地獄を見る合図は、妨害電波から始まった。ミッドチルダ地上本部では、本局のSUS発見の報を受けとり騒々しくなったのだが、直後に本局との回線が途絶えてしまったのだ。
地上本部責任者カムネス・フーバー中将は、SUS発見の報から即座に戦闘配備を命じていた。本局狙いであるとはいえ、不安が完全に取り払われてはいなかったのだ。
幕僚長のラグダス・マッカーシー大将は地上本部の中央指令室へ赴き、フーバーと共に事の成り行きを見守っていた。地上部隊の指揮は、概ねフーバーが持っているためだ。
  地上部隊はフーバーの指示を受けて全魔導師達が出撃態勢に移行した。飛行能力を持つ者は飛び立って迎撃できるように、飛行能力皆無の者は降りて来る敵に備えて……。

「〈F・ガジェット〉、待機完了しました!」

加えて無人戦闘機〈F・ガジェット〉も総出撃の準備を整えていた。その数、凡そ四〇〇機程に上るものだが、目標値の六〇〇機から八〇〇機までの生産は達しえなかった。
さらにミッドチルダ郊外に配備された〈アインヘリヤル〉Uも稼働を開始した。運用に問題性はなく、戦闘に参加可能なのは九基のみ。目標の一二基までにはいかなかった。
  マッカーシーは、不十分な状況に、心内で苦言を漏らした。

(この態勢で、奴らと渡り合えるかどうか、怪しいものだぞ)

それでも過去の三基配備を大幅に上回る数だ。J・S事件では不遇に終わった〈アインヘリヤル〉の後継機が、SUSを迎え撃つべくして空中へと狙いを済ませる。
その他にも魔法用戦闘車輌、地球で言うところの戦車が動員されている。本部周辺に三〇輌、〈アインヘリヤルU〉各設置場所に一〇輌づつ、凡そ一二〇輌分が配備されていた。
  今までろくに表舞輌に立った事の無い管理局製の戦車〈ガーゴイルT〉と〈ガーゴイルU〉。T型はJ・S事件時に動員された魔法兵器である。
しかし、〈アインヘリヤル〉の護衛に付くものの、ナンバーズに破壊され活躍の場は全くなかった。その後継機となるU型は今回が初実戦となる。
だからと言って、SUSに対抗出来る可能性は低い。さらに〈T・ガジェット〉およそ三〇〇輌分が、各拠点に配備されていた。
陸上兵器だけで合計すれば、その数およそ四〇〇輌強となる。

(私達が、頑張らないといけない……けど……)

  そう独白する女性――エース・オブ・エースこと高町なのはも、動員された魔導師の中に入っており、その他にシグナムとヴィータもいた。
先日に見た悪夢が、まさかこうも早く実現するとは思ってもみなかった。それだけではない。ここが戦場になってしまうのかと思うと尚更、締め付けられるような思いだった。
彼女の娘であるヴィヴィオは、現在近隣の避難所である教会にいる。本来なら別の世界へ疎開させるなりの処置を施すべきだったのだろうが、時間がなかったのだ。
そして、子供達やその輌親、他の市民達も大勢、避難先として集まっている状態だ。地上本部の中央指令室にアラームが鳴り響いたのは、通信が途絶してから凡そ一〇分後の事。
  無論、この鳴り響くアラームは敵発見の意味だ。

「衛星軌道上に空間歪曲反応! これは……SUS!!」
「同時攻撃に出たか……シールド展開、敵の攻撃に備えよ!」

相手は衛星軌道上、管理局側が手出しできない位置にいる。フーバーはSUSの戦闘艦による艦砲射撃を考慮し、即座に防御態勢を指示した。
軌道上に確認出来たのは大型が二隻、小型が四隻の小艦隊らしい。これはSUS本隊とは別行動を執っていた部隊だ。
〈ガズナ〉級二隻に戦艦八隻の小規模部隊だが、管理局にしてみれば脅威だ。魔導師達も本部あるいは各支部の司令部にて、シールド内部へ退避している。
  だが、このシールドがどこまで持つかわからない。悪くすれば数発で消滅してしまうだろう。そういう事も考えて、魔導師達も直ぐに退避できるよう構えている。
初の殺し合いを演じる事となる魔導師一同は、心なしか震えているようにも見えた。手加減をしないSUSに勝てるか、と考えているのだろう。

(何人、生きて返れるのかな……)

