番外編『ホワイト・クリスマス』


  今日の夜も、例年になく冷え込んでいる。冷たい空気が風に乗り、人々の露出している僅かな肌を打ち付け、防寒対策など無に帰するようだった。
また、ダイヤモンドを散りばめたような、曇りのない満天の夜空が見える。手を伸ばせば届きそうなものだが、その煌めく星々は何百、何千、何万光年も離れている。
生まれたばかりの星、成長を続ける星、死にゆく星。人知を遥かに上回る宇宙の偉容が、人々の頭上で繰り広げられているとは、誰が想像しようか。
  しかし、都会の人々は壮大な宇宙を映す夜空に目もくれず、歩き回り移動していた。ある者は仕事に追われ、ある者は放浪し、ある者は心を寄せ合い親交を深め合う。
ミッドチルダ首都――クラナガンの郊外の一角に、地球防衛軍軍人のリキ・コレム大佐はいた。寒さに纏わりつかれながら、街路灯の傍に立ち続けている。
今の姿は、いつもの軍服ではない。上は薄い黄色のYシャツに、赤いストライプのネクタイ、焦げ茶色のブレザーを着ている。
下はクリーム色のスラックスと、ブラウンの靴を穿いている。それらの上から、防寒対策にロングコートを着用しており、それが彼の私服姿であった。

「今日も冷え込むな」

  吐く息が白く染まる様子を眺めながら、コレムはもう一度、夜空を見上げた。このミッドチルダ特有の月が、夜景の星々の仲間入りをせんとして、大きく映っている。
予報では雪が降るとのことだったが、この分では本当に降りそうだ。帰りまでに降らないことを祈りたいものであるが、天気が人の願いを聞いてくれるわけでもない。
ミッドチルダ標準時で言えば、今日は一二月二四日で午後六時四五分。地球で言うクリスマスの日だ。ただ、この世界ではそういった文化はない。
当然ではあろう。しかし、ミッドチルダも、なんだかんだで次元世界の中心だ。他世界の文化も入り混じることも多い。日本料理なども、その一例であろう。
  そもそも、彼が何故にクラナガンの一角で、私服姿で一人立っているのか。それは、今日が大切な人との約束の日であるからだった。
その大切な人というのが――。

「すみません、お待たせしました」

時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウン一尉である。やや駆け足気味の歩調で、コレムに駆け寄ってきた。その様子からして急いで来たようだ。
彼女が急ぐほどに、時間が経っていた訳ではない。約束の時間は、午後七時丁度だった。コレムは軍人としての職業上、時間には正確に行動できるよう叩き込まれている。
そのためか、彼は約束の時間よりも二〇分も前に到着し、フェイトの到着を待っていたのである。彼女が遅かったのではない、コレムが早すぎたのだ。
  息を整える度に吐く息が、寒さによって白く染まる。また、走ったために頬が少し赤くなっている気がした。

「急がなくてもよかったのに。まだ時間になっていないよ」
「いえ、私も早めに到着しておこうと思ってたんです」

彼女は呼吸を整えてから、にこやかな笑みを浮かべて答えた。兎も角は、時間よりも早めに会うことが出来たのだから、良しとするべきだろう。
約束の時間に遅れては目も当てられないからだ。時間の云々はこれまでにして、コレムが足を進めた。

「立ち話も何だから、歩きながらにしよう」
「はい」

  因みに、彼女もいつもの黒い執務官服ではなく、私服姿である。上は白のブラウスにクリーム色のカーディガン、下は黄色のロングスカートである。
それらの上から、白いアウターを着込んでいた。多少のメイクも施してきたのか、唇も淡いピンクになっている。あの長い髪も、後頭部で三つ編み環結いに纏め上げていた。
彼女の美貌であればメイクをしなくとも、周りは美人と評する容貌だが。普段は黒い服装を基本としているだけに、このような私服姿にドキリとするコレム。
  本当に綺麗だ。彼女の隣を歩きながら、コレムは思った。かれこれと恋愛には程遠かったもので、恥ずかしながらも少々心拍数が上がった。
今更だが、彼らは二人は恋仲である。最初はこうなるとは思ってもみなかった。戦友の様な関係から、進んでいって、気が付けばこんな関係なのだ。
上司のマルセフも公認と言った所で、果てはフェイトの義母であるリンディも公認であった。これは、どちらもが似た様な家庭環境あるからと言えようか。
また、周りの親友等も知るところなのは当然だった。とりわけ、フェイトの知人や親友、戦友達は、こぞってフェイトを囃し立てたりしたものである。

