機動戦士ガンダムSEED Destiny
〜Whereabouts of fate〜
第三話 予兆の砲火(前編)
ミネルバはドックから出て直ぐに帰還信号を出した。
これから行われるのは対艦戦闘であり、撃ち出される砲撃はMSのそれとは比べ物にならない。
万が一にでもそれに巻き込まれれば、ザクは勿論だがVPS装甲に守られたインパルスですら大破するのは間違いないのだから。
「このまま一気に敵艦を叩きます! 進路イエローアルファ!」
タリアの号令と共に、ミネルバは主砲であるXM47『トリスタン』を放ちながら前を行く青銅色の艦を追う。
向こうもかなりの高速艦のようだが、ミネルバの足の速さは先の大戦で活躍した『エターナル』にも引けをとらない。
案の定、彼我の距離は少しずつ縮まっていたのだが、突然、敵艦―不明艦の為、一時的にボギーワンと呼称―が両舷の構造物を切り離した。
「ボギーワン、船体の一部を分離!」
重量を減らす為に切り離したのだろうか?
最初はその可能性が浮かんでいたが、慣性に従いこちらに近付いて来る二基の構造物の先端に噴射口があるのを見て、タリアは顔色を変えた。
「っ!? 撃ち方止め! 面舵十、機関最大!」
矢継ぎ早に出される命令に従い操舵士のマリク・ヤードバーズが舵を切るが、遅かった。
艦の目前に迫っていた構造物は瞬時に膨れ上がり、炸裂する。
至近距離で起こった爆発が目を灼き、艦は乱気流に飲み込まれたかのように揺さぶられた。
メイリンのかん高い悲鳴が響く中、タリアはシートのアームを掴んで衝撃に耐え、唇を噛み締める。
―――やられた!
敵が分離したのは予備の推進装置だ。
推進剤がたっぷりと詰まったそれを機雷として叩き付ける等、そう簡単に思いつく戦術ではない。
タリアは確信する。あの艦に乗っている相手は、一筋縄ではいかない相手だ。
それよりも少し前に帰艦したシンは、苦い表情でコックピットを出た。
戦闘、それも初陣を終えたばかりの彼を友人であるヨウランやヴィーノが気遣って声を掛けるが、とても答える気にはなれなかった。
多くの同僚を殺され、みすみす新型機を奪われ、あまつさえ前大戦初期の産物であるMAにいい様に翻弄されたのだ。
―――負けた、誰がどう見ても完敗だ。
やるせない気持ちのままパイロットルームへ向かおうとしていたシンの目に、一機のザクウォーリアが映った。
左腕が肩部分から吹き飛んでいる緑色の機体、間違いなくあの時自分を助けてくれた機体だ。
あの機体のパイロットもこの艦にいるのだろうか、ならば一言礼を言いたいが……。
そう考えた時、艦を激しい振動が襲った。
「なんだぁ!?」
「被弾したのか!?」
衝撃でさまざまな工具や器具が無重力下の空中を舞い、整備員達が口々に叫ぶ。
「ブリッジ、どうした!?」
同じように愛機から降りていたレイがインターフォンを掴み、普段とは違い荒々しい口調で問いただしていたが、不調になっているらしく返信がない。
それに舌打ちをしてインターフォンを投げ捨てると、すぐに艦橋へと向かって行く。
「くそっ!」
シンは辺りを漂っていたヘルメットを掴むと再びコックピットに戻り、無重力での戦闘に適するようOSの調整を開始した。
―――今度こそ、逃がしはしないっ!
