地球人類は地表から足を離し、宇宙に進出するのが当然となっている。宇宙へ進出する、と言うとさも壮大な印象を与えかねないものであろう。
だが1人の人間として見れば宇宙に出るだけでも壮大な物語だろうが、全宇宙から見れば極々初歩的な段階を踏んだに過ぎないのである。
それでも地球人類は、生存圏を地球の地表から火星まで広げることに成功していた。
その火星に対して地球人類が生活可能な環境へ作り変える巨大プロジェクト―――テラフォーミングを、膨大な時間を掛ける形で施したのだ。
人類が実際にテラフォーミングによって火星へ居住が可能となったのは、西暦2120年代のことである。
開拓された新たな新天地こと火星へ続々足を運んだ移住者達は、その新たな大地での生活を開始した。繁栄の為に少しづつ努力を注ぎ込んでいったのである。
この時、地球上にある国家の殆どが、国 際 連 合に加盟していた。通称、国連とされる組織は、何もこの時代特有のものではない。
遡れること凡そ西暦1919年、第一次世界大戦の反省を踏まえて結成されたのが国際連盟だが、それから約30年後の西暦1939年のこと。
国際連盟は、教訓を生かし切れずに、日本、ドイツ、イタリアの3ヶ国―――世に言う枢軸国による第二次世界大戦を防ぐことが出来なかった経緯がある。
そして第二次世界大戦時後に、改めてこれを教訓として再結成されたのが国際連合だった。幸か不幸か、それから長い時を経た西暦2100年以降も、国連は時代に沿って変化を遂げながらも存続しているのである。
その国連を中心にして世界で大々的な改革を行ってきた。その典型的例が、国際基準で定められた六大州によって、世界を六分割統括することだった。
無論、そのために国が消えたりした訳ではない。各州の中において、また各管区が細分化されているのである。
地球で最大の大陸面積を誇る亜 州では、北アジア管区、中央アジア管区、西アジア管区、南アジア管区、極東管区、東南アジア管区の計6つの管区によって構成されているが、日本はその中の極東管区に属している。
他の大陸では、北 米 州、南 米 州、欧 州、阿 州、太 平 洋 州の5つに分割・編成されていった。
それら各大州の傘下に、やはり細々とした管区が置かれていた。同時に各管区には、行政のトップである行政長官、軍政でのトップである軍務局長が任命される。
この2人の下に、また各分野の官僚が配属され、経済政策や軍政に勤め上げていくのである。
世界的に改革が進む中で、同時平行で改変されたのは軍隊の在り方であった。これまでの国連では、明確な軍事組織―――国連軍というものは存在しなかった。
あっても国連平和維持活動(別名:国連平和維持軍)であり、これは各国の軍隊を最小規模にして、紛争地へ派遣する程度のものだった。
要は各国から最小限度の兵を抽出して戦地へ派遣するようなものである。
しかし、こういった方式に付きまとう問題は当然のことながら存在し、各国軍隊による本格的武力行動による連携に高望みが出来ない点が挙げられた。
そこで国連は、本格的な国連傘下としての軍隊を創設することを決定した。全軍の組織統一化を図り、同時に兵器の共通化も推し進めていったのだ。
国連の下に国連統合軍が設置されると、さらにその下には各部隊組織として、国連海軍、国連陸軍、国連空軍、国連宇宙軍の四大軍事組織が設置され、各州および管区に振り分けられていったのだ。
勿論、それは並大抵では済まない苦労の連続であったといよう。人種的な差別問題や宗教問題も当然のことながら、各兵器産業の利権争いなどもあった。
これらを克服するのに十数年以上掛かったとされるが、今もなお絶対に解消されたとは言い難い。
そして時が過ぎ、西暦2140年。火星管区の行政長官が突然の独立宣言を、全世界に発信した。
「我々、火星管区及びコロニー群は、国連の指導を離れ、独立することを宣言する」
ここに人類初となる、第一次内惑星戦争が勃発したのである。しかし、反国連一派の中心となった火星は人的と物的の双方において、国連軍に劣った。
戦力も心もとなく、宇宙の主戦力たる宇宙艦隊も、国連軍の2割にも満たない貧弱さである。
そこで火星軍は、隕石群を利用した遠距離攻撃にて、制宙圏を掌握、かつ国連軍を降伏させんと目論んだのだ。
彼らには、短期決戦以外に勝利する方法はなかったが、これは火星軍を圧倒的劣勢な立場に追い込む結果にしかならなかったのである。
「火星軍は、民間人を巻き込むことを躊躇わない悪魔だ。この非人道的攻撃を、決して許してはならない!」
そう。短期決戦で勝とうと考えるあまり、彼らは有ろうことか、勝利への近道と自滅の近道を間違え、民間人にまで被害を及ぼしたのである。
無差別爆撃とも言える隕石攻撃に、確かに国連軍は少なからぬダメージを負ったものの、民間人への被害も少なくなかった。
世界中は火星を敵として強く根付いたのは良いが、国連軍の戦力は間違いなく擦り減ったのだ。まぐれ当たりで、宇宙港へ落ちたところさえあったからである。
この隕石攻撃に脅威を感じた国連は、各都市の地下に建設されていた避難シェルターへ、民間人を非難させた。
これは万が一を考えて造られたものだ。隕石の落下に耐えられるよう、地表から地下天井まで1qから2qの厚さが施されており、万全の構えを取っていたのだ。
その後、国連は火星や周辺コロニーに対して軍こと行動を開始した。圧倒的物量に物を言わせて、コロニー群をまず降伏せしめていく。
