本局と地上本部の激戦から、一ヶ月を過ぎている。SUSは今だに動きを見せず、不気味な程に静まり返っていた。平穏とは言い難いが、静かなのは気分的にも助かる。
市民の間ではいつ始まるかも分からない再侵攻に怯えている様子だ。それも以前よりはかなり緩和されている。なぜなら、今や防衛軍は市民の心の拠り所となっているからだ。
先日、マルセフは管理世界全般に約束した。必ずSUSの侵攻を食い止めて平和を確立させると。この言葉を信じて市民の大半は、始まったばかりの戦争時代を耐え抜いていた。

「あれから一ヵ月と二週間か……静かなものだな」

  そう呟くのは、顔の右頬に傷跡を残し、深緑(モス・グリーン)のジャケットとスラックス、そして軍帽に身を包んだ男――陸上部隊司令の古野間である。
移動中のため、彼は付き添いの者と共に、車の後部座席に乗っていた。

「そうですね。このまま平穏が続いてくれれば良いのですが」

呟きに答えたのは、隣に座る付き添いの人物だ。焦げ茶色(ダーク・ブラウン)の髪をした二九歳の軍人。彼は、古野間の副官を務めるメイトリック・キャンベル中佐である。
  だが何故、彼らはまだこの星にいるのだろうか……いや、彼らだけではない。彼の指揮する部隊の大半は、ミッドチルダに駐留している状態が続いていた。
ミッドチルダの復興支援を終えて、次に司令部から出された命令は次のようなものだった。

「古野間少将に命じる。管理局の再編された陸上部隊の訓練を行い、練度を上げるべし」

普段ならこんな役目は、教導部隊にでも任せるべきだがそんなものはこの世界に持ち込んでいない。だが管理局の地上部隊は、次元航行部隊と同じく貧弱だ。
  特に戦闘車両はSUSの兵器群に全く以て対抗できなかった事は大問題である。古野間はその戦闘ぶりを直接見た事があった訳ではない。
彼は地上本部司令部に残されていた記録映像から、管理局製の戦車〈ガーゴイル〉T型とU型の戦闘模様を確認した。
映像に残された戦闘は、古野間にとって思い出したくもない過去を思い浮かべるものだ。奇襲攻撃で機先を制され戦闘準備すら行う間もなく全滅させられたのだ。
  古野間は首都防衛のために迎撃の指揮を執ったが、予想以上の速攻の前にどうする事も出来なかった。まともに戦えず次々と死んでいく戦友達。
その光景を見て、彼は無力感に苛まれた。一時は絶望に捕らわれそうになるものの、その後は残存兵を率いてパルチザンを結成する。
地上任務でいた北野等と共に、デザリアム地上軍を巻き返しにはかった。正攻法ではなくゲリラ戦術で相手を疲弊させ、時には策謀に陥って壊滅の危機に瀕したこともある。
  それでもなお、古野間や周りにいる兵士、民間人、そして救出した藤堂 兵九朗元帥、総参謀長の芹沢 虎鉄(せりざわ こてつ)大将らは諦めなかった。

(今思えば、空間騎兵隊は、何故か正攻法で勝ったためしがないな。と言うよりも、機先を制されると持ち堪えられず敗北してきた方が圧倒的だな)

それに加えて、地上部隊が真面に正面同士で戦ったことがないのだ。やっと真面に戦えたと言えば、遂最近のアマール首都防衛線の時である。
避難民である地球人を守らねばならない都合上、地球防衛軍の地上部隊は独自に反撃を開始した。アマールのパスカル将軍からは手出し無用と言われたが、従えなかった。
SUSの攻撃は間違いなく地球人避難地区にも及んでいたためだ。断固としてSUS戦車部隊を通さず、防衛軍の一新された主力戦車隊と歩兵部隊は鉄壁の防御陣を築いた。
戦力比からしても、地球とSUSは三:五といった所だろう。にも拘らず、彼らはSUSの攻勢を受け止め、退けてしまった。

