第一話 怒れる瞳(前編)
プラント本国から離れた、中立地帯であるL4宙域に浮かぶ、工業用プラント『アーモリーワン』。
その一角にあるザフトの軍工廠付近に建てられた軍用宿舎の1室に、1人の少年の姿があった。
白に近い灰色の髪が印象的なその少年は、目を閉じ、床に座って静かに呼吸を繰り返している。
どれ位そうしていただろうか。
少年は不意に目を開き、無駄の無い動作で立ち上がると、ほぐすように身体を伸ばした。
暫くすると、何回かノックが聞こえた後、彼と同じ年頃の少年の声が聞こえてきた。
「お〜い、ちょっといいか」
「・・・ヨウランか。まぁ、入れ」
その問いかけに、あまり感情というものを感じられない声で返事を返すと、直ぐに1人の少年が部屋に入ってきた。
入ってきたのは、浅黒い肌と黒い髪を持った少年―ヨウラン・ケントだ。
「なんだ?」
「いや、買い物を頼まれたんだけど・・・1人じゃちょっと辛くてね」
「・・・つまり、荷物持ちが欲しいのか?」
「おおぅ、話が早くて助かるねぇ。で、どうだ?」
「・・・まぁ、特に用事も無いしな。あぁでもタダ働きもアレだし、なんか奢ってくれ」
「オッケーオッケー、ジュースの一本や二本なら奢ってやるよ!」
上機嫌でバンバンと背中を叩くヨウランに顔を顰めながらも、少年はクローゼットに向かい上着を羽織る。
その際に、デスクの上に置いてあるピンク色の携帯電話に目を向け、少し考えた後それを上着のポケットに入れた。
あれから2年、少年―シン・アスカは、プラントにいた。
C.E.72、3月10日に行われた『ユニウス条約』締結を以って、あの戦争は終わりを告げた。
その後、シンはトダカの計らいでプラントに渡り、ザフトに入隊した。
別に復讐がしたかった訳ではない。
ただ、自分を、そして周りにいる人を守るだけの力が欲しかった、それが、シンがザフトに入隊した理由だった。
アカデミーに入って直ぐ、シンはその頭角を現した。
射撃、戦闘機やMSの操縦等でも優秀な成績を修めたが、中でも体術やナイフ戦闘は教官をも上回る成績を残している。
そうして全養成過程を終え、シンはエリートの証である紅服を纏う、ザフトの軍人となった。
アカデミー卒業から数ヵ月後、シンやヨウランを始めとする同期数名が同じ部署に配属となった。
配属先は『ミネルバ』、明日進水式を迎える、ザフトの最新鋭艦だ。
シンとヨウランが市街地にいた頃、軍工廠内は喧騒の中にいた。
式典用の華美な装飾が施されたMS『ジン』が、スピーカー越しに出される指示に従い、敷地内を移動している。
そんな中を、1台のバギーが格納庫に向けて移動していた。
ハンドルを握るのは、緑色のツナギを着て、前髪にオレンジ色のメッシュを入れた、まだ幼さの残る茶髪の少年だ。
その隣には、エリートの証である紅服に身を包んだ、赤い髪の活発そうな少女が座っている。
「・・・ん? うわっとぉ!!」
「え、何・・・きゃあっ!?」
建物の影から現れたMSの足に、少年―ヴィーノ・デュプレが慌ててハンドルを切る。
そして自分達を跨いで行くMSを見た少女―ルナマリア・ホークは小さく悲鳴を上げ、ぞっとした顔で座席に仰け反った。
「はぁ・・・なんかもう、ゴチャゴチャね」
「仕方ないよ。こんなの久しぶり―――ってか、初めての奴も多いんだし。・・・俺たちみたいにさ」
うんざりした顔で呟くルナマリアに、ヴィーノは笑いながら返した。
「でもこれでミネルバもついに着任だ。配備は、やっぱ噂通り月軌道なのかな?」
どこか誇らしさを含んだ口調で、ヴィーノは進水式を明日に控えた艦の名を口にした。
彼やルナマリアも、プラント全土が注目する新造戦艦への配属が決まっているのだ。
一方のルナマリアは気が無さそうに周囲を見回していたが、同僚の少年を見つけると手を振った。
「レイ!」
長めの金髪を首に流した、シャープな印象の少年―レイ・ザ・バレルは、彼女の呼びかけに反応して目を向けたが、それだけだった。
手を振り返すどころか、表情を動かそうともしない。
とは言っても別段彼が不機嫌であるとか、ルナマリアを無視している訳ではなく、単に無感動なだけなのだが。
そんなレイを見て、ルナマリアはもう1人の紅服仲間の顔を思い浮かべた。
「(そういえば、シンも殆ど感情を出さないのよねぇ・・・)」
