機動戦士ガンダムSEED Destiny if
第一話 新たな火種
Z.A.F.T、Zodiac Alliance of Freedom Treatyの略称であり、元
々は政治結社であったが、現在はプラントの有する軍隊として扱われている。
そのZ.A.F.T(ザフト)に所属する人間、特に停戦後にアカデミーに入った若い世代にシン・アスカはどういった人間かと聞けば、大抵同じような
答えが返ってくる。
それは、『取っ付き難いけど、いざ話してみれば普通の、何処にでもいる優しい少年』という答えだ。
もっとも、金銭的な面ではやたらとシビアな為、口さがない者には『守銭奴』などと呼ばれているが。
そんな評価を受けている少年、シン・アスカは、現在自分の搭乗機であるコアスプレンダーで何やら仕事をしていた。
その顔には、不機嫌ですという感情がありありと浮かんでいる。
「まったく……久しぶりの休日なのに、何でこんな事を……」
ぶちぶちと文句を言いながら手元のチェックボードを構っているシンに、整備員のヨウラン・ケントは苦笑している。
本当であれば彼らは非番なのだが、彼らが所属する部隊の関係上、突然休みが取り消されたのだ。
彼らはアカデミーの同期生であり、他の同期数名と一緒に同じ部署に配属されている。
配属先はミネルバ、明日に進水式を控えた、ザフトの最新鋭艦だ。
そして、明日の進水式で披露される最新鋭MSの一つが、シンの愛機である『ZGMF-X56S インパルス』なのだ。
その最終調整の為に、シンとヨウランは休日を取り上げられ、現在その調整の真っ只中だった。
「まあまあ、いいじゃないの。ひょっとしたら他の三機を強奪しようと襲ってくる連中がいるかもしれないだろ?」
「ヨウラン……縁起でもない事言うなよな」
冗談めかして言うヨウランを、シンは呆れた表情で見た。
シンの愛機であるインパルスやヨウランの言った他の三機は、ザフトの主力MSと違うタイプ、所謂『ガンダム』と呼ばれるものだ。
名前の由来は、OSの頭文字がG.U.N.D.A.M となるからだそうだが。
そして、このガンダムタイプはやたらと強奪という言葉に縁が深い。
先の大戦で、まず連合が作った五機のガンダムの内、四機をザフト側が強奪。
そして、そのデータを元に作ったザフト製ガンダムである『ZGMF−X10A フリーダム』も、何者かによって奪取されているのだ。
更に加えると、フリーダムの兄弟機である『ZGMF-X09A ジャスティス』も、パイロットごとザフトから離反したのだから。
そんな経緯があるせいか、他の三機がある格納庫には一般兵に加えて紅服を着るエリートも配置されている。
そんな状況でつまらない冗談を言うなと、シンはヨウランを見ていたのだが、ヨウランは悪びれた様子もない。
「だってさぁ、冗談の一つでも言わないと暇でしょうがないじゃん? この調整も、一週間も前から繰り返してるんだぜ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
そんな事を言いながら調整を行い、それが終わった時。
<コンディションレッド発令! スタッフは各員の持ち場に速やかに移動せよ! 繰り返す……>
アナウンスと共に、敵襲を知らせる警報が響き渡った。
「……」
「あ、あはは……」
「……」
「……お、俺のせいじゃないよ?」
ジト目で見るシンに、ヨウランが冷や汗をかきながら弁解するが、この状況ではあまりにも説得力がなかった。
同じ頃、工廠内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。
セカンドシリーズと称される最新鋭機、『カオス』、『ガイア』、『アビス』の三機が突如として起動し、自分達へと牙を剥いたのだ。
「くそったれ! 警備の連中は何してやがった!?」
ゲイツRに乗ったザフト軍パイロット、ヨシュア・サンダーソンは、眼下でひたすらに工廠を破壊していく三機を見ながら口汚く罵った。
前方ではシグーが銃弾をばら撒いていたが、VPS装甲を持つ三機には効いた様子もなく、返事代わりのビームを受けてあっさりと破壊され、それを見る
と緑の機体と黒の機体はそこから離れて行った。
―――無理もない……。
そんな冷めた考えをしながら、ヨシュアは牽制の為にビームライフルを乱射した。
例え指揮官クラスの搭乗機として開発されたとはいえ、シグーは前大戦初期の産物だ。
大戦末期に開発されたこのゲイツですら旧式感がある。
ならば、あの三機とシグーではどれだけの差があるか……。
そこまで考えた時、数条のビームが機体を掠め、慌ててその場から離脱した。
「くそっ、考え事もさせてくれないのかよ!」
眼下にいる青い機体―アビスから放たれる無数の閃光を避けながら、隙を見てはライフルとレールガンで応戦する。
ヨシュアとて紅服ではないものの、先の第二次ヤキンドゥーエ攻防戦では数多の連合軍機を屠った兵だ。
例え機体性能が下でも、それを補うだけの技量は持っている。