(早いとこ、奴さん(管理局)にも立ち直ってもらわないとな)

  精神的なもの以外に、戦力としても、である。管理局も自分らぐらいの戦闘力は持ってもらいたい。そこで、管理局はこの一ヶ月近い間で新兵器の提案をだした。
試作戦車を出すまでに至っていた。その戦闘車両とは、防衛軍の支援を基にして開発されているもので、従来の戦車よりも三割増しにはなるであろう。という技術者の見込みだ。
古野間は以前に、次元航行部隊では新型艦船の開発を行っているという話を聞いていた。それに僅かに遅れるようにして、今度は地上部隊が動き始めたのだ。
〈海〉では戦闘艦を、〈陸〉では戦闘車両を、それぞれ開発する。それもこれも、防衛軍の協力あってこそだ。
  その最大の功労者となるのが、他でもない、レーグ少佐だった。

(ここで少佐の知識技術がこれ程までに役に立つとはな……さすが、機械仕掛けの国は伊達じゃないか)

彼は管理局技術者と協力して、戦闘艦の建造計画に関わった。同じ技術者であるマリエルは、彼の能力に大変感心した。その噂が、忽ちに〈陸〉へも伝わったのだ。
レーグは軍人と科学者の両面を持つ人物だ。他の者よりも豊富な知識を持ち、それはあの真田局長にも並ぶかもしれないと言われている。
そんな彼の技術面のアドバイスを基に、管理局は助力を受けながらも新しい戦力を持とうと必死になった。防衛軍の協力なくば、SUSに対抗するのは不可能。
  こうまで言う技術者がいるのだ。いや、それだけではない。戦車乗りとして激戦を生き抜いた一人、ヴィットマン一佐。彼も協力すべきだと言う人間だった。

「技術者だけじゃない、上層部も、俺たち局員のことをもっと考えるべきだ」

勝てない車両に乗って、無駄死にするのは御免である。局員としての誇るもあるのだが、無駄死にだけは避けたかったのだ。この意見は、上司であるローメルにも伝わった。
結果として、ローメル准将の発言の後押しにより、新型車両開発への道のりが短縮されたと言っても過言ではない。これで真面な戦いができるだろう、と多少は安堵したという。
  だが完成までは時間が必要だった。それまでの間にどうするか、という問題に対しては古野間が解決策を見出した。それが、残存する車両を使った模擬選である。
性能は以前のままだが、訓練用としては十分だ。そこで、この車両を用いて実戦形式の模擬訓練を行うのだという。これも良い経験になることは間違いない。
ただし、古野間も手を抜く気はさらさらなかった。あの本局近海でやった艦隊模擬選の如く、厳しい戦闘をしてきたのだ。そして彼は模擬戦闘で、ある熱意を感じた。
誰しもが実戦を味わったことのない、外見ばかりの戦車のりばかりと思っていた節もある。だが、先のローメルやヴィットマン等の指揮官は違う。
大勢の部下を預かる身として、彼らは徹底的に拙い部分を洗い出してくる。その情熱と向上ぶりには、古野間も舌を巻いたほどだった。





「……閣下、到着しました」
「ん、そうか」

  彼の乗る車両の運転手が声をかけた。どうやら目的地に到着したようだ。古野間らが降り立った目の前には、聖王教会大聖堂の門へ通じる階段がある。
いつ見ても、この景色は飽きないかもな。階段を上りつつ周りの景色を眺めやる。絶壁の合間に建つ大聖堂には、やはり神秘的な何かを感じるようだった。
だがそれも思わず、自分の柄ではないなと心の中で苦笑した。故郷でもこれほど美しい景観を目にすることは無かった。見るのは機能的な首都建造物ばかりだ。
  やがて階段を上り切り、入口の門をくぐる。そこには二名ほどの魔導師がおり、それは管理局の者ではなく教会の騎士であることが伺えた。

