麻帆良祭3日目―――最終日。

 開店前のJAZZ包子前は、昨日までの明るい雰囲気とは打って変わって、クラスメイト同士の会話も少なく、重く沈澱したような空気が漂っていた。

 

 理由は言うまでもなく、JAZZ包子の周囲に屯う魔法使いたちの視線の雨である。

 千雨(サウザンドレイン)の描かれたチラシを配り始めたのが一昨日なので、すでに昨日の朝の時点で結構な数の魔法使いたちが集っていたのだが、今日になってその数はほぼ倍増した。その上投げかけられる視線の全てが、疑心や憤怒といった負の感情に満ちたものであるため、開店準備を始めてからずっとその視線を浴び続ける彼女たちはたまったものではない。

 

 

「…こうまで露骨に睨まれていると、さすがにイライラしてくるな…。」

 

 

 浴びせられかける真っ黒な視線の雨に、真名ですら舌打ちを隠せないほど気分を害していた。

 まあまあ、と宥めに近寄ってきた釘宮円と古も、いつもよりだいぶ元気がない。

 

 

「…しかし、昨日までとは視線が違うな。」

 

「あ、それ私も感じてたアル。勘違いじゃなかったアルか。」

 

「え?ど、どういうこと?」

 

 

 真名と古が意見を共有していたのを見て、唯一の一般人である円が怪訝な声をあげた。

 ちなみにこのJAZZ包子の周囲には、千草謹製かつ千雨の太鼓判付きの防音結界が張られているため、結界の外から内部の会話を盗み聞きする事は出来ない。なので、何を話そうと大丈夫なのである。

 

 

「単純に視線が増えた、というのは感じ取れるだろうが…。何というか、視線に込められてる感情が、昨日までとは少し違ってきてるんだ。」

 

 

 うんうんと頷く古とは対照的に、真名の言葉の意図を図り損ねた円が、ますます分からないといった様子で首を傾げた。

 

 

「昨日までの視線は、言わば“不審”。長谷川(サウザンドレイン)のチラシをばら撒いた私たちに疑いを向ける眼差しだった。

 だが今朝になって奴らが向ける眼差しが、“敵意”に変わっている。完全に私たちを敵と見做した、という事だ。だからこそ変化が分かりやすかった、というのはあるが。」

 

 

 へぇ、と感心しきった呟きが円の口から漏れる。目の前の二人のように武の道に通じてなどいない彼女には、そもそも遠くから注がれる視線に気付くことすら難しい。

 すると、真名の眉根を寄せる表情が目に入った。戦闘者ならではの思考に入ってるのかな、と考えた円だったが、ふと先ほどの真名の言い回しが少しおかしかった事に気付き、思わず尋ねた。

 

 

「ねえ、龍宮さん?今まで“不審”程度の見方だったのが、一日経って急に“敵意”に変わるのって、ちょっとおかしくない?」

 

「―――ああ、私も今正にそれを考えてた。」

 

 

 真名が重々しく頷く。円は自分の思いつきが当たっていたことよりも、その事実の孕む意味の重大さを直感し、身体を震わせた。

 

 

「今私たちを見張っている連中の視線から察するに、昨日までの私たちへの“疑惑”が“確信”に変わった事は間違いないだろう。だが、その確信が的を得たものかどうかはともかく、そこに至った理由は何だ?何故一晩で、何の証拠があって、私たちへの敵意を確かな物に出来た?」

 

 

 円の顔がさあっと青褪める。途端に、周囲から注がれる視線が数倍も数十倍も多く、重く感じられた。

 そんな円の恐怖心を察し、古がその身体を抱き止める。真名も彼女の肩に手をやって、深呼吸するよう促した。

 

 

「落ち着け、そんなに怖がる事はない。奴らが牙を剥くとしたら、私のように明確に魔法の存在を知っている人間を相手取った時だけだ。釘宮たちは今まで通り、長谷川の情報を漏らさないよう心がけていればいい。」

 

 

 深呼吸を数回繰り返して、ようやく心が落ち着きを取り戻してきた。両頬をパンパンと強めに叩いて気合いを入れ直す。

 

 

「でも―――証拠かぁ。」

 

 

