雨音が窓を叩く音が、3−Aの教室内に木霊する。その静かな音を聞きながら、真名は銃の手入れを行っていた。

 ただし、真正面からきつく睨みつける楓の挙動に、細心の注意を払い続けたままで。

 

 

「そう睨むな、楓。最近はあまり話も出来なかったからな。ちょうどいい機会だ。友人同士、ゆっくり語り合おうじゃないか。」

 

「何を抜け抜けと…!この拘束が解かれた時が、お主の最期と思え!」

 

 

 らしくなく声を荒げて罵倒する楓を横目で見ながら、溜め息交じりに肩をすくめる。

 

 

「そう急くな。その有様で焦って怒って慌てても、何にも良い事はないぞ?少し落ち着いて、自分の身を省みてみろ。第一、長谷川の件は自業自得だろうに。」

 

 

 嘲るような真名の口調に憤った楓だが、指一本動かせない。睨むことしか出来ず、歯軋りがこぼれる。

 

 

「無駄だよ。精緻かつ不可視の、基点結合型の魔法陣による拘束術式だ。四肢の動きから対象の魔力使用まで抑えつける代物だ。云わば十字架に張り付けられたようなもの。首の動きだけでどうにか出来ると思うか?」

 

 

 真名はポケットから飴を取り出して頬張り始めた。一見小馬鹿にしているかのような態度だが、楓は今の真名の言葉に脳裏で引っ掛かりを覚えた。

 基点結合型。あの地獄の特訓で、エヴァの仕掛けた地雷式魔法陣がその類だったはず。

 踏んだ瞬間猛烈な吹雪の渦に閉じ込められ死にかけたことは置いといて、今この教室内に、その時と同じ魔力の流れ方を感じる。

 

 

(ならば、基点となるポイントがあるはず…!)

 

 

 全神経を魔力感知に集中させ、己を中心に渦巻く魔力の流れを感じ取る。教室内に流れる魔力の血管。それが描く一つの陣形。それを辿りながら、魔力という名の血を絶えず循環させ続ける心臓(ポンプ)を探す。

 

 そして楓の視線は一点に固定された。

 見慣れた教室の中の、見慣れない異物。真名の腰掛ける棚の右端に置かれた、白い花瓶。

 

 間違いなく、それが基点だ。特訓時には、見破った魔法陣の基点を一つ破った所、発動を抑えられた。ならば、あの花瓶を破壊すれば身動きが取れるはず。

 だが、どうやって壊せばよいのか。指一本動かせないこの状況で、腕一本以上離れた場所を、どうやって―――――

 

 

『首の動きだけでどうにかなると―――』

 

 

「―――――あ。」

 

 

 楓の口から、素っ頓狂な声があがった。

 一歩も動けない。指一本動かせない。だがずっと、首から上は動いていた(・・・・・・・・・・)。ずっと、喋り続けていた。

 

 ―――ずっと、真名の方から喋りかけていた。

 

 

『―――ゆっくり語り合おうじゃないか。』

 

 

『―――少し落ち着いて、自分の身を省みてみろ。』

 

 

 思えば、ずっと気付くチャンスは傍にあった。与え続けられていた。しかし頭に血が昇っていた楓は、真名が喋れば喋るほど憤りを増し、ろくに話を聞いてなどいなかった。

 

 ハッとした表情で真名の方を向くと、真名は苦笑気味に肩を竦めていた。

 

 

「だらしないな、楓。せっかくエヴァンジェリンと長谷川の薫陶を受けてたっていうのにそのザマじゃ、二人が泣くぞ?」

 

「申し訳ない…。イヤホント、申し訳ない。」

 

 

 あまりの自分の不甲斐なさに、楓は思わず泣きそうになった。

 思えば、一人で自分の見張りを引き受けている時点でおかしかったのだ。状況を教える必要もない。3−A教室という、普段見慣れた場所に呼び出す必要もない。

 真名とて立場がある。それを逆手に取りつつ損なわないよう出し抜くためには、このお膳立てが必要不可欠だったのだ。それに気付かず、侮蔑の言葉を投げかけ続けた愚昧な自分を、改めてぶん殴ってやりたくなった。

 

 

「そら、悔んでる暇はないだろ?さっさと行動に移れ。そしてキッチリ鍛え直してもらえ。」

 

「…ああ、そうでござる。そうでござるな。」

 

 

 真名の手から放られたのは飴玉だ。放物線を描いて落下していくそれを口で受け止め、身体中の気を口腔周辺の筋肉と肺に注ぎこむ。

 そして花瓶に向けて飴玉を射出した。銃弾に勝るとも劣らぬ勢いで口から飛び出した飴玉は、狙い違わず花瓶を直撃し、粉砕した。

 途端に、薄氷が砕けるような音と共に、楓の体を縛り付けていた見えない鎖が消え去った。手も、足も、自由に動く。今の楓を止める物は何一つ、誰一つない。一足飛びに窓から外に出ようとする楓だったが、後ろからかけられた声に足を止めた。

 

 

「楓。長谷川に一つ、伝言を頼まれてくれるか?」

 

「何なりと。」

 

「『一人で戦おうとしなくていい』と。…少しクサイかな?」

 

「何を言うか。これほど心強い言葉はない。伝言、確かに承ったでござるよ、真名―――ありがとう。」

 

 

 最後に礼を告げつつ、窓から飛び出し一目散に駆け出していく。真名は走り去る楓の後ろ姿を見守りつつ、まるで子供の成長を見守る母親のような笑みを浮かべていた。

 

 

「ったく、世話を焼かせる…。無事に帰ってこいよ、もうすぐ学園祭なんだから。」

 

 

 微笑みながら、飴玉の甘さを口いっぱいに感じる。そこまで甘い物が好きではない真名だが、今はこの甘さが何処となく心地良い。

 とりあえず、これを食べ終えてから任務失敗の報告をすることにした。

 