地球防衛軍(E・D・F) 第六空間機甲旅団司令の古野間 卓だ」
「副官のメイトリック・キャンベルです」
「……どうぞ、お入りください」

普段なら門の前に騎士を配置することは無かったという。これも、SUSの来襲が関係しているのは間違いない。外部の者に敏感になっているのだろう。
  だがそれだけが問題ではない。ここ最近になって、ミッドチルダ首都クラナガン内のザンクト・ヒルデ魔法学校の生徒達を、ここ大聖堂へと移動させたと言うのだ。
あまりにも大胆な疎開政策であったが、妥当な計画でもある。大聖堂は魔法学校に負けず劣らずの広い建築物のため、大勢の子供を迎える事も可能だった。
戦火となりえる首都方面よりは、安全には違いないだろう。事実、SUSは大聖堂には目もくれず、首都へ進撃を行ったのだ。
  だからこそ、この対策が採用されたのだろうが、大量の子供及び避難民を入れる大聖堂を、騎士達だけで守り抜くというのは正直な話、キツイものがあった。
そこで、大聖堂にも守備隊を配置させるのはどうか。あくまでメインは魔導師達になるだろうが、SUSの戦車に対抗しえる武力も欲しいところだ。
  だが第六空間機甲旅団から戦力を裂くとしても、配置どころが難しい。先も言ったように、大聖堂は崖の合間に聳え建っている。
そこに戦車を展開しうる余裕はなかった。下手をすると、身動きが取れないまま撃破されかねない。
それに、SUSの攻撃を誘う様なものでもある。そこで今回、古野間は大聖堂の最高管理者でもある、カリムに相談をしに来たのだ。
  身分証明を完了させ、中庭へと足を進めた古野間とキャンベルを待っていたのはシャッハだった。彼らが目の前に来るなり、一礼をして迎えた。

「お待ちしておりました」
「こちらこそ、出迎えていただいて恐縮です」

シャッハに案内され、大聖堂内部へと入る古野間とキャンベル。地球にもこんな建築物があったものだ、と視線だけをあちらこちらへと回すキャンベル。
今では無きに等しいもので、詳しい資料も半数が損失している。だが、先日の文化交流会では、管理局から様々な文化データを受け取ったという。
管理局も必死なのだろう、とキャンベルは相手の内部を推察した。取り分け防衛軍にはマイナスな話ではなかっただけ、良かったというべきかもしれない。
  間もなく、会談相手である騎士カリムのもとへ着く頃だろう、と思っていた時だ。幼い少女の声が、彼らの足を止めさせた。

「古野間のおじさん!」
「ん? おぉ、この間の嬢ちゃんか」

振り向いた視線の先には、黄色に近い金髪のロングヘアーに緑色と赤色の瞳をした、見た目が七歳程の少女がいた。古野間にはその少女が誰であったか記憶にある。
隣にいるキャンベルも、少女の顔を覚えていた。そうだ、確かこの子供は……。そうだ、ヴィヴィオ、と言っていたな。

「久しぶりだな、嬢ちゃん。元気にしているか?」
「うん!」

普段の軍人らしさは何処へやら、古野間は寄ってきたヴィヴィオの目線に合わせるべく、片膝を立ててしゃがみ込んだ。
  どこで知り合ったかと言えば、それは半月程間に遡る。戦場となった首都クラナガンの瓦礫撤去が終わり見せたころになって、例の魔法学校生徒の大移動が始まった。
戦闘時は避難先として選ばれていた大聖堂が、緊急の学校替わりとなったことで、古野間も現場の視察に出かけたのだが、その時に出会ったのだ。
まだ慣れていないのか、大聖堂内で迷子になった少女と偶然居合わせた古野間とキャンベル。その後、ヴィヴィオを探していたであろう、ディードとオットーが見つけに来たが。