アカデミーの同期であり、自分の同僚でもある灰色の髪と紅い瞳を持つ少年を思い出し、彼女は小さく溜息を吐いた。
まぁシンは感情を表に出さないと言うよりは、笑顔を殆ど見せない、むしろ見た覚えがない、と言う方が正しいのだが。
「(・・・なんで成績が良いのに限って感情表現に難があるんだか)」
そんな事を考えている内に、彼女の乗るバギーはレイから遠ざかっていった。
バギーを見送ったレイは、上空から聞こえてきた爆音に気付き顔を上げた。
そして着陸しようとしているジェットファンヘリコプターを目にすると、彼にしては珍しく表情を緩めてそちらに駆け寄った。
着陸したヘリのタラップから、長い裾を揺らして身軽に降り立ったのは、30歳くらいの男性だった。
長い黒髪と端正な顔立ちから穏やかな雰囲気が漂ってはいるが、同時に周囲を引きつける存在感を放っている。
彼は周囲を取り囲む補佐官と話しながら司令部に向けて歩いていたが、その切れ長の目が敬礼をしていたレイを捉えると、その顔に穏やかな微笑を浮かべ
た。
彼こそが、現プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルその人だった。
「議長・・・・・・」
しばし微笑と共にレイを見ていたデュランダルだったが、側近が何かを耳元で囁くと、その目に一瞬だが鋭い光を宿した。
彼は衣の裾を翻すと、随員を引き連れ足早に司令部へと向かった。
軍工廠からほど近い市街地で、シンは大きな紙袋を抱えていた。
細々とした物―主に同僚であるルナマリアと、彼女の妹であるメイリンに頼まれた物だが―を入れた袋は、シンの顔を半分ほど隠してしまっている。
・・・ちくしょう、騙された。
そんな感想を抱きつつ、シンは隣を歩くヨウランをジロリと睨みつけた。
「お、おいおい・・・そんなに睨むなって・・・」
「確かに荷物持ちをするとは言ったが、ここまで大量に持たされるだなんて聞いてないぞ」
「仕方ないだろ、俺だってこんなに買う羽目になるなんて思ってなかったんだぜ?」
「これじゃジュースの一本や二本じゃ割に合わないぞ・・・。よし、今日の晩飯、お前の奢りな」
「げっ!? マジかよ・・・・・・」
「・・・なにか文句でも?」
「イイエ、ナニモアリマセンデスヨ?」
シンの眼光が次第に鋭くなるにつれ、ヨウランの顔に浮かぶ笑みが引き攣っていった。
何せ相手は紅服、それも格闘技においては教官をも上回る奴だ。
喧嘩になれば、絶対に自分が負ける・・・いや、下手すればポックリ逝くかもしれない。
そう考えたヨウランは、不機嫌そうに自分を見ながら前を歩く友人の機嫌を直すのに、いくら財布から消えるのかと悩んでいたが、シンの前方に人がいる
のを見つけ、
「あっ! バカ、危ないぞ!」
慌てて注意したのだが、
「どうし・・・うわっ!?」
「きゃっ!?」
その注意も虚しく、シンは前方にいた女の子にぶつかってしまった。
その日、少女―ステラ・ルーシェは上機嫌で街を歩いていた。
明日の進水式に招かれた他の名士達のように着飾り、2人の少年と共にこのプラントにやって来ていた。
とは言っても正式な招待を受けたのではなく、ある目的の為に偽造IDを使って入り込んでいたのだが。
「おい、ステラ。何やってんだ、置いて行くぞ」
ゆっくりと歩いていたステラに、前を歩く少年の内、緑色の髪を逆立てた少年―スティング・オークレーが声を掛けた。
「迷子になっても捜してやんねぇぞ」
スティングに続き、水色の髪をした少年―アウル・ニーダがからかう様に言った。
この2人は出会った当初から、どこかぼうっとした感のあるステラの兄貴分を気取っている。
まぁその兄貴分の内、どちらが上かと聞かれれば誰もがスティングと答えるだろうが。
ステラは2人に促されて足を速めたが、ふとショーウィンドウに映る自分の姿が目に入った。
青と白を基調とするホルターネックのドレスを着て、柔らかな金色の髪とスミレ色の大きな目を持った、人形のような自分。
体を動かすと、それに伴って裾がふわりと広がる。
こんな綺麗な服を着るのは、初めてかもしれない。
そう思うとステラは嬉しくなり、その場でくるくると回り始めた。
そんなステラを眺めていたアウルは、訳の分からなそうな顔でスティングに訊ねた。
「何やってるんだ、あれ」
「・・・『浮かれてるバカ』の演出」
