ユーラシア連邦宇宙軍第6艦隊は、21時間ほど前に月面から出撃し、一直線に地球へと向かっていた。地球まで一直線に向かっても丸一日は掛かる。
当艦隊司令官を務めるのは、43歳のロシア系男性で、ユーラシア連邦宇宙軍第6艦隊司令官 シュテファン・アンドロポフ少将であった。
ユーラシア連邦宇宙軍の中でも、軍人として名の上がる指揮官である。名は上がるのだが、あまり上層部に好まれているとも言い難い。
彼はブルーコスモスを毛嫌う少数派の人間だからだ―――と言って、コーディネイターに肩を持つわけではないのだが、どちらにせよやり過ぎや限度を超えた行動には呆れるばかりであった。
  そして彼は、この突拍子な作戦行動に最初は疑問を感じていた。

(日本が入れ替わったなどと、正直、眉唾物だがな)

話によれば、旧日本領がそのままソックリ、別の国へと入れ替わったというのだ。最初こそ、馬鹿なことを、と言い返すつもりだった。
  しかし、地球からの様々なメディアが司令部と同じようなことを報道し始めた。それを目にして、耳にして、アンドロポフも信じる他なかったのである。
ユーラシア連邦の保有する宇宙軍は、大西洋連邦の宇宙軍の次に強大な戦力を有している。3番目は東アジア共和国であった。
  そして彼の指揮する第6艦隊は戦闘艦31隻、搭載機MA(モビル・アーマー)メビウス166機。その艦隊編成は、次のようなものとなる―――
地球連合軍の主力空母となるアガメムノン級宇宙空母1隻、メビウス30機を搭載。次にマゼラン級弩級宇宙戦艦2隻、メビウスを6機づつ合計12機を搭載。
ネルソン級宇宙戦艦6隻、メビウスを各6機づつ搭載しており、合計36機。サラミス級宇宙巡洋艦8隻、各艦共にメビウスを4機、合計32機搭載。
そして駆逐艦に相当するドレイク級宇宙護衛艦14隻で、メビウスを各4機搭載づつ、合計56機を搭載。
  以上が、第6艦隊の戦力であった。

「周辺に異常はないか」
「はい。周辺に航行する船舶はありません」
「‥‥‥どうやら、プラントが横槍を入れてくる気配は無さそうですな」

  ユーラシア連邦軍第6艦隊旗艦 アガメムノン級〈ミンスク〉の艦橋にて、索敵士官の報告に対してそう呟いたのは、艦長席に座る40歳の軍人だった。
彼は〈ミンスク〉艦長 ヘルムート・レオーノフ大佐である。本艦〈ミンスク〉の艦長を務める、有能な艦艇指揮官だ。
そして実直な軍人であるが、外連味はない手腕を有している。派手さは無いが、仕事を黙々と熟すこの男をアンドロポフは信用している。
何よりもレオーノフが、ブルーコスモス思想に染まっていないのも信頼する理由だ。レオーノフ大佐自身も、世界で横暴するブルーコスモス集団が嫌いだったのだ。
  さらにアンドロポフの左側の座席に座る、同じロシア系でやや大柄な男性も安堵している。

「これで後ろを脅かされる心配は、なさそうで何よりですよ」

その気楽な一言を言うのが、第6艦隊参謀 ピョートル・パトリチェフ准将。その体躯からは予想に反して性格が柔らかい人物である。
彼の持つ参謀としての能力値は平均水準であった。一応の作戦立案や意見具申はするが、さして奇抜性はなかった。
ただし落ち着いた雰囲気と、司令官への力強い同意の声や、部下への力強い励ましの声が売りだ。アンドロポフにしても、煩く言うような硬いタイプの軍人ではない為か、この様な愛嬌のあるパトリチェフを参謀として長らく置いている。

「気は抜けんがね、参謀。艦長も、引き続き警戒を厳としてくれ」
「「了解」」

  つい先日、プラントのザフトと称する軍隊が、大西洋連邦とユーラシア連邦の軍勢を退けた経緯があった。ここまでザフトがでしゃばるとは思えない。
しかし、用心に越したことはないし、入れ替わった日本とやらに宇宙における軍事力がなければ尚更のこと良いが、その願いもレーダーの反応で無に喫した。

「レーダーに感。地球の衛星軌道上に、所属不明の艦艇を捉えました。数32!」
「何?」

アンドロポフは眉を顰めた。それに対してパトリチェフが素早く確認を取らせる。

「すぐに詳細を確認するんだ!」

オペレーターたちが忙しく確認を取る最中、アンドロポフは考えた。よもや日本の宇宙軍が出てきたのであろうか。それしか考えられないのだ。
  しかし、これまでの報告によれば、ここ数日の間で宇宙へ打ち上がった艦艇は無いとのことだ。どういうことなのだ、たった数時間で出てきたというのか?
マスドライバーを使っても、全部を打ち上げるには相当数の時間が掛かる筈だ。まさか、単独で上昇し、宇宙に出てきたとでもいうのか。
不審に思っている彼らの基に、地球の司令部から直接通信が入った。

「司令部より入電。『日本より宇宙艦艇らしき物体が上昇せり。第6艦隊は注意されたし』―――以上!」
「遅過ぎる‥‥‥。随分とご立派な情報部ですな」

  突然入電した内容に、レオーノフは皮肉を吐いた。アンドロポフも怒りに顔を染めているが、驚くべきこともある。
まさか、本当に自力で宇宙艦艇が大気圏を出てきたとは! いや、あるいは専用のロケットを使ったのかもしれん。我々は未だに、ロケットやマスドライバーを使用せずに大気圏を離脱することはできないのだから。

「日本軍は、マスドライバーを使ったのでしょうか」
「わからん。たった2基しかないマスドライバーで、僅か数時間の間に打ち上げてきたとも考えにくい」

パトリチェフも首をかしげているようで、アンドロポフのように懐疑的な様子である。本当に自力で上がってきたのではないか、と。
  そんな考えを余所に、目前の艦隊から通信が入った。