「今度は、迷子になっている訳じゃないだろうな?」
「そんな事ないもん!」
「ハハ、そうかそうか。そりゃよかった」
「……閣下」

口を出しづらそうな表情のキャンベルに気づいた古野間は、コクリと頷いた。そしてシャッハも、ヴィヴィオに戻るように注意する。少女はやや残念そうな表情だ。
  すると丁度、ヴィヴィオを探していた人物が姿を現した。以前と同じ、ディードとオットーの二人組であったのだが、今回はさらに二人の幼い少女もいた。
どうやらヴィヴィオの友達らしい。見つけるなり、何処へ行ってたの! 等と心配した様子である。と此処で思ったが、結局は迷子になっていたのと変わらないのではないか?
次に追い付いたオットーとディード。少女が無事なのを確認するなり、ディードが口を開いた。

「探しましたよ、陛下」
「ごめんなさい……けど、“陛下”って呼ばないで!」

ディードが心配そうに言うのに対して、ヴィヴィオも反省した様子で謝る。素直な子供だ、と思うのも束の間、陛下という呼ばれ方を拒絶した。
以前もそうだったが何故か、この二人は少女の事を“陛下”と呼んでいる。彼らはまだ、その理由を知らない。露骨に嫌な表情をする少女に聞くのも、酷なことであろう。
少女の声に淡々として応える二人の女性。なんだか複雑そうな間柄だ。古野間達から離れていく三人の少女と二人のシスターを眺めやってから、三人は再び歩き始めた。
  途中、やはり先の様子が気になった古野間は、シャッハに気になったことを尋ねた。

「お二人は、J・S事件をご存知ですか?」

J・S事件……はて、そういえばそんな事件があったな。古野間はマルセフ達とは違い、この世界事情を詳しく把握はしていない。事件に関しても名前を知っているに過ぎない。
二人が知らないのなら、と彼女は手短に説明した。あの幼い少女が教会信仰の対象“聖王”の末裔であること、その力を悪しき者に利用され、世界に危機を持たらしたこと。
要するに、JS事件における重要なキーパーソンであったことだろう。世界が違うとはいえ力を求めるあまり、道を踏み外す輩が後を絶たないのはどこも同じか……。
古野間の嫌悪はキャンベルにも伝わった。その狂気の科学者とやらも、行き過ぎている。マッド・サイエンティストとは、よく言ったものだ。





  目的の部屋には直ぐに到着した。部屋に入るなり、例の女性――カリムが待っていた。

「お待ちしておりました、古野間少将」
「こちらこそ、お忙しい中に失礼いたします。騎士カリム」

敬意を持って騎士カリムと呼び、挨拶をする古野間。挨拶もそこそこすると、カリムは古野間とキャンベルに席を勧める。
古野間が先に座ってから、副官のキャンベルも古野間の隣に腰を下ろして座った。席に着くなり、古野間は本題に入る。

「まずは、そちらの状況を教えて頂けますか?」
「分かりました」

  現在、大聖堂には魔法学校の生徒である三〇〇〇人近い子供が疎開してきている。これらこれらの他にも、教会を頼って集まってくる人も大勢いるという。
そんな中でカリムは、教会内の騎士全員に交代制で警備を強化させていた。だが彼らだけでは守り抜くのに限界がある。
SUSとの陸上戦で判明したことであるが、SUS自走砲や対空戦闘車両、大型指揮戦闘車は、それぞれが対魔法防御の措置を施していた。
  A・M・F(アンチ・マギリンク・フィールド)は、魔導師にとって厄介この上ない妨害術である。高ランク魔導師でさえ、本来の力を出す事が叶わないとさえ言われている。
これでは幾らなんでも、腕の立つ騎士達が集まろうと無駄な事だ。そこで、魔力に頼らない、質量兵器を有する防衛軍らの力添えという事だった。

「マルセフ総司令からも、教会に対する守りを固めてほしい、と命を受けています。しかし……」
「しかし?」

  一呼吸置いてから、古野間は説明した。守備隊を置くにしても大兵力はまず望めないこと。あまり過剰に配置しては敵を誘い込む結果になる事。
さらには地形の関係から、戦車の配備は相当難しいであろうという事。これらの問題点を掲げた。それらを一つ一つ確認して頷くカリム。