 

 

 

 

#37 My Dearest

 

 

 

 近衛近右衛門は控えめに見て表しても、世界最高峰の魔法使いの一人だ。魔力、技量、手腕、功績等、全てを数値化して概算すれば、サウザンドマスターすら天秤の対になり得ないほどの存在になる。それ故に、極東の魔法協会の会長という、世界的に見れば別段高くない地位でありながら、世界中から一目置かれている。それこそ、英雄の息子(ネギ・スプリングフィールド)を預かるに相応しい、と太鼓判を押される程に。

 その事実に、近右衛門自身は驕っていたつもりはなかった。油断なく見逃しなくこなしてきたつもりだった。

 

 

「あら、ここの珈琲は美味しいと評判なのですが、お気に召しませんでしたか?」

 

 

 ―――だが、やはり何処かで驕りがあったのだろう。もしくは、魔法に染まり過ぎていたのかもしれない。

 

 魔力どころか何の力も持たないと決めつけてきた少女に、完全に寝首を掻かれてしまったのだから。

 

 

「そんなことはないぞい。ただ少し、考え事をしておっただけじゃよ、宮崎君―――いや、宮崎殿。」

 

 

 宮崎のどか。

 目下最大の敵である長谷川千雨の親友にして相棒、そして長谷川千雨を魔法の世界、そして自分との闘いの場に引きずり込んだ元凶。修学旅行において麻帆良側唯一の一般人被害者。

 

 その彼女は、まるで撃たれた事など感じさせない優雅な仕草で、珈琲に口を付けていた。

 

 

「…いつ目を覚ましたのじゃ?そして、傷の方はもう大丈夫なのかね?」

 

「ええ、もう痛くも何ともありません。傷自体よりも出血の方が酷かったせいでしょう。傷口が塞がったらすぐに目が覚めました。」

 

 

 花開くような笑顔だが、いつ目を覚ましたかについて、意図的に明言を避けていることに気付けない近右衛門ではない。

 それに彼女は、“関西呪術協会副会長代行”と名乗ったが、それが本当かどうか、もっと詳しく言えば、本当に関西呪術協会が、その地位が意味を持つ程に残存しているかどうか、極めて怪しいところだ。何せ先の京都事変で、詠春はじめ主だった幹部は死に絶えている。ほぼ壊滅した組織の名を出され、その重役に就いたと年端もいかない少女が自慢げに語ったところで、荒唐無稽の域を出ない。

 だが、それを問い質し追い詰めた所で意味はない。ならば、最大の疑問点から解消するべきだろう。

 

 

「それで、宮崎殿?お主は魔法とは何ら関わりのない、巻き込まれただけの学生じゃと認識しておったのじゃが、何故関西呪術協会の副会長代行という地位に就いておる?こう言ってはなんじゃが、二十歳にも満たぬ少女に背負えるような、生半可な役職ではないぞい?」

 

 

 近右衛門の視線が剣呑な物に変わる。だが、千雨との会談ですら見せなかったその鋭い眼光を一身に浴びてなお、のどかは微笑みを絶やさない。

 

 

「無論、そんな甘い考えは持っておりません。ですが私は、自らこの役目を務めることを決意いたしました。それは、関西呪術協会の御歴々―――より正確には、昨日の大粛清を生き抜いた方々からの要望あってのことでもありますし、私自身この地位が必要であったからこそ、就いた物でございます。」

 

「望まれた…じゃと?お主が、関西の幹部や術者たちに?」

 

 

 近右衛門が疑惑の眼差しを向ける。さもありなん、魔法の事などほとんど知らない素人を、国土の半分を担う魔法組織の重役に就けるなど、まるで眉唾な話だ。

 しかしのどかは全く動じていない。まるで、自分の思い通りに事は運んでいる、と証明せんばかりに。

 

 

「関西呪術協会は、今後の組織運営にあたって、一般人の視点を大きく取り入れていくことに決定いたしました。」

 

 

 近右衛門の眉が小さく動く。

 

 

「この度の京都同時多発魔法テロにより、非魔法関係者に多大な被害が及びました。歴史的建造物や車、建物の破壊等、被害総額は数十億円は下りません。そしてそれ以上に、幾つもの尊い人命が失われる事態となってしまいました。」

 

 

 のどかが粛々とした調子で述べる。すでに顔から微笑みは消えているが、その代わりに、全身から妙な凄味を感じさせている。

 

 

「我々の魔法技術や呪術等で一般人に危害が及ぶようなことが、今後もあってはなりません。特に最近は、秘匿意識の希薄化や魔法技術の犯罪使用が目立つ傾向にあります。故に今必要なのは、魔法に関わりの薄い者の視点。魔法的な常識に囚われ過ぎた私たちの浅慮を、一般人の視点から是正することだと、そう考えたのです。」

 

「…その一般人代表が、お主じゃと?」

 

 

 ええ、とのどかが小さく頷く。

 

 

「私は京都事変の被害者の一人です。魔法関連の力の脅威性を身を以て知った人間として、関西呪術協会の変革に加わりたいと考えるのは、おかしな話でしょうか?」

 

 

 のどかはそこで一度言葉を途切れさせた。自分が放った言葉の効果を、余韻を、じっくり味わうかのように。対する近右衛門は完璧に平静を装っているが、内心は落ち着いてなどいられなかった。

 近右衛門は、のどかが吸血鬼騒動に関わっていることを思い出した。しかものどかは犯人を知っている上、今やその犯人とは友人だ。現在エヴァは封印されているので、万が一に備えて予防線を張ることは出来るが、こちらの弱みを握っていることには変わりない。批難する材料はいくらでも出てくるだろう。

 

 

「無論、他の方々の賛同は頂いておりますが、新体制と御歴々のお名前の方、全て挙げさせていただいても?」

 

