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中立コロニー群レグノルにおいて、地球連合軍とザフトによる鬩ぎ合いが始まったのと同時期―――C.E暦70年6月3日のことだ。人類は宇宙のみならず、またしても生命の創造主たる地球上において争いを生じさせた。『アフリカ戦線』の幕開けだ。
ザフトは、此処を抑えなければ、北アフリカにおける軍事行動が思う様に進めることが出来ない事を自覚していた。如何なザフトとは言え、前回の降下作戦の失敗に鑑みて慎重な姿勢を見せており、砂漠で無暗に行動して自滅するというのは望むシナリオではなかったのだ。そのジブラルタル海峡を制覇すれば、それは即ち地中海を制したも同然となる。そして、ヨーロッパへの攻撃の足掛かりを作ることにもなり、北アフリカの海岸沿いにおける行動を自由の物と出来るのだ。
一方の地球連合軍は、ここを突破される訳にはいかず、当然のことながら防衛戦線を構築した。地中海に配属されていた第4洋上艦隊が、ジブラルタル海峡の出入口を封鎖することで、ザフトの侵入を阻もうと待ち構えていたのだ。
もとより、古来からジブラルタル海峡は、大西洋と地中海への出入り口として重要視されている海上ルートだ。尤も狭い幅は約13q程とされている。その為、長年に渡ってイギリスがジブラルタルに重要軍事拠点を設け、軍事基地として機能していたのだが、後に改められたユーラシア連邦の軍事基地に代わっていた。無論、そのジブラルタル基地に配備されているのは、ユーラシア連邦もとい元イギリス軍の軍人で構成されている。
よって第4艦隊は、最重要拠点であるジブラルタル基地に配備され、外敵の侵入に目を光らせていたのであった。
そのザフトは、十中八九、このジブラルタル海峡に攻め入るであろうことは分かりきっていた。アフリカ西海岸に駐留しているとの情報を得た地球連合軍は、陸路ではなく海路を使うだろうと確信していたのだ。
もしも、南アフリカ統一機構の主要施設であるヴィクトリア湖のマスドライバー・ハビリスへ、一直線の陸路があれば話は別だが現実は違う。そこへ行くまでには、余分な距離を走ることになるばかりか、補給の問題もある。都合よく町や都市が存在する訳でもない。下手をすれば、砂漠の真ん中で野垂れ死ぬ可能性もある上に、南アフリカ統一機構軍や、ユーラシア連邦軍らのゲリラ戦を受ける可能性も存在した。
そんなことで、ザフトとしても余分な消耗はしたくはない。それにアフリカ大陸で一番重要なのはヴィクトリア湖のハビリスであり、それ以外に興味は無い。あるとすれば、ヨーロッパ大陸の方だろう。ユーラシア連邦を構築する地域であり、何よりもヨーロッパ大陸には、ユーラシア連邦首都たるベルギーのブリュッセルがある。ここを叩かれてしまっては、ユーラシア連邦の頭は潰されることとなり、連邦内は混乱状態となってしまう。
故に、ザフトはアフリカ大陸ではヴィクトリア湖ハビリスの攻略に集中し、後はヨーロッパ大陸への攻撃の下準備として、地中海の制覇を目論むであろう―――地球連合軍上層部は、そう読んでいたのだ。
それに、地中海を制覇されるという事は、アフリカ大陸への足掛かりを失う事にもなる。ならば陸路で地中海を東側から大きく迂回し、スエズ運河を経由してアフリカ大陸へ向かえば良い、と考えたいところだが実現は無理だった。なにせ、スエズ運河方面は地球連合の管轄下ではなく、あの中立連盟の加盟国である汎ムスリム会議の管轄下にあるからだ。もしも日本という強力な後ろ盾がなければ、強引に説伏せて領土内を横断したであろう。逆に、中立連盟もとい汎ムスリム会議としては、地球連合軍を通過させたとあっては、ザフトから敵視されることは間違いない為、通す事など許す筈も無かった。
そして、地球連合軍統合司令部は、地中海一体の支配圏を握るユーラシア連邦軍を主力として、迎撃に出向かせたのであった。
「地中海は、我がユーラシア連邦の庭先も同然である。何としても死守するのだ!」
ユーラシア連邦国防大臣 セルゲイ・ルツコイは、地球連合軍統合司令部からの指示を受けると、目を血走らせながら地中海一帯の部隊へ命じたとされる。
地上へ降下してきたザフトは、かのカーペンタリア攻防戦で、水中用と空中用MSを投入したことからも、このジブラルタル海峡を通過する筈である。それを見越しての迎撃戦の準備だったが、主力艦隊の他にもジブラルタル海峡一体を監視する沿岸警備艦隊も動員されている。これは主力部隊とは程遠いが、そういった水際での敵侵入防止の為、対潜能力に特化した小型船舶で占められていた。
ただし、普通の潜水艦ではなくMSを相手にするとなれば、非常に心許ないことに変わりはないが、ダメージを与えられない訳でもない。
ここは、沿岸警備艦隊の対戦魚雷による飽和攻撃で、ザフト水中MS部隊にダメージを与え、然る後に主力である第4洋上艦隊が止めを刺す。という戦法で臨もうというものであった。更にはジブラルタル基地が直ぐ傍にあることから、迅速な航空支援を受けることも可能だ。かなり優位に戦える筈だと、上層部は期待していた。
だが、この期待は儚くも潰されてしまう。
首都ブリュッセルにて執務中だったルツコイ国防大臣は、報告を出しに来た士官に入室許可を与えつつも、自身は別の報告書や資料に目とペンを走らせていた。彼には今回の防御戦で敗北するなどとは思っておらず、万全の体制でジブラルタル海峡を防げるであろうことを自負していたのだ。
そして、彼の業務作業を止めさせたのは、報告してきた士官の内容だった。
「我が地中海艦隊が、敵MSの攻撃により壊滅しました。それだけではなく、ジブラルタル基地も攻撃を受け陥落―――」
「なん‥‥‥だとッ!?」
彼の耳に飛び込んできたのは、一番聞きたくないものだった。手にしたペンがポロリと落ち、書類に不本意な線が走ってしまうが、それを気にする余裕はない。
第4洋上艦隊は、増援の艦艇を加えたうえで、ジブラルタル海峡の最も狭い海域で横列陣を展開して待ち構えていた。最前面に快速艇14隻とフレーザー級駆逐艦12隻、その後衛にデモイン級巡洋艦4隻とアーカンソー級巡洋艦4隻、そして、司令部たるスペングラー級強襲揚陸艦1隻とタラワ級空母2隻、並びに直営艦の巡洋艦2隻と駆逐艦4隻が並んでいた。更に海中にノーチラス級潜水艦8隻が待ち構えていた。そしてジブラルタル基地に配備された数百機規模の航空団があった。
この様に、水上、水中、空に対して万全の構えだった筈だ。それ程の戦力が如何にして敗退したのか、事の経緯は次のものだった―――。
ジブラルタル海峡に陣を敷いていた第4洋上艦隊は、ザフトを侵入させまいと待ち構えていた。海上と空からの攻撃は十分に覚悟していた、艦隊司令官 レギチ・セグリット少将は、魚一匹たりとも、鳥一羽とも通さぬ姿勢であった。ところが、その強固な姿勢と陣容は、瞬く間の内に壊乱の縁に叩き込まれることとなる。
まず、前衛に配置していた対潜哨戒部隊が異変を察知した。水中から忍び寄る不穏な影を幾つも捉え、それを排除しよう動き出すも、水中用MSの餌食となった。水中を高速で移動するグーンは、水中航行形態のままでライフルダーツを発射し、快速艇を船底から串刺しにした。両腕に備え付けられている魚雷や、或はフォノンメーザーで引き裂き、一瞬にして水槽にしてしまった。
水中でも潜水艦隊が展開されていたが、遥かに小回りの利く水中用MSを相手にしては歯が立たず、グーンの放ったスーパーキャビテーション魚雷によって一撃で轟沈していく。このスーパーキャビテーション魚雷は、言うなれば水中のミサイル又はロケットであり、その速度は魚雷を遥かに超えたものである。射程距離は8q程度しかない為、一気に接近する必要があったが、射程に入ったら最後、地球連合軍の潜水艦に逃げる余地など無かった。
