番外編その7『IS Days 前編』


「君たちは現状に甘んじてはいないだろうか」


………………。
いきなり現れたと思ったら何を言い出すんだ…。
テーブルの対面に座る一夏と顔を見合わせて、瞬き数回。
いち早く立ち直った一夏が神妙な面持ちでこちらを見つめる
ロリうさぎへと問いかける。


「お久しぶりです束さん。色々聞きたいこともあるんですけど
 とりあえず一つだけ。 ……何でいるんですか?
 ここ、学園の家庭科室なんですけど……」

「やぁやぁいっくんこんにちはっ!
 私は別にお久しぶりぶりではないんだけどとりあえずお久しぶりっ!
 何故私がここにいるのかって?
 他ならぬいっくんの質問なら答えないわけにはいかないなぁ。
 では答えてしんぜよう! 
 私はこの世界唯一無二の天才束さんだから! 
 だから私はここにいる! いることができる! 以上!」


答えになってないし意味が分からない。
大体気配が全くしなかったぞ。どうやって入ってきた。
いや、むしろいつからここにいた。
…ま、気にする意味はないか。束はそういう人間だ。
今までも常人の理解できない事、言動を繰り返してきた。
まともに取り合っては駄目だ。それでどれだけ苦汁を飲まされたことか。


「うっふふふ、流石はあっくん理解が早いね!
 そう、この束さんを理解しようとしてはダメダメサダメだよ!
 私は「そういう」人間なんだから。
 ……じゃあ今度は私から二人に質問!
 君たちはこんなところで男二人、何やってるの?」


何って、一夏が織斑先生に食べさせる新作料理を作ったから、
その味見を兼ねてご相伴預かってるだけだ。
とても美味しいぞ、これ。セシリアのには負けるけど。


「千冬姉最近腹回りがふくよかになってる気がするから
 たくさん食べても低カロリーで栄養のあるものをと思って。
 こうして豆乳を使った料理を作ってみたんですよ」

「ふむふむ、パスタにシチューにグラタンに……たくさんあるねぇ。
 さすがいっくんは主夫の才能レベル3だね伝説級だね!
 …で? その味見をどうして仲の良い女の子でなくあっくんに
 してもらってるのかな?」

「え? そりゃこれだけの量だから女の子には多すぎますし。
 この学園で俺の他に男っていったらシンしかいませんでしたから」


そう言う一夏に対しじっとりとした目線を送る束。
その鬱陶しい目線を俺にも向けてくる。
何だろう…物凄く無礼千万な勘違いをされている気がする…。


「だったら何人か女の子に声かければいいじゃん。
 いっくんの頼みだったら皆快く受けてくれると思うけど?
 わざわざあっくんだけに頼むなんて」

「だってせっかくの休日だし皆に声かけるなんて悪いと思って…。
 シンはいつでも暇だって言ってたから……」

「あっくんを誘ったと。
 休日に、家庭科室で、二人きりで、手料理を振舞って」

「あ、ああ………」

「┌(┌^o^)┐ホモぉ…」

「「 違うっ!!!!! 」」


声がハモった。
ホモなんて言われた直後だから妙に気まずい。
心なしか今まで貪っていた飯さえも気持ち悪く感じる。
くそ……害獣め。その耳引っこ抜いてやろうか。
恨みがましい視線を送る俺に対し、しかしいつもの能天気な
態度は鳴りを潜め妙に落ち着き払っている束は動じない。
何だってんだ一体……。


「やはり、やはり束さんの予測は当たっていたようだね。
 …あっくんにいっくん。君たちは果たして気が付いているのかい?
 今そこにある危機に」


今、そこにある危機……?
何のことを言われているのか分からず首を傾げる俺たちを、
呆れた様子で見つめる束。
多分、いや確実に馬鹿にされているな、腹が立つ。


「ふぅーー。君たちの危機察知能力の無さには束さんも脱帽だよ。
 いいかい二人とも、落ち着いて聞いてね。
 ……今現在、君たち二人に命の危機が迫っている」


っ!!!!!
俺も一夏も息を呑む。
一気に場の空気が緊張し、肌がピリピリとしてくる。
俺たちの、命が危ないだと?
ただ漠然とそれを言われただけでは俺たちもここまで身構えはしなかったろう。
だがそれを宣告したのがあの篠ノ之束となれば話は別だ。
少なくともこのような大それたことを言うときは冗談ではなかったはず。
ごくりと生唾を飲み込み、慎重に問い質す。