火星軍にも宇宙艦隊はあったが、国連軍が息を吹きかければ吹き飛ばされてしまう程度のものでしかない。
そこで火星軍は、宇宙海賊に賛同を呼びかけたのである。荒くれ者共とはいえ、戦闘にはめっぽう腕が立つのが海賊だ。
「たかが海賊風情が、国連に刃向うか!」
とある国連軍士官が余裕の言葉を放っていたものである。が、過去において、こういった海賊が軍隊として勝利した例が、極まれにだが存在する。
遡ること西暦1588年。当時において海軍大国として名を馳せていたイングランド(後のイギリス)の艦隊と、ネーデルラント(後のオランダ)の艦隊が、スペインの艦隊ことスペイン無敵艦隊と大海戦を演じたことがある。
結果としてイングランド・ネーデルラント連合艦隊が勝利したが、これを世に有名な『アルマダの海戦』と言う。
このイングランド艦隊の司令官の1人にフランシス・ドレークという人物がいた。実は海賊であり、世界をまたに掛けて航行した人物である。
小国が有する国家予算以上の財宝を掻き集め、それをエリザベス女王に献上し、一気に海軍中将の地位を得たと言われる指揮官っだった。
火星軍は何が何でも勝たんとした為に、こういった海賊まで加えて戦闘に臨んだ。片や国連軍は海賊と植民地軍の混成艦隊と侮った。
その差が、一時的に国連側へ苦杯を舐めさせたのだ。ゲリラ戦術や国連軍にも劣らぬ見ことな操艦により、国連軍は苦戦を強いられてしまった。
さらには押しのけられてしまった国連軍だったが、体制を立て直し、ゲリラ戦を繰り返す海賊を逆激して殲滅した。
宇宙艦隊も壊滅、火星軍は劣勢に追い詰められ、とうとう降伏を余儀なくされたのである―――が、戦争はそれで終わりではなかった。
西暦2180年、第二次内惑星戦争勃発
落ち着いたかに見えた矢先のことだった。40年を経て、火星は復讐と独立の双方を完遂せんとして、再度の独立戦争を引き起こしたのである。
以前よりも国力は増したとはいえ、やはり戦力不足に変わりはない。そこで、火星軍は前回と同じく隕石による奇襲攻撃を敢行した。
月基地、地球の国連軍主要基地を破壊しようと躍起になったが、結果は凶と出た。それは、発射した隕石が予定コースを外れ、そのまま民間施設にまで落下したのだ。
火星軍が一番恐れていたパターンが、恐怖の津波となって押し寄せた。宇宙海軍の各拠点ではなく民間施設に落ちたことにより、各メディアが熱烈な火星への批判報道を始めてしまったのである。
幾ら弁明をしようとも許される筈がない。ましてや戦争状態にあるのだ。敵軍の謝罪を早々に許すことなどできるわけがなかった。
そして、火星軍は完全に孤立してしまった。独立に支持を寄せていた、火星周辺のコロニー群からさえも見放されたのだ。
しかも国連軍の宇宙艦隊を隕石の奇襲で撃滅させることなど、夢のまた夢に過ぎなかった。
火星軍は最後の足掻きとして、全艦隊を持って迎撃に当った。
「火星の独立の為、我らは最後まで戦う。必ずや、地球艦隊を降伏せしめるのだ!」
火星方面軍宇宙艦隊司令官 アレイタス・レイニール少将は、出撃前の演説で全将兵達に対して激励を飛ばし、堂々と軍港から出発していった。
彼らは元国連宇宙海軍所属の将兵ではあったが、その大半は地元住民たる火星移住者で占められていたことが幸いとなった。
その為、離反する者は奇跡的にいなかったが、出撃したのは、戦艦2、巡洋艦12、宙雷艇28―――合計37隻の艦隊だった。
国連宇宙軍の中央司令部規定とされる、1個艦隊27隻編成よりも多い。とはいえ、国連軍全管区に配属されている宇宙艦隊の総数は、およそ760隻以上。
大まかに比率に現せば、1:20という勝ち目のない数値が出る。火星軍は勝ち目はないとはいえ、素直に頭を下げて降伏することを良しとはしない。
指導者はプライドを柱に、そう公言して移住者たちを激励した。
が、火星移住者達の全員が励まされた訳ではない。寧ろ、鬱陶しいと言わんばかりの者も多かった。
「そうやって降伏しないと言い張る奴ほど、後ろにいるもんだ」
「それ以前に、なんだってまた、国連に反旗を翻すつもりになったんだよ」
「全くだ。火星管区のお偉方が、全宇宙港を閉鎖しやがって‥‥‥出ように出られないじゃないか」
「それはあれだ、『死ぬのは俺だけじゃない、お前達も従ってもらうぞ』と言ってるんだよ。まったく、犠牲は自分だけにしろってんだ!」
火星住民の目でハッキリと言ってしまえば、それまで平穏に暮らせていた国連主導の時の方が大分良かったのだ。今さら反旗を翻して、何の益があるのかと思った。
一方で反対に賛同を指示する者の立場からすれば、第一次内惑星戦争前の、国連の火星居住者に対する政策軽視が、反対する理由となっていた。
開拓を完了するまでに、並みならぬ努力があったのは想像に難しくない。その中で、火星開拓計画を主導した面々は、国連からの支援を満足に受けられなかった。
物資流通ルートなどを国連側が管理しているためだ。しかも、火星開拓に意欲を見ないような輩が横流しをするものだから、火星開拓者の不満はエスカレートする。
だが文句を言えば、計画をさらに遅らせてしまう様な脅し文句を言われる始末。
何も言えぬ状態がしばし続いたが、その不穏な様子を国連中央部が察知した。視察団が流通管理者等の調査を行った結果、横流し等が発覚したのだ。
これで管理者を変更し、火星開拓計画が万ことめでたく進み、無事に終わるかと誰もが思った。