「ザフトを……舐めるなぁぁああっ!」
そう叫びながら複合防盾に装備されたビームサーベルを振りかぶり、アビスへと斬り掛かった。
その気迫に押されたのかアビスは少しだけ後退したが、自身もビームランスを構えて応戦する。
暫く攻防を続けていたが、新たにやって来たゲイツ三機がビームの雨を降らせる。
<隊長、ご無事ですか!?>
通信機越しに聞こえる部下―と言っても、昨日付けで彼の隊から外れているが―の声に、ヨシュアは少しだけ顔を綻ばせた。
「ああ、助かった。それと、もう俺はお前達の上官じゃないんだが?」
<俺達としては、貴方の下の方が動きやすくていいんですがね>
<そうですよ。新しい上官は、やたらと規律にうるさいったらありゃしない>
「おいおい、それじゃあ俺がいい加減だったみたいじゃないか」
<何を今更言ってるんですか?>
<そうですよ。いまさら良い子ぶっても遅いですって>
<そうそう。この間も引継ぎの書類提出を忘れて、事務の人に散々絞られてたじゃないですか>
「ちっ、少しは元上官を労わりやがれ!」
軽口を叩き合いながらも、その連携には無駄も隙もない。
縦横無尽に動きつつ見事なチームワークでビームの雨を降らせる彼らに、たまらずアビスは後退した。
「よし、目標はあのお転婆の捕獲だ……死なない程度にお仕置きしてやれ」
<<<了解!>>>
襲撃開始から十分弱、ザフトはその衝撃から立ち直りつつあった。
ミネルバの格納庫から発進用カタパルトへと運ばれるコアスプレンダーの中で、シンは次々に舞い込んで来る報告に歯噛みしていた。
セカンドシリーズ三機が強奪され、既に二十機以上のザフトMSが破壊された。
これに工廠と共に吹き飛ばされた作業員の数を含めれば、どれだけの被害となるのだろうか。
それに、たった三機のMSによってこれだけの被害が出たのだ。
絶対の自信と共に送り出したセカンドシリーズの性能を、ザフトは皮肉にも自分達の命で証明してしまった。
「大分立て直したけど……百人近くは犠牲になったかな……」
誰に言うでもなく小声で呟くと、シンはヘルメットの気密をして操縦桿を握り直した。
カタパルトに近付くにつれ、段々と周りの音が聞こえなくなり、ただ自分の呼吸音のみが聞こえる。
今から向かうのは紛れもない戦場―――殺し合いの場だ。
これから握る銃は、ペイント弾の入った突撃銃ではなく、一撃で相手を殺すビームライフル。
これから振るう剣は、刃を落とした重斬刀ではなく、装甲を紙のように切り裂くビームサーベル。
―――俺は、これから人を殺すのか……?
実感の湧かない、漠然とした恐怖に、シンは囚われていた。
<……ン! ……聞こえ……シン! おい、聞こえないのか? シン・アスカ!>
通信機から聞こえた声に、シンは現実に引き戻された。
「は、はい!」
<ぼうっとするな! もう直ぐ発進となる、準備はいいか?>
「……はい」
通信機から聞こえる副長―アーサー・トラインの声に、シンは若干硬い声で答えた。
<初陣で緊張するのは分かるが、もっと肩の力を抜け>
「……分かりました」
まだ硬いままのシンの声を聞いて、アーサーが苦笑するのが通信機越しに感じられた。
<シン、お前はこんな所で死ぬ訳には行かないだろう?>
その言葉を聞き、シンはハッとした。
―――そうだ、俺はまだ死ねない。俺は……マユを残して死ぬ訳には行かない……っ!
操縦桿を握る手を一旦離し、大きく深呼吸をする。
息を吐く度に恐怖が薄れ、段々と視界がクリアになる。
「……大丈夫、行けます」
<よし。任務は強奪された三機の捕獲だが、自分の帰還を最優先に考えろ。最悪、破壊しても構わん>
「……了解!」
そう答えると同時にカタパルトデッキに到着し、前方のハッチが開いて青い空が見えた。
<ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常、進路クリア―――コアスプレンダー、発進どうぞ!>
「……シン・アスカ。コアスプレンダー、行きます!」
同年代の少女の声―同期のメイリン・ホークの声だが―に答えると、シンはスロットルを全開にし、殺し合いの場へと飛び立った。
コアスプレンダーの発進を見届けて、アーサーは溜息を一つ吐いた。
例え紅服を纏うエリートとはいえ、シンはまだ実戦経験がない。
だから、出来れば経験がある人間に現場の指揮を取ってもらいたかったのだが、生憎とミネルバのパイロットで今動けるのはシンだけだ。
「……あいつに頑張ってもらうしかない、か」
「アーサー、今ここにいるパイロットで、相当なベテランはいる?」
上から聞こえてきた女性の声―艦長のタリア・グラディスのものだ―に、アーサーはコンソールを操作し、出てきたデータにざっと目を通す。
「そうですね……『聖堂騎士』がいますけど、今はアビスと交戦中のようです」
アーサーの言う聖堂騎士とは、ヨシュアの二つ名である。
二本の重斬刀を用いた接近戦を得意とする戦闘スタイルと、彼の本職が神父である事から付いた名だ。