また空中では、予め上げていたスピアヘッドからなる直掩機隊が、空中用MSディンとのドッグファイトを展開するも苦戦を強いられた。
水中と空中での激闘が始まり、セグリット少将は旗艦 タラワ級空母〈スパルヴィエロ〉の艦載機を上げようとした。攻撃を受けたのは、その時である。旗艦〈スパルヴィエロ〉の周辺に突如として、幾つもの水柱が上がったのだ。さらに甲板上に並んだ艦載機が、攻撃を受けて吹き飛び爆散し、加えて飛行甲板そのものにも穴を穿たれたのである。当然、艦載機には対空攻撃用のミサイル等が積まれており、これが誤爆したことで被害が増大した。
「何処だ、何処から攻撃を―――」
魚雷でもなく、ミサイルでもない攻撃に、セグリット少将は艦橋で呆然とした。その攻撃の正体を知る間もなく、彼は艦橋ごと撃ち抜かれて戦死する。〈スパルヴィエロ〉は、新たな援軍を派遣する間もなくして業火に包まれ、海中にその身を沈めていくこととなったのだ。開戦から程なくしての旗艦撃沈は、第4洋上艦隊に衝撃を与えた。残された艦艇は、従うべき頭を失い浮足立った。更にスペングラー級強襲揚陸艦も、多少の延命を約束されただけで、旗艦と同じ運命を辿ることとなったのだ。
後はザフトの独壇場だった。前衛の快速艇部隊は手も足も出ずに壊滅し、第4洋上艦隊の要である水上戦闘部隊も、スーパーキャビテーション魚雷や通常魚雷などで次々と水柱を上げて水中に没する。地球連合軍の艦船に対し、ディンも加勢し、携帯するマシンガンで甲板上を穴だらけにしていった。
果ては、アフリカ方面軍の本隊である艦隊からの砲撃を受ける。レセップス級地上戦艦が、そのまま水上戦艦に早変わりとなり、40p砲を第4洋上艦隊へと叩き込んだ。僚艦であるピートリー級地上戦艦3隻からも、28p砲が発射されて第4洋上艦隊を襲った。よもやザフトと砲撃戦を展開するとは予想だにしていなかった第4洋上艦隊は、統制の取れないままでの応戦に応じることとなる。
水中と水上と空中からの同時攻撃を受けた第4洋上艦隊は、統制の取れぬまま短時間の内に壊滅した。煙と火災炎を噴き上げながらも水上に僅かに浮かぶ艦船郡は、もう間もなく水中へ没する事だろう。
その光景を海岸で眺めやっていたザフト指揮官のアンドリュー・バルトフェルドは、双眼鏡を降ろしてから、後方に立ち控える美女に労いをかけた。
「お疲れさん、アイシャ。流石の腕だね」
「ありがとう、アンディ。けど、このMSの性能のお蔭でもあるわ」
アイシャ・ナーデルフは、MSパイロット用のスーツを着用しており、ロングヘアも邪魔にならないように纏められている。そして、腕にはヘルメットを抱えていた。その彼女は、バルトフェルドの労いの言葉に笑みを返しつつ、すぐ後ろに聳え立つMSを振り返った。本戦闘で、旗艦〈スパルヴィエロ〉を仕留めた機体のバクゥだった。四つ脚型のバクゥは、人型MSに比して機動性が高く、広大な砂漠等を戦場として戦うには打って付けの存在と言えた。更には武装の換装も可能で、今のバクゥの背中に搭載されているのは400o連装レールガン砲塔1基である。用途によっては、多連装ミサイルランチャーを装備する事も可能だった。
このバクゥを、地球連合軍に気付かれないようジブラルタル海峡の海岸沿いに配備し、本隊の攻撃に合わせて砲撃を行ったのである。バルトフェルドは、砲撃の際にアイシャの腕を借りた。自分にも砲撃の腕前には自信はあるが、なんといってもアイシャの射撃の手腕には敵わない。少しでも効率よく地球連合軍を撃破する為に、彼女にバクゥの砲撃手を任せたのである。
結果は吉と出た。彼女はMSの操縦は辛うじて平均的としても、射撃手としてはトップクラスの実力を実戦で見せつけた。彼女はコクピットで精神を集中させ、センサーだけでなく自身の腕と感覚に従って、〈スパルヴィエロ〉に初弾命中を叩き込んだのだ。無論、他のバクゥも続いて射撃を行い、第4洋上艦隊にダメージを与えた。
とはいえ、勝利の立役者となったのは他でもないアイシャであろうが、その当人はさして戦果を喜ぶわけでもない。ただ単に、恋人であるバルトフェルドの労いの言葉が嬉しかっただけに過ぎないのだ。部隊のとある兵士に戦果を讃えられた時にも、彼女は次の様に言った。
「戦果は関係ないわ。アンディと一緒に居られれば、それで良いの」
彼女は兎に角、彼と一緒に居られれば、それで良いのである。
第4洋上艦隊が壊滅した後、アフリカ方面軍が向けた矛先は、当然のことながらジブラルタル海峡に存在するジブラルタル基地だった。当基地は、友軍艦隊の壊滅を知って間もなくしてから、同じ運命を辿ることとなった。
まずディンが飛来し、基地から飛び立とうとする戦闘機隊を、そのまま地面の上で一生を終わらせる。さらに艦隊からの艦砲射撃と合わせて、ザウートの支援砲撃が加えられた。ザウートは、まさに動く要塞とも言うべき重火力型MSで、両肩に乗せられている長射程用の200o連装キャノン砲が2基4門ある。その4門は実弾仕様だった。200oともなれば、それは旧軍艦における巡洋艦クラスの艦載砲であり、戦車が搭載する120o砲とは訳が違うのだ。
地表が砲弾で穴だらけにされるや否、水中からグーンが浮上し、フォノンメーザーであらゆる敵を引き裂いていった。地球連合軍は果敢に抵抗をしたものの、遂には抵抗を断念せざるを得ず、洋上での戦闘開始から約1時間後には、地球連合軍の全面撤退で戦闘は終息した。
『ジブラルタル海峡攻防戦』と称される戦闘において、地球連合軍は第4洋上艦隊を失い、ジブラルタル基地も航空機の大半を失い、戦闘車輛も殆どが撃破された。そして、基地そのものが陥落させられるという大敗北によって幕を閉じた。対するザフトはと言うと、ディン1機、グーン1機をそれぞれ失うだけに留まり、事実上の完勝と言えた。当然、この勝利にザフト上層部やプラント内部は沸き上がったが、この一大作戦はまだ始まったばかりであることを鑑みると、まだまだ油断できないものだった。
片や、ジブラルタル海峡を突破された地球連合軍もといユーラシア連邦軍は、失意のどん底に沈んでばかりもいられなかった。出入口を突破された今、ユーラシア連邦の本拠地があるヨーロッパ大陸への侵攻の足掛かりを、ザフトに与えてしまったも同然なのである。加えて、ジブラルタル基地には相応の兵力を配置していただけに、ユーラシア連邦の軍事的ダメージは少なくなかったのだ。
国防委員会は至急、防備体制を固める方針を打ち出した。ジブラルタル基地からの侵攻に備え、ユーラシア連邦傘下のスペイン軍からなる2個機甲師団と2個機械化歩兵師団を、地中海沿岸側にある都市ムルシアと、中部にある都市リナレスに半数づつ配置した。更にトルコ軍からなる2個機甲旅団と1個緊急展開旅団が、トルコ南端にある海岸沿いの都市ファロに配置された。これにより、ジブラルタル基地からの北侵に対する一応の防備体制を整えたのであった。
しかし、彼らの心配は杞憂であったと言える。ザフトの狙いは、ユーラシア連邦首都ブリュッセルではなく、アフリカ大陸南部にあるヴィクトリア湖なのだ。それと分かった地球連合軍は、慌てて迎撃すべくアフリカ防衛の管轄を担っていたユーラシア連邦軍並びに南アフリカ統一機構軍に迎撃の指示を出したのである。
「奴らの狙いは、ヴィクトリア湖のマスドライバーか!」
「不味いぞ。地中海を封鎖された同然の今、アフリカ側に戦力を送り込めん」
「アフリカ大陸には、ヴィクトリア湖防衛の為に派遣した我が3個師団(1個機甲師団、2個歩兵師団)がいる。うち機甲師団と歩兵師団をカイロへ駐留させているから、迎撃態勢をとれるが‥‥‥」
「となると、ヴィクトリア湖にいるのは、我が1個歩兵師団と、アフリカ統一機構の1個師団だけか」
「いや、十分だ。2個師団だけでも、戦車は210輌を数える。MSだろうが、我が軍の戦車軍団に敵うまい。それに地上戦艦もいるんだ。負けるはずがない」