「…いや、後でFAXなり郵送なりで送っていただければよい。お主の副会長代行着任についても、納得した。これ以上の説明は要らぬわい。」

 

 

 形勢不利と見た近右衛門が、早々に話題を打ち切る。のどかも引っ張るつもりは無かったらしく、それ以上言及しようとはしなかった。

 

 

「しかし、新体制の樹立と着任報告だけが、今日の呼び出しの内容ではないじゃろう?一体どのような用件があるのかな?」

 

 

 近右衛門が切り出すと同時に、場の空気が一層冷え切る。

 ここまでは前哨戦、悪く言えば前座だ。単純な魔力や暴力のぶつけ合いではない、権力と精神力のぶつけ合い。

 のどかにとって初めての、千雨たちに頼らない、自分だけの戦いだ。

 

 思い浮かぶあの夜。千雨の部屋での決意。

 計画の存在を掴み、二度と踏み込まないと決めた闘争の世界へ再び身を投じた親友の顔と、彼女に誓った思いが、のどかの心に巣食っていた最後の恐怖を、完全に封じ込めた。

 

 

(―――大丈夫。私も戦える。)

 

 

 決然とした表情で近右衛門に向き合い、言い放つ。

 

 

 

「―――関西呪術協会による、サウザンドレイン・ザ・ホーンフリーク、いえ、麻帆良学園女子中等部所属、長谷川千雨さんの身柄の保護(・・)、もしくはメガロメセンブリア元老院への彼女の手配の取り消しを、願いに参りました。」

 

 

 

 近右衛門はその双眸を鷹のように鋭く細め、威圧するようにのどかを睨んだ。

 予想はしていた。彼女は長谷川・マクダウェル同盟の一員であり、長谷川千雨の無二の相棒だ。その彼女が、千雨の危機に沈黙を貫くはずがない。例え、近右衛門との対決が不可避だとしても。

 

 

「ほう?彼女は関西呪術協会を滅ぼした怨敵のはず。聞けばあの天ヶ崎千草が京都事変に関わっていたのも、彼女の存在が一因であったと言うではないか。恨みこそすれ、庇い立てする理由など無いはずじゃが?」

 

 

 近右衛門の説く千雨の手配理由は、そのほとんどがのどかの知らない所で起こった事だ。京都事変でのどかが実際に関わったのは、実は二日目に自身が撃たれた一件のみだ。最大の焦点である、その日の深夜―――関西呪術協会の襲撃については、のどかの知る所ではないし、唯一事実を知る千草は、近右衛門との約定から沈黙を貫いている。

 だからこそ、のどかが何を言おうと、そこに説得力は付いてこない。近右衛門はそう考えていた。

 

 しかし、近右衛門にとって計算違いだったのは。

 のどかは自分が“事実を知らない”ことを知っていた、ということだ。

 

 

「それにつきましては―――――堀川さん、お話して差し上げてください。」

 

「承知いたしました、副会長代行。」

 

 

 のどかが背後に控える女性―――刹那の隣に立っていた、鮮やかな黒髪の巫女装束の女性に声をかけた。女性は一礼と共に一歩前へ進み出て、のどかの隣に立つ。

 

 

「初めまして、近衛近右衛門様。私、関西呪術協会本山にて巫女頭をしておりました、堀川琴葉と申します。―――私は、詠春様が殺害される現場と、本山襲撃の場の両方に、偶然にも立ち会わせておりました。」

 

 

 近右衛門は小さく、ほぅ、と返しただけだったが、内心は列車の迫る線路に突き落とされたかのような驚愕と焦燥感に満ち満ちていた。

 

 詠春の死に様を見た、と彼女は言った。

 それはすなわち、千雨を訴追する理由の一つが消え去る、ということに他ならない。

 

 

「まず始めに言っておかねばならないことは、詠春様を殺害したのは、サウザンドレイン・ザ・ホーンフリークではない、ということです。むしろ私や、私を始めとする本山の巫女たちを、救いだして下さった恩人でございます。」

 

「救いだした…じゃと?サウザンドレインが、お主らを?」

 

 

 巫女が勿論です、と言わんばかりに頷く。

 

 

「詠春様を殺害したのは、協会に属していた有力幹部たち。十数名で包囲し、詠春様を石化し、砕いておりました。しかしその現場を、私を始めとする巫女数名が見てしまったのです。」

 

「その場で捕らえられた私たちは、本山の一角にある倉庫に幽閉されました。日に3度出される食事以外に時刻を知る術すらなく、薄暗い倉庫の中で明日をも知れぬ運命に怯えて続けていました。

 そこを助けていただいたのが、他ならぬサウザンドレインでした。幹部たちによって本山にクラスメイトが攫われた事を知ったサウザンドレインが、クラスメイトを助け出すために幹部たちに戦いを挑んだのです。その道すがら、私たちも助けていただきました。」

 

「私たちの閉じ込められていた倉庫の扉をぶち破り、押し入ってきた彼女の姿は、きっと一生忘れることはないでしょう。扉を壊し、門番の亡骸を蹴立てて倉庫内に飛び込み、すぐさま私たちに油断なく躊躇いなく銃口を向けた彼女のことを。

 ―――いつでも引き金を引ける体勢にありながら、今にも泣き崩れそうな自分を、歯を喰いしばって支えている、そんな彼女の辛そうな姿を。」

 

「後から聞いた話ですが、私たちが救出された時にはすでに、大半の幹部たちを殲滅し終えていたそうです。そしてその足で湖に向かい、幹部たちや手練の部下、そして木乃香様の魔力を使って封印を解かれたリョウメンスクナを相手取って闘い、血まみれ傷まみれになって木乃香様を奪還した―――木乃香様からは、そういう風にお聞きしております。」

 