『私は、国連宇宙海軍連合宇宙艦隊司令長官 沖田十三宙将です』
「‥‥‥ユーラシア連邦宇宙軍第6艦隊司令官 シュテファン・アンドロポフ少将だ」

初めて見る日本宇宙艦隊の軍人。ユーラシア連邦らの組する国連軍とは違う征服が、異なる世界の人間であることを証明していた。
世界は違えども、国連というものがあったのか、とさえ感じている。すぐさま気持ちを切り替え、目前の見るからに老練そうな軍人に集中した。

『アンドロポフ司令官、貴官に申し上げる。艦隊を速やかに転進されたい』

それは予想できたものだった。そして、こちらも当然の返答を返すほかない。アンドロポフ個人に決定権はないのである。

「それは無理ですな。貴国は我が領土を占領している。ユーラシア連邦政府の要求を受け入れなかった以上、回避することは不可能だ」
『我々は好き好んで、貴方がたの領域を奪ったわけではないのだ。それに、不当な要求を一方的に突きつけられ―――』

沖田は何としてでも、戦闘を回避しようと試みていた。海上でも戦闘が始まってしまったが、ここで新たな血を流すことは好むものではなかったのだ。
それはアンドロポフとて同様だ。戦闘など回避できた方がよほどに良い。しかし、戦えと命ぜられる以上は従わなくてはならない。
  戦闘の回避を懸命に訴えようとした沖田だったが、アンドロポフは感傷的になるわけでもなく、あくまで軍人として命令に従うだけであることを強調する。

「生憎だが、沖田提督。私は上層部の命令を受けて、作戦通りに動くだけだ。貴官の訴えに同情はするが、だからといって賛同する訳にはいかん」
『‥‥‥どうあっても、我が国を侵略するというのですな』

アンドロポフの返答に対して、沖田の視線は急に鋭くなった。それは通信越しではあったが、その鋭い視線にアンドロポフも思わず怯みを覚えた。
体制をすぐに立て直すと、沖田に頑として反論した。

「侵略ではない、奪還だ。沖田提督」

  よかろう、と言って沖田は通信を切った。アンドロポフは数秒、目を閉じて瞑想する。老練な軍人であることを、思い知らされた気分だった。
それは参謀も同じ気持ちであるらしい。肩をすくめてこちらを見る。

「彼らには同情してしまいますなぁ」
「わからんでもない。だが、上の命令に背くことも出来ん‥‥‥残念だがな」

確かに彼らは、神の悪戯で迷い込んだ、時空の難民かもしれん。いきなり違う世界に放り込まれて、領土侵犯だのと苦言を叩き付けられた。
無理難題な要求も突きつけられた。自分がその立場だったら、到底、我慢できる筈がない。沖田という軍人も、内心ではそういった怒りが込み上げているのだろう。

(どっちにせよ、彼らには悪いが、こちらも命令で動いているのだ。戦うとなれば容赦はせん)

意を決して、彼は戦闘態勢を命じた。

「全艦、戦闘態勢を取れ! 目標、前方の日本艦隊だ。MAも全機発艦せよ」
「提督、輸送艦は護衛を付けて下げては?」

パトリチェフの意見に、アンドロポフは頷いて了承した。輸送艦部隊をひとまず待機させ、念の為にメビウス2個中隊24機(1個小隊:3〜4機)をつけておく。
現在は30数隻のみしか確認できないが、もしもの事もあり得る。護衛を付けておくこと越したことは無いだろう。
残る戦闘艦艇は全力をもって、目前の日本の宇宙艦隊の撃滅に向かった。その戦力構成はレーダー反応から把握しており、戦力規模は概ね同等といったところだ。
MAメビウスを全機発艦させると、先手必勝を得ようと日本軍第1艦隊へと向かわせた。

「メビウスは全力を持って、敵艦隊を叩け。艦隊は一時、速度を落として様子を見る」

  格納庫から飛び立って行くMAは、編隊を組むと急ぎ日本艦隊へ突き進んでいく。それを艦橋から見送るアンドロポフと、参謀、艦長、クルー一同。

「‥‥‥さて、どうなるかな」





  一方の沖田率いる日本軍第1艦隊は、戦闘を避けられぬと知って迎撃態勢に素早く移行していた。戦力は次の通りである。
赤城型宇宙空母2隻、長門型弩級宇宙戦艦2隻、金剛型宇宙戦艦4隻、村雨型宇宙巡洋艦8隻、磯風型突撃宇宙駆逐艦16隻―――合計32隻
また第1艦隊に搭載されている航空機は148機となる。

「敵艦隊、なおも接近! 相対距離、2万3000q!」
「小型の機影を多数確認。数、140以上!」
「コスモゼロ、コスモタイガーU、全機発艦せよ」

  日本宇宙軍第1艦隊旗艦 長門型〈長門(ナガト)の艦橋に逐一入る、ユーラシア連邦軍第6艦隊との距離。
そして艦載機の反応を捉えると、沖田も艦載機隊を発進させる。空母〈アカギ〉と〈蒼龍(ソウリュウ)〉から、コスモゼロ44機とコスモタイガーU68機が順次に飛び立つ。
  この国連宇宙軍初の宇宙空母赤城型は、金剛型戦艦をベースにした拡大発展型の宇宙艦艇である。その大きさは310mに及ぶ巨体だ。
駆逐艦から戦艦まで一貫した葉巻型の艦体に、大気圏内運用のことも考慮した飛行甲板を乗せ、艦橋も右舷側に寄せられている。
最大搭載機数×56機。搭載する武装は、40cm三連装フェーザー砲塔×1基3門、20cm三連装フェーザー砲塔×3基9門。
さらに連装対宙機銃×12基24門、迎撃ミサイル発射管×32門など、空母としてはかなり兵装を充実化させている。

