火曜日の放課後。私とのどかは絡繰に連れられ、マクダウェルの家への道を歩いていた。
 今朝からマクダウェルが学校に復帰していたので、朝一番に話しかけて、放課後に家に訪れる許可をもらった。そして授業終了後、事情を聞きたげなのどかも連れて絡繰に案内してもらっている最中である。本人は先に自宅で待っているらしい。


「そういや、今日ネギ先生が探してたみたいだけど、何かあったのか?」


 絡繰に話しかける。確か今日の午前中、ネギ先生がマクダウェルを探していた。午後に鳴滝姉妹がそのことに突っ込んでいたけど、「もう会えたので大丈夫です」と言っていたので、何か話をしたんだろうと思う。関わり合いになりたくなかったので聞いてなかったが。


「ハイ、ネギ先生から果たし状をいただきました。」


「「果たし状?」」



 私とのどかの声が重なる。



「ハイ。決闘の申込です。勝った方の約束を何でも一つ聞く、という条件の下でです。マスターはそれを受理いたしました。おそらく、マスターの吸血行為を止めさせるためでしょう。」



 決闘ねぇ…。教師が不良生徒に取るべき行動でも無い気がするが、最早何も言うまい。私たちとは常識が違うのだ。その結果自分たち一般人に迷惑がかからないような形にまとめてほしいが、ネギ先生が出張るだけでは、3−Aというクラス内での問題という形で終わりそうな予感しかしない。本来なら事は警察が介入してきても何らおかしくないのだ。

 それにしてもマクダウェルが決闘を受けるとは。まぁ負ける要素が無いからな。しかし、ネギ先生が勝ってくれた方が、最終的には良い結果になると思われる。



「まぁ、期待薄だがネギ先生に頑張ってもらいたいな。のどか、お前はどう思う?」


「教師が生徒に瀕死の重傷を負わされたとなれば、マスコミが喰いつきますよね?」


「よし落ちつけ。ツッコミ所が多すぎて対処しきれない。」



 律儀に一つ一つ挙げていった方がいいのだろうか。とりあえず一番重要なことは、のどかがネギ先生が勝つとはこれっぽっちも思っていないところだろう。評価に容赦が無さ過ぎる。ていうかのどかよ。お前、ネギ先生のこと好きなんじゃなかったのか?



「着きました。」



 そのことをのどかに質そうとしたところ、先を歩いていた絡繰から声がかかった。目の前には小洒落たログハウスが一軒。表札に「Evangeline Athanasia Kitty McDowell」と書かれていた。



 絡繰がドアを開けようとノブを握ろうとするのを見ながら、私は―――――







 拾い上げた木の枝の先を、絡繰の喉笛に突き付けた。







「………絡繰。自分の主人の招待客を玄関口で殺そうとは、一体どういう了見だ?」


「………気付いていましたか。やはりこの程度では奇襲にすらなりませんか。」



 そう言いながら絡繰は、ノブを握ると見せかけて所持していたハンドガンを私の腹部に押しつけた。
 絡繰はドアを開けると見せかけて、私たちがドアを開けるのを待つ、その一瞬のすきをついて、懐に隠し持っていたハンドガンで撃とうとしたのだろう。舐められたものだ。私にそんなチャチな策が通じるとでも思っているのか。



「お前の独断か。何のつもりだ?」


「無論、長谷川さんを倒すためです。」



 その瞬間、無機質な表情に強い感情が現れたのが、私にも分かった。



「あの夜桜通りでこの身に受けた苦痛と屈辱―――――あなたをこの手で倒さない限り、晴れることはありません。必ずや、同じ屈辱を味合わせて見せます。覚悟しておいてください。」


「この程度の腕で私に張り合おうってか?百年早い。身の程を知れポンコツ。」



 しばらくそのままの体勢で対峙していたが、その均衡を破ったのはのどかだった。



「…こんなところで張り合ってても仕方ないでしょう。速く入りましょう?エヴァンジェリンさん待ってますよ?」


「「…同感だ(です)。」」



 そうして私は枝を絡繰の喉笛から離して放り捨て、絡繰はハンドガンを懐にしまった。そして絡繰がドアに向き直り、今度こそちゃんとドアを開けた。





#10 アンハッピーリフレイン





「よく来たな、長谷川千雨、宮崎のどか。歓迎するぞ…と言いたいところだが、まずはウチの従者の非礼を詫びておこう。すまなかった。」



 ソファから立ち上がって頭を下げるマクダウェル。会って早々従者の無作法を謝るってのは、ちょっと部下に対して威厳が足りないんじゃないか?



