外伝『見えぬ支え』


  時空管理局と地球連邦防衛軍、他国の連合軍が復興に従事しているのと同じく、天の川銀河の地球でも似たような状態――即ち疲弊した戦力の拡充を図っていた。
こちらは次元空間側と違い、既に無人の戦艦4隻、巡洋艦7隻、駆逐艦12隻と、有人の戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻の計30隻が就役していた。
防衛軍としては無人艦隊の再編も必要ではあるが、旗艦となるべき艦――有人仕様の戦艦建造を何よりも最優先したのだ。
  現在は無人艦隊のコントロール調整の為に、有人戦艦2隻が無人仕様艦を率いてテスト航海を行っている最中でもあった。
テスト航海とはいうものの、数ヶ月も続ける予定も余力もない。短期間において予定された航路を通り、さらには小惑星帯(アステロイドベルト)で模擬戦闘を行うのだ。
残るは自立時の行動をチェックすることだった。これらのテストが良好であれば、無人艦隊はすぐにでも正式な艦隊として行動に入れるのである。
  この他にも防衛軍は、様々な艦艇を整備しては直ぐに戦線へ投入している。その1つとして対ボラー戦で参加した多くの旧式艦艇達が挙げられる。
17年から20年近い年月を動き続けた艦艇は、まだまだ役目を終えられそうもなく、体に鞭を打つがごとく警備に専念しているのだ。
その傍らで試験航海を行う無人艦隊と、それを統率する有人艦の混合艦隊がいる。これらは纏めて第1無人艦隊として編成されているが、まだ半分にも達していない。
正規の艦隊規模数は、現時点で70隻弱と定められている。今建造中の艦艇を合わせてもまだ8割程度しかないのだ。
いち早く正規艦隊の定数を揃える為に、防衛軍の関係者――取り分け工廠で働く技術者たちは突貫で建造は続けている。
こういった事情の中で、今あるだけの艦艇を火星軌道上へ集結した後、艦隊はアステロイドベルトへと足を進めていた。

「司令、無人艦〈B‐1〉から〈B‐4〉、滞りなく運行中です」
「同じく、無人艦〈C‐1〉から〈C‐7〉、〈D‐1〉から〈D‐12〉、全て異常なし」

  無人艦隊を指揮統括しているのはスーパーアンドロメダ級戦艦の改良亜種型として誕生した、エキドナ級無人指揮戦略戦艦 1番艦〈エキドナ〉である。
基本的なスペックはスーパーアンドロメダ級に準じてはいるのだが、無人艦指揮機能の為にサブコンピューターの増設を行いつつ、特に特徴的なのは艦橋上部(塔型レーダーマスト)左右に、巨大なレドームを備え付けている事であり、これが無人艦を指揮する要となっているのだ。
これにより指揮能力は向上した結果となるが、あくまでも試験的な意味合いで造られた戦艦であり、建造完了までの浪費時間やコストなどを検証される。
さらにテスト航海で得られたデータが今後の建造に反映されるのだ。そのデータ次第ではエキドナ級を正式採用するか、あるいは改良を加えられるかが決まる。
  方やドレッドノート級戦艦を改良して建造されたティアマト級無人指揮戦略戦艦 1番艦〈エキドナ〉も似たり寄ったりだが、主砲1基が削減されていた。
スーパーアンドロメダ級程の艦隊指揮処理能力が備わっていない為、サブコンピューターの増設と索敵機や連絡艇搭載を優先する必要があったが為に、そのスペース確保の代償として第3砲塔を撤去して、通信能力や索敵能力および指揮能力を向上させているのであった。
  エキドナ――神話世界では、テュポーン、ケルベロス、ヒュドラなど数々の神獣を生み出した母親として、その名を残す有名な名前である。無人艦隊という戦う娘や息子達を率いるその姿は、神話の内容に相応のものだろう。
  その1番艦〈エキドナ〉の航行艦橋で、スーパーコンピューターを管理するオペレーターから順調との報告が上がる。
彼らが呼称したB、C、Dとは、それぞれが戦艦(Battleship)巡洋艦(Cruiser)駆逐艦(Destroyer)の頭文字を取って略称されているのだ。

(さて、今の時点で異常がないのは、何よりな事だ)

艦長席に座る、46歳の眼鏡をかけたアメリカ系男性はそう思った。見た目からして冷静沈着を思わせる風貌の軍人である。
  彼は第1無人艦隊司令官 兼 〈エキドナ〉艦長 ラザール・(アヴェスタ)・スプルアンス少将だ。