その答えに益々訳の分からなそうな顔になるアウルを見て、スティングは肩を竦めた。
「―――じゃねぇの? お前もバカをやれよ。バカをさ!」
スティング自身も、どこか『解放的な気分』になっているのかもしれない。
だがアウルだけは、そんな2人を馬鹿にしたような目で見ながら、黙って歩を進めた。
ステラは浮かれた気分のまま、踊るような足取りで2人に続いた。
そして角にさしかかった時、横から人がぶつかってきた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
そのまま倒れそうになるが、ぶつかった相手に抱きかかえられて、何とか転倒は避けられた。
その代わりに、相手の物と思われる買い物袋が地面に落ち、中身が散らばってしまっているが。
「すまない、大丈夫だったか?」
頭上から掛けられた声に、ステラは後ろを振り返った。
そこには、ステラ達と同じ年頃の、あまり感情を浮かべていない少年の顔がある。
「だれ・・・?」
そう問いかけた時、不意に前髪に隠れた紅い瞳が見えた。
その色は、ステラの嫌いな言葉に似ていた。
「だれ・・・?」
そう問いかけられたシンは、抱きかかえている少女に見とれていた。
いや、正確には、その瞳の色に見入っていたのだ。
2年前に失った妹と同じ、スミレ色の瞳。
その瞳に見入っていたが、次の瞬間、茫洋としていた少女の表情が豹変する。
彼女は鋭い目でシンを見返し、山猫のように荒々しい動作でシンの手を振り払うと、その場から走り去った。
それを呆然と見ていたシンだったが、ようやく頭が再起動を果たすと、
「・・・なんでさ?」
と、どこか理不尽なものを感じながら呟いた。
自分は転びそうになっていた彼女を助けたのであって、落ち度は無いよな?
落ちた物を拾いながらそう考えていたが、後ろから肩を叩かれて振り返ると、ヨウランが悪戯っぽい顔で自分を見ていた。
「なんだ?」
「・・・・・・お前、あの娘の胸、触っただろ?」
「んなっ!?」
普段感情を表に出さないシンにしては珍しく、驚きの表情を浮かべてヨウランを見た。
「(そういや掴んだ所が妙に柔らかかったが・・・うわ、思いっきりセクハラじゃないか!?)」
表面上はすでにいつもの無表情に戻っているが、頭の中は混乱していた。
そんなシンを冷ややかな目で見ると、ヨウランは『ニヤリ』という擬音が非常に似合う笑みを浮かべた。
「・・・・・・ラッキースケベ」
「ち、違うぞ! あれは事故だ、故意じゃない!!」
その言葉にシンは慌てて弁明するが、ヨウランは取り合わない。
「これはいい物を見たなぁ。帰ったら皆にも伝えてやらないと・・・・・・そうだなぁ、メイリンとかいいかもな。噂好きだし」
「なっ!? ちょ、ちょっと待て! それは勘弁してくれ!!」
ヨウランがそ知らぬ顔で呟く言葉、特にメイリンの辺りで、シンの慌てぶりは最高潮に達した。
と言うのも、初めて会った頃、彼女はシンの外見―白髪に紅い眼、そして人形めいた感情の無い顔―から、怖がってあまり近寄ろうとしなかった。
それが以前にちょっとした切っ掛けがあって以来、ようやく普通に話し掛けてくれるようになったのだ。
そんな彼女の耳にシンが白昼堂々と痴漢行為をやっちゃいました、なんて事が知れ渡ったら・・・・・・再び避けられる。
そして同時に、妹思いな姉であるルナマリアにあらぬ誤解をされ、十中八九ボコられる。
「ヨ、ヨウラン・・・・・・な、何が望みだ・・・・・・」
「あぁそう言えば・・・今晩は誰かに奢ってもらいたい気分なんだよなぁ」
「うぐっ・・・・・・分かったよ! 奢ればいいんだな、奢れば!!」
「え? なになに、シンってば奢ってくれるわけ? いやぁ悪いねぇ〜」
「ぬぐぐぐ・・・・・・・・・・・・・・・(覚えてろよこの野郎!!)」
怒りに震える拳を握り締め、睨むだけで人を殺せそうな視線をその背中に向けつつ、シンはヨウランの後に続いた。
そして宿舎に帰るまでの間、ヨウランは背中越しに感じる殺気に怯えていた。
軍工廠司令部にある執務室で、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハは、随員と共にデュランダルを待っていた。
