親友って、どういうもんだと思う?
やっぱ読んで字の如く、「親しい友」っていう意味なのかな?
確かに、そういう奴なら俺にも結構いる。
それも男女問わずにさ。
中学の時なんか、両の手じゃ数えられないくらい、いっぱいいたもんさ。
だけどさ、普通の「友達」っていうのはそういうもんだと思うけど。
「親友」ってのは、それとは別次元だと思うんだよ。
表面的な付き合いじゃなくてさ。
何て言うか、心から信頼できるっていうか。
自分の全てを、ありのままの自分をさらけ出せる相手っていうのかな。
そういうのが、「親友」の条件だと思うんだよ。
その条件に当てはまる人物は、俺には一人しかいない。
五反田弾っていう、少しスケベで馬鹿だけど、とても優しくて熱い男だ。
他にも付き合いが深い箒や、今は日本にいない鈴って奴もいるにはいるんだが。
やっぱり異性が相手だと、俺の方も若干遠慮してしまう。
仲は良いはずなんだけど、親友ってのとは、ちょっと違うんだよな。
そして今の俺の周りを見てくれよ。
女、女、女だらけだ。
偶然ISを動かしてしまった俺は、たった一人IS学園という女の園に放り込まれて、
絶賛アウェー状態なんだ。
正直、泣きたいくらいに辛い。
久しぶりに再会したファースト幼馴染も、何だか素っ気ない態度だし。
俺に襲い来る孤独感って、それは凄まじいものだったんだぜ。
って、ちょっと話が逸れちまってたかな?
結局俺が何を言いたかったのかというと。
IS学園なんてリアルハーレム学園に入学しちまった俺には、心から落ち着いて
話のできる人間がいないってことなんだ。
俺のクラス、一年一組で最初のSHRを待ってる間なんかは、余計にそのことが
重くのしかかっていた。
ついでに方々から向けられる、興味・好奇心という名のプレッシャーも
重くのしかかっていた。
ああ……。
俺はこの学園で過ごす三年間、ずっと心の休まる時はないってのか?
ずっと一人でこのプレッシャーに耐えていかないといけないのか?
なんて、弾の奴なら絶対羨むような悩みに悶々としていたんだけど………。
そこに、救世主が舞い降りたんだ。
まず目に入ってきたのは、まるで地獄の業火を彷彿とさせるような、
薄暗いユラユラと揺れる炎を宿した目。
だけどその目には同時に、まだ見ぬ明日に立ち向かおうとする、眩いばかりの光も
宿っていて。
光と闇がごちゃ混ぜになった、とても不思議な目だった。
それに、そいつが纏っていた雰囲気。
周りのもの全てを燃やし尽くしてしまいそうな熱気を放っているのに、
その中にとても穏やかな、優しいものも感じて。
なのに触れるもの全てを凍てつかせてしまいそうな程の何かも感じる。
それらを総合しての、俺のそいつへの第一印象は、「よく分からない奴」だった。
そんなこと言うと、きっと嫌な顔をされるだろうけど、とにかく最初は
そう思ったんだ。
だけどさ。
「悪い奴じゃない」とも思ったんだ、本当だぜ?
千冬姉と親しげに話してたことも、そう思った理由だけどさ。
何かよく分からないけど、直感的なものでさ。そう思ったんだ。
これは俺がそいつと、初めて真正面から向き合って話をした時の物語だ。
俺、織斑一夏と『二人目の男』シン・アスカの、ファースト・コンタクトってとこだな。
◇
「よう、ちょっといいか?」
「……アンタは……!」
俺の自己紹介が盛大に自爆し、微妙な空気のまま一時間目の授業を終えて。
今は二時間目までの、僅かなインターバル。
本来ならホッと一息つけるはずのその時間を、俺はキリキリと痛む胃を気にしながら、
若干俯いて悶々としながら過ごしていた。
何故って?
この教室の空気のせいだ、他に理由がない。
一年一組の面々は織斑先生直々の説明があったから、あんな自己紹介の後でも変わらず、
俺に好意的な視線を向けてくれているけど。
他の教室の生徒はそうはいかないってことは、まあ予想していたんだ。
だけど、やっぱり現実は俺の予想なんて遥かに上回っていて……。
廊下を埋め尽くす、女。女。女。
呆れる程の女の群れ。
柔らかい圧倒的なまでの肉々の壁!
肉の奔流!!
肉の………………………!!!
………悪い、少し取り乱してしまった。
だけど、俺の若干十六年程度の人生の中で、これほどの数の女子に囲まれたことは、
今までなかった。
ハーレムってやつが現実に存在するとは驚きだけど。
正直この環境は体と精神に毒だ。
俺、こんな所で三年間もやっていくことになるのか………?
………は、早く元の世界に帰る方法を見つけないと!!
とりあえず!
不特定多数の女子から向けられる猜疑・興味・興味を上回る好奇心等々、様々な感情が
入り混じった眼差し。
加えて一年一組の面々から送られる眼差しがそれらと絶妙に絡まり合い、
何とも言えない混沌とした空気を生み出していた。
ちなみに、俺は「混沌」のことを「カオス」とは言わない。
かつて敵対した敵を思い出してしまい、何とも言いがたい思いを感じてしまうからだ。
なのでこれ以降、「カオス」という言葉は使わないことをここに宣言する。
俺が不用意にその言葉を言ってしまったら、遠慮なく指摘してくれ。
話が逸れてしまったが、とにかく俺は方々から向けられる様々な感情を孕んだ熱視線に、
お腹一杯の状態だった。
だが、そんな状況に置かれている俺に、声をかけてくる勇者がいたんだ。
今、俺に声をかけるなんて、同じように注目されることは目に見えているはずなのに……。
俺は見知らぬ勇者に心の中で賞賛を送りながら、顔を上げた。
するとそこには……………黒髪の貴公子がいたんだ。
端正な顔立ち、柔らかい黒髪。
筋骨隆々というわけではないが、程よく引き締まった肉体。
そして相手を包み込むような、暖かい陽光をたたえた瞳、雰囲気。
男の俺でさえも一目見て惹かれる程の、理想の男がそこにいたんだ。
……っていうか、彼の雰囲気って、どこかで感じたことがあるような……?
彼……一夏さんは思わず黙り込む俺に、気さくに話しかけてくる。
「突然話しかけちゃって悪いな。でも、どうしてもあんたと話をしたかったんだ。
なんてったって、この学園で、俺以外のたった一人の男だしさ。
改めて自己紹介するよ、俺は………」
「織斑一夏さん……ですよね。織斑先生から話は聞いてます。……さっきは
ありがとうございました」
「あ、俺のことやっぱり千冬姉から聞いてたのか。でも『さっきはありがとう』って、
俺、何かしたか?」
いっけね。
さっきの自己紹介の時、一夏さんのおかげで起死回生の策思いついたことをふと思い出して、
無意識に感謝を述べてしまった。
俺は内心動揺しながらも、表面上は何でもないように「別に何でもないです。
気にしないで下さい」と答えた。
一夏さんも別段気にした様子も見せなかった。
……良い人だな。
「そうか?ならいいんだけど。で、あんたは確かシン・アスカっていったよな?
これからお互い大変だろうけど、頑張っていこうぜ。……よろしくな、アスカ」
「シンでいいですよ。こちらこそよろしく、一夏さん」
「だったら俺のことも一夏でいいさ。それに敬語も止めてくれ。
堅苦しいのは嫌いだからさ」
一夏さ……一夏の差し出した手を、俺も一瞬だけ躊躇した後握り返した。
……いずれこの世界を去る予定の俺が誰かと仲良くしていいものか、とも思うけど……。
よく考えたら五反田家の皆にも親切にしてもらったし。
あまつさえ住み込みまでさせてもらおうとしていたし。
今更だよな、と思い直して握手を返した。
と、一夏が「ん?」と首を傾げた。
その動作もいちいち様になっていて、嫉妬してしまうくらいだった。
「なあ、シン。お前手袋なんてしてるんだな。確かにまだまだ寒いけどさ。
室内でもつけたままなんて珍しいよな」
「え?あ、ああ。ちょっとしたファッションみたいなもんだよ。気にするな」
一夏の言う通り、俺は真っ黒な手袋をつけている。
日常生活に支障が出ないように、俺の手の大きさに合わせて作ってもらった特注品だ。
手にピッタリのサイズなので少しも隙間がなく、余程暑くないとムレもしないので
快適そのものだ。
だけど、何でそんな手袋をしてるのかって?
理由は簡単、手の傷を隠すためだ。
約一ヶ月前のあの戦いで、俺の体には消えない傷跡が無数残った。
もちろんそれは胴体だけでなく、手の平にも手の甲にも、びっしりと残ってしまった。
こんな醜い傷跡なんて誰も見たくないだろうし、俺も見せたくない。
だけど上半身や下半身の傷は服で隠せるが、手についた傷だけはどうにもならない。
どうしたものかと頭を抱えていたら、織斑先生が「何とかしてやる」と言って、
この手袋をこしらえてくれたわけだ。
本当に、あの人には感謝してもし足りない。
いつか何らかの形で恩返ししなきゃな。
「ファッションか。確かにカッコいいもんな。……そういやシンは、千冬姉と知り合い
だったんだな。びっくりしたよ」
「ああ、まだ一ヶ月程の浅い付き合いだけどさ。あの人には世話になりっぱなしだよ。
俺の大恩人だ」
「そうか、はは……。やっぱ身内が褒められると、嬉しいもんだな。
俺さ、千冬姉がここで教師してるってこともついさっき知ったばかりなんだ。
……なぁ、良かったらさ。シンと一緒にいるときの千冬姉のこと、詳しく教えてくれないか?」
……?
