果てしない広大無辺の戦場。
悠々風に流される雲の隙間を縫うように、二つの閃光が目にも止まらぬ
スピードですり抜けていく。
その閃光は幾度となく交差し、ぶつかる。
その度に天空にはまるで花火の如き火花が散り、轟音が大気を震わす。
尚も加速を続ける二つの閃光……否、二機のIS。
その内の一機、織斑千冬は相対する敵ISの繰り出すブレードの斬撃を払いのけ、
突きこまれた切っ先を紙一重でかわし、刹那にその胴体部分に鋭い蹴りを浴びせる。
…が、それは分厚い腕部パーツで受け止められてしまう。
、敵ISを操る大男は歪んだ笑みを浮かべて力で千冬を弾き飛ばした。
千冬はその勢いのまま反転、追撃の一閃をかわし全速力で離脱を図る。
だがその行く手を遮るように何かが飛来するのを視界の端に捉える。
それはチャクラムを二回り以上巨大にしたような円形の投擲武器。
正確にこちらを捉えたまま飛翔するそれをブレードで打ち払う。
弾かれたそれを左手の人差し指で器用に捕らえた大男はそのまま千冬の
眼前へ回り込んだ。
二人の人外、二匹の鬼が再び闘志を滾らせにらみ合う。
「…ふん、やはり動きにキレがないな。
大方儂を振り切って福音を追おうなどと考えていたのだろうが、
今は他人の心配などしている場合ではないぞブリュンヒルデよ。
儂の目の黒い内はこの先へは断じて行かせはせん」
「他人、ではない。私の弟と教え子たちだ。
貴様如きにかかずらっている暇など、私にはないんだ!!」
瞬時に間合いを詰め、上段から強烈な打ち下ろしを繰り出すが大男の無骨な大剣は
それを苦もなく受け止める。
しかしそこから遠心力を活かし、二撃三撃と打ち込んでゆく。
二撃目が大男の体勢を崩し、三撃目がその大剣を弾き飛ばす。
流れるように守りの開いたそこに必殺の一撃を叩き込もうとするが、大男は体勢を
崩したまま機体ごと回転、強烈な回し蹴りを放ちこちらを牽制。
決め手を失い再び距離を開けるが、大男は退屈そうにあくびをかみ殺していた。
「退屈だ。今の貴様は焦りから動きが散漫になっておる。
わざわざ貴様の攻勢に身を任せてやったというのに一太刀も浴びせられなんだとは
何たる体たらくだ。
そんな事では何時間やり合おうが儂には勝てん。
世界一の名も泣くというものだ」
大剣を肩に置いたまま失望したように言い放つ大男に対し、唇を噛み締める千冬。
言われるまでもなく、戦闘のプロフェッショナルである千冬は理解している。
実力が拮抗している者同士の戦いにおいてほんの少しの雑念が命取りになるということを。
しかし頭では理解していても、やはり千冬は冷徹に徹しきれていなかった。
それは他ならぬたった一人の弟が危機に陥っていること。
敵である銀の福音の実力が自分以外には抗いがたいものであること。
もし仮に弟…一夏たちと衝突する敵が福音以外ならばここまで焦燥したりしないだろう。
だが今回は相手が悪すぎた。
自分でさえ持て余すだろうその敵を一夏たちだけで止められるはずがない。
正直時間稼ぎだって……。
すぐにでも助けに行きたいと切実に望むが、眼前に立ちはだかる大男がそれを許さない。
気ははやり、焦りが動きを単調にし、切っ先を鈍らせる。
「何故だ…何故貴様らはアスカを狙う……。
銀の福音の暴走も貴様らの引き起こした事……。
そうまでしてアスカを狙う理由はなんだ!!」
「ハッ! 敵である儂がそれに答えるとでも…と言いたいところだが、
少しくらいヒントがあったほうが、貴様もやる気が起きるだろう。
…一つは奴と戦うことで、より良い経験を積むため。
もう一つは……個人的な私怨だな」
「より良い……経験?
それに、私怨だと……?
貴様、アスカについて何か詳しい事を知っているのか!?」
「ヒントはここまでだ。これ以上教える義理は儂にはない。
だが…一つだけ言えることがあるとすれば…。
シン・アスカという小僧は儂らのような普通の人間とは違う『力』を持つこと。
そして、誰かから恨まれる程の何かを、小僧が犯しているということだな」
含みを持たせた大男の言に、千冬は目を見開く。
未だシン・アスカという少年には秘密が多い。
出自は一切不明、何故かIS開発者の篠ノ之束から正体不明のISを授けられ、
その特殊な経歴ゆえに身柄の安全、その後の対応が決まるまでIS学園にて保護されている。
それとなく千冬も独自にシン・アスカという人間について考察はしていた。
過去どこの軍にも、どこの民族紛争にも参加したという記録はなかったが…。
男の身でISに搭乗できるという特殊な身の上に加え、あの戦闘能力。
決して世界最強というわけではないが、謎のIS襲撃の際一度だけ見せた
あの驚異的な暴風のような力。
それの答え、あまつさえシン・アスカという人間について知っているような
口ぶりに千冬は動揺を隠せない。
だが、敵の目的が完全にシン・アスカ一人に向いているということが分かった今、
千冬はその動揺を隠し牽制の言葉を放つ。
「…貴様らが腹の内でどんな魂胆を持っていようが、この場にアスカが来ないのであれば
何の意味もないだろう。
アスカはここへは来ないぞ。ここへ自力で来ることなどないんだ。
どれだけ福音が私たちを蹂躙しようと、お前達の目論見は最初から成就することはないんだ」
「……それは奴が心身共に衰弱し切っているからか?