「艦載機は、数において相手が優位か」
「初の近接格闘戦(ドッグ・ファイト)ですからな。相手の艦載機がどれ程のものかによりましょう」

  〈ナガト〉艦長 山南修(やまなみ おさむ)一等宙佐が答える。彼らはまだ、MAという呼称を知らない故に艦載機と括り付けていた。
山南は今年48歳。1年程前までは、戦艦〈霧島(キリシマ)〉艦長を務め、当時の艦隊指揮官である沖田を補佐してきた人物である。
その後、最新鋭艦〈ナガト〉が就役して総旗艦の役目を受けると同時に、沖田は信頼を置いている山南を艦長に推薦した結果、それは見事に採用されたのである。
  戦況スクリーンに映される双方艦載機の位置を眺めやりながら、沖田はこのまま艦隊を衛星軌道上に維持させ続けるかを考えた。
あるいはドッグ・ファイトの宙域を大きく迂回し、ユーラシア連邦軍第6艦隊の左側背を突くか?

(いや、相手の実力が分からぬ以上、下手に動き回るのは不味いか?)

そこで沖田は、隣の幕僚用座席に座る数名に意見を聞いた。

「相手の航行時間を考慮すれば、我が方の艦隊速度が上なのは明白です。最大戦速で迂回し、横撃を加えるのがよろしいかと」
「いや、相手が初めて対当する以上、ここは様子を見るべきではないだろうか」

作戦幕僚 景山満(かげやま みつる)二等宙佐と、航空幕僚 有坂邦夫(ありさか くにお)二等宙佐が答える。
  2人とも、ここ数年の間で沖田の幕僚を務めている軍人だ。その2人の意見も、守勢を維持するか、攻勢に移行して打撃を加えるかである。
数秒間だけ考えに深け入り、結果を出す。

「航空隊の帰還を待ってからでも、遅くはあるまい。だが、奇襲への備えと、航空隊収容時からの動きは万全に期さねばならんな」
「‥‥‥航空隊、敵艦載機隊と接触。戦闘状態に突入!」

その報告と同時に、遥か前方で光球が幾つも形成された。おそらく、初戦で撃墜されて爆発した機体だろう。どちらの機体であるかは判別しかねるが。
  初めて相対するコスモゼロとコスモタイガーUに戦闘を挑んだメビウス各機のパイロットは、その機動力と加速力に度肝を抜かれていた。
そのデザインからして、大気圏内部を想定したものであるだろうに、その動きは宇宙空間にも関わらず滑らかであったのだ。
宇宙空間をも大気圏と同等に思わせる動きは、メビウスを圧倒した。このメビウスは、宇宙空間の主力艦載機として開発された機体であった。
機体デザインも、コクピットの左右に可動式ブースターを取り付けた様な簡易なものだ。武装は任務に応じて取り付けが可能である。
  主力として開発されていただけに、コスモゼロとコスモタイガーUの運動性能がメビウスに勝ると知ったパイロット一同は、戦意を喪失する。

『なんだあれは! 航空機みたいな形状の癖に、なんて機動性なんだよ!』
『ぼやくな馬鹿!』

機動面ではメビウスも負けてはいなかったが、たちまちに距離を引き離される。そして巧みな運動で潜り込まれ、機銃を撃ちこまれ爆発四散する。
前回、プラントの軍隊ザフトとの戦闘でMS(モビルスーツ)なる人型機動兵器の前に惨敗を喫した。それだけに、MAパイロット達は今回の相手が対当か、それ以上に戦える―――そんな自信が心の何処かにあったのだ。
それをひっくり返されると、兵士達のモチベーションも著しく低下するのも無理はなかった。
  自軍の艦載機隊が優位に展開しているのを知った航空幕僚有坂は、この世界では大いに対抗できることを確信する。

「どうやら、我れらの艦載機は優位に立てるようです、提督」
「油断はできん。コスモゼロもコスモタイガーUも万能ではない」

そう言って有坂を戒めた。宇宙空間に光る小さな光球が、肉眼でも見える。ユーラシア連邦軍の艦載機が撃墜されているのだろう。
冷たい宇宙空間に放り出されるか、爆発に巻き込まれて即死するか。どちらにしても助かる確率は低いのだ。
  ユーラシア連邦軍第6艦隊旗艦〈ミンスク〉の艦橋では、次々と叩き落とされる自軍のMAの光景に、アンドロポフ一同は平静でいられる筈もなかった。

「戦力では我らが上回っていると言うのに、ましてMSとやらいう兵器でもない相手に、どうしてここまで押される!?」

パトリチェフが問いかけて、兵士から答えが返ってくる筈もない。彼らは知らないだろうが、相手の艦載機は単独で大気圏を離脱できる能力を有しているのだ。
勿論、その逆―――大気圏の突入も可能で、C.E世界の面々からしたら有り得ぬ技術である。呆然としている間に10分が経過した。

「我がMA部隊、2割を損失!」
(本部は楽観視しすぎたのだ。島国と侮った結果が、これだ。これではプラントの二の舞ではないか!)