しかし火星開拓者達は、受けた仕打ちを心奥底に染み渡らせてしまっていた。今は現状が回復したものの、後になって同じようなことが起こりかねないと考えた。
それが、第一次内惑星戦争という結果へと繋がっていたのである。無論、原因はそれだけに留まらないが、大元の1つがこれなのである。
そういった原因が過去の汚職者にあるとはいえ、国連側としては2度目の独立運動を見過ごすわけにはいかなかった。
国連中央委員会の決定に基づいて、鎮圧行動に出たのだ。国連軍総司令部は宇宙軍へと命令を発し、直ちに火星鎮圧艦隊が編成され、飛び立った。
その戦力数は、6個艦隊162隻に達した。火星軍の大よそ4倍の兵力である。
内情は、以下の通りになる―――
国連宇宙海軍 連合艦隊
・第1連合艦隊
・北米方面空間戦闘群第5艦隊:指揮官 ハワード・キンメル中将 (連合艦隊総指揮官/第1連合艦隊指揮官)
・欧州方面空間戦闘群第9艦隊:指揮官 ジョン・ウォーカー中将
・中東方面空間戦闘群第20艦隊:指揮官 ムハンマド・アーメル中将
・第2連合艦隊
・極東方面空間戦闘群第1艦隊:指揮官 近藤孝敏宙将(中将相当) (第2連合艦隊司令官)
・豪州方面空間戦闘群第17艦隊:指揮官 クリストフ・ベイカー中将
・月面方面空間戦闘群 第25艦隊:指揮官 カール・ミュラー中将
これら連合艦隊の総指揮及び第1連合艦隊の指揮を執るのは、北米方面空間戦闘群第5艦隊司令官 ハワード・キンメル中将である。
方や第2連合艦隊は、極東方面空間戦闘群第1艦隊司令官 近藤孝敏宙将が指揮を執ることとなった。
この頃の国連軍は、各国共通して軍こと行動がなせるよう、協定やら訓練が定められていた。そうしなければ、国連軍は数が多いだけの混成軍でしかない。
プライドや確執によって、軍内部に軋轢が生じれば目も当てられないことになる。何処の国も公平に動かすには、これまた並々ならぬ苦労もあった。
今回の総司令選抜は、勿論のこと国連軍中央会議によって決められたものだ。
西暦1980年6月9日。地球より各艦隊が出撃した。月面艦隊と合流した後、連合艦隊は火星方面へと進撃を開始したのである。
一方の火星軍は、この国連軍をどう対処しようかと策を練った。まず狙うとすれば、火星周辺を周回する、コロニー群ではないか。
このコロニー群は、エネルギー供給システムや、民間施設、農業プラント、工業プラントなどがあり、火星にとってはかけがえのない存在なのだ。
無論、火星本星にもそういった施設はあるが、こういった無重力空間に存在するコロニー群の方が、生産力において勝るものもあった。
「国連軍発見! 火星本星へ向けて航行中。凡そ6時間後には、火星衛星軌道上に到達する模様!」
偵察衛星からの報告に、火星軍は対応に選択の幅を狭めたかに見えた。火星本星を目指しているのは81隻の艦隊だが、兵力で勝る彼らがそれで終わる筈はない。
火星軍首脳部は、必ず国連軍がコロニー群も視野に入れていることを確信していた。恐らくは、兵力に物を言わせて分進攻撃を狙っているのではないかと。
それは図に当たった。残る偵察衛星から、迂回するようにしてコロニーへ向かう国連軍の姿が確認されたからだ。
ここで火星軍は一か八かの賭けに出た。コロニー群防衛部隊と、火星防衛部隊の二手に分け、迎撃する案を提示したのである。
国連軍からすれば、相手に捉えられようが構わなかった。何故なら、兵力に雲泥の差があるのを見越してのことだったからだ。
「総司令。方角 11時50分、上方12度の方角から隕石群を探知。その後方にもいます!」
「数13。最大で300m。最小で200m!」
「ふん、火星人どもめ。隕石如きで奇襲をしようと言うのか」
火星制圧を担う第1連合艦隊司令官キンメル中将は、兵力に劣る火星軍を完全に見下していた。そして、それは奇襲の余地を与えるに十分だった。
隕石で艦隊を攻撃するには、少なすぎるし、そもそも誘導性の無い隕石を艦隊戦に使うなど愚かしい限りである。彼はそう踏んでいた。
それが覆されたのは、隕石群が第1連合艦隊の前方に迫った時のことだ。
第1弾目の隕石が、突如として光球を放ち破裂したのである。予めに爆破物と割れ目を入れたらしく、隕石は細かい破片群となって第1連合艦隊に襲い掛かった。
それは流星群とも見間違える光景だったろう。
「小癪な真似を‥‥‥! 散開するな、密集してやり過ごす」
国連宇宙軍連合艦隊総旗艦 金剛型宇宙戦艦〈メリーランド〉の艦橋で、キンメル中将は火星軍に対して憎たらしい感情を乗せて罵声を履いた。
ばら撒かれ広がる破片群に対して、なまじ艦隊を広げては被害を拡大させる恐れがあるのではないか、と咄嗟に判断したのである。
ならば密集させて破片群をやり過ごそう―――という魂胆だったが、それとは裏腹に、破片群は着実に第1連合艦隊へ被害を与えていった。
戦艦ならまだしも、巡洋艦や最小艦の宙雷艇、装甲の薄い艦艇には、恐ろしい刃となって襲い掛かる。
「宙雷艇〈ポール〉通信途絶。巡洋艦〈ポートランド〉機関部に破片が直撃し航行不能!」
「戦艦〈イリノイ〉格納庫に被弾。火災発生中!」
単なる隕石ならばまだ違ったが、これは鉄を含んだ隕鉄との結果が出ていた。鉄を含んでいる分頑丈で、艦艇への脅威になることは必然だ。
第1連合艦隊は続けて迫る隕石群を避けるべく、右方向へと転進した。
だが、次に迫った隕石群は違うサプライズが用意されていたのだ。