「束……それってどういうことだよ?
 俺たちの命が危ないだと?
 アンタ、一体何を知っているんだ……?」

「……言葉で説明するのは簡単だけどね。
 もう一度だけ確認するよ。
 君たちは本当に、心当たりはないのかな?」

「……悪い、束さん。少なくとも俺は特には…。
 シンも……同じみたいだ」

「うぅん……、仕方がない、ね。
 それじゃ、言葉で説明するより実際に観てもらった方が
 実感を持てるかもしれないね。
 心当たりすらないんじゃ危機感を持てない可能性あるし…ポチっとな」


束は溜息一つ、どこからか取り出したスイッチを掲げてカチリと押し込む。
するとけたたましいアラームとともに家庭科室の入り口、壁、窓、
あらゆる場所が天井から降りてきたシャッターに阻まれる。
暗闇に包まれた家庭科室内、どこからかガーッという音が聞こえてくる。
よく見ると天井の一部分がパカッと開いてそこから大型のモニターが
ぬるぬると出てくる。
呆然としながら一夏が束に向き直る。


「いつ……改造したんですか?」

「この束さんに掛かれば一時間もあればちょちょいのちょいですわ!」

「後で織斑先生に報告するからな」

「あっくんそれは死刑宣告と同じだよ〜」


束は珍しく体を僅かに震わして顔を青くしている。
本当に怖いのだろうか。少しだけ清々した。
しかし、ここまで手の込んだ下準備をして何を見せるつもりなんだ…?
『実際に観て』、束はそう言ってたが…。


「今から二人に観てもらうのは束さんが一週間かけて制作した
 入魂の一作だよ。
 本当に大変だったんだよ? 機械を弄るのとは全然勝手が違うからさぁ」

「アンタの苦労話なんてどうでもいいよ。
 見せるものがあるなら早くしてくれ。
 俺たちだってこの後用事があるんだ」

「まあ、二人でブラブラ遊びに行くだけだけどな」


俺たちに冷ややかな視線を送りながらまた「ホ……」とか口走りかけた
束を目で威嚇して黙らせる。
肩を竦めて束はまたしてもどこからか取り出したリモコンのボタンを押し込む。
するとモニターに「チームIS」のロゴが表示されて、次に現れたのは
俺もよく知る人物の名前だった。


「これは……箒? セシリアに鈴にシャルロットにラウラの名前が…。
 それに…ナターシャまで?」


映し出されていたのは箒たちの名前、なのだが…。
箒、セシリア、凰、シャル、ラウラの名前の上には俺の名前、
「シン・アスカ」と表示されて、その下に皆の名前が箇条書きされている。
一方その数段下には「織斑一夏」と表示されナターシャ・ファイルスの名があった。


「さ、誰のから見る?」

「「 いや……何が? 」」


意図せずまたしてもハモる。
しかし今回ばかりは仕方がない。
俺たちは今からどんな映像を見せられるのかすら知らされてないのだから。


「察しが悪いねぇ。君たちの命の危機について、目で見せるって言ったじゃない。
 とりあえず誰か選びなよ。そしたら分かるはずさ。
 君たちに迫る危機、そして……『罪』がね」


つ………罪!?
予期せぬ物騒な単語に若干身構える。
俺の…罪。それは…もちろん数えきれないほどあるわけだけど…、
何故それを束が知っている!? いや、俺の考える内容かは定かじゃないが…。
それに俺はいいとして一夏の罪って一体……!?
横を窺うと心当たりがないのか疑問符ばかり浮かべる一夏が。


「ふむ…どうやらあっくんには多少なりとも心当たりはあるみたいだね。
 じゃあ未だ思いつかないらしいいっくんから見てみるか。
 え〜っとこの……ナターシャとかいうやつだっけか」

「……俺や千冬姉たち以外の名前以外も覚えられたんですね」

「余計な事気にしないの。そ〜れポチッとな」


ふいっとそっぽを向いて「ナターシャ・ファイルス」を選んで決定ボタンを押す。
一体、どんな映像だっていうんだろう……。
俺たちは食事の手を止め、画面をじっと見る。
映し出された映像……場所はIS学園のようだ。
後ろに校舎があって、皆が休み時間にくつろぐ広場があって。
そしてそれを背景に写っているのはスーツ姿のナターシャさんだった。

