外伝『記憶なき漂流者』
管理局に編入されている世界――惑星は数多ある。人が住み、繁栄すれば衰退する世界があり、また無人の惑星や野生動植物のみの世界、そして資源惑星等がある。
自然管理世界として登録されている、〈マウクラン〉という名の惑星も、その1つである。厳密に言えば、ここは無人世界ではない。
人が本当に極僅かだが、住んでいるからだ。その住人は僅か3人――内、1人は人とは呼べないが。普通なら有人惑星、即ち管理世界に住み込むものだ。
無人管理世界に移住するとなれば、それは大概が資源採掘の為に派遣された企業や管理局員、または自然保護課の局員、はたまた旅をする人間くらいのものであろう。
3人の住まう住居は草原に建っており、周りは草木が生い茂る他、森林や川等も近場にある。まさに自然に恵まれた世界にあった。
その住居の住人2人は共に女性だ。片方は30代後半、腰まで伸ばした薄紫色のロングヘアー。もう1人は、10代前半で腰まで伸ばした薄紫色のロングヘアー。
容貌が似ていることから、2人が親子であることは容易に想像がつく。前者はメガーヌ・アルピーノであり、後者はルーテシア・アルピーノと言う名前であった。
もう1人は人型ではあるが、昆虫が人型になったような印象を受ける。小さな眼が4つ、全身は灰色か薄い黒色、昆虫型の為か甲冑を纏っているようにも見える。
名をガリューと言う。先の幼き少女、ルーテシア・アルピーノの召喚獣だ。召喚獣と聞けば予想もできるが、ルーテシアは召喚魔導師である。
かのJS事件にも関与しており、ある目的の為に犯人側のスカリエッティらと連携をとっていた。
しかし、解決後に保護され、更生教育を受けた後にこの惑星に移住した。少女にしては物騒な行状と行動なのだが、その目的は、こん睡状態にあった母メガーヌを助ける為だったと言ってよいだろう。
が、結局は騙されたも等しいものであった。その後はメガーヌが意識を取り戻し、親子とガリューの3人でカルナージでの静かな生活を味わっていたのだが‥‥‥。
「お母さん」
キッチンにて家事に専念していたメガーヌは、娘の呼び声を受けて振り返る。愛しい娘の小さな両手には、湿ったタオルと溶け切った保冷剤の入った小さな袋、そして温くなった水の入りのボウルが収まっていた。
その様子を見る限り、どうやら看病の類をしているようだ。メガーヌはエプロンで濡れた手を拭うと、目の前まで歩いてきた娘に対してしゃがみ込んだ。
「どう?」
「うぅん。まだ」
問いかける母に、ルーテシアは首を小さく左右に振りながら駄目だと答えた。
この答えにメガーヌは、そう、とやや沈んだ表情で頷き返すしかなかった。そしてタオルの入った水入りボウルを受け取り、キッチンの流し台に持って行く。
冷凍庫から新しく冷やした保冷剤を取り出し、溶けた保冷剤を入れる。ボウルの水も新しく入れ替えた。人肌だったボウルの温度が、ヒヤリと下がるのが分かった。
それを手にすると、今度は彼女自身がそれを娘の出てきた部屋へと持って行く。
その後ろを、ルーテシアがチョコチョコと可愛らしく着いて行った。目的の部屋にはベッドが1人分、小さなテーブルと2人分の椅子が収められていた。
どれもが木製で、安らぎの感じを与えてくれている。そしてこの部屋には、彼女らの他に2人が既に居た。尤もその1人はガリューであり、もう1人はこの部屋の仮主である名も知らぬ女性だった。
「ガリュー、何か変化はあった?」
「‥‥‥」
メガーヌの問いかけに、彼――ガリューは口を開かない。否、口がきけなかいが言葉の意味を解する事は可能で、それに応じた動作を行うことで意思疎通を図る。
今の問いかけに、彼はルーテシア同様に首を横に振った。変化なしか、とメガーヌは残念そうに小さく俯き、その視線をベッドの上の女性に移した。
穏やかな寝息を立てている女性。見た目は自分と同じ30代後半だと思われ、ややくすんだ金髪で、その顔からも、かなりの美貌と言える女性だ。
ただし頭部には包帯が巻かれており、身体も毛布で隠れて見えないが包帯が巻かれている。重傷かと言えば、そうでもなかったが。
そんな女性の基に歩み寄り、側にあった椅子に腰を下ろす。ベッドの脇にある、スタンド置き用の台の上にボウルを置いた。
ボウルの中に入れてあった濡れタオルを取り出すと、やや緩めに絞って女性の額に乗せる。さらに冷やしすぎないようにガーゼで包んだ保冷剤を、タオルの上に乗せた。
簡単な作業を終えると、一息ついた。その傍に寄り添うルーテシアが、口を開いた。
「ねぇ、大丈夫かな‥‥‥この人」
「たぶん、大丈夫よ。私の見た限りでは、身体の内部に重傷を負った様子は見受けられないから」
メガーヌが答える。彼女自身、医療技術を持ち合わせている訳ではないが、それ相応の確認の仕方や処置の仕方くらいは身に着けていた。
かつては局員として活動していたことも有り、緊急の場合の医療処置も訓練で受けていたためだ。彼女の見た範囲では、目の前の女性は軽い火傷を負っていた他、頭部を強打したような傷と、身体中に幾つかの切り傷があったのを確認していた。
一瞬、メガーヌは頭部内や体内にも損傷しているのではを危惧したが、持ち込んだ管理局の医療デバイスは異常なしと答えていた。
ヒヤリとさせられたが、応急処置程度で何とか済まされたのである。