「敵艦隊発見!」
「何処だ!」
「隕石の破片群の中に‥‥‥!」
火星軍は隕石群を幾つも用意し、火星軍はそれを隠れ蓑にしていたのだ。中々に奇抜な戦法を、彼らはとってきた。まるで海賊の様な戦い方である。
バラバラとなった隕石の破片群と一緒になって襲い掛かった。彼らは鯱のように襲い掛かる。対艦ミサイル、宇宙魚雷を発射して無防備な連合艦隊を襲撃した。
この襲撃で第1連合艦隊は大きく作戦を遅らせた。10隻あまりの艦艇が撃沈、または大破。20隻あまりが中破から小破の被害を受けてしまったのだ。
さらにキンメル座乗の〈メリーランド〉も4ヶ所に被弾し中破。司令官キンメルは負傷し、指揮権をジョン・ウォーカー中将へ委譲させる他なかった。
ウォーカー中将は混乱の中で指揮権を引き継いだが、いったん乱された陣形を戻すのと、反撃を行うには時間が惜しかった。
火星軍はレイニール少将の指揮の許、見事な奇襲作戦を成功させたのだ。被害は宙雷艇を5隻失っただけで戦闘能力は健在だった。
そのまま火星軍は全速で戦場を離脱。丁寧に通信妨害用のECMポッドを置いて行った。そのまま全速で進めば、第2連合艦隊の左舷を直撃できる筈なのだ。
「‥‥‥12時の方角、国連艦隊補足!」
「全艦、密集体系のまま突撃する」
第2連合艦隊は依然として、直列陣形で進んでいる。レイニールはこのまま前進して国連艦隊の中央を討ち、分断しようと狙った。
同時に彼は、国連軍の不甲斐なさを、心の底からあざけ笑う。数が少ないからと甘く見ているから、こうなるのだ。愚かなり、国連軍!
―――という言葉は、キンメル中将に対してこそ言えたことだろう。
だが、第2連合艦隊は、彼が考えていた程に愚かではない。それが実証されたのは、数秒後のことだ。
「全艦隊、一斉左回頭90度。砲雷撃戦用意、目標、火星艦隊」
「左回頭90度!」
第2連合艦隊司令官近藤宙将は、予め火星軍の来襲を予期していたのだ。いや、備えること事体は当然である。彼は何処から来ても良いよう、万全を期したのだ。
火星軍は、この反応良さに気づいた。レイニールも如何すべきかと判断に一瞬の迷いを生じさせたが、それがいけなかった。
その間に第2連合艦隊は回頭を終えており、エネルギー砲や魚雷、対艦ミサイルといった兵装の準備をあっという間に整えてしまった。
「目標を補足した。第1、第2主砲、準備良し。魚雷、発射準備良し」
「撃ちぃー方、始めッ!」
国連宇宙軍第2連合艦隊旗艦 金剛型〈金剛〉より号令が発せられた。金剛型1番艦〈コンゴウ〉の主兵装―――艦前部の上甲板と艦底に備える三連装高圧増幅光線砲塔×2基6門、艦首魚雷×8門、上下甲板に備えられた垂直発射管×16セルが、ビームやミサイル、空間魚雷を一斉に宇宙空間へと解き放ち、突進してくる火星軍艦隊へ驀進する。
村雨型巡洋艦や宙雷艇からも、ビームやら宇宙魚雷やらが一斉に打ち出される。その光景は圧巻の一言に尽きた。
エネルギーと実弾による弾幕は、暴風となって火星軍の先頭部隊を襲った。咄嗟にジャミングやら囮を射出するも、間に合わなかった。
宙雷艇など、ひとたまりもない。一撃で木っ端微塵に吹き飛び、巡洋艦も戦闘不能に追い込まれていった。この攻撃で9隻の巡洋艦、宙雷艇が失われた。
「臆するな、このまま強行突破を‥‥‥!」
「10時方向、2時方向より敵艦隊の一部、急速接近!」
それは第1艦隊(日本)と第25艦隊(月面)の分艦隊だった。巡洋艦と宙雷艇を中心とした宙雷戦隊で、怯んだ火星軍に左右からの挟撃を狙ったのである。
とりわけ日本の分艦隊は敵味方を瞠目させるほどの見事な雷撃戦を仕掛けた。一糸乱れぬ軽快な艦隊運動は火星軍を圧倒した。無論、他の艦隊も追随を許さぬ技量だ。
月面分艦隊も必死に追いつき、火星軍を左右から乱打する。火星軍は一瞬のうちに勝利の階段から足を踏み外して壊滅へと一挙に転がり落ち込んでいった。
正面と左右からの連携攻撃は、どう見ても先ほどの艦隊とは違う見事なものであった。
レイニールは侮っていた自分を殴ってやりたい衝動に駆られたが、それどころではないのだ。彼は勝ち目はないと判断し、全艦に惑星間航行速度を命じた。
被害に構わず強行突破して一時的な撤退を選択したのである。
「おのれ、国連軍め!」
レイニールは罵るように言い放ったが、それも敗残者の虚しい最後の抵抗に過ぎなかった。
結果として撤退に成功したのは半分もおらず、半数以上が撃沈或は航行不能となって捕虜の二者択一であったものの、大半は降伏を選んでいった。
この戦闘で火星軍は主戦力たる艦隊を失い、さらには出遅れた第1連合艦隊がようやくコロニーへ到達した。そして無人コロニーへ向けて攻撃を開始したのである。
ここに来て火星首脳部は、降伏を選択せざるを得なかった。プライドにしがみ付いてきた彼らも、それを手放さなければならないことに、ようやく気付いたのだ。
「我、降伏ス」
火星管区の指導者が、連合艦隊へ向けて降伏を宣言したことによって、この第二次内惑星戦争は終わりを告げたのである。
第二次内惑星戦争が終結してから、およそ18年後の西暦2199年。地球はそれ以来、戦争を生じさせることもなく安泰な日々を過ごしつつあった。
国連軍―――とりわけ宇宙軍は、火星海戦時よりもさらに軍備を強化させた。各州がローテーションで宇宙軍を展開させ、警備に専念する。
地球圏から火星圏を主要に守り、外惑星系には無人探査機を中心に監視体制を強めていた。