「ただ、悪くは思わないでやってくれ。あいつがこれほどまでに感情を剥き出しにしたのは初めてだ。その点では感謝もしている。私も、あいつを鍛えるという楽しみが出来たしな。しかしまぁ、つくづく周りにデカイ影響を与えるやつだ―――――宮崎のどかも含めて、な。」



 …かと思ったらすぐに尊大な態度に戻りやがった。まぁこっちの方がらしくていい。しっくり来る。
 しっくり来ないのはこの家だ。専門店もかくやというほどの沢山の人形。しかも一つ一つが非常に精巧な作りをしている。



「これ全部お前の趣味か、マクダウェル?」


「まあ、単なるコレクションというわけではないがな。中々の物だろう?」



 確かに、人形の配置から着ている服まで、非常にセンスがいい。こういうのに詳しくない私でも、かなり高度だと分かる。似合わない趣味だけどな。



「…さて、本題に入ろうか。長谷川、今日来た目的は何だ?」



 マクダウェルの言葉が真剣な物へと変わり、目に剣呑な光が宿った。それに呼応して場の空気も引き締まり、私ものどかも笑みを消してマクダウェルと向かい合った。





「…聞きたいことがいくつかあってな。特に今回の吸血鬼事件についてだ。嫌とは言わないだろうな?」


「ほう?この私に対して尋問か。それ相応の対価は用意しているんだろうな?」


「対価だぁ?今回こうなったのは全てお前が原因だろ?それなのに対価なんて要求するのか?盗人猛々しいとはこの事だな。いいから黙って私の質問に答えてりゃいいんだよ。つべこべ抜かすな。」


「…言うじゃないか糞餓鬼。多少腕に自信があるからといって自惚れるなよ?この家の中にいる以上、貴様ら二人の命は私が握っているも同然だ。一瞬で細切れにしてやろうか?」



 家内の空気が急速に冷えていく。私とマクダウェルは互いに殺気を漲らせながら睨みあっている。こういう時は目を逸らしたほうが負けだ。暴力を用いぬ戦い、それはお互いの意地を懸けた戦いであり、同時に、時として普通の戦闘より遥かに高度である。
 しかし、着地点が無いわけではない。意地は張り続けていてもしょうがないのだ。2分と経たないうちに、マクダウェルから殺気が霧散する。それを感じ取って、私もゆっくりと気を緩めた。もともと私たち二人とも、ここで暴力沙汰を始めようという気は無い。


「…ふぅ、まあこんなものか。久しぶりに味わう緊迫感だったな。存外楽しめた。さすがじゃないか、長谷川千雨。」


「別に、こっちはもとから楽しむ気は無いよ。下らないことに時間を費やさせるな。」



 心に余裕が無いな、という感じの嘲笑がマクダウェルからこぼれた。何とでも言うがいい。心の余裕なんて、油断と同じだ。
 隣と後ろでは、のどかがホッとしたように息をついていた。まぁこんな目に見える形での殺気のぶつけ合いなんて、心臓に悪いだけだろう。絡繰は無表情のままだ。