「これより、小ワープのテストに入る。無人艦隊の動力路の管理調整に注意を払いつつ、予定ポイントでワープ。目標はアステロイドベルト付近」
「了解。無人艦隊のワープ調整に入る」

加速と減速、ある程度の艦隊運動で慣らした後は、波動エンジンによるワープテストだ。人が乗っていない故、外部から管理するしかない。
それだけに不安も隠せないのだが、こういう事に関しては、やはり人の手で直接に管理しておかなければならないのは、昔からのお約束であろう。
  だが、無人艦艇とはいえ、人が乗らなくても自己修復に徹するための対応はしてある。それがAIロボットによる艦内部の整備だ。
かの防衛軍総旗艦であった〈アンドロメダ〉に採用されていた、自動式整備機能(オート・メンテナンス・システム)を、さらに向上化させたようなものである。
戦闘中に被弾、損傷個所を艦のスーパーコンピューターが探知し、必要に応じて整備ロボットを動かして修復作業に取り掛からせるのだ。
  ただし、殆ど補助的なものでしかないことを念頭に入れておかねばならない。幾ら高度なAIとはいえ、人間程の対応能力に優れているというものでもない。

「ワープ準備完了」
「よし‥‥‥全艦、ワープ!」

準備が完了し、艦隊はワープに入った。目的宙域はアステロイドベルト付近で、ここで戦闘の訓練を行うことになる。火星宙域からアステロイドベルトというのは、防衛軍が訓練宙域として最も活用する宙域であり、〈旧ヤマト〉もよくそこで猛訓練を重ねていたものだ。
無数の小惑星の集合体を艦隊として想定し、艦隊による砲撃や艦載機攻撃の演習を行う。されど小惑星、たかが小惑星と舐めてはいけない。
  特に艦載機隊がそうだ。アステロイドベルト内部は、かなり小惑星同士の密度がある。下手をすれば小惑星に衝突し、命を落とすことさえあるのだ。
防衛軍の優秀なパイロット達は、そんな宙域の中を駆け抜けていき、敵艦と想定した小惑星を避けながらも攻撃し、離脱していく。
ただ今回は無人艦隊だけで、攻撃隊となる艦載機隊はごく少数に限られる。それに艦載機があったとしても、それに応じたパイロットを確保できていないのが実情だ。
今の無人艦隊あるのは〈エキドナ〉に搭載している攻撃機24機と、〈ティアマト〉に搭載している索敵機2機の計26機なのだ。
  訓練予定として、艦載機隊の先制攻撃から始まる。 数は少ないのは致し方ない。艦載機隊は仮想敵艦隊に一撃を加えて艦隊側へと誘導する。
その間、無人艦隊は接近する敵艦隊へ先制打を与える準備を済ます。有効射程にないこそすれ、そこで偵察機の出番となる。
敵艦隊の位置を逐一報告、それに応じて遠巻きから砲撃を開始。まずは偵察機からのデータで無人艦と有人艦が、どれ程の成果を上げられるかを試すつもりだ。
命中率から様子を見て、命中度が優れなければ接近を開始し有効射程で迎撃を試みる。優れていればそのまま超長距離射撃を続行、後に中・近距離に接近する。
因みに砲撃時は模擬用エネルギー弾を使用する事となっており、予め多数の小惑星に設置されている標的マーク目がけて砲撃する事となる。

「ワープ完了。到着予想宙域との誤差は0.4、想定内」
「ワープは異常なしか。では、次に戦闘訓練に入る。全艦、戦闘配備につけ!」
「了解。全艦、戦闘配備につけ! 繰り返す、戦闘配備につけ!」
「無人艦隊、戦闘態勢へ移行させます。戦闘システムへのリンクに、異常認めず」