また、科学技術も同時に進んでおり念願の防御シールド開発を成功させた他、人口重力を制御させる艦内の慣性制御システムも搭載可能となったのである。
とはいえ今までの艦艇には至急配備することはできず、人工制御が可能となったのは、つい最近就役した新型艦艇に限られた話だった。
これによって宇宙空間にいても、地球と同じ感覚で生活ができる。また、食事に関しても、重力があることで固形物や飲料パックに頼ることもない。
宇宙で働く艦隊将兵たちにとっては、この上ない喜びであるといってよいだろう。食事は士気に関わる、重要な要因なのだから。
「火星管区の経済は安定し―――」
ニュースキャスターが、時折火星における経済成長率を述べる。火星は戦争に敗北してから国連主導によって政策を取られ、国連派遣の管理官がその政策を行った。
今や安定した植民惑星に成長し、次第に移植者も増えている。
ただし、植民惑星に対する軍備に関しては、火星での叛乱が相まってか最小限に抑えられており、主要戦力の殆どが地球に駐留している形だ。
これらを必要に応じて派遣されるが、この派遣方法もまた先年の独立運動を恐れてのことでもあった。
極東管区の主要国の1つが日本だ。第二次内惑星戦争では、第2連合艦隊を率いて活躍を見せた国である。
この国もまた、平穏な日々が過ぎようとした―――が、それも唐突に終わりの鐘を鳴らした。
「おい、観ろ。太陽の一部が活発化しているぞ」
「こりゃまた、なんでだ‥‥‥いや、そんなことを言ってる場合じゃない!」
自然エネルギー局天体観測所の一室で、観測員の1人が異常に気づき、同僚も首を傾げていたのだが、突っ立っている場合ではないと気づく。
観測員は慌てて受話器を取り、内線で観測所所長へと繋いだ。数秒のコールでさえ、彼の中にある時間感覚からすると何分にも感じられた。
実際には10秒ほどで回線が繋がったが、ことの重要さに切羽詰まっていた観測員の声は明らかに上擦っていた。
「黒田主任、大変です。太陽の表面一部が、異常に活発化しているんです!」
『何・・・・・・? 君、その観測に間違いはないのかね』
信じがたいと言わんばかりの反応を示したのは、天体観測所所長 黒田景三だった。55歳になる黒田主任は、執務室において電話越しで対応に当たっていたが、その姿はまるで緊張とは無縁のものであり、黒いカイゼル髭を片手で撫でている。
そんな事が電話越しに観測員に分かる筈も無かったが、懸命に説明し、なおかつデータを急ぎ黒田の元へ送りつけた。
それをデスクのコンピューターで開き、データを目線で追っていった黒田は、次第に表情を強張らせていく。観測員の話が嘘ではないと悟ったからだ。
「確認しましたが、ありません。このままでは、数分もしなうちに太陽嵐の影響が、地球全土のあらゆるシステムが機能障害を起こす可能性が‥‥‥」
『・・・・・・わかった。私から大至急、鐘岸局長へと連絡しよう。君は引き続き、観測を続けてくれ』
もしこれが本当ならば、地球や他宙域で膨大な電磁波に襲われるだろう。そうなったら、あらゆる管理システムに数えきれない障害が起きる。
太陽観測所からの報告は直ぐに報告され、極東管区経済産業省自然エネルギー局を経由して国連へと大至急報告された。
国連はこの報告を受けると、全世界に対して第一級警戒態勢を敷いた。
とはいえ、太陽が放つ膨大な電磁波は、人工的に防ぎきるのはまず不可能であった。
「‥‥‥日本上空にオーロラ出現!」
第二の矢が、日本を襲った。現れる筈の無い、不可思議なオーロラが上空に出現したのだ。太陽の異常気象と合致した影響かはわからない。
同時に通信機が異常をきたした。他国との通信が不可能となったばかりか、レーダーも作動不良を引き起こす。重なる現状に、日本は揺れる。
そのような状態が続いたのは、約30分あまり。謎のオーロラが消え、天候も回復したのだが、日本の有り得ぬ現状に気が付くのは、この直後の事であった。
電磁波の影響で通信状態が極めて悪かったものの、異常気象が収まると同時に回復した。日本支部は他国と国連総司令部との回線を繋ごうとして、失敗した。
国連総司令部への連絡がつかないばかりか、他の管区との連絡も寸断されたままなのだ。
司令部のオペレーター達は、必死になって回線を繋ごうと努力した。
「どういうこった、通信システムにエラーは出てないぞ!」
「他国とのシグナルが途絶えたままだ。まだ復旧していないのかもしれんぞ」
通信手やオペレーターはあれこれと原因を探ってみたものの、改善の傾向は一切ない。その様子に、業を煮やした男性が声を荒げた。
「どうなっているのだ。国連本部との交信は、途絶えたままなのか!?」
中央指令室で怒鳴り声を上げたのは、鼻下に髭を蓄え、“頑固”という言葉が、モスグリーンのジャケットとスラックス、スカーフの軍服を着たような雰囲気だ。
その恰幅の良い、頑固さを現した55歳の男性―――国際連合極東管区軍務局長 芹沢虎鉄宙将(大将相当)である。
「駄目です。以前として通信は回復しません!」
「構わん、呼び続けろ!」
「いったい、どうなってしまったのだ‥‥‥」
方や呆然としているのは、後退しかかった白髪に口髭を蓄え、芹沢とは対照的な痩せ形の男性―――極東管区行政長官 藤堂兵九郎である。
突然の異常気象が、カラリと晴れた瞬間にこの異常事態である。国連本部との連絡が取れないばかりか、月方面や火星方面との連絡も取れなかった。