  実戦には殆ど参加したことのない教導生達の前に立ち、高町 なのはは陰鬱な気分に駆られそうになった。自分の教え子を戦場に立たせるのは本来、望むことではないのだ。
立派になっているならまだしも、彼らは半人前であったり、そこそこ一人前に一歩手前であったりと、実力は完全にバラバラだった。その魔導師達がまともに戦えるのか?
そのような心配をよそに、彼女は上空へと視線を向けざるを得なかった。空の一角から突如、赤い色の発光がしたためだ。そして、数秒と待つ事無くして、それは降り注ぐ……。
  一方、地上本部から離れた場所にある、ベルカ自治区の聖王教会大聖堂。此処には多くの市民達が集まっていた。大半が子供であり、親共々不安な表情をしていた。

「あぁ……あれは!」
「管理局は、勝てるのか!?」

避難市民は恐怖に震えていた。SUSが地上本部だけを攻撃するとは限らない。しかし、都市から離れた此処のほうが、比較的狙われにくいのではないか、とされたのだ。
子供以外の都市に住んでいた市民達の大半は、以前より進められていた疎開計画により避難が大方は完了している。それでも安全とは言えなかった。
  大聖堂の広々とした庭、駐車場に溢れかえる避難民。その様子を執務室の窓から眺めやる女性、カリム・グラシアはいつになく不安な表情でいた。
本局がSUSを発見したと言う報告が入ったのは、遂三分ほど前のこと。その後からはすっかり連絡が取れない。恐らく、戦闘に突入したのであろう。
誰が予想できただろうか、管理局の存在を揺るがすこの“戦争”を。誰が予想できただろうか、全管理世界が過去にない規模の戦闘に巻き込まれる事を。
  J・S事件の恐怖を凌駕するこの戦いに、管理局は生き残る事はできるのか? いや、管理局と言うよりも、全人類と言い換えるべきだろうか。
その巻き込まれゆく市民達の事を思うと、心が痛たまれなくなる。ふと、カリムとは別の者が声を掛けた。査察官のヴェロッサ・アコースである。

「全世界がこんな事になるとは、思いもしなかった。これも、試練と言う奴かな」
「それは私にも分かりかねます。人間が必ずしも、このような辛い経験をするのも必要だとは思います。しかし……」

カリムはそこで口を噤んだ。何事も口で言うのは簡単な事だ。しかし、いざそれを経験するとなるとどうだろうか?
多くの者は必ず、理不尽だ、等と不平不満を神にぶつけるだろう。人が大勢死ぬようなことも試練だと言うのなら、なんと悲しいものだろうか。
  そこまで思ったとき、執務室に慌ただしく入ってくる人物がいた。シャッハ・ヌエラである。

「騎士カリム、大変です!」
「どうしました、シャッハ」

余りの必死さにカリムは嫌な予感がした。隣に立つヴェロッサも同様だ。息を整えるまでもなく、シャッハの言った言葉に二人は愕然としてしまった。

「ミッドチルダ地上本部が、SUSの攻撃を受けているとの報告が入りました!」
「!?」
「なんてことだ、SUSは地上へも攻撃を仕掛けて来たのか!」

  カリムは言葉が出なかった。SUSは本気でミッドチルダを落とすつもりなのだろう。となれば、ここもいずれ危険になるのは目に見えている。そうなった時は、どうする?

「……シャッハ、全騎士に迎撃態勢を取るよう、伝達して頂戴。ここも、危なくなるわ」
「分かりました。その時は私も、全力で守り切ります」

J・S事件の時の様な、真剣な眼差しでシャッハは応えた。それに付け加えて、避難民をできるだけ大聖堂内へ入れるようにも指示した。一応、地下シェルターも備えられている。
そこへも移動してもらい、なるべく外に晒さないようにしなければならない。カリムは再び視線を窓へ向け、見える筈もない地上本部のある方角を見つめた。
上空から地上へと降り注ぐ赤い雨。それがここから嫌でも見える。衛星軌道上からの攻撃に、管理局は耐え忍んでいるに違いない……と、あそこにいるなのは達を想像した。

「……皆、どうか無事で……」

それしか、彼女には言えなかった。自分らには自分らのやるべきことがある。SUSの刃がこちらへ向いた時、避難民たちを守り抜くという重要な任務なのだ。





  地上部隊司令本部を中心にして、SUSの艦砲射撃が開始されて一〇分余り。上空から降り注ぐ赤い雨とも言い得ぬものが、地上本部周辺に猛威を存分に振るった。
最初の砲撃時には何とかシールドにより弾くことで、ダメージを軽減させていた。だがシールドの出力は瞬く間に下がっていき、五分が経過した頃には防ぎきれなくなったのだ。
〈ガズナ〉級の高出力砲撃の前に、地上本部のシールドではいつまでも防ぎきれる保証はどこにもなかった。それは、フーバーやラグダスも承知していた。
  そのために、魔導師達には地下深いシェルターに待機させ、砲撃が止むまでの間を耐え忍ばせるしかなかった。その耐えるまでの時間さえ、彼らにとって地獄そのものだ。
シールドが突破され、遂に地上へ直接に着弾する艦砲射撃。その威力は絶大だった。一発の砲撃で地面を大きく揺さぶり、地下の魔導師達にも伝わる。
おもわず天井が崩れてしまうのではないか、と錯覚さえしてしまったものだ。