それとも、貴様が小僧のISを没収したからか?」
「なっ………!!??」
「貴様の言葉、そっくりそのままお返しさせてもらおうか。
残念だが、貴様らの目論見が成就することなどない。
もう、手遅れだからな」
驚愕に言葉を失う千冬に追い討ちをかけるかのようにオープンチャネルが開く。
そこに映し出された早乙女教員の顔は苦渋に歪んでいて、嫌な予感が全身を震わせる。
千冬は一拍置いて、目の前に敵がいることも忘れ、問いかける。
「早乙女先生……?」
『織斑、先生…。申し訳ありません……。
アスカ君が…アスカ君が…『傷痕』を駆って…。
一夏クンたちのいる空域へ向かいました……!』
「な……………ば、馬鹿なッ!?
アスカのISは没収して『風花の間』に置いていたはず!
なのに何故アスカの手にそれがある!!?」
『私たちにも分からないんです! 彼のISが勝手に起動して搭乗者不在のまま飛び去って!
それと時を同じくしてアスカ君も部屋からいなくなって……!
生徒たちを総動員して彼を探していたんですが、一足違いで既に飛び去った後で…!
私がいながらこんな事に……!!』
千冬も流石に動揺を隠す事はできなかった。
ISが勝手に起動したという事実について。
大男との問答の中で、それに連動するようにこの情報が伝えられた事について。
そんな旅館にいたごく一部の人間にしか分からない情報を、大男が知っていたことについて。
何よりあれだけ辛辣な言葉で突き放したシン・アスカがこちらへ向かっていることに対して。
自分のあの言葉のせいで彼を余計に追い込み、こちらに向かわせたのではないか?
そんな良心の呵責に苛まれる千冬。
「儂の言った通りであろうブリュンヒルデよ。…手遅れだとな」
「…貴様、何故アスカがこちらへ向かっていることを知っている! 答えろ!!」
「さてな…。もはやそんな事などどうでもよいのではないかブリュンヒルデよ。
もはや賽は投げられた。貴様は儂を倒さぬ限り小僧どもの元へは行けん。
儂も…ようやく本当の本気が出せる。
この状況はもう止められん。
『小僧をおびき出す』という目的が達成された今、貴様との勝負を妨げる
枷は何もなくなった……」
ブレードをつきつけ叫ぶ千冬に対し、顔を伏せ静かに呟く大男。
しかし次に顔を上げた時そこには身の毛がよだつほどの獰猛な笑みが湛えられ。
今まで腰に添えられていた左手に武装を展開、蒼白い光が収束、像を形成していく。
それに合わせて背筋が凍るような低音で唸りを上げる大男。
「ブリュンヒルデ……かつて貴様はそのブレード一本のみで世界最強の地位に
登り詰めたと聞き及んでおる…実に天晴れな偉業だ。
しかし儂はなにもブレードのみに固執するつもりはない。
勝つために、敵を撃滅するために、儂自身の強さを証明するためにあらゆる武力を用いる。
なればこそ儂のISは……」
そこまで言葉を紡いだところでそこに展開された武装は大型のガトリング砲。
取っ手部分はなく、左腕と一体化するように装着されている。
続けざまに両肩部に六連装ミサイルランチャー、背面から突き出るようにこちらへ向けられた
四門のビーム砲。
ビーム砲の発射口は360℃回転し、全方向に発射可能な造りだ。
それらが一斉に千冬にロックオンされる。
「軍事仕様だ」
そう静かに言い放ち冷徹に嗤い続ける大男は、最後に右手に持っていた大剣を収納する。
次に現れたのは先ほどの大剣にも遜色ない刃に外歯が取り付けられ、柄部分がさらに巨大化した
大型の切断武器。
大男がそれを一振りすると同時、血錆に塗れた外歯が凄まじい勢いで回転し、耳障りな
甲高い稼動音が咆哮する。
チェーンソー。B級のホラー映画でも大活躍する、最強の近接武器である。
「儂の持論はなブリュンヒルデ、『武器に国境なし』なのだよ。
強力な武器、兵器は国を問わず真の強者の手にあってこそその真価を発揮する…儂のようにな。
さあブリュンヒルデよ、もはや何の憂いもなくなったはずだ。
貴様が守るべきものの元へは行けん。なれば全てを忘れ、ただ儂と血沸き肉踊る戦いを
演じるためだけに集中せい。
貴様の中に流れる戦士としての血も滾っておるはずだ。
現に先ほどまで全く感じなかった燃えるような闘気を、肌で感じておるからのぅ」
もはや人間ではないほどに歯を剥き出し笑む様は、さながら悪魔。
暴力の化身と化した大男はドルンドルンとチェーンソーを鳴らし、むき出した目で
千冬を睨みつける。
しかし千冬は静かに目を閉じて、体から一旦力を抜き、その場に佇む。
先ほどまでの動揺は鳴りを潜め、脱力。どこまでも、脱力。
それは怒りと焦りで緊張し力んだ筋肉の柔軟性を取り戻すため。
もはや一刻の猶予もないと悟り、ガラにもなく冷静さを欠いていた自分を戒め、本来の
パフォーマンスに戻すため。
『ただ強い敵と戦いたい』それだけの欲求のために自分の大切な存在を踏みにじろうとする
敵を葬り去らんがため。
千冬はここにいたりリラックスする。
一夏、篠ノ之たち、そしてシン・アスカを護る為に。
「……私の持論も教えてやろうか。
『一度大切だと思い定めたものは、全てを使って護り抜く』。
貴様の酔狂な道楽に付き合うつもりは、私にはない。
私の求める『強さ』と貴様の求める『強さ』は全く異なるもの。
さあ、始めようか。先ほどまでの私と思うなよ大男。
貴様が強者相手にさらに強くなれるというのなら、私は護るべき確かな存在の為に強くなれる。
それのみで世界最強に登り詰めた私の太刀筋を、今から思う存分味わわせてやろう……」
「…ガハハ、ハァーーーーッハハハハ!!!!!