「‥‥‥っ! 藤堂長官、通信を傍受しました」
通信状況の一部回復したことを、日本人には珍しい金髪の20歳の女性でオペレーターを務める森雪三等宙尉が報告する。
「そうか。早速繋いでくれ」
一時的に喜んだ藤堂だったが、すぐに森雪は表情をしかめた。知らない周波数からの通信だったからだ。それでも、何もしないままでは現状は良くなる筈はない。
芹沢が通信を繋げるように即すと、森はすぐに通信回線を繋いだ。勿論、メインパネルへと画像を出して、である。
繋がった直後、司令室内部に怒声が響き渡った。
『なんだ、貴様達は! 我がユーラシア連邦の所属ではないな!』
極東管区日本支部の中央司令部の一角に、割り込んできた通信画面から見覚えのない男と名称が響いたのだった。
西暦が廃止され、C.E暦と呼ばれる時代。純正なる人間と遺伝子操作で誕生した人間が存在する世界。
コーディネイターは、身体能力と頭脳からしてナチュラルを凌いでいる人種だ。そして、科学的に誕生したコーディネイターは、本来なら有り得ぬ存在だった。
過去においてもクローン技術等で、世界各国からタブーとされた程である。それが、こうして現実に出てきたのには、いささか曲がった事情がある。
最初こそ、遺伝子操作の目的は、病弱な人々の体質を人為的に作り替え、健康的なものとする、というものだった。
それが歪曲し始めたのは、1人の男が自ら宣言した事から始まる。その名はジョージ・グレン。あらゆる分野で優秀な成績を出した、誰もが認める天才だ。
そんな彼が、自分はコーディネイターである事を告白したのだ。無論、最初の反応は批判的な声が多かった。タブーを犯したのだ―――と。
病気の人間を助けるための遺伝子操作が、その垣根を飛び越えて新たな人類を創世してしまった。まさに、神の設計図を書き換えたに等しい行為だった。
しかし、その批判の声よりも、次第にコーディネイターの子供を欲する人々が出始めた。優秀な我が子を、と金を掛けてでも望んだのだ。
そういった動きは大々的になったものの、これが次第にナチュラルへ弊害をもたらし始めた。優秀なコーディネイターが、能力で凌駕し、活躍の場を奪っていった。
「仕事を奪われた!」
このままでは自分たちの場がなくなる、と危惧したナチュラルは大勢いた。社会的に排除しようと言う過激な動きが出るほどである。
しかも子供の時からして、その差は体力と知力で現れてしまっていた。この時点で、ナチュラルの子供たちはコーディネイターへ反感を持ち始めるのである。
コーディネイターは、排除されるという危機を察して宇宙へ移住した。ポイント・ラグランジュ5(通称:ポイントL5)にコロニーを12個ほど建造したのだ。
これをプラントと言う。このプラントは国連もとい、プラント理事国という組織が中心に建設させたものだ。プラントは所詮、人口のコロニーである。
よって自然に食物を育てる為には相応の施設や設備が必要となる訳であり、プラント理事国はそれを狙って利益の向上をはかった。
地球の国土で生産された穀物を、貿易によってプラントに売りつけるのだ。いざとなれば、貿易を止めてやればよい。
「コーディネイターどもは、食料がなくなれば餓死するだけなのだ」
自給率がないコーディネイターのプラント。この理事国の魂胆は、彼らにだって理解できる。そこでプラントは、独立を果たす為に奔走することとなる。
同時に軍備力を整え始め、二足歩行型の機動兵器を開発。実戦配備に移すなど、地球側との戦闘に備える動きが活発化していた。
この頃、プラントを取り纏めるのは最高評議会議長 シーゲル・クラインという人物であった。彼は穏健派のコーディネイターではあったが、地球のやりようには目を覆うばかりで危機感を抱いていたのだ。
そこでプラント理事国に頼らない、独自のルートで食糧輸入を執り行うも、理事国側がこれを強引に阻止した。世に言う『マンデルブロー号事件』である。
食料を大量搭載したタンカー〈マンデルブロー号〉を、理事国は攻撃して撃沈、多数のコーディネイター諸共、抹殺したのだ。
ここから理事国とプラントの対立はさらに深まる。この後、クライン議長は密かに、幾つかのコロニーを穀物生産用に作り変えた。
これは発覚してしまい、理事国は宇宙軍を差し向けて、力でプラントを押さえつけようとして、失敗した。先の二足歩行型機動兵器の前に敗退したからだ。
そこから、しばらくは睨み合いが続いた。地球―――国際連合との溝は、深まるばかりであった。
C.E暦69年10月3日。本格的な武力衝突を起こしかねない緊迫した状況の中で、余計な問題が盛り込まれた。それが、先の日本と言う島国である。
因みにC.E時代における世界事情は激変している。国連を構成するのは、たった11ヶ国の国家群。世界が、11ヶ国に分割されているのだ。
管区ではなく、あくまで国家である。そして問題となるこの世界の日本。この島は、ユーラシア連邦と東アジア共和国の2ヶ国に分断統治されている。
北海道をユーラシア連邦が、本州を東アジア共和国が、それぞれ治めているのだ。今や主権の無い、辺境の島としか見られていない。
ただし工業力は依然としてあるようで、フジヤマ社と名乗る工業会社が、主に兵器開発の点でそれなりの名を上げていた。
そしてこの日、日本は姿を忽然と消した。いや、消したと言う表現は誤解を招く。正しくは、この世界の日本が消えたのであり、島は消えていないのだ。