「さて、話を聞く前に、一つ問いたいことがあるのだが、いいか?」


「ん、別に構わないけど、私の正体とかじゃないよな?その件は聞かないって言ってたんだし。」


「ああ、それじゃない。もちろん私から聞く気は無い。お前が話したくなった時に話してくれれば良い。私が聞きたいのはだな――――――」






「―――――青い髪に、肩に拷問具を付けた男の事だ。」






 顔がしかめっ面になるのが抑えられなかった。そういやコイツは私の夢を覗いてたんだっけ。その件を追及して話を逸らしたいが、多分無理だろう。しかしどう説明したもんか。



「あー…何て言うか…、絶対に関わり合いになってはいけない、超弩級の厄ネタ…かな?あ、後私以上に殺人に躊躇いが無い。見かけたら…逃げれないから諦めろ。」


「…そんなヤバいやつなのか?お前がそこまで言うほどの?」



 私を何だと思っているんだ。



「私なんか比較にならない。具体的に事例を挙げると、武装した警官隊数十名を一瞬で操り人形にして、そいつらの意識を保たせたまま、全員1台の車に詰め込んでいた。」



 …あ、全員完全にドン引きしてる。まぁそうなるよなぁ。私も片棒担いでたとは言えないけど。


 …ん?ひょっとしてマクダウェルは、レガートが実在の人間だと考えて警戒してるのか!?まぁ、マクダウェルは私の夢を見てアイツの存在を知ったわけだか ら、実在する人物と考えるのも当然か…。イヤ、さすがにあいつは来てないんじゃないか!?あーでも私っていう実例が居るわけだし…。万が一本当にアイツも 転生してたら洒落になんねぇ!誰よりも早く私が逃げる!



「ま、まぁ多分アイツも私同様、こっちから手を出さない限りは何もしない、と思う…。とにかく、関わり合いにならない方が身のためだな、うん。」



 実際手を出さない限り大丈夫という保証はどこにもないが、そうでも言っておかないとこいつらは安心しないだろうし、私自身そうだと信じたいのだ。



「…そうだな。絶対に関わらないようにしよう。そのためにも、名前を教えてくれるか?」



 口に出すのも嫌なのだが、致し方ない。



「レガート・ブルーサマーズだ。もし見つかったら私にも教えてくれ。」


「了解した。さて、ではお前の話とやらを聞こうか。」



 私たちの番か。質問の内容はのどかと話し合って決めている。最初は学園側との関係を聞きたかったが、のどかの証言から背後での密約の可能性が高い以上、 下手なことは口に出せない。先ほどマクダウェルが言っていた通り、私たちは敵陣のど真ん中に居るも同然なのだ。藪をつついて蛇を出すような真似は避けたい。
 故に、この質問にすることにした。



「マクダウェル…お前、何で通り魔なんかやってるんだ?」



 動機自体にさほど興味は無い。そんなもん警察にでも調べさせりゃいいが、本人の口から動機を聞くことで、こっちが知り得ない情報をしゃべってくれる可能性が非常に高い。

 今は麻帆良の魔法関係の情報をたくさん手に入れておきたい。情報は宝だ。有ると無いとでは大違い。今後この麻帆良で暮らしていく上で知っておくべき知識が手に入るかもしれないのだ。それは平穏無事につながる大きな一歩だ。



「一言で言えば、自由になるためだ。私はこの麻帆良の地に封印されている。その封印を解いて、自由になりたいのだ。」


「…吸血はその手段なのか?」


「まぁ一応な。去年のことだが、封印のカラクリが解けたのでな。私には魔力封印の術式もかかっていて、それによって一般人と同程度まで力が落ち込んでいるのだ。しかし、私をこの地に封印する術式と魔力を封印する術式が別物だった。例え魔力を取り戻したとしてもこの地に封じられたままでは意味が無い。その逆も然りだ。ところが、これを同時に解く都合の良い方策が見つかった。もともと満月の前後では私はほんの少し魔力を取り戻せるのでな。なので、吸血によって魔力を少しずつ蓄え、計画に備えていたのだ。」



 マクダウェルは言葉を切り、机の上の紅茶を飲んだ。私もそれに合わせるように紅茶を飲むが、正直考えあぐねていた。今の話だと、学園側が得をする要素が全く見当たらない。学園がマクダウェルを放置している理由が分からなくなった。一体どこにメリットがあるっていうんだ?マクダウェルを学園から追い出したいなら、封印なんぞ解いてやればいいじゃないか。
 私が考え込んでいると、のどかから声が上がった。