  たかが島国の日本、たかがプラントの私兵集団、と侮り続けたユーラシア連邦もといプラント理事国。そのしっぺ返しを受けて、目を覚ますだろうか。
次々とロストするMA各機のシグナル。それは撃墜されたことを意味する。〈ミンスク〉艦橋のオペレーター達は驚きを隠しきれず、呆然とするばかりだった。
このまま強行して攻撃しようとも、MAの損害は半数を超えるだろう。さらに相手の戦闘機を撃墜したという報告は、まだない。
  パトリチェフがやや焦りを見せつつも、アンドロポフに具申する。このままでは自軍の機動兵力は消滅してしまう、撤退させるべきであると。
アンドロポフはそれを受け入れた。一方的すぎるドッグ・ファイトに見切りをつけて、彼は直ちに帰還命令を出した。
こうなれば、艦隊戦で決着を付ける他あるまい。ユーラシア連邦軍第6艦隊がMAを収容すると、日本軍第1艦隊も艦載機を収容させる。

「全艦、対艦戦闘用意。目標、前方の日本艦隊!」
「砲撃準備急げ、こちらの火力を持って日本艦隊を叩き潰すぞ!」

  司令官の命令が参謀によって復唱される。パトリチェフの力強い声は、少なからずともクルー一同には効いたらしく、お互いに目線で頷く。

「そうだ、火力なら負けるはずはない」
「何たってマゼラン級もいるんだからな!」

確かに彼らからすれば、マゼラン級の存在は頼もしい限りであったろう。225p連装高エネルギー収束火線砲(ゴットフリートMk71)×2基4門、120cm連装ゴットフリート×5基10門、合計14門もの火砲を搭載しているのだ。
さらにネルソン級のミサイルと砲火の火力も侮れない筈である。護衛艦にしてもミサイルや魚雷の飽和攻撃をもってすれば、圧倒できるであろう。
  また、兵士達が自信を取り戻した今一つの理由は、相手方―――つまり日本宇宙艦隊が有する戦闘艦艇の外見にあった。
左程に恐れる必要性もなさそうである、というのが全員の一致した感想だ。

「強力そうなのは‥‥‥反応から見るに中央の4隻くらいか?」
「レーダーの反射率と熱放射量からすれば、そのようです」

レーダーが捉えた物体の反応からして、長門型2隻と赤城型2隻を言っていた。これらのみ300mを超えた巨艦なのだ。間違いないと思っても仕方がないだろう。
その他は最大で精々200mクラスでしかなく、ネルソン級より小型で、サラミス級と概ね同等の大きさだった。
大きさで決めたくはないが、今の連邦兵士としてはそれに頼りたい心境であったのである。
  対する沖田も、艦隊による砲雷撃戦を決行するつもりだ。旗艦〈ナガト〉で、沖田は砲撃戦の準備に移行させていく。

「全艦、砲雷撃戦用意。目標、ユーラシア連邦艦隊!」
「砲雷撃戦用意、艦首安定翼収納!」

長門型弩級戦艦や金剛型戦艦には、艦首の上下左右に安定翼が備えられている。戦闘行動時には上下翼のみが主砲の射界に入ってしまう為、収容する必要があった。
沖田の命令を山南が復唱すると、砲雷長 古代守(こだい まもる)一等宙尉も復唱し、各砲塔と魚雷やミサイルの発射体制を整えさせる。
彼が砲術システムを操作しては、各部署に指示していくのである。27歳の若き士官たる古代守は、それらを迅速に準備を整えていった。

「距離、1万を切った」
「砲撃用意完了。命令あるまで発砲を禁ずる!」

  待機命令を促す古代。この〈ナガト〉に搭載されている、40cm三連装フェーザーカノン砲塔は、国連宇宙軍初の砲身付き(カノン)砲塔だ。
それ以前は皆、無砲塔型を採用していたが、砲身を備える事でエネルギーの加速力と威力を増すことに成功した代物である。さらに本級のみの独自武装もある。
そして最新式の砲術管制システムとの連動が、長門型の強みでもある。各部砲塔に備え付けられた観測測距儀による、一見するとアナログな装備。
  だが、電子妨害戦もが常識的な時代にとって、やはり最後に頼れるのはアナログ方式なのだ。

「距離、8000!」
「まだ発砲は許可せん。敵艦隊を十分に引き付ける。有効射程6500になったら砲撃を開始する」

フェーザー砲の最大射程距離は7000q。ユーラシア連邦艦隊も、まだ砲撃を開始しないところを見ると、射程は此方より短いか、あるいは同等か。
そして、索敵士官が距離6500qを報告した時、沖田は全通信回線を命令を発した。

「全砲門開け、撃てぇ!」


  日本軍第1艦隊の全艦から輝かしい緑色の光線が、各砲塔の砲身から強烈な光を持って飛び出し、そのまま宇宙空間を疾走する。
数千kmという距離を突っ走り、それらはユーラシア連邦軍第6艦隊に殺到した。アンドロポフが回避を命じるよりも早く、各艦艇にビームが突き刺さる。
まず先方を航行していた護衛艦〈チェマス〉に、その光の束が殺到した。〈チェマス〉は、6つものビームを艦体に受けて爆散した。
この戦いの最初の犠牲者となったが、続けて巡洋艦〈サラートフ〉も不幸の刃が降ろされた。〈サラートフ〉は、艦橋と艦首左舷に計3発命中し大破したのだ。
  この先制攻撃にして命中精度と破壊力に、ユーラシア連邦軍第6艦隊将兵は再び士気の背骨を叩き折られる気分であった。

「この距離で攻撃してきたか! 応戦だ、全砲門開け!」
「しかし、ビーム兵器は有効射程距離ではありませんが‥‥‥」

アンドロポフの命令に、砲術士官が躊躇った。だが相手は待ってはしてくれないのであって、ここでむざむざ撃たれ続ける訳にはいかないのだ。

「構わん、最大射程なら届くだろう。全艦、主砲並びに、魚雷、ミサイルを発射せよ!」
「聞こえただろう、発射しろ、急げ!」

命令を素早く実行させるために、パトリチェフが叱咤した。
  C.E世界におけるビーム兵器―――ゴットフリートMk71の最大射程距離は約6000q前後だが、有効射程は5500q。
それまで接近する必要があるのだが、もし日本軍第1艦隊が最大射程距離で攻撃すれば、ユーラシア連邦軍第6艦隊は一方的な攻撃を受けることになるだろう。
一先ず第6艦隊は魚雷と対艦ミサイルによる飽和攻撃に入った。このミサイル兵装に関しては、日本艦隊よりもユーラシア連邦らの艦艇が充実している。
中でも、最も小型に類するドレイク級は、魚雷発射管6門と小型ミサイル48門を装備し、他の艦艇よりも最多のミサイル装備数を誇っているのだ。
  放たれたミサイル群は150発にも昇った。これは当然、日本軍第1艦隊の沖田の知るところであり、彼は冷静に対応を指示した。