「今日も、大分冷え込んでるな」
「雪が降るかもしれない、と聞いてます。地球で言えば、ホワイトクリスマスになるかも知れないですね」
「あぁ。だとしたら、思い出深い日になるね」
「……はい」

  嬉しそうな表情で返事をすると、フェイトはコレムの右腕に、自分の左腕を絡める。同時に軽く寄り添って、仲よく並び歩く。
お互いに業務で忙しくて、中々に時間を取れぬ身である。それがようやく時間を作ることに成功し、久しく二人きりになれたのである。

「しかし、平気だったのかい」
「?」
「ほら、君らの所でパーティーをする、と聞いていたものだから」

そう、実を言えばフェイトは、かの六課メンバー及び地球の友人達で開かれる、クリスマスパーティーに出席することになっていたのだ。
顔を合わす機会が少ない彼女らのことを考えれば、そちらを優先してもらっても良かった。それを敢えて、フェイトはこちらを選んでくれたのである。
せっかくの再会を邪魔したのではないかと心配するコレムに、フェイトは大丈夫であることを告げる。

「気にしないでください。はやて達に締め出し食らっちゃいました。けど……リキと二人きりなれる、せっかくの機会です」
「そう言われると、気恥ずかしいな」

気恥ずかしさに、照れ隠しをするコレムに、クスリとフェイトは笑った。
  無論、『締め出された』という表現は、あくまで冗談である。感想を聞かせてね、等と応援お言葉を貰ったものである。
また、コレムと日を過ごす旨を、はやてらに伝えた時のことだ。

「ほぅほぅ、つまりはデートっちゅうことやな。それもクリスマスの日やなんて、ええタイミングやないか」
「ま、まぁ、確かにそういう、ことに、なるけど……」

はやての茶化しぶりは健在だった。ニヤニヤと笑顔を作りながら、露骨にデートと強調する親友に、フェイトは思わず目線を逸らして言葉を濁らせる。
何となくだが、顔が赤いように思えるが、気のせいではないだろう。そんな彼女を見て、はやてはさらに捲し立てる。
  同じくその場に居合わせていた、もう一人の親友なのはは、苦笑しながらもフェイトをフォローした。

「大丈夫だよ。すずかちゃん達には、私達から言っておくから。安心して行っておいでよ。無論、後で感想を聞かせてね?」
「せや。せっかくの時間を、思いっきり楽しんできたらええんよ」

先ほどとは打って変わり、今度は親友を安心させるような笑みを浮かべるはやて。なんだかんだで、茶化しても心奥底では応援しているのである。
彼女の肩に座っているリィンフォースUも、笑顔を向けながら「頑張るですぅ」と声を掛けてくれた。何を頑張るやらと思いつつも、フェイトは親友達に感謝したのである。
因みにパーティーの主催者は、前回の時と同じように月村すずかであり、アリサ・バニングスは勿論のこと多くの知人や友人も集まる予定であった。
地球防衛軍からも参加者が多数おり、マルセフを始めとして他の艦長達も含まれている。管理局からもリンディやレティ、聖王教会からも参加者が出ていた。

「で、どうやって過ごすんや?」

  唐突に尋ねてくるはやてに、フェイトは直ぐに答えを出せなかった。取り敢えず、無難に考えるとレストランで食事というところであろうか。
また、何処のレストランで取るか。地球か、ミッドチルダか、別の管理世界か。