  スプルアンスの命令通り、艦隊は即座に戦闘準備に入った。この切り替えは無人艦側の方が早く、有人艦もそれに負けじと配置につく。
通常は旗艦〈エキドナ〉1隻で無人艦隊を遠隔操作する事となるのだが、場合よっては副旗艦〈ティアマト〉にも指揮分譲してもらうこともあり得た。
やがて攻撃機彩雲が格納庫から飛び立ち、先制攻撃のために向かって行く。その後ろを、偵察機が追いかけ、より情報の掴みやすい位置へと着く。
  〈彩雲〉攻撃隊は、見るからに重武装の艦載機だ。大型対艦ビーム砲を主翼の上下に8門装備し、厚い装甲を纏う戦艦にダメージを与えるものである。
アステロイドベルトに突入するや否や、艦載機隊は次々と小惑星を狙い撃ちにしていく。高速で動き回り、小惑星を避け、標的へと攻撃していく姿は、歴戦の証だ。
とはいっても、ベテランと称するパイロットは10名もいない。残るはまだまだ経験の浅いヒヨッコである。重い機体を辛うじて操っているようだ。
  その様子は艦橋でギリギリ確認できていた。この様子では、まだまだ熟練となるまでに時間が必要だ。スプルアンスは、艦載機のみならず、無人艦隊も一刻も早く真面に戦えるようにせねばならない、という頭の痛む思いにあった。

「司令、攻撃隊は離脱。間もなく、超長距離砲撃に移行します」
「偵察機とのデータリングを開始」

偵察機は重要な役目を負っている。新米であるパイロットは、必死に観測データを〈エキドナ〉へ転送し続けていた。
とはいえ、有効射程外からの砲撃は早々に上手くいくものではないのだが、それでも、やって損はない。もしも敵の届かない距離で砲撃できるならば、それを存分に発揮できるようにしようではないか。
途端、スプルアンスの号令が響き渡った。





  同じ頃、地球では防衛軍と連邦政府が今後の方針について会議を行っていた。今の課題は、兎に角も戦力の増強にある。次の課題が、管理局への対応だ。
戦力に関しては、先の無人艦隊計画が進行中につき、概ね順調というところではある。艦隊再建会議において、防衛軍と政府組の間で取り決められたのは次の通り。
無人3個艦隊 210隻前後――1個艦隊につき、有人艦12隻前後、無人艦58隻前後を揃える。加えて壊滅した主力艦隊を年度中に2個艦隊分を揃える。
その他、各警備艦隊やパトロール艦隊の配備を行うことになる。再編が完了次第、各艦隊は太陽系、α星系、アルデバラン星系等に配属され、守りを固めるのだ。
  SUSやボラー連邦戦で真面に残った第9主力艦隊、臨時編成した第10、第11艦隊は、いまだアルデバラン星系に留まっている状態であった。
そこへもう1ヶ月もしない内に、第1無人艦隊が到着する予定だ。

操り人形(マリオネット)が何処までやれるかな?」

  無人艦隊をそう評したのは第9艦隊司令官のジェーコフだ。決して無人艦を毛嫌いしているつもりはないが、やはりあくまでも補助的なものとして見ているようだ。
有人仕様艦を増やしても、人が増えねばどうにもならない。以前から変わらぬ悩みの種だ。オートとマニュアル、程よく織り交ぜねばならない。
  その悩みを現に抱えている1人――水谷大将は、人材不足に苛まれながらも、とりあえずは戦力の頭数を揃えることが急務だと判断していた。
とはいえ、無人艦ばかりでは不安も残る。現在の戦力は700隻規模とそれなりではあるのだが、太陽系を始めとする他星系への警備体制も考えれば心許ない。
だからこそ無人艦の導入も止むを得ないのだ。さらに科学局の真田からも、その豊富な科学知識から助言を得ながら再建を行っているのだ。
  水谷は今、木星の衛星ガニメデに建設されている基地にいる。ここに係留中の〈ブルーノア〉の状況を視察するためである。

(‥‥‥17、18年前に比べれば、マシ(・・)なものではあるがな)

ドッグへ向かう中で、彼は現状を振り返る。以前は数百隻規模の艦艇を維持しえるなど、夢の様な話だったからだ。
それこそ、ガトランティス戦役の時の防衛軍は、嘘の様な再建ぶりである。が、連戦する戦争に疲弊し、防衛軍も保有する戦力に余裕が無くなっていたのだ。

「長官、到着いたしました」
「そうか」

  思考に潜り込んでいた水谷に、護衛の兵士が到着を告げる。カードキーを差し込んで自動ドアを開けると、その視線の先に青き巨人はいた。
先の戦闘で大破していた〈ブルーノア〉は、見事に復活を果たしていたのだ。綺麗な装甲版が輝くその姿に、水谷も感嘆とする。

「ほぅ、見事なものだな」
「お褒めに預かり、光栄の至りです。長官」

そう言ったのは、顔の眉間にホクロがある35歳の日本人男性――坂東 平次(ばんとう へいじ)技術中佐。〈旧ヤマト〉乗組員で、技術班の一員として活躍していた経緯がある。
その彼が、現在ではガニメデ基地における整備部隊のチーフを務め、〈ブルーノア〉を始めとする戦闘艦艇の修理・整備を指揮しているのだった。