「各ステーション、状況を報告しろ!」
アーサーが通信機に怒鳴り、その後ろではタリアがやはり厳しい口調で索敵担当のバートに訊ねる。
「敵艦の位置は!?」
「待って下さい! まだ―――」
至近距離での爆発によって変調をきたしたモニターを前に、懸命にセンサーを調整している。
その結果報告を待たず、タリアは次々に命令を下す。
「CIWS(近接防御火器システム)起動、アンチビーム爆雷発射! ……次は撃ってくるわよ」
いきなりこんな修羅場を経験する羽目になるなどと思っても無かったのだろう。
タリアの言葉に、メイリンなど今にも泣きそうな顔になっている。
センサーをやられた今のミネルバは、叩くには絶好の状態だ。
ならば、敵はこの隙を見逃しはしない―――そんなタリアの予想は、バートの言葉で覆された。
「見つけました! レッド88マーク6チャーリー、距離500!」
その座標が意味するところを悟り、アーサーが唖然としながら叫んだ。
「……逃げたのか!?」
艦橋にざわめきが走る中、レイがそこに入って来た。
状況確認の為に来たのだろう彼は、入ってすぐに、後部座席に座る人物を見つけ驚きの声を上げた。
「議長!?」
そんな彼の言葉には耳を貸さず、タリアはようやく回復したモニターを忌々しそうに睨み付けた。
「やってくれるわね。こんな手で逃げようだなんて……!」
「……だいぶ、手強い部隊のようだな」
「ええ。ならば尚の事、ここで取り逃がす訳には行きません。そんな連中にあの機体が渡れば……」
「ああ……」
自分の方を見ながら言うタリアに、デュランダルも小さく嘆息しつつ答えた。
そんなデュランダルを見つつ、タリアは簡潔な口調で自分の意見を提示する。
「今からでは下船していただく事も出来ませんが、私は本艦がこのままアレの追跡を行うべきだと思います。―――議長のご判断は?」
厳しい表情でその言葉を聞いていたデュランダルは、不意に柔らかく微笑んだ。
「私の事は気にしないでくれたまえ、艦長」
言い終えると共に笑みを消し、直ぐに深刻な表情へと切り替わる。
「私だって、この火種を放置すればどれほどの大火となって戻ってくるのか、それを考えるほうが恐ろしい。
アレの奪還、もしくは破壊は、現時点での最優先責務だよ」
「ありがとうございます」
承諾が得られると、タリアは固唾を呑んで会話を見守っていたクルーに向き直った。
「バート、トレースは?」
「まだ追えます!」
待っていましたといわんばかりに、バートが即答する。
「では、本艦はこれより、さらなるボギーワンの追撃戦を開始する! 進路イエローアルファ、機関最大!」
タリアが決然と号令すると、水を打ったように静かだった艦橋の空気が動き出した。
クルーがそれぞれの作業に入り、アーサーは艦内へのアナウンスを開始する。
「全艦に通達する。本艦はこれより、さらなるボギーワンの追撃戦を開始する!
突然の状況から思いもかけぬ初陣となったが、これは非常に重大な任務である。各員、日頃の訓練の成果を存分に発揮できるようつとめよ!」
その間にタリアはコンディション(警戒レベル)をイエローに下げ、艦橋がせり上がる。
「議長も少し艦長室でお休み下さい。ミネルバも足自慢ではありますが、向こうもかなりの高速艦です。すぐにどうこうという事はないでしょう。
―――レイ、ご案内して」
ちょうど近くにいたレイに命じると、レイは姿勢を正し、丁重にデュランダルに目礼をした。
「ありがとう」
そんな彼に柔らかく微笑みながら答えると、ゆっくりと席を立とうとする。
その時、艦内から通信が入った。
<艦長>
モニターに映ったのは、赤い髪をした少女、ルナマリアだ。
どこか緊張した様子の彼女を見て、タリアは何故か嫌な予感を感じつつも画面の向こうの少女に問い掛ける。
「どうしたの?」
<はい。戦闘中のこともあり、ご報告が遅れました。本艦発進時に、格納庫にてザクに搭乗していた民間人二名を発見いたしました>
「え?」
厄介な事になった、これからこの艦は戦闘に向かうというのに―――。
そこまで考えた彼女の耳に、信じ難い言葉が飛び込んだ。
<―――これを拘束したところ、二名はオーブ首長国連邦代表、カガリ・ユラ・アスハとその随員と名乗り、傷の手当てとデュランダル議長への面会を希
望いたしました>
「オーブの!?」
愕然として聞き返すタリアの背後では、同じようにデュランダルも驚愕の表情を浮かべている。
<僭越ながら独断で傷の手当をし、現在は士官室でお休みいただいていますが……>
モニター越しにタリアの不機嫌さを感じ取ったのか、その言葉は段々と尻窄みになっていく。
そんなルナマリアに気付く様子もなく、タリアは嫌な予感が当たってしまった事に頭を抱えそうになっていた。
次から次へと厄介事ばかり……!
プラント最高評議会議長に、オーブの姫。
―――国家元首を二名も乗せたまま追撃戦をする羽目になるなんて……!
