暁の惨劇であったという。

一人の捜査官は椅子に深く背を預け、煙草を吹かしながら私に語った。まばらに無精髭の残る四十男の顔は苦渋に満ちていた。
テイブルの上にちょこんと置かれた白銀の灰皿に煙草の頭を押しやり、彼はやる瀬ない顔で頭を振る。
窓から差し込む曙光は彫りの深い顔に陰影を縁取っていた。

「聞けば、たッた一人の家族だそうじゃないか」

私の問いに彼は小さく頷いた――あの男を捕らえた彼のことだ、小さな少女のことを不憫に思っているのかも知れなかった。

「あの子にとってはたッた一人の兄だった。俺はあの子の目が見えなくてよかったと神に感謝したもんさ」

惨劇であったという。阿鼻叫喚の地獄絵図であったという。
あの男が捕らえられてから、早二週間が過ぎた。野外は危険だ。銃声と砲弾の音が現実と言う名の地獄を伝えてくる。

日に日に――酷くなる。
エリア11、否、日本から我々は撤退せざる終えない状況に追い詰められつつある。
力による支配が我々の国是である以上、力による放逐もまた正義である……仮令世界が我々の血に染まろうとも。

あの男が、ゼロを名乗るあの男が起こした事件は……いや、事件自体はもしかしたら闇に葬られるものであったのかも知れない。
だがやつの思想と、信念はいまや日本だけでなく世界を巻き込む騒擾を引き起こしている。

怖ろしいことだ。げに、最も恐るべきものとは思想である、言葉である、そして信念を持った実行である……。

「兄を失い、犯罪者の家族と嘲罵されるあの少女はどうなるんだろうか……」

彼は私の思考とは裏腹に残された少女の事を気にかけていた。
丸太のような腕で頭を抱える様は酷く弱弱しく、小さく見えた。

私はカーテンを少しだけずらして、外を見た。
薄紫色に染まる空を曙光が切り裂いて、柔らかな光の恵みを降り注ぎなんなんとしていた。
しかしその恵みを受け取るはずの町々は少し灰色に汚れて、遠く戦火に煤けて、黒い煙を吐き出している。

責任を感じているのだろう。彼がもしゼロを捕らえなければこのような事態にはならなかったのかも知れない。
否、全ては結果論である。彼がゼロを捕まえようが捕まえまいが私には近くこのような事態になったようにも思われる…。

我々ブリタニアが行った圧政…というべきか、抑圧というべきか、それらの政策は全てこの事態の布石であったのだから。





私は調書を見る。

ルルーシュ・ランペルージ、17歳。身長178cmのA型。
アッシュフォード学園に在学……容姿端麗、チェスなどの頭脳ゲームを得意とする。
交友関係に問題なし、出生、生育環境不明。一部に王族関係者との未確認情報有り。
生徒会の副会長を務める。アッシュフォード家の庇護を受けていたが、現騒擾により状況の確認は困難。
学園での生活態度はいささか不真面目であるが、生徒会としての仕事はそつなくこなす。
家族は妹が一人おり、世話を焼く姿が度々目撃されている――。

「………」

何故。一体彼になにがあったのだろうか。

アッシュフォードは零落したとはいえ名門だ。そこの庇護を受けていたとなればやんごとない方の子弟かも知れない。
資金の流れなど掴む前に戦火が広がったためどこの誰なのかはわからないが……保護者はこの男を見捨てたのだろうか。
留置されているこの男を解放するような要求はない……あったとしてもこの男を野に放つようなまねが出来るはずもないが。

将来を嘱望されただろうこの男の黒い情熱はなにを求め彷徨ったのだろうか。

私は、その決起があった現場を目撃したわけではない。全容は、椅子に包まれて震えるこの男が知っている。






「酒を呉れ」

そういう彼に、私は無言でウィスキーの水割りを差し出した。舌が火傷するほどきつい奴だ。
今から心胆寒からしめるある事件を話してもらうのだ、氷を吐いてもらう前に炎を呑んでもらおうというわけだ。

彼もそれが分かっているのだろう。グラスを鳴らしてぐっとあおる。嚥下の音が静やかな室内に響いた。
夜明けと共に、騒乱は小休止をしたようだった。
私は部屋の隅にあるラジオを点けた。どうせ不快なニュースしか流していまい。CD音源に切り替えると郷愁を誘うブルースがゆったりと流れ始めた。