「おぅ、中佐。真田君譲りの腕っぷしのようだね」
「そんな事はありませんよ。真田先輩には、まだまだ届きません」
「謙遜せずともいいさ。で、他の艦艇はどうなっているかね?」
「はい、〈ブルーノア〉は全体の9割を修理させました。十分に動けますよ。〈ブルーアース〉も順調に換装作業が続いております」

  これまでブルーノア級戦闘空母は2隻が表舞台に姿を見せていたが、実は裏で別の艦がもう1隻だけ動いていたのだ。
それがブルーノア級戦闘空母 3番艦〈ブルーアース〉と呼ばれる艦である。つまりは〈ブルーノア〉級は3隻も建造されていた事になるのだ。
そこで浮かび上がる疑問は、これほどの巨大戦艦があるにも関わらず、何故、護衛艦隊の旗艦として参加しえなかったのか、というものであろう。
  この艦が戦闘艦として造られるのは予定通りだったが、その建造を終えて就航するまでに、移民計画までに就航が間に合わないという結果が出てしまった為だ。
そこで上層部は急遽予定を変更。3番艦を戦闘艦として建造するのではなく、政府要人の面々が集まり、指示を出す為の特殊仕様艦へと建造する路線を定めたのだ。
日本風に言うなれば“動く首相官邸”、アメリカ風に言うなれば“動くホワイトハウス”のようなものだ。今までにない、異例の宇宙艦の建造が決定された。
これにより〈ブルーアース〉は主砲、副砲、ミサイルの換装を撤回あるいは中止されたが、波動砲だけはそのままとなっており、代わりに射出口を密閉した。
さらにブルーノア級の特徴でもある、艦舷側に取り付けられているデルタ型の巨大な翼は、大胆に撤去されてしまった。時間を優先した為だと技術者は言うが。
  カスケード・ブラックホールの到着後、政府要人や民間人を乗せた〈ブルーアース〉は太陽系に残る市民を救助する予定だった。
しかし、〈ヤマト〉の活躍によってその必要がなくなった。冥王星、土星は消えてしまったものの、もはや太陽系を出る必要は無くなった訳だ。
そこで防衛軍幹部は、この〈ブルーアース〉を大至急改装する事を計画した。政府要人専用ではなく、完全な戦闘艦として大改装を施す事になったのだ。

「1週間以内には、ドックから出られるでしょう」

  改装中の〈ブルーアース〉専用ドックを眺めやりながら、現場責任者の坂東は答えた。基が戦闘艦だけに、武装の追加はそれ程に難しいことでもない。
砲塔が設置される位置には土台となるターレットが元々あて、そこに被せた防護カバーを取り払えば良いことだった。
問題は両舷にデルタ翼を取り付けるかだ。これは建造中に取り付けが中止された為、追加しようにもそれなりの改装が必要となり、手間も掛かってしまう。
そこで取り付けは断念、艦内部に載機数を搭載させることとなり、その数は42機。スーパーアンドロメダ級戦艦2隻分の艦載能力を有している。

「ボラーの動きが無いとはいえ、なるべく早いうちに戦線へ復帰させねばな」

就航までは今少し時間を要する、というのが現場の見解だった。完成すれば純粋な戦艦としての性能は、姉妹艦と同等で地球随一のものとなる。
  そして、防衛軍が〈ヤマト〉再建と次期戦闘艦へバックアップの為に建造した、波動実験艦〈武蔵(ムサシ)。これはタキオン粒子を多面に渡り応用した艦だ。
船体の外見はほぼ〈ヤマト〉と同じ。違うのはブリッジが展望式のような、広々としたものになっていること、実験艦ゆえに主砲が搭載されていないこと。
しかし、この危機を乗り越えた今、実験艦を再利用して戦闘艦に変える計画も出された。戦力欠乏の今、古くても、実験艦でも、数が欲しいのだ。

「〈ムサシ〉の設計基は、戦艦たる〈ヤマト〉ですからね。艦体への防御は十分ですが、艦橋への防御は不安を残すところです」
「そこは、波動防壁で賄うしかあるまい。いまさら艦橋を取り換える事など出来まい」
「仰る通りですな。それでも、戦闘艦としては申し分ないですよ。〈ヤマト〉の妹にしては、やや歪ですが、きっと期待に応えます」