福音事件以降記憶を失い、一夏以外には例え友人でさえも警戒心を露わにする彼女は
療養と監視のためにIS学園で生活している。
一応教師寮で生活しているのだが、寝る時と風呂以外は一夏にべったりの彼女。
なので周りからは嫉妬の視線ばかり送られている。
俺はというと半径5メートル以内に近づこうものなら石を投げられる始末。
いや、冗談でなく本当に投げつけられた。


『イチカおはよう! ナターシャねぇ、昨日も騒がずにちゃんと寝れたよ、偉い?』


こちらに駆け寄ってまるで飼い猫のようにすり寄ってくるナターシャさん。
対する男の方……一夏の姿は見えない。
俺たちから見ると、ナターシャさんが画面に向かって話しかけて、画面に向かって
すり寄っている感じだ。
つまりこの映像は一夏から見たもの…一人称視点てやつなんだな。


『ね、ナターシャ職員室に行かないといけないから途中まで一緒に行こうよ!
 え? 腕にしがみつくなって? 何で? いつもお部屋じゃくっついてるじゃない。
 恥ずかしいって? あはっ、ナターシャは恥ずかしいより嬉しいんだよ?
 ねぇいいでしょ? 他に誰も見てないみたいだし。
 ほら、早く行こうよ!』


画面の中のナターシャさんは一夏のものと思しき腕に自分の腕を絡め、引っ張っていく。
端から見ていたら完全に恋人同士のそれで、見ていて恥ずかしくなってくる。
一夏を見る。うわっ…顔真っ赤じゃないか。
そりゃ束の作った映像とはいえ自分とナターシャさんがいちゃついてるのを見るのは、
まして他人に見られるのはキツいだろうけど……お?
映像が変わった。今度は学園内の廊下……一年の教室近くだな。
窓から見える空は淡い茜色だ。もう夕方らしい。
画面から見える廊下の先には、壁に背を預け手持無沙汰にしているナターシャさんがいた。


『あ……イチカお疲れ様。え? うぅん私もさっき来たばかりだから、そんなに待ってないよ。
 …嫌だよ、イチカと帰りたかったんだもん。授業中は一緒にいられないし。
 ほら、行こう? 夕ご飯まで時間あるし、またいっぱいお話しようよ』

『えいっ、ぎゅ〜! えへへ、やっぱりイチカはあったかいね。
 …いやっ! ず〜っと我慢してたんだから離れないっ!
 え? このままでいいの? …えへへ、やっぱりイチカ優しい。
 ふふ、ぎゅ〜……』

『……ねぇ。イチカ、聞いてもいい?
 今日も教室であの女の子たちと仲良く話してたよね?
 クラスメイトだから当然って、でもずっと楽しそうに話してたよ?
 ……たまたま見えただけ、ずっとじゃないよ。
 何にも、ないんだよね…? ……ふふ、ならいいや! 
 ほら、帰ろ? 楽しいお話、またいっぱい聞かせてよ!』


イラッ。
何だかこの映像を見ていると頭が熱くなって胸がムカムカしてくる。
無性に何かを殴りたい気持ちが沸いてくる。
チッ、壁でもあったら殴りつけてるのに、生憎ここは家庭科室の真ん中だ。
対して一夏はトマトみたいに顔を紅潮させて俯いている。
まあ、モデルになっている当人はこうなるんだろうな。
はっきり言ってこれを誰かに見られるとか公開処刑以外の何物でもない。


「なあ、束。この映像喋ってるのはナターシャさんだけで、一夏の声が入ってないけど」

「うん、いらないと思って。野郎の狼狽した声なんか聞きたくないでしょ?」


…ごもっともで。
しかし、ムカつく映像が続くだけで、他は特に変なところはない。
これのどこが、俺たちの『罪』なんだ?