「迎撃ミサイル、発射始め」
「ハッチ解放、撃ッ!」

古代の指示で、〈ナガト〉のVLSから4発のミサイルが飛び上がる。他艦も倣ってミサイルを発射し、向かってくる相手のミサイル群を狙う。
  日本艦隊の艦艇群は、ミサイルや魚雷兵装を多く装備してはいない。小型の磯風型駆逐艦は魚雷発射管×3門、小型VLS×8セルというもの。
他には12.7cm三連装フェーザー砲塔×2基6門、12.7cm固定式対艦砲×2門。もっとも、80mのサイズではそれくらいが限度でもあった。
迎撃に上げたミサイル群は100あまり。足りない数だが、それにも確固たる理由がある。ミサイル群が交差するまでの間、ユーラシア連邦艦隊からの応射があった。
  それでも命中弾はない。どうやら有効射程ではないようだ、と沖田は分析する。中にはまぐれ当たりで命中を出すものもあったが、無傷と言ってよい。

「巡洋艦〈夕霧(ユウギリ)〉に着弾。されど損傷なし」
「どうやら、この世界のビーム兵器には、十分に対応できそうですな」

〈ユウギリ〉が電磁防壁でビームを弾いたのを知った有坂が、防備は十分に間に合っているとして安心したように言う。
もしこれが、陽電子衝撃砲(ショックカノン)だったならば貫通を許したであろうが。ショックカノンとは、日本及び国連宇宙軍開発部が、苦心の末に実戦配備を可能とした強力な光化学系兵器であり、フェーザー砲の2倍から3倍の威力を誇った。
  これならば電磁防壁を一撃で貫通させるに足るものだが、エネルギー消費率と発射効率が悪いのが欠点で、あくまで一撃決戦兵器の一種とされている。
そのショックカノンは、駆逐艦と空母以外の上級艦艇のみに装備されており、1門のみであった。〈ナガト〉も例外なく1門だけである。





  自艦隊の砲撃が弾かれるその光景に、アンドロポフ等は2度目の驚愕を味あわされる。

「シールド、だと!?」
「我が方のビーム兵器、大半が弾かれている模様!」

理事国の間でもビーム兵器の無力化の為の開発は進められていると聞く。だが量産体制にはまだ遠く、就役したばかりのバーミンガム級戦艦にしか搭載されていない。
  そして僅かなビーム兵器の応酬の後、先に発射したミサイル群が交差した。50もの差がある中で、どう防ごうと言うのか。
撃墜しきれないと思った直後、交差した地球側ミサイルが突如爆発して広範囲を巻き込んだ。爆炎とエネルギーに蒔かれてミサイル群が誘爆してゆく。
対機動兵器用に開発された特殊ミサイルだ。こういったミサイル迎撃にも特化しており、強力な爆発で絡め取ろうと言う発想の代物である。

「日本軍の防御は完璧だと言うのか‥‥‥」

  呆然とするアンドロポフだったが、直ぐに思考を切り替えた。こうなったら、懐に飛び込んで再度のミサイル攻撃を叩き込むまでだ。

「全艦、全速前進。一気に懐に飛び込んで一撃を加えるのだ!」
「急げ。艦隊全速前進、奴らに突っ込んでいけ!」

肉を切らせて骨を断つ。アンドロポフは、その戦法を実行に移そうとした。
ユーラシア連邦軍第6艦隊が加速する間にもビームやミサイルを斉射し続け、日本軍第1艦隊を威嚇するのだが、それも電磁防壁を前にして弾かれてしまう。
  対して沖田は、駆逐艦で構成される宙雷戦隊に突撃を命じた。ユーラシア連邦軍第6艦隊の鼻先に強烈な一撃を叩き込もうと言うのである。

「第2宙雷戦隊、時計周りに前進して敵艦隊左舷を攻撃」

沖田は冷静沈着な軍人として名を馳せるが、宙雷(海軍で言う水雷戦)の専門を通ってきた経緯もあって、突撃戦という危険な行動を起こすこともある。
その例が、第二次内惑星戦争だ。彼は巡洋艦と宙雷艇を指揮して、火星艦隊に大打撃を与えている。
  沖田の命令を受けた1個宙雷戦隊4隻が急加速を開始した。直列陣を乱すことなく、そしてユーラシア連邦軍第6艦隊を上回る加速力で左舷に回り込んだのである。
この世界では出せぬ速度を日本艦隊が出していることを知ったアンドロポフは、何度目かわからない衝撃を受ける。

「敵小型艦、本艦隊10時方向より急接近!」
「左方咄嗟戦! たかが小型艦だ、撃ち落とせ!」

  だが各砲塔が宙雷戦隊を狙うということは、真正面の攻撃が疎かになるということだ。沖田は宙雷戦隊を援護すると言う意味でも、砲撃を強化した。
日本艦隊が発砲したフェーザー砲は、ユーラシア連邦軍第6艦隊に再度突き立てる。距離は4000qを切り、日本軍第1艦隊にとっては必中可能な距離とも言えた。
  ユーラシア連邦の巡洋艦〈ザクセン〉が、4発のフェーザー砲を受けて炎上する。同時にコントロールを失い、錐もみ運動を始めた。
進路を捻じ曲げた先にいたのは、戦艦〈バッツマン〉だ。〈ザクセン〉は乗り上げるような形で、〈バッツマン〉に派手な接触をした。
しかも〈バッツマン〉が主砲を発射した矢先のことで、そのビームは乗り上げてきた〈ザクセン〉の艦体を直撃、爆発した。
その見返りとして、〈バッツマン〉は爆炎と破片に巻き込まれて轟沈の道を辿ってしまったのである。