いいぞブリュンヒルデよ!! もとより儂は貴様の力の源泉になど興味はない!!
儂はただ強者との戦いの中で自身の強さを証明するのみ!!!
さあ来いブリュンヒルデ!! 護るべき存在とやらの為に儂を倒してみせぃ!!
宴はまだこれからだぁ!!!」
千冬は腰に携えたブレードを神速に乗せて打ち出す。
相対する大男はチェーンソーのギアを上げながら振り下ろした。
二匹の鬼はそれぞれの強さの証明のため、再び激突する。
全てを灰燼へと帰すその戦争は、まだまだ終わらない。
◇
「…はぁ、はぁ…。ほ、箒……あとどれくらい持つ?」
「……エネルギー残量101。まともにやり合えば一分と持たないだろうな……」
101か、結構残ってるじゃん。
俺なんか残量78だぜ? 情けなくて笑えてくるよ。
銀の福音が「ハイマットフルバースト」モードとやらに移行してから既に三分は経過しただろうか。
俺たちは奇跡的にその猛攻を凌ぎきることに成功した。
もちろん最初は福音を撃墜するつもりで突っ込んだんだけど、すぐにジリ貧に追い込まれてしまった。
その理由は「ハイマットフルバースト」に移行してあの黒い翼が現出してから、福音の機動力が
段違いに跳ね上がった事だ。
ただでさえ元々の機動力が俺たちのISよりも高かったのにそれがさらに強化され手が付けられなくなった。
そもそも追いつけないんだ。遠距離武器を持たない俺は役に立たないし、篠ノ之の攻撃は悉くかわされる。
だが福音は空中に散らばったビットをけしかけオールレンジ攻撃をしかけてくる。
それに対し俺達が取った策は互いに背中合わせに構え、迎撃すること。
いくらハイパーセンサーによって360℃あますことなく見渡せているとはいってもこの速度の中
全てを捌ききるなど一人ではできない。
でも一人では無理でも、二人ならば話は別だ。
俺は放たれるビームを雪片で打ち払い、箒は『剣心一如』で切り払いその驟雨を耐え忍ぶ。
もし福音のビットを一機でも破壊できればまた違ったのだろうが、箒の斬撃が一度だけ
ビットを掠めた事があった。
しかしそれは『目に見えない不可視のシールド』…つまりシールドバリアーに阻まれてしまったんだ。
流石に声も出なかった。
ただの一武装にシールドバリアーを発生させるなんて聞いた事もなかった。
いや、だからこそ福音にとってそれは特殊兵装足りえたんだろうけど…。
攻め手にあぐねた俺たちは防戦一方になってしまった。
圧倒的火力を誇る福音の攻撃を、本来なら俺達が防ぎきれるはずがない。
だがそれの絶望的戦力差を埋め三分とはいえその猛攻を凌ぎきれたのは、箒の展開した
『鴛鴦の契り』の力があったからだ。
ビットと同じ自立機動兵器であるそれは、箒の意思に従って三つのパターンを使い分ける。
一つ目は他のビット同様ビームを撃ち出すオールレンジ攻撃。
二つ目は撃ち出すはずのエネルギーを機体に纏わせ、回転しながら目標を貫通する『突撃砲』。
三つ目はエネルギーを広げ攻撃を防ぐ『盾』として。もちろん耐えうる熱量は『トゥルー・エンゲージ』より劣るが…。
攻撃する時も防御する時も互いに付かず離れず、一体となって大空を飛翔するその姿は
まさに『鴛鴦の契り』の名に相応しい。
「夫婦」をコンセプトとする良妻賢母に調和した武装と言えるだろう。
しかし『鴛鴦の契り』も既に二機とも福音に破壊され、それを失った俺たちに攻撃を防ぐ術はなかった。
あっという間にシールドエネルギーを削られ、もはや反撃の糸口さえ見つからない。
俺たち二人だけでは、もはや座してやられるのを待つばかりとなったのだ。
『敵機の損耗率推定70%。ファントムドラグーン一斉射撃、敵機を駆逐する』
もはや満身創痍の俺たちに投げかけられる無機質で残酷な言葉。
福音は辺りに散逸していたビットを呼び戻し、その全てが膨大な熱量を帯び始める。
逃げ道はどこにもない。たとえ全速力で離脱したとしても、すぐに追いつかれ潰される。
かといってここに動かずにいたら100%沈められる。
「ぐっ……一夏、私の後ろに。
残りのエネルギー全てを使って『トゥルー・エンゲージ』を広げる。
その隙にお前だけでも離脱を………!?」
そう囁いて前に出ようとする箒の手を掴んで止める。
箒は驚いて俺を見るが、それに首を横に振って答える。
男である俺が女の箒に守られるってのがどうしても我慢ならないってのもあるけど、
俺だけが逃げ出したら千冬姉やシンに顔向けできないじゃないか。
「一夏、どうして……!?」
「落ち着けよ箒、俺たちはできる限りやった。
これが俺たち二人にできる限界だ。
そして、後は俺達が稼いだ時間に希望を繋ぐだけさ」
「お、おい。一体どういう……」
そう、俺の信じる仲間たちなら、絶対に応えてくれる
福音と戦闘を開始してから約五分か……上出来じゃないか。