織斑先生、一夏にIS学園で教師してること、言ってなかったのか?
その理由は少し気になるけど、まあ俺が気にしても仕方ないだろう。
俺は頭の片隅にフッと沸いた疑問を、さらにその奥に押し込んだ。
そして一夏に織斑先生のことを話そうと口を開いた。
だがそこでまたしても予想できないことが。
勇者は、一人じゃなかったんだ。
「………ちょっといいか」
「「え?」」
おいおい、この空気の中俺と一夏に話しかけてくるなんて、凄まじい強心臓だな。
教室内だけでなく廊下にまで広がるざわめきが、声の主の勇者っぷりをよく表している。
この「ちょっと何よあの子!何一人で抜け駆けしてるの!?」的な雰囲気に、
流石の俺も少しブルってしまっているっていうのに……。
………情けないな、俺。
とにかく、俺も一夏も声の主に視線を向ける。
その時の俺たちの反応はというと………。
「うっ………………」
「………箒?」
前者、俺。後者、一夏。
突然の来訪者の顔を見て、俺は作ってしまったしかめっ面を直せなかった。
どういうつもりだ篠ノ之の奴!?
まさかあの時の事件の一部始終をここでぶちまけて、俺の評判をガタ落ちにするつもりか!?
……なんて俺の予想は、単なる自意識過剰でしかなかった。
「………一夏を借りるぞ」
「え?……一夏、篠ノ之と知り合いなのか?」
「あ、ああ。箒は俺のファースト幼馴染なんだよ。まあ、六年ぶりに再会したばかりなんだけど」
篠ノ之が止める間もなく、つらつらと自分と篠ノ之との関係について語り始める一夏。
ふぅん、六年ぶりに再会した幼馴染か。
それはまた、何ともドラマチックじゃないか。
いつ恋が始まってもおかしくない状況だ。
彼女の剣呑な雰囲気からは、「ドラマチック」なんて言葉はとても連想できないが。
と、そこで咳払いが一つ。
「と、とにかく!一夏と話がしたいから、少しの間借りていく!いいな、アスカ!」
「俺は構わないけど……、一夏の承諾はとっておけよ」
一夏も特に反対意見はないようで。
二人は廊下の方にそそくさと出て行った。
ついでに溢れかえっていた女子たちも、興味津々といった感じにぞろぞろとついていく。
それでも約二割くらいの女子は何故か残って、俺を見つめていたが……。
とにかく俺に向けられる視線はかなり弱まった。
た、助かった……………。
俺はよろよろと机に頭を突っ伏す。
と、横からクスクスという笑い声が聞こえてくる。
この透き通った笑い声は………。
「入学初日からその様とは、先が思いやられますわね」
「……余計なお世話だ」
穏やかな、しかしあからさまな嘲笑をするオルコットを横目で睨む。
だがオルコットは少しもこたえた様子もなく、その視線を篠ノ之と一夏が消えた廊下に向ける。
「それにしても、織斑一夏……。私が想像していた人物像と全然違いますわね。
……あんなに紳士的な雰囲気の方だとは思いませんでしたわ」
「何だ、早々に惚れたのか?」
「ば、馬鹿おっしゃい!いきなり何を言い出しますの!?私はただあなたのガサツな雰囲気とは
似ても似つかないと、そう言いたかっただけですわ!」
冗談のつもりだったのに、まさか図星だったとは……。
凄いな、一夏。
オルコットに一瞬で好感触を与えるなんて、並大抵のことじゃないぞ。
……やっぱり一夏の雰囲気って、誰かに似てるんだよな。
あの無駄に誠実そうで、底なしの優しさを湛えた瞳。
そしてあの落ち着いた、成熟した大人のような雰囲気は………。
そこまで考えて、俺はようやくこのデジャブに得心がいった。
……ああ、そうか。
一夏のあの雰囲気、アスランにそっくりなんだ。
あの女性から熱い視線を向けられた時の慌てた表情なんて、特に似ている。
粗暴で浅薄な俺にはない、落ち着いた物腰。
優しさという名の、強い光を宿した瞳。
それは反発しながらも尊敬し憧れた、アスランの「強さ」そのもので……。
だから、か。
さっきから俺が一夏に対して、アスランに抱いていたのと似たような感情を
抱いていたのは。
俺にはない、「優しさ」という名の「力」への羨望。妬み、嫉み。
……いや、やっぱり憧れの方が強い。ていうか、それしかない。
………この世界に来て、IS学園に入学するまで病院のベッドの上で
ずっと考えていた。
元の世界で、俺にどういう「力」があれば、あんな結末を回避できたんだろうって。
ずっとずっと、考えていた。
最終決戦でフリーダムやアスランをも打倒できる「力」があれば、確かに議長たちは
死ななかったのかもしれない。
でも、それが唯一正しかったのかと聞かれれば、俺は素直に首肯できないだろう。
それに俺は、既に思い知ってしまっている。
「力」だけでは、誰も救えない。何も守れない。
それを俺は、嫌というほど味わった。
一刻も早く戦争のない世界を作りたくて。
ずっとずっと戦い続けて。
戦いのことだけ考えて。
気づいたら、大切な人をたくさん失っていた。
ただ泣き叫ぶだけの俺の手から、皆、すり抜けていった。
……俺の中で、もうそのことに対する結論は出てる。
全てを破壊し撃滅する「力」では、駄目だったってことなんだ。
だけどフリーダムのように、二つの勢力が衝突している真ん中に飛び込んで
引っ掻き回して、戦闘を止めさせるということも、完全に正しいとは思えない。
それも一つの選択ではあったんだろうけど、やっぱり俺はそれを選べない。
彼らの行動は正しい部分もあったんだろうけど。
あの時でも今でも、やはりフリーダムやアークエンジェルたちの行動を完全に是とは言えない。
じゃあ、どんな「力」が必要だった?
目に見える武力じゃ駄目だ。
かと言って、「戦争を止めろ」と叫ぶだけじゃ、もっと駄目だ。
「力」だけでも駄目。
「想い」だけでも駄目。
その両方があれば良かった?
でも、やっぱりそれだけじゃ何かが足りない、とも思う。
だけど、そんなことを考えていた俺の中で、アスランの。
そして一夏の「優しさ」は、何故かとても心に響いた。
「優しさ」は「弱さ」だと、レイは言った。
確かに、そうなのかもしれない。
でも、もしかしたら……そうじゃないのかもしれない。
そこまで考えて、俺の心の中に、ある一つの言葉が浮かび上がる。
俺が今一番手にいれなくちゃいけない「力」は、もしかしたら……………。
「ちょと、何しんみりした顔をしてますの?今更大人っぽい雰囲気を出そうと
したって、遅いですわよ?」
オルコットのからかうような言葉に、思考を中断させられる。
まったく、人が真剣に考えてるっていうのに……。
……まあ、今はいいさ。
いずれ、その「力」を、俺は必ず手に入れてやる。
そうしないと、これからこの世界で生きていても。
元の世界に戻ったとしても。
またあの時と同じ結末になってしまう気がするから。
もう俺は、誰も失わない。
元の世界から戦争を失くすためにその「力」が必要なら、絶対にそれを
身につけてみせる。
もう俺は、無力な子供じゃない。
いや、無力な子供じゃ駄目なんだから。
皆から託された想いを背負っていくために、俺はもっと、「強く」ならないと
いけないはずなんだから。
未だクスクス笑いながら俺をからかい続けるオルコットに、
俺は小さく「うるさいな」とだけ返した。
◇
「― であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が
必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ ―」
二時間目の授業も山田さんはツラツラと教科書を読んでいる。
周りの女子たちもフンフンと頷きながら、ノートを取っている。
俺はというと………目の前にある教科書をパラパラめくっては、唸っての
繰り返しだった。
く、くそ……、半分以上分からない……!