両肩に掛かる重圧が一気に跳ね上がったのを感じ、タリアは大きく溜息を吐いた。
同じ頃、ガーティ・ルーの一室で、ステラ、スティング、アウルの三人はすやすやと眠っていた。
円形の、三つ葉のクローバーのような形で並べられたベッドの上で眠る彼らのあどけない顔を、ネオはモニター越しに見る。
この世の恐怖も悩みも未だ知らぬ者のように眠る彼らを見ながら、ネオは声には出さずに呟いた。
―――そう、嫌な事は全て忘れてしまえ。
仮面に隠された両眼を細め、彼はその場にいるスタッフの肩を軽く叩くと、その場を後にした。
艦橋に戻ると、スタッフ達はコンソールを操作しつつも、どこかリラックスした表情を浮かべていた。
モニターには、目的地までの予想時間が表示されている。
「二時間ほど、か……」
ポツリと洩らしたネオに、リーは探るような声で訊ねる。
「追撃があるとお考えですか?」
「さあね。ただそう考えた上で、予定通りの進路を取るさ。予測は常に悪い方を考えておくもんだろ? 特に、戦場ではね」
軽い口調で言う上官に、リーは低く唸る事で同意を示した。
片や飄々とした感じのネオと、片やいかにも堅物と言わんばかりのリー。
最初配属されたときはどうなる事と思ったが、意外にもお互いの相性は良かったらしい。
そんな事を考えつつ、リーは事務的な口調で訊ねた。
「彼らの“最適化”は?」
「おおむね問題は無いようだ。皆、気持ち良さそうに眠っているよ」
先ほどの部屋―――メンテナンスルームで見た彼らの寝顔を思い出し、ネオは微笑んだ。
そう、あの部屋はメンテナンスルーム、一度戦闘に出た兵器を整備士達がメンテナンスする場所だ。
精密に造られたものほど、よく手を掛けてやる、つまりはよく整備してやらないとその性能を発揮できない。
連合とてMSの有用性は認めていたが、その操作方法はあまりにも複雑すぎ、コーディネイターでなければ手を焼く代物だった。
その為、連合はストライクの戦闘データを基盤とするナチュラル用のOSを組み上げ搭載する事により、大戦末期には量産機を戦場に送り出した。
だがこのOSでは量産機を操作する事は可能だった、性能面や武装面を強化した機体はその性能を十二分に発揮する事は難しかった。
そこで考えられたのが、パイロットの“製造”だ。
その方法は二つあった。
一つは、ナチュラルに絶対服従をするように調整を施した、『ソキウスシリーズ』と呼ばれる戦闘用コーディネイター。
そしてもう一つは、薬物投与や戦闘訓練により、反応速度や身体能力をコーディネイター以上まで上げた、強化人間。
ステラ達は、その後者に、正確には第二世代に当たる。
戦闘を終えればあの専用ベッドに入り、最適化を施す。
戦闘中に受けたストレスや、感じた恐怖。
そういった都合の悪いものを消去し、最適の状態にまでリセットする。
このメンテナンスによって、彼らはパイロットとして、そして兵器として最高の状態を維持できるのだ。
「何かある度に揺り籠に戻さなければならないパイロットですか……。研究所の連中は、本気で使えると思っているんでしょうかね?」
軍人ではあるが、まだ人としての倫理観を捨ててはいないリーは、彼らを造った連中を快く思っていない。
そんなリーに苦笑しながら、ネオは取り成すように反論する。
「それでも、前のよりかは大分マシだろ? こっちの言う事や仕事を、ちゃんと理解してくれるだけ、さ」
先の大戦末期にも、第一世代強化人間は投入された。
彼らはインプラントと薬物投与によってコーディネイター並の身体能力を手に入れていた。
だが彼らは薬が切れれば身体機能に異常をきたし、さらに薬物のおかげで正常な判断力や思考能力も破壊されており、信頼性という面では明らかに問題が
あった。
その後の試行錯誤の末、第二世代として造られたスティング達は、自ら思考し判断する能力を残したまま強化する事に成功した。
まぁ、ステラに関しては少々疑問が残るが、彼女のアレはもともとの個性のようだ。
だがそんなネオの言葉を聞いてもリーはまだ納得できないのか、苦虫を噛み潰したような顔で鼻を鳴らしている。
そんなリーを宥めるようにネオは言う。
「仕方ないさ。今はまだ、何もかもが試行錯誤みたいなもんさ。艦も、MSも、パイロットも……そして、世界もな」
「ええ、分かっています……」
「やがて、全てが本当に始まる日が来る……我らの名の下に、ね」
どこか非人間的な冷たさを漂わせながら、ネオは静かに言った。
「本当にお詫びの言葉もない……」
艦長室に通されたカガリに、デュランダルは滑らかな口調で言う。
「姫までこのような事態に巻き込んでしまうとは……。ですが、どうかご理解頂きたい」
艦長室に通されて面会を果たし、ようやく身の証を立てたカガリとアスランだったが、アスランは暗然たる思いだった。