「Bブロックに被弾!」
「北館、倒壊!!」
「本館最上階、吹き飛びました!!」

本部として聳え立つ建物は、上空からの砲撃で無残に破壊されていく。上層階は木端微塵になり、隣接するビルも中間層から折れて崩れ去る。その衝撃が、地下にも響いた。
  無論、この恐怖は本部だけが味合っているわけではない。ミッドチルダの東部、西部、南部、北部の四方面にある拠点にも、同様の砲撃がなされているのだ。
計五つの拠点に対して、SUSはそれぞれ分散して砲撃を続けている。耐え忍ぶ中、中央指令室に一つ目の凶報が飛び込んだ。

「司令、西部方面司令部との通信途絶!」
「何!?」
「通信設備に被害を受けた模様、さらに被害拡大!!」
「南部方面司令部より連絡、迎撃はまだかと言ってきております!!」
「駄目だ、迎撃に出る事は許さん! 敵が降下して来るまで待つんだ!!」

フーバーは懸命に多方面の出方を抑えた。相手が必ずしも降りてくると言う保証はない。だが、今ここで〈F・ガジェット〉を出しても返り討ちに遭うだけだ、と考えていたのだ。
  しかしこの時、彼が〈F・ガジェット〉の出撃を強行していれば、戦局は大きく変わり得た可能性はあった。SUS奇襲部隊には、艦載機があまり搭載されていなかった。
〈ガズナ〉級には主に陸上制圧のための、多数の戦闘車輌が格納されていた。しかし、艦載機に関しては従来の半数以下にとどまっており、その数およそ一二〇機。
管理局の保有する〈F・ガジェット〉の三分の一にも届かない。残念ながら、フーバーもここまで予想するのは不可能だった。彼は兎に角、耐え忍ぶことを選んだのだ。

「地上施設、六七%が破壊された模様!」
「西部方面司令部、地下シェルターに被害を受けた模様!」

  西部方面地区の管理局施設に降り注ぐ艦砲射撃の一発が、地下シェルターの直上を直撃したという。そこは魔導師達が待機する区画で、死者は三一名、負傷者は四六名に及ぶ。
地下シェルターと言えども、艦砲射撃を耐え凌ぐには今少し強度が足りなかったのだ。その証拠に、今度は南部方面施設のシェルターも二割が崩壊、死者四八名を出した。
どの地上施設も無残に破壊されていく。地下シェルターにいなければ、今頃は崩れ去る瓦礫の下敷きとなっていたかもしれない。

「……? 司令、敵の砲撃が止みました!」
「これで終わる筈が有るまい……。各部隊、被害状況を知らせ!」
『こちらエリアB、負傷者多数、至急救護班の派遣を願います!!』
『こちら第三格納庫、ガジェット二三機が破損しました!』

地下シェルターにいても、その被害は軽視しえぬものだった。確認出来る範囲で死亡した魔導師はおよそ五八名、非魔導師が三九七名に及んだ。
それに各方面の死者数を加算すると、推定で一四〇〇人程の被害を出している。ミッドチルダにはおよそ五万人前後の局員がおり、その三分の二は非魔導師が占めている。

「敵艦隊の反応が増加します……五……一〇……二〇! 小型艦艇の模様!」
「フーバー君、やはり上陸部隊のようだね?」
「そのようです。敵上陸部隊の着地地点を計算せよ! 〈アインヘリヤルU〉、カモフラージュ解除に備えつつ、降りてくる敵部隊に照準合わせ!!」

  〈アインヘリヤルU〉には幾つかの工夫が凝らされていた。姿をそのままさらしていては狙い撃ちにされる事を考慮し、ステルス性能を追加装備させていたのだ。
このステルス性能は、魔導師の使用する幻影と全く同じものだ。〈アインヘリヤルU〉自体が、状況に合わせてカモフラージュして敵をやり過ごす戦法をとった。
だが、肝心なのはこの防衛砲輌がSUSにどこまで通じるかだった。破壊力は以前よりも向上しているのだが、防衛軍から見ればそれは駆逐艦よりも下回る程度なのだ。
  後は実戦しだいによるのだが、果たして……。

「さらに小型の反応を感知しました! おそらく、艦載機ではないかと!!」
「護衛機か……叩くなら今だな。全〈F・ガジェット〉を発進させよ! 攻撃も目標は降下中のSUS軍!!」
「了解、〈F・ガジェット〉、全機発進いたします!!」