『ねぇ、今日は寒いね。ほら、こんなに息が白いもん』

『こんな日は……えいっ、ぎゅ〜! えへへ、やっぱりイチカはあったかい!
 ナターシャからは逃げられないよ〜ほら、もっとぎゅ〜!』

『う〜、そんなにやめてほしいの? ナターシャにぎゅ〜ってされるの嫌い?
 …? こっちならいいって……わっ』

『……えへへ、こっちもあったかいね。手だけなのに、おかしいね』

『…またナターシャが知らないこと、教えてもらっちゃったね』


イライライライラ………。
チッ、さっきからベタベタしやがって、何か胸糞悪くなってきた。
もうテーブルでいいや、叩いちゃおう。


「お、おいシン。そんなに強く叩いたらテーブル壊れちまうぞ…」

「あ?」

「い、いや……何でもない」

「あっくん荒んでるな〜、ほらほら続き始まるから注目注目!」


ふん、どうせまたイチャイチャするだけだろ?
くらだない……くだらない……。


『えへへ〜……メリ〜クリ〜スマ〜ス!』

『どうかなぁ…千冬さんがこの部屋使っていいって言ってくれたから
 頑張って準備したんだよ!』

『うん…今日はイチカと二人で過ごしたかったんだ。二人だけで……』

『は、恥ずかしいよ……そ、そうだ! ナターシャねぇ、イチカの為に
 プレゼント用意したんだよ!』

『えぅ…? い、イチカも用意してくれてたの……?』

『う、うん……ナターシャも、イチカのこと、大好き……』

『ち、違うもんっ! ナターシャの方がイチカのことずっと好きだもん!』


ゴスッゴスッゴスッゴスッ。
くそが……普通あんな前振りしたら予想に反して喧嘩別れとか
するのがエンターテインメントってもんじゃないのか?
延々とイチャコラしやがって……鬱陶しいんだよ……。


「シン……い、いや何でもない。
 でも、束さん……この映像に一体どういった意味が?
 俺、確かにナターシャとは仲良いけど付き合っては……」

「うん、これはあくまで今のいっくんと記憶喪失女の関係から
 シミュレートした映像だからね。
 一応束さん謹製のスーパーコンピュータがはじき出した結果では
 君たちは将来こうなる可能性が一番高いらしいのさ」


つまり一夏はナターシャさんと付き合う可能性が高いと…。
まあいつもの一夏のモテ具合を見てれば誰でも付き合えるとは思うけど。
それだったら凰とかの方がお似合いだと思うけど、こればっかりは
口出しできるものでもないし……。
まあとにかく、今はただ腹立たしい、それだけだ。


『じゃじゃ〜ん。どうイチカ、スーツ、似合う?』

『千冬さんに用意してもらったの。
 今日から教職実習生ってことでイチカのクラスに居させてもらえるんだぁ』

『だって……大好きだから。ずっと一緒にいたかったから』

『えへへ……これでずっと一緒にいれるね?』

『朝ごはんの時も授業中も休み時間も放課後も、ずっとくっついていようね!』


恋人同士になった途端ベタベタし出した……って、今までとそう変わらないか?
というか、記憶喪失で教育実習生なんて務まるのか?
そりゃ記憶を失う前は国家代表だったわけだから実力は折り紙つきだろうけど。
場面は再び放課後に。場所はさっきと違って学園の広場だ。
二人はベンチに座ってホットコーヒーなど飲んでいる。


『今日もやっと終わったね! うぅ〜疲れたぁ!』

『そんな意地悪言わないでよぉ。確かに見てるだけだけどさぁ。
 やる事一杯あるんだよ?』

『ねぇねぇ』

『休み時間にイチカと話してた女の子たち、とっても仲良さそうだったね』

『もしかしてバレンタインに貰ってたチョコもあの子たちがくれたの?』

『ふ〜ん、そうなんだぁ』

『……イチカはナターシャのものなんだけどなぁ』


ナターシャさん、結構嫉妬深いんだな。
彼女は一夏に依存してると言っても過言じゃないから、別に違和感もないけど。
そういえばさっきから一夏が何も言わないな。
ん……何か眉を顰めて首を傾げている。気になる事でもあったのか?


『イチカ、帰ろっ! ……え? 用事がある?』

『どうして? 今日も一緒にいるって約束してたのに……?』

『あの……女の子?』

『今日お昼休みに何かお話してたもんね、知ってるよ』

『ううん、たまたま見えただけ。でも、その子も酷いよね。
 イチカはナターシャと用事があるのに無理やりイチカを呼び出すなんて』

『イチカだって迷惑してるでしょ? 分かるよ、ナターシャ彼女だもん』

『待っててね、何とかしてあげるから……』


…………?
何だ、ナターシャさんの様子が……何というか、おかしいというか……。
猛烈な違和感があるというか……。
隣からゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。
一夏……物凄い冷や汗だ。あいつも俺と同じ違和感を感じているのだろうか…?
場面が移り変わる。
食堂で朝食を食べている。これといって何も言うことはない場面だ。


