甲には傷をつける事は不可能に近かった。
やはり、ここは逃げに徹するべきか――!

「艦長、敵艦一隻の速度が落ちました!」
「敵機関部への攻撃に成功したもよう!!」

しめた! SUS戦艦は正面攻撃能力を強化している代わりに後部はがら空きだった。〈F・ガジェット〉はそこへの攻撃を成功させたのだ。チャンスは今しかない。
  クロノはここで最終的な命令を下した。

「このまま離脱に専念する!」

僚艦〈メンフィス〉にも伝える。だが、残るもう一隻のSUS戦艦は逃さんと言わんばかりの権幕で迫りつつある。
そのSUS戦艦に対しても〈F・ガジェット〉は足止めをしようとするが、SUS戦艦は格納式の小型対空機銃を掃射して蹴散らしつつ、射程内へ収めようとしていた。

「艦長、乗組員ならびに修理班の収容、完了しました!!」
「よし、直ぐに発進する。右舷サイド・スラスター全開、〈メリーアン〉から離れるぞ!」
「了解! 左舷スラスター全開、離脱します!!」

  オペレーターからの収容完了を聞き、クロノは直ぐに離脱を命じた。相手の射程はもうまもなくの筈だ。〈クラウディア〉は〈メリーアン〉の左舷側に接舷していた。
それゆえ、SUS戦艦から見れば〈クラウディア〉は〈メリーアン〉の背後にいる形となり、射程を妨害している。
しかし、下手をすれば被弾した〈メリーアン〉の余波を〈クラウディア〉が被る事になり、転移離脱へ大きな支障を来す事になる可能性があった。
〈クラウディア〉のスラスターが稼働し、〈メリアーン〉から離れてゆく。五メートル……一〇メートル……二〇メートル……動きだした巨体は直ぐに波には乗れない。
  この遅さに、もどかしくなるが、およそ三〇メートル離れた時だ。遂にSUS戦艦の砲火が〈メリーアン〉目がけて放たれる。
赤色発光と共に、一六門ものビームが非武装艦たる〈メリーアン〉へ殺到した。

「敵艦、発砲!」
「〈メリーアン〉へ直撃します!」
「総員、対ショック防御態勢を執れぇ!!」

この直後、SUS戦艦の砲撃は〈メリーアン〉を直撃した。二〇〇メートル程の大きさを持つ中型民間船〈メリーアン〉は、右舷側に八発のエネルギー弾を浴びる。
装甲を纏ってもいない民間船では、八発のエネルギー弾に耐えきれる保証は何処にもなく、容易く装甲を貫かれていった。
  その光景は艦橋のスクリーンからでも嫌というほどに見えた。船体を撃ち抜かれた〈メリーアン〉は悲鳴を上げるが如く、声を爆発音に変えて爆沈した。あっという間だ。
〈メリーアン〉の船体は三つに折られてしまい、真っ黒な煙を噴き上げる。その爆沈したときの衝撃波は、また離れ切れていない〈クラウディア〉にも伝わった。

「め、〈メリーアン〉轟沈!」
「くっ……! 転移への影響はないか!?」
「大丈夫です、いけます!」

実際には全くの損傷が無かった訳ではない。なんせ五〇メートルも離れていなかったのだから、全くの無傷の方が不思議であろう。
先の爆沈した余波により、〈クラウディア〉は右舷装甲の三割近くを破片と余波により損傷していたのだ。
  だが幸いに機関部への被弾はなく、転移も無事に行える事が判明した。そして皮肉にも、SUSは自分の砲撃で沈めた〈メリーアン〉の爆沈により照準を狂わらされていた。
再度の照準を捉えるには少しの時間を必要としたが、クロノ達にとってはその僅かな時間で十分であった。
SUSが再び砲撃をしようとする頃には、〈クラウディア〉らの姿は既になく、次元空間用レーダーには無残な姿を晒した〈メリーアン〉の残骸が映るのみであった。



〜〜あとがき〜〜
どうも〜、第三惑星人です!
およそ二週間ぶりの投稿となりまして、遅れてしまい申し訳ないです。
暑さも微妙に続く様ですが、皆様はどうお過ごしでしょうか……?
さて、今回は次元震後の災厄?の対処及びコレム・フェイト、クロノを中心に書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
ここの所中途、中途で書ものですから、話の繋がりがおかしかったりするかもしれません(汗)
四〇話までいったと言うのに……もう少し頑張らねば。

〜拍手リンク〜
[七六]投稿日:二〇一一年〇九月〇四日一八:五一:三一 グレートヤマト
次回は、いよいよ合流ですか?
それともSUSとの戦闘か?
デスラーの参戦も期待したい。

>>書き込みありがとうございます!!
残念ながら合流には至っておりません……おそらく、二〜三話先になる可能性も(汗)
そしてデスラー閣下の参戦ですが……う〜む、本編がらみは難しいと考えますね。

[七七]投稿日:二〇一一年〇九月〇五日一六:五九:四五 山口多聞
 ついにヤマト来るか!?と楽しみにしています。
 声優さんの方についてのコメントがありましたが、ここ最近味のある声優さんが次々と亡くなっているのはいたたまれないことですよね。
 最近では声優という職種自体が以前に比べて変わっているように感じられます。特にアニメと言う枠を超えたアイドル的な立ち位置になってきていますよね。
 それが悪いとは言いませんが、声だけで勝負できるという覚悟、キャラクターに命を吹き込みかけがえない命を創り出す覚悟、少なくともその気概は失わないで欲しいです。

>>感想の書き込みに感謝です!!
ヤマト合流まではもう少しお待ちを……合流までの行程を考察中です。
確かに、声優がアイドル的な立ち位置にとられている、というのはあるかもしれないですね。
山口多聞さんの仰る通り、声優にたいする考えをもう少し深く見てもらうのも重要でしょう。

[七八]投稿日:二〇一一年〇九月〇六日〇:二:二三 EF一二 一
外伝お疲れ様です。
火事場泥棒?にやって来たボラー艦隊を壊滅させたことで、当面の脅威が解消されるとともに、デスラーへの援護射撃にもなったというところでしょうか?
増援部隊が強引に次元転移したことについては、管理局からは不興を買いかねませんが、騒動になったこと以外は被害がなかったのだし、取るものも取りあえず増援に来たわけですから勘弁してちょ!と言うしかないでしょう。
あんな形での転移は多分前例なしなんでしょうが、ヤマトと地球防衛軍に“前例”という言葉は存在しませんからね。
管理局としては度肝を抜かれるしかないでしょう。
ところで、ヤマトが姿を現わしたら、防衛軍の軍人はもとより、はやてやなのはあたりは自然と涙してしまうのではないでしょうか。
「あのフネは反則や。日本人の心の琴線をビンビンに震わせてまうわ」
と(笑)

>>毎回の書き込みに感謝です!!
デスラーは地球へ恩を売る、という事は考えてはいないでしょうが、やはり盟友たる古代への思いがあっての事だと思います。
古代たち増援部隊は間違いなく非難の矛先を向けられますね(笑)まぁ、確かに彼らには前例というものはない状態がありますし、仕方ありませんね。
はやてなら、そう言いかねませんねw 彼女も立派な日本人ですし、なのはも何かしらの感動はあるのではないかとww



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