幸いにして、〈F・ガジェット〉の発進は可能だった。地下格納庫の小さなゲートが開かれると、〈F・ガジェット〉は瓦礫の山の中から多量に飛び出す。
本部の発進に続き、四つの支部からも無事なガジェットが飛び立っていく。発進できたのはおよそ三〇〇機強といったところで、やはり砲撃の影響は大きかったようだ。
  それでも第二一管理世界の戦闘ように、たったの四〇機未満に比べれば相当数の部隊だと言える。次いでフーバーは魔導師達にも新たなる指示を繰り出した。

「空戦部隊は、F部隊が撃ち漏らした敵を叩け! 砲撃部隊はさらにすり抜けて来る敵を狙い撃て!!」
「上空の敵部隊、F部隊に目標を変更、迎撃に出た模様です!!」

スクリーンに映される無数の赤と青の点。赤がSUS、青が管理局を示している。SUS上陸部隊の護衛機は、上昇して来る迎撃機に反応した。
SUSの揚陸艦部隊もこれに気づき、一時的に効果を中止して再び上昇。制空権が完全になるまで待つつもりの様である。フーバーはこの対応に舌打ちした。
  相手も簡単に撃たれに来てはくれないのだな、と当然のことを呟いた。スクリーンには密集隊形のまま上昇していくF部隊――〈F・ガジェット〉と、後に続く空戦部隊。
その中にはなのはも含まれている。他の魔導師達も今までにない緊張感に包まれつつ、SUS艦載機部隊を撃ち落とすべく上昇していった……が、ここで思わぬ事態が発生した。
なんとSUS艦載機部隊が接触手前で急に反転、上昇し始めたではないか! これは一体何の真似なのか……と考えるのも束の間、フーバーは事の重大さに気づいた。

「如何、空戦部隊を下がらせろ!!」

――もう、遅かった。





「のこのこと出てきおったわ、哀れな人間どもめ」

  衛星軌道上に待機するSUS艦隊の一隻、〈ガズナ〉級支援艦〈バフォメット〉艦橋でうっすらと笑みを浮かべるSUS軍人は、管理局に侮辱の言葉を投げかけた。
彼がミッドチルダ攻略部隊司令官 パグロスト准将。彼はスクリーンに映される戦況パネルを見て、相手が簡単な罠にはまりおって、と小さく呟いた。
SUS艦載機が反転し、離脱を計る。それを追いかけるF・部隊だが、傍から見ればそれは誘い出されているとも見えた。フーバーはこれに気づくのに反応が遅れたのである。
  パグロストは管理局が殴られ続けるままでいる訳がない、と最初から見抜いていた。反抗するならばいつか? それは自分らが降下していく時しかあるまい。
そして案の定、管理局の廃墟同然と化した施設から艦載機らしきものを射出して来た。釣られて魔導師達も出て来たのだ。このチャンスを見逃さなかった。

「艦載機隊、予定空域を離脱」
「よぅし……全艦、砲撃を再開せよ!」

瞬間、〈バフォメット〉と僚艦〈ゴルゴン〉の巨大な砲身および、護衛固艦隊の通常主砲から大小ビーム砲が放たれる。F部隊と魔導師達に向けて……。

「っ! みんな、回避して!!」

空戦部隊を率いる一人、なのはが言えたのはそれだけだった。教え子である教導生たちも、彼女の言葉に反応して回避行動に移ろうとする。だが、行動が遅れた者も大勢いた。
空が赤く光り出す。それは太陽でもなければ、星でもない。SUS艦隊の撃ち放った恐怖の赤い槍だ。これが魔砲の類であるならば、おそらく障壁でも展開していたに違いない。
  降り注ぐのは魔砲ではなく、質量兵器の一環たるビーム兵器だ。青い空を引き裂く一六二本もの赤い槍の束は、空戦部隊とF部隊のど真ん中を貫き走った!

「いやあああぁぁぁ!!」
「うあああぁぁぁ!!」

全員が避けきる事は叶わなかった。離れていてもそのエネルギーと衝撃波だけで、悲鳴を上げながら墜落する多数の魔導師達。そして、三〇機あまりの〈F・ガジェット〉。
なのはは辛うじて回避する事に成功した。だが、他の魔導師達が墜落して行くさまを見て、思わず硬直してしまう。助けなければ、と考えた次の瞬間……。