「ルルーシュ・ランペルージは」

と、彼はまるで高僧のように悟った様で喋りだした。グラスはテイブルに置かれていた。

「痩せ型の……身長は平均よりやや高い男だ。知能指数は高い。学業には力を入れていなかったようだが……」

私は彼を押しとどめた。そうだ、私が知りたいのは、そんなことじゃない。
彼は手ずからウィスキーをグラスに注いだ。そして乱暴に飲み干した。

「悪いが、付き合って呉れ。あの日起きた怖ろしい事件のことを、俺はまだ思い出にできないのだ」

私もまた、グラスをあおった。ひりひり焼け付く感覚が心地よい。
世界が在り様を変えたあの日には一体何が起こっていたと言うのか……。
彼ほどに屈強な男が、死さえも厭わない強靭な雄が何を恐れると言うのか。

「ルルーシュ・ランペルージは細身の優男だ、女装でもさせれば客が付くだろうよ。なんといったかな、あの学園……」
「アッシュフォードだろう」
「……それだ、その学園ではなかなかもてたらしい。悪友みたいなのも居たしな、ちょっと悪ぶっている方が女受けはいいんだ」
「だがあの男に特定の…」
「いない、とにかく、いなかった。それは趣味の……、いや、何でもない。それはいい、そこからだな、ルルーシュに近い女が現れた」
「……誰だ?」
「シーと呼ばれていた女だ。もっともそいつは行方不明だがね…」

シー。知らない名だ。調書にも取られていない名だ。どこかのお偉いさんの何某かも知れない、深入りはよしたほうがよさそうだ。
情報は適度に知らなければならない。適度に知っていれば自分の身を守ることができる。
しかし知りすぎたものは消される………。

「それで?」
「その女が現れてから、ルルーシュが特に変わったわけじゃあない。ただ、その女はどこの誰でもないんだ。わからないんだよ。
俺にはその女が事件の鍵を握っているように思えるんだ。もっとも一介の捜査官の範疇じゃないがね……上に取り合っても忘れろの一点張りさ」

彼はくそっと小さく毒づいて、グラスをあおる。その顔は歪んでいた。

「君はルルーシュが――ゼロが現れた夜を覚えているか?」
「あぁ……確か名誉ブリタニア人の兵士がクロヴィス殿下を暗殺したと処刑される際に」
「そうだ、やつはゼロと名乗った。奴が姿を見せたのはあれっきりだったが、それだけで俺たちの世界は変わってしまったんだ」

私は現場に居合わせてはいなかった。イレブンの処刑など見ても面白くもなんともない。
私はそう考える多数のうちの一人に過ぎなかった。
私は知らなかった……あの場には打倒ブリタニアを誓う日本人たちが血涙を堪えていることを。

そうだ、あの場所は異端者が見守る混沌の坩堝であったのだ……。

あの日、月の綺麗なあの晩に処刑が行われるはずだった。殺されるのは枢木スザクという名の少年であった。
恐らくは冤罪であった。ただのスケープ・ゴートだったのだ。
果たして生贄の羊は祭壇に捧げられ、煌くナイフはその胸を抉る……。ただし、祭壇に供えられたのは我々神聖ブリタニア帝国だった。

「君はあの場に居合わせていた。あの夜一体何があった…?」





「君は『愛』を信じるか……?」

私の質問に、彼は全く違った問いを返してきた。謎かけのようだった。

愛……?

私の知るこの男は実直且つ愚直な捜査官で、仕事を生きがいにしているような男だった。
その男が愛だと?私は何か違和感を感じていた――。

この問いに、意味はあるのだろうか。

ゼロの現れたあの日、世界はその様相を違えた。隠されたものが暴かれた。墓を暴き立てて、白骨を掘り出した。
ゼロのしたことは、愛ゆえだったというのか……?
それともこの男は形無きものを信ずるかと問うているのだろうか。

「人間の裡には愛と憎悪しかない。そして愛憎は表裏一体のものだ…。かつての俺ならば信じなかっただろうが、あの夜を経た今ならば分かる。
ゼロは愛ゆえに立ち上がったのだ……。だから世界は彼に微笑みかけたのだ」

彼は最早グラスに口をつけては居なかった。その口調にはどこか熱が感ぜられた。
テイブルに置かれたグラスの中、溶け始めた氷がからんと小さく音を立てた。カーテンを閉めた室内は薄暗くて私は身震いをした。

「質問に答えて呉れ」

私にはそういうのが精一杯だった。彼には熱があった。微熱――?否、否!