「あまり無理は出来ないし、リキの事も考えると……」
「そうだね。リキさんのことも考えないと」
「ミッドチルダでもえぇんちゃうか。リキさんも慣れてきてるやろし」

コレムも何度か足を運んでいるミッドチルダ。網羅しているのとはほど遠いが、都心付近であれば辛うじて把握している。
他の防衛軍の人間では、目方やクリスティアーノ等が足を運んでいるもので、物珍しげに散策していると言う話であった。

「食事だけで終わってまうんか、フェイトちゃん」
「うぅん……そんなことを言われても」
「夜に会うわけだし、そんなにあちこち周れるわけでもなさそうだね……」

会話をしながら食事するのがベターなのだろうが、物足りないのではないかと主張するはやてに、フェイトは考え込んだ。
  そんな時、はやては意味深な笑みを浮かべてこんなことを言い放った。

「せや、明日まで休めるんやし……二人っきりでウハウハなったらえぇんやでぇ」
「う、ウハ……ウハって……ば、馬鹿なこと言わないでよ!!」
「はぶしっ!?」

なのはは見た。フェイトが表情を茹蛸の様に真っ赤にしながら、渾身のストレートではやてに突っ込みを入れ、華麗に舞っていくはやての姿を。
宙に舞いながらもはやては思った。幾ら番外編とて、こんなギャグマンガ的な突っ込みはあらへんやろ、と。





  茶化された一連の出来事を思い返し、再び赤面するフェイト。その様子にコレムは熱でもあるのかと心配になるものの、大丈夫だと言われる。
何やら呟いているようだが、コレムには聞こえない。同時に絡める腕の力が強くなったことに気づく。何かあったのだろうかと思ってしまった。
その後、数分歩くと予約したレストラン『マーチラビット』に到着した。クラナガンの中でもそこそこ知名度のある店である。
聞くところによれば、別の管理世界から移ってきたのだとかいう噂だが、定かではない。

「いらっしゃいませ」
「予約を入れた、リキ・コレムだが」
「はい……コレム様でいらっしゃいますね。ご予約席へご案内いたします」

到着早々、二人はウェイターに案内されて席に着いた。
  内装は石積の壁に木製の床、程よい黄色の照明。全体的に落ち着いた、クラシックな雰囲気に包まれている。
ただし、客席数は二〇名前後が一杯一杯のようで、決して広い店とは言い難いものだった。今も一四人が入っており、そこそこの賑わいがあった。
二人は羽織っていたコートを脱ぎ、背もたれにかけてから席に座った。室内は暖房が利き、コートを着たままでは熱いくらいである。
  ウェイターが二人分のメニュー表と持って現れ、決まったら呼んでほしい旨を伝えてその場を離れた。
渡されたメニュー表を開き、コレムとフェイトは何を頼もうかと目を通す。地球とは変わらぬ料理が多く、馴染みやすい。

「Bコースにしようかな」
「私もBコースにします」

パスタサラダにコーンスープと、本店で評判のカツレツ、最後にデザートのセット。そこに、二人揃ってライスを付けるコースを選んだ。

「それとフェイトは、アルコールでも大丈夫?」
「はい。大丈夫です」

追加で赤ワインを選ぶと、先ほどのウェイターを呼んで注文内容を伝えた。

「かしこまりました。では、メニュー表をお下げ致します」
「お願いします」

テキパキと注文を記録し、メニュー表を持って厨房へと歩いていく。後は料理が運ばれてくるのを待つばかりであった。
  その間、コレムとフェイトは些細な会話を始めた。仕事についてだとか、変わった事は無かっただとか、お互いの近況的なものである。

「そういえば、まだフェイトはこっちの地球に来たことが無かったね」
「そうですね。私はまだ、そちらの地球へと行ったことがないです」
「だったら、次の休みにどうだろうか。私も時間の空きを、できうる限り作っておくが」

自分のために時間を取ってくれると言うコレムの心遣いに、フェイトは感謝を述べる。

「ありがとうございます。ですが、よろしいんですか?」
「いいよ。君も、たまには羽を広げてみてはどうだい」

話し込むうちに、注文した品が運ばれてくる。最初に前菜として彩られたサラダだった。また、ワインも運ばれくると、ウェイターが二人のグラスに注いだ。
  後から料理が追加して運ばれてくるため、二人はサラダから手を付けることにした。無論、その前にワインで乾杯する。