国防会議で幹部らは防衛に自信を持っていた。いや、持とうとしていたのであろう。今度負ければ、アフリカ大陸での主導権は間違いなくザフトと、それに加担するアフリカ共同体の手に落ちることとなる。そして、アフリカ大陸の価値は、その殆どがマスドライバーにあると言って良い。今や宇宙戦闘艦は単独で宇宙へ上れるとはいえ、物資を大量に打ち上げるにはマスドライバーが必要不可欠な事に変わりはない。
ザフトは、地中海の出入り口で地球連合軍の艦隊と基地を潰した後、基地の再利用の為に設営部隊と、MS部隊、戦闘車輛らが軌道上より追加で投下された。無論、投下される間の防備に手抜かりは無く、アフリカ方面軍のディンらが護衛に立ち会って降下カプセルを援護した。これにより、ザフトは早々にして、ジブラルタル基地の再建に着手することとなった。
基地の再建は、設営部隊らに任せて、自身はアフリカ大陸の制覇に動き出したアフリカ方面軍司令 ゲルハルク・シュトゥンメは、部隊を地中海南岸沿いに進撃した。目指すは、地中海と紅海を結ぶスエズ運河、並びに長大なナイル川を管轄しているエジプトの都市カイロの制圧であった。この都市を制圧した後、アフリカ方面軍はナイル川に沿って南下し、一気にヴィクトリア湖のマスドライバー・ハビリスを制圧する。
「我が部隊の目標は、カイロを制圧することだ。これなくば、アフリカ大陸を制覇する事は出来ん」
シュトゥンメは各部隊長らに厳命した。何故、カイロの制覇が重要かと言えば、やはり補給の問題が付きまとうからである。ただでさえ、砂漠は自然の猛威として人類に牙をむく地形だ。補給も見込めない無謀な進軍は、ザフトと言えど控えねばならない。であればこそ、カイロを制圧すると同時にナイル川を確保すれば、ナイル川を使って補給部隊をアフリカ方面軍に送り届けることが出来る。無論、ナイル川沿いにある各町に物資集積所を設ければ、より補給はスムーズにいく筈である。
また、アフリカ共同体からも支援として1個旅団規模の陸上部隊が展開され、アフリカ方面軍の進軍よりも早く行動し、陸路を使って海岸沿いを東に移動していった。ザフトにとって、アフリカ共同体の支援は貴重なものである。カイロへ辿りつくまでには、彼らアフリカ共同体の補給支援が必要不可欠であり、それも地中海南岸側がアフリカ共同体の支配圏であればこそ、陸路からの補給も受けられようものであった。ザフト・アフリカ連合軍は、一気に東進することにより、アルジェリア、チュニジア、リビアを突き抜けていった。
そして、C.E暦70年6月5日。南アフリカ統一機構の支配圏である、エジプトの海岸沿いの都市メルサマルトルーへと到達した。兵力らしい兵力を持たない都市メルサマルトルーは、抵抗せずにザフト・アフリカ連合軍の支配下に置かれることとなる。その地にてアフリカ方面軍は、艦隊からMS部隊を降ろした。ここからは、本格的な陸路でアフリカ共同体軍と共に東進を始める。また、艦隊もスケイルモーターを使って“上陸”すると、ようやく地上戦艦らしい姿となって動き出した。
一方、アフリカ防衛の為に回されていたユーラシア連邦軍2個師団は、ザフトの進軍先がまずカイロであることに確信を持つと、防衛すべく動き出した。
そして、両軍が激突したのは、その翌日のC.E暦6月6日のことである。後の『エル・アラメイン会戦』の幕開けであった。
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海岸沿いの都市エル・アラメインは、過去の第二次世界大戦においても、旧ドイツ第三帝国軍のロンメル将軍指揮する部隊と、連合軍のマウントバッテン将軍指揮する部隊が激突し、激闘を繰り広げた地として名を残している。そればかりか、戦争の記録として、記念館も建てられていた。そして今もまた、過酷で愚かしい歴史を繰り返すこととなるのであった。
都市エル・アラメインより約30q西の広大な砂漠地帯で、ザフト・アフリカ連合軍と、地球連合軍ことユーラシア連邦軍は対峙していた。因みに、戦場となる地域には、国際空港アル・アラメインがあった。軍事飛行場ではない辺境の国際空港だったが、ここを奪取すれば航空機による支援が可能となる。その事から、電光石火の勢いで当空港を占拠したザフト・アフリカ連合軍は、此処を仮司令部として設置し、ユーラシア連邦軍側に備えたのだ。
投入されるザフトの戦力は、レセップス級地上戦艦×1隻、ピートリー級地上戦艦×3隻、MS×30機(ザウート×12機、ジンオーカー×9機、バクゥ×9機)、VTOL戦闘機×30機。アフリカ共同体軍は、戦車×64輌、装甲車40輌、火砲×30門、兵員約5200人。
対するユーラシア連邦軍は、ビッグ・トレー級地上戦艦×1隻、ヘヴィ・フォーク級地上戦艦×2隻、戦車×210輌、対空戦闘車×16輌、装甲車×110輌、火砲×60門、VTOL戦闘機×12機、兵員輸送車×多数、兵員約2万人。ここに登場したビッグ・トレー級とヘヴィ・フォーク級とは、地球連合軍もとい国連軍が、広大な砂漠地帯や平原地帯などにおいて、部隊指揮・火力支援・補給支援・整備支援を可能とした、移動式拠点を欲したことから建造された兵器の事だ。とりわけアフリカ大陸の様な地形は、まさに打って付けとも言えるだろう。
ビッグ・トレー級は、長方形型の艦型が特徴の地上戦艦で、全長215m、艦首内部に設けられた大口径障害物破砕砲×2門、艦両舷と艦尾上甲板に備えられた40p三連装砲塔×3基9門、90o連装機銃砲塔×8基16門、六連装VLS×2基12セル。核融合炉機関によるジェットエンジンを応用したホバークラフト方式で移動する為、砂漠や平原は無論、荒野、或は海上を移動する事が可能であった。まさに地上の動ける要塞たる以上であった。ただし、MSという存在が明らかになる以前に建造された代物であるため、当然のことながら対MSに特化した装備は皆無である。それでも、司令部としては破格の機能を有していることに違いは無かった。
また、ヘヴィ・フォーク級も同様の地上戦艦である。Y字型に近い艦型で、二又に別れた艦首が特徴的である。兵装は40p三連装砲塔×3基9門だが、ビッグ・トレー級と違って全門が前方側(二又艦首に1基づつ、艦体中央に1基)に備え付けられており、より正面攻撃に特化していた。当然のことながら、艦橋構造物は艦尾側に集約される。その他、75o三連装機銃砲塔×6基18門、90o連装機銃砲塔×12基24門、十連装VLS×2基20セル。攻撃に特化しているが故に、司令部としての機能は劣っている。
ザフトには、MSと地上戦艦4隻がいるとはいえ、数的な優位からすれば、ユーラシア連邦軍が明らかに優勢であった。これをザフト・アフリカ連合軍がひっくり返すには、単調な正面決戦だけでは被害を増やすだけに終わってしまう。だが、幸いにして、地球連合軍にはバクゥの存在は知られてはいない。これは本会戦で大きなキーポイントになる筈だと、シュトゥンメ司令を始めとして、バルトフェルドも同様の見解であった。
「戦車とはいえ、その火力と機動力は侮れん。MSも破壊される危険性がある。まして、我がレセップス級に匹敵する地上戦艦がいるのだ」
「それに、ザウートやジンオーカーでは、遅れを取る可能性もありますからね。下手に真正面からぶつかり合うのは、愚の骨頂と言うやつですよ」
会戦前に開かれた最終会議の場にて、機動力に劣るザウートとジンオーカーの扱いに苦慮していたシュトゥンメだったが、敢えて、この機動性の遅さが生かされる可能性があることを、バルトフェルドが提案したのだ。機動力が遅く、標的に成り易いのなら、これを餌にして吊り上げれば良い。それに、レセップス級らの姿を地球連合軍らが見れば、放っておけない筈だ。