「これを理解しなければ世界が変わった理由を理解することは出来ない。世界は、愛ゆえに変わったのだ……」
「一体、あの夜に何があった!」
「イドの共有……。抑圧からの開放……。精神の敗北……。理性の飛躍……」

おかしい。この男はこんな持って回った様な喋り方をしただろうか?
夢遊病者のように独り言のように、単語を羅列するだけの喋り方をしていたか?
この男はいつだってはっきりと、鮮明な事実を私に教えてくれていたではないか。

「君は『愛』を信じるか……?」





「シーという女が、君の言う愛に関係しているのか……?」
「俺は彼女こそが事件の核心であると考えている。彼女はゼロに愛を守る術を教えたのではないか…と。
いつか立ち上がるべき男はだから先刻立ち上がったのだ……」

上層部から隠匿されるシーという女……。アッシュフォードに庇護されていたルルーシュ。やはり素性の分からない男……。
背後関係は混迷を極めている。目前のこの男はもしかしたら何かしら知っているのではないのだろうか――疑念が頭をもたげて来る。

だが、この男は語らないだろう。漠然とそう思うのだ。

「君は愛を知らない、いや、気づいていない。かつての俺と同じように。あの夜ゼロが現れたときに我々は『1』となった」
「1?どういうことだ?」
「亜流ということだ。我々は彼の迸る情念を知ったが故に彼に追随する他なくなったのだ。だから変わってしまったのだ。
国も世界も、俺も君も、変わらざるを得なかった」

俺が、変わっている?以前の俺とどう変わったと言うのか。
カーテンから漏れ出る光は最早曙光ではない。夜明けを過ぎて朝露を吸い取る太陽は東の空に輝いている。
喧騒は聞こえない……。
私は眼前の男を見据えた。変わらないように見える……少なくとも、見た目は。





「俺は君の誤解を恐れる。ゼロの起こした事件が彼の狂気なり、衝動なりと誤解されることを恐れる。
ゼロの行動は愛ゆえだと理解してもらいたい」

それを伝えたかったか、と私は心中吐息した。ゼロの行動が愛ゆえだったと考えなければ事件の真相は見えてこない。
そういうことらしいのだった。ゼロ。ルルーシュ。
私はその夜、騒乱があったことしか知らない。騒乱が起こり、暴動が起こった。イレブンの民は立ち上がった。
それに呼応するように世界中のナンバーズや反ブリタニア勢力が立ち上がり反旗を翻した。

翩翻する旗印の中にいたのは17歳の少年だった……。

「あの夜俺は処刑に応じて出てくるだろう反体制派の蟲共の駆逐の任を帯びていた……。
セレモニーはしめやかに行われていた――皇族が暗殺されたと言う割にはな。交通規制が敷かれていた。
俺たちは捜査が本領だが、警備もする。
実際、これだけ警備を固めたなら反体制派など来るはずもないと思っていた……」
「しかし、ゼロは来た」
「月が綺麗だった。星星の光はいっそ弱くて、街灯の光が打ち消してしまっていた。
ゼロこそが月だった。一際大きく輝くものの寵愛を受けて、その身を煌かせる月だった……。
星辰が輝きを失くしても、夜空は月のものだった」
「賛美はいい、君は変わってしまったな」
「そうだ、今受け入れた。俺もやはり変わってしまったのだな。月の光を受けたのだからな」

あの夜に――月の綺麗なあの夜に、世界を変える出来事が起こった。
群集は月を見た。革命が始まった……。

月。古来より不吉の象徴、美の象徴とされる。また人体の水分にも影響を与えるものとされ、事実満月の夜には凶悪な犯罪が起こりやすい。
妊婦が出産することが多いのも満月の日だという。
月を見るものは月の魔力に引き込まれる………。

月は人の心を狂わせる。





「彼が、あの方が俺たちの面前に在った時間は長くない。5分もないだろう。その間にある者は哄笑し、ある者は困惑し、ある者は羨望し、ある者は恐怖した。
だが、皆等しくあの方に視線を送った。あの方の魔性の魅力だ」