「メリークリスマス、フェイト」
「メリークリスマス、リキ」

小さくカチン、とグラスを鳴らしてからワインを口に含む。やや甘口の程よい渋みが、舌に染み込んでいく。普段は飲酒をしないフェイトだが、今日は別だ。
フォークを手に取り、サラダパスタに差し込み、口にする。独特のオリジナル・ドレッシングがパスタに絡まり、味を調えていた。
多少の酸味があるがさっぱりとした味わいと、野菜も新鮮でシャキシャキとした歯ごたえがある。
  会話を交えながらもサラダを完食した。次はスープだった。ほんのりと湯気の上がり、深みのある黄色で染められたコーンスープ。
中央には、生クリームを少々と、四方一センチあまりの小さなラスクが数個だけ乗っていた。フォークからスプーンに持ち返ると、トロリとしたスープに入れる。

「コクがあって美味しいですね」
「あぁ。サラダにしても、スープにしても、いい味をしている」

笑顔になるフェイトの表情に、自然とコレムの表情も笑顔になった。考えてみると、こうしてまったりとしたことは無かった。
何回か交際を重ねてきたとはいえだ。どちらも執務官や艦隊勤務ということもあって、忙しいばかり。時間もろくに取れなかったものだった。
  スープが空になる頃になって、見計らったようにメインディッシュが運ばれてくる。カツレツにニンジン、ジャガイモ、アスパラガスといった野菜も添えられていた。
ライスも別の皿で運ばれてきてから、オリジナルソースの掛かったカツレツにナイフを入れた。切った時に出る脂が、カツレツの質の良さを出しているようだ。
程よく焼かれたカツレツと、ソースの相性も合っている。管理局のレストランも上々だが、こういった店の方が上であることを感じさせられた。

「そう言えば、向こうはどうしているでしょうかね」
「景気よくやっているんじゃないかな? 前回ほどの人数はいないらしいけど、十分に賑やかなことは間違いないさ」
「はい……あ、グラス、お注ぎしますよ」
「ん? あぁ、ありがとう」

  空になっていたグラスに気づいたフェイトの行為に、コレムが感謝しつつもグラスに透明な液体を満たしてもらう。
逆にフェイトのものも空になっていた為、今度はコレムが彼女へと注ぐ。一口、二口とワインを飲みばがら、食も進んでいく。
至福の一時だ。心の奥底から、コレムは思う。反面、懐かしき友人達との再会をふいにしてしまったという、申し訳ない気持ちもあったが。
そんなことを考えつつも、彼は残ったカツレツにナイフを入れ、切り出した部分をフォークで刺して口に運ぶ。
  メインディッシュの味を存分に堪能した二人に、ウェイターはタイミングよく最後のデザートを運んで来た。
シンプルな、三角形を形取ったチョコレートケーキだった。スポンジ部分が層を成し、中間にチョコクリームが挟まれている。
それにフォークを差し込み、一口サイズに切り出すと、崩れ落ちないように口に運んだ。

「このケーキも美味しい……」
「甘すぎず、濃すぎず、と言ったところかな。自分には丁度良いくらいだ」
「リキは、甘い物は苦手ですか?」
「甘党ではないが、どちらかと言えば甘さは控えめの方が好みかな」

なるほど、と心内のメモ帳に記憶させるフェイト。彼女も料理はできるものの、種類は豊富とは言い難い。なんだかんだで仕事に忙殺される割合の方が多いのだ。
自慢にもならないが、幼き頃はプレシアのこともあって、家事に対する手伝いと言ったものはやったことがない。
リンディが母親となってからは、色々と家事手伝いをしてきたが、やはり経験は少なかったと言えた。

(なのはも、はやても、私より作れるからなぁ……)