「これらを考慮すると、我が戦力から引き抜けるのは、一個戦車分隊並びに兵員一個小隊が限度です」

そう言いながらも、隣に座っていたキャンベルがカリムに資料を手渡した。彼女はそれに目を通す。古野間が提案した兵力は、戦車二両に歩兵が六〇名というものだった。
兵装は携帯式の対戦車用ランチャー、迫撃砲、携帯式の対空ミサイル誘導弾、レーザー突撃銃、手榴弾……等々。一個小隊でも、それなりの力はある。
  そして古野間は、この大聖堂の立地場所からして、防御には適していると説明する。時間稼ぎ程度なら、この兵力でも可能であると言うのだ。
後はクラナガンに配備される〈コスモパルサー〉五機が駆けつけ、SUS戦車部隊を上空から叩くという工程になる。だが、それでも五機だけでは数が足りない。
そこを補うべく、管理局も〈F・ガジェット〉の改良型を開発、増産の一歩手前にまで来ている。これもまた、SUS戦闘機にはやや劣るものの、以前よりは余程マシになった。
数さえ揃えば渡り合う事も可能であると、開発部は語っている。その自信は、先日に行われたという、模擬戦闘から来ているのだろう。
  ここまで説明を終えた辺りで、オットーがトレイに紅茶を入れたティーカップを持って現れた。気配りの効く女性だな、とキャンベルは思う。

「本当なら、子供達のいる教会で戦闘なんてものは、御免被りたいものだが……」
「えぇ、まったくですね。……本当に」

何処か遠いものを見るような目で、古野間は語る。それに頷くカリムもまた、子供が戦争に巻き込まれるのを嫌っていたが、今の管理局を見ると今更だとも思い知らされる。
かのエース・オブ・エースらは、一〇歳未満でありながらも管理局に協力している例が存在する。他にも例を挙げれば、暇がないものだった。
そのことを考えると、目の前に座る古野間とキャンベルも、同様に管理局の制度を毛嫌いしているのではないか。カリムはふと、そのような事を考えてしまった。





「クロノ・ハラオウン、参りました!」
「入りたまえ」

  クロノは第二拠点の幕僚長の執務室へと来ていた。一日前に母親のリンディから、幕僚長のもとへ出頭するようにとの辞令を受けていたためだ。
そして彼の目の前にいるのは、次元航行部隊の総司令たるジョセフ・レーニッツ大将である。いつもと変わらぬ、穏やかな印象だ。一体、どんな要件なのか。
やや緊張した様子で室内に入り、デスクを挟んでレーニッツの前まで近づいた。すると、彼は立ち上がり、デスクに置いてあったA4サイズほどの用紙を両手に持った。
  そしてその紙に記載してある内容を、クロノに聞こえるよう、はっきりとした口調で読み上げた。

「クロノ・ハラオウン提督、――貴官を第一機動部隊司令、及び旗艦〈アースラ〉艦長に任ず」
「……!?」

突然の辞令に彼は面食らった。今は、レーニッツ提督は何と言ったのだ? 機動部隊という存在もさることながら、旗艦となる艦名には大いに聞き覚えがあった。
言われた言葉を理解するのに、ほんの数秒時間を要した。それに対してレーニッツは微笑している。こうなる事ぐらい予想済みであったようだ。
それもそうであろう、辞令の内容は直接言い渡される前に、事前に連絡されるものなのだから。

「貴官が驚くのも無理はない。これは、機密事項なのでな」
「機密……では、その機動部隊と言うのは?」

機動部隊と言う部隊編成は初めて耳にした。

「貴官は、つい先日に完成を見た〈デバイス〉級は知っておろう?」
「はい、存しておりますが……」

  クロノもそのことであれば知っていた。スリーパー事件で乗っ取られ、その後は模擬戦で飛び回っていたとか。
通称『D計画』と呼ばれている、この新兵器開発計画には、実は別の狙いもあったのだという。
それは〈デバイス〉を搭載・運用するための母艦と、護衛艦船の建造である。これらで構成し、編成したものが第一機動部隊だ。局員内部でも知る者はあまりいない。
  ただし、計画者の筆頭である、八神 はやては無論、総司令のマルセフなどは知っていた。新兵器を機密事項にしたがるのも、分からない訳ではない。
〈デバイス〉を始めとした新兵器は、いわば管理局の切り札となる存在だ。無闇やたらにメディアへ報じてしまえば、それがSUSにも知れ渡る可能性も否定できない。