それは知っている。ゼロは装甲車の上に乗り風を切って現れたという。直後枢木スザクは開放される。ジェレミア卿が開放したためだ。
その時、卿は溢れ出る涙も拭わずにナイトメアフレームを降りたのだという。
一方で警備隊は背を見せるゼロを拘束し、クロヴィス殿下誘拐の咎でゼロを捕縛した……。この時、ゼロの罪状は誘拐監禁になっていた。
殿下は廃ビルの中発見されたのだった。その時、殿下は神仏を奉る聖者の如く祈っていたのだと聞く。
ジェレミア卿が泣き崩れ、警備隊が困惑の中ゼロを捕縛するまでに5分掛からなかった。この倏忽の間にゼロは人々に大いなる影響を与えていた。

私はある者がこういうのを聞いた。

嘘のない世界が現れた!天上の楽園火宅にこそありめ!

ゼロは一体何をしたというのか、何を語ったのか?この短い時間の中で?




「俺は、ルルーシュ・ランペルージの姿を君に教えたな。やや長身で細身の優男、珍しい黒髪と黒瞳、美貌の少年だ」
「聞いたが、それがどうしたんだ」

彼はテイブルの上のグラスに手をつけた。氷は溶けていた。
彼は製氷庫から氷塊を取り出すとアイスピックで砕いた。砕け散る微細な破片は朝露を思わせた。
彼は氷をグラスにいれるとウイスキーを注いだ。氷はぴしりと音を立てた。

彼は手ずからそれらを行った。澱みない仕草であった。暖かい液体に包まれて氷は割れた。
冷たきものは……冷たきものは暖かきものに侵される……。
君も、そうだったとでもいうのか?
君は愛を知ったという。君が愛と呼ぶものは狂気ではなかったのか?
狂気こそが理性の殻を割ってしまったのではないのか?
君は――美しいものが全て正しいと信じているのか……?

彼が何を思ったのか、あの夜の出来事を知れば私もそうなるのか、その結果は分からない。
だが、恐らく、恐らくは世界は暖かいものに包まれてしまったのだろう。揺蕩うそれに抱かれてゼロの言葉はするりと侵入する――泥棒のように。





「たとえば、俺は制服を着る。俺の職務の象徴でもあるからな。君もそうだろう。
ならゼロは?革命家、解放者……そういった人種はどんな衣装をつけるべきだ?」

彼の言葉は突然だった。物思いに囚われていた私はそれが会話の続きだと一瞬気づかなかった。
四十男は厳つい顔に自然な笑みを浮かべていた。
この男はこのように笑うのか。私はこの捜査官の笑みを見たことが今までなかったことに気づいた。

「制服を着るだろう。革命家、解放者…そういった人種であろうとも、人民の代表であることに変わりはない。ならばその所属する団体の制服に順ずるべきだ。
高価な材料や煌びやかな装飾は必要ない、むしろそういったものがあれば人民は彼に敬意を払わない…」

そういったものが必要なのは支配者だ。人民と共に体制に牙を剥くものには無用のものだ。
だが、ゼロは?
ゼロとは何だったのだ?
ルルーシュ・ランペルージは学生だ。後ろ盾はあるが、いまだ社交界に出ているわけでもないし、経済を握るわけでもない。
それどころか表に出ないように生活していた節がある。無論イレブンの代表ではない。ブリタニア側の反体制派であるとしても、そのような組織に所属していた形跡はない。

彼はいわばぽっと出の代表者だ。

ならば、彼の衣装はなんだったのか。
この問いに、意味は有るのだろうか…?
彼の質問に、意味のない質問はなかった。おかしな隠喩や論理の飛躍はあっても私の問いと全く関係のない話はしていない。
彼はまだかつての職務の如く、誠実だったのだ。意味は――後に分かるのだ。

「ゼロは己の主張を前面に押し出したのだ。そう、そしてただ一声在ればよかったのだ。5分などいらなかったのだ。10秒あればそれでよかったのだ……」

奇妙なことだった。ゼロの主張を私は知らない。彼の主張については議論百出していた。
正しい情報は分からない。だから私はこの男の前に立ったのだ。
衣装が主張を押し出す――彼は一体何を身に着けていたのか。そして彼の主張とはなんだったのか。

強面の捜査官はゆっくりとグラスを口に運んだ。

「ゼロは優しい世界を求めていた。憎悪のない世界、愛に溢れる世界……。ブリタニアの体制では憎悪を生み出すだけだと考えていた。
だから彼は至上の愛を示して見せた……」

君は愛を信じるか。

愛憎は表裏一体であるが故に、ゼロは憎悪を取り除こうとした。だが、どうやって?ただの一声で?
カーテンの隙間から揺れ動く街は静かだった。恐らくこの地区では既に我々は負けたのだろう。

負けた――?