作戦を練り詰めた結果、陽動と奇襲で一気に対局を決める内容となり、バルトフェルドは奇襲部隊として重責を担う立場となった。彼はバクゥで編成されたMS隊を指揮し、地球連合ユーラシア連邦軍に強力な一撃を与えることとなったのである。
そして、戦闘開始の口火を切ったのは、ユーラシア連邦軍からであった。
「全軍、突撃せよ」
6月6日13時00分。南アフリカ方面派遣軍司令官 バロネス・モーリツ中将の第一声を持って、ユーラシア連邦軍は攻撃を開始した。200輌余りの戦車部隊が、地響きと土煙を巻き上げながら、アフリカの大地を進んでいく。その後方を、支援車輛やユーラシア連邦軍本隊となる地上戦艦部隊4隻が追従する。
モーリツ中将は、かのビクトリア攻防戦において、派遣軍司令官として就任した人物であった。そのまま、アフリカ方面における軍の司令官として留まっており、本国へ帰還することもままならない状態にあって、再び、彼にザフト迎撃戦の命令が下ったのである。その為に、彼はビクトリア湖からナイル川を遡上してエジプト首都カイロへ向かい、更に西進してエル・アラメインの大平原でザフトと相対する事になった。
ユーラシア連邦軍の戦車を中心とする機甲師団と、真正面からぶつかることとなったのは、前衛として配置されていたアフリカ共同体軍の戦車部隊であった。
「連合の奴らに負けてはならんぞ、全車、応射せよ!」
アフリカ共同体軍司令官 ババカル・サール少将は、装甲指揮車の屋根から上半身を出した状態で攻撃命令を下す。戦車同士の戦力比から言えば、1:3というところである。真面にぶつかれば勝てる見込みは0であるが、そこでザフトのMS部隊30機が加わることで、概ね戦力は互角と言う所だった。その、砂ばかりの大地に、次々と弾丸や砲弾が降り注ぎ、不躾ながらも自然の大地を荒していく。それを気にせず、両軍の戦車部隊は砲撃の応酬を行い、廃棄物を地上に生み出していった。
「無理はしないでもらいたいが‥‥‥」
旗艦〈レセップス〉の艦橋で、シュトゥンメは双眼鏡を覗きながら呟いた。無駄な消耗戦は避けてもらいたいところで、サール少将には厳命していたのだが、これまでの地球連合に対する鬱憤も相まって無謀な行動に出る予感はしていたのだ。そして、戦闘開始から約30分後。彼の不安は現実のものとなる。
アフリカ共同体軍戦車部隊は、ユーラシア連邦軍戦車部隊が不意に後退するのを見ると、それを追撃に掛かってしまったのだ。無論、サール少将自身も、この後退に対して疑問を感じた。だが、ユーラシア連邦軍側の後退が、まるで連携を欠いた後退を始めたのを見て、自軍の攻撃に辟易したのだと感じたのである。それは、半分は当たっており、アフリカ共同体軍戦車部隊の火力集中―――重砲MS隊ザウートの後方支援がもっとも大きなところであるが、この砲撃にはユーラシア連邦軍戦車部隊とて平然としてはいられなかった。
「烏合の衆ばかりではないか」
ユーラシア連邦軍第3機甲師団司令官 ウバルト・バスティコ少将は、師団司令部たる指揮車において、戦略図と戦況を睨めっこしながら呟いた。
戦車比では、圧倒的に自軍が優勢なのだが、はやり敵方にMSという厄介な存在があるがゆえに、ユーラシア連邦軍将兵らには不安が募っていた。以前は不意打ちで勝てたようなものだが、今回は真正面からのぶつかり合いだ。ともなれば、将兵にとってMSこと巨人は恐怖の象徴に映ってしまう可能性は高く、それは現実に起きていた。戦車だけでなくMSまで相手になることから、第3機甲師団の戦車兵達の動きは鈍くなり、連携も乱れ気味となっている。MSからの援護射撃を受けて吹き飛ぶ戦車も徐々に増え始めると、本格的に戦車部隊の連携は崩れていった。
「‥‥‥MSが味方に付いたことに、よほど嬉しいと見える」
そこで、アフリカ共同体軍の戦車部隊が強気で攻め入れられるのも、MSという強力な後ろ盾があってこそだという事に気付く。ならば、調子に乗る敵を引きずり出そうではないか。バスティコ少将は、各戦車大隊を一度大きく後退させた。一気に戦線が崩壊する憂き目を見る危険を犯しつつも、戦車大隊は辛うじて後退を成功させる。
すかさず追って来たアフリカ共同体軍戦車部隊に対して、アフリカ派遣軍本隊の地上戦艦群が逆撃を加えたのは、まさにその時であった。
「撃て」
ビッグ・トレー級とヘヴィ・フォーク級は、モーリツ中将の砲撃命令に従って40p砲を発射した。各砲塔から発射された40p砲弾は、弧を描いてアフリカ共同体軍戦車部隊へと着弾した。対地砲撃は驚異的なもので、爆撃よりも効率的で破壊力があるとして、有効な攻撃手段であった。それが今、アフリカ共同体軍戦車部隊に降り注ぎ、数台の戦車が注意に舞い上がる程の衝撃を受ける。それは同時に、将兵らに対する心理的衝撃でもあり、アフリカ共同体軍の将兵らは艦砲射撃の威力に恐れ慄いた。
地上戦艦の存在を忘れてはいなかったが、厚くなり過ぎたことでサール少将の脳裏から剥離していた。故に、自軍の突出し過ぎた行動に後悔するが、それよりも態勢を整えることが急務であった。
「退け、弾幕を張りつつ後退するんだ!」
「上空より、ザフト航空隊が来援!」
慌てて後退する友軍を見かねたシュトゥンメ司令は、地上戦艦に配備されていたVTOL戦闘機〈インフェトゥス〉からなる編隊が、第3機甲師団に一時的な時間稼ぎの攻撃を行ったのである。数量の戦車が犠牲になるが、逆にインフェトゥスも、対空戦闘車の迎撃網に捕まって2機が撃ち落されてしまった。だが時間稼ぎにはなり、アフリカ共同体軍戦車部隊は損害を出しつつも大きく後退し、MS部隊との連携を回復した。一方の第3機甲師団は、ザフトの上空援護とMSの援護射撃に足止めされたことで、逆撃を緩めざるを得ず、再び不毛な戦闘がしばし続くこととなる。
ユーラシア連邦軍を引きずり込む予定だった、ザフト・アフリカ連合軍は、逆に自分が引きずり込まれるという不測の事態を受けて、作戦計画の継続を見合わせた。バルトフェルドも、何となくではあったが、血気に逸るであろうアフリカ共同体軍の行動を予見していた。それだけに、作戦の見合わせは不満を募らせた。
「地球連合と張り合いたいんだったら、もっと大局を見て貰わんとねぇ」
バクゥ隊の行動も一時停止を余儀なくされ、コックピット内で小さくぼやくバルトフェルド。愛しのアイシャは、仮司令部を設置した都市メルサマルトルーにあり、一刻も早い再会を思い描いている。
半ば膠着状態となった戦闘は、小さな休息を挟みながらも、同日16時50分になって一端終息する事となった。一方は、血気に逸った心理的状態の冷却期間が必要となり、一方にはMSに対する心理的恐怖を和らげる必要があったのだ。双方ともに大損害を被ったと言うには、数歩及ばずと言ったところで、そういう意味でも消化不良の前哨戦であった事は間違いない。幾つもの廃棄物と戦友の骸を砂漠に置き去りにし、双方ともに大きく後退して態勢の立て直しを図った。
ザフト・アフリカ連合軍は、基本方針こそ変わらないが、アフリカ共同体軍に対して厳重なる注意を促した。次こそは、上手いことユーラシア連邦軍を引きずり出す必要がある。だが、ユーラシア連邦軍の先ほどの動きからして、早々容易く乗ってはこないことを、バルトフェルドは指摘した。
「恐らくは、MSと真正面から戦うことに、未だ恐怖を感じているでしょうな。事実、ザウートによる援護射撃の射程圏内に入ってからは、動きが鈍くなったばかりか前進してくる様子さえありませんでした。我が部隊としては、MSに対する脅威を感じてくれた方が有り難いですがね」
「しかし、戦力比は相手が優位だ。こちらとて、無駄な出血を被る訳にはいかんからな」
「となれば司令、敵が躊躇しているのを利用すべきでしょう。巣から出てこないのなら、巣ごと叩くまでです」