「な、何をやっとるのだ‥‥‥!」

  味方同士が衝突のすえ轟沈などと言う醜態、アンドロポフが嘆くのも無理はなかった。続けて数隻の艦艇がフェーザー砲を受けて損傷する。
立て続けに、左舷から迫りくる駆逐艦が襲う。磯風型駆逐艦は、弾幕に恐れを成すことなく、まるで航空機の様な操艦で懐に潜り込んできたのだ。

「魚雷、全門発射!」

  第2宙雷戦隊司令 川西永一(かわにし えいいち) 二等宙佐が叫んだ。旗艦 磯風型〈イソカゼ〉他、数隻の駆逐艦の艦首から、魚雷発射管が開放されると間髪入れずに一斉に魚雷を宇宙へ放った。
その数は12本を数える。ユーラシア連邦軍第6艦隊は、機銃を乱射して撃墜しようと躍起になるが、日本軍もとい国連軍の新型魚雷は恐るべきものだ。
魚雷であってステルス性を兼ね備えているのでる。これはECM使用下にあっては絶大な効果を発揮し、撃ち落とされる可能性はゼロに等しくなる。
  機銃の掃射は一定の効果はあったらしく、3本までは運よく落とせはしたが、残る9本は尽く命中した。

「護衛艦〈ネウストラシムイ〉轟沈、巡洋艦〈アドミラル・グラーフ・シュペー〉通信途絶!」
「戦艦〈ツェザレウィチ〉爆沈!」
「提督、本艦隊の損害は甚大です、このままでは‥‥‥!」

何たることだ―――とアンドロポフは口に出せずに嘆いた。この攻撃でユーラシア連邦軍第6艦隊は、戦艦1隻、巡洋艦2、護衛艦3隻を失ってしまったのだ。
残る艦も被害を増大させつつあり、魚雷とビームの連携攻撃のまえに壊滅しつつあった。無論、彼も反撃を指示していた。
  距離を詰めたところで、ミサイルと魚雷の飽和攻撃を実行し、絶えずビーム砲による射撃も行っている。それでも日本艦隊は動じなかった。
あの広範囲兵器を使って迎撃し、強力なビーム砲でこちらを乱打する。日本艦隊は相変わらず電磁防壁を盾にして、攻撃を防ぎ続ける。
それでも巡洋艦〈アブクマ〉が被弾を許し、ミサイルを3発受けて中破。駆逐艦〈照月(テルヅキ)〉もミサイルには敵わず、大破し戦線を退いた。
  その他の艦艇も次第に電磁防壁を貫通され始めるが、コスモナイトを使用する分、装甲への被弾は深いものではなかった。

「なんという装甲だ。あのクラスでラミネート装甲を搭載しているとでも言うのか」

アンドロポフが驚くのも無理はない。彼らでは産出圏にさえ手が伸ばせない場所―――土星圏の各衛星に存在する希少宇宙鉱物コスモナイト。
これを織り交ぜた複合装甲は、C.E暦世界で開発された対ビーム用装甲ことラミネート装甲よりも耐久性があるのだ。
  日本の宙雷戦隊が、反撃を受けつつも一撃離脱で素直に引き上げる。撃沈艦はいなかったが、戦闘不能な艦が3隻ほど発生した。
射程圏内に収めつつも、アンドロポフは進路を変えて日本軍第1艦隊の左側面に回り込み、効果的な砲撃を加えようとする。
沖田は受けて立つと言わんばかりに、艦隊を左に反転させて前面に立ち塞がろうとする。

「同航戦に持っていくつもりか。先手は取られっぱなしだったが、総合火力ではこちらも負けてはいない。全艦、左砲戦用意!」

これで決着を付けるのだ。日本艦隊も各戦隊が縦列陣を形成し、ユーラシア連邦軍第6艦隊の隣に並ぶ。この時点で日本艦隊は28隻、ユーラシア連邦艦隊は23隻。
双方の距離、およそ4000q。どちらも外す距離ではない。改めて各砲塔が、任意の敵艦艇へ向けられる。
狙いが定まった刹那―――

「撃ち方始め!」

「撃てッ!」


  同時に発せられた砲撃命令に、日本艦隊のフェーザー砲と、ユーラシア連邦艦隊のゴットフリートが一斉に火を噴く。
両艦隊の中間で交差するエネルギー群は、そのまま狙いすまされた目標へと向かい、そして双方ともに続々と命中弾を叩き出していったのである。
その双方における砲火の応酬は実に激烈を極めたものであった。

「巡洋艦〈川内(センダイ)〉に多数被弾、大破!」
「駆逐艦〈陽炎(カゲロウ)〉大破、航行不能!」
「提督!」

山南が叫ぶ。流石に無敵とはいかず、電磁防壁は耐圧限界を超えて貫通され、コスモナイト複合装甲でさえ集中砲火を前にしては穴を空けられていった。
相手は1隻に狙いを定めることで、ダメージを蓄積させる術を選んだのであろう。それは当然というべき戦法であった。
  しかし、それは同時に他艦は無防備になることを意味している。ましてや、通常装甲しかないユーラシア連邦の艦隊だ。
接近と集中砲火により打撃を与えることに成功したアンドロポフだったが、日本艦隊の砲火もまた苛烈であったのは同様である。
2隻のドレイク級護衛艦が、1発ないし2発のビームで轟沈していく。戦艦〈ゲッチンゲン〉が艦体に4発の直撃弾を受け、真っ二つに折れて轟沈した。
  やはりエネルギー兵器の威力は日本側に軍配が上がる。日本の戦艦〈キリシマ〉など、マゼラン級の砲撃を4発受けても平然として航行し砲撃を仕掛けてくる。
技術力の差は歴然であった。日本の軍事力は、予想を遥かに上回っていたのだ!
  ユーラシア連邦軍第6艦隊旗艦〈ミンスク〉の艦橋で、アンドロポフは思い切り歯ぎしりした。