  坂東の言うとおり、〈ヤマト〉よりも艦橋部分が割合を占める〈ムサシ〉だが、主砲48cm砲9門、副砲20.5cm砲6門と搭載出来るのだ。
戦闘能力は概ね互角と言って良いだろう。後は、運用者の腕次第、というとこである。

「引き続き、頼むよ。早いところ、再建を果たさないと、我々は苦しい立場に追い込まれる」
「了解しました。短時間で、航海が出来るようにしますよ」





  このように全力を持って戦力増強にあたる地球と同じくして、時空管理局もまた例の新型艦建造計画を八神 はやて指導の許で着々と進めていた。
防衛軍や他国艦隊の航路確保、あるいは第6無人管理世界からの材提供も可能となり、戦闘艦艇建造の為の資材には事欠かなかったのは安堵すべきものである。
それも防衛軍戦闘機〈コスモパルサー〉で加算すると、凡そ400機分もの資材量となり、これは予定の新造艦を50隻近くは建造できることを意味していた。
この確保した資材量には、周りの局員達の目を引くことになったのは必然であった。どうすればそれだけの資材を確保できるのか‥‥‥これが狸の本領か。
等と意地悪くも言われていたのだ。この噂話や揶揄は、立ちどころに彼女の元へ入る事となったが、当人は複雑な表情をするなり、かなり落ち込んだという。
  この資材は、管理局運用部の長であるレティの配慮、そしてマルセフからの配慮がある。無駄使いは許されないが、早期に新型艦を戦線投入してもらいたいとの、マルセフからの要請があってこそだとも言えた。
本来なら防衛軍として、管理局の内部へ配慮する必要性はあまりない。寧ろ今建造中の無人艦艇の方に力を注ぐべきであろう。それでも、と彼は言うのであった。
はやては、マルセフの支援を感謝しつつ、開発部担当となったマリエルに建造の急務を伝え、作業段階を大幅にペースアップさせた。
以前に艦隊用転移装置建造の代価として、貸与された波動エンジン設計図を利用したコピー品を試作し、新型艦のフレーム等も順調に造り上げていった。
  しかし、ここで彼女らの計画は一端頓挫してしまうことになる。

「エンジンの出力が上がらない、やて? 何故や‥‥‥」

次元航行部隊第2拠点の第6教導団専用ルームに居るはやて。彼女はシャーリィから報告を受けて戸惑っていた。それは、例の試作波動エンジンの試運転状況だった。
形としても、エンジンとしてもきちんと機能はしていたというのだが、本来の防衛軍が叩き出しているような、出力レベルまで届くことがないのだ。
技術的には管理局でも複製が可能という事実は、管理局ならず防衛軍まで安堵させていた。
  ところが、この出力不足という問題から先に進めない事態になったのである。

「あ‥‥‥その、出力が上がらないのではなく、波動エネルギーの変換効率が上がらないんです。管理局製の変換機を使用してはいるのですが、どうしても想定の半分程しか‥‥‥。やはり管理局の技術では、防衛軍の紛い物(デッドコピー)しか作れないのでしょうか?」

マリエルのプチ(・・)弟子でもあるシャーリーは、シュンとした表情で述べた。現場のマリエルも良くやってくれているのだが、それが結果に出てくれていない。
かの防衛軍の素体となった旧国連軍でさえも、従来の核融合炉における機関技術が手一杯で、ショックカノンすら満足に撃てない状態であった。
それが約20年前にイスカンダルからの技術供与を受けてようやく次元波動機関を完成させるに至ったが、一方でエンジンの耐久性に関わる問題も浮上した。
あまりにも膨大なエネルギー量の為に、初ワープ時では外壁とエンジンに支障をきたしてしまったのである。
  しかし、管理局ではその前の段階で躓いている有様である。はやては、マリエルが纏めたデータ報告書を手に取り、内部のデータを見比べ始めた。

(はっきり言うなら‥‥‥悪くないんやけどな)

これだけの出力があれば、次元航行艦のメインエンジンとして使えるくらいなのだ‥‥‥が、それでも足りないのだ。
どないしたもんか、とはやては困った表情のまま「マリーは?」と尋ねる。

「えぇと、マリエルさんなら‥‥‥」

シャリオが言うには、3時間ほど前に〈トレーダー〉のドックへ行ったらしい。
恐らくはレーグのもとへ行ってくるつもりなのだろう。防衛軍でも有数の頭脳と言わしめる彼しか、マリエルの尋ねる理由がない。