「高町教官、危ない!!」
「えっ!?」

  一人の教え子が咄嗟に叫ぶ。なのはが声に反応し、反射的にその空域から緊急離脱する。数秒もしない内に、彼女の居た空間へ赤いビームが突き進んでいった。間一髪だ。
それでも安堵はしてられない。そして今度こそ彼女は心臓が止まりかけた。注意を喚起してくれたその教え子が、艦砲射撃の的となり赤い光線の中へ消えていったのだ。
ビームが通過した後に、教え子の姿はない。綺麗さっぱりといなくなっていたのだ。死んだ……死んでしまった! これは彼女への心理的ダメージを一気に増大させた。
  しかし、自分を見失いそうになる彼女に対して、同じく空戦部隊に編入されていたヴィータが、大声でなのはに喝を入れる。

「馬鹿やろぉ! なのは、ボーっとしてる暇があったら他の奴らに指示でも出しやがれぇ!!」
「っ!」

元々口調は荒い騎士だが、現状が現状なだけに、優しい言葉を掛ける暇などある筈もない。なのはもその声に触発されたかのように、意識を戻した。
そして赤い恐怖の雨が燦々と襲い掛かる中、空戦部隊とF部隊は後退命令に従い、散開しながら離脱を開始した。その間にも被害は増大していく。
  散り散りになるようにして後退する彼女らだったが、そこへ容赦ない追撃が掛けられた。一旦引き返したSUS艦載機隊が、再度反転して後方から食らいついたのだ!
魔導師達はSUSの戦闘機を見て戦慄した。その塗装からして、まるで死神にも見えるため、恐怖心を煽られたのだろう。動揺し対応しきれない魔導師達と、F部隊。
F部隊は直ぐに反転迎撃態勢に入ろうとするが、散開していたために各個撃破の的となり果てていった。機関砲が、〈F・ガジェット〉を撃ち落としていく。
  もはやSUS艦載機隊による一方的な蹂躙戦が展開されていた。数こそ上回っている管理局であったものの、罠に誘い込まれたのを皮切りに収拾が付けにくくなってしまった。
各部隊のメンバーさえ、SUS艦載機の追撃を振り切るのに必死になってバラバラになる始末である。中には果敢にSUS戦闘機へ立ち向かおうと、単身で突っ込む魔導師もいた。

「こんのおおおぉ!!」

しかし、それを勇敢と評するべき行動ではなく、単なる無謀として評されるに終わった。撃墜させるのに必死になりすぎた余り、周りが見えていなかったのだ。
誰もそれを指摘する暇など無い。その魔導師は一機目の背後に食らいつく事に成功すると、すかさず砲撃を撃ち込もうとした。
そして、その魔導師自身が別の方角から飛んできた戦闘機の的にされた事に気づいたのは、その身をレーザー機関銃により粉々にされる直後であった。
  司令部でもその無残な光景が否応にも見えている。オペレーター達も身を震わせながらも、被害報告をフーバーへと伝えていく。

「司令、空戦部隊の被害甚大、三割近くがやられました! F部隊も三割が撃ち落された模様!!」
「敵上陸部隊、再度動きあり! 徐々に降下を開始しました!!」
「制空権奪取を見計らってのことか……! 何処に向かっている!!」

空中での殺戮劇が続く中で、SUS上陸部隊は邪魔者の居なくなった空域で再び動きしたのだ。オペレーターの報告によれば、着陸予想地点は都心よりもかなり離れた場所である。
なんせ都心と言うくらいだ、高層ビルや高速道路などが立ち並ぶ中で、揚陸艦が余裕をもって着陸するスペースが無いのだろう。その着陸地点とは……。

「東部方面に向かいつつあります。おそらく、都心郊外の砂漠地帯に降りるのではないかと!」
「……〈アインヘリヤルU〉で狙い撃てるか?」
「残念がら、成層圏ギリギリを航行しているため、狙い撃つのは至難の業かと……」
「それに今発砲すれば、上空のSUS艦隊が見逃す筈がありません」

  そうだ、衛星軌道上にはいまだに艦隊が張り付いているのだ。最初は降下して来るところを狙い撃つつもりであったのだが、相手が惑星軌道上スレスレを飛んでいては無意味だ。
再び艦砲射撃の的とされて破壊されるだけに終わる。ならば、ここはSUS軍をギリギリまで引き付けて、〈アインヘリヤルU〉と陸上部隊で迎撃するしかあるまい。
SUS揚陸艦部隊が陸上に着陸する時まで耐えねばならない。変わって空戦部隊、F部隊は散々たる状況が続いており、F部隊の損害率は四〇%超過しつつあった。
魔導師達の空戦部隊も、全体の四割に上る被害を受けつつあった。しかも、いまだに上空からの艦砲射撃も続いている。散発的ではあるが、恐らく味方を誤射せぬためであろう。





  空中で一歩的な展開を見せている空戦部隊とF部隊だが、辛うじて部隊ごとに行動出来ている者達もチラホラと見受けられた。なのはも、その内の一部隊だ。
だが砲撃系の魔砲を使いたくても使えない。まったく使えない訳ではないのだが、強力な砲撃を行うとなると、どうしてもその場に留まりチャージせねばならないのだ。
その代わりに比較的省エネルギー系統のものであれば、飛行しながらの砲撃も可能だ。威力に関しては著しく低下するのがネックではある。

(くぅ……ガジェットのように撃ち落せない!)