皆なら…あいつらなら、絶対に来てくれるさ。
まるで物語のヒーローみたいに、颯爽とこの状況を打開してくれる。
何の根拠もないけど、確信みたいなものがあった。
甘っちょろいんだろうけど、それが俺だからさ。
そして、繋がった。
まさに福音がそれを撃ち出そうとするその時、オープンチャネルが開いた。
箒の表情が花が咲き乱れるように緩む。
俺も口元が緩むのを抑えられず、チャネルの先にいる仲間に向かって、問いかけた。
「………狙いは」
『完っ壁、ですわっ!!!』
画面から聞こえてくる聞きなれた自信に満ち溢れた声が響くと同時、福音が一斉射撃を中断、
身を翻して飛来した蒼の閃光をかわす。
認識外からの狙撃、しかもハイパーセンサーが捉えられないほどの距離からこうも精密に
福音を射撃するなど、俺の仲間の中に一人しかいない。
それは見る見るうちにこっちへ近づいてきて、さらに数射福音に射掛け、その動きを牽制する。
強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備し、大型BTレーザーライフル『スターダスト・シューター』を
携えイギリスの海の如き蒼穹に身を包んだセシリアは、その超加速のまま俺たちの間をすり抜けていった。
「セシリアっ!!!」
「おーーーーほっほっほっほ!! セシリア・オルコット!!
友の危機に華麗に参上ですわ!!」
「何余裕ぶっこいてるのだセシリア! すぐに距離を開けろ!!
福音がロックオンしているぞ!!」
血相を変えて箒が叫ぶ。
その言葉通り福音は半数のビットをセシリアに向かわせ、尚も残りの砲門は俺たちから逸らさない。
変幻自在なビットの射撃がセシリアを追い回す。
しかしセシリアは微塵もその余裕を失わない。
それを怪訝に思っていると、背後の雲から飛び出した影が福音に迫る。
福音は一瞬そちらに視線を向けると、その場から勢いよく飛びのいた。
続けざまに聞こえてくる快活な叫び声。
「何よこいつ! こんだけ気を散らしたってのにかわすなんて!
でも……私の攻撃はこれで終わりじゃないのよねっ!!」
漂っていた雲の中から勢いよく飛び出してきたのはステルスモードで身を隠していた鈴。
セシリアの背に乗って、直前で飛び降り雲の中に潜んでいたらしい。
一瞬の隙を突いての双天牙月での攻撃は察知されかわされたが、鈴はその笑みを崩さない。
機能増幅パッケージ『崩山』を起動させ、二門増設され計四門となった龍砲を一斉に撃ち出す。
最初に映像で見た福音の武装翼にも劣らない連射で福音を狙う。
それを踊るようにかわしていた福音だが、セシリアの精密射撃が動きを止め、その隙に
数十発の弾雨がその身を蹂躙した。
「どんなもんよっ!! この攻撃は流石に効いたでしょっ!!!」
『シールドバリアーに被弾、損耗は軽微。敵増援を優先して撃滅する。
ラケルタビームサーベル展開』
黒煙から姿を現した福音は変わらない無機質な声を淡々と響かせる。
両手にあったビームライフルを収納し、再びビームサーベルを展開する。
未だにセシリアはビットに追い回され、鈴は福音と激しく打ち合う。
しかし俺の時と同じ、瞬く間に追い込まれていき鈴の表情にも焦りが見え始める。
俺も雪片で割って入ろうとスラスターを吹かせるが、直前で肩を掴まれ振り返った。
てっきり箒が俺を止めたのだと思ったんだけど、そこにいたのは柔らかな金髪を
なびかせた貴公子然とした女の子。
「駄目だよ一夏。一夏は今まで福音を食い止めてたせいで消耗してるんだから。
ここは僕らに任せてよ。一夏たちが作り出してくれた隙は、僕たちが繋いでみせるからさ」
「し、シャルロット!? いつの間に…しかしお前が来たということは……!」
「うん、箒。もちろん僕だけじゃないよ」
リヴァイヴ専用防御パッケージ『ガーデン・カーテン』を装備したシャルロットは
四枚の複合シールドで俺たちを射線から遮ってくれた。
それと同時にシャルロットもライフルを展開、辺りに漂うビットを狙い射撃する。
鈴と福音に視線を戻すとそこには全身黒一色、カスタマイズされた打鉄を纏ったラウラが
ブレードを振り回し、鈴と協力して福音を押し戻していた。
以前の専用機『黒い雨』よりその性能は劣るとはいえ、元々のラウラの技量が高いからか、
何ら変わらない…いや。それ以上の強さを見せている。
よく見るとラウラの左目の眼帯が外れている。話には聞いていた『越界の瞳』だ。
いつものラウラの動きが鈍っていたと思えるほどに今日のラウラの動きは凄まじかった。
「何よラウラ! アンタいつもの動きとはだんちじゃないのよ!!
今度その状態で私と勝負しなさいよねっ!!」
「鈴音こそ私の攻撃の隙間を埋めるように斬撃を放つなど大したものだ!!
ああ、この戦いが終わればいくらでも相手してやる!!