「何を寝ぼけたことを言うのか」
この報告を、呆れたと言わんばかりな他国の反応。当然である。突然に日本が消えたなどと言う妄言を、直ぐに信じる者などいない。当事者を除いてだが。
国連の一大勢力であり、プラント理事国でも中心的な国家である大西洋連邦でさえも、この日本消失事件を前にして真面目に対応しなかった。
自分の領土でもないうえ、戦略的価値もない。そう、最初はこのように考えていた。それが180度ひっくり返るのは、もう少し後になってからの事である。
そして最初に価値を見出したのは、皮肉にも馬鹿な妄想だと一喝した男だった。その名をムルタ・アズラエルと言う。
彼はアズラエル財閥の当主であると同時に、国防産業連合理事長の肩書を持つ。別の肩書で、反コーディネイター団体『ブルーコスモス』の盟主も持つ。
が、あくまでそう呼ばれるだけで、正規な称号はない。その団体に対して、最も多く出資をしていることから、盟主と呼ばれているだけのことである。
彼はこの日本の消失を聞いた瞬間、眉をしかめ、呆れた表情で言った。
「僕は、そんな夢物語を信じるほど、酔狂ではありませんよ。何だかは知りませんが、そんなことはユーラシア連邦と東アジア共和国に任せとけばいいじゃないですか」
年齢にして30代半ばとされる若い理事は、そう言い放つと考えを切り替え、軍需産業における利益の計算と、コーディネイターの殲滅と言う過激思考を再開させた。
ブルーコスモスという団体は、前述したとおり、コーディネイターを快く思わない集団で、地球全土に存在する大規模団体だ。
が、このブルーコスモス、入団条件などが存在するわけではない。団体名簿により管理されているわけでもない。
ただ1つ、コーディネイターを憎んでいること。これだけでブルーコスモスの仲間入りを果たしているようなものだ。つまりは自称である。
その行動内容は誠に誠実とは言えず、コーディネイターを殺すことに躊躇いが無い。まるで人以下と見ているように。
そもそも、ブルーコスモスという集団は異常だ。
「青き清浄なる地球の為に!」
というスローガンを掲げ、テロ行為も辞さない。理性など有りはしない。それがまた、軍内部に多く存在しているのだから堪ったものではなかった。
無論コーディネイター側にも問題が無いと言えば、嘘になる。彼らは自分らが優秀な存在だと心底から思う者も多く、それがナチュラルの癪に障る。
このような迫害運動があったからこそ、コーディネイターは宇宙にコロニー群を作り上げ、プラントと名乗り暮らしているのであった。
ここで、視点は日本の司令室に戻る。
『なんだ、お前達は! 我がユーラシア連邦の所属ではないな!』
随分な挨拶である。寧ろ藤堂の方こそ、そう言い返してやりたい心境であった。よくよく見れば、その人物は40代前半だろう。
基本色は白だが、詰襟は赤、肩部分と脇腹辺りが黒になっている服装。さらに海軍のような軍帽を被っていることから、軍人なのは想像できる。
『我が友軍を如何したのだ、いや、それ以前に、お前達はユーラシア連邦なのか!』
「ユーラシア・・・・・・連邦!?」
あっけからんとして、藤堂が思わず聞き返す。
『そうだ。この島国の北方は、我がユーラシア連邦が治めていた筈だ!』
相手が激怒しているのは目にも明らかだが、こちらの現状を少しは理解してもらいたいものである。とりわけ芹沢はイライラと怒りを蓄積させているのが明らかだ。
他の者にしても、一方的に非難されて気分の良い筈がなかった。
芹沢が暴発寸前に、今度は藤堂が口を差し込んだ。
「私は国際連合極東管区行政長官 藤堂兵九郎です。失礼ながら、ユーラシア連邦とはなんです? 国連にその様な国があるとは聞いてはおりませんが」
『国連だと? 馬鹿を言うな。我が極東管区に、行政長官などいはしない。どういうつもりだ!』
どういうつもりも何も、自分達だってわからないのだ。応えられるはずも無い。このいやに高圧的な男が、よくもまぁ軍人をやっていられるものだ。
それは置いておき、この上から目線で威圧的な言動を取る軍人は、ユーラシア連邦極東方面軍司令長官 アントン・デニーキン大将だという。
極東方面軍とは、あくまでユーラシア連邦の領域の事らしい。
『それにお前たちは、アジア東共和国の領域をも犯していることになる。不法占拠として訴えられても不思議ではないのだぞ!』
「随分と言いたい放題と言ってくれるものだな。こちらも状況が分からないと言っているのが聞こえないのか?」
突然、司令室に響く低くも鋭い声。それだけで人を硬直化させるだけの迫力はあった。その男性は国連宇宙軍の指定する黒い士官コート、白いスラック、白いスカーフ、そして鍔付き軍帽を被っており、肩の階級章からも高級士官であることが伺えた。
年齢は56歳。多少茶色がたった白髪に顎まで伸びたもみ上げ。剃刀と言わしめる鋭い視線とその表情は、思わず画面越しのデニーキンもたじろいだ。
「‥‥‥土方君」
「土方宙将!」
国連宇宙軍空間防衛総隊司令長官 土方竜宙将(大将相当)。地球本土の防空隊や軌道防衛艦隊を始めとして、月方面、火星方面の航空隊や、内惑星防衛艦隊及び外惑星防衛艦隊の防衛指揮権を持っている高級指揮官である。
『‥‥‥ふん、不法占拠した者が偉そうなことを‥‥‥』
「偉そうな口を聞くのは貴様の方だ!」
迫力に満ち駄怒声は、司令部内の者達をも震撼させる。彼の辞書には“遠慮”という二文字は載っていない様であった。