内々、かつ緊急に会見を行いたいというカガリの要望を聞き入れてくれた相手には感謝をしているが、こんな場所で行うとは思っていなかった。
新造戦艦の進水式を明日に控えたこの日に、それを行うこのプラントで、だ。
それを随員であるアスラン・ザラ―現在はアレックス・ディノと名乗っている―に言ったのだが、
「元々この会見をお願いしたのははこちらの方です、アスハ代表。
それに、『プラント本国に赴かれるよりは目立たぬだろう』という、デュランダル議長のご配慮もあっての事、だと思いますが」
と言われ、納得いかない顔で黙り込んだ。
それから暫くして、彼らの正面にある執務室の扉が開き、秘書官らしき随員を引き連れたデュランダルが入ってきた。
彼はカガリの姿を認めると、柔和な笑みを浮かべて歩み出る。
「やあ、これは姫。遠路はるばるお越しいただき、申し訳ございません」
「いや。議長にもご多忙の所こうしてお時間を頂き、ありがたく思う」
カガリも真っ直ぐに彼を見たまま歩み出て手を差し出すと、デュランダルは恭しい手つきでその手を握った。
それからデュランダルはカガリの背後にいるアスランに目を留めたが、さして気にした様子も無くカガリにソファを勧める。
「お国はいかがですか? 姫が代表となられてからは、実に多くの問題を解決されて・・・・・・。
私も盟友として、大変嬉しく、そして羨ましく思っておりますが」
「いや、まだまだ至らぬ事ばかりだ」
如才ない議長の言葉に、カガリは苦いものを含んだ口調で答えた。
デュランダルの言う通り、傍から見ればオーブの復興は目覚しいものがあるだろう。
先の大戦中、連合軍の侵略によって国を焼かれ、停戦までの間属国として扱われていた。
だが大戦の影響で弱体化した連合軍の支配からは、停戦後間もなく逃れ、再び中立国としての立場を維持している。
「―――で? この情勢下、代表がお忍びで、それも火急のご用件とは、一体どうした事でしょうか」
そうデュランダルは訊ねるが、この質問は全くの無意味だろう。
一国の代表ともあろう者が、わざわざこうして訪問してくる者の用件を知らぬ筈などないのだから。
「我が方の大使の伝えるところでは、だいぶ複雑な案件のご相談―――との事ですが?」
「・・・私には、そう複雑であるとも思えないのだがな」
どこか挑戦的な響きを含みつつ、カガリは言った。
「だが、未だにこの件に関する貴国の明確なご返答が頂けないという事は―――やはり、複雑な問題なのか?」
「ほう・・・?」
その喧嘩腰な物言いに双方の随員達が緊張した表情になるが、当のデュランダルは気にした様子もなく首を傾げる。
「先の大戦の折に流出した我が国の技術と人的資源。
これらの軍事利用を即座に止めていただきたいと、以前から申し入れている」
今では当たり前となっている、MS単体でのビーム兵器の利用。
そして高性能MSに搭載された、実体弾をほぼ無効化するPS装甲。
これらは全て、かつてオーブに本社を持つモルゲンレーテと連合軍が合同で作り上げた、5体のMSのデータが基盤となっている。
そして、かつてオーブが焼かれた際、多くのオーブの民がその地を離れ、終戦後も戻らなかった者がいる。
その内、コーディネーターである者はプラントを第二の故郷とした。
本来なら国を見限り、出て行った者がその後他国で何をしようと、それは代表と言えど口出しできる事ではない。
だがここで問題となるのが、プラントに上がったコーディネーターの殆どが、モルゲンレーテの技術者であるという事だ。
戦争後も各国では軍備の増強を怠らない。
その強すぎる力で、かつて自分たちも焼かれかけたと言うのに、人はその恐怖を忘れて新たな力を求め、そして滅びの火を手放そうとしない。
一方のデュランダルははぐらかすような笑みを浮かべ、黙ってカガリの要請を聞いていた。
その表情はまるで、やんちゃな子供の悪戯を大目に見る教師のものだ。
「(器が違いすぎる・・・・・・)」
カガリの背後でそれを見ていたアスランは、この会見の結果を予想して、暗澹たる気分になった。
あとがき
どうも、トシです。
第一話を読んで頂き、ありがとうございました。
・・・まぁ、まだ前編ですが。
これは小説版が基盤になっている為、アニメ版とは多少違う部分もあるとは思いますが、その辺りは笑ってスルーして下さい。
それでは、また後編でお会いしましょう〜。