極論だが、彼の言う通り、これ以上の時間を掛けずにユーラシア連邦軍を叩くには、奇襲で一気に壊滅させるほかない。相手が引きずられて来ないなら、それも良いだろう。バクゥ隊で一気に迂回し、敵の本隊を叩き、然る後に友軍の本隊と挟撃して壊滅に追い込むのだ。そして、より効果的にユーラシア連邦軍に大打撃を与える為に、バルトフェルドは夜間における奇襲攻撃を提案した。
「夜間の奇襲攻撃か‥‥‥よかろう。本日21時に行動を開始する。バルトフェルド隊は、南方ルートから迂回し、敵を奇襲する。その直前、我が本隊とサール少将の機甲部隊は、正面から大規模な攻勢を仕掛けて奇襲に対する陽動を行う」
作戦会議が終わった後、辺り一面が暗くなった頃。バルトフェルドは、ふと夜空を見上げた。そこには、暗い筈の夜間を薄っすらと照らし出す満月があった。宇宙空間ではお目に掛かれない、月明かりの神秘的な光景である。だが彼は、そんな綺麗な満月を一目見るなり、一瞬だけ背筋に悪寒めいたものが走った。辺り一面が人工的なライトを必要とせずとも見えるのは、奇襲する側としては有り難いものだ。しかし、それは自分らだけに言えることだろうか、と思い至ったのである。
「時間との勝負かもしれん」
ポツリと、バルトフェルドは月に視線を向けながら呟いた。月が答えを教えてくれることは無かったが。
そして、予定通りにバルトフェルド率いる奇襲部隊(ピートリー級×1隻、バクゥ×9機)は、本隊に先んじて進発した。大きく戦場を迂回し、ユーラシア連邦軍の側背を突く為に高速で移動を開始した。バクゥは、4つ脚による運動性能の向上を成し得ている他、脚部に装備されたキャタピラによってよりスムーズに、砂上を移動出来る利点がある。まるで、狼が“伏せ”の姿勢のまま滑走するという、一見すると滑稽な姿ではあるものの、はたして、滑稽という言葉で笑って済まされるかどうかは、この後に分かるだろう。
奇襲部隊が出発してから約30分後。本隊も遅れて動き出した。やはり、前衛にはアフリカ共同体軍戦車部隊が配置され、その両翼をジンオーカー隊が固め、さらに後衛には、ザウートからなる重砲隊が配置されていた。アフリカ共同体軍戦車部隊は、神の加護と言う名の、MSの援護を受けながら戦える形となる。また、レセップス級らの支援砲撃もある他、少数ながらも航空隊による航空支援も望めるのだ。
やがて、ユーラシア連邦軍の戦車部隊と会敵するポイントまで前進した。防備を固めているなら、こちらが積極に出て、その強固な姿勢に罅を淹れてやる。そんな意気込みで前進を続けるザフト・アフリカ連合軍だったが、以外にも、彼らの予想は崩れることとなった。つまり、ユーラシア連邦軍が積極的に出て来たのである。
予定外とも言える相手の攻勢に、ザフト・アフリカ連合軍は戸惑った。しかし、ここで引き返すことはできない。全軍を反転後退させれば、それこそユーラシア連邦軍に後方からの攻撃を成功させてやるようなものだった。
「臆するな。敵が出てきたのなら、当初の作戦に戻ったようなものだぞ。戦車部隊は後退し、敵戦車部隊を引きずり回せ。我が本隊は、敵を完全に捕捉次第砲撃を加える。さすれば、向こうも我が本隊を無視できまい」
シュトゥンメは、極めて冷静に対処した。多少の予定違いではある。だが、向こうから出てきたのなら、それを迎え撃つまでだ。
「前衛の戦車部隊、交戦状態に入りました」
「よし。バルトフェルド隊が奇襲を成功するまで、敵を引きずり込むぞ」
月下における、エル・アラメイン会戦の第二幕の開始であった。
V
ザフト・アフリカ連合軍とユーラシア連邦軍が、月明かりの下で新たな戦闘を始めた。先の戦闘の様に、互い真正面からぶつかり合う形での接敵であるが、どちらかといえば、今回はユーラシア連邦軍側の攻勢が上回っていた。後れを取ったことに対する鬱憤晴らしか、ザフト・アフリカ連合軍に対し、激しい砲撃を浴びせて来たのだ。リニア・ガンタンクの砲弾と、援護として発射される火砲、そして入り混じる地上戦艦からの艦砲射撃が、アフリカの大地を激しく揺らしていった。それに負けじと、アフリカ共同体軍戦車部隊は応射し、ザウート隊やジンオーカー隊も援護射撃を行って牽制する。さらに旗艦〈レセップス〉ら戦艦隊による艦砲射撃も、ユーラシア連邦軍地上戦艦群に対する応酬となってユーラシア連邦軍に降り注いだ。
しかし、双方の地上戦艦からの艦砲射撃は、長くは続きはしなかった。それは、お互いの戦車部隊らが接敵し、間違えれば友軍を巻き込みかねない危険性があったからである。
激しい戦闘が繰り広げられる中、最初に転機をもたらしたのはユーラシア連邦軍であった。
「3時方向に発砲炎!」
「何―――」
突然、ザフト・アフリカ連合軍の右舷側から火の手が上がったのだ。幾つもの弾頭が飛翔し、連合軍の右翼側にいた戦車とジンオーカー隊を襲う。突然の横槍によって、ザフト・アフリカ連合軍の将兵らは驚愕した。まさか、相手側からの横撃を受けることになろうとは思いもしなかったのだ。
ユーラシア連邦軍は、一部戦力を割いて戦場を大きく南方側へ迂回させ、なだらかな丘で待機していたのである。無論、簡単に見つからない様、砂漠と同化するようにシートを被せるくらいの周到さを持っていた。迂回した戦車部隊は、見計らってザフト・アフリカ連合軍の横面へ、文字通りスパンクを思い切り浴びせたのである。MSとて、地球連合軍のMBTことリニアガン・タンクの砲撃に耐えられる訳ではない。それはビクトリア攻防戦で実証済みであり、ザフトとしても単なる戦車として甘く見ることは無かった。
「全車突撃!」
間髪入れず、ユーラシア連邦陸軍第52戦車中隊隊長 モーガン・シュバリエ中尉は突撃命令を下した。彼は48歳。生粋の戦車乗りであり、指揮官としての素質も十分に有した兵士である。また別の名を“月下の狂犬"とも言い、夜間作戦能力と、その類まれな先見性による作戦行動から付けられた二つ名だ。シュバリエ中尉は、指揮下の16輌のリニアガン・タンクを率いて、側面を曝け出すザフト・アフリカ連合軍に襲い掛かる。
ザフト・アフリカ連合軍の右翼部隊は、この突然の奇襲攻撃に動揺し、反転迎撃するか、そのまま正面にいるユーラシア連邦軍第3機甲師団に対して攻防を続けるか、或は後退するかを迫られた。
しかもこの時、明らかに狙いすました機甲師団司令官バスティコ少将の指示により、全面的な圧力をかけて来たのだ。
「第16戦車大隊、前進して敵右翼のMSを中心に叩け。第32砲兵連隊、援護射撃を敵MSに集中!」
戦車の大量投入と同時に、後衛に控えていた自走砲が一斉に援護射撃を開始する。
普段なら、この程度で同と言う事は無かったザフト兵だったが、奇襲という戦法に一時的な戦意の低下が見られた為、戦車部隊の圧力と自走砲の砲撃に戸惑ってしまう。それでも、下手に動けば戦線全体を崩壊させない為、結局のところ、MS隊や戦車部隊の各指揮官らは、その場に留まって正面と右翼からの攻撃に耐えなければならない事態となった。
「奴らの脚は止まっている。一気に切り込むぞ」
シュバリエ中尉率いる戦車中隊は、速度を緩めずに出来る限りの最高速度で突っ込んでいく。それは、レセップス級らの迎撃を警戒しての事でもあり、ものの見事に艦砲射撃の懐に潜り込んで見せた。しかも、古典的だが効果の高い、煙幕などもふんだんに使用するなどして攻撃をかく乱させたのである。旗艦〈レセップス〉や各ピートリー級の砲術士官らは、アナログ的妨害方法にしてやられ、真面な効果を打ち出すことも出来なかった。