「これ以上。レーグ少佐に迷惑掛けるのもなぁ‥‥‥」

どうしてこうも次から次へと難問が出てくるのか。はやては天井を見上げながら溜息をついた。だがこの後、思いもよらぬ形で問題が解決することとなる。
  開発部区画において、彼女らとは別に研究・開発に明け暮れる技術者。とりわけ、はやての取り仕切る新型艦建造に関わる開発部は、皆ひっきりなしだ。
船体設計部、エンジン開発部、兵装開発部、と幾つか存在している。その中の兵装開発部において、今また新型の実弾兵器開発が行われている。

「ふむ‥‥‥この配列ならどうだ?」

工作室から試験室へその物体が運ばれて来る。そして、雷管が接続され爆発試験が行われる。防衛軍でも波動カートリッジと呼ばれるエネルギー封入弾が使われているが、どうやら管理局世界の資源を使っても、防衛軍と同じものを作れそうな塩梅になってきた。
  だが管理局の面々にすれば、初の実弾兵器の開発だ。今までに例が無いとはいえ、各管理世界のデータを引っ張り出して参考にしつつも開発を続けてきたのだ。

「悪くない。これで4つ‥‥‥実施試験で1つぐらいは当たりが出るだろう。姉として、もう1つ2つ欲しいところだが、贅沢を言えばきりがないか」

胃が悪くなるような、見た目からして十分に濃い色合いの紅茶が入ったティーカップに、小さくも形の良い口を付けながら結果データを反芻する1人の少女。
その見た目からして10代前半程と幼さを残し、だが凛として大人の雰囲気も持ち合わせた、銀髪のロングヘアーの少女――チンク・ナカジマである。
見た目に反して専門用語や大人びた口調、さらには右目に眼帯という出で立ちは、普通の少女とは程遠いものであろう。
  彼女はJS事件に関わる戦闘機人(ナンバーズ)の1人で、その5番目である。事件当時に敗北した彼女とその面々は、共に再構成プログラムを受ける事となった。
後にナカジマ家の一員となり活動を行っていたのだが、遂最近になって管理局技術部への入編要請が届いたのだ。その要請を出したのが、マリエルである。
彼女がチンクを技術部に引き抜いた理由は、その能力にある。 彼女を含む戦闘機人は、それぞれが個別の特殊能力を有していた。
情報処理に特化した者、格闘に特化した者、スパイに特化した者、精密射撃に特化した者等、実に様々だ。
  その中でもチンクが有する特殊な能力。それが――

『金属の爆発物化、さらに物体の精密爆破』


これまた地球で言うところの錬金術に当てはまるであろう能力。その物質を理解し限定的ながら、それを変質させ操る能力‥‥‥技術者として大変に得難いものだ。
だからこそ彼女は、元犯罪者ながらマリエルの直属として技術部に配属されたのだ。
  概ね新型弾頭を作り終えると、デスクに置いてある新型艦の設計行程のチャートを眺めながら、2杯目のカップに手をつける。
ナカジマ家では皆して、カフェイン過剰、渋いだけ、と言って呆れ顔をされるのだが、これ位でないと只の湯ではないか? と少々不満に思う。
無論、紅茶の淹れ方など人様々である故に、止めろとまでは言われない。
  しかし、彼女も時々思う事もある。ナカジマ家の次女たるスバルはどうか? 姉のギンガ程とは言わないまでも、アスリートのようなアグレッシブ体型をしている。
驚くべきは、そんな体であることを差し引いても、常識外の大食漢なのだ。同僚のティアナも、何処に食べた物が入るのだか‥‥‥等と呆れているが、家族となったチンクも当然そう思う1人であった。
  それはさて置き、彼女は別の端末から開発工程の進捗率を示したグラフデータを展開し、その中で波動エンジンの開発に遅れが生じている事に気が付いた。

「作業の進捗は‥‥‥エンジンが進んでないのか。武装は何とかなりそうだが、まさか自分で敵艦まで担いで行くわけにもいかないしな」

やはりエンジンの開発は素直には行かないか。今まで魔導炉に頼り切りだったのも原因かもしれないが、それだけではなさそうだ。
タキオン粒子のエネルギー変換技術を僅か1年で習得し、実用化させた防衛軍には恐れいる事であった。
  それだけ地球はひっ迫した状況にあり、何が何でも物にしてやるという思いもあったのだろう。技術を抑制しすぎた管理局の落ちだな‥‥‥と皮肉を言ってみる。