「それにしても、本当に何処の人なのかな?」
「‥‥‥管理世界に住んでいた人、とは考え難いわ」
この女性、元からこの惑星に居た訳ではない。無論、移住してきた訳でもない。彼女は見慣れぬ残骸から発見され、ガリューによって保護されたのだ。
本来なら直ぐにでも、この女性の身柄を管理局にでも引き渡すべきであったろう。
しかし、それが出来ない理由が彼女らにはあった。ここ5日間ばかり通信状態が悪く、他世界との通信が出来ないでいたからだ。
次元空間内の次元振の影響もあるだろうとは思われた。それでも連日して止む気配がない。さらに言えば、通信が途絶える少し前に悪いニュースが流れていた。
それが外部勢力――SUSの侵略と言うものだ。管理局の艦隊を見境なく攻撃し、他世界にも害を及ぼすだろうと報道されていた。
それを見た瞬間、彼女ら一家も安堵できない日々が続いた。もしかしたら、その外部勢力とやらがここへ来たのではないか、とも危惧したものだ。
だが幸か不幸か、その侵略者が来ることはなかった。事実、SUSはこのカルナージを戦略思想から外していた。
資源が眠る訳でもなく、自然と動物のみであったことが理由とも言える――とは建前で、本音としては駐在させる為の戦力を、そこまで分散させる事が出来なかった。
管理世界から得た情報を駆使し、有益な惑星に優先的に手を伸ばす。残った惑星に対しては、情報が漏れぬように、通信妨害工作を各管理世界間に施した。
これで効率化を測ったのである。試みは見事に功を奏した。通信を遮断された各管理世界と管理局の双方は互いの内情を確認する術を失ったのだ。
そればかりではなく、性能や武力に劣る管理局では情勢不明な世界へ奪還しに出撃することを躊躇ってしまい、各管理世界もまた自らSUSの侵攻に対処せねばならない故に、互いの実情を知る為の対策を執りようもなかったのだ。
そう言った意味では、彼女ら一家に火の粉が降りかかるようなことは無かった。ただし、火の粉ではなく宇宙船らしき残骸が落下してきたが‥‥‥。
その残骸とやらが発見されたのは遂3日前の事だ。その日も、親子らは通信が遮断された以外に変わらぬ生活を送っていたのだが、突然の地震でそれは乱された。
この星では地震という現象はあるものの、それはごく微小な揺れに過ぎず、一家の住居はその地盤からはまったく、かけ離れた位置に住んでいた。
だからだろう。彼女らの家で震度4強クラスの揺れが襲った時、ルーテシアは怯え、メガーヌも驚いて咄嗟に娘を抱きしめた。
その直後にガリューが、咄嗟の行動で2人を抱え込んで外へと避難したのは流石と言えよう。
その揺れも数秒で収まった事で何とか落ち着きを取り戻した。怖い、と怯える娘をメガーヌが落ち着かせる傍ら、ガリューが震源らしき地帯へと偵察に出かけた。
地震と言うには、あまりにも違和感のある揺れであった。地の底から揺れたと言うよりは、何かが落下した際に発生した揺れであった様に感じた。
そんな考えを持って跳び続ける事数分、その予感は的中した。
何かの物体が胴体着陸した様な跡が、あったのだ。着地点にクレーターが出来、あとは引きずるような跡が1q前後に渡って続いていた。
さらには木々を全てなぎ倒している。その元凶である落下物は何なのか、とガリューは警戒しながら接近した。
「‥‥‥!」
止まった地点には、落下した物体が力なく転がっている。見た目からして宇宙船にも見えたが、何分損傷と焼け跡が酷く型など分かる筈もなかった。
事故か何かが原因だろうが、まさか大気圏に突入するとは思いもよらぬ事だ。次元航行艦は大気圏を直接に行き来する事は出来ない。
出来るとすれば、転移で大気圏内に飛び込むしかないのだ。
ガリューからすれば、何が原因かと考えるよりも、中の調査が最優先な課題であった。中に人がいるのであれば、助けねばならない。
その為には入口を見つけなければならないのだが‥‥‥何処かが分からなかった。
数分してから、彼は一度戻る事にした。メガーヌと彼の主――ルーテシアの助力を必要とした為である。まず母親のメガーヌは時空管理局の局員を退職してはいるが、魔導師としての能力を完全に失っている訳ではなかった。
彼女は近接戦闘を得意とするタイプであり、その腕はとあるインターバル決勝戦にまで上った程だ。それに壁を破壊するくらいなら、なんとかなる可能性があった。
そしてルーテシアは、厚生教育後にその魔力の大半を封印されはしたものの、辛うじて強力な召喚虫を呼ぶ事が出来る。その召喚虫の力も必要となるだろう。
一旦戻ったガリューの意思疎通により、2人はその落下物体の元へと向かった。到着早々、メガーヌとルーテシアは険しい表情を作った。
焼けただれた表面は、大気圏突入時の高温さを物語る。これは内部も悲惨な事になっているだろう。
「兎に角、人がいるなら助けないと。ルーテシアも手伝ってね」
「うん」
見た目からして薄そうな部分、それは赤いクリスタルのようなものだ。恐らくはブリッジの窓に相当するだろうと判断し、3人は破ろうと行動を開始した。
が、予想に反してその必要は無くなる。ガコン、と重々しい音が鳴り響いた。いったい何処からと思い、周りを散策する。
すると黒い塗装と焦げ跡で分かりにくかったが、入口らしいドアが開いていたのを発見した。何かに反応して開いたのだろうか、とメガーヌらは警戒する。