「貴方がたにとっては、唾棄すべき犯罪者であるかもしれません。ですが彼女は間違いなく、この関西の完全壊滅を阻止した恩人でございます。その彼女が不当に貶められ、追われ続ける身となる事態を、どうして看過出来ましょうか。」

 

 

 まるで詩でも読み上げるかのように朗々と伝え上げる間、近右衛門は険しげな表情を崩さず、巫女を睨むように見上げる。

 多少は誇張や嘘が混じっていようが、おそらく嘘は吐いていないだろう。もしこれが嘘なら、のどかが千雨を助けるため嘘の証言をさせた、という事になる。そんな事は他の幹部陣が許しはしないだろう。独断ならなおさら、本末転倒にしかならない。

 

 

 

「ふむ、婿殿を殺害したのが、サウザンドレインでないことは分かった。しかし彼女が貴会を陥れた主犯でないと、どう証明するつもりじゃ?お主らを助けたというのも、単なる偶然か、計画の内であるかもしれんぞ?」

 

 

 近右衛門の指摘は最もだろう。今の発言は詠春殺害を否定するものであって、関西転覆や京都の連続テロを否定するものではない。何より千雨がその全てに関わっていることは、覆し様のない事実なのだ。

 

 しかしその事はのどかとて分かっているはず。ならば間違いなく、次の一手が来る。

 その予想通り、のどかが目配せした途端、刹那が一歩前へ進み出た。

 

 

「―――それについては、この京都事変において、3−Aのスパイ役として首謀者側に付いていた私が証明致します。」

 

 

 近右衛門の目が刹那を捉える。その、瞳の奥の奥まで見透かすような眼光にたじろぐことなく、刹那はまっすぐに見つめ返した。

 

 

「仰りたい事は分かります。私は木乃香お嬢様の護衛として関東魔法協会に出向していた身でありながら、関西の反乱分子と手を組み、あまつさえ木乃香様に危害を加えようとした一員。本来ならばこのような場に出ることすら許されはしないでしょう。もし関東魔法協会として、私に何らかの処分を下されるのならば、甘んじてお受けいたします。」

 

「…確かに、関東の長として、お主にはいずれ何らかの罰を下さねばなるまい。じゃが、今はそれを話す場では無い。サウザンドレインについて、お主は何か知っておるのか?」

 

 

 申し訳ありません、と頭を一つ下げてから、改めて近右衛門に向き直る。近右衛門は顎鬚を撫でつけながら、のどかは珈琲を啜りながら、静かに次の言葉を促した。

 

 

「この転覆騒動にあたって、私は首謀者側の一員として、決起集会に参加致しました。この集会は参加必須で、その…。せ、石化させた詠春様の首を、参加者全員の眼前で叩き割る、という催しが、ありました…。」

 

 

 言い切ると同時に、刹那が顔を背けた。その時の情景を思い出したせいなのか、不意に近右衛門の体から濃密な魔力が放散されたせいなのかは分からない。だが、店中のあちこちから、武器を構えるような小さな物音が響いてくるのが分かった。

 

 

「…お控えください近衛様。ここが関西呪術協会のお膝元であることを、ゆめゆめお忘れなきよう。」

 

「…そうじゃの、イヤ、スマンかったのう刹那君。続きを。」

 

 

 のどかが釘を刺すや否や魔力を引っ込め、何事も無かったように話の続きを促す。刹那が咳払いすると共に、店内の臨戦態勢も終息していった。

 

 

「そして同時に、仲間であることの証明として、この詠春様の残骸―――に込められた魔力を利用した、特殊な術印を右手の甲に施していたのです。それが、こちらになります。」

 

 

 そう言って刹那は右手の甲を差し出した。しかしそこには白い肌があるだけで、術印など影も形も見当たらない。

 

 

「これが普通の状態です。傍目には何も書いていないようにしか見えません。ですが―――――」

 

 

 刹那が言葉を切ると同時に、巫女が何かを差し出してきていた。

 位牌だった。見ると、詠春の戒名が書かれている。近右衛門の眉が不快気に歪むのが分かる。

 

 

「そちらはご覧の通り、詠春様の位牌になります。中には遺灰が入っていますが、その遺灰には詠春様の魔力が残存しており、これを私の右手に近付けると―――」

 

 

 刹那の指先が位牌に迫った瞬間、それまで何もなかった手の甲に、突如刺青のような紋様が浮かび上がってきた。花びらの上から×を書いたかのような黒い術印はかなり目立つだろう。

 

 

「ご覧の通り、この術印が浮かび上がる、という仕組みです。我々は先ほど申しました詠春様の残骸を肌身離さず持ち歩き、いざという時にはこれを仲間の証としていました。」

 

 

 手を位牌から離すと、手の紋様はどんどん薄くなっていき、あっという間に白い素肌に戻った。役目を終えた詠春の位牌が、巫女の手によって回収される。

 

 

「そこで、サウザンドレインの話に戻るのですが、最初に宮崎さんが申したように、サウザンドレインの正体は長谷川千雨―――私や木乃香様のクラスメイトです。

 修学旅行の初日に木乃香様が天ヶ崎一味に攫われた際、私は追いかける―――という名目で、背信行為を目論んだ天ヶ崎一味に制裁を加えつつ、木乃香様を再奪還しよう、と行動したのですが、その際木乃香様の誘拐に気付かれた長谷川さんと共闘体制をとることになりました。天ヶ崎一味の戦闘力は高く、私一人ではどうにもならない恐れがあったため、その時は渡りに舟でした。」

 

 

 近右衛門が頷く。この辺の事情は真名や天ヶ崎本人から聞き及んでいるので、別段興味をひかれるような内容ではない。

 

 

「しかしその際、先を行く天ヶ崎一味を追うにあたって、私と彼女は、龍宮真名の駆るバイクに3人掛けで乗ったのです。」

 