「でもエヴァンジェリンさんは、何でこの麻帆良に封印されることになったんですか?」



 その言葉にマクダウェルは、少し長くなるぞ、と前置きし、話し始めた。



「宮崎のどか、お前に言った通り、私は魔法界で最強と謳われる悪の魔法使いだ。子供のしつけに使われるぐらいにな。」



 なまはげみたいなもんか。



「しかし15年前、とある魔法使いの男とこの麻帆良で対峙することになった。そいつは魔法世界では英雄と呼ばれて称えられていて、その名に恥じない圧倒的な強さと魔力を誇る男だった。で、そいつと戦うことになったのだが…。」



 そこでマクダウェルは怒りと悔しさに顔を歪ませ、拳を震わせ握りしめながら、言葉を続けた。



「あやつめ…落とし穴とニンニクで私を無効化させ、その後私にこの地に束縛する呪いをかけてきたんだ…。それがまたえげつない呪いでな…。『登校地獄』と 言って、対象を強制的に学校に通わせるというふざけた呪いだ。

 しかもあいつはそれを解除することなく旅に出た。…そして、それっきり戻ってこなかった。風の噂では死んだそうだ。馬鹿なやつだったよ、本当に。」



 最後の方の言葉は寂しさがこもっていた。その男とマクダウェルは案外良い関係だったのかもしれない。もう一度戦うことを楽しみにしていたのだろう。私は戦闘狂じゃないから、その気持ちは分からないけど。
 …しかし本当にふざけた呪いだな。しかも15年って。そりゃ解放されたくなるわ。マクダウェルの気持ちが凄く良く分かる。同情するよ、ホント。隣ののどかも笑っていいんだか同情した方がいいんだか分からないっていう表情を浮かべている。こっちにしてみれば笑い話だけど、本人にとっては笑えないよなぁ。




 だが、めぼしい情報はなかった。正直期待外れだ。もう少し聞きだしたいけど、何について聞こうか。あんまり根掘り葉掘り聞き出すと、確実に疑われる。すると、のどかから質問が飛び出した。



「でも、解く手段は見つかったんですよね?どういう手段なんですか?やっぱり一般人に迷惑をかける方法なんですか?」



 確かにそれは気になるな。



「ふむ、簡単に言えば、呪いをかけた張本人から血をいただくっていうのが手っ取り早いんだが、代わりに本人の血縁者から血をもらってもいけるのだ。その分摂取する血液量は多くなるが。」


「血縁者?」


「ネギ・スプリングフィールドだ。坊やは私に呪いをかけた男の息子なんだよ。」



 …こりゃまた、意外な名前が出てきたな。というか、敵の息子に勉強を教えられるって、結構屈辱的だよな。ますますマクダウェルに同情したくなってきた。マクダウェルのこのちょっとした運の悪さには、少なからずシンパシーを覚える。



「しかもこれまた都合の良いことに、今日そのボーヤから果たし状をもらった。負けた方は勝った方の言うことを一つ、何でも聞くという約束付きでな。ククク…。決闘の日が楽しみでしょうがない。」



 マクダウェルはまるで誕生日を待ち焦がれるかのような笑顔を浮かべていた。こりゃネギ先生に勝ち目は無いな。残念だけど。
 紅茶を飲もうとティーカップを口に運んだ時、のどかが口を挟んだ。



「へぇ…じゃあネギ先生って――――――」










「―――――英雄の息子、ってことになるんですね。スゴイ肩書きですけど、そんな人が何で先生やってるんですか?」















 ―――――瞬間、私は凍りついた。








「英雄の、息子……?」



「え、だってそうでしょう?マクダウェルさんを封印した男の人って、ネギ先生の父親なんですよね?それでその父親が魔法世界の英雄なら、ネギ先生は英雄の息子じゃないですか。…どうしたんですか千雨さん?」





 のどかが心配そうに聞いてくる。きっと私の顔は今、真っ青になっているに違いない。









 桜通りの吸血鬼








 麻帆良学園








 ネギ・スプリングフィールド








 正義の魔法使い








 仮契約








 英雄の息子








 そして―――――――








 全ての点が一本の線で繋がる。それは最悪の予想図。悪夢の具現。これは単なる憶測に過ぎない。だが。これならば全ての事象に説明がつく。しかし、それは、それだけはあってはならない。あってはならないのに。