ザフト・アフリカ連合軍右翼は、正面と右舷からの攻撃に耐え兼ね、次々と被害を出していく。ジンオーカー隊も、その被害値に含まれており、1機が煙幕の中から飛び込んできた弾頭によって右足を撃ち抜かれて膝を屈した。転倒したのを見計らい、シュバリエの乗車するリニアガン・タンクがトドメの1発を見舞うと、その1発がコックピットを撃ち抜いて完全に沈黙させたのだ。同様のパターンを受け、右翼に配置されたジンオーカー隊は、隊長機を含め2機を破壊され、さらに1機はモーターをやられたことから行動不能に陥ってしまった。反撃にリニアガン・タンクを3輌破壊したが、割に合わない損害である。しかも、シュバリエ中尉の戦車中隊の脚は止まるところを知らず、さらに敵陣の奥に食い込んでいったのだ。
「脆いな。巨人は見掛け倒しか」
「隊長、正面に新たなMS! 砲撃型を思われます」
突き進むシュバリエの第52戦車中隊の目前にザウート隊がいたのだ。ザウートは火力重視であり、機動性は二の次となっていた。純粋な火力で言えばザウートが圧倒的であったものの、この乱戦においてザウートの鈍足さが足を引っ張ることとなる。
「敵の戦車を迎え撃つ」
ザウート隊を指揮していたのは、20代後半の若きザフト兵だった。名をマーチン・ダコスタと言い、緑服クラスの兵士である。銅褐色の短髪に、やや鋭い目線を持つ青年だが、何処かときつい印象は与えなかった。ダコスタは、ザウート隊の砲撃支援を担っていたものの、突然の奇襲への対応に追われた。しかも、その命令の選択は迎撃しかない、と咄嗟の判断を下していた。何分、ザウートが足の遅いMSだと熟知していた為であった。
各ザウートが方向転換するが、それさえも時間が惜しい。シュバリエの戦車中隊に砲口を合わせる前に、砲撃を受けることとなったのだ。最初の斉射が行われると、ザウート隊12機の内、2機があっという間に滅多打ちにされた。データリンクを使えない中での、徹底した集中砲火が効果を発揮した瞬間である。反撃するまでに僚機を失ったものの、ダコスタも反撃を命じた。
「応戦せよ!」
両肩の連装キャノン砲×2基4門が散発的に放たれたが、効果は出なかった。両腕の連装副砲や76o重突撃銃をばら撒くように撃つと、弾幕に絡め取られるリニアガン・タンクが新たに出るが、それに構わず突撃してくるシュバリエの第52戦車中隊。立て続けに煙幕が振りまけられると、またもや敵を見失ってしまい、ダコスタとしても対応に苦慮してしまう。
「火力と図体ばかりで、通常の戦車に手を焼くとは‥‥‥!」
更に、戦車を長年渡って乗り続けたシュバリエや、他の戦車兵らの方が遥かに戦慣れしていると言っても過言ではない。如何に身体的な優位性のあるコーディネイターとて、歴戦の経験と鋭い勘、手腕を有する軍人には敵わない部分があったのである。
そして、ザウート隊が煙幕に攪乱される中で更に3機が戦闘不能ないし完全破壊される。MS1個部隊分を損失し、さらなる被害を被るばかりのザウート隊。加えて戦線崩壊の一歩手前にある右翼部隊の惨状を見ていたシュトゥンメ司令も、流石に焦りを隠せなかった。改めて、地上戦では、まだナチュラルの方に分があるのではないかと認識するほどだ。無論、こちらとて、迂回し奇襲する為に別行動中のバルトフェルド隊がいるが、到着間にまだ時間を要する。
「敵の方が、先に動いていたという事だな」
いずれにしろ、このままでは自軍が全面崩壊に至ってしまう。
『こちら、戦車旅団司令サール! 前面の敵軍からの攻撃が激化し、損害も拡大中。右翼の戦線も崩壊寸前。後退の許可を請う!』
〈レセップス〉に入る、前衛の戦車部隊司令官サールの悲痛とも言える報告に、シュトゥンメは奥歯を噛みしめる。後退させようとは思うのだが、生憎、この小賢しい戦車部隊が引っ掻き回してくれているお陰で、後退しようにもできなかった。戦艦隊の艦砲射撃も、下手をすれば味方を巻き込む恐れがある為に出来ない。ならば、その場に踏みとどまらせるか? それこそ、味方を見殺しにすることとなる。退けば地獄、留まっても地獄という二者択一を前にして、シュトゥンメは数秒程の時間を置いてからサールに命じた。
「こちらシュトゥンメ。全部隊に告げる。直ちに―――」
「司令、敵後方で爆発を観測!」
後退を命じようとした、まさにその時だった。ユーラシア連邦軍第3機甲師団の後衛部隊側から、突然火の手が上がったのが確認された。その報告に、シュトゥンメも口の開平を一時凍結させたが、瞬時に理解し、安堵と呆れを混じらせながら皮肉を吐いた。
「随分とゆったりしていたじゃないか、バルトフェルド」
奇襲に時間がかかった―――というよりも、ユーラシア連邦軍側の行動が早かっただけだが、これで勝敗の天秤は、傾きを変えるのだ。
「嫌な予感っていうのは、当たってほしくない時に当たるもんだねぇ」
バクゥを率いるバルトフェルドは、コクピット内で苦々しく呟いていた。出撃前のざわつく予感が、現実のものとなった事に不快感を覚える物だった。彼の元にも、本隊が敵軍の奇襲攻撃による戦線の崩壊の様子が届いていた。この時点で、彼はバクゥ隊をどうすべきか、判断に迫られたのである。このまま予定通りに進んで、ユーラシア連邦軍の側面に回り込むか、或は奇襲してきた敵部隊を後背から襲い掛かり、味方本隊を救援すべきか。はたまた、戦力を二分して、双方に対処すべきか。結局のところ、バルトフェルドは隊を二分することなく、本来の目的に沿って行動を続けたのである。
元々からして、本隊は敵主力を引きつける役目を負っていた。その時期が前倒しになっただけの話であり、シュトゥンメとしても、ここで戦力を分けることには納得しないだろう。付き合いのあるだけに、バルトフェルドは上官の思考を把握しており、それは見事に当たっていた。そして、損害を重ねることに胸の痛みを覚えつつも、バルトフェルドは見事にユーラシア連邦軍の側面に回り込むことに成功したのだ。
「遠慮する事はない。やられた分の報酬をくれてやろうかね、諸君!」
それからの、バクゥ隊の猛攻は凄まじいものであった。まず、ユーラシア連邦軍第3機甲師団の側背に回り込んだ6機が、背中に背負うレールガンや多連装ロケット砲を駆使し、瞬く間にリニアガン・タンクを蹴散らしていく。更に、バクゥは機動性を高めるうえで、機体にスラスターを設けていると同時に、一対の簡易的な翼を備えている事から、短距離での飛翔または滑空が可能であった。これにより、第3機甲師団の各戦車隊は、空をも縦横無尽に駆け回るバクゥへの対処に振り回されることとなる。
バスティコ少将は、このバクゥ襲撃に対処しようにも、予想以上の機動力を有していたが為に、リニアガン・タンクでの迎撃は困難を極めたのだ。
「小賢しい犬めが!」
強がり以外の何物でもない狼狽を示すバスティコだったが、彼にも早々にして悪夢が舞い降りた。乗車していた装甲指揮車にバクゥが突っ込んできたのだ。ザフト兵も、これが指揮官だろうことを予測し、一気に距離を詰めて来たのだ。しかも、狼が獲物に食らい付くかのように、驚異的なジャンプと機動力で飛びかかった。バスティコ少将は、頭上に降りかかるバクゥに唖然とし、思考を停止した次いでに彼自身の時間も停止した。
指揮官の戦死は、そのまま部隊の混乱に繋がる。頭を失い、残された第3機甲師団の将兵達は対応に苦慮し、右往左往する羽目となった。
「少将が戦死した!」
「どうする、MSの化け物はすばしっこい。乱戦じゃ不利だぞ!?」
戸惑う間にも、次々と廃棄物と化す戦車の数々。
さらにユーラシア連邦軍本隊側にも、刃が降り掛かっていた。まず、ピートリー級が高速で接近しつつ、28p砲を発射しながら、VLSからも対艦・対地ミサイルを発射した。同時に、砂中魚雷も発射し、砂の大地を泳いでいく。ビッグ・トレー級やヘヴィ・フォーク級の周囲にそそり立つ、着弾時に発生する砂煙。しかも、ミサイルの中には、妨害用チャフを混じらせており、地上艦隊上空で爆発した物の中からチャフが飛び散る、加えて、ピートリー級〈セティ〉も、自身を護る為にチャフをばら撒いて敵の砲撃を阻害した。