 

 近右衛門の顔がハッと気付いた様子を見せた。

 

 

「そう、3人乗りという事で、私たち3人の体はかなり密着していました。当然刺青が浮かび上がる距離ですし、その時長谷川さんは真ん中で、両手を真名の側に回していました。

 ―――もし長谷川さんが本当に、反体制派の首謀者だとすれば、刺青が出ていなければおかしいはずです。そして真名がその術印を間違いなく目にしているはず。ちなみに私にも浮かび上がっていませんでしたので、私としては長谷川さんが何の関与もしていない事は明らかなのですが―――やはり真名本人に聞いてみるのが、一番良いでしょう。」

 

 

 最後の方の声が勝利を確信したかのように上ずったのは、おそらく近右衛門の幻聴だろう。刹那は最後まで真摯な態度も声の調子も、何一つ揺るがさなかった。

 近右衛門の心中は苛立ちで一杯だ。それは刹那やのどかに対してでなく、こんな手の込んだ認証術印を組んだ人間―――ほぼ間違いなく、天ヶ崎千草に向けられたものだ。あの女は自分の計画を読んだ上で、その要となる千雨への関西呪術協会転覆騒動の濡れ衣作戦への予防措置として、この術印を仕込んだのだ。

 ただしこれは、首謀者側の人間が一人でも生き残らなければ、そして話さなければ伝わることのない、博打性の高い措置だ。天ヶ崎ですらこれが発動するかどうかは五分五分以下であった事は間違いない。

 

 しかし、術印発動の鍵として詠春の死体の一部が使われたこと、刹那が首謀者側に付いていたこと、初日に千雨と刹那が共闘していたこと、そして初日の顛末についてはのどかも知っていた事。

 天ヶ崎ですら知り得ない、制御し得ない部分での要素が働き、それら全てをのどかが見つけ、上手く纏め上げたのだった。

 

 

「…確かに聞いてみるべきじゃろうが、おそらくはお主らの言う通りなのじゃろうな。儂とてこの目で修学旅行の様子を見たわけではない。となれば必然、お主らの論に分があるのう。」

 

 

 顎鬚を撫でつけながら、訳知り顔と平静な口調を保ち、のどか達の言い分をる。

 これでのどかが少しホッとした様子を見せるようなら良かったのだが、それどころか表情をさらに固くしたのを見て、近右衛門は改めて忸怩たる思いに駆られた。

 

 窮地に陥った友を救うために必要な欠片(ピース)を、それを活かすための場を、それを使うための地位を、全て周到に用意し、この戦いに臨んできた。間違いなく彼女にとっては未知の世界、未知の戦場であるにも関わらず、折れるどころか軋むことすらなく、威風堂々たる態度を貫いたのだ。

 

 だが近右衛門とて意地がある。このまま上回れっぱなしで終わるなど有り得ない。

 

 

「…じゃが、残念ながら、その申し出を受けることは、やはり出来ん。」

 

 

 近右衛門が厳めしく言い放つ。のどかはますます表情を固くし、近右衛門と視線をぶつけ合った。

 

 

「サウザンドレイン・ザ・ホーンフリークが、関西呪術協会を滅ぼした犯人でないことは分かった。報告すれば、懸賞金は大幅に減額されることじゃろう。じゃが、彼女がネギ君を意図的に攻撃したのは事実であり、凶悪な殺人者である事もまた事実じゃ。教育機関の統率者として、学園内に凶悪犯罪者が居る事実を、看過する訳にはいかん。」

 

「しかしそれは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルにも言える事なのでは?彼女は600万ドルの賞金首。その彼女を野放図にしておいて『看過できない』と語るのは、少々可笑しな話であるかと思いますが。」

 

「彼女は当協会の非常勤戦闘員じゃよ。学園都市内への封印、及び人間に危害を与える行為を一切禁じるという盟約の下、都市防衛に協力してもらっておる。

 ―――最もつい先日、生徒への吸血行為と都市内での魔法による大規模破壊活動等を起こしたので、遺憾ながら封印処置を施させてもらったがの。」

 

 

 のどかの顔が僅かに曇る。反応を見るために切り出した話題だったが、やはり知らなかったようだ。しかし瞬く間にのどかは毅然とした表情を繕った。見事な切り替えの速さに、近右衛門は改めて感心する。

 

 

「…そうですか。ですがこちらも譲る気はございません。当協会において、サウザンドレイン・ザ・ホーンフリークを保護させていただきます。妨害は、一切許しません。」

 

「ほう?それはつまり、我々関東魔法協会、並びにメガロメセンブリア元老院と敵対する、という意向でよろしいのかな?」

 

「元より、関西呪術協会一同、その覚悟です。」

 

 

 のどかと近右衛門の視線がぶつかり合い、火花を散らす。

 まるで二人の周囲だけ、重力が数倍増しになったかのような圧迫感に包まれている。刹那が唾を飲み込む音すら大きく響いた。

 

 やがて、1分か10分か、短くも長い沈黙と視線のぶつけ合いは、雲間から日の光が顔を出すのと同時に終わりを告げた。

 近右衛門の重苦しい溜め息の後、二人同時に机の上のコーヒーカップに手を伸ばす。常温まで冷めきった珈琲を一口で飲み干し、互いに静かにカップを置く。

 

 

「…お互い、言いたい事は言い尽したようじゃの。」

 

「…そうですね。これ以上の話し合いに、別段意味は無いでしょう。」

 

 

 頷きながら、この会談の終了を確認し合う。

 近右衛門が一礼と共に立ち上がり、さっさと出入口に向かって歩き出した。のどかは刹那に見送りを頼もうと声をかけようとするが、それを近右衛門が押し留めた。

 

 

「よい、一人で帰れるわい―――それより宮崎君。一つ、お主に問うておきたい事がある。」

 

 