なのはは、SUS戦闘機を落とせない事に焦りを募らせていた。以前に戦った〈ガジェット・ドローンU〉型であれば、通常の魔砲でも撃墜は可能であった。
  しかし、相手はそんな無人機とは訳が違う。単なる戦闘機にしても、ガジェットとは違う装甲板を使用しているのが、最大の違いであろう。
加えて機動性も侮れない。〈F・ガジェット〉よりも大型でありながら、その速度、機動を上回っている。そして何よりも、魔力系兵器ではなくレーザー兵器類を搭載している。
そのような物を相手に、バリアジャケットを有する魔導師であろうと、結局は生身の人間に変わりない。それで戦闘機に立ち向かうと言うのも酷な話だ。
  焦るのは彼女だけではない。それに付き従う教え子達も同様だ。不慣れな空中戦に引っ張り出された挙句、無残にも撃ち殺されていく。
そんな同僚達や先輩達を見て落ち着ける筈もないのだ。戦場における死と言うものを今だに知らない若者達にとって、あまりにも残酷すぎる初陣。
そしてこの瞬間にも、彼女らの精神に亀裂を生じさせていくのだ。

「教官、このままでは全滅するだけです!」
(わかってる……わかってるけど!!)

  彼女にはどうしようもなかった。せめて相手に乱れが生じてくれれば、自分達もその間に態勢を整えるなり、撤退するなり出来るのだが……。
そこで考えられる事、それはSUS艦隊への直接攻撃だった。不可能な事ではないのだが、そのためには相当に上昇して距離を詰めねばならない。さらにその場で停止せねばならない。
上昇すれば艦隊から狙い撃ちにされるであろう。姿を晦ましつつ接近してからの砲撃案に、なのはは頭を悩めた。この状況で押し返すには、これしかないのではなか?
  不意に悲鳴が上がる。その声は、なのはに同行していた女性魔導師の声であった。慌てて振り向いたときには、既に遅かった。

(あぁ!!)

  それは別方向から来た戦闘機によって、腹部を撃ち抜かれた女性魔導師が墜ちていく瞬間だ。彼女は血を吐き出しながら、頭から堕ちていく彼女の眼には光が失われていた。
反射的に、はのははその女性魔導師の元へ急降下を掛ける。同行する二人の魔導師もそれについていく。地上より一五〇メートル手前で受け止めると、そのままビルの陰に入る。
撃たれた女性は一〇代半ばといったところだろう。なのはの教え子の一人でもあり、何かと可愛がっていた経緯がある。それだけに、放っては置けなかったのだ。
  しかし、その教え子の呼吸は弱々しいものだった。小さく咳込み、呼吸器に詰まりそうになった赤黒い血液が一緒になって噴き出る。
なのははしっかりと抱きしめるが、教え子は何を言いたそうに口を開く。

「た……たす……け……」
「しっかり! 今、メディカルセンターに……!」

と言いかけた時には、教え子は首をぐったりとさせてしまった。瞬間、なのはは目を見開かせる。死んでしまった、また一人……。永遠に開かれる事のない瞼に、手を当てる。

「きょ、教官……」

他の教え子二人も言葉を発しえない。目の前で死にゆく同期生を見て、動揺しないのが無理だろうか。なのはは震える腕で教え子を地に降ろした。
  そして、数秒だけ目を閉じて黙とうをささげると、後ろに立つ教え子に向き直った。