織斑先生からも「入学前に必ず読んでおけ」と分厚い参考書を渡されたが……。
それも半分以上理解できなかった。
まあ、織斑先生も山田さんも、俺の問題でバタバタしてたのは分かるけど、
あの分厚さの本を入学二日前に渡されてもな……。
全部読んだけどさ。
とにかくこのISという兵器、俺の知っている兵器・モビルスーツと
基本構造からして全然違うのだ。
あの360度全方位目視可能なセンサーや、あらゆる攻撃を防ぐ
不可視のバリアー。
搭乗者を100%命の危険から守る「絶対防御」の機能。
何より女しか扱えないっていう、ISの意味不明な仕様。
とりあえず列挙しただけでもこんなにある。
頭がこんがらがりそうだった。
モビルスーツのことなら大抵のことは分かるのに。
同じ兵器でも機体が違うだけで、こうも分からなくなるものか。
……情けなくて、泣けてくる。
と、ふと顔を上げると、山田さんが一夏に何か話しかけている。
「わからないところがあったら訊いて下さいね。なにせ私は
先生ですから」
えっへんと豊満な胸を張る山田さんが、何とも愛らしい。
どうやら一夏の態度の不審に気がついて、気をきかせたらしい。
まさに、教師の鑑だな。
対する一夏の返答はというと………。
「ほとんど全部分かりません」
山田さんが瞬間、物凄く困ったようにうろたえる。
「え?今までの説明で分からない所なんてあった?」と、
周りの女子たちから声なき声が飛んでくるのが分かる。
……俺も半分以上分からないんだけどな。
「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人は
どれくらいいますか?」
俺は迷わず手を挙げる。
ここで見栄を張っても、いいことは何もない。
見栄は自分の身を滅ぼす。
しかし手を挙げたのは俺だけで、後は俺と一夏を白けた目で見つめるばかり。
く、屈辱だ……………!
と、教室の端で控えていた織斑先生が、スッと一夏の方へ向かっていく。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
ズパァン!!!
まるで人間の体を、棒で全力で打つような音がする。
……凄い威力だ。一夏がうずくまって悶絶している。
まさしく「容赦なし」だな。
それにしても……、流行ってるのか?
古い電話帳って………。
そんなことを考えていると、織斑先生は今度は俺に視線を向ける。
一夏へのさっきの一撃で肝まで冷え切ってしまっていた俺は、
思わず硬直してしまう。
「アスカ、お前は?」
「全部読みましたけど、三割くらいしか理解できてません。
大体俺が知っている兵器とは、全然違いますし。
基本構造からして理解ができないというか………」
とりあえず俺も正直に答える。
今彼女に嘘をつくと、俺にもあの一撃が振り下ろされる可能性がある。
それだけは、何としても回避しなければ。
と、織斑先生の反応をチラッと窺うと。
彼女は何故か、怪訝そうな表情をしていた。
な、何だよその表情は………。
俺は、今別に何もおかしなことは言ってないはず………!
「二日前に渡したあの参考書を既に読み終えていて、三割理解
できているのならば上出来だ。しかし…………」
彼女は瞬間、鋭い眼光で俺を射抜く。
その名探偵が犯人を追い詰めるような雰囲気に、思わず唾を飲み込む。
「『俺が知っている兵器』とは、具体的にどういうものだ?
お前の言葉を聞いていると、お前はまるでISとは質の異なる、
我々が全く知らないような兵器とISを比べているように感じたのだが」
「…………………………そんなことないですよ。俺はメジャーな戦闘機や
戦車と比べて、ISがそれらとは全然違うって言ったんですよ」
「……今の変な『間』が気になるが、まあ今はいいだろう。
授業中だしな」
あ、危なかった………。
織斑先生、鋭すぎだろ………。
それに唐突にそんな質問しないでくれよ。
周りも「何だ今のやりとりは?」てな感じで見ているし。
まあ、俺の詳細な情報を何も知らない織斑さんが、俺の些細な言動にも
過敏に反応してしまうのは、仕方ないことなんだろう。
俺は未だ、別の世界から来たらしいことを、誰にも伝えていないんだから。
そんなことを口走ったが最後、俺は間違いなく精神障害者か、ぶっ飛んだ
メルヘン野郎の烙印を押されてしまうだろうから。
それにこれは、俺自身の、俺だけの問題だ。
この問題に関して誰かに頼るのは、極力しない方がいい。
無理に誰かを巻き込む必要なんて、ありはしないから。
「とりあえず、ISはその機動力、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。
そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。
そうしないための基礎知識と訓練だ。
理解ができなくても覚えろ。そして守れ。
規則とはそういうものだ」
それは重々承知している。
だからこそ俺はこうして普通に授業に参加している。
本当なら元の世界に帰るために色々調べ物をしたいのだが。
それをグッと我慢して、俺は今ここにいる。
ISという、人の身にはあまりにも大きすぎる『力』。
それについて正確に知ることは絶対に必要だ。
それが、強大な『力』を扱うことの責任だからだ。
ただ、それでも俺はただ一つだけ言いたいことがある。それは………。
「貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」
ドッキーン!!
こ、心を読まれた!?
と、思ったらどうやら今の言葉は一夏に対して言ったらしい。
それにしても織斑先生、勘が良いにも程があるだろう。
今だって一夏は何も言ってなかったのに……。
仮に織斑先生がアイドルの如き笑顔で「エスパーですから」と言った
としても、今なら信じることが出来る。
そんなことを考えていると、織斑先生はじっと一夏を見下ろしながら
続きの言葉を口にする。
「望む望まないに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。
それすら放棄するのなら、まず人であることを辞めることだな」
今織斑先生が言ったその言葉の意図すること。
それはつまり、望んだにせよそうでないにせよ、今ある現実を、その運命を、
人間であるからには、それを受け入れて生きなくてはいけないということ。
つまり、今ある現実と直面しろと言ってるんだ。
なるほど確かにそれは正論だ。正論なんだけど………。
その言葉は今の俺の心に、グサリと突き刺さっていた。
……受け入れろって?
託された願いも果たせずたった一人、いきなり訳も分からず見知らぬ世界に
放り込まれて、帰る方法さえ見当もつかないこの状況に直面してなお、
それを受け入れろと?
確かに現実としてそれしか道はないのは承知している。
しているけど………。
だけど、だけどそんな簡単に今の状況を受け入れるなんて、できるはずが
ないだろう………!
今だって色んなことを考えて気を紛らわしているからこそ普通の対応が
できるんであって、本当だったら今すぐにでも叫び出したいくらいに、俺は
混乱してしまっている。
だれが好き好んでこんな世界に来る?
この世界に来て、たくさん大切な人たちに出会ったけど。
織斑先生たちにIS学園で生活するために、色々と骨を折ってもらったけど。
それでも、俺にはやらなければならないことがたくさんあるんだ。
この世界に、いつまでもいるわけにはいかないんだ。
本当は誰かに、このことを打ち明けて楽になりたいさ。
今まで何とか前向きに考えてきたけど。
俺のために力を尽くしてくれた五反田家の皆や織斑先生たちのためにも
頑張らなくちゃいけないとか考えてきたけどさ。
五反田家の皆や織斑先生たちには失礼なのかもしれないけど、やっぱり
どうしてもそう思ってしまうんだ。
それに、それにさ。
仮に今俺が直面しているこの状況が望まずとも巡ってきてしまった『運命』
だというのなら。
これが俺に訪れるべくして訪れた現実だっていうなら。
こんなの、あんまりじゃないのかとも思ってしまう。
この世界に来る『運命』だったのだとしても、せめてグラディス艦長のお子さんに
会った後でも、ルナに一言別れの挨拶をした後でも良かったんじゃないかと、
そう思ってしまう。
そう思ったことが、この世界に来てからも何度もあった。
……でも、それさえできずにこの世界に放り込まれた今こそが、俺の『運命』
だったってことなのか?
この意味不明で理解不能な現実の中でもがき続けることが、俺の『運命』だったって
ことなのか?
確かにそんな理不尽な状況に放り込まれてしまうくらいに、俺は罪深い人間
なのかもしれないけどさ。
でもさ、やっぱり…………………。
俺を苦しめるのなら、もがき続けさせたいなら、元の世界でさせてくれよ……。
さっきの叱責は一夏に向かって言ったんだろうけど。
その叱責は今目の前にある現実から逃げ続けている俺の心の弱さに強い衝撃を与え、
俺はその衝撃に、一人で勝手に打ちのめされていた。
そんな俺たちを見てどう思ったのか。
織斑先生に叱責される一夏を見てどう思ったのか。
隣のオルコットが、キツい眼差しで俺と一夏を見つめていた。
◇
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「……何だ、オルコットか」
二時間目も終わり、俺の席で歓談しているところに、目を吊り上げたオルコットが
割り込んできた。
何だ?何かすごく怒ってるみたいだけど………。
「何だ、とはなんですの何だとは!?全く礼儀ってものがないのですかあなたは!?
……コホン、とにかくこの私が声をかけたのです。お返事は?」
「あ、ああ返事しなかったのは悪かった。……だけど、どういう用件だ?」
「まあ、何ですのそのお返事は?そこの野蛮人のお猿さんと違って、少しは紳士的な
方だと思っておりましたのに。私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、
それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
おいおいどうしたんだ?
さっきまで割りと普通だったってのに、いきなり尊大な態度に戻っちまったぞ。
一夏のことはさっきまで好感触だったはずなのに、今はさっきまでの雰囲気が
消し飛んでいる。
何でこんなに豹変してしまったんだ?