  なのはは実家が料理店であるだけに、並大抵の物は作れる。同じくはやてに至っては、幼いころから一人暮らし故、自分で食事を作る経験は遥かに多かった。
また、彼女は日本に住んでいた時によく聞いたのが、女性ならば料理のスキルは必須だというものだった。特に、夫婦暮らしの場合は、である。
恋仲になったフェイトとしては、少しでも料理の腕は持っておきたいと思う。時折、なのはやリンディに教わるが、時間が足りない。
仕事とプライベートの両立は大変であると感じつつも、もっと頑張りたいものだと思う。
  デザートも食べ終わり、ワインも何度か飲み干した時だった。コレムは改まったように、フェイトの名を呼んだ。

「フェイト」
「はい?」
「その……」

少しばかり口ごもるコレム。どうしたのかと尋ねようとしたところで、コレムはジャケットの内側から縦二〇センチ、横五センチ程の小包を取り出した。
それを見た瞬間にフェイトは、思わずドキリとする。丁寧に包装された小包には、リボンで飾り付けられていた。

「クリスマスプレゼントなんだが……受け取ってもらえるかな」
「わ……私に?」
「勿論。ただ、自分はそういったものに疎くて……気に入ってもらえるかは分からないんだが……」
「開けても、いいですか?」
「うん」

  そっと受け取る小包。どこか気まずそうなコレムの表情だったが、フェイトは嬉しさに心の器を満たしつつある。
心拍数を上げながらも、彼女はそっと包装紙を外してゆく。長方体の箱を手に取り、そして、ゆっくりと蓋を外した。

「ぁ……」
「どう、かな」

箱の中に入っていたのは、彼女の名前の頭文字(イニシャル)“F”を模った金縁のペンダントであった。気に入ってくれるかどうか、不安になるコレム。
その彼を余所にして、彼女はペンダントを手に取ってまじまじと眺める。自分のイニシャルをペンダントに選んでくれたクリスマスプレゼント。
思わず嬉しさが込み上がる。反対側に座るコレムに顔を向けた。

「凄く、嬉しいです。本当に……本当に」
「よかった。そうだ、付けてみたらどうかな?」

そのように即されると、フェイトは気恥ずかしながらもペンダントを首の後ろ回してフックを留めた。似合っているか自信はないが、コレムに向き直って尋ねてみる。

「どう、ですか?」
「うん、似合ってるよ」
「ありがとうございます。このペンダント、大事に使わせてもらいますね」

  にこやかな笑みを浮かべるフェイトを見つつも、コレムはプレゼント購入におけるちょっとした苦労を思い出す。
あの恋愛には詳しいであろうイタリア人艦長カンピオーニからは、プレゼントよりも女性を丸め込めて落とす方法を自慢げに聞かされたものだ。

「甘く優しく、耳元で囁くようにして、だな……」

等と言う始末だった。コレムは丁重に断ってその場を離れ、次には交際には発展しているという、北野に訪ねてみた。
  ところが彼もまた、コレムと同様に悩む一人であったことを知った。何せ交際相手である藤谷は、男勝りな性格ゆえにどういったものが気に入ってくれるかと不安だと言う。
お互いに大変ですね、等と励ましあう程度の会話で済まされてしまったのである。よくよく考えると、身の回りで交際関係にある人物などそう多くはない。
上官であるマルセフに聞いてみるのは、何処か気が引けたものだ。踏み込んではいけない、暗黙の領域な気がしたからである。
  そこで尋ねる相手を男性ではなく女性に変更した。これまた勇気のいるものだったが、フェイトをがっかりさせたくないという一心である。
最初に訪ねたのは目方だった。普段おしとやかな性格である彼女なら、いいヒントが貰えるのではないかと思ったものである。

「貰って嬉しいもの、ですか。そうですね……指輪、ではあまりにも性急的すぎますからね……」
(それはそうだ)

指輪を送るということは「結婚してくれ!」などと言っているも同然だ。確かに彼女とは恋仲ではあるが、まだ早すぎると思っていた。
目方は大和撫子と言うに相応しい日本人だ。が、生憎と恋仲の話は浮かんでこず、逆に高嶺の花等と言われて話が舞い込んでこないという。
何せ実家は神社であるし、その父親も相当におっかないとかで有名を馳せている。彼女にとっては災難であろう。