『イチカ、どうしたの? 浮かない顔、してるよ?』

『昨日待ち合わせした女の子が来なかった? …ふ〜ん、そうなんだ』

『酷い子だね、イチカを待ちぼうけにするなんて。
 でも別に気にすることないよね! イチカにはナターシャがいるもん』

『え? やっぱり気になる? あ、ちょっと待ってよイチカ……!』

『あ……あの女の子、昨日の子のルームメイトさん。
 あの子とも仲良かったんだ……』

『皆酷いなぁ、イチカの彼女はナターシャなのに……』

『ナターシャ分かるよ、イチカ嫌々あの女の子とお話してる。
 イチカ責任感強いから。きっと嫌いな子とも仲良くしなくちゃいけないんだね…』

『じゃあ……何とかしてあげなくちゃね』

『彼女だもんね』


な、何だろう………急に背筋に悪寒がしてきたんだけど…。
周りの空気が一気に氷点下まで下がったように、体が震えだす。
今までモビルスーツに乗って何度死線を潜り抜けたか分からない。
その度に体はいつ止まるか分からない震えに襲われた。
何度体験しても慣れない、死の恐怖。
しかし今味わっているそれは、全くその恐怖とは異質なもので。

一夏……おおぅ。俺以上に顔が青ざめている。
分かる気がする…もしかしてさっきから一夏が眉を顰めていたのは
この異質の恐怖が原因だったのか?
正直この先は見たくないというか……あぁ、続き始まっちまったよ。


『皆どうしたんだろう、何か朝から騒がしいね?』

『えっ…クラスの女の子数人が行方不明……?
 うん、知らなかったよ。だって昨日はいなかった子って一人だけだったよね?』

『何でそんなに落ち込んでるの? …いなくなった女の子は、昨日
 一夏とお話してた子たちばかり?』

『偶然だと思うよ、ナターシャ。イチカが思い悩むことなんて何一つないよ!』

『ナターシャ? ナターシャはずっと良い子にしてたよ?
 彼女さんだもん、イチカの為に頑張って働いてたんだよ?』

『だから…ねえ、もっと褒めて?』

『他の女の子なんか見ないで? ナターシャとだけお話して?』

『……そっか。きっとイチカの周りに、まだイチカを悩ませる子がいるんだね?
 きっとそうなんだね?』

『じゃあ、ナターシャが何とかしてあげる! 
 だから早く元気になって、またナターシャにぎゅ〜ってさせて?』

『だってナターシャ、イチカの彼女だもんねっ!』




               〜 BAD END 〜











「お、おぉぉ…………」

「こ、これは…………」


掠れた声でそれだけ呟くのが、今の俺たちには精一杯だった。
直接的な描写はない。でも、分かる。
BAD ENDの意味も分かる、分かってしまう。
それほどまでに猟奇的な、狂気渦巻く何かを感じ取ってしまった。
体を縮こませ震える俺たちを一瞥し、リモコンを操作して
映像をタイトル画面に戻す束。
俺たちを見据えるその目には、鋭利な光が宿っていた。


「ようやっと理解した? これがあっくんといっくんに迫る『危機』。
 君たちの優柔不断さが引き起こすであろう未来だよ」

「り、理解したかって……こんなこと、現実に起こるはずがないじゃないかよ……なあ?」

「あ、ああ……ナターシャはこんな事する人じゃない。
 それはこの学園で俺が一番分かってるつもりだ………そのはず、なんだ…」


一夏の言葉には力がない。
自分の言葉を信じたいけれど、心のどこかで信じ切れていない、
そんな弱弱しさを感じる。
そしてそんな脆弱な俺たちの心の揺れを、束はいとも容易く看破する。


「君たちこそ現実が全く見えていないねぇ。
 女の子がいかに自分の好きな男のために全てを捨てることができるか。
 どこまでも壊れることができるか見えていないようだ。
 ……ふむ、これは他の子も見てもらうしかないようだね。
 君たちに徹底的に現実というものを知ってもらうことが目的だからね」

「「 い、いや……俺たちはもう十分………… 」」

「黙れこのDT共っ!!! 次は箒ちゃんを見てもらうからな!!
 ほらポチッとな!! 見ろ! 見ろ!! 見て胃潰瘍になれぇ〜〜!!!」

「「 DTじゃねぇわ!!! 」」


若干にやけ顔を浮かべる束を制止することもできず、新たな映像がスタートした。
俺たちの地獄は、まだ終わらない。
 



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