「……………もう聞きたいことはねぇよ。邪魔したな、マクダウェル。」



「あ、ああ…。実は晩御飯も用意していたんだが…いらないか?」



「ああ、要らない。せっかく用意してくれてたのに、悪いな。帰るよ。」



「…………そうか。」



 その言葉を聞く前に背を向け、ドアを開けて出ていく。多分私の足取りは幽鬼さながらだ。その証拠に、さっきから歩いている感触が一切伝わってこない。今の私は一体どんな表情をしているんだろうな。



「あ、ち、千雨さん…!ちょっと待ってください!」



 のどかの声が不思議と遠くに聞こえる。のどかは慌てて追ってこようとするが、



「待て宮崎のどか!…少しここに残れ。時間は取らせない。」



 その言葉を最後に、私はドアを閉め、マクダウェル邸を後にした。のどかは追ってこなかった。











 外は薄暗く、一番星が輝き始めていた。街灯に照らされた道を、一人ふらふらと歩いていた。今、自分がちゃんと寮への帰り道を歩いているかどうかすら分からない。
 先ほど気付いてしまった「真相」、それが私を打ちのめしていた。



「―――――どうして………。」



 口からこぼれる言葉は要領を得ない。先週散々私を苦しめた幻視が、サックスを吹いてもいないのに蘇ってきた。厄介事なんてレベルじゃないその「真相」は、新たに幻視を呼び起こす鍵となって、私の心を深く抉った。
 まるで魂が抜け出たかのように、何も考えられなくなって―――――






 ふと、聞き覚えのある声が鼓膜を打った。






 距離にしておよそ百数十メートル先の木陰から聞こえる会話。桜咲と龍宮だ。会話内容は―――――「長谷川千雨を待ち伏せる」






 ――――――ああ、そうかい。






 胸の中の空白が、どす黒い感情で満たされていく。呆けていた心が冷静さを取り戻し、それとは裏腹に腸が煮えくりかえっていく。憎悪が全身を支配し、殺意に塗り変わっていく。やり場のない感情が矛先を見つける。






 忠告はした。なのに無視した。私の平穏を脅かし、踏みにじりにやってきた。






 桜咲刹那。龍宮真名。











 ああ―――――ちょうどよかった。物凄く、むしゃくしゃしてたところなんだ。





side out






 桜咲刹那と龍宮真名は、女子寮近くで待ち伏せしていた。
 無論狙いは長谷川千雨である。真名は刹那ほど乗り気ではなかったが、刹那の説得もあってこの場に居る。それに、茶々丸を大破させたという彼女の実力を測りたいと思ったのも事実だ。
 本来は放課後に呼び出すつもりだったが、当の本人がエヴァンジェリンの家に行ってしまったので、家の周りを式神に見張らせることにした。その式神から、 長谷川千雨が家を出たと連絡が入ったのが20分ほど前。もう帰ってきていてもおかしくない時間だが、一向に姿を見せない。



「もしや、長谷川に待ち伏せがバレたか?それで遠回りされているか?」



「…考えられなくはないな。刹那、まだ式は残っているか?あるなら一度、彼女の部屋の窓を覗かせてみよう。もう帰っているのかもしれん。」



 そして刹那が式を飛ばそうとした瞬間、足音が聞こえた。振り返ると、大きな黒いケースを背負ってこちらに歩いてくる姿が見えた。
 ようやくお出ましか、と刹那も真名も臨戦態勢を整える。千雨が十分に近づいてきたところで、結界を展開した。千雨は何事も無いかのように歩き続けている。その前に刹那が出た。
 しかし、千雨が歩みを止める気配は無い。