中から出てくる気配もない。中に入る必要があるが、この宇宙船も目測ながら100m前後はある。3人とはいえ時間が掛ってしまう。
そこでルーテシアの召喚虫が役に立った。彼女の召喚する昆虫タイプの中で最小のインゼクトと称される偵察用の召喚虫だ。
20p前後の大きさで、画鋲の様な外見に羽を生やした姿をしている。それらが複数召喚されると、一斉に宇宙船内部へと飛び込んで行く。
そして3人も後に続いた。とはいえ分散するのも危険と判断し、纏まって行動することとなる。
「人の気配が全くない‥‥‥?」
中に入ってから、メガーヌはそう感じた。人と言う人が見当たらないのだ。それ以外に直感したのは、この宇宙船は管理局の物でもなければ、他世界の物でもない。
後者はどちらかといえば確定できないが、少なくともこのような無機質的な印象を与える船は造らないだろう。そう――普通の次元艦船ではしない艦内設計だ。
三角形の大きなタイルを敷き詰めたような天井、台形を形取った様な艦内通路。艦船に詳しくない彼女でも、それくらいの違和感は十分にあった。
そこでふと、悪寒がさした。もしかしたら、最近の襲撃事件に関する船なのではないか。だとすれば、ここから離れなければならない。
警戒心を増して、メガーヌは2人にも注意を即した。ガリューも主と、その母親の命を守るべく、周りへの警戒心を高めた。
しかし何かと遭遇することは無い。これは無人艦なのかと思った時だ。
ルーテシアの放ったインゼクト達の内の1体から報告が入った。
「人がいた‥‥‥本当?」
どうやら人間がいたらしい。それが敵性勢力――SUSでなければよいのだけれど、とメガーヌは切に願いつつも報告のあった区画へ向かった。
そこに到着した時、最初に感じたのは個室が簡素過ぎる作りだというものだ。貨客船でも、こんなものではあるまい。もしかしたら、留置所か何かだろうか。
疑問に答えてくれる人間はいない。代わりにインゼクトが、人を発見したと言う個室を教えてくれた。そこには、確かに人らしい影がある。
恐る恐ると近づくメガーヌ。ガリューも万が一に備えている中、彼女は倒れている人の肩に手を置き、少しづつその体を横向きにしていく。
薄暗くて分かりにくいが、見た目からして人間そのものであり、女性でもあることが分かった。となれば、ここを早く出た方がいい。長居は無用だ。
怪我をしている様子も見受けられ、動かすのは危険ではあろうが、此処に居る方が遥かに危険だ。ガリューがそっと抱き抱える。
出口までに何が起こるのか、終始気の抜けない緊張感に包まれたものの、一行は無事に出口へと辿り付き、明るい日差しへと飛び出した。
そこでようやく、助け出した女性の様子がはっきりとわかった。
「お母さん、この人、管理局の人?」
「いいえ、違うわ。この人の服は、管理局のものじゃない。別世界の‥‥‥制服ね」
メガーヌは、抱き抱えられている女性の服装を見て、完全に違う世界の人間であることを確信した。それは局のものと全く異なるものだからだ。
さらに思ったのは、別世界の軍人ではないかという事だ。その服装からして、軍隊関係だとみて間違いないと判断したのであろう。
とはいえ、ここは一刻も住まいに戻る必要がある。そこで手当てしなければならない。ガリューも重々承知して、無駄な振動を与えぬよう慎重に運んでいった。
その帰途の途上で、メガーヌは今起こっている事件の情勢を、改めて再認識していた。いや、これは単なる事件と呼ぶレベルの範疇を超えているだろう。
管理局が狙われているともなれば、これは犯罪組織などという生易しい者が相手ではない。まさに国家そのものを相手にしているのだ。
過去においても、管理局は世界平和の名のもとに活動し、その中に国家相手の戦争レベルに発展してしまった事例が僅かながら存在する。
しかしこの戦闘は、かの地球連邦防衛軍らの世界程に発展はせず、古典的な火薬式の武器を中心としたものが多かった。
それに助けられたと言えば意地悪な表現かもしれないが、古いとはいえ実弾兵器は脅威に変わりない。だがその辛き体験をした世代は、大半がこの世を去っている。
今の彼女らの世代らでは、過酷な戦争というものを体験した事が無い。そんな世代が、時代が飛躍した宇宙戦争と言うものを生き抜けるのか。
それは難しい話だ。彼女とて、死ぬほどに辛い眼には遭った。任務の途上で罠にはめられた挙句、同僚は殉職してしまった。が、それ以上の苦痛が待っているのだ。
住まいに到着した早々、メガーヌは救出した女性の容態を確認し、応急処置を施した。しかし、目を覚ますことは無く、今も眠り続けている次第であった。
「あの船の中には、この人しかいなかった。何故‥‥‥?」
静かな寝息を立てる女性を眺めやりながらも、そんな疑問が生じた。普通ならば、宇宙船または次元航行艦は数50名規模の乗組員が必要とされている。
それがたったの1人。他の乗組員は何処へ消えたのか、それとも本当に無人操縦で運行されていたのか。となればそれはまた別の疑問が浮上してくる。
1人でいる人間が、あのような留置所の中に放り込まれていたのかだ。もしかすれば、護送用の無人操縦艦だとも考えられる。
別世界同士が戦争をし、その捕虜となった人物かもしれない。メガーヌは思わずそんなことを思い浮かべた。