モーリツ中将は、旗艦 ビッグ・トレー級〈オーエンスタンレー〉の艦橋で、奇襲してきたザフトの別働隊への対応に手を焼いていた。真正面に並んでいたザフト・アフリカ連合軍に対して、緒戦を上回る規模の勢いで損害を与え、そのまま自軍の勝利と思っていた矢先の事なのだ。いや、敵にも奇襲を考え付く者がいて当然だろう。地理に不慣れだと侮っていた自身に被がある。
彼らから見て、左舷側から突っ込んでくるザフトの中型戦闘艦に対し、このまま戦艦部隊を反転させて迎え撃とうかと考えた。
「〈ザグロス〉は左舷の敵艦を迎撃せよ」
そこで、艦隊左舷側にいたヘヴィ・フォーク級〈ザグロス〉を迎撃に向かわせたのだ。純粋な火力に置いて〈ザグロス〉に軍配が上がり、対艦戦闘で負ける筈が無かった。〈ザグロス〉は直ぐに左舷へ回頭を始めると、〈セティ〉へ向かって突進を始めた。後は、〈ザグロス〉に任せておけばよい。問題は、真正面の戦闘状況を以下にするべきかであったのだ。
既にMS隊は、味方の機甲師団へ懐深く入り込んでおり、更には3機のバクゥが第5歩兵師団にも攻撃を加えていた。その被害は瞬く間に増え続け、歩兵師団の有する火力では、バクゥに対抗するには火力不足だったのだ。歩兵師団は、瞬く間に崩壊していていき、混乱はその数倍にも勝る速さで軍全体を包み込んでいった。これでは、まるで立場が逆ではないか―――モーリツ中将は、憮然とした表情でMS隊を睨み付けた。
ユーラシア連邦軍は、先ほどの威勢を完全に失い、烏合の衆へと化していったのだ。
「第3機甲師団、第5歩兵師団、共に損害拡大! 4割弱がやられました」
それだけではなく、迎撃を命じた〈ザグロス〉にも不幸が生じた。
「〈ザグロス〉航行不能の模様!」
「!」
〈セティ〉に対して砲戦を挑んだのだが、真正面からぶつかろうとした意思を逆手に取られていたのだ。〈セティ〉は用意周到に、砂中魚雷を放っていた。〈ザグロス〉は、よもや砂の中を進む魚雷があるとは予想だにしなかった。この砂中魚雷が、〈ザグロス〉の真下を通過する瞬間に自爆し、艦底側からダメージを与えたのだ。しかも、艦底側には推進力たるホバージェットがあり、爆発によって浮力と推進力を失ったのである。〈ザグロス〉艦長は驚愕し、思いもかけぬ攻撃に対応を取りかねた。
そこへ、〈セティ〉よる艦砲射撃とミサイル攻撃が、大地に着底し身動きの取れなくなった〈ザグロス〉に襲い掛かったのだ。強制的に大地に着底した衝撃で、反撃の体制が取れない〈ザグロス〉は袋叩きにされ、遂には満足な反撃も出来ずに沈黙してしまった。
「司令、〈ザグロス〉戦闘不能」
「正面の敵部隊、前進してきます!」
ザフト・アフリカ連合軍が勢いに乗って前進して来たのだ。戦線崩壊一歩手前まで来ていた敵軍が、バクゥ隊らの奇襲攻撃を知って息を吹き返したのだろう。
因みにシュバリエ隊は、戦線の転機を把握したのか一撃離脱に努めて戦場を離脱していた。
「我が隊の任務は、奇襲による敵軍攪乱だ。我が方の本隊が混乱している以上、ここに留まるのは危険でしかない。全車、全速力で北へ離脱する!」
引っ掻き回すことで敵に出血を敷いていたシュバリエだが、自分らの本隊が瓦解しているとなれば、寧ろシュバリエ隊が全滅の危機に瀕する。事実、ザフト・アフリカ連合軍は態勢を立て直しており、シュバリエ隊の損害が増えていたのだ。状況を把握し、それに応じた行動をとらねばならない以上、この場に留まるのは自殺行為と言えた。
そんな引き揚げていくシュバリエ隊に対し、シュトゥンメは追撃命令は出さなかった。それよりも前面のユーラシア連邦軍へ全面攻撃を仕掛けるのが最優先だった。
「全軍、奇襲部隊の攻撃に呼応し、総攻撃に出る。サール少将、反撃に転じる」
『こちらサール。反撃に転じます!』
やられた鬱憤を晴らしてやると言わんばかりの威勢だった。先ほどの悲鳴とは大違いである。
かくして、ザフト・アフリカ連合軍は態勢を立て直すと、直ぐに全面攻勢に転じてユーラシア連邦軍を押し返していった。第3機甲師団は、バクゥ隊の奇襲で混乱した挙句に司令官の戦死で真面な反撃も出来ず、この反撃で混乱に拍車を掛けていく。第5歩兵師団も、態勢の立て直しのしようがない。
W
モーリツ中将は、前面から押し返してくる敵軍と、側面から奇襲してきた敵別働隊に挟撃されている事態を鑑み、一つの決断を下さざるを得なかった。
「全軍に通達、これより我が軍は撤退を開始する」
「しかし、敵MSは既に我が軍に潜り込んでいます。これで撤退は至難の業です!」
そんな事は百も承知だ。ならば、無理にでも撤退の活路を作らねばならない。そして、それも指揮官の最低限の務めだと理解していた。
「艦隊を前進させる。艦砲射撃で敵地上部隊を押し返し、その隙に味方の撤退を援護する。その際、〈トレヴェビチ〉は戦列を離れ、撤退の指揮を取れ」
「!?」
「悪いが、諸君には命令に従ってもらうぞ」
「‥‥‥機関全速全進! 突っ込むぞ」
〈オーエンスタンレー〉艦長 ケレート・ピッツドゥス大佐は、呆然とする幕僚陣に代わり、艦の前進を命じた。それに刺激を受けた幕僚陣も、それ以上に何も言わず、命令を実行していった。
この旗艦〈オーエンスタンレー〉の突如の前進は、バルトフェルドに大した驚きを与えはしなかった。自棄になったかな―――と思った程度ではあったが、その直後のユーラシア連邦軍の動きから見て、そうではないと気づいた。味方の撤退を援護する為に単身で突撃を仕掛けているのだ。中々にどうして、泣かせてくれるじゃないか。彼は苦笑し撤退行動に入るユーラシア連邦軍を見て、自分らの進退について考える余裕も出て来た。
「敵は統率力を失い、烏合の衆でしかないから、これ以上の追撃もする必要は無いと思うのだが‥‥‥」
ユーラシア連邦軍の兵力は、既に5割を切っていた。抵抗も散発的なものであるが、ヘヴィ・フォーク級〈トレヴェビチ〉の艦砲射撃が時折に脅威となって、バルトフェルドらバクゥ隊の脚を阻む。そもそも、戦意を失っている敵兵を虐殺する趣味は、バルトフェルドにはない。戦えと言われれば戦うが、人としての脚は踏み外したくはないものだった。
逃げる兵士を追わないとしても、問題は突出を始めた地上戦艦だ。これらの無謀な突撃は、ザフト・アフリカ連合軍を驚かせた。シュトゥンメも、戦死覚悟で突っ込んでくる敵軍の指揮官を賞賛しつつも、迎撃に当たらねばならなかった。
「全軍、敵敗残兵の追撃を止め、突進してくる敵戦艦を迎撃!」
直ぐに隊列を整えたアフリカ共同体軍戦車部隊と、ジンオーカー隊、並びにザウート隊は、突進してくる地上戦艦に向けて砲門を開いた。だが、射程距離に大きなアドバンテージがあったのは、紛れもない地上戦艦である。砂煙を巻き上げながら怒涛の進撃を続ける〈オーエンスタンレー〉は、各砲塔を真正面の敵軍に向けると、一斉に発砲を開始した。
「主砲、斉射!」
ピッツドゥス大佐の号令で火を噴く40p砲。それらは弧を描きながら、ザフト・アフリカ連合軍に鉄拳となって降り注いだ。着弾した地点にいた戦車は軽々と舞い上がり、それに巻き込まれたMSも吹き飛ばされ、宙返りをしながら大地に激しくダイブした。
バルトフェルド隊は、無論それを傍観してはいなかった。前進する地上戦艦の進行ルートから退避すると、直ぐに側背に回り込んで襲い掛かり、レールガンやミサイルポッドを撃ち込んでいった。艦体各所に火の手を挙げさせていったのだが、その巨体は伊達ではないようで、全く持って速力を落とす気配を見せなかった。こうも肝心な時に限って、戦艦の無駄な装甲の厚さには手を焼かされるものだ。加えて、ホバー式の利点或は欠点は、地面に設置しているキャタピラ式や車輪式と違い、一度加速が付けば中々止まれないことにあった。まして、超重量級である戦艦規模の物体だ。艦体下部のホバー用ジェットエンジンを叩かくか、完全に機関を破壊するかしなければ止まることはない。