「長谷川、すまないがお前を―――――」








 瞬間、千雨は刹那の後頭部を掴み、






 彼女の鼻っ面に思いっきりひざ蹴りを喰らわせた。






「ガッ……――――――!!」


 刹那は溢れる鼻血を手で押さえつつ後退し、刀を抜こうとするが、頭がフラフラしてしっかり立てていない。千雨はその刹那に接近し、胸倉を掴み上げ―――――






 真名の銃撃の盾にした。










「ぐああっっ!!」


「何!!?」



 真名の放った5発の弾丸はことごとく刹那の背中を直撃した。ゴム弾が当たった箇所から、骨が軋むような音が響く。



「………チッ、やっぱり本物の銃弾じゃねぇか。期待外れだ。」



 千雨は真名が銃器を使うことを知っていた。故にひざ蹴りを喰らわせることで、刹那を倒れ込ませることなく、掴み上げやすいようにし、真名の銃弾から身を守る盾にできるようにした。ひざ蹴りによって刹那の脳を揺らし、足元をおぼつかなくさせることも狙ってである。普通の蹴りやパンチなどだ と、そのまま地面に倒れ込んで起き上がらせる手間がかかってしまう。
 まぁ銃弾程度避けるぐらいは造作もないが、一石二鳥になるこっちの方が効率が良い。本物の銃弾だったらもっとよかったのだが。あからさまな溜め息をつきながら、刹那の胸倉から手を放し、そのまま腹部を蹴り飛ばした。刹那は背中から地面に倒れ込む。



「おのれっ………!!」





「ま、待て刹那!!」


 それで完全に火がついたのだろう。真名の止める声も聞かず、刀を抜き、一気に接近してくる。そして十分な距離まで近づいたところで――――――――――






「―――――――いい加減にしておけよ。」






 千雨に正面から頭を掴まれた。






「てめえら魔法使い共のふざけた『計画』………。」








 刹那たちの不運は、何よりタイミングが悪すぎたことだろう。








「おまけに人の忠告無視して襲いかかってきやがって……………。」








 もし放課後すぐに声をかけていれば、もう少し温情があったかもしれない。







「この――――――――」









 しかし今や、完全に怒髪天を衝く状態にある彼女にとって、刹那たちは最早クラスメイトとして見られていない。否、敵としても見られていない。









「――――――――――クズ共が。」











 すなわち、単なる格好の八つ当たり対象である。














 そして、頭を掴まれたままの刹那に、例えようのないほどの怖気が襲った。






 死ぬ。私はここで死ぬ。間違いなく死ぬ。
 頭を握りつぶされて死ぬ。心臓を抉りだされて死ぬ。内臓を引きずり出されて死ぬ。苦しみのたうちまわり死ぬ。目を潰され、耳を切られ、鼻を削がれ、口を 裂かれ、頬を貫かれ、歯を砕かれ、舌を抜かれ、骨を削られ、喉を焼かれ、腕をもがれ、足を捩じられ、皮膚を刻まれ、神経を千切られ、脳髄を踏まれ。
 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死 ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死 ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死 ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死 ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
 ――――――――――ああ、違う。もう死んでるんだ。私。



 刹那は膝から崩れ落ちる。指一本動かせない。全身に力が入らない。当然だろう。自分は、死んだのだから。そのまま、呻くことすらなく、刹那は地面に倒れ込んだ。目はあらぬ方向を向いたまま見開かれ、スカートは何故か濡れていた。




 自分の足もとで、体液という体液を体中から垂れ流しながら倒れ込む刹那を、千雨は氷点下の眼で見下しながら、その頭に右足を乗せ、力を込めた。



 パン、と乾いた音がした。
 真名の銃撃音だ。しかし、全く見当違いの方向へ銃弾は飛んでいく。


 真名は体の震えを抑えることが出来なかった。

 何だ。何だ今のは。今のが殺気だとでも言うのか。自分に向けられたものではない、刹那に対して向けられた殺気であるのに、傍らにいた自分までもが、完全に死んだと思わされた。私でさえこの状態なのだから、刹那が心折られるのも当然だ。全身を寸刻みにされるようなあの恐怖。あの暴威。今銃の引き金を引くのでさえやっとだ。それでさえ、震えて狙いなど到底つけられない。そして、二発目以降も撃てそうにない。
 長瀬の言った通り、いや、それを遥かに超える。こいつは、長谷川千雨は―――――人間じゃない。