 のどかは首だけを動かし、近右衛門の背中を見た。どうやら協会間の話ではない、個人的な話だ、と察して、居住まいを少し緩める。

 

 

「お主がサウ…いや、長谷川千雨のためにこの地位に就いた事は、よく分かった。友を守らんとするその意気、誠に天晴れじゃ。…じゃが、指名手配が始まったのは、つい昨日のはず。よもや、彼女の手配を聞きつけてからその地位を得た、ということはあるまい。何故お主は、その地位に就こうと思ったのじゃ?」

 

 

 千雨が手配されたのは昨日。幾らなんでも、その情報を得てから副会長代行に就任したと考えるには無理があり過ぎる。

 つまりのどかは、千雨の手配前にはすでに副会長代行に就任し、良いタイミングで千雨の指名手配を迎え撃てた、という事になるのだ。その図ったかのようなタイミングの良さには、どうしても首を傾げざるを得ない。情報漏洩を疑う近右衛門の思考は、当然理解し得るものだ。

 

 だがのどかは、そんな近右衛門の危惧を鼻で笑う。

 

 

「別に、誰かから千雨さんが危ないっていう情報をもらったわけでも、この展開を予想していたわけでも無いですよ?千雨さんが手配されたって知った時は、すごく驚きましたし。けれど、そもそも―――――」

 

 

 呆れたように後ろ髪を掻き上げる。もう近右衛門の方は向いていない。

 

 

 

 

「危ない目に遭ってから初めて救いの手を差し伸べるなんてのは、友達でも相棒でも無いでしょう?」

 

 

 

 

 刹那も、店中の全ての人間も、そして背中を向けたままの近右衛門も、喉から先に声を出すことなく、純粋な驚きに満ちた目でのどかを見つめながら、沈黙したまま次の千雨の言葉を待った。

 

 

「私は千雨さんの背中を預かっている。ならばいついかなる時でも、その身を、その心を、見えない部分を補い支え続けれなきゃ、相棒失格じゃないですか。」

 

 

 のどかの口調は心底楽しげで、嬉しげで。

 千雨の背中を支えているという実感と喜びの大きさを、まざまざと感じさせた。

 

 

「確かに私は魔法どころか、何の戦闘能力も持ってません。麻帆良でも、京都でも、千雨さんが血を流して戦う場面では、私はいつも役立たずです。

 けれど私は誓ったんです。千雨さんの帰る場所を、大切な平穏を守り抜くと。そして何より、千雨さん自身を守ると。千雨さんは責任感とか、罪の意識とかが強過ぎるから、すぐに自分を蔑ろにしちゃうんです。だから―――それをフォローしつつ支えるのが、背中を預かるって事の意味なんだって、思うんです。」

 

 

 近右衛門はここでようやく、自身の最大の思い違いに気付いた。

 近右衛門はずっと、千雨が一人で戦いを挑んできていると思っていた。だが、近右衛門の目に見えない所で、のどかがその背中を支え続け、応援し、助けあっていた。それが千雨にとってどれほど心強い物だったかは、想像に難くない。

 

 

「だから、副会長に就けた時はすっごく嬉しかったです。千雨さんの背中を守れる刃を本当の意味で持てたんですから。」

 

 

 

 のどかの顔に、満面の笑みが浮かぶ。破顔一笑、といった体のその笑顔は、同性であるはずの刹那すら見惚れさせるほどに、清々しく美しい笑みだった。

 背中を預け合う戦友(とも)、とは陳腐な言い回しになるが、この二人はそれを通り越して、一身同体とすら呼べる域に達していた。

 

 

「ふふっ…ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ!!いやはや、全く迂闊じゃったわい!鬼の首を捕った気でおったが、まさか夫婦鬼じゃったとはのぅ!」

 

 

 近右衛門が背中を向けたまま、大笑いし始めた。

 確かに彼女を侮っていた。所詮魔法の使えぬ一般人と、視界から外していた。

 

 完全に見逃していた。見縊っていた。

 

 彼女は眼を覚ましてから、自分に何が出来るかを必死で考えたに違いない。その結果辿り着いたのが、“権力”という力だった。

 彼女は、長谷川千雨を支える、ただそれだけのために、関西呪術協会副会長代行という大それた地位に就いた。しかも、僅か数日で。そのためにこの数日間、一体どれほど駆けずり回ったのか、どれほど言葉を尽くしたのか、想像を絶する。

 これ程の難行を、ただ友のため、相棒のためという理由だけで完遂させる人間を、自分にとって目下最大の敵である人間の、最大にして最高のパートナーを、力無き一般人だと見縊っていたのだ。

 

 魔法や力に囚われすぎた近右衛門の、痛恨の失態だった。

 

 だがもう油断はない。彼女を見縊る等という愚行は、二度としない。

 ひとしきり笑った後、近右衛門は不意にピタリと笑うのを止めた。その代わり、濃密な魔力がその全身から溢れだす。その魔力に呼応し、店内の全員が戦闘態勢に入る。が、のどかはそれを片手で押し留めた。

 

 

「それ程にお互い信頼し合い、背中を預け合っておるのなら、せいぜい一緒になって無様に落ちのびていくが良い。この儂が直々に助力してやろう。」

 

「私たちの心配よりも、老人ホームでも探しておいた方が良いのでは?どうせもうすぐ、何もかも失くして学園を去ることになるんですから。」

 

 

 背中を向け合ったまま、凄まじく毒々しい皮肉の応酬を交わす。しかしそれも一往復分の会話だけで、やはり互いの顔は見ずに、最後に告げねばならぬ言葉を告げ合った。

 

 

 

「―――身の程を知るがよいわ、小娘。」

 

「―――返り討ちにしてやりますよ、老害。」

 

 

 