それならば、何となくだが彼女の服装も頷けるものがある。そして、ベッドの近くに下げてある、女性の来ていた裾の長いコートに目線を移した。
次元航行部隊の提督が着用する、ブルーのジャケットとは大きく異なる。勿論、陸上部隊のブラウンの制服ともかけ離れている。
しいて言えば、執務官が着用する黒いジャケットの制服に近いものがあるだろう。コートは黒を基色として、黄色の縁取りやライン、襟元は赤色になっていた。
女性もののブラウスに、白いスカーフ、白いスラックスだった。
中でも彼女が軍人たる可能性を示唆したのが、腰に下げてあったホルスターだ。暗いところでは分かりにくかったが、外に出て初めて気が付いたものだった。
気が付くと同時に危険視もした。どうのような行動に出てくるかも分からない為に、今はメガーヌが隠して保管している。
火薬式の銃にも思えたが、エネルギー系統の小型銃の類いだと推察した。もし本当なら、それこそ科学技術が発展していることを意味している。
さらにこの銃には、所有者らしき名前がグリップ部分に記されていたのだが、残念ながらメガーヌには読めないものだ。娘のルーテシアも同様だった。
ミッドチルダを中心に使われている標準文字でなければ、古代文字でもない。彼女らには初めて見るタイプのものである。
分かれば少しは何か掴めるのだろうが、生憎とそう簡単な話ではなかったのだ。致し方ないとメガーヌも悟らざるを得なかった。
「兎も角、彼女が目を覚ますのを待つしかないわね」
一刻も早く目を覚ましてもらい、彼女に何があったのかを聞かねばならない。そして、できれば管理局に保護してもらうのが最善なのだが‥‥‥。
彼女はルーテシアのインゼクトを1匹だけ残し、変化があったら知らせるように処置をとった。それまでは、ひたすら待ち続けよう。
そう思いながらも、椅子から立ち上がった時だった。
「ん‥‥‥ぅ」
「!」
ベッドに横たわる女性が小さく声を発したのだ。驚くメガーヌにルーテシアは1瞬だけ硬直し、直ぐに女性の基へ歩み寄った。
その表情を見ると、次第に瞼が上がっていくのが確認できた。目を覚ました、とメガーヌは緊張していた部分が一部解れる気分になる。
やがて完全に眼を開けると、不安定だった視線が次第に安定していき、彼女自身を見下ろすメガーヌらに固定された。
現状を把握できないのか、不思議そうな表情をするだけで何も言葉を発しない。そこでメガーヌが声をかける。
「大丈夫ですか?」
「‥‥‥」
やや虚ろな様子だった。恐らくは墜落したショックかもしれない。そして女性が何を言うのか待つこと3秒後、まずはありきたりな事を言い出した。
「貴女‥‥‥方は?」
「私はメガーヌ・アルピーノと言います。こっちは‥‥‥」
「ルーテシアです」
可愛らしく軽いお辞儀をしながら、自己紹介を行う2人。女性は初めて会う2人に、ただ不安な表情かつ沈黙を持って聞いていた。
だがここで、目覚めたばかりの彼女に、思わぬ事態が混乱を招いた。女性の視線が、親子の背後に沈黙を持って立っているガリューに向かれた時だ。
「ぁ‥‥‥っ!!」
(? ‥‥‥いけないっ!)
悲鳴にならない声を上げて、女性はその場から逃げ出そうと狭き空間で後ずさりしたのだ。メガーヌは、そんな女性の身体を慌てて捕まえてベッドからの転落を防ぐ。
同時にガリューに対して退室を急ぎ求めたのだ。ルーテシアはどうしてそんなことを言うのかと、理解できなかったのだが、母の慌てた声に従わざるをえなかった。
そんな彼も、自分がいては拙い事を早々に悟ったようで、素早い動きでその部屋を退室した。忘れていたのだ、この女性が管理外世界であるならば、ガリューの様な召喚獣を見たことがないという事を‥‥‥。
ルーテシアに限っては、幼き頃から彼や召喚虫と向き合ってきたから何とも思わないのだろう。
だが、召喚獣さえ見た事ない人間が、ガリューの様な存在を観たらどうか? 大半が悲鳴を上げて逃げるに決まっている。
メガーヌはその配慮をすっかりと忘れていたのである。
「止め‥‥‥て! 離して!」
「落ち着いて! 大丈夫よ、襲ったりはしないから!!」
パニックに陥った女性は、メガーヌに抱きしめられるような恰好で窘められる。数分間そのような状態が続いたが、メガーヌの根気強い説得に、女性もやっとの事で落ち着きを取り戻し、息の乱れも収まった。
「ごめんなさい、私‥‥‥」
「いいの、気にしないで。私の配慮が足りなかっただけだから」
別に責められることではない、とメガーヌはフォローした。管理外世界の人間たとすれば、今のはごく当然の反応だと言っても良いのだ。
ルーテシアは、女性の反応にやや傷つきはしたが、仕方ないと思った。
落ち着きを取り戻したところで、メガーヌは改めて説明をした。ここがマウクランという名の惑星であることを。そして宇宙船から救出された、という事を。
「宇宙‥‥‥船?」
初めて聞いているような反応に、メガーヌは違和感を感じた。それでも話を続けた。今度は此方側が、女性へ質問をしたのだ。
「貴女の名前を聞かせて頂けるかしら」
「私の‥‥‥名前‥‥‥」
キョトンとした反応。ただ、彼女は「私の名前」と小さく繰り返すだけで、半身を起き上がらせた状態から、次第に小さく震え始める。
この時、最悪のパターンがメガーヌの脳裏を貫き走った。まさか、この女性は‥‥‥!