見ろよ、流石の一夏も顔を思いっきりしかめている。
「悪いな。俺、君が誰か知らないし」
おぉ、結構なトゲを含んだ返答。
今のオルコットの態度に、流石の一夏も嫌悪感を抱いているらしい。
そして当然その返答はオルコットにとっては不満なものでしかないらしく、
息巻いて言い返そうとするので、俺は慌てて止める。
「ちょっと待てオルコット。お前いったいどうしたっていうんだ?今日初めて
俺と会った時みたいになってしまってるじゃないかよ。さっきまでは一夏のことも
ある程度は評価してたみたいなのに。どうしてこんな手のひら返したみたいに……」
「……別に。あなた方への過大な評価を、改めただけですわ」
過大な評価を改めた?
いったいどういうことだ?
オルコットの意図が、全く分からない。
俺たちへの態度を豹変させざるを得ないほどの出来事が、今までにあったか?
だが、この疑問はすぐに解けることになる。
だって他ならぬオルコット自身が、息巻いて話しだしたからだ。
「さっきの、二時間目の授業はなんですの?お二人ともISの基礎知識すら理解
していない。そちらに至っては入学前の必読書すら読んでいない始末。
それに加えて織斑先生に叱責された時の、あなたたちの情けない態度。
そちらの方はアタフタしているだけでしたし。そこのお猿さんは黙って
俯くのみ。まさしくお二人とも、今の世の中に蔓延る『情けない男』の
典型でしたわ」
そこでいったん言葉を切って、オルコットは大きく息を吸い込む。
……息継ぎしてやがる。
まだ何か言うことがあるのかよ。
オルコットの剣幕に圧倒されながらも、俺と一夏は続きを待った。
「そんな取るに足らないあなたたちを見て『まぁ少しは男というのも悪いものでは
ないのかもしれませんわね」等と思ってしまった私自身が恥ずかしいのですわ!
この国家代表候補生であるこの私が!ただのどこにでもいる男を、少しでも
評価してしまうだなんて!
そんな自分が!一番情けないのですわ!!」
一気に喋り終えたオルコットは、肩で息をしながら、尚も俺たちを
睨みつけてくる。
……知らないよ、そんなこと。
でも、まあ。言わんとしていることは分かった。
たぶん常に男を見下していたであろうオルコットは、俺と一夏を見て
「男も捨てたもんじゃない」と思ったわけだ。
一夏を見てそう思うのなら分かるけど、俺を見てもそう思ったっていうのは
よく分からない。
俺は一夏みたいな紳士じゃないぞ?
とにかく、俺たち二人へのオルコットの評価は概ね良好だったんだけど。
自己紹介から今までの間で、とりわけさっきの二時間目での俺たちを見て、
幻滅したってわけだ。
俺と初めて出会った時もやけに男を見下していたし。
第一印象とかで俺たちに好感を持ったんだとしても、ちょっとしたことで
一気に白けちまったんだろうな。
……だけど、それはあくまでオルコットだけの主観の話だ。
ぶっちゃけ勝手に幻滅されて目の前で罵倒されても、俺たちは困るわけで。
隣の一夏だって、
「俺に何かを期待されても困るんだが」
と、口を尖らせている。
俺も、同意見だ。
勝手に幻滅されたって、俺たちはただ迷惑なだけだ。
「……はぁ。もうやめましょう。やはり男などというような低劣な輩に
少しでも興味を持ったこと自体が間違いだったのですわ。
私たち女、とりわけ私のようなエリートとあなた方とでは、比べるまでもなく
優劣ははっきりしていますし、男を見直す必要など最初からなかったのですわ。
全く、入試で唯一教官を倒すほどのエリート中のエリートである私が、こんなことで
心を乱されるなんて……。要反省ですわ」
……ボロッくそに言いやがって。
いや、我慢だ。
こんな安い侮辱くらい耐えられなくてどうするシン・アスカ!
いい加減大人になろうぜシン・アスカ!
あの合言葉を、今こそあの合言葉を言うんだ!
Be、Cool……。Be、Cool……………!
……と、冷静になったところで、俺はふとあることが気になった。
オルコットは今、何て言った?
「入試で唯一教官を倒した」とか何とか……。
「入試って、あれか?ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
ああ、やっぱりあの模擬戦のことか。
だけどあれなら俺も………。
そう考えていると、一夏が先立って口を開いた。
「あれ?俺も倒したぞ、教官」
「は…………………………?」
オルコットは口を大きく開けて、呆然としている。
よっぽどショックだったらしいな。
ていうか、一夏も倒せたのか、試験官。
かなり強かったんだけどな。
なんて思っていると、ようやく復活したオルコットが鼻息荒く一夏に詰め寄った。
「わ、私だけと聞きましたが!?本当にあなたも教官を倒したっていうの!?」
「うん、まあ。たぶん。……そういえば、シンはどうだったんだ?
教官、倒せたのか?」
そこで俺に振るか………。
嫌な予感もするが、答えないわけにもいかないよな………。
「俺も、倒した。オルコットと一夏しかクリアできなかったことは、
知らなかったけど」
「何ですって!!?」
オルコット、再び驚愕。そして硬直。
こりゃ、しばらく復活しないな。
だけど国家代表候補生であるオルコットはまだしも、ISに乗り始めて
まだ間もないだろう一夏まで試験官を倒せたとは驚きだ。
本当に、かなりの腕前だったんだけどな、山田さん………。
俺は未だ固まって動かないオルコットを見つめながら。
ふと数日前のことを、俺にとって二度目のISバトルのことを思い出していた。
・
・
・
・
「実戦試験?」
「ああ、そうだ。形式上ではこれは入試の試験ということになっているが。
今回はかなり特殊なケースだし、今はどうでもいいことだな。
とにかくアスカ、お前にはこれから模擬戦闘をしてもらう」
あの戦いから、もうすぐ三週間が経とうとしていた。
IS学園入学まで、あと三日。
何とか歩けるまでに回復し、後は退院と入学を待つばかりだったんだけど。
病室にやってきた織斑さん、にこのISの戦闘を行うためのアリーナに
連れてこられたってわけだ。
「だけど、何で今模擬戦なんか?俺はもう入学を待つのみだったはずじゃ……」
「そのはずだったのだがな。つい先日、未だお前のIS学園入学に難色を示して
いた一国が物言いをつけてきたのだ。『その男は本当にISを扱えるのか?
映像も残っていないし、実際にこの目で見ないと納得できない』などと
今更なことをな。それに便乗して各国が口々にシン・アスカの戦闘を見せろと
言ってきてな。もはやこうでもしないと収拾がつかないのだ」
苛立ちを滲ませながら、織斑さんはそう吐き捨てた。
……そんなことがあったのか。
俺を手に入れようとする各国を押さえ込んでIS学園に入学できるように、IS学園の
学園長や織斑さん、山田さんがずっと骨を折ってくれていた。
織斑さんから数日前に進捗状況を聞いたときは、調整は上手くいっているって
言ってたのに……。
しかし後三日で入学って時にそんな物言いをつけるなんて。
諦めが悪すぎないか?各国のトップ連中さん達………。
それに大体……。
「俺の実力なんて今更見たって、IS学園入学を後三日に控えた今じゃ、何の意味も
ないんじゃないんですか?」
「もちろんそうだ。この模擬戦に意味などない。奴らは、ただ何かケチの
付け所を探して、IS学園入学を阻止したいだけなのさ。
お前という美味しい存在を、どうしても欲しいのだろうな。
まだ世間に公表されていない男のIS操縦者。その利用価値は計り知れない。
裏で交渉している今が最大のチャンスなのだから、なりふり構わず、
という状態なのだろうさ。
この模擬戦にお前が負ければ、必ず各国はそれを口実に何か言ってくる
だろう。お前のIS学園入学を阻止するためにな。
そうなったら、流石に私たちも苦しい立場に追い込まれることになる。
だから、お前には何が何でも、勝ってもらわないと困るのだ」
醜い。醜すぎるぞお偉方さん達。
俺一人にこだわらずに、もっと別のことに時間とお金を使えばいいのに。
くだらないの、最上級だな。
だけど、それを聞いて否が応でも気が引き締まる。
IS学園に入学することは、今や元の世界に帰るためには必須の道だ。
ここで元の世界に帰るために色々調べなくてはならないし。
何よりこの世界で二人目のISを扱える男である俺は、IS学園の庇護なしには、
この世界で生きていくことができない。
だからこそ五反田食堂での住み込みを蹴ってまで、入学を決意したんだから。
俺は絶対に元の世界に帰るんだ。
そのためには、俺という貴重な研究対象を狙う各国の魔の手から、何としても
逃れなくてはならない。
そのためには、IS学園は絶好の場所なんだ。
この世界での現実を受け入れることは、完全にはできていないけど。
心は、未だ混乱しているけど。
それでも、今IS学園入学をご破算にされるわけにはいかない。
託された願いのためにも、絶対に………!
「そういうわけで、傷が癒えたばかりで無理ができないのは重々承知しているが……。
悪いがアスカ。このどうしようもない茶番劇に付き合ってくれないか?
確かにお前にとっては避けて通れぬ、勝たなければいけない茶番だが……」
そんな、申し訳なさそうに言わないでくれよ。
俺の心は、もう決まってるんだからさ。
「そんな言い方しなくても、やりますよ。織斑さんには散々世話になってるん
ですから。この模擬戦をすれば各国も納得するんでしょう?