それよりまずは旦那様を狙うこの不届き者を沈めるぞ!!」
「賛成ね! 一夏と箒をあそこまでボロボロにしたこいつを…許すもんかっ!!!」
鈴とラウラの闘志が呼応し、怒涛の攻撃が福音を襲う。
しかし福音もさるもので、二人の攻撃に喰らいついてくるのだ。
優勢なのは鈴とラウラだ。しかし今いち決め手を欠いていた。
「くっ…あの二人が協力しても押し切れないなんて…!
ビットは僕とセシリアが押さえてるし、あと一つ決定打があれば致命傷を
与えられるのに…!!」
ビットの攻撃を防ぎながらシャルロットが唇を噛む。
その後ろで俺と箒は、互いに顔を見合わせ頷きあった。
俺たちは元々希望を繋いだ後隠居するつもりなんてなかった。
全員で、福音を倒す。俺たち全員で、シンを狙う敵を倒す。
それができなくて、何が仲間だ。何が希望を繋いだだ。
俺はプライベートチャネルを開き、皆に手短に語りかける。
「皆聞いてくれ。俺たちはただシャルロットに守られて終わるつもりはないよ。
俺たちもまだ戦う。戦えるんだ。
セシリアとシャルロットは引き続いてビットを引きつけてくれ。
ラウラと鈴は俺達が合図したら奴のサーベルを弾いてくれないか。
後は俺と箒が何とかする」
「ちょっ、何言ってるのさ一夏! 二人ともシールドエネルギーほとんど残って
ないんでしょ!? その状態で戦うなんて無茶もいいところだよ!
だいたい福音の防御を弾いたって、一撃で倒せないと……」
「っ! なるほどな……分かった織斑一夏。お前の作戦に従おう。
勝負は一瞬だ。必ずそれで決着をつけろ!」
「美味しいところは譲りますわ! 決めてしまってくださいな!」
「………絶対に、決めなさいよ。
アンタが危ない目に遭いそうになったら、私が体で止めるからね」
「絶対にそうはさせないよ。…サンキューな、鈴。
準備はいいな、箒?」
箒は何も言わず、ただ笑みを湛えたまま頷く。
俺は箒の背に乗り、鈴たちと打ち合う福音の動きを注視していた。
そしてほんの僅か、福音の動きが二人の攻撃で鈍った隙に叫んだ。
「今だっ!!!」
箒はその言葉と同時シャルロットの後ろから飛び出す。
しかもそれは通常とは比較にならない速度…瞬時加速だ。
目標は福音、一直線に突き進む。
それを察知した福音は俺たちに視線を向ける。
…一瞬とはいえ、目の前にいる二人から目線を逸らす。
それがどれほど危険なことか、福音には分からなかったんだろう。
「大した余裕ね、福音!!」
「教官仕込みの一閃、とくとその身で味わえ!!」
鈴の双天牙月とラウラのブレードが、それぞれ左右のビームサーベルを
弾き飛ばした。
一瞬福音の懐ががら空きになる。
チャンスは、ここしかない!!
「一夏、いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
箒が俺の腕を掴み加速が途切れる直前に勢いをつけて放り投げた。
俺はそのまま雪片に力を込める。
この作戦で最初に提案され、即座に否定された俺の力だけど…。
俺は思う、たとえ10%を下回っていたとしても可能性があるのなら、それに
賭けてみるのも悪くないんじゃないかって。
だって俺単独では10%を下回っていたとしても、皆の力があれば、それを
100%にすることだってできるんだから。
「お……おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
腹の底から叫ぶと同時、雪片に直視できないほどの白光が纏わりつく。
『零落白夜』、俺のIS白式最大の攻撃能力であり、銀の福音を唯一一撃で
落とす事が可能である力だ。
俺はためらいなく雪片の刃を福音目掛けて振り下ろす。
それがシールドバリアーを引き裂き、本体のアーマーを切り下げた。
『ガッ………………』
「逃がすかよっ!! これで止めだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
身をよじって後退する福音に追いすがり、再び雪片を打ち下ろした。
奴はサーベルを失っている。これを受け止める術などない。
渾身の力を込めて最後の一撃を見舞おうとした、まさにその時だった。
「なっ……………………………」
あと十数cmで福音に届こうとしていた雪片が、止まった。
いや、止められたのだ。福音の、両手によって。
真剣白刃取り、激しく体勢を崩していたはずなのに、福音は恐るべき技量で持って、
俺の一撃を止めてしまったのだ。
ほんの数瞬呆然としただけだったのだが、福音は俺から雪片をもぎ取り、黒い翼を
羽ばたかせながら遥か後方まで飛びのいた。
決め手を、最大のチャンスを失った。俺たちは絶望に言葉を失い、太陽を背に翼を
広げこちらに向き直る福音を見つめるしかできなかった。
『機体に被弾、損耗率40%。想定外の事態により最終戦闘形態に移行。
ファントムドラグーンを『スキュラ』モードへ。
特殊兵装『黒天の鎮魂歌』を展開』
福音にかしずくように待機していたビットの砲口部が、ガパッと大きく開かれる。
さらに機体の左右から新たに二つの射出口が腕のように生えてくる。
まるで醜悪な化け物の如き形に変形したビットは、福音を守護するようにくるくると
その周りを回遊する。
福音の背中から噴出していた黒い翼が次第にはっきりとした像を成してゆく。
その光が収束すると、そこには最初に見た福音とは程遠い、禍々しい漆黒の翼があった。
まるで本当の翼かと錯覚してしまうほどにリアルな機械仕掛けのフォルム。
それが大きく開くと隠れていた無数の砲口が顔を出す。
俺はさっき福音のことを『死の天使』と形容したが、それは撤回する。
あれは悪魔だ。…いや、死神だ。
福音は全ての砲門を開きビットを従えたまま、はるか天空へと昇っていく。
そしてその全てを『上空へ』向けて撃ちだした。
開かれていた砲門から無数のエネルギー弾、そしてビームが吐き出される。
普通なら明後日の方向へ撃ちだしたそれらが俺たちに向かうことはない。
でも、今回は違った。
それらはまるで意思を持っているかのように空中で曲線を描き、福音を包むように
その場を旋回する。
あまりの光景に思わず目を奪われる。しかし体は震え、冷汗が滴り落ちた。
「まさか……偏光制御射撃……!? あの兵装全てがBT兵器……!?