「記憶‥‥‥喪失!」
「記憶喪失?」
娘が繰り返したが、母親の耳には入っていない。目の前の彼女は思い出せない苦しみからか、両手を頭にやって思い出そうと懸命になっていた。
それを慌てて止めさせる。
「いいの、無理に思い出さなくても! ゆっくりでいいから、今は休んでください」
「はぃ‥‥‥」
何という事なのか。まさか記憶喪失になっていたなんて。メガーヌは女性が記憶喪失になった経緯を想像した。原因があるとすれば、それは頭部へショック。
あの着陸の際に頭を強打したと考えれば、納得のいく話した。頭部に痣が出来ていたのもそれに違いない。別の可能性としては、強烈な体験による精神的ショックだ。
トラウマにもなるような光景により、記憶を失ってしまうものであるが、あまり可能性としては低そうだった。この記憶喪失を直すのは、殆ど運と言えよう。
印象に残る風景や思い出の品物などを見せるなどして、次第に記憶を思い出させようと言う、根気のいる治療が一般的なものだ。
だがこの世界では、女性の記憶を呼び覚ませるようなものはない。あるとすれば、墜落した謎の宇宙船、着用していた制服、そして‥‥‥。
「あれしかないか」
そう呟くと、彼女は一旦部屋を出て行った。あの銃を取りに行ったのだ。その間、残された娘が女性の様子を見る事となった。
非常に気まずい雰囲気だった。嫌いな訳ではないが、やはり先程の拒絶は堪えた。自分の事ではないとはいえ、信頼しているガリューを化け物目線で見られた。
声を掛けずらい状況で、早く戻ってきてほしい、とソワソワするルーテシア。
そこで、不意にも声を掛けられる。
「ごめんなさい」
「え?」
いきなりで何のことやらと返答に詰まると、女性は続けて言った。
「貴女のお友達なのよね。さっきのガリューさんは」
「はぃ‥‥‥」
素直に謝罪されるのも複雑な心境だ。だが彼女も呑み込みが早いのだが、あくまで魔法の存在は伏せておいた。ガリューのような種族もいるのだと、教えたからだ。
あながち間違いではないが、余計に魔法の話などできないものだった。それは様子を見て話すべきだろう。1分後、メガーヌが例の銃を持って戻ってきた。
いきなり発砲される可能性もある。だが彼女も元局員かつ、大会決勝戦まで勝ち上った実力者だ。ブランクはあるだろうが、この手の届く範囲では後れをとらない。
「これは、貴女の持ち物よ」
「これが‥‥‥」
ずしり、と手に乗る感触とその重み。ルーテシアは心配そうに見つめている。しかし女性は、慣れた手つきで銃を扱っていた。
やはり、何処かしらの記憶――というよりも身体の感覚は残っているのだ。でなければ、銃を手軽に扱う事はできないはずだ。
眺めやる女性に、メガーヌが文字の部分を尋ねる。彼女自身ならば読める筈だ。まさか文字すらも記憶から消えた、という冗談はやめてほしいものだ。
言われた部分を見やる。それは彼女からすれば、読み慣れたもの。数秒して、それを読み上げた。
「古代‥‥‥雪」
古代 雪。それは古代 進の妻であり、第1次移民船団にて責任者――移民船団の団長を務めていた女性士官だった。
総旗艦を失った中で、船団の責任者として臨時に指揮を執り、1隻でも多くの移民船団を逃そうと奮戦していたのだが、最後のワープ直前で乗艦が被弾。
被弾の狂騒の中、惑星アマールへワープした艦には“誰も乗っていなかった”筈なのだ。夫の古代は遺体の発見が無かったことを受けて、死んではいないと信じている。
そして、彼の知らないところで彼女は生きていたのだが、何故彼女は乗艦から消え去り、別の船に乗り込んでいたのか。
それ自体は彼女がしっていた筈だが、それも記憶喪失で雲隠れしてしまった。
雪の経緯を知る由もなく、メガーヌは彼女の名前を知る事が出来て一先ずは安心した。それでも肝心な記憶を呼び覚ますまでは時間が必要だろう。
「そう、古代 雪さん‥‥‥それが、貴女の名前ね」
「‥‥‥そうなのでしょうか」
彼女自身も首を傾げているあたり、決定的な記憶呼び覚ましとはいかなかったようだ。焦らせることはない。危うい情勢にあるが、最後まで付き合おう。
それにこう言っては何だが、記憶喪失とはいえ生活の中に1人増えたのは、心なしか嬉しかった。勿論、娘とガリューと過ごすことも嬉しいが、多いことに越したことは無い。