「無難に、イヤリングですとか、ネックレス……いぇ、ペンダント辺りでしょうか」
「成程」
「あぁ、それと、あまり高価なものでなくともいいと思いますよ」
「そうなのか?」
「私の観点からすれば、プレゼントされるというだけでも、女性は喜んでくれると思います。特に、フェイトさん程の女性なら、大佐のお気持ちを分かってくださる筈です」

  フェイトの性格に関しての情報は、目方の教え子であるはやてから聞き入っているという。確かに彼女は、心の優しい女性である。
目方はそれを知って、大丈夫であると言ったのである。流石は大和撫子、とコレムは感謝したものであった。






  店の外に出たころには、時間は午後八時三〇分を回っていた。先ほどのレストランの中で、一時間半も過ごしていたらしい。
寒さも幾分か増しており、思わずコートの襟もとを締める。冷たい風が、先ほどの暖かい空間にいたことを忘れさせるようだ。

「寒いな……」
「今日は冷え込むって予報でしたから」

吐く息の白さが、益々をもって濃くなっている気がする。この後はどうしようかと迷うコレムだったが、フェイトは暫く歩きませんかと言ってくれた。
ちょうどこの先に、公園があるようだ。アルコールも含んでいるせいか、少し落ち着きたいのもあるのだろう。
コレムはフェイトに同意すると、そのまま腕を組んで歩き出した。
  公園は当然の如く静かである。広い空間を、やや頼りなさげな電灯が照らしている。ぼんやりと輝くその中央には池があり、噴水も設置されていた。
昼間であればそれなりの賑やかさもあるのだろうが、今はコレムとフェイトの二人だけだ。あとは噴水の水飛沫の音が聞こえるだけである。

「静かだ」
「誰もいませんからね。こんな時間帯ですし」

二人きり。先ほどは店の中ということもあって、他の客もいたものの、ここには誰もいない。落ち着く反面、静かすぎて逆に気まずい気もする。
何か言わなければならない、と思った矢先に、フェイトはレストランで受け取ったペンダントを思い出す。

「あの……さきほどは、ありがとうございました」
「あぁ、それかい? 気に入ってくれて、私も嬉しいな」
「けど私の方は何も用意できてなくて……すみません」

  自分だけ受け取ったのは不味かったと、今さらながらに後悔する。こんなことならば、私もプレゼントを容易しておくんだった。

「気にしないでくれ。その気持ちだけでも十分、嬉しいよ。フェイト」
「……」

気持ちで十分だと言いながらも、自然にフェイトを片腕で抱き寄せる。それに甘える形で、彼女もコレムに寄り添った。抱き押せられながらも、彼女は思う。
アルコールを含んだから、平然とこんな行動を取れているのだろうか。普段の自分では、こんな風に甘えるような行動はしないだろう。
そもそも、甘えるなどという行動自体、彼女との縁は遠かったと言える。義母であるリンディにも、それほど甘えた記憶はない。
  無論、甘えたことが無いからと言って、嫌っているわけではない。寧ろ愛情を注いで貰って、嬉しかったくらいだ。その気持ちは今も変わらない。
が、無情に甘えたりするようなことは、やはりなかった。彼女自身も中々に芯の強い娘であるためでもあろう。
親友である、なのはに対しても同様だった。大の親友として、大変に好いてはいるが、かといって無邪気に甘えたりした記憶はない。
  そんな自分が、コレムに対して甘え、彼も受け入れてくれる。が、ふと考え直してしまうこともある。