いえ、そもそもあれだけのビーム、エネルギー弾全てを精神感応制御していると
いうんですの……!? いくらなんでもデタラメすぎますわ!!?」
「も、もしあれが私たちに向けられたら……」
「っ!! 皆散れ! 来るぞ!!」
その神々しささえ感じる光景に圧倒され、反応が遅れた。
まるで生き物のように思う様大空を飛び回っていたそれは凄まじい熱量を伴って
俺たちに向かい飛来する。
すぐさまその場から離脱しようとするが、それを見計らったかのようにスコールの如き
膨大な熱の奔流が散らばり、全方位から俺たちを包み込む。
「あぁ……もう『トゥルー・エンゲージ』を張るエネルギーすら残ってない……!」
「皆、僕の後ろに!!! 『ガーデン・カーテン』最大稼動!!
僕のエネルギー全てを使ってガードする!!」
「無茶だシャルロット!! いくら防御パッケージを用いてもあの攻撃全てを
カバーできるわけじゃ……!!」
「だったら開いた穴は俺が埋める!!
皆衝撃に備えろ!!!」
「っ!!? 一夏!!??」
鈴の叫びを無視し、俺はシャルロットの展開したシールドの隙間に割って入る。
直後スコールのようなビームの弾雨が俺たちに突き刺さる。
凄まじい熱が皮膚を焼いていくが、何とか食いしばってその場に押し留まる。
まるで永遠とも呼べるほどに続く苦痛の中で、優しく微笑むシンの姿が見えた気がした。
◇
「…ああ……ああぁ……シャルロット……しっかりしてくれ…」
「嘘、でしょ。目を、覚ましなさいよ。覚まして、よ……一夏」
「一夏さん……シャルロットさん……私たちのせいで………」
「ぐ………く、そ……こん、な……………!」
どうして、こうなってしまうんだ?
一夏が、シャルロットが血を流して気を失っている。
私たちはそれぞれに肩を貸しながら必死に呼びかけている。
…あの猛烈な弾雨が止んだあと、シャルロットのISは強制的に解除された。
一夏もISの強制解除こそなかったもののその強烈な攻撃を受け止めたせいで気を失っていた。
二人ともISの絶対防御の機能により一命は取り留めていた。
しかしそれも絶対じゃない。防御機能で相殺できないほどのダメージを受けた二人は
ISの補助を深く受け、昏睡状態に陥った。
本当ならすぐにでも医療施設に担ぎ込まなければならない。
なのに、私たちの目の前に下りてきた福音は、今だその醜悪な翼を広げたまま、
銃口を逸らさないんだ。
もはや私たちが脅威でなくなったためか、ビットを解除したのが唯一の救いか。
ラウラは、シャルロットと一夏が防ぎきれなかった攻撃の盾として私とセシリアと凰に
覆いかぶさった結果、ISの強制解除には至らないものの深手を負っていた。
凰は気を失った一夏を支え、涙を流しながら茫然自失だ。
セシリアも震える凰の肩を支えるだけで精一杯のようだ。
私も、もはや全ての希望を失って剣を持つ手すら上がらなかった。
…『力』を手に入れて、我ながら舞い上がっていたのだろうか。
アスカを、そしてアスカが守ろうとした人たちを、私が守れたら。
少しはアスカが傷つく事がなくなるかもしれない。
アスカが戦わなければならないときに、私も傍でそれを手伝えるかもしれない。
その一心で私は姉さんに『力』を求めた。
…この良妻賢母は私の体にとても馴染んで、その力、武装の力に心躍って。
今回、アスカが傷つかなくても私が、私の仲間達とともに事態を鎮圧できるって。
そう、信じていたのに……。
結果は、これだ……。
私は何の役にも立たず、一夏が、セシリアが、シャルロットが、ラウラが、凰が、命の危機に晒されている。
もう、私にできることは……これしか、ない………。
私はラウラにそっとシャルロットの体を預ける。
きっと、こんな時あの人なら……アスカなら、こうするはずだから。
自分の全てを投げ出し、誰かを守るためなら自分がどれだけ傷つこうと厭わないアスカなら。
「ラウラ……シャルロットを、頼む。
セシリア……凰の傍についていてやってくれ。
凰…絶対に、一夏を守り通せ。
一夏は、私の大切なたった一人の幼馴染だ。
だから……一夏を、頼むぞ………」
「な、何を言っている……箒…………?」
「ほう、き………? アンタ、まさか………?」
「ば……馬鹿なことはやめなさい、篠ノ之さんっ!!!」
ああ……体に、力が戻る。
手に力が入る、『剣心一如』から力の律動が伝わってくる。
今まで死んだように動かなかった心が、力強く脈動を始める。
これが……だれかを守るために身を賭す、ということなのか。
自分でも気付かなかった力が湧き出してくる…。
「これ以上の暴虐は許さんぞ銀の福音っ!!!