 宣戦布告。

 それが、この会談の最後を、宮崎のどかの初陣を飾る会話であり、近右衛門が宮崎のどかを、千雨同様倒すべき敵と認めた瞬間だった。

 

 やがて近右衛門が店から去り、しばらくして遠くのエレベーターの扉が閉じる音が微かに聞こえた。

 とたんに、のどかは崩れ落ちるように椅子にへたり込んだ。

 

 

「こ………怖かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っっっ!」

 

 

 溜め込んだ緊張感を一気に吐き出すように、胸の内を言葉にして曝け出す。先ほどまでの威厳ある姿とは打って変わって、年相応の少女らしい姿を見せていた。

 

 

「こ、これで…一泡、吹かせてやれましたか?」

 

「もちろんです!一泡なんてもんじゃない、完全勝利です!」

 

 

 刹那が興奮冷めやらぬといった様子で首を縦に強く振る。

 刹那だけではない。堀川琴葉も、店員や客を装った新生関西呪術協会の構成員たち、そして万が一に備えて待機していた、フェイトや調たちが一斉にのどかの許へ走り寄る。

 

 

「素晴らしかったです副会長!」

 

「恰好良かったよ、宮崎さん!」

 

「関西呪術協会の夜明けだ!他の皆にこの勝利を伝えろ!祝杯の用意だ!」

 

 

 口ぐちにのどかを褒めちぎり、喝采をあげる。調や栞も、ヒーローを見たかのようにはしゃいでいる。

 フェイトも近付いてきた。その手にはコップと、冷たい水の入ったピッチャーを持っている。コップに水を注いで渡しながら、彼にしては珍しく、小さく微笑んでいた。

 

 

「…お疲れ様。報われたね、君の想い。」

 

「…いえ、まだこれからですよ。まだ千雨さんのお役に立てたわけじゃありませんし。」

 

 

 フェイトの労いの言葉に、のどかは苦笑気味に返した。

 

 

「…千雨さんは何もかも自分の責任にして背負いこんじゃうから、近いうちにきっと潰れちゃいます。クラスメイトを救うという想いを果たせる果たせないに関わらず、です。だから―――倒れそうなその体は、私が支えてあげないと。そのために手に入れた権力(ちから)ですから、その時に活かせて初めて、“役に立てた”って胸を張れます。」

 

「職権乱用じゃないかい?」

 

「権力は自分が正しいと思う使い方をする物ですよ―――近衛翁のように、ね。」

 

 

 のどかの茶化すような言葉に、フェイトも俯いて小さく肩を震わせた。自分の爆笑姿を見られたくないかのような仕草だったが、その場に居る全員が大笑いしていたので、その事に気付く者は誰一人居なかった。

 

 

「…ホントに、長い数日間でした。刹那さんも、大宮さんも、ありがとうございました。」

 

 

 頭を下げるのどかに、礼を言われた二人が、どういたしまして、と同時に返した。

 

 のどかが副会長代行に就任するまでには、やはりかなりの労苦を要した。

 幸いにも支持者は居た。目下次期会長最有力候補とされていたこのか、そして本山に勤めていた巫女たちである。木乃香はともかく、巫女たちがのどかに協力したのは、のどかが間接的な命の恩人だったからである。

 千雨による本山襲撃の際、殺されかけた巫女たちを救ったのは、のどかの存在だった。千雨が巫女たちを前に倒れ込んだ時、千雨はのどかの名前を呟いた。それを巫女たちが覚えており、のどかが千雨の話題を口にした際にその繋がりに気付いたのだ。その後のどかの人となりを知った巫女たちが、揃って協力を申し出てくれたのだった。

 

 その後は顔見せ回りだ。木乃香や巫女たちと共に、一人一人に事情と今後の展望について話して回り、どうか自分を重要な役職に就けてほしいと、無理なお願いをして回ったのである。

 当然行く先々で疑惑の眼差しを向けられた。何より元が麻帆良の出だ。スパイと疑われるのは当たり前で、実力行使に出られることもしばしばだった。今ものどかの身体には、その時の傷の一部が残っていたりする。

 

 そこを折れてもらったのは、近右衛門の企てる計画の存在が大きかった。

 ネギによる親書の配達や、木乃香をネギのクラスに編入するなどの行為が、関西を踏み台にした侮辱的な計画だと取られたのだ。

 これにより、難を逃れていた穏健派、中立派の幹部たちの天秤が、反関東に傾いた。

 

 さらに意外な事に、天ヶ崎千草が助け舟―――というより、止めを刺しに来た。のどかや木乃香も出席した協会再建会議に乱入し、自分と近右衛門の密談、密約を洗いざらい暴露したのである。千草本人は『売ったら儲かりそうな話だったから』と説明していたが、間違いなくそれ以上の理由がある、とのどかは感じた。

 

 だがこれによって、関東が関西を利用したどころか、潰れてくれて構わない、と考えていることが判明したのだった。幹部たちの怒り様は、思い出すだに恐ろしい。

 

 そして、のどかの幹部就任が認められた。

 単純にのどかの信頼が増したのはもちろんのこと、現時点で近右衛門への対抗勢力として最大である長谷川・マクダウェル同盟と繋ぎを付けること、そして関東魔法協会の権威失墜と近右衛門の失脚を狙ったのだ。

 にしても、さすがに副会長代行という重要ポジションに就けるとは思っておらず、千草含め全員が仰天したのは記憶に新しい。それだけ幹部たちも期待しているという事でもあるが、たった今のどかは、その期待に見事応える働きをしたのだった。

 

 

「…ようやく、副会長らしい仕事が出来ました。」

 

 

 緊張で火照った体を冷たい水を飲んで冷やしながら、奥に居た初老の男に話しかける。

男は孫を見るような優しげな笑みを浮かべ、深く頷いていた。

 

 

「ああ、文句の付け様も無い。さすが副会長殿、天晴れじゃ。」

 

 