もっとも、酒は飲む、女湯は覗くと、とても神父とは思えない性格から、親しい者からは『似非神父』と呼ばれているが。
まあそれでも、ザフトのエースであることには変わりない。
「彼が……。彼でも梃子摺る相手なの?」
「そのようです。まあ、ここには彼の愛機がありませんからね、それも影響しているかと」
「そう……。メイリン、格納庫に、いつでも他のシルエットの射出が出来るように連絡を入れておいて」
「了解!」
メイリンの返事を聞くと、タリアは疲れたように椅子に凭れ掛かった。
「停戦から約二年……もう少し休んでいたかったわ」
「我々戦争屋なんてのは、不況なぐらいがちょうどいいんですがね」
「まったくね」
苦笑しながら返すアーサーに、タリアも苦笑しながら答えた。
自分達軍隊は、命令があれば殺人機械として動くのが仕事だ。
だが誰だって戦争を望むわけではない、そんな命令は少ない方が……いや、無い方がいいのだ。
なのに、今こうしてまた新たな戦争の火種が生まれようとしている。
―――運命とやらは、とことん意地が悪いらしい……。
そんな事を考えながら、タリアはモニター越しに破壊された工廠を見て、小さな溜息を一つ吐いた。
所々を黒煙に覆われた工廠上空を飛ぶ内に、シンは目的の機体を見つけた。
緑色の機体と黒い機体……間違いなく、カオスとガイアだ。
バックパックもライフルも持たない、それこそロールアウト直後といった感じのザクが一機、ガイア相手に戦っている。
若干動きが硬いのが気になるが、それでもガイア相手に引けをとらずに戦っているのには素直に感嘆できる。
「……すごい」
思わず声が出るほど、ザクの動きは素晴らしいものだった。
ユニウス条約で定められた項目の中に、MS保有数の制限がある。
これは人口やGNPといったものから算出される国力に従い、各国が保有する事の出来るMS、或いはMAの数を定めるというものだ。
この条約に対し、人口の面で地球連合に大きく劣るプラント側が考えたのは、MS一機の性能を極限まで上げるというものだった。
量産機と比べてコストはかなり跳ね上がるが、その分性能面も従来の機体を遥かに凌駕する、文字通り『一騎当千』を目標として作られたMS。
それが、シンの乗るインパルスや強奪された三機を含む『セカンドステージシリーズ』だ。
そのセカンドステージ相手に、最新鋭機とはいえ量産機であるザクで互角以上の戦いをするパイロットの技量は、どれ程のものだろうか。
そこまで考えていた時、カオスがザクの背後から接近しているのを見付けた。
「まずいっ!」
そう叫ぶやいなや、シンはすぐさま機体を急降下させた。
超低空飛行のままカオスの背後に忍び寄り、そのままミサイルを放つ。
突然背後から襲い掛かった衝撃にカオスの動きが止まり、その間にザクは離脱し、シンもまた機体を再び上空に移動させる。
「……来たか!」
そう言ったシンの背後からは、戦闘機とは明らかに異なるシルエットを持つユニットが三機、こちらに向かって飛んで来る。
それらと相対速度を合わせ、シンがコックピット内のパネルを操作した途端、シンの乗っていた戦闘機が文字通り変形した。
機首がくるりと折れ、そこから発せられたビーコンに従いユニットの一つが合体し、続けて前方のユニットと合体した。
後方ユニットはスライドしてMSの両脚となり、前方ユニットは展開してMSの上半身となる。
そして最後のユニットが背部に装着された途端、鉄灰色だった機体の表面が揺らめき、鮮やかな赤を基調とした色へと変化する。
「……VPS装甲展開終了、各部正常、システムオールグリーン……よしっ!」
機体の状態を素早くチェックすると、シンは背後に装備されている巨大な二振りの対艦刀を両手に持ち、ザクとガイアの間に降り立った。
二本の対艦刀を柄部分で連結させ、頭上で大きく旋回させてから切っ先をガイアに向ける。
その側面にビーム刃が形成されたのを確認し、シンは正面モニターに映るガイアを睨み付けた。
「何でこんな事を……」
ここに来るまでの間に見た、工廠内の無残な光景が浮かぶ。
倒壊し、炎上する格納庫。
爆散したMSの残骸。
弾薬などの誘爆によって吹き飛ばされる整備員達。
―――停戦したとはいえ、まだ緊張状態が続くこの時期にこんな事件を起こせば、また争いになるのは目に見えているのに……!
「……また、……また戦争がしたいのかよっ!? あんた達はぁっ!」
C.E73……再び争いの火種が生まれた。
これが小火で済むのか、それとも全世界を巻き込む業火の海へと変わるのか。
それは、まだ誰にも分からない……。
あとがき
こんにちは、トシです。
本編をほったらかしたままこっちの方をお届けしました。
さて、読んでいて気付いた方もいるとは思いますが、これはザフト視点での物語です。
こういった構成にしようと思った理由はただ一つ。
……ザフトの皆さん、特に緑服に降格するは彼女さんに振られるはと散々な某ザフト兵にス
ポットを当てたかったんです。
まぁ、それでも某ザフト兵さんには出番があるのか不明ですが。
それでは、また次回にお会いしましょう。