違う、ブリタニア人もまたこの男のようにゼロに心酔した。それだけだった。敵が居ないのに勝負をすることは出来やしない。

「君、至上の愛とは何のことだか分かるか?」
「……分からない」
「自己犠牲のことさ」

紫煙を燻らせながら、捜査官はしたり顔で言った。
自己犠牲。宗教的にも重要な意義があるが――。

「哲学は過去を救い未来を救う。しかし現在を救うことはできない――。そういう箴言がある。
しかし自己犠牲は過去現在未来、何時だって女神を救う――」

……運命の三姉妹。お互いに決して交わることのない悲しき姉妹。ただ至上の愛だけが彼女らを救う――。
ゼロの主張は愛の主張だった。彼の言を信じるならそういうことになる。

だが私はまだ、彼が何を語ったのか、それを知るに至ってはいないのだ。


「ゼロは処刑場に現れた、そしてこう語ったのだ―――」


彼の言葉に、私は眩暈を覚えた………。






そういうことだったのか。私の疑問は氷解した。

成程ブリタニア如きが勝てぬはずだ。そして何故あの強面の捜査官がゼロの妹の目が見えないでいて良かったなどと言っていたのかも理解した。
愛は重い。鉛のように重い。光なき少女、しかも平均的な体格より格段に劣る少女が支えるには少々酷だ。

私は少々浮かれながら、黒のロングコートを羽織った。鼻歌でも歌いたい気分だった。

自然に笑みが零れる……あの四十男は今頃街にくり出して花屋を回っているのだろう。恐らく、馥郁たる香りを放つ極上のバラを探して。
実にすがすがしい気分だった。私は至上の愛に浸れる快感を噛み締めた。

あの月の綺麗な夜、男は処刑場に現れた。警備の兵たちが当てるスポットライト、その中心にいる一人の男。

その男は全身をレオタード状のボディスーツで覆い、内側が赤、外側が黒のマントを着用していた。
そして頭部には白いレースの、女性物の下着を被っていた。ゼロである。

彼は海を行くモーセの如く人ごみを渡り、変質者と罵る警備兵たちに向かい傲然と言い放った。

「間違っているのは俺じゃない、世界の方だ!!!」

瞬間、世界は表情を変えた。民衆は目を見開いた。周囲からは歔欷の声が漏れた。喝采が聞こえた。
群集は雪崩となって押し寄せ、引いた。彼らはめいめい行動を開始した―――。





あの捜査官は今頃アッシュフォードに赴いているだろうか。全てを語り終わった後の彼は満足げに頷くと私に言った。

「愛があれば人種も国籍も性別も年齢差も越えられる!超えてみせるッ」

実に勇気をもらえる言葉だった。尊敬できる男だ。
彼は月の綺麗なあの夜にゼロの顔面を覆う下着にナナリーの文字を認め、運命を感じたという。そしてゼロの妹ととして調べるうちに目くるめく恋に落ちたのだった。
年齢差25?そんなの関係ないね。ロリコン?愛の奇跡の前には無力だ。

人は誰しも心を抑圧されている……。そして我々はゼロの言葉に心底救われた。
彼の言葉は絶対の寛恕を備えていた。我々はその愛に包まれて生きていくことが出来るのだ。もう一度言わなければならない、我々は心底救われたのだ。
隠すことなど何もない。物理的にも、精神的にも。ブリタニア?地獄へ堕ちろ。

さて、私もそろそろ出かけることにしよう。姿見を写す。黒いコートを羽織った男が写っていた。
少しはにかんだように、照れたように私は笑っていた。私が最後にこんな風に笑ったのはいつだったろうか?
私が人間を取り戻せたのは一重にゼロのお陰であった。

私はドアを開けた。春の優しい風が私の頬をなでた。




黒いコートの下には何も身に着けてはいない。




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