C.E.71
あの日、地球連合がオーブに攻め込んだあの日。
史実では、この日戦火に巻き込まれた家族は、一人を残して他の全員は死亡した。
だが、もしもあの日、生き残ったのが少年だけではなかったとしたら。
もし、少年の妹も生きていたのなら……。
これは、本来とは違う世界。
たった一つの違いから、新たな道に進んでいった世界の話……。
機動戦士ガンダム
SEED Destiny if
「父さん、母さん! マユ!」
突然の爆風によって吹き飛ばされた少年、シン・アスカは、家族の下に急いで駆け上がった。
そこには、燃え盛る炎の中で息絶えている両親の姿があった。
そして、そこから少しだけ離れた場所に、妹―マユ・アスカが横たわっていた。
「マユっ!」
マユを見つけたシンは、その姿に絶句した。
右手は肘から下が無くなり、頭部から血を流し、所々焼け焦げた服には多くの血が付着している。
その姿に呆然としていたシンだったが、微かな呻き声が聞こえると、慌ててマユの側に駆け寄る。
顔に耳を近づけると、弱々しいが、だが確かに息をしているのが分かった。
「マユっ! しっかりしろ!」
必死に呼びかけながら、右手の応急処置を行う。
吹き飛んだ箇所に着いた泥を取り除く際に、マユが気を失っているのに密かに感謝した。
意識がはっきりしていれば、泥を取る際に激痛を与えてしまうからだ。
応急処置を終えかけた頃、二人の軍人が駆け寄ってきた。
「君! 大丈夫か!?」
怪我人がいる事を考えていたのか、担架を持っているのには感謝した。
「僕は大丈夫です。でも、妹が……」
そう言ってマユに目を向けると、それに従い軍人達もマユの方を向き、その状態に顔を顰めた。
「応急処置はしたんですが……」
「分かった。アマギ! 急いで担架を組むんだ、救助船に運び込むぞ!」
「ですが、あそこではろくな処置は出来ませんよ?」
アマギと呼ばれた軍人がそう言うと、彼の上司であろう男性はそんな事は分かっていると言いた気な顔でアマギを見た。
「申し訳程度の治療でも、このままよりはよっぽどマシだ!」
「分かりました!」
彼の一括を受け、アマギは急いで担架を組む。
その間にもシンは自分の上着の袖を千切り、マユの止血用帯としている。
「こちら、オーブ第八護衛艦隊所属のトダカ二佐だ。港付近で重傷者一名を発見、負傷レベルはA、医務室にスタッフを大急ぎで集めろ!」
もう一人の男性、トダカはトランシーバーで救助船の医療スタッフに連絡を取っている。
「トダカ二佐、担架の準備完了です!」
「よし、急いで運ぶぞ! 君、名前は?」
トダカがマユの側にいたシンに問いかけると、シンは自分の名前を告げた。
「では、シン君、君は妹さんの手を握って、必死に呼びかけ続けてくれ! いいね?」
「はいっ!」
トダカのに返事を返すと、シンは言われたとおりにマユの手を握り、名前を呼び続けた。
すると、その声に反応したのか、マユが弱々しくシンの手を握り返す。
そしてトダカとアマギはマユを担架に乗せると、極力揺らさないようにしながら救助船へと急いだ。
オーブ解放作戦から数ヶ月。
マユはオーブの病院にいた。
あの後、医務室で一応の処置を終えたマユは、オーブの難民を受け入れた中立国の病院に搬送され、緊急手術が行われた。
その結果、右手は肩付近から切断する事になったが、一命を取り留める事が出来た。
意識を取り戻してからは両親の死を知って悲しんだが、それでもシンが生きていた事が支えになったらしく、段々と元気を取り戻していった。
そして、それから更に数ヶ月が経ち、地球とプラント間の長かった戦争が終わった頃。
シンとマユはオーブに戻っていた。
これはマユが望んだ事で、両親との思い出の詰まった場所であるオーブを離れたがらなかったのだ。
シンは複雑な心境だったが、次第に復興していくオーブを見ている内に、両親が死んだ頃に抱いていたオーブへの憎しみも薄れていっていた。
両親を守ってくれなかったとはいえ、故郷である事には違いない。
結局、シンもオーブという国が好きだったのだ。
停戦から数週間後のある日の事。
「プラントに行く!?」
身寄りを失ったシンとマユの世話をしていたトダカは、シンの言葉に驚いた。
だが声を荒げるトダカをよそに、シンはしっかりと頷いている。
それを見て、トダカは渋い顔をした。
いくらコーディネイターとはいえ、シンはまだ15歳。
そんな子供を一人でプラントに行かせるなど、トダカにはあまり勧められた事ではなかった。
「だが、何で急にプラントに行くなんて……」
そう問われると、シンは苦笑した。
「今一番医療が進んでいるのは、やっぱりプラントです。マユの義手も、出来るだけいいのを付けてやりたいですし」
「それで、プラントに?」
「ええ、正確にはザフトに、ですが。僕と違ってマユはナチュラルだから、プラントに移住するのは少し難しいですし……」
シンの言葉に、トダカは確かに、と思う。
先の大戦で行われたボアズへの核攻撃や、未遂に終わったとはいえプラント本国への核攻撃。
どちらも連合軍、正確にはブルーコスモス派がした事とはいえ、プラント側からすればナチュラルが行った事に変わりは無い。
それ故、今現在のプラントでは、ナチュラルの移住にいい顔をしないのだ。
「幸いプラントなら15歳以上を成年として扱うし、ザフトに入ることも可能です。それに、手術代の事もありますから」
「手術代なら私が立て替えるが……」
トダカの申し出に、シンは首を横に振った。