「巡洋艦〈グローヴヌイ〉、撃沈!」
「て、提督、我が方の損害は4割を超えております!」

オペレーターの報告に、参謀のパトリチェフも不安の色が消えないでいる。対して日本艦隊は、離脱艦こそ複数出したが、撃沈には至っていない。
未だに7割もの戦力が戦線を維持し、こちらに砲撃を加えてくる。
  そしていよいよ、その砲火は〈ミンスク〉にも砲火が及んできた。

「敵エネルギー波感知!」
「衝撃に備え!」

こんな近距離で回避など不可能であった。有能な艦艇指揮官であるレオーノフ大佐でさえ、対ショック準備だけを急ぎ発したのみであったくらいだ。
1発のフェーザー砲が、艦体左舷を艦首から艦尾方向へ10mに渡って切り裂いていく。艦内に飛び込む緑色のビームが内部を蹂躙する。
まるでレーザーメスで身体を切り裂かれんばかりで、〈ミンスク〉艦内は警告灯で赤一色に染まった。

「左舷に再び直撃弾!」

  また、着弾した。今度は左舷中央部にメスが入れられたのだ。しかもそこは、MAを発進させるためのリニアカタパルトのある部分。
内部に格納していたメビウス数機が、ともに焼き払われて全損する。格納庫は滅茶苦茶である。作業班も消火作業に当たるどころの話ではない。

「戦艦〈ニコライ〉大破、戦闘不能!」

300mを超えるマゼラン級戦艦が、複数の砲塔を吹き飛ばされ、黒煙に包まれているのが、艦橋からでも分かる。
第6艦隊は、この時点で17隻を損失または大破させていた。残る15隻も戦闘継続するには無理があることを、アンドロポフは自覚せざるを得なかった。





  砲撃戦を展開して十数分が経過して後、ここまできてアンドロポフは決断する。

「全艦、砲撃中止だ」
「な、なんですと!」
「降伏するのですか、提督!」

数名のオペレーター達が叫ぶが、決定を覆すアンドロポフではなかった。ここで離脱をしたとしても、彼らの射程距離から逃げ切るには時間がかかる。
  であれば、残る選択肢は降伏しかなかった。パトリチェフは上官の移行に付き従う意思を見せ、部下たちにも説得の意を見せた。
こういった時に説得してくれる部下の存在は、とても有り難いものであった。アンドロポフは繰り返し砲撃の停止を命じると共に、発光信号を送った。
共通の信号か分からないが、相手も理解してくれる筈だ。兎も角、砲撃の停止をすれば察してくれるだろう―――あの提督なら。
  沖田はユーラシア連邦の様子の変化に気づいた。砲撃を停止させ、発光信号を送ってくるからだ。

「降伏のようですな」
「全艦、直ちに砲撃停止!」
「了解。全艦、砲撃停止! 繰り返す、砲撃停止!」

沖田の指示を受けた日本艦隊は、すぐに砲撃の手を止めた。次にユーラシア連邦艦隊は、降伏を確実な意思とするために機関部を停止させる。
足を止めたのを確認すると、日本艦隊は至近距離まで接近した。この期に及んで攻撃はするまい、と沖田はアンドロポフの人柄を予想していた故だ。
  アンドロポフにしても、いつ日本艦隊が無防備な自分の艦隊を総攻撃してくるか、という不安感に苛まれはしたものの、それは杞憂に終わった。
艦橋から目視で確認できる距離まで詰めた後、沖田の旗艦〈ナガト〉に相手方からの通信が入った。

『沖田提督、我が艦隊は降伏いたします』
「‥‥‥了解した。降伏を受諾する」

  この時、内心で沖田は安堵したものである。これ以上の戦闘で命を落とす兵士が、増えずに済むのだ。アンドロポフの降伏に、心から敬意を表した。
そしてアンドロポフは、敗北を噛みしめる呈で部下達の処遇を問う。

『どうか、兵士には寛大な処遇を―――』

それを手で制す沖田。まさか、と息を呑むアンドロポフだったが、その心配も無用のものだった。

「アンドロポフ少将、貴艦隊は生存者を纏め上げ、速やかにご帰還願おう」
『なんですと? 今、帰還せよと仰ったのか、沖田提督』
「左様です。生存者を纏め上げ次第、すぐに元の場所へご帰還願いたいのだ」

  意外な申し出だった。てっきり捕虜になるのではないかと思っていたのだ。沖田の幕僚も驚いた表情こそしているが、口を差し挟む様子はない。
これには日本国内の深刻な事情があってのことだった。簡単に言ってしまえば、捕虜を収容しているような余裕がないのである。
食糧難とはいえないものの、新たに捕虜を迎え入れて消費量を増やすことはできない。そこで、素直に帰ってもらうことを選んだのであった。
  ただし、沖田もこのような内部事情は口にこそ出さなかった。何かしらのルートでユーラシア連邦等の耳に入り、行動に出られては困るからだ。

『‥‥‥わかりました。提督のご処置、ありがたくお受けいたします』
「ただし、撤退が確認されるその最後まで、我々は監視させていただく‥‥‥よろしいですな?」
『勿論です』

それだけ言うと、通信は切れた。そこで、作戦幕僚の景山が、大丈夫かと問いかける。

「捕虜の云々で、藤堂長官が文句を言うまい。芹沢局長も、日本の置かれた状況を理解している筈だ」
「なるほど。人質を取ってしまっては、何かと問題になりそうですからな。特に、この世界は」