「もっとも、艦隊自体は完成していない。各艦の微調整やチェックも考慮しすると、遅くとも一週間後には完了する予定だ」

そう言って、第一機動部隊編成表なる資料をクロノに手渡した。彼が乗る事となる〈アースラ〉は、〈SX〉級次元航行艦を改装したものであることが分かった。
元々この〈アースラ〉は、建造途中にあった〈ラハウェイ〉を大改造したものだ。正式には〈Z〉級一番艦〈アースラ〉となる。
 五〇メートルの〈デバイス〉級を八機も搭載できる能力を有している。他にも〈XV〉級を改装した母艦があり、こちらは四機を搭載。
〈L〉級を改装した母艦は二機を搭載している。全て纏めれば二〇機の〈デバイス〉を搭載した、文字通りの機動部隊だ。
さらには、これら母艦の護衛を担う〈LS〉級の改装艦が六隻付くことになる。
  しかし、これらの艦船には波動エンジンはまだ搭載されていない。理由は難しくなく、これら次元航行艦船は波動エンジンを搭載するような設計をしていないからだ。
時間が切迫していることも相まって、あくまで〈デバイス〉級の運用のために改装を施されていた。その代りにと、次元航行部隊の技術部陣は新式魔導炉の搭載を決定した。
従来の魔導炉よりも三割増しの出力は出せるもので、兵装に関しても威力向上に繋がった。それでも防衛軍からみれば、やっとこさ駆逐艦の小口径砲なみであったが……。

「一番の要は、〈デバイス〉そのものにある。パイロットも揃えつつあるが、君の指揮能力によっては大いに威力を発揮してくれる筈だ」
「責任重大、という事ですね」

クロノは緊張した表情で呟いた。管理局の将来を左右するであろう、この新設された機動部隊。全部で一一隻、クロノにしてみればこれでも大艦隊と呼べる代物であった。
  だが疑問も残る。それは、彼が今まで指揮してきた〈クラウディア〉をどうするのかだ。彼が〈クラウディア〉から〈アースラ〉へ移る以上、後任の艦長が問題になる。

「〈クラウディア〉及び第六艦隊は、ジェリク・ジャルク提督が引き継ぐ事になる」
「ジャルク提督が……」

クロノが指揮していた〈クラウディア〉及び、僚艦三隻〈メンフィス〉〈スキールニル〉〈エーシュリッヒ・エンチェン〉らもジャルクの指揮下に移る予定という事だ。
ジャルクは提督としての手腕は悪くない。以前は相手がSUSであったために、壊滅という結果を招いたに過ぎないのだ。それに、彼が経験した事も大きな価値がある。

「我が次元航行部隊は、この第一機動部隊をきっかけに、防衛軍の技術を導入した艦船を就役させることになっている」
「つまり、これらの艦船を増産していくのですか?」
「いや、少し違うな……。貴官が指揮するのは、あくまで機動部隊を構成するための造られた艦船だ。それとは別に設計されたものが、今もなお建造中だ」

  レーニッツが言う通り、次元航行部隊は防衛軍の波動エンジン技術を用いた艦船の建造を始めていた。それらは〈デバイス〉級の運用を想定していはいないものだ。
代わりに新型ガジェットを大量に搭載できる様に設計されたもので、基本構造は〈XV〉〈L〉〈LS〉の三タイプを中心としている。
ただし、これらが建造されるまでに、上層部内での激しい議論の応酬があったのは、予想するのに難しくはない。質量兵器を自らが使用するというのか、と反発したのだ。
  それに対してリンディ、レティらも反論した。このままでは、管理局は形ばかりの戦力とも言えない集団と化してしまう。それでは防衛軍の足手まといにしかならない。