これは俺のための茶番なんですし、やりたくないなんて言いませんよ。
それに少しでも織斑さんの役に立てる機会なんですから。
むしろ俺、嬉しいですよ」
「…………………………………」
パァン!頭をはたかれた。
い、痛ぁ!
な、何ではたくんだよ!?
俺、何もおかしなことは言ってないはずなのに………!
だが織斑さんはそうは思ってはいないらしく、顔を背けて、少し不機嫌そうに
呟いた。
「そういう相手を惑わすようなことを軽々しく言うな、馬鹿者」
惑わす!?
あまりに脈絡のない言葉だったので、一瞬呆然としてしまった。
……全く、何だってんだよ織斑さん………。
若干ふてくされながらも、少し気になったことがあるので、織斑さんに聞いてみる。
「そういえば、対戦相手は?IS学園の生徒さんですか?」
「いや、お前の実力は『打鉄』で『サイレント・ゼフィルス』を退けた点だけを
見ても、かなり高いと推測できる。たとえ三年の精鋭をぶつけたとしても、
お前が勝つことは用意に想像できる。
それこそ国家代表候補生でもないと、見栄えある勝負にはならんだろう」
……ちょっと持ち上げ過ぎな気もするけどな。
結局あの時の戦いだって、援軍が来るまで攻撃を防ぎ続けただけだし。
まあ、それはいいさ。
それより、今織斑さんが言ったあの言葉、どういう意味だ?
「国家代表候補生って何ですか?」
「読んで字の如く、そのままの意味だ。国家代表IS操縦者の、その候補生として
選出されるエリートのこと。あらゆる厳しい訓練を受けているから、その
実力は折り紙付きだ。この学園にも何人かいるし、新入生の中にもいる」
なるほど、ザフトでいうところの赤服ってところか?
まあ赤服の腕もピンキリだったけど。
この世界では違うのかな……?
「とにかく、お前の本当の実力を知らないと、各国のトップ連中は納得しないだろう。
そのためにはお前に簡単に勝ってもらっても都合が悪いのだ。
だからこそ、対戦相手はこちらで厳選して用意させてもらった。
お前の体の状態のことをきちんと把握していて、場合によっては手加減もできて、
国家代表候補生をも凌ぐ腕前を持った、今回の勝負に最適の人物をな」
?誰のことだ?
織斑さんの言い方だと、何か俺も知っている人っぽいけど……。
まあ、織斑さんのあの意地悪そうな顔を見る限り、「見てみれば分かる」という
ことなんだろうさ。
とりあえず、ここで対戦相手のことは聞くまい。
だけど、模擬戦をするに当たって、どうしても聞いておかなければならないことが、
一つだけある。
「模擬戦っていっても、勝敗はどうやって決めるんです?相手を戦闘不能にすれば
ってことなんでしょうけど。その判断はどうなってるんです?」
「……知らないのか?ISの模擬戦では相手のシールドエネルギー残量を、先に0に
した方の勝ちになる。別に相手をボロボロにしなくても、攻撃を浴びせ続けて
いればいいわけだ」
「だけど、シールドバリアーは突破されることがあるでしょう?『サイレント・
ゼフィルス』と戦った時も、ビームが一本バリアーを突き破って直接俺に
ダメージを与えてきたし。今更なんですけど、ISで戦うことは、その搭乗者に
とって命の危険があるんじゃないんですか?」
俺の誰もが考えるであろうその疑問を、少し目を見開いて聞いていた織斑さんは、
瞬間何かを探るような視線をもって俺を見据えてきた。
?何でそんな目をするんだ?
『サイレント・ゼフィルス』と本気で戦っていた俺が何を今更、とか思ってるのか?
だが織斑さんが考えていたことはそんなことじゃなかったようで………。
「……アスカ、『絶対防御』という言葉を知っているか?」
絶対防御?
何だそれは?
何か凄そうな名前だけど、心当たりは全くない。
首をかしげていると、織斑さんは小さく溜息をついて目を伏せる。
「本当に、知らないのか。……『絶対防御』は全てのISに備わっている操縦者の
死亡を防ぐ能力のことだ。たとえシールドバリアーを突破され、操縦者に
攻撃が通ることがあっても、この能力がある限り、操縦者を死に至らせる
ような攻撃は全て防いでくれる。まあその代わりに、シールドエネルギーを
ごっそりと持っていかれるがな」
「は……………………?」
何だそれは?
操縦者の志望を100%防ぐ能力、だと?
そんな馬鹿な……。
そんな夢のような能力が、現実にあるわけが………。
モビルスーツだってコックピットの周りの装甲を厚くしたり、優秀な脱出装置を
取り付けるのが精一杯の対策だってのに。
それに、俺の時のことは、どう説明するんだよ?
「俺の時は直接ダメージを受けましたよ?右腕をビームで貫かれて、血が大量に
出ました。あの時は何で『絶対防御』とやらが発動しなかったんですか?」
俺のその疑問に、織斑さんは淡々と答えてくれる。
その質問は、想定済みだと言わんばかりだった。
「言っただろう、『操縦者を死に至らしめるような攻撃を全て防ぐ』と。
逆にバリアーが突破され操縦者本人に攻撃が通ったとしても、操縦者の
命に別状ない場合は『絶対防御』は発動しない。
お前の場合は腕が貫かれただけだから発動しなかったのだろう。
その攻撃で腕が千切れていたというなら、発動しただろうがな」
な、何気に物騒なこと言わないでくれよ。
……まあ、ISの兵器の威力を考えると、『腕が千切れる攻撃』があったとして、
たぶん現実には千切れるだけじゃ済まないだろうし。
腕が千切れた瞬間にショック死もあり得る。
そう考えると『四肢のどれか一本でも千切れる』=『絶対防御とやらの発動』
と考えてもよさそうだ。
しかし今の話が本当だとすると、ISっていう兵器、あまりにも都合が良すぎる
というか、高性能すぎないだろうか?
もはや超常現象の域に達している。
モビルスーツでずっと戦ってきた俺としては、今の織斑さんの話を聞いても
未だに「絶対今の全部冗談だろう」と疑ってしまっているのだった。
だけど………、この問題については、これ以上何か言っても仕方ないのかも
しれない。
だって、この世界ではISっていうのは「そういう」兵器なのだから。
ここは俺の世界とは違う。
俺の常識が通じないことだって、ままあるはずだ。
今は、そのことに思考を割くのはやめよう。
それよりも目の前の模擬戦に集中するんだ。
「……分かりました。操縦者の命に危険がないことは、それでいいです。
それで、俺の実力を見たいってお偉方は今どこに?」
「前にも言ったが、IS学園には独自の規則がある。各国はIS学園に原則介入
を禁止されているし、それは各国のトップ連中だって例外じゃない。
だから奴らは直接IS学園には来ていないが……、今回の模擬戦はモニター
中継されることになっている。連中は、それを学園の外から観戦
するというわけだ。話し合いの結果、リアルタイムでの観戦という条件を
呑まされたからな」
ふぅん………。
前にIS学園の特記事項とやらでIS学園への国家や組織・団体の外的介入は
許可されないとは聞いていたけど。今の話を聞くと、それらを完全に防ぐ
ことはできていないのかもしれない。
まあ今回は、特殊なケースなのかもしれないけど。
「なるほど………、承知しました。じゃあ、そろそろ始めましょうか。
わざわざIS学園のアリーナのピットで話をしてるってことは。
俺にヘンテコなスーツを着せたってことは。
対戦相手もお偉方も、既に準備万端で待ってるんでしょう?
話が終わったら、すぐに始める気だったんでしょう?」
「ふっ……、察しがいいな。既にアリーナ・ステージで対戦相手が待っている。
お前もISを装着して向かってくれ。機体は、『打鉄』を用意させてもらった。
お前もISに搭乗するのは二回目なのだし、慣れた機体の方がいいと思ってな」
そう織斑さんが言うのと同時、俺の後ろのピット搬入口が鈍い音を立てながら
開き、その奥に静かに佇む打鉄の姿が露になる。
……『打鉄』。
俺が最初に搭乗したIS。
このISのおかげで俺は街を、五反田家の皆を守ることができた。
打鉄が俺に力を貸してくれたから、暴虐の限りを尽くしたあの女と戦う
ことができたんだ。
この打鉄は俺が最初に搭乗したそれとは違うんだろうけど。
やはり俺にとっては思い入れのあるISだった。
女性しか乗れないという致命的な欠陥機ではあるけど、織斑さんが普通に
搭乗を薦めてくるところを見ると、通常に稼動させる分には問題ないって
ことなんだろう、たぶん。
とりあえず、他にどんな欠陥があってもおかしくないとかいう心配は、
ここでする必要はないってことだな、たぶん。
俺は小さく頷くと、今度は躊躇うことなく打鉄に触れる。
するとあの時と同じ、触れた部分が発光し、打鉄がその身を鮮やかな
漆黒に染め上げる。
装甲の開いている部分に体を預けると、すぐに装甲が閉じる。
かしゅかしゅっと、空気を抜く音がする。
俺と打鉄が、『繋がっていく』。
「……織斑さん。問題ありません、いけますよ」
「……やはり男がISを起動するのを見るのは、何とも不思議な気分になるものだな。
では、そこのゲートが今から開放されるから、そこから出撃しろ。
飛び出したら、そこはアリーナ・ステージの真ん中だ。
そこからは対戦相手の支持に従え。
……アスカ、無理はするなよ」
ハイパーセンサーのおかげで、織斑さんの普段は分からないような
声の震えまでよく分かる。
病み上がりの俺を心配してくれているのかな?