私の大切な仲間を傷つけた落とし前、つけてもらうぞっ!!!!!」
二人にできるだけ心配をかけないよう微笑んでから、剣心一如を構え、福音に突撃する。
福音はそんな私を見ても微動だにせず、腕を組んだ状態から全く動かない。
だがその背面に禍々しい光が収束し、醜悪な尻尾が顔を出す。
その先は鋭利なエネルギーブレードになっていて、紫色に発光しながら黒い渦のようなもの
を伴いうねりを上げて私に向かってくる。
まるで粘り気を持っているようなその光には見覚えがあった。
かつて学園に乗り込んできた正体不明のIS。
それがアスカの腹に穴を開けたときのパイルバンカーと同じ色。
もはや私は回避行動を取らなかった。
それで私を串刺しにすればいい。その間にラウラたちがここから離脱してくれれば、
これほど嬉しい事はない。
これが……誰かを守る、ということなのか……。
この押さえきれない喜びこそが……お前の感じていた感情なのか……アスカ?
私は……ほんの少しでも………お前のことを知る事ができたのかな…………。
眼前に迫る紫光に目を細めながら、ここにはいないアスカに想いを馳せ、
そしてゆっくり、まぶたを閉じた。
…もう一度だけ……お前に………逢いたかった……アスカ………。
グシュッ
何かが肉を貫く音がした。
でも、何故だ。
私の体には痛みもない、何の異変もない。
だが、どうしてだか猛烈に嫌な予感がした。
傍から聞こえてくる息遣い、漏れ出す掠れた声。
どれもが今一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声。
「あ………あああ…………いや………いや、だ………旦那、様…………」
「…なん、でよ………一夏だけで、もう嫌なのに……。
何でアンタはまた、そうやって自分だけ………」
「こんな……こんなの……嫌、ですわ………。
もう、近しい人の死に目に会うのは嫌だと、言ったではありませんか……。
せっかく……心から貴方のことを好きになったのに……シン……さん………」
全身から冷汗が噴出する。
体が、心が震え、軋みだす。
ゆっくりと……ゆっくりと………まぶたを押し開けていく……。
そして、温かい紅色を湛えた瞳と、視線が交わった。
「うそ……嘘、だ………。
何で……私、守るって……誓ったのに……どうして、お前が……」
「ゴフッ!!! はぁ………はぁ…………。
何この世の終わりみたいな顔、してるんだよ篠ノ之……。
ありがとな、俺のために、こんなにボロボロになってくれて、さ…。
ガブォォ!!! ゲハッガハッ!!! ゴホッ……ゴポッ……!!
ふぅ……ふぅ……でも、大丈夫………。これで、戦いも終わりだ………。
手を、貸してくれるか? 篠ノ之………」
いや………嫌、嫌、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。
アスカ……どうして、アスカがここに………。
ISは没収されていたはずなのに……もう、動けるはずないのに……。
アスカの腹に、刃が……刃が………突き抜けて………。
「聞いてるか、篠ノ之?
……大丈夫、俺はこんなとこでは死なないよ。
篠ノ之が、一夏が、セシリアが、凰が、シャルが、ラウラが無事なら、俺は
それでいいんだけどさ。
『コイツ』がさ、体を寄越せって五月蝿いんだ。
だから、ちょっとの間だけ、痛みを感じないよう痛覚を遮断してもらったんだ」
「なんの…何のことを言ってるんだ……。
血が、あふれ出ているじゃないか……痛くないわけ、ないじゃないか……。
何でそんなに、穏やかでいられるんだアスカ………?」
「当たり前だろ、フリーダム相手に誰一人死んでなかったんだ。
一夏たちが怪我を負ったのは悔しいけど……でも、それでも、
不謹慎だけど…嬉しかった」
だったら何でそんなに涙を流している?
もう目から零れ出た血で顔がぐずぐずじゃないか……?
嬉しかったんだろ? 私にはお前が、悲鳴を上げているようにしか見えないよ、アスカ……?
「いいか、篠ノ之。
俺がフリーダムを押さえている間にお前が止めを刺すんだ。
一夏が刻んだあの傷口。
あそこにもう一発攻撃を叩き込めば、多分ISが強制解除されるはず。
俺なんかのために専用機を纏ってくれたお前との、初めての共同作業だ」
「そんな…福音を押さえるなんて、今のアスカにできるわけ……」
「いいからっ!!
…信じてるぞ、篠ノ之。
お前がこの戦いに、終止符を打ってくれ……」
そういうとゆっくりとスラスターを噴かせながら、串刺しのまま
銀の福音に向き直る。
その姿を見ただけであれだけ狼狽していた銀の福音と対峙しても、アスカの声色は
穏やかなままだった。
「よぉ……フリーダム………。いや、もしかしたら違うのかもしれない…。
俺の知っているキラ・ヤマトはここまで禍々しいプレッシャーなんて
放っていなかったから。
奴と幾度となく戦場で戦ってきた俺は一番良く理解してるんだ。
じゃあ……お前は何で俺を狙った?