その怒声だけで、デニーキンは画面越しに平手打ちを食らったような、気圧された表情になっている。
この土方という男は、軍の中でも名の上がる艦隊指揮官だ。さらに厳しさから、兵士からは鬼という言葉をくっ付けて“鬼竜”と呼ぶくらいである。
ただし形振り構わず厳しく当たる訳ではない。訓練の時、兵士が誤った事をした時、等、正当な理由が無い限り、そうそう怒鳴り込んだりはしなかった。
本来は物わかりがよく、柔軟な思考能力も兼ね備えているため、鬼竜と呼ばれつつも慕われているのである。
そして、土方に次いで現れた男がいた。白い頭髪、口周りにも立派な白い髭を生やした、57歳の軍人男性。土方と同じく将官用コートを羽織っていた。
国連宇宙海軍連合宇宙艦隊司令長官/極東方面空間戦闘群第1艦隊司令官 沖田十三宙将(大将相当)である。
「言いたいことは此方にも山ほどある。だが、まずは双方のトップが話し合うべきではないか」
現場の人間が口を出すよりも、まずは国のトップ同士で話し合う必要がある。混乱の治まらぬ情勢下ではあるが、いきなり武力衝突になるよりは遙かに良い。
『‥‥‥まぁいい。どの道、お前達は不利な立場にある事は疑いないのだからな』
まだ冷や汗の収まらぬデニーキンではあったが、とにかくは強がりを見せると通信を一方的に切った。
「‥‥‥土方君、あまり無茶をせんでくれんかね」
「奴は一方的に喧嘩を吹っかけて来たのです。人の話も聞かぬ奴には、あれくらいで‥‥‥いや、あれじゃ足らんくらいでしょう」
「そういうことじゃないぞ、土方宙将! しょっぱなから武力衝突をさせる気か!」
暴発しそうだったお前が言うんじゃない。鋭い視線で一瞥した後、土方は藤堂に向き直る。
「長官。沖田の言うとおり、まずは長官ら政治分野の出番となります。我々はひとまず、緊急時に備えますが‥‥‥よろしいですな、局長?」
「‥‥‥ふん。当たり前だ」
軍の最高指揮権を握るのは、軍務局長の芹沢である。藤堂はあくまで行政面のトップであり、軍の細かい指導は芹沢に一任されているのだ。
彼はひとまず、全軍(宇宙軍、地上軍、海軍)に第一級警戒態勢を発令。宇宙軍は、沖田の命令を介して宇宙艦隊が飛び立てるよう、準備が整わせる。
地上では土方を介して、航空機を中心とした防空隊がスクランブルに備えた他、地上軍も5つからなる方面隊が動けるように準備する。
海の方では、海軍が艦隊の出航準備を行う。訳の分からぬ中での緊急配備に、軍のみならず、理解しきれていない民間人にも緊張が走る。
一方、他国は日本が本当に入れ替わってしまったことに、驚きを禁じ得なかった。何かの誤報だろうと決めつけていた国々。
その中で、日本に関心を向けた国家があった。日本より南下した先にあるマーシャル諸島を中心としたオーブ連合首長国だ。
この国は20あまりの小さな島々で構成されている。日本からの移植者が多かった為、日本語が共通語であり、日本文化が色濃く残る。
また、コーディネイターとナチュラルが共存する、世界でも数少ない国家だ。工業国としても名を馳せ、軍備力も侮りがたい力を有しているとされている。
関心があるとはいえ、そうそうに手を出す訳にはいかなかった。日本が相手しているのは、大国のユーラシア、東アジアの2ヶ国。
下手をすれば、オーブにも刃を向けてくるやもしれぬ。まして、プラントとのイザコザで神経を尖らせているだけに、だ。
「これも、人に与えられた試練なのか‥‥‥」
国連極東管区中央司令部の長官専用執務室に身を置き、天井を仰ぎ見る沖田。また、この世界で戦えとでも言うのか。だとしたら、神とはどれ程に無慈悲なものだ。
第二次内惑星戦争から18年、日本は普通では体験できぬ戦乱の渦中に放り込まれた。それも、元の世界以上に狂いの生じた、恐ろしき世界へ。
〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。何をトチ狂ったのか、こんな二次創作を書き綴ってしまった自分。
日本が丸ごと飛ばされてしまうというのは、架空戦記小説『時空の戦艦』(著者 多喜川 賢一)から拝借しました。
それよりも『シヴァ〜』の続編、外伝を待ちわびていた方には申し訳ありません(汗)。ガンダムに疎いド素人な私が、まさかのヤマトをぶち込むという暴挙。
もっとも、ガンダム主人公陣やMS戦を主体とする訳ではないので‥‥‥。あくまで、ヤマト側キャラや艦隊戦を主体的にするつもりです。
それと何十話とやるつもりもないので、なるべく短めに終わらせます(予定ですが)。
因みに、何故ヤマト側がガミラスの侵攻の無い世界と仮定したのか、ですが‥‥‥。
波動エンジンを手にしたヤマト世界では、明らかに1方的な光景が浮かんでしまったもので(ガンダムファンには申し訳ないのですが)‥‥‥。
そこで、波動エンジンを入手しなかった(ガミラスの侵攻がなかった)パラレルワードなヤマト2199を絡ませた次第。
とはいえ波動エンジンが無くとも、駆逐艦でさえ3週間から4週間あれば、地球から冥王星へ無補給(恐らく)で到達できる能力があります。
※階級に付いて
以前は独自に一等宙将、などと呼んでいましたが、やはり自衛隊式に近い方に戻すことに決定いたしました。
自棄になったとしか思えぬクロス作品ですが、気ままに書いていこうかと思います。
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