「リキ」
「ん?」

気まずいことだが、フェイトは改めて確認したかったことがある。

「私の出生のことは、知ってますよね」
「あぁ。だが、どうしてそんなことを……」

彼女は人間同士の交配で、純粋に誕生したわけではない。人工的に造られた人間――いわば人造人間である。今はもう慣れたことではあった筈だ。
  だが、こうして交際の仲ともなると違ってくる。彼の周りで、自分の出生のことを知られた時の反応が怖かったのだ。
そのせいでコレムに不快な思いをさせるのではないか。自分が原因で、そんな事態を招きたくはなかったのである。
彼女はその思いを、この場を持って告げた。正面を向きあいながらも、淡々と聞き入れるコレム。そのすべてを聞き終えた時、彼は苦笑した。

「そんなことを、気にしているわけがないだろう」
「本当、ですか」
「勿論だとも。君は特別だっただけだ。造られたのではなく生まれた。母親であったプレシア女史の希望と、姉であったアリシア嬢の愛情を以って生れて来たんだ。何も恥じることなど無い。愛されて生まれた者は全員が特別だったという証なんだ」

トクン、と温かい鼓動がフェイトの胸を打つ。次元断層に消えた母。絶望の中、全てを呪いながらフェイトを突き放したあの言葉に『これ以上巻き込みたくない』という愛情があったのではないか? 
夢で聞いた姉の言葉、全てを忘れて一緒に暮らすという言葉に『現実を見てほしい』という願いが込められていなかったか、と……。

――愛 さ れ て い た――


今まで、それを知りたかったのかもしれない。それを聞きたかったのかもしれない。もう一度胸の鼓動が温かく脈を打つ。

「なぁ、フェイト」
「……!」

  俯いていたフェイトが、ふと、コレムに引き寄せられた。それは抱き寄せる、と言うよりも抱き締めると言ったほうが正しいものだった。
彼女の腰と後頭部に手を廻して、彼自身の腕の中へ抱き締めている状態なのだ。フェイトは、彼の行動に何度目かわからず表情を頬を赤くする。
それはコレムには見えないが同時に彼女は、内心で心拍数をさらに跳ね上げた。

「私は、君を心奥底から愛している。出生だのと、過去の因縁などと、気にはしない。他の誰でもない、君自身なんだ」
「ぁ……」

  ギュッと強く抱きしめられる。フェイトは動かなかった。強く抱きしめられながらも、コレムの想いの強さが流れ込んでくるようにも思えたからだ。
さらに、愛しているとまで言われて、平然としていられる筈もなかった。彼女もまた、抱きしめられる側から、する側へと転向した。
彼の背中に両腕を回し、抱きしめ返したのである。

「これでも、納得してはくれないかな」
「いえ、貴方の想いは、私に十分伝わりました。変なことを言って、すみません。私も……」

一瞬躊躇った後、フェイトは顔を上げると、恥ずかし気ながらも続けて言った。

「私も、ぁ……愛してますから」
「ありがとう、フェイト」
「ん……!」

  互いに見つめる内に、互いの唇が重なった。重ねるだけの接吻(キス)であったが、それでも互いの想いは熱いものだ。これが数秒か、数分かは、二人にも解らない。
しばし重ね合わせた唇を離す。これも、アルコールのせいなのか。ここまで大胆な行動に出るとは、我ながら驚きである、とコレムは思った。
フェイトも、初めてのキスに頬を染め直している。外の寒さなど忘れさせるような、熱き想いが胸の内に燃え盛るようだ。

「初めて、ですね」
「そう……だな。嫌、だったかな?」
「いえ。とても嬉しいです」

これは、所謂ファーストキスだ。自分から行動に出たコレムも顔を赤くしている。若干の不安を抱いていた様子でだった。
せっかく格好良く決めたのが、台無しになってしまった。笑顔で返すフェイトに、コレムもほっとする。
  そんな時だった。二人の周囲に、白くチラチラとしたものが降り注ぎ始める。