俺はその優しさに心が暖かくなるのを感じながら、既に開ききったゲートを見つめる。
この世界での、二度目のISバトル。
俺のためだけの、くだらない茶番劇。
だけど、やってやるさ。
これも俺がこの世界でやっていくために、ひいては元の世界に帰るために、
絶対に必要な戦いなんだから!
今は我武者羅に、足掻くだけさ!
俺は打鉄のスラスターを噴かせながら、高らかに叫んだ。
「シン・アスカ!『打鉄』、行きます!!」
一気にスラスターを全開にして、アリーナ・ステージに飛び出す。
そこには俺の今回の『敵』が。
というか、よく見知った女性が佇んでいた。
◇
「あ、アスカ君!今日はわざわざここまで来てもらって、すみませんでした!」
「……山田さん?」
アリーナ・ステージでISを装着して俺を待っていたのは、俺のセカンド大恩人の
一人である、山田真耶さんだった。
ちなみにファースト大恩人は五反田食堂の皆だ。
山田さんは大きめに胸元が開いたスーツと、鈍い緑色をしたISを纏っている。
打鉄から遅れて、山田さんのISに関する情報が送られてくる。
ISネームは『ラファール・リヴァイヴ』。
戦闘タイプは『遠・中距離射撃型』。
特殊装備はなし、と………。
だけど、俺が今気になっていることはISのことじゃない。
山田さんの雰囲気が、いつもと比べて………。
「話は織斑先生から聞いていますよね。今、このアリーナの状況はモニター中継
されていて、各国の首脳陣がそれをご覧になっています。アスカ君は今から
私と戦って、その実力でもって、首脳陣の方々を黙らせちゃって下さい。
何か質問はありますか?」
黙らせるって………。
山田さん、そんな強い言葉も使えるんだな……。
……やっぱり、いつもの彼女とは雰囲気が違う。
ほわ〜んとした感じは残っているけど、その目は真剣そのもの。
それに静かだけど、質量のあるプレッシャーを放っている。
これは、一体………?
そこで俺の考えを見透かしたかのように、山田さんが喋りだす。
「今回の戦いは首脳陣の方々が見ておられるので、私も手を抜くわけにはいきません。
それに想定されるアスカ君の実力を考えると、手を抜くなんて余計にできませんし。
……では、質問も特にないようですので、さっそく始めましょうか」
そういうと同時、山田さんの右手に光が集まり、それが形を成す。
現れたのは、大口径のライフル。
少し遅れて、打鉄からそのライフルに関する情報が入ってくる。
― 検索、五十一口径アサルトライフル<レッド・パレット>と一致 ―
だが俺の意識はISからの情報には向いていない。
山田さんから放たれる静かな闘気を肌で受けて、そちらに集中していたからだ。
……これは、山田さん本気だな。
俺も現在展開可能な装備一覧を呼び出し、その中に表示されている唯一の武器、
『刀型近接ブレード』をセレクト。
次の瞬間には、右手にその柄が握られている。
……またブレードのみか。
またしても射撃武器がないという、圧倒的不利な状況からのスタート。
でも、まあ……やるしかないか!
俺がゆっくりブレードを構えると、山田さんもライフルの引き金に指を添える。
……いよいよ、始まる。
この世界での、二度目のISバトルが……!
「それでは、いきますよ!アスカ君!!」
そう叫ぶと同時、パンッ!という乾いた音と共に、弾が撃ちだされる。
その狙いは正確無比。
一ミリのズレもなく、俺の右肩を狙い撃ってきた。
普通の人間なら全く反応できないであろうその一射を、俺は瞬時に
見切ってかわした。
まだ、甘い!
そんな無造作の一射なんか喰らうわけがないだろう!
スラスターを噴射させ、山田さんに肉迫する。
その間に放たれる射撃も、全て見切ってかわし続ける。
しかし、山田さんはそれを見ても全く動こうとしない。
……何だ?
何故動こうとしない?
山田さんの狙いが分からない。
分からないが……、しかし俺は加速を止めない。
山田さんの意図は不明だが、近接攻撃でしか勝機のない俺は、どっちみち
彼女に接近しなければならないのだ。
だったら、今加速を止めて様子見に転じるより、突っ込んだ方が俺らしい。
動こうとしないのなら、無理やりにでも動かしてやるさ!!
山田さんが目前まで迫る。
さあ、撃ってこい!
それさえ避ければ、もう俺の攻撃範囲に入る!
そう思いブレードを強く握り締めて大きく振りかぶったところで…………、
山田さんの大きな双眸が、スッと鋭く細められた。
ゾッとして回避行動を取ろうとするが、もう遅かった。
パラタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!!!!
まるでバルカンのように撃ちだされたそれは、たたみかけるように俺に
浴びせかけられる。
「なっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
絶え間なく撃ちだされるそれをまともに喰らってしまい、俺は大きく
吹っ飛ばされた。
視界がぐるぐると回り続けるが、その中で俺は犯してしまった凡ミスに
気付き、大きく舌打ちしていた。
くっそ……!
いつもと全然違う山田さんの雰囲気にばかり気を取られていて、ISからの
情報に全く気を止めていなかった!
確か山田さんの持っている銃の名前は『レッド・パレット』。
……アサルトライフルだ!
アサルトライフルの特徴なんて初歩中の初歩だってのに、くそっ!
アサルトライフルはセミオートとフルオートに切り替え可能な銃器だ。
つまり「単射」と「連射」の両方を行えるということを、すっかり
失念してしまっていた!
そして、山田さんだ。
彼女は一直線に向かってくる俺を見て、アサルトライフルの特徴について
何も知らない、もしくは気付いていないと判断した。
だからワザとその場から動かずに俺を誘い出し、直前に連射に切り替えた。
山田さんの射撃をかわして勢いづく俺の出鼻を挫いたってわけだ。
やってくれる………!!
そこからようやく山田さんも動き出した。
高速で移動しながら、アサルトライフルを連射し続ける。
俺はアリーナを旋回しながら、それをかわし続ける。
くそ……踊らされているな……。
さっきから山田さんのアサルトライフルに追い回され続けて、反撃の
糸口が掴めない。
と思ったら瞬時に単射に切り替えて俺の移動先に一発撃ち込んで、動きを
止めてくる。
そしてまた連射、そして時々単射。
そうやって徐々に俺を狙った位置に誘導してるんだ。
一体何故?
俺を追い込んで、何を狙ってる?
と、またしても俺の動きを先読みし、単射で動きを止めてくる。
鼻の頭を弾が掠めていき、一瞬動きを止める。
そして俺が動きを止めた場所は……アリーナの壁際だった。
間髪入れずに山田さんがアサルトライフルの代わりに
銃のようなものを呼び出し、何かを撃ちだしてくる。
あれは………グレネードォ!!?
まっず……!
あれを喰らったら流石に不味い!!
しかしこれだけ間を置かずに投擲されると逃げる時間が……!
右や左や上や下に逃げるにも、スラスターを噴かせないと加速
できないし。
スラスターを前に逆噴射して僅かに後方に下がってダメージを軽減
させるくらいはできるだろうが、あいにく後ろは壁だ!
くそっ、だからこの位置まで俺を誘導したわけか!
どうする、どうすればいい………!
と、打鉄のスラスターが、こつんと後ろの壁に当たった。
ああ、これがあったか!!
俺は壁を脚で思いっきり蹴って下方に飛びのく。
と、同時にすぐ後ろで大爆発が起こる。
その爆風に背中を押されながら、スラスターを全開にして加速。
地面を滑るように移動しながら山田さんの真下までいき、そこから
一気に強襲する。
が、それも読まれていたようで、近づく前にサッと飛び去ってしまった。
くそっ!やっぱり俺の接近を易々と許してはくれないか……。
と、俺を見つめていた山田さんが話しかけてきた。
戦闘中なのに余裕だなと思ったら、山田さんの額に一筋の冷や汗が伝うのを
見てしまった。
……少しは肝を冷やしてくれたみたいだな。
「あのグレネードをかわして、なおかつ私に襲い掛かってきた時は
驚きましたが………。私の傍まで接近できないと、私を倒すことは
できませんよ?」
たぶん揺さぶりのつもりで言ったんだろうけど、生憎そんなことは
分かっている。
しかし、どうしたものか……?
さっきみたいに弾を避けながら接近してもすぐに距離を開けられるだろうし、
山田さんの実力を考えれば生半可な奇襲も通用しないだろう。
だったら被弾覚悟で突っ込むか?
……いや、無理だ。
さっき『レッド・パレット』をまともに喰らって、シールドエネルギーが
約五分の一ほど削られた。
ビームほどダメージはないけど、あんなの何回も喰らってられない。
というかそうやって接近しても、山田さんはすぐに距離を開けてしまうだろう。
それじゃあ意味がない。
だったらどうするか………。
よほど山田さんの意表をついた作戦でないと………。
何か、何かなかったか?