ここでメガーヌは思考を切り替える。沈みきった雰囲気を消して、明るい雰囲気を取り入れる。
「それじゃあ、改めてよろしくね、雪さん。ほら、貴女も」
「よろしく、お願いします」
「え、あの‥‥‥」
いきなりの再挨拶に戸惑う雪。そんな彼女にメガーヌは不安になる必要はないと言う。記憶が戻るまで付き添っていく、と雪に公言したのだ。
これには、記憶喪失であろうとも、雪は遠慮という言葉が出る。元々、お淑やかな性格故だろう。そのような遠慮も、目の前のメガーヌは取り払った。
「遠慮することは無いのよ、雪さん。私としてもね、娘やガリューの他に、一緒に生活する人が増えて嬉しいの。それにね‥‥‥」
此処は、私達以外に住んでいる人はいないし、移動する手段も、訳あってできないの。と現状況を説明するメガーヌに、雪も退路を完全に絶たれた。
観念したのか、雪は顔を上げて微笑みを浮かべながら、手を差し伸べる。
「此方こそ、お世話になります。メガーヌさん、ルーテシアさん。それと‥‥‥」
何か言いにくそうになる雪に、ルーテシアは何かを察した。
「ガリュー、入って来て」
「‥‥‥」
先ほどは怖がられたガリューだが、当人はそれを気にするほど弱くはない。それは主であるルーテシアも分かっていた。
身長も2メートルに届かんとするガリューが再び入室し、親子の後ろに立つ。雪は彼に謝罪を含ませながら改めて挨拶を述べた。
「先程はごめんなさい、ガリューさん。雪と言います、よろしくお願いします」
相変わらず無言ではあったが、彼はベッドにある彼女の前に膝を折ってしゃがみ込み、軽く頭を下げた。律儀なものである。
ここに、記憶を失った漂流者を加えた、新たな生活がスタートした瞬間であった。
目を覚ましてから1ヶ月後、雪の傷はメガーヌやルーテシアの看護のお陰も有り、順調に治っていた。だが肝心の記憶は中々呼び覚ます事は出来ない。
メガーヌは記憶喪失がそう簡単に治るものではないことを知っているが、親しみを深めていくと同時に不安も増加していくものであった。
思い出すまで付き添ってあげると言うのは嘘ではない。しかし、あまりにも馴染み過ぎると、かえって本当に何も思い出せなくなってしまう可能性もあったのだ。
もしかすれば、彼女は永遠にこの世界で生きる事も有り得る。生活仲間が増えたとはいえ、彼女の本来の場所がある筈だけに、力になれないのが心苦しかった。
そして今日もまた、彼女の記憶が甦る気配はない。表だって表情には出さないが、メガーヌの苦悩は、ほんの少しづつ積み重なる。
「いつ観ても、綺麗ですね」
「えぇ。自然の風景は、心に安らぎを与えてくれますから」
雪が懐かしそうに微笑みながら呟いた。メガーヌもそれとなく答える。青空の広がる天候に、女性3人は外へ出て温かい気候ふ触れていたのだ。
カルナージの環境は、地球となんら変わる事のないものだ。
だが雪の頭からは、故郷さえも抜け落ちていた。だから地球と似ていると言われても、彼女には何のことだろうと首を傾げられるだけだろう。
温かい風に当たる雪は、メガーヌから借りたワンピースを着ていた。前に来ていたのは軍服であり、メガーヌもそればかり着ていては何だろうかと思い、貸したのだ。
草原に腰を降ろし、春の様な心地よさを身体で感じとる。ここ数日で、だいぶ此処の生活に馴染んできた事を雪は直に感じてもいた。
「‥‥‥雪さん、ルーテシア、そろそろ、夕飯にしましょうか」
「うん、私もお腹すいた」
「そうですね。そうしましょう」
気付けば時間帯は夕食時であった。これから戻って支度をしなければならない。愛しい娘が母親の左手を右手で握りしめ、反対側の手は雪の右手を握り締めている。
端から見れば親子の様だ。そして雪本人も、こういった状態になると、自分に疑問を持った。私は、故郷でこの様な楽しい生活を送っていたのだろうか。
ルーテシアの様な子供が居たのか、夫がいたのか、残念ながら、それさえも彼女の記憶からは向けだしてしまっている。
家へ戻ると、颯爽と昼食の準備を始める3人。冷蔵庫から、地下倉庫から材料を取り出す。
「それじゃぁ、始めましょうか」
メガーヌがそう言うと、2人も頷き調理を開始した。今日の昼食はクリームパスタを作るようで、取り出した麺を茹でる為に水1杯に入った鍋を沸かす。