安全な場所と思って避難した先が、よりにもよってこれから戦闘に向かう艦だったのだから。
―――今日の俺は、相当運が悪いらしい……。
サイコロの目が悪い方、悪い方へ出続けているかのような状況に、アスランは密かに嘆息した。
一方、デュランダルの前に座したカガリも、心なしか青ざめた顔を俯けている。
「あの部隊については、まだ何も分かっていないのか?」
「ええ、まあ……そうですね。はっきりと何かを示すようなものは、何も……」
彼にしては随分と歯切れの悪い言葉だったが、それが意味する所はある程度読み取れた。
つまり、背後にあるものを予想してはいるが、確固たる証拠がない以上、明言は出来ない、という事だ。
「しかし、だからこそ我々は、一刻も早くこの事態の収拾をしなくてはならないのです。……取り返しの付かない事になる前に」
「ああ、分かってる……」
沈鬱な表情で言うデュランダルに、カガリもやりきれない顔で頷いた。
「今は何であれ、世界を刺激するような事はあってはならないんだ。絶対に……」
祈るように両手を膝の上で硬く握り締めながら、カガリは言う。
軍部や政治に身を置くものなら誰でも知っている事だが、今の世界は危ういバランスの上に成り立っている。
それこそ、針の先ほどの刺激が加わっただけでも、この仮初の平和は崩れ去るのだ。
この二年間、地球もプラントも、先の大戦で被ったダメージから抜け出し、国力を回復させる事を最優先としてきた。
その為に、和平という仮面の下で申し合わせたように互いに手出しを避け続けてきた。
だがその均衡は、アーモリーワン襲撃を以って崩れ去ろうとしている。
二年もの間淀み続けていた流れが、出口を求め彷徨っているのを、国際社会に身を置くカガリとアスランはひしひしと感じ取っていた。
だがデュランダルはカガリの言葉を聞くと、急に晴れやかな笑顔になった。
「ありがとうございます。姫ならばそう言っていただけると―――信じておりました」
その言葉の後半は、カガリの背後に控えているアスランに向けられたものだ。
急に柔らかな笑みを向けられ、アスランは少しだけたじろいだ。
この人は誰にでもこんなに愛想がいいのだろうか。ただの随員である自分にまで?
「よろしければ……まだ時間のある内に、艦内をご覧になって下さい」
やはり愛想よく呈されたデュランダルの招待に、今度は艦長であるタリアがたじろいだ。
「議長……!」
この艦はザフトの最新鋭艦であり、言うなれば機密の塊だ。
そんなものを、仮にも他国の元首であるカガリに見せていいはずがない。
現に、嘗てはザフトに所属していたアスランや一応の軍事教練を受けたカガリも、唖然とした顔でデュランダルを見ている。
だがそんな三対六つの瞳に見られながらも、デュランダルは平然としたものだ。
「一時とはいえ、いわば命をお預け頂く事になるのです。それが盟友としての、我が国の相応の誠意かと」
これが一介の仕官や平の評議会議員の言葉であれば、すぐにでも撤回できた。
だが言葉の主は最高評議会議長、たかだか一艦長に過ぎないタリアは口を噤むしかなかった。
それにここで撤回すれば、盟友関係を否定しまう事になる。
そんなタリアに同情の視線を送りつつ、アスランはデュランダルに目を向けた。
穏健派議員の一人であり、パトリック・ザラの死亡により混迷していたプラントを建て直し、纏め上げた功績を買われて最高評議会議長に就任。
その政治手腕や温和な人柄から、プラントは勿論、親プラント国からの信任も厚い。
それが一般的に知られている彼のデータであり、アスラン自身、好感が持てる人物だと思う。
だが、こうして言葉を交わせば交わすほど、ギルバート・デュランダルという人間が分からなくなってくる。
たんなるお人よしなのか? それとも、何か深い意図でもあるのだろうか?
もう一度デュランダルに目を向けたが、柔和な光を宿す琥珀色の両眼からは、その真意を読み取る事は出来なかった。
あとがき
こんにちは、トシです。
種運命第三話前編をお届けいたしました。
こう、アレですね。
真面目な内容ばっかり書いてると、どこかにちょっとしたギャグ要素を入れたくなりま
すね。
例えば……
「くそっ!」
シンは辺りを漂っていたヘルメットを掴むと再びコックピットに戻り、無重力での戦闘に適するようOSの調整を開始した。
―――今度こそ、逃がしはしないっ! 絶対……絶対に捕まえて額にでっかく『肉』っ
て書いてやる!
「……なぁ、シンの奴、なんでマジック(油性)を握り締めてるんだ?」
「……さあ?」
こんな風に。
まぁこんなのを入れるとそれまでのシリアスな空気がブチ壊れるんで、泣く泣く我慢してますが。
それでは、また後半でお会いしましょう。