今までの戦いの中で、何かが…………………………………。
あ、あった。
現状打てる手は、もうこれしかない!
俺は山田さんに向き合ってニッと笑ってみせる。
ここは少しでも余裕をかましておく場面と見た!
気持ちで負けてしまっては、どんな勝負も勝てないからな。
「分かってますよ。見ててください、山田さん。
今に、驚かしてあげますから」
俺はそう言うと、何故か顔を赤くして動かない山田さんに突撃する。
おいおい何を呆けてるんだ山田さん?
勝負はこれからなんだから、ボ〜ッとしてたんじゃ困るぞ!
ハッと我に返った山田さんは慌ててレッド・パレットで弾をばら撒き、
近づく俺を牽制する。
そしてその後はさっきの繰り返し。
単射と連射の絶妙な切り替えで、俺を確実に追い込んでくる。
だけど、これは予想の範囲内だ。
山田さんだってアサルトライフルの攻撃力じゃ決着はつけられないことは
分かっているはず。
だとしたら山田さんの狙いはただ一つ。
グレネードの直撃だ。
だけど、俺の狙いはまさにそこにあるんだよな!
さっきと同じように壁際に追い込まれ、間髪入れずにグレネードを
撃ちだそうとしてくる。
どうせ今回は撃ちだした直後にアサルトライフルの単射で俺の動きを止めて
くるつもりだろうけど。
実際右手でグレネードランチャーを持って、左手には『レッド・パレット』を
呼び出しているけど、それは叶わないさ!
俺はスラスターを噴かせながら、山田さんの右手を注視する。
山田さんの右手の人差し指がゆっくりと引き金を引いていき……、
引ききったところで、スラスターを全開にして山田さんに突撃する。
放たれたグレネードを手で掴み取り、山田さんに向かって放り投げた。
「えっ!!!?」
山田さんは驚愕に目を見開いたまま、一瞬硬直した。
そして、そのままグレネードとぶつかって、大爆発。
凄まじい勢いで落下していき、地面に不時着した。
だが、その隙を見逃す俺じゃないさ!
「うぅ……、まさか撃ちだされたグレネードを手で掴み取るなんて、
予想外にもほどが…………………………」
地面にISを横たえたままの山田さんは、ゆっくりと起き上がった
ところで、またしても驚愕に目を見開き一瞬硬直した。
まあ当然だろうな。
砂煙が晴れたら、目の前にブレードを振りかぶった俺がいるんだから。
「ぜぇい!!!!!」
斬る。斬る。斬る。そして斬る。
俺は山田さんと一瞬すれ違う間に、計四つの斬撃を浴びせた。
一撃目は右手にグリップしていたグレネードランチャーを切り裂き。
二撃目は左手にグリップしていた、俺の動きを止めるために用意して
いた『レッド・パレット』を引き裂き。
残りの二撃は山田さん本体に浴びせた。
後ろでランチャーと『レッド・パレット』が爆発し、遅れて二つの
斬撃が山田さんを襲う。
山田さんの悲鳴が、聞こえてくる。
うっ………。
その悲鳴を聞いて、俺は一瞬動きを止めてしまう。
追撃のチャンスだったのに、体が硬直して動かない。
と、俺の持っていたブレードを、何かが射抜く。
ブレードはその光に半ばから断ち切られ、その先端が地面にグサリと
突き刺さった。
な、何が起こった………!?
慌てて振り返ると、新たなビームライフルを呼び出した山田さんが、
その銃口を俺に向けていた。
く、不味い!
すぐさま二射目をかわし、空中に飛びのく。
続けて山田さんもスラスターを全開にして、俺と対峙する形で
静止する。
ちくしょう、あんな所で動きを止めるなんて………!
何たる不覚だ!!
「……今のは凄かったです、アスカ君。飛来するグレネードを掴み取る
なんて、聞いたことありません。
そして一瞬であれだけの斬撃を浴びせてくるなんて………。
だけど、何故そのあと追撃してこなかったんですか?
そのまま押し切れば、それでアスカ君は勝っていたのに………」
痛いところを突いてくる。
だけど、当然の疑問ではある。
でも、答えられるわけないだろう。
山田さんの悲鳴を聞いて、体が硬直しちまったなんて……!
くそ、今まで散々モビルスーツで戦ってきた俺が、何で今更こんな……!
偽善も甚だしいじゃないか、俺………!!
山田さんは苦悶の表情を浮かべる俺を見つめていたが、すぐにまた
真剣な光をその目に宿して、銃口を向けてくる。
「……続きです、アスカ君。今織斑先生から連絡がありましたが、
今のでは首脳陣の方々は納得しないと言っているらしいです。
私はもう今のアスカ君と戦いたくありませんけど、アスカ君の
IS学園入学のためには続けなくてはいけません。
何でそんな辛そうな顔をしてるのかは分かりませんけど………。
今はこっちに集中してください」
ハッとして山田さんを見る。
そうだ、そうだよな……。
この世界で生きていくためには、元の世界に戻るためには、
偽善だなんだのと悩んでいるわけにはいかないんだ。
そんなことは、後でウジウジ考えればいい。
俺は折れて価値が半減したブレードを構える。
今は、こっちに集中しろ!
とりあえず、この戦いに勝つんだ!
そのための布石は………ついさっき、山田さん自身が残してくれた!
俺はアリーナの地面に突き刺さったままのブレードの先端に
ほんの少しだけ視線を向けた。
そしてもう一つの布石……。
山田さんの、さっきの攻撃のせいで装甲を失った、左足。
そこは今むき出しの状態だ。
つまり……………。
と、山田さんがビームを撃ちだしてくる。
それをかわしながら、俺はアリーナの空を飛び回る。
山田さんは相変わらず正確無比な射撃をしてきて、一瞬も気を抜くことは
できない。
だがその中でも、俺は一瞬の隙を探し続ける。
山田さんは、さっきの攻撃でまだ少なからず動揺しているはずだ。
今ならば……………!
俺は攻撃を避け続けるふりをして、アリーナの地面を滑るように飛行する。
その際、地面に突き刺さったブレードの先端を、ごく自然に抜き取って、
左手に忍ばせる。
……よし、山田さんは気付いていない!
いけるっ!!!
俺はスラスターを全開にして山田さんに急迫する。
山田さんは俺の接近を許さず、ライフルを撃ちかける。
それを、俺は加速しながらかわしていく。
右腕を少しずらし、体を少しずらし。
ほんの少しの動きで確実にビームをかわしていく。
「なっ、加速しながらビームをかわすなんて!!?」
俺のビームのかわし方がよほど意外だったのか、山田さんはまたしても
一瞬動きを止めてしまう。
今だ!ここが勝機!!
俺は隠し持っていたブレードの先端を山田さんに投げつける。
すぐに我に返った山田さんは、反射的に迫りくるそのブレードの先端を
近づけまいと、ビームを撃ち込んでしまった。
ブレードの先端にビームが当たり、大爆発。
山田さんはそのせいで、一瞬俺の動きを見失う。
その隙に俺は最大加速で突撃し、山田さんに体当たりを喰らわせた。
体勢を崩し、驚愕に硬直する山田さん。
そして、それが最大の敗因だ!
俺は折れたブレードを目一杯振り上げ、山田さんのむき出しになった
左足を狙う。
織斑さんの話では、操縦者を死に至らしめるような攻撃には『絶対防御』
なる能力が発動するらしい。
そしてそれはシールドエネルギーを大幅に喰うらしいから、今その
『絶対防御』とやらが発動したら、ほぼ間違いなく山田さんの
シールドエネルギーは0になる。
それで、俺の勝ちだ!
だけれども、そこでまたしても、俺は攻撃を躊躇ってしまう。
確かに、ここで攻撃すれば、俺の勝ちは決定する。
でも、それはあくまで、織斑さんの言う『絶対防御』なる能力が
発動したらの話だ。
もし、『絶対防御』が発動しなかったら………?
そもそも操縦者の死亡を100%防ぐ夢の能力なんて、本当にあるのか?
それに織斑さんの話だと、それは「その攻撃でIS操縦者が死亡する場合」
のみ発動するという話だったじゃないか。
四肢のどれかを失うような攻撃でも『絶対防御』は発動するっていう
のは、俺の単なる憶測に過ぎないんだ。
もし、発動しなかったら………?
山田さんの左足が、普通に切り飛ばされるだけだったら……?
俺は、取り返しのつかないことをしてしまうんじゃないか……?
俺自身の手で、俺の大切な人を傷つけてしまうんじゃないか……?
そう思うと、体が小刻みに震えてくる。
喉が、カラカラに乾いてくる。
いいのか、この刃を振り下ろしても……?
これで、俺は勝つ。
この世界で生きるために、元の世界に帰るためにどうしても必要な
この戦いで、勝利できる。
でも、山田さんを傷つけてるんだぞ?
さっきの山田さんの悲鳴が、忘れられない。
俺のために色々力を尽くしてくれていた彼女と戦って、あんな
悲鳴を上げさせてまで、俺は………!