 しかし気合いとは裏腹に、円も真名も、胸に巣食った一抹の不安が拭えないでいた。

 

 

「まさか、こっちの計画が全部バレた―――なんてこと、ないよね?」

 

 

 

 

 

 

#46 蠍火

 

 

 

 

 最終日を迎え、これまで以上に大勢の人で賑わう学園都市。

 その一角で、目立たずひっそりと佇む礼拝堂は、学園祭のメインストリートもかくやという人で溢れ返っていた。

 

 

「しかし、魔法を全世界に明かそうとするとは、とんでもない事を考えていたものだ…。」

 

「これまでもずっと水面下で、我々の動向を伺っていたのだろう。腹立たしい…。」

 

 

 大勢の人間―――正確には、関東魔法協会に所属する魔法使いたちが、然程大きくない礼拝堂でひしめき合っていた。

 その中には、学園長に継ぐ戦力であるタカミチの姿もあった。

 

 

「いやー、ここまでの戦力が集まるとやっぱ壮観ッスねー。関西抜きにしてこれだけ実力者集めれるんスから、ホント層が厚いッスよねウチの協会って。」

 

「…ええ、そうね…。」

 

 

 礼拝堂に集った群衆をまるで他人事のように眺めるのは、彼らに3−Aの計画を密告した張本人である美空だ。その横に立つシスター・シャークティは、何やら複雑そうな表情を浮かべている。

 

 これは、美空から計画の全貌を聞いた学園長が立てた作戦―――一点集中防衛策である。

 千雨たちは計画上、エヴァの解放や魔力溜まりの制圧等、同時多方面作戦に出ざるを得ない。そしてその内一つでも失敗すれば、全ての計画が瓦解してしまう。

 つまり守る側の学園からしてみれば、一点でも守り切れれば勝ちなのだ。

 この礼拝堂を選んだのは、魔法使いたちの姿を隠す事が出来るからだ。神社や広場は見通しが良過ぎるし、公園は人目がある。国際大付属高校は逆に広過ぎて手が回らなくなる恐れがある。最大機密であった7箇所目の魔力溜まりは、学園長自らが防衛線に入るので、さして問題はない。

 よって、礼拝堂が学園側の防衛線として選ばれたのである。

 

 無論、残る5箇所やその他の目標をみすみす捨て去るつもりもないので、そちらにも魔法使いを向かわせるが、質も量もこの礼拝堂防衛線には大きく劣っている。

 何より、魔法の秘匿という、魔法使いにとっては当然の命題を護るという使命が、この場に居る魔法使いたちにかつてないほどの士気と一体感を作りだしている。

 

 

「そんな、めちゃくちゃやる気に満ち溢れてる現場に、私みたいな怠惰な人間が居るってのは、やっぱどう考えてもおかしくないッスか?」

 

「何を言っているのですか、美空。貴方は超鈴音やサウザンドレインの計画を、現状で誰よりも深く知っている人間なのだから。貴方一人いるだけで、我々の防衛の成否は天と地ほどにも違ってくるのよ?今回貴方はそれだけ活躍に期待されてるという事なのだから、むしろ誇りに思いなさい。」

 

 

 あからさまに面倒事を避けようという態度の美空を、ぴしゃりと正論で説き伏せるシャークティだったが、彼女は彼女で、この場に居る他の魔法使いたちほど高い士気を保てないでいた。

 

 理由は、目の前で唇を尖らせる美空である。

 これまで何事にもやる気を見せず、ちょっとでも目を離せばすぐにサボろうとする彼女に、魔法使いとしての自覚が足りないと常々感じていた。それ故、彼女が魔法協会、ひいては魔法世界全てのために働いたという事実は、喜んで然るべきものであるはずだった。

 しかしそれは、彼女自身の都合でクラスメイトを裏切った結果だ。それを手放しで褒めるのは、彼女の教育係として間違っているはずだ。

 だが同時に、彼女の密告が無ければ、自分たちの行動は確実に後手に回ってしまい、全世界に魔法の存在が明るみに出る事は避けられなかっただろう。その二律背反が、シャークティを苦しめている。

 

 

(それに、何より―――貴方はクラスメイトからの裏切り者の誹りを、