その間にミルク、小麦粉を始めとした材料を使い、クリームを作る。これら食材も、なんら地球のものとは変わりないものである。
さらに小さなキノコを水洗いし、包丁で薄く切る。別の鍋に入れたクリームを煮込み、同時に湧き上がった湯に面を3人分入れた。
完成するまでに野菜を下ごしらえし、包丁でカットしていく。流れ作業進んだおかげで、数分でサラダが管制する。
「湯で上がったよー!」
「はぁい、私が湯きりしますね」
ルーテシアが沸騰した湯と麺の入った鍋のタイムを見て声を上げた。テーブルの準備中だったメガーヌと雪だったが、雪が直ぐに動いて鍋へと向かう。
鍋からザルへと移し、雪は馴れた手つきで湯きりをする。ぱしゃ、ぱしゃ、と流し台に麺の湯が降りかかり、やはてそれを皿へと移していく。
それを等分させると、今度はクリームソースを上から掛ける。これで完成だ。ルーテシアは皿の1つを手にしてテーブルへと運んでいく。
雪は残り2枚を持ち、テーブルまで運んで並べていく。そこには、完成したクリームスパゲティの他、サラダ、ミルク、等が揃っていた。
「頂きます!」
3人は揃って席に着くと、ルーテシアが嬉しそうに言う。まずは前菜のサラダから。レタス、キャベツなどの野菜は、シャキっとして歯ごたえのある食感。
掛けてあるサラダ・ドレッシングが、ほんのりと良い酸味を出している。そしてメインのクリームスパゲティを口に運ぶ。
自家製とも言え得るクリームソースのまろやかな味、良い柔らかさになっている麺と絡み合う。3人は美味しく出来て良かった、と微笑みあうのであった。
その後も会話を交えながら食事を進め、気が付けば皿に何も残らない状態になっていた。満足だという表情に、皆も自然と笑顔になる。
暗くなった草原を、月明かりが照らす。その夜景もまた、心を穏やかにさせるような、眠りにつかせるに十分なものであった。
食事の後の談話を一端切り、3人は入浴を済ませた。湿っていた髪を十分に乾かす間までに、談話が再開される。そんな生活模様に、雪は懐かしさを覚えた。
自分も、こんな家庭の生活があった気がする。
しかし、どんな家族だったのか。
「ふふ‥‥‥それじゃあ、もう遅いから、休みましょう」
「えぇ、もぉ?」
「夜更かしは駄目よ、ルーテシア。また明日にしましょう。ね、雪さん」
「えぇ。そうしましょう、メガーヌさん。ルーテシアちゃんも、また明日、お話ししましょう?」
「‥‥‥はぁい」
残念そうな表情をする少女を、雪が宥める。夜遅くまで、話していたいのだろう。そんなところに、子供らしい性格がよく表れていた。
JS事件とは反対である。元々ルーテシアはメガーヌを助けようと、スカリエッティに協力していた。その時期の少女は、少女らしからぬ行動や態度が目立っていた。
喜怒哀楽を見せる事がなく、いつも素っ気ない。そのうえ必要以上に口を開かないのだ。だが、今のルーテシアこそが、あって然るべき姿なのである。
メガーヌがリビングの電気を消した。皆がそれぞれの部屋へと戻る。ルーテシアとメガーヌが同じ部屋で、雪は別の部屋である。
分かれる際に、おやすみなさい、と挨拶を交わして部屋に入った。雪はベッドに入り、スタンドの明かりを消して寝る態勢に入った。
睡眠に入るまでに、彼女は独り言を呟く。
「はぁ。私は、本当に何処から来たのかしら‥‥‥」
楽しい談話や、食事風景を思い越しながらも、自分に問いかけた。自分の名前が分かった程度で、家族や故郷を思い出すには至らない状況に、焦りを感じてもいた。
この世界で永遠に暮らすことになるのだろうか。それに外の世界では戦争に近い状態にあり、通信や交信がままならない事態にあると聞く。
が、ここで彼女は違和感を覚えた。それは戦争と言う言葉だ。自分の来ていた制服も軍服には違いないようで、それが違和感の現況かもしれない。
自分は戦争と言う世界に身を投じていたのだろうか‥‥‥。様々な疑問からの想像を働かせようとするが、それも間もなくして止めざるをえなかった。
睡魔と言う魔力が彼女の思考を微睡ませ、瞼を意識とは別に降ろしていった為である。これにより、雪の意識は現実から、別次元へと移る事となる。
(‥‥‥?)