いや、何を考えている!!
今までだってモビルスーツで立ちはだかる敵を倒してきたじゃないか!!
たくさんの人を、殺してきたじゃないか!!
確かに元の世界ではそうしなければこちらが死んでいた。
倒さないと、よりたくさんの人が死んでいた。
だから、戦っていた。
だから、倒していたんだ、『敵』を。
だけど、今は模擬戦だ。
しかも俺とは全く関係ないはずの世界で、ISなんて兵器を使って戦ってるんだ。
しかも、その相手は大恩人の山田さんだぞ。
容赦なくこの刃を振り下ろしてしまって、本当にいいのか?
……いいに決まっているじゃないか!
だって『絶対防御』なんて夢の能力があるんだろう!?
左足へのこの攻撃だって、その『絶対防御』が守ってくれるさ!
そうだろう!?
でも、万が一、それが発動しなかったら……。
左足を失った山田さんが、苦悶の表情でうずくまる光景が目に浮かんでくる。
俺の目的を達成するために、他の誰かを傷つける。
そうしなければ、俺は託された願いを、想いを、叶えることはできない。
俺は………………俺はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
覚悟を決めて、そのブレードを振り下ろす!
振り下ろしたところで、山田さんと目が合った。
彼女の目を見て俺は、振り下ろしたブレードを……………………。
止めてしまった。
あ、あれ……?
俺、何で…………??
何で俺の体、動かないんだ………???
呆然としていた山田さんが、ハッとして飛び去っていく。
あ………!!!
く、くそ………!
今一歩だったのに…………!!
俺は奥歯をこれでもかというほどに噛み締めて、自分の甘さに
舌打ちをする。
これで、俺の勝ちはなくなった。
あんな奇襲、二度も山田さんには通じない。
それに俺のブレードはもう役立たずだ。
もう俺に、勝ちの手は残されていなかった。
この戦いは、絶対に勝たなくちゃいけないのに……!!
なのに、最後の最後で躊躇してしまうなんて……!!
最悪だ、最悪の結末だ……!!!
俺は己で招いてしまった結末に、絶望しきっていた。
なのに、何でだろう。
山田さんは、チャンネルで誰かと話していたかと思うと、俺に向かって
柔らかく微笑んできたのだ。
まるで絶望に打ち震える俺を、優しく包み込むように。
その山田さんの笑顔に困惑していると、俺にもチャンネルが開いて、
織斑さんの顔が表示される。
その顔は、とても柔らかいものだった。
「試合は終了だ。アスカ、お前の勝ちだ。帰還しろ」
「……………………うぃ?」
俺の長い長い葛藤を置き去りにして。
その模擬戦は俺の勝ちという、何ともよく分からない結末で締めくくられたんだ。
◇
「四肢を飛ばされても『絶対防御』は発動する。ISは独自の意思を持っているからな。
四肢を失ったら搭乗者がどうなるか、分かるんだろうさ。
だからお前があそこでブレードを止める必要は、何一つなかったのだ。
あれを振り下ろしていれば、そこでお前の勝ちは決まっていた」
「…………………そうですか」
俺はピットに帰るなり、織斑さんと山田さんに詰め寄った。
曰く、二度に渡る俺の見事な戦略、その技量を見て、各国のお偉方は試合の途中
だってのに、何も言えなくなったらしい。
そこで織斑さんがお偉方に凄みを利かせて、早期に試合を決着させてくれたそうだ。
苦し紛れに言った物言いまで完全に打ち砕かれてしまっては、もう何も言うことが
できず、俺のIS学園入学は、確固たるものに。
模擬戦の方も、最後のブレードを振り下ろした時点で俺の勝ちは半ば決まっていたので、
俺の勝ちということになったらしい。
それは、良かった。
そもそもお偉方の悪あがきで始まったこの騒動。
その悪あがきも潰されてしまっては、もう各国は強いことは言えないだろう。
俺は何とか、二度目のISバトルも乗り切れたらしい。
しかし、俺の心は全く晴れなかった。
「山田さん、すいませんでした!!」
「うぇ!?な、何ですかアスカ君?何でいきなり謝ってるんですか?」
何でって……。
俺のくだらない茶番に付き合わせた挙句、俺にボコスカにやられてしまって。
山田さんにとっては、さぞ迷惑だっただろうに。
申し訳なさ過ぎて、心が痛い。
だけど、山田さんはハァ……、と溜息をつくと、俺の頭を優しくポコンと叩いた。
「そんなことで謝ったんですか?私はアスカ君のために何かしたくて、今回の
対戦相手役に自分から立候補したんです。アスカ君が後ろめたさを感じる必要なんて、
何もないんですよ。それに、アスカ君は私を攻撃することを、ずっと、躊躇って
くれていましたよね?」
当たり前だろ。
大切な山田さんを自分の手で傷つけるなんて、俺のちゃちい良心でさえ
キリキリ痛むってもんだ。
俺の表情からその思考が伝わったのだろうか。
山田さんは頬をピンク色に染めて、俺にはにかんだ。
「嬉しかったんですよ。アスカ君が私のことをそこまで考えてくれて。
最後だって私と目が合って、攻撃を止めましたよね。
絶対負けられない戦いだったっていうのに。
普通の人なら、あそこでブレードを振り下ろしていたんだと思います。
アスカ君は、本当に優しいんですね」
俺が?優しい?
違う。それは、絶対違う。
俺は、甘いだけだ。
今まで戦争のない世界を作るためにどんな敵とでも戦ってきた俺が。
この世界に来て、色んなことを考えて。
ただそれだけで、その意思を曲げてしまった。
力だけでも想いだけでも、その両方でも、今後俺が戦っていくのには
足りないかもしれない。
何かを破壊する今までのやり方では、何も変えられない。
ずっと、ベッドの上で考えていた。
そして、結論は出ていたはずなんだ。
だけど、そう頭では理解はしていても、やはり心のどこかにはあったんだ。
今、それに気付かされた。
それでも立ちはだかる敵は、どんな敵とでも戦わなくちゃならないって。
でも今回、俺はそれをしなかった。いや、できなかった。
山田さんを傷つけることを恐れて、託された願いがあるっていうのに、
必ず得なければならない勝ちを、みすみす逃してしまった。
今回は結果として勝ちを拾えたけど、そんな偶然はそうそう起きない。
今回のような結末は、二度とは起きないんだ。
「俺は、優しくなんてないです。ただ、甘いだけです。
優柔不断なだけなんです。何も、決意を固められてないだけなんですよ」
「アスカ君……………?」
「今回だって絶対勝たなくちゃいけなかったのに、俺の甘さのせいで、
全てを台無しにするところでした。織斑さんの機転のおかげで命拾い
しましたけど。今回、俺、つくづく自分のことが情けなくなりましたよ」
俺は顔を伏せて、呟くように言う。
本当に、情けない。
やっぱり俺は心のどこかで、敵を武力でのみ打ち倒すことを考えていたんだ。
そして、その決意すら、揺らいでいた。
全て、中途半端。
こんなことでは、託された願いを叶えるなんて、とても………。
そこで、織斑さんが口を挟んでくる。
その声は、今まで聞いたこともないくらいの、優しい声だった。
「自分で弱点が分かっているのなら、それでいいと思うぞ。
分かっているのなら、変えられる。変えていけるんだ。
そしてお前なら、それを克服し、お前のいう「決意」とやらを
固められるのではないか?立ち上がれるのではないか?
少なくとも私は、今のお前を見て、そう感じたぞ?」
………そうなんだろうか。
今は様々な思いがぐちゃぐちゃになっていて、何が本当か、どれが
本当の想いか、分からなくなってるけど。
それでも、変わらないことが一つだけある。
それは、俺は託された願いを背負って、生きていかなくてはならないということ。
それだけは、何があっても変わらない。
「お前の中には、やはり何か強い想いがあるみたいだな。
ならば、大丈夫だ。その想いさえあれば、お前はいくらでも
立ち上がれるだろうさ。立ち上がれない時は、私が何とかしてやる。
……心配するな」
いつか聞いたのと同じ言葉。
あの時と同じような優しくも力強い声に、俺は知らず、彼女らに向かって
笑いかけていた。
何故かは知らないが、山田さんは顔をトマトのように上気させ、
織斑さんは明後日の方にそっぽを向いたのだった。
回想はこれで終わりだけど。
今回はここで、切らせてもらう。
あの時の情けない俺を思い出して、疲れてしまった。
まだ俺は自分の道を完全に定めることはできてないけど。
その目的、託された想いだけが明白で、それ以外は全て中途半端だけど。
それでも、大丈夫、だと思う。
今回俺は、一夏から、そしてアスランからヒントを一つもらったんだ。
俺が今後手に入れるべき『力』。
その姿を、おぼろげに見ることができた。
今回は、それでいいさ。
一歩ずつ、整理していこう。
それが、一番の近道なのさ。
それに、俺には別の大問題が差し迫っていた。
次回、俺、シン・アスカと。
イギリス代表候補生セシリア・オルコットとの。
クラス代表決定戦が始まる………!
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