 千雨の眼がゆっくりとこちらを向く。まともに直視できない。見つめられただけで震えがさらに激しくなる。



「イヤッ……た、頼む……来ないでくれ…私たちが悪かった……だから、来ないで…。」



 千雨の歩みは止まらない。自分の前で止まり、無理やり顔を上げさせた。真名は、千雨の顔を正面から見ることになった。憎悪に染まりきった瞳が、真名の目に映る。

 千雨が両手で真名の首を絞める。抵抗も出来ない。きっとこれが一番楽な死に方だ、そう考えてしまうほどに。








 その瞬間耳を打つ、軽快なジャズのメロディ。千雨のポケットからだ。






 動きが止まる。真名の首を絞める力が緩む。真名は尻もちをつき、へたり込んだ。








「そこまでです、千雨さん。やりすぎですよ。」







 静かな声がその場を満たした。宮崎のどかだった。右手で携帯を持ち、左手に何かの袋を持っている。



 千雨は真名の首を絞める体勢のまま、凍ったように動かなかった。そんな千雨を見て、のどかは携帯をしまい、袋を地面に置いて近づき、抱き締めた。ちょうど桜通りで、千雨がのどかにしたように。



「…大丈夫です、千雨さん。落ち着いてください。殺しちゃダメです。クラスメイトですよ?」



 静かに、千雨をなだめた。千雨も荒い息のままだったが、力を抜き、のどかに寄りかかる。
 誰も、何も言わなかった。ただ、木の葉が風になびく音だけがざわめいていた。








「……………龍宮さん。」









 ふいにのどかがその沈黙を破った。話しかけられた真名は、ビクッと体を震わせた。



「桜咲さんを連れて、部屋に帰ってください。今日の事は誰にも言わないように。そして、以降千雨さんに一切手出ししないようにしてください。」



 その言葉で真名は正気を取り戻した。



「ちょ、ちょっと待て宮崎!どうしてお前がここにいる!?何で結界を越えれたんだ!?何故―――――。」


「いいから、」



 のどかの言葉に怒気がこもった。思わず真名がそれに怯む。



「早く帰ってください。正直に言えば、私もかなり怒ってるんですよ?千雨さんは確かに忠告したはずなのに、それをこうまであっさり破られるなんて、思ってもみなかったです。あれは、千雨さんの温情だったのに。
 最後通告です。桜咲さんを連れて、さっさと私たちの視界から消えてください。」



 真名は口をつぐみ、千雨たちの横をすり抜けて刹那を抱き起こし、そのまま寮に帰って行った。後には千雨とのどかが残されるのみだった。



「………のどか。」



 千雨がのどかの耳元で呟く。悔んでいるような、戸惑っているような、そんな声。
 のどかは千雨から離れ、地面に置いていた袋を持ち上げた。



「エヴァンジェリンさんと絡繰さんが、用意してた晩御飯タッパーに詰め込んでくれたんです。一緒に食べましょう?」



 そう言って、優しい笑顔で千雨に微笑みかけた。












(後書き)

 第9話。ようこそゲシュタルト崩壊の世界へ回。400セット、合計1200文字の羅列に、君よ震えて眠れ。ぬのハンカチだってここまでぬを書いてはいないぜ…!



 それはさておき今話、千雨VS真名&刹那のシーンですが、にじファン様での投稿分とは少し変更しました。というのも、この回は読者の方に不満点多かったみたいで。



 特に多かったのが、真名がプロとしての瀬戸際を誤り過ぎじゃないかというご指摘でした。私も書いてからそう感じたので、特攻する刹那を止めるシーンを追加しました。そのくせ真名の怯えるシーンは変更ナシ。だってそこ変えたら、ゾクゾク来ないじゃないですか!(←変態)



 後、刹那の失禁シーンもオブラートに包みました。私にスカ趣味があるとか言った人、怒らないから出てきなさい。小一時間否定し続けます。



 今回のサブタイは現実逃避Pことwowakaさん作、初音ミクの「アンハッピーリフレイン」。ローリンと言いラバーズと言い、どうしたらあんな作詞の才能が育まれるのか。wowakaさんに限らず、有名ボカロPの方は皆スゲェと思います。



 それではまた次回っす!



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