「今、彼らの技術を導入しなくて、SUSに対抗しうる方法でもあると言うのか!」

こう言われて、有効手段を提案できる者などいなかったのだ。さらには地上部隊でさえ、フーバー中将が質量兵器導入を強く推進している。
  対して、断固として拒んでいたマッカーシーも、はやての説得に同意した。そして〈デバイス〉級が開発されるのと同時に、地上でも新兵器開発の動きを強めたのだ。
その証拠として、防衛軍の技術を導入した新型魔導戦車が登場し始めている。それに後れぬためにも、リンディやレティらが他の上層部の人間を説得して回ったのだ。
彼女らの結果が、第一機動部隊と言う形で現れたのである。
  だが注意しなければならないのは、管理局製波動エンジンはあくまで航行用として装備されることにある。つまり、防衛軍が使用している陽電子衝撃砲(ショック・カノン)は使用できない。
使用できないのだが、代用として先の新型魔導炉も搭載される。波動エンジンと魔導炉のハイブリッド艦となるのだ。
波動エンジンは航行用と使われる他、防衛軍の装備する電磁幕用のエネルギーにも回されることになる。
  一方で新型魔導炉は、転移するためは勿論のこと、反応消滅砲(アルカンシェル)対艦魔導砲(アウグスト)、通常魔砲、障壁に全て回す事になり、エネルギー負担を少しでも和らげている。

「本当なら、第一機動部隊にも波動エンジンを付ける予定もあったのだが……母艦の完成を急いだのでな。そこは、我慢してもらいたい」
「いえ、それでも充分です」

因みに、大問題になったのは〈デバイス〉級の位置付けだ。明らかに管理法違反の質量兵器を満載しているので言い逃れのしようもない。
  そこでマリエルとレーグは掟破りな論法を展開してみせた。これは人である魔導師が直接使用するのではない。
彼らの有する“デバイス専有の武装”という、無理も甚だしいこじ付けに基づいて、許可がなされたのである。
簡単に言えば、デバイス自身が質量兵器の使用を禁じられている項目は存在しない、という法律上の隙間を見つけたに過ぎないのだ。
こればかりは多くの局員――主に強硬派のみならず、穏健派なども呆れ返ったと言う。





「それとだ、君に会わせておきたい人物がいる」
「私に?」
「うむ。副司令官及び、〈アースラ〉副艦長と参謀だよ」

  副艦長と参謀? 今までの経験からして、そのような役職は存在しなかった筈だが……。それはまるで、防衛軍の内部人事を参考にしたようなものではないか。
クロノの予想は正しかった。以前のグリフィス・ロウラン陸准尉が提出した、防衛軍の軍隊組織に関するレポートを参考にして、新たに設けられた人事だった。
今までは艦長と艦隊司令官を兼任したとしても、艦隊自体の数が少なく艦長個人の判断でも十分だと、今までの上層部は考えていたのだ。
  だが今回のような大規模な数を率いた艦隊戦を行うとなると、個人だけの判断だけでは艦隊指揮と艦の運用に大きな障害を生じる事になりかねない。
そこで、艦隊司令と艦長を兼任する者に、補佐を付けようという考えに至ったのだ。尤も、参謀と言うよりは補佐官と言う方が正しいかもしれないが。
果たして誰が来るのだろうか、と疑問に思うクロノを余所にして、レーニッツは通信端末に触れた。

「私だ。オフィスに来てもらいたい」

ディスプレイには顔は表示されていない。音声のみの様で、それが余計に彼の緊張を増した。いったい、誰が来るというのだろうか……?
数秒して、レーニッツのオフィスに目的の人物が入って来た。クロノはその顔を見るなり、驚愕した。