シンも自分やマユの世話をしてくれたトダカに恩義は感じているが、そこまで世話になるつもりはなかった。
流石にそこまで世話になるわけには行かない、といのもあったのだろう。
だが一番大きな理由は、マユは自分の力で守っていきたいという考えだった。
子供じみていると言われるかもしれないが、肉親を失ったシンにとって、それが唯一の目標であり、生きがいだった。
その為には、力が要る。
自分の身と妹を守れるだけの力が―――。
そこでシンが目をつけたのがザフトだった。
15歳以上でも入隊可能で、なおかつ給与もかなりいい場所、それがザフトだった。
アカデミーに入れば食と住は保障できるし、いろんな人が集まるザフト軍なら、マユの義手を用意してくれる医者も見つかるかもしれない。
だからこそ、シンはザフトに入ろうと決意したのだった。
シンの決意の固さを知り、ついにトダカも折れた。
「分かった、そこまで言うなら私はもう止めはしないよ。プラントに行く手立てだが、私の方で何とかしよう」
「……えっと、普通に行けるんじゃないんですか?」
シャトルで行けばいいと思っていたシンは意外そうな顔をし、それを見たトダカが思わず苦笑する。
―――やはり、この辺りはまだ子供だな。
「今、オーブは大西洋連邦の支配下にある。そして、あそこはブルーコスモスの勢力が強いんだ。
そんな中で、オーブ国籍のコーディネイターがプラントに行くなんて知れたら、何をされるか分かったもんじゃない」
「あ……」
その事を失念していたのか、シンが呆けたような声を洩らす。
その姿に、シンが急に幼くなったような気がして、トダカは思わず笑いそうになった。
「まあ、早ければ一週間ぐらいでなんとかなるだろう。その間に、マユ君を納得させる事だ」
トダカがそう言うと、シンは「あ゛……」と声を洩らした。
シンに相当懐いているマユが兄と離れ離れになると知ったら、絶対に機嫌を損ねるだろう。
それを想像したのか、助けを求めるような視線を向けるシンに対して、トダカは意地悪そうな顔を向ける。
「さて……私はシャトルの手配があるから、君の手助けは出来そうにないな。ま、頑張りなさい」
その言葉に心底落ち込んだシンを見ると、トダカは笑いを押し殺しながらある場所に連絡を取りに行った。
―――さて、明日は病院で大喧嘩、かな?
そんな事を考えながら、トダカはオーブの真上に位置する軌道ステーション『アメノミハシラ』へと連絡を入れた。
翌日、病院にて。
「お兄ちゃんの……バカーーー!」
トダカの予想通り、マユの怒声が響き渡った。
シンがプラントに行くといった途端、マユは泣き出し、手近な物をシン目掛けて投げつけた。
まあそれも枕やぬいぐるみといった軽いものだったのだが。
それから数分後、シンは泣きながらシンを睨み唸り続けるマユを宥めるのに必死だった。
必死にマユを宥め、説得する事三時間。
ようやくマユを説得する事に成功した頃には、シンはかなり疲弊していた。
後に、シン・アスカは同僚にこう語っている。
「……今まで多くの戦闘に参加したけど、あの時ほど疲れた時は無かった。
そして俺が一番苦労した敵はと問われれば、間違いなくマユだ。
……強敵って、身近な所にいたんだなぁ」
まあ、あれだ、頑張れ。
それから一週間後。
空港でシンはマユに別れを言っていた。
「それじゃあ、マユ。僕はもう行くけど、元気でな。トダカさんの言う事をちゃんと聞くんだぞ」
「……うん」
元気のない妹の姿に、シンは苦笑した。
車椅子に座ったマユに視線を合わせるように屈むと、頭を撫でながらゆっくりと告げる。
「そんな顔をするな。二度と会えなくなるんじゃないんだぞ? 地球に降りる事があったら、ちゃんと会いに行くから」
「……約束だよ?」
「ああ。そうだ、指切りもしておこう。いいか……」
「「ゆ〜びき〜りげんま〜ん、嘘ついたら針千本の〜ます、指切った!」」
指切りを終えてもう一度マユの頭を撫でると、シンは鞄を肩にかけてシャトルに向かう。
「それじゃあ、行ってきます!」
その言葉に、トダカとマユも笑顔を浮かべ、送り出す言葉を告げる。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん!」
「頑張れよ!」
二人の言葉に対しておどけた様に敬礼をすると、シンはシャトルに乗り込んだ。
それから数分後、一台のシャトルが宇宙に向けて飛び立った。
これから続く物語は、元とは違う世界で生きる少年達が織り成す物語。
定めれた運命を離れ、また違う未来へと続く、新たな運命を選んだ世界の物語。
この先、世界はどんな未来へと向かうのか。
それは、まだ誰にも分からない……。
あとがき
こんにちは、トシです。
まずは、シルフェニア50万ヒット、おめでとうございます!!
お祝いの形として、このSSを贈らせて頂きました。
短い上に期日から大幅に送れ、誠に申し訳ありませんでした(汗)
このSSは、マユちゃんが生き残っていたらどうなっていたんだろうという、完全な『もしも』の世界を描いたものです。
言うなれば、もう一つの「Whereabouts of fate(運命の行方)」ですね。
オーブを憎まず、あそこまで捻くれず、家族に囚われていない。
シンにとっては、それが一番幸せだったかな……そう思って書いたのがこのSSです。
記念作なのでこれから続くかは分かりませんが。
それでは最後に。
シルフェニアの益々の発展と、黒い鳩様と投稿作家の皆様方、そして、このHPを訪れている皆さんの御多幸をお祈り申し上げ、挨拶と代えさせていただ
きます。