 手放しで褒め称える言葉と、それを強調するような拍手に、のどかは照れ臭そうに笑う。

 

 

「けれど、元々は千雨さんのためにこの地位が必要だっただけであって、関西とか日本とか、そういう大きな物をどうにかしようと思ってるわけじゃ無いんですけどね。」

 

「そんな事は関係ないわい。お主は私利私欲のため儂等協会を利用したと、そう負い目を持っておるかもしれんが、そもそもお主が居らなんだら、近衛近右衛門に反撃する機会すらないまま、関西の長き歴史に不本意な終止符を打つことになっていたであろう。

 ―――じゃから今こうして、絶望的な状況から近右衛門の寝首を掻ける位置まで押し上げてくれたお主には、いくら感謝しても感謝し切れん。別にこの国の覇権等に興味は無いが、国や何も知らぬ子供たちを踏み台にした近右衛門めの計画は気に食わん。それを潰す手伝いが出来るのなら、お主の友達の援助くらい、安いものじゃよ。」

 

 

 初老の男性に続き、そうだそうだ、と他の人間も次々に同意の声をあげる。関西に縁のある者たちだけでなく、栞たちもやる気を見せていた。

 

 

「フェイト様っ!私たちも協力しましょう!私、同じ音楽家として、長谷川さんから色々学びたいんです!こんな所で挫けさせたくありません!天ヶ崎さんを説得する必要があるなら、私も手伝いますから!」

 

 

 中でも特に調のやる気は高い。音を武器として扱う者として、その先達である千雨に畏怖と尊敬の念を抱いていたのだった。

 

 

「別にいいよ。どうせ今から僕たちも、麻帆良学園に潜入するんだし。チグサともそっちで合流だよ。

 ――――ああ、そういえばチグサが、条件付きでハセガワチサメの加入を認めてたっけ。」

 

 

 フェイトの言葉に調が思わず絶句する。

 千雨の存在を誰よりも疎ましく思っていたはずの千草が、彼女を認めるような発言をするなど、到底信じられない。

 そんな思いを察したのか、フェイトは軽く肩をすくめた。その顔は無表情だが、何処か面白さを隠しきれないといった様子を感じさせる。

 

 

「『もし宮崎のどかが一緒に付いてきて、ウチの部下になるっちゅうんなら、熟慮させてもらう』だってさ。どう考えても無理そうだけどね。」

 

「アハハッ、それは無理ですね、絶対!」

 

 

 調が腹を抱えて笑いだす。

 そこに、のどかの快活な声が割り込んだ。

 

 

「―――さあ皆さん、ここからが本番です!近衛近右衛門を追い落とすため、そして世界と未来の平穏のため、力を貸して下さい!」

 

 

 のどかの力強い開戦宣言と共に、机の上のコップが震えるほどの咆哮が上がる。防音結界は張ってあるはずだが、それすら突き抜けて上下の階に響いてしまいそうな声量だ。

 

 気合いは充分。結束は固い。

 だから後は、彼女を待つだけだ。誰よりも大切な、最強のパートナーを。

 

 

(私が今出来ることはここまでです。すぐにお傍に行きますから、待ってて下さい―――そして、一緒に戦いましょう、千雨さん。)

 

 

 遠く東、麻帆良学園のある方角を見ながら、相棒の無事を願う。

 その視線の先で、曇り空を貫いた陽光が、神々しく差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 第37話。この宮崎、みくびってもらっては困る!回。昔「SDガンダムフルカラー劇場」というマンガで、ハマーン様が執事喫茶やってたのを覚えてます。その後店を争うとしたガンダム(誰だったっけな?)を張り手一発で帰してました。

 

 というわけで、ある意味のどかの戦闘回でした。説明に終始してしまった結果、またしても16000字に。ホントは千雨も書きたかったのですが、さすがに無理でした。その上今話書くのにかなり手間取ってしまったため、夏休み中に3章終わらせる予定が絶望的に…。ヤバい、大学卒業するまでに完結させられるかしら…。

 

 今回の近右衛門はのどかの引き立て役です。ちょっと拍子抜けだったと思う方も多いかもしれませんが、準備万端のどかの鮮やか過ぎる不意打ち&近右衛門の精神的不安定が勝機を呼び込んだ感じです。巫女さんの名前については、名字だけ京都の地名から取りました。巫女さんたちの名字は全員京都の通りの名前…とか、どうでもいい裏設定があったりします。あぶらさめないでほりかわのみず…だったっけ?

 

 それと、感想欄で木乃香の治癒能力に言及されてる方が多くいらっしゃいましたが、当作での木乃香は治癒能力には目覚めていません。魔力の全てを体内の鬼神の制御と共存に費やしているので、他の魔法を使う余裕がない状態です。とはいえ、木乃香が来た事にはちゃんと意味がありますので、その辺はまた別の回に書かせていただきます。

 

 その他詳しい解説につきましては、感想返しという形で答えていきたいと思います。疑問点とかどしどしどうぞ!自分でも気付いてない矛盾点とかありそうなので!

 

 今回のサブタイはギルティクラウンのOPでsupercellの「My Dearest」です。今回のサブタイは、最初は「真赤な誓い」にしようかと思ったんですが、別に赤いトコロねえだろと思い直し、steadyとかfriendとかそんな感じの言葉入ってるヤツから色々考えた末、この曲になりました。supercellの名曲率は異常だと思う今日この頃。

 

 さて、次回はようやく千雨回。サブタイはもう決まってます。というか次回からの4話は、プロットの時点で決めてたサブタイばかりです。予定では後5話で3章終わりなので、せめて10月には終われるよう頑張ります!

 

 …と言いつつ、31日からサークルの合宿行ってくるので、次の更新は多分9月です…。

 

 で、では皆様、残り少ない8月、存分に楽しんでください!それではまた!

 

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