「ん、いつ間にかメールが来ていたか」

ふと、ディスプレイの端に表示されている、自分宛てに届いていたメールに気が付いた。差出人はマリエルであり、どうやら実験室にいる間に届いていた様だ。
何か急ぎの用でもあるのかと思いながら、彼女はそのメール内容を表示させる。そこにはこう記してあった。

『検体125の資料を持って、〈トレーダー〉に来てください』
「‥‥‥また、余計な事を考えていると、姉は思うのだが」

仕方がないという風にデスクから離れ検体資料とデータを持つ。さて、〈トレーダー〉行きの定期便は有ったかなと妙な事を考えながら、彼女は部屋を後にした。






「で‥‥‥エンジン丸ごと貰ってきた、と?」

  エンジン不調の知らせを受けてから数日の後、はやては第2拠点特別ドックのフロアにて、呆れた表情で目の前にある巨大な代物を眺めながらマリエルに尋ねた。
それは外見はかなり損傷しているように見えるものの、何処から入手したのか分からない、正真正銘の地球製波動エンジンであった。

(こないなもん、一体どうやって持って来たんや、マリー‥‥‥。まさか、防衛具軍からくすねてきた訳でもないやろう?)

あまりにも大胆すぎて次の言葉が出てこない。

「はい。これは防衛軍巡洋艦〈ファランクス〉の波動エンジンになります。先日の戦闘で大破、全損したエンジンの1つです」

〈ファランクス〉‥‥‥あぁ、ティアナやシャーリーが言うてたスタッカート艦長の艦やな。以前の文化交流会で、一度だけ彼女と会話をしたことがあった。
おっとりとした、母性的な雰囲気を醸し出している女性だ、というのが彼女の印象だった。
  ただし、戦闘時には驚くほど雰囲気を変えてしまう、という話だ。未だに彼女はその場面に立ち会ったことがないため、信じられないなという思いだ。
マリエルが言うには、目の前の全損した波動エンジンを報酬にして改装プランを提示する。実際そのままでは使えないのだが、彼女らの欲っしているのは付属のエネルギー変換機だから構わないのではないか、とのことであった。
確かに今必要としているのは変換機のみだ。それさえ完成すれば、今後は自分らで製造を可能とするに違いない。
  だが、これはあまりにも危険な行動であった。 幾ら新型艦を建造する過程で、禁止されていた技術に手を出しているとはいえ、独断専行で破損した波動エンジンを持ち込んでくるなど‥‥‥。

「あんま無茶せんでもええて‥‥‥。責任取るのは私やし、マリエルまで巻き込みとぅない」

有難くて涙が出そうや。でもマリエルわかっとるんか? 上の判断受けずにこんな裏取引バレたら只で済まん、そのままブタ箱行確定やで。
責任取るのは自分だけと覚悟して、このプランに乗ったのだ。
  しかし、このままではマリエルまで類が及ぶ。はやての後悔と焦燥の表情を感じたのかマリエルは笑って首を振る。

「何を言ってるんですか。はやてがこのプランの為に、どれだけ苦労してるか皆も分かってます。だからこそ、何とかしてあげたいんですよ」

少しづつ、彼女の目元に涙が累々と溜まってゆく。さらにマリエルはこんなことも言う。

「きちんと逃げ道は作ってあります」

  それはどういう事なのか。訳を尋ねるはやてに、マリエルは訳を話した。確かにあの波動エンジンは〈ファランクス〉から外されたものである。
無論、状態は“全損”扱いで解体して廃棄処分した、と報告書に書いてあるのだ。それを管理局が買い集め、組み立て直すという予想外なおまけも付けてである。
それは、マリエルや管理局関係の者だけでは到底不可能な事だ。なんせ波動エンジンの持ち主である、防衛軍側の許可も必要となる筈だ。
許可を取らずして偽造したともなれば、それは組織間の関係に溝を作る結果にもなる。
  だが、はやての心配は杞憂に過ぎなかった。手渡されていた報告書を捲る内に、許可証明書と了承証明書で再び目が留まる。
またも彼女は目を見開き、唖然とした。両方の書類には〈ファランクス〉副長レーグ少佐、及び艦長 スタッカート中佐の直筆サインと了承を示す印鑑が押されていた。
驚きはそれに留まらない。〈トレーダー〉管理者のグレン・アダムス准将に加えて、先日に話した古代提督、さらには彼らの直接上司にあたる人物――即ち、マルセフ総司令官のサインまで入ってるではいか!
  報告書は1つのセクションを通過して、了承される訳ではない。軍律としても、やはり下から上までの各長も知っておかねばならないものだ。
それが全て通り、今目の前に形として示されている。

(マルセフ提督まで‥‥‥コレ、ホンマに‥‥‥ホンマに直筆のサインや!)