「「失礼します!」」

  入って来たのは三人だ。一人は四五歳のやや細身のある男性、白髪をオールバックに纏めて口髭を生やしていた。その男性から名乗りを上げた。

「第一機動部隊副司令官を拝命しました、ゼヴィル・ランスバッハ一佐です」

彼の名は前に聞いていた事がある。艦船運用の技量は、他の提督勢の追随を許さないと言わしめている人物だ。
ただし、彼は平常時においては物腰が静かななため、目前のレーニッツに並ぶ地味さを演出しているとも聞く。
  二人目は三四歳の男性、青みがかった黒の短髪に中性的な顔立ちをしている青年である。

「〈アースラ〉副艦長を拝命しました、クルト・バッフェ二佐です!」

バッフェに関しても、ランスバッハと同様に初めて顔を合わせる。そして三人目は女性だ。しかもクロノが良く知る人物……それが……。

「ハラオウン提督の参謀を拝命しました、八神 はやて二佐です!」

八神 はやて、その人であった。彼女に対しの驚きが一番大きかった。その証拠に、目の前のはやてはクスリ、と微笑んでいるよう思える。
してやられた……という言葉がしっくりくる様な気がする。まさか、彼女までもが第一機動部隊のメンバーだったとは思いもよらなかった。
  だが、よくよく考えれば、はやてだけに限らない。義妹であるフェイトも『D計画』に携わっていたのだ。しかもパイロットとして、である。
それを考えれば、はやても入ってくるであろうことは、考えるに難しくはなかったかもしれない。唖然とばかりしてもいられない。
クロノは三人の幕僚メンバーに返礼する。

「第一機動部隊を拝命した、クロノ・ハラオウン准将です。よろしくお願いします」
「……というわけだ、諸君。防衛軍の支援もあって編成された新部隊だ。初めてづくしかもしれんが、お互いに協力して頑張ってくれ」
「「ハッ!!」」



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
最近はどうも自然災害が頻発しているようですね。竜巻被害は驚きました。異常気象か、これから夏に従って増えるとか……不安になります。
 そして私はつい最近、指を包丁でサクッと切ってしまうという失態をやらかしましたw
大学生一人生活で、そことなく調理をしてきた訳ですが、実家で夕食の手伝いにキャベツの千切り中に左手人差し指の第二関節付近を切りました。
初めてでしたね、調理で指を切るというのは……。一,五センチほど切った挙句、ショックで貧血でぶっ倒れました(私もそうなるとは思わなんだw)。
血が出た時は案外冷静でした。『あ、血が出た。絆創膏取って』みたいな感じでしたが、数秒後には頭から足先まで血の気が引くのが分かりました。
ついで、視界がボヤケ、足も力はいらず……気付は台所の床に仰向けに倒れていたという……本当、倒れるまでの記憶がなかったですね。
母親に『ドタ、て大きな音がしたけど!?』と言われて……。いやぁ、貧血ってこういうのを言うんだな、て思いました。
 そして同時に、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーは、こんな感じで意識が遠のいて亡くなったのだろうか、と考えたりもしました。
病院で三針縫った後、今は外見状は治りました。内部はまだの様で、曲げないようにしてますが……。
皆さんも、包丁で調理するときはくれぐれもお気をつけてくださいませ。


……と、前ふり長くなりました。今回は珍しく(?)古野間とクロノの視点で話を進めていきました。
まぁ、語ろうにも語り尽くせない部分も多いわけでして……このお2人にスポットライトが行きました。
聖王教会大聖堂の周辺の地形に関しましては、ネットの画像でアサリまくって、推測したにすぎませぬ(汗)。
よって、戦車の配置しにくい地形かどうかは、定かではありません……。
加えて古野間の制服に関する説明ですが、これは殆ど自作設定に等しいです。
なんせ復活編では空間騎兵隊の名前さえ出てきませんからね、戦車や兵装、服装など分かりようもないんです(汗)。
モデルは一応、陸自の制服から来てます。だからグリーン系統なんですがねw
では、次回までお待ちくださいませ。



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