山南が同意して頷く。だが沖田は、全てを取らずに帰還するつもりはなかった。彼らが破棄するであろう、艦艇を回収しようと考えていたのだ。
捕虜を養う必要もない艦艇群を持ち帰った方が、何かと役立つ可能性が高い。ブラックボックスなどからもデータを得られるであろう。
  もっとも、大気圏に突入できるかどうかを確認する必要もある。出来なくても、こちらの艦で曳航してやればよい。
戦艦に搭載されているロケットアンカーなどで括り付け、摩擦が発生しない程まで速度を極限に落として降下するのである。
データが得られなくとも、この世界の技術レベルが解るだろう。そのようなことを思いながらも、沖田はユーラシア連邦の撤退作業を見守るのである。

「提督、負傷者の収容作業、完了しました」
「わかった。全艦、月基地へ向けて、帰投する」

  救助作業から約2時間をかけて、ユーラシア連邦残存艦隊は編成を終えた。アンドロポフは、大破した〈ミンスク〉から戦艦〈アリヨール〉へと移譲している。
第6艦隊の損害は、32隻中21隻を損失。現存するのは、戦艦3隻、巡洋艦5隻、護衛艦8隻、合計11隻が残るのみだった。
他の艦は撃沈したか、航行不能で破棄されたかである。32隻の艦隊が、半数以下に減ってしまったのだ。
対して日本艦隊に撃沈艦は皆無。大破した小型艦―――駆逐艦は相当数いたようだが、彼らの完勝といってよい。撃沈艦を出さなかったのも、コスモナイト装甲だけの効果ではなく、各艦長の迅速な離脱指示の賜物であろう。
  残存艦隊は、後方に控えさせていた輸送艦部隊と合流し、急ぎ地球衛星軌道上からの離脱を介した。

「‥‥‥恐るべき軍事力。侮りがたし、日本」

艦橋に投影される日本艦隊を見やりながら、アンドロポフは呟いた。だが、負けた悔しさはあるものの、何故か心は穏やかであった。
戦死した将兵がいるのに不謹慎かもしれない。だが、彼は日本艦隊―――しいては沖田十三という軍人に、心から敬服していた。
近年では見ることのない、賞賛すべき、誇り高き軍人であると感じていたのだ。

「日本‥‥‥。確か、旧来の日本では、武士道(ブシドー)という武人の志があっと聞きますが」
「まさか今の時代に、その様な軍人と会いまみえるとはな‥‥‥今後の楽しみが増えたというものだな? 参謀」
「はは、でしょうな」

  騎士道精神を持ち合わせる軍人さえ本当に極稀にしかいないというのに、まさか武士道精神を持つ御仁と会えるとは思わなんだ。
このような相手ならば、自分としても負けを素直に受け入れられる。近年のコーディネイターだの、ナチュラルだのと騒ぐ連中には、到底わからぬだろうな。
同時に、彼は自分の思考の変化に気づき、苦笑する。おかしいな、軍人としてこれほどまでに、心燃え上がったのは初めてかもしれない。
リベンジができるとは思えんが、願うならば、あの沖田という軍人と雌雄を決したいものである。
  撤退が確認されるまで、気を抜ける状況が続きはしたが、何事無く宙域は静かになった。レーダーからも探知されない範囲に、出たのである。

「よし。曳航できそうな艦に接近。各艦は調査班を編成し、破棄された艦をくまなく調査せよ」

ブービートラップがないとは言い切れない。沖田は慎重に調べるよう即すと、結果を待つまでの間に地上での戦果報告を耳にすることとなる。
海軍、航空隊双方ともに勝利を収めたという。損害は出たが、まず完勝と言えるだろう。あとはこの機を逃さず、世界を相手に立ち回ることだ。
  日本の、日本としての独立を認めさせ、同時にユーラシア連邦と東アジア共和国と、和平交渉を結ぶ。
こういう結果になってしまっては、両国の拒否する可能性は低くなるだろう。一方的に仕掛けて、一方的に敗北したのだ。
この世界の国連もいい加減に機能してもらいたいものである。だが、逆に危険性も浮上してくる。

(日本の勝利に恐怖し、逆に国連全体が牙を向くことも、あり得ないわけではない‥‥‥)

それにプラントと呼ばれる組織。彼らの出方も気になる。あらゆる事態を想定していたは切りがない、と沖田は目の前のことに集中することにしたのである。




〜〜あとがき〜〜
以上、第4話になります。何と言いますか、ヤマト世界のビーム射程が、次第にはっきりとしてきましたが、それでも7000から7500kmは確実のようです。
逆にガンダム世界のビーム射程距離はハッキリとしていないので、正直どうしようかと迷いはしました。
あまりにも短すぎても味気ないので、独自設定で6000km前後と定めてみました。
それとC.E世界でマゼランやらサラミスをだしたのも、空母、戦艦、護衛艦だけでは物足りなさを感じたので、出させてみました。
沖田が宙雷戦の専門であろうというのも、独自設定です。ヤマト2199を見ていますと、彼の突撃戦は宙雷戦をやってきた可能性も、無きにしもあらず、と思いました。

それはそうと、ついに宇宙戦艦ヤマト2199が完結・・・・・・・かと思いきや、まさかの『劇 場 新 作 発 表 !』
続編はやらないようなことを聞いていましたが、まさかの不意打ち。いや、もしかしたら番外編という可能性(火星海戦の話とか?)もあり得ますね。
流れとしてはガトランティス帝国が順当なのでしょうが、真意はまだわかりかねます。もしかしたら、ガトランティス、ボラーが抱き合わせで出るか(ないか)。
あのデスラー総統が、ガトランティスに拾われた挙句、あり得ぬ立ち回りでガトランティスを乗っ取っているとか‥‥‥
これは、彼が旧作同様、続編に至って志が武人であるとか、紳士であるとか、改変設定を継がなければ、あり得ない話ではないかも?
なににしろ、続編が決定したことは嬉しい限りです。



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