いや、俺を狙ったのは構わない。何故、篠ノ之たちをこんな目に遭わせた?」
その口調が徐々に荒々しいものに変わっていき、言葉にも怒気が混じり始める。
今までアスカの憤りや怒りを噴出させた場面は見てきたけど、今回のはそれとは
比べ物にならないほどの感情が含まれているように感じる。
「しかも……よりにもよってフリーダムの真似をしてまで…。
それが俺にとってどれほど残酷なことか…お前に分かるか?
分からないだろうなぁ……そして、別に理解してほしいとは思わない。
理解することもできないしな。
だってお前は今ここで、死ぬんだから」
『ガッ……ギッ………!!?』
「とっととお前が寄生している搭乗者を解放しろ。そして死ね。
お前は俺の力を見たかったんだよな? だったら見せてやるよ。
そして墓の中まで持って行け。
さあ見てろ……これが俺の………。
『最後の力』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
見渡す限りの空を震わせるほどの爆音で叫びながら、アスカはその右手を
福音のシールドバリアーに押し当てる。
それは何もない空間を掴み取り、力任せにそこにある何かを引っぺがしていく。
以前アスカに聞いた、あらゆるエネルギーに直接干渉するその右手により
福音を包んでいた強力なシールドバリアーに機械的な光が走る。
そしてアスカが掴んでいたバリアーを引きちぎるように大きく腕を振り回すと、
肉眼でも分かるほどに歪んでいた周りの空間が正常に戻った。
「ひひひ………カハハハハハハハ………カハハハハハハハハハハ…………!」
『ッ!!!?? ッッッッ!!!!!!!!!??????』
搭乗者の意識がなく、今まで感情の揺らぎなど決して見せなかった福音が、
血まみれになりながらも引きつったように笑うアスカを見て初めて動揺に体を震わせる。
射抜くようなアスカの血走った視線を逃れるように身をよじらせるが、アスカが
腹に突き刺さった尻尾を掴んでいるため逃げられない。
そしてアスカは、血を撒き散らしながら、私を見て叫んだ。
「今だ、篠ノ之ぉーーーーーーーーーー!!!!!」
「…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私は精神を集中させ、一直線に福音へ突貫する。
もはや私に刀を振る以外の攻撃方法は残っていない。
良妻賢母も既に限界、いつ強制解除してもおかしくなかった。
でも私はためらわずに福音の傷口に『剣心一如』を突きたてた。
けたたましい機械音を叫びながら、ようやく銀の福音はその動きを停止した。
「や、やった………………?」
「ああ………っ!? チィィィィィ!!!!!」
突如アスカは血だらけの体を無理やり動かし、加速する。
福音のアーマーが強制解除され、搭乗者が海へと落ちていく。
アスカは先ほどまでとはうって変わった必死の形相でそれを追う。
「ここまでして、誰が死なすか!! 俺はもう、誰も……!
俺の手で……俺の手で!!!」
アスカは苦悶の表情で加速を続け、ついに搭乗者の女性の右手を掴む。
その時アスカはここに来て初めて心から安堵した表情を浮かべた。
だが………。
ぬるっ
「っ!!!」
女性の手を掴んでいたアスカの右手は血で塗れていて、それが潤滑油となり
滑ってアスカの手をすり抜けていった。
未だ意識を失ったままの女性はその豊かな金髪をなびかせながら、大海へと
ゆっくりと堕ちていく。
慌てて彼女を捕まえようと加速しようとした、その時だった。
ガシッと、力強い右手が彼女の手をしっかりと掴み取り、傍に抱き寄せた。
一夏だ。機体を操るのさえおぼつかなさそうな状態だったが、それでも
笑みを浮かべて、私たちに親指を立てて見せた。
ふと後ろを見ると、セシリアたちも柔らかな笑顔を浮かべて佇んでいる。
シャルもラウラにお姫様抱っこされながらこちらを見ていた。
良かった…気が付いたんだな。
私たちの間に、穏やかな風が吹く。
全てが終わったと、私たちは漠然と感じていた。
そこでアスカの傷のことを思い出し、血の気が失せるのを感じながら彼の方を向く。
でも、アスカは何故か今にも泣きそうな顔で、自分の右手を見ていた。
お腹に開いた傷なんて気にも留めていない様子で、ただただ右手だけを見つめて。
そして、ぽそりと呟いた。
「ちくしょう………また、かよ………かっは…………!」
アスカは目を剥いて血を吐き出し、その場に浮遊しながらだらんと体を弛緩させる。
私たちはすぐさまアスカの元へと向かう。
最後に見せた彼のあの表情。まるで自分自身に完全に絶望してしまったかのようなそれが、
私たちの焦燥を加速させた。
とにかく早くアスカを病院に連れて行かなければ、そう思って彼に寄り添おうとした、
その時だった。
『うっひゃ〜〜〜〜空気がうめぇ〜〜〜〜〜〜〜。
よ〜〜〜〜〜〜やっと、出てこれたぜぇ』
アスカの声なのだけどアスカの声じゃない。
まるでコールタールのような悪意がそのまま形を成したような不気味な悪寒。
その声と同時に粘ついた黒い炎がアスカの体に纏わりつく。
ゆったりとした動作で私たちに向き直ったアスカの瞳は、まるで沈んだように濁っていて。
そしてアスカはそのまま私たちの前まで来て、高らかに宣言した。
『はじめまして皆々様方。俺の名前は、『シン・アスカ』です。よろちくび〜★』
何故だろうか?
アスカのその言葉を聞いた瞬間、私の『良妻賢母』に不意にモニターが浮かび上がり、
見慣れない文字が目に飛び込んできた。
― 『唯一仕様の特殊能力:比翼連理の絆』 ―
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