「二人とも……全力で、いくよ……!」
「っ! は、ハイ!!」

彼女の眼には怒りと悲しみ、双方が混ざったような光を放っていた。教え子も二人もその気迫に呑まれる。この人は、怒りそのものを纏っているようだ、とも捉えられた。
なのはの白いバリアジャケットは、教え子抱きかかえた時に血がついて赤く染まっている。ロングスカートと、上着ジャケットに転々と染まる赤い斑点。
  エース・オブ・エースと異名を取る彼女だが、裏での異名は全く事なっている。犯罪者達に恐れられた彼女が付けられた異名、それは“管理局の白い悪魔”であった。
今の彼女は、白い悪魔というよりも、鬼神と例えられるのではないか、と後に生き残った教え子がそう語っていると言う……。
  方や東部方面で新たな局面に入ろうとしていた。それはSUS揚陸艦部隊の降ろしたSUS地上戦車部隊と、管理局の〈アインヘリヤルU〉および戦車部隊、〈T・ガジェット〉部隊、魔導師編成による陸上部隊・砲撃部隊による大規模戦闘である。
指揮車となるSUS陸上戦艦一〇輌に、SUS自走砲五〇輌、さらにSUS対空戦車二〇輌、計八〇輌のSUS戦車部隊。これが左翼、右翼の二手に分かれて進軍していく。
対する管理局東部方面戦力は〈アインヘリヤルU〉が二基、戦車二〇輌、〈T・ガジェット〉二〇体、魔導師およそ一四〇名前後。これも二手に分かれて待ち構えている状態だ。
  そしてこれらを指揮しているのは、東部方面地区司令エルビン・ローメル准将。陸でも数少ない戦闘のプロと称される魔導師で、年齢も三八歳と若い高級指揮官である。

「敵陸上部隊、二手に分かれて進軍を開始しました!」
「ふむ。カモフラージュはまだ解いてはならん。合図があるまで待つのだ。それよりも……上空はどうなのだ?」

これから始まる戦闘を前にして、ローメルは上空で繰り広げられている戦闘が気がかりになっていた。オペレーターの言うところでは、やや戦況が持ち直しているとのこと。
そうでなくては困るのだ、とローメルは心内でつぶやく。幾ら初の殺し合いになるとしても、いつまでも同様ばかりされていては、魔導師は役立たずに終わる。
管理局としての存続意義が危ぶまれるのだ……いや、既に危ないと言った方が正しい。しかも、この戦いが境目となる。彼はそんな事を思いながら改めてスクリーンを見た。

「北部と南部からの増援はどのくらいで到着するか?」
「戦車の脚を考慮致しますと……三〇分から四五分は掛かるかと」

飛行ならあっという間だろう。だが生憎車輌系ではそうもいかない。しかもキャタピラ、地形は砂漠だ。
  だがローメルはこれを考慮し、SUS揚陸艦部隊が成層圏内で東部方面へ移動しているのがわかった時点で、本部に増援要請をしていたのである。
ただしこれは一種の博打に近いものだ。もしも彼の読みが外れていれば、がら空きとなった北部あるいは南部から攻められていたかもしれない。
そして案の定と言うべきか、SUSは東部方面へと降りたった。戦力数から見て、こちらが不利だ。増援が到着したとしても、数で圧倒することはできないだろう。

「もしも突破されたら、後は本部へ一直線だ。市街地戦は避けたいが……」

  無理な話に決まっている。それに市街地の住民も完璧に非難が完了している訳ではない。“あくまで大方”が避難出来ているだけだ。まだ残っている市民もいる。
それに関しては、救助隊チームが中心となって避難誘導を行っている。一般市民を巻き込みたくはない。ここは全力で食い止め、望み薄ながら本局からの増援を待つしかない。
そして最前線になる郊外では、陣を張って待ち構える地上部隊の姿がある。敵から姿を隠すために、幻影を使ったカモフラージュを行って姿を消していた。
  だたし、砲撃すればカモフラージュの意味はなさない。後は熾烈な陸上戦が繰り広げられるだけ。勝敗はもう運任せに等しい。勝てたら奇跡だ、と呟く局員もいる。

「……一佐、敵を目視いたしました!」
「よし、司令部の指示あるまで、絶対に発砲するなよ?」

一佐と呼ばれた三四歳の男性局員が厳命を下す。彼は東部方面所属で本戦闘の現場指揮官を任命された、ケルスキー・ビットマン一佐。現場主義の魔導師である。

「うまい具合に行けば、我々と交戦直後に、増援が来るんだがな……。俺達の頑張り次第か」
「射程圏内に入ります!」
「まだだ、まだだぞ!」

砂煙を巻き上げながら進軍するSUS戦車部隊の大群。近づくにつれてその姿がハッキリとなる。赤と黒のカラーリングをした不気味な集団が、刻々と迫ってくるのだ。
魔導師達もその異様に圧巻された。きっと、あれが第二一管理世界をやったに違いない。と断言するビットマン。そして次第に距離は有効射程の域に入り始める。
まだ攻撃許可は来ない。こことは別の部隊も、何とか我慢しているようだ。カモフラージュがバレやしないか、と内心で焦るビットマン。
  魔導師達は所定の位置についている。最初の一撃で相当数を削れれば良いのだが、どこまで通用してくれるか分からない。一般魔導師の砲撃で怯んでくれるだろか?
全員があのエース級の魔砲を使えるのならば、この戦いは端から優位に立てた事だろう。そして魔導戦車〈ガーゴイルT〉型と〈ガーゴイルU〉型は、正直言って頼りない。
見た目からして、SUSの戦車の方が頑丈そうに見え、かつ主砲の威力も桁違いなのでは、と思わせるに充分だ。SUSの砲撃に耐えきる事は不可能であろう。