「ぉ……雪だ」
「えぇ。ホワイトクリスマスですね」

ゆっくりと舞い落ちる雪は、見とれている二人に構わず、辺りを白く染めんとしている。地上に到達した結晶達は、次に降りてくる仲間を待つのだ。
折り重ねていけば、小さな結晶と言えども真っ白な一面を飾れる。その時が来るまでは、溶けては固まり、の一連の行動を続けるであろう。
  同時に、愛情を確かめ合った二人を、雪の妖精達がささやかながらも歓迎しているようでもあった。この時だけは、雪に感謝したくなる。
とはいえずっと立ち話をしている訳にもいかない。雪の量は次第に多くなり、ムードを冷ますに違いないからだ。
その証拠に、早くも二人の頭と肩には、雪が溶けずに残り始めている。このままでは頭から足まで真っ白になってしまうだろう。

「このままじゃ風邪をひく。家まで送っていこう」
「ありがとうございます。けど、夜遅いですし――」
「気にしないでくれ。最後まで君をエスコートするよ」

コレムにそこまで言われては、断ることもできない。フェイトは改めて礼を言って、自宅へと歩み始めた。無論、彼の腕に自分の腕を絡めなおして、である。
  後日、二人は回りから興味津々に、何かあったかと意味ありげな質問をぶつけられた。が、平然として、彼らの期待しているようなことはしていない旨を伝えた。
これに対してはやては……。

「はぁっ!? そこまでシチュエーションを進めといて、自宅まで送ってもらって、ほなさいならしたんかい!?」
「そ、そうだけど……」
「あほちゃうか!? そこまで来たんなら一気に……あべしッ!」
「一旦落ち着こうね、はやてちゃん」

暴走し始める友人を、どこから取り出したのかハリセンで黙らせたなのは。

「ともかく、素敵なクリスマスが過ごせた上に、お互いの距離が縮まってよかったじゃない、フェイトちゃん」
「ありがとう、なのは。……そっちは、どうだったの?」

  気になる向こう――第97管理外世界でのパーティーのことだった。そのことに関し、はやてはすっと立ち上がって説明した。

「大賑わいやったで。古代提督夫婦と娘さんも、またいらっしゃってな」

それに加えて佐渡 酒造なども再び参加。酒という酒を飲みまくっていたという話だ。しかもそこに、酒豪で知られるレティも加わったため、酒の減る量が早くなったという。
主催者である、月村 すずかは、フェイトとの再会が叶わず多少は残念がっていたものの、その事情を知るや否、「応援しているから、がんばってね」と言ったという。
アリサも同様に、恋人と過ごすフェイトを責め立てたりせず、素直に祝いの言葉を手向けた。なんだかんだで応援してくれるのである。
  一方でコレムの方も、カンピオーニに詰め寄せられた。

「大佐ァ! 男なら、そのまま愛する女性を、最後の最後まで手ほどきするべきだろう!」
「いや、あの……」
「えぇい、何を躊躇ったのだ大佐。酒も入っていたのだろう、彼女の家までいったのだろう、なればこそだな……っ!?」
「フォルコ、ちょっとお話が」

黒いオーラを発しているクリスティアーノの姿があった。

「貴方ね、コレム大佐には、大佐なりのペースがあるのよ。ほいほいと女性をひっかけるような貴方とは違うの。それよりも、この前も他の女性に鼻の下伸ばして……」
「悪かった、それ俺がは悪かったから!」
(彼女も独占欲が強いようだ)

等と冷静に見ていたコレムであった。
  また、余談ではあるが、ミッドチルダにある地球連邦大使館には、コレム宛への投書が続出したという。
その大半はフェイトを尊敬――というよりもファンが出したもので、どれもこれも嫉妬の書き込みであったという話である。
コレムは苦笑で済ますものの、対応に追われる大使館関係者は甚だ迷惑だったのは、想像するのに難しくなかった。






〜〜〜あとがき〜〜〜
書いていて自分の文章力のなさに愕然としましたね。(これが最初の一言ですみません)とういうか、誰が得するんだ、コレムとフェイトの組み合わせw

さて、シルフェニア9周年、誠におめでとうございます! 思えば、私は3年ほど前からお世話になり始めましたか。
それから年数がたつのは早いものだと改めて思う次第です。このまま何事無く、当サイトが存続し続けていけることを、切に願います。
私も駄文ながらも貢献して行きたいと思いますゆえ、これからもよろしくお願いいたします!



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.