思わず報告書を持つ両手が震えてしまう。次いで、持っている報告書に水玉がポツリ、ポツリ、と降りかかる。それは、先程まで溜まりに溜まった、はやての涙だ。
溜め込んでいたものが遂に決壊し、言い表せない感謝を代弁しているようでもあった。
  そして、彼女はこうも思った。危ない橋を渡っているのは、自分だけの筈だった。それなのに、まるで周りの人達が崩れそうな橋を支えてくれているようだ。
彼女はその様に感じていたのだ。二佐とはいえ若輩である自分を、ここまで目を掛けてくれる人達。
本当に感謝を一言では言い表せられない。留めなく溢れる涙を拭こうともしないはやて。そんな彼女の肩を、マリエルは優しく抱きしめて言った。

「はやて、貴方は1人じゃない。愛すべき守護騎士達‥‥‥いえ、皆が付いてる。貴女を守ってあげたい、そう思ってるの。だから‥‥‥」

  一端、間を置いてから彼女は続けた。何もかも全てを、1人で背負いこもうとはしないで‥‥‥。その言葉に、はやての心は限界に達し、陰ながらも支えてくれる人達――目の前のマリエルにも向けて、感謝の言葉を呟き続けた。

「ぅ‥‥‥ぁりがとっ‥‥‥ありがとなぁ‥‥‥」

嬉しさと感謝の気持ちで満たされる感情、はやては溢れかえる涙をもはや抑えることは出来なかった。マリエルの肩の中で、彼女は少しだけ泣いていた。
後日、防衛軍の密かな援助もあったおかげで管理局製の波動エンジンが完成した。これで他の部署とも作業が進み、計画されていた新型艦は完成を見る事となる。
しかし、ことは難なく進んでいった訳ではない。完成を見た後にもまた、想定外の事件が起きることなど、計画に関わる人達は考えもしなかった。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
今回は外伝編を投稿させてもらいました。まぁ、主に新兵器開発や戦力拡充についてですが‥‥‥。


つい先日、待望の『宇宙戦艦ヤマト2199』を見てまいりました! いやぁ、よくもここまでやってくれたな、という感じでした。スタッフや監督に感謝です。
思わず涙が出ましたね。CGのシーンは、まだ軽い感じがしていましたが、そこは気にしてません。CGならではの、様々な角度からの描写が出来ていて素晴らしいです。
設定がかなりシッカリとしていて良かったです。特にガミラス側では、冥王星基地のシュルツ、ガンツが2等民族として定められ、シュルツに至っては本国に家族がいるという、かなりシビアな関係のようです。
因みにガミラス語を話していました(声優さんも頑張ってますねw)。日本語訳がご丁寧に付いてますwww
それにしても‥‥‥山南さん、キャラデザが1変w 原作(アニメ)ではかなり老練な軍人風だったのが、楽観主義者でありながらも艦運用が素晴らしいという設定にwww
まぁ、これはこれでよかったです。それに、性別が入れ替わった山本の様子も気になります。
続編が非常〜に楽しみです!


それはそうと、皆さん、ご存じだと思いますが、声優の中でも大ベテランである青野武さんがお亡くなりになられました。
また、声優界から明かりが消えた‥‥‥そんな心境です。今まで宇宙戦艦ヤマトの真田役や、チビまるこの友蔵役、銀河英雄伝説のムライ役、他にも吹き替えでは多くの役を引き受けられておりました。
青野さん演ずる、優しいおじいさん、時にはコミカルな悪役、時には冷静沈着な役、など等、様々なバリエーションの年上キャラを演じられていましたね。
吹き替えなどでは、『ホーム・アローン』の泥棒――ハリーがツボだったりしたのですが。
寂しくなった分、今の若い世代の声優さん、とは言っても知ってるのは水樹奈々さんや田村ゆかりさん、小野大輔さん、岸尾だいすけさん、保志総1郎さん辺りなんですが‥‥‥。
そんな彼らに、声優界を支えていってもらいたいですね。

感想への返信ですが、本編側で変身させていただきますので、ご了承ください。



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