気が付けば、彼女は全く違う空間にいた。カルナージのアルピーノ家の住宅ではない。別の住居のリビングの様だった。
20代半ばの男性と女性、生まれたばかりであろう乳幼児。よくよく見れば、その女性は10年前の自分自身だ。
(もしかして、これは‥‥‥私の‥‥‥家族)
その通りだった。夫の古代 進と、彼と雪の娘である美雪であった。生まれたばかりの娘を雪が抱き抱えて、古代が雪の肩を抱きながら娘を眺めやる。
普通の幸せな家族像だった。その会話の中で、互いに名を呼び合う様子に、傍観している雪の思考に不思議な感覚が舞い込んでくる。
何だろうか、この懐かしい感じは。あのアルピーノ親子と過ごしている日常に近いものだ。さらに場面は変わる。それは、生活の記録であろう。
次第に成長する娘。やがて宇宙に飛び立つ夫。飛び立つ父に反発する娘を宥める自分の姿。移り変わる場面に、何かが溢れる気持ちが強くなる。
そこでまた、場面が切り替わる。彼女が気付いた時には、白い空間にいた。何もないその空間に、戸惑う雪。
その時だ、聞き覚えのある声が彼女を呼んだのは。
「雪」
「ぇ‥‥‥進‥‥‥さん?」
夢の中にいる自分に語りかける夫の姿があった。それも3歩分の距離を置いている、直ぐに手の届く距離だった。
記憶のない妻に、古代は真剣な眼差しで語り続ける。
「俺はお前を諦めてはいない。必ず、迎えに行く」
「あ、あの‥‥‥」
何と言えばいいのか分からない。
「どの世界に居ても、必ず行く。約束する。だから、雪、お前も‥‥‥帰ってこい」
「帰ってこいって、そんな、ぇと‥‥‥」
「お父さんの言う通りだよ。お母さん、早く帰ってきてね!」
今度は娘の美雪だ。古代の右に並んで、明るい笑顔で雪に語りかけてくる。そうだ、私は‥‥‥本当の私は‥‥‥。脳裏にフラッシュバックする記憶の数々。
空っぽだった記憶の宝箱に、溢れんばかりに湧き上がり、満杯に満たしていく。何故、この様な大事な事を思い出せずにいたのか、私は‥‥‥。
自然と涙が流れ出る。私は、古代 雪だ。古代 進と結ばれ、美雪を生み、不器用な事もあったが楽しい家庭生活の日々。そして、あの移民船団での戦闘。
全てが思い起こされた瞬間だった。次に出た彼女の言葉は、感謝の言葉であった。
「有難うございます、貴方‥‥‥。有難うね、美雪‥‥‥」
その感謝に、古代は口元が小さく微笑み、美雪は笑顔で答える。必ず、貴方達の許に帰ります。だから‥‥‥待っていてください。
古代と同じく、帰ると約束を交わす。それが夢であっても構わない。今は、記憶を思い出させてくれた家族に、感謝の気持ちで1杯だった。
再び目の前が眩しくなる。反射的に眼を瞑り、そこで意識は途切れた。
目を開けた時、そこは多少は見慣れた部屋の天井であった。あれは夢だった、しかし奇跡を呼ぶ夢だった。古代 雪は、今ここに帰ってきたのである。
日の差す窓辺。眩しさを感じつつ、雪はベッドを起き上がる。言わなければ‥‥‥本当の自分を、思い出した本当の自分を。
「あら。おはよう、雪さん」
リビングには、先に起きていたメガーヌがいた。エプロンをして、朝食の用意をしていたようだ。既にテーブルには食器が並び、皿の上には目玉焼き、ソーセージ、レタスとキャベツのサラダが盛り合わせられていた。
そしてミルクの入ったパックと、オニオンスープの注がれた器がある。後はトーストが焼き上がるのを待つのみといった所だろう。
起きるのが少々遅かったようだ。メガーヌは気にしている訳でもなく、ゆっくり眠れましたか、と体調を気遣ってくれた。
よく眠れました、と会釈しながら言った後に、雪はメガーヌの眼を見た。途端、メガーヌは雪の違う何かに気が付くと同時に、その何かを察した。
「雪さん、貴女‥‥‥」
「‥‥‥はい。ようやく、取り戻せました」
御淑やかさは変わらぬが、戦士としての覇気を兼ね備えた雰囲気に、メガーヌも思わず息を呑む。これが、この人の本来あるべき姿なのだろうか。
そして雪は一呼吸置き、己の正体をメガーヌに明かした。地球連邦防衛軍 第1次移民船団団長 兼 戦艦〈ジャンヌ・ダルク〉艦長 古代 雪。
朝にして驚きの事実を教えられるメガーヌ。それに対して雪は、自分の命の恩人である彼女に自分の過去について、語りだすのであった。
〜〜あとがき〜〜
‥‥‥どうも、第3惑星人です。大変遅くなりましたこと、申し訳ないです。
前回の投稿から半月近い日を空けましての、年明け最初の投稿となりました。
73話以降の話をどうしようか迷った挙げく、結局は外伝編を書いていたしだい。
それと雪の初登場(外伝編において)ですが、殆ど妄想です。肝心の復活編が、第1部で止まったままなので、このような展開となりました。
まだ外伝編も書きかけがあるので、次回も外伝を掲載させていただくかもしれないですが、何卒よろしくお願いいたします。
そういえば『宇宙戦艦ヤマト2199』が、遂に4月から日曜日午後5時(だと思います)に放送されるそうですね。
偉大なるSFアニメ作品のリメイクテレビ放送、嬉しいです。日曜日は人気アニメの巣窟ともいえるようですが、ヤマトもなんのその!
今の若い世代(己が言うなw)も納得してもらえる、クオリティの高いものだと思います。
あぁ‥‥‥どうにか続編(できれば完結編まで)も制作してほしい、と個人的に思います。作品内の時間的な問題は修正が必要ですが、それも許容できる範囲。
ガトランティス帝国、暗黒星団帝国、ボラー連邦、ディンギル帝国、これらを綺麗な映像且つ、迫力ある映像で見たいと思う日々。
そして、亡き宮川先生の残した各敵勢力のテーマ曲や他の名曲を、息子の彬良さんが再び描き下ろして、演奏して下さる日を待ち続けたいです‥‥‥。
何かと馬鹿にされるヤマトV以降の作品ですが、これら作品企画なくして、新しいヤマトの曲の誕生はなかったとも思えます。
長くなりましたが、これにて失礼いたします。
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