「一佐! 司令部より砲撃許可が下りました!!」
「よし、初撃行くぞ! 〈アインヘリヤルU〉、撃てぇ!!!!」

陸上戦闘の火ぶたは、〈アインヘリヤルU〉の砲撃によって落とされたのである……。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
すっかり冷え込みました。皆さん、体調を崩さぬよう、気を付けましょう!
さて、今回は二度目となる陸上戦闘です。……が、あまりシリアスに掛けたような気分ではないです。
もう少し血糊を多くした方が、地獄絵図っぽいですかね? しかし、あまり残酷すぎるのも借なので……。
それと、ここに書きました管理局の戦車について。知っている方であれば、「あ、そんなのあったかもね」の程度で済むかもしれません。
私自身、管理局に戦車なる物があるとは先日まで知り得ませんでした。それを知ったのは、〈アインヘリヤル〉関係の画像を探していた折に、とある個人サイト様が掲載していたワンシーンカットに、その戦車らしきものを発見いたしました。
そしてもう一つ。ミッドチルダ地上本部に配属されている魔導師ってどれくらいの規模なのか、まったくもって見当が付きません。
艦船に関してはああも設定いたしましたが、さすがに人口設定やらは……どこまでが現実的か分かりませんでした。
もしも、ミッドチルダの魔導師配備数などをご存知の方がいらっしゃいましたら、掲示板に気軽に書いて頂ければ幸いです。
では、ここまでに致しまして、失礼します!

〜拍手リンク〜
[九六]投稿日:二〇一一年一一月一九日一九:六:一四 F二二Jラプター
今回も面白かったです。
ミッドが戦場に・・・一瞬、管理局を混乱させるためSUSが放った偽電とも考えましたが・・・続きが気になって仕方ありません。
しかし、古代の指揮のはすごいですね! リン・パオ、アッシュビー、ヤンに並ぶのではないでしょうか(戦法もどことなく似てるような)。
あと御存じかもしれませんが、地球防衛軍の正式名称は「地球星間防衛軍」のようです。wiki情報ですが。

>>書き込みありがとうございます!
毎回楽しく読んで頂いているようで、嬉しく思います!
古代の指揮能力にかんしては、あれくらいがいいかなと思いました。
実は戦法に関して、銀河英雄伝説から結構引用させていただいております。
地球防衛軍の正式名称に関して……いや、実は知らなかったです(汗)←オイ

[九七]投稿日:二〇一一年一一月二〇日一五:三五:五 試製橘花
更新お疲れ様です。
操艦レクチャーがどのような物だったのかはまだ分かりませんが初回にして成功させてしまう辺りルキノの操艦センスや能力が高いものである事を示していますね。
そしてキンガー提督が......。派閥こそ違えど同じ管理局の同士、それが死ぬ事を防げないのは心に傷を与えてしまうかもしれませんね。
次回も期待しております。

>>毎回のコメント、ありがとうございます!
ルキノに関しましては、どうしても艦船を動かすための最適キャラとして、彼女しかいなかったのです。
フェイトあたりにやらせてみても良かったかな、と思いましたが。
キンガー氏には、ここでご退場とさせていただきました。
この後もどれ程の退場者が出る事やら……。

[九八]投稿日:二〇一一年一一月二一日一七:五四:五九 ヤマシロ
本局や次元航行部隊に大損害なところにミッドチルダ襲撃。
泣きっ面に蜂どころじゃ、ないですね。
……本当に大丈夫でしょうか、管理局は。
まぁ、今まで「自分達より強大な勢力」への対抗策を
想定しなかったつけが、一気に来てしまったんでしょうが。
それに比べれば地球防衛軍は、むしろ自分達より強大な勢力と
しか戦っていないような。

>>コメント感謝です!!
管理局はまさに崖っぷちです。生き残れるかどうかさえ怪しい状況、はてさて……。
確かに管理局は、自分より強大な敵と当たった事が無いようですからね。
対して地球は……仕方ないですね、勢力図的な状況で言うとw

[九九]投稿日:二〇一一年一一月二二日一八:一三:五九 グレートヤマト
戦闘シーンはハラハラしながら読ませてもらいました。
ヤハリ、なのはさんの安否が気になる。
第九七管理外世界にまでSUS侵攻しないよね?
それと、復活篇DC版、予約開始されてますよ。

>>コメントありがとうございます!
このような文章で、ハラハラして頂けるとは!
しかし、もっと改良のよちありですかね?
なのはは……どうなるでしょうか。
DC版とやら、暇があれば見てみたいと思います。



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