手を焼くうちに、〈オーエンスタンレー〉は次の攻撃を行った。それは、艦首に備え付けられている大口径障害物破砕砲だ。針路を確保する為に使われるもので、武器にも転用可能なものである。これを、敵軍に向けて撃ち放ったのだ。凄まじい衝撃波を連れて放たれた特大の弾頭は、ザフト・アフリカ連合軍のど真ん中に落下。途端、まるで隕石が落下して来たかのような衝撃を生じさせた。艦砲射撃が児戯にも思える規模である。
「シュトゥンメ司令。敵の大口径砲により我が軍の損害、4割を突破!」
「‥‥‥戦車隊、MS隊を下げさせろ。こうなれば、艦砲射撃で止めを刺す。砲撃開始せよ!」
〈レセップス〉以下2隻の地上戦艦が応戦を開始する。しかし、総合火力ではユーラシア連邦軍の地上戦艦に分があった。1発が〈オーエンスタンレー〉艦体中央に、もう1発が左舷側の主砲に命中した。これで左舷砲塔は機能しなくなった訳だが、それに怯まず撃ち返した。応酬の1発が〈レセップス〉の艦首左舷に命中し、左舷砲塔を破壊された。やられた分をやり返された格好となる。また、如何な地上戦艦とはいえ艦体が被弾の影響で激しく揺れ、シュトゥンメも座席上で揺すられた。
「第2主砲塔大破!」
「撃ち返せ!」
「駄目です、敵艦が味方部隊に突入します。誤射する可能性が‥‥‥」
あろうことか、退避中のアフリカ共同体軍戦車部隊が散開中のど真ん中へ、堂々と〈オーエンスタンレー〉が突っ込んできたのだ。これにより、無暗に撃つことが出来なくなってしまった。再度砲撃出来るまでに、相手はもう一斉射する猶予が生まれることとなった。
「粗っぽく行かせてもらうかね」
それに見かねたバルトフェルドは、乗機の加速を最大に引き延ばす。加速を付けたところで、ブースターを使いつつ力強くジャンプした。これにより、バルトフェルドのバクゥは〈オーエンスタンレー〉の後部甲板に乗り上がる事に成功した。こうなれば、後はこちらの自由である。バルトフェルドは瞬時に艦橋側に回り込み、唖然としているのがまる分かりのユーラシア連邦軍将兵を前に、一瞬だけトリガーを引き絞ることを躊躇う。このMSで初めて、明確に人の命を奪う瞬間である。以前のアイシャは、何だかんだで彼より先に引き金を引き、地球連合軍兵士の命を奪った。とはいえ、それも直接目に見える訳ではない。遠い所かの射撃に徹したことで、その地獄絵図を目の当たりにした訳ではなかった。
だがバルトフェルドは、命を奪う対象を目の当たりにした状態にある。かの教官からは「直ぐ慣れる」と言われたものだ。果たして‥‥‥。
「‥‥‥悪く思わんでくれよ」
トリガーを弾くと、背中のレールから実弾が飛び出した。艦橋内に飛び込んで来る様を、モーリツ中将は黙って受け入れていただけだった。この瞬間に、艦橋は滅茶苦茶に破壊されたが、折しも〈オーエンスタンレー〉の主砲が発射したと同時期だった。しかも、モーリツの意地を反映したかのような砲撃で、砲弾の向かう先は無論のこと〈レセップス〉だ。
「敵艦発砲―――!」
その砲弾は、〈レセップス〉の艦橋正面やや下方に着弾した。
「ぬぅっ!」
艦橋内に真面に飛び込んでこなかったとはいえ、シュトゥンメらがいる艦橋より直ぐ下の階層に着弾したのだ。その衝撃は先の比ではない。突き上げると言っても過言ではない衝撃が襲い掛かり、シュトゥンメらクルー一同は、文字通り吹き飛ばされた。床の一部が吹き飛ぶと同時に、爆炎と爆風が嵐となって艦橋内を撫でまわしたのだ。
シュトゥンメは、座席ごと吹き飛ばされた挙句、破片が死神の代わりとなって彼の身体を切り刻んだ。派手な血飛沫を上げた彼は、叩き付けられた痛みと破片による激痛に苛まれたが、それも間もなくして感じることも無くなった。
(戦場とは、人生同様、何があるか分からん‥‥‥な)
それが、彼の最期となった。
「‥‥‥シュトゥンメ司令」
それに気づいた時、バルトフェルドも〈オーエンスタンレー〉の艦橋を完全破壊していたが、気づいたところで何が出来る訳でもなかった。艦橋の有様は、離れていても分かる。通信も繋がらないのだ。シュトゥンメの死を自分の目で見た訳ではないが、それを想像するのは容易である。そして、実際に彼がシュトゥンメの戦死を耳にしたのは事後処理の時となる。
『エル・アラメイン会戦』は、ユーラシア連邦軍の敗退と言う形で幕を降ろした。ユーラシア連邦軍の損害率は6割(戦闘車輛152輌、戦艦2隻)で、加えて指揮官の戦死も重なる。片やザフト・アフリカ連合軍は、ザフトがMS6機を失い、アフリカ共同体軍は約2割強(戦闘車輛25輌)を失った。何より、ザフトのアフリカ方面軍司令 シュトゥンメの戦死は大きな痛手であった。
この戦闘の結果、C.E暦71年6月7日、ザフト・アフリカ連合軍はエル・アラメインを占拠した。そのまま一気に東進し、同日中には都市カイロを支配下に置いた。ユーラシア連邦軍は、残存兵力では太刀打ちできないことを自覚しており、カイロでの防衛戦を泣く泣く捨てて、敗残兵を纏めて不名誉な撤退をすることとなった。ナイル側を下って南アフリカ統一機構の支配下にあるヴィクトリア湖まで移動していったのである。
この間のザフトの指揮は、バルトフェルドが指揮官代理として取っていた。彼の働きは、味方は勿論、敵にも十分に知れ渡り、指揮官に相応しい才幹を証明したのだ。ザフトの広報局も、今回の会戦における活躍と、都市エル・アラメイン並びに都市カイロの電撃的占領を讃えて、“砂漠の狐”なる呼称を承ることとなった。だが、バルトフェルド本人は喜びはしなかった。本当なら上司のシュトゥンメが受ける称号だろう。自分には大そうもったいないものだ―――とさえ思った。
「俺が北アフリカ軍駐留司令官か‥‥‥。シュトゥンメ司令に任せたいな」
「アンディ‥‥‥」
カイロに移って来たアイシャが、愛する人の為に珈琲を淹れていた最中だった。ソファーで神妙な表情を作るバルトフェルドを見て、その心情を察したのだ。
「不甲斐ないよ。俺が、あの時、トリガーを一瞬だけ躊躇ったのが原因なんだ。未熟者だね、軍人として‥‥‥そうは思わないかい、アイシャ」
「そんな事ないわ。貴方は、最善を尽くした」
そう言うと、アイシャはバルトフェルド正面に回り込むと、彼の目の前でしゃがみ込んだ。ふと、視線が互いに合う。アイシャの瞳は、全てを包み込むような、受け入れるかのようなものがあった。日頃は陽気な振る舞いをするバルトフェルドも、今回の一件でややナーバスになっていたことを自覚していた。そして、アイシャは両腕をバルトフェルドの首に回し、ギュッと抱き締める。それも自然な振る舞いであったが為に、バルトフェルドの反応もやや遅れた。
「アイシャ」
「大丈夫。大丈夫だから‥‥‥ね?」
「‥‥‥まいったね、これは」
思わず苦笑しながらも、アイシャを抱きしめ返すバルトフェルドであった。
アフリカで覇権を握ろうとするザフト。そして、今また宇宙でも、終わらぬ戦いが始まろうとしている。
〜〜〜あとがき〜〜〜
どうも、第3惑星人でございます。
長らくお待たせして申し訳ありません。ようやく第29話が終わりました。会戦内容だけに絞ろうとしたのですが、収めようにも収まらず、気づけば普段の1.5倍近い分量になってしまいました。
何分、北アフリカでの戦闘の経緯を、自分なりに纏めて書いていったら、何故かこうまで伸びてしまいました。
今回の『エル・アラメイン会戦』は、漫画等でも見たことが無かったので、独自妄想で付け足した結果が、これになりました。
加えて地上戦艦も、個人的な妄想でだしました。最初はハンニバル級を出そうかと思いましたが、ザフトのレセップス級に対抗する為に造られた、との事だったので、ビッグ・トレー級とヘヴィ・フォーク級をお借りした次第です。
そして、中々に日本側の描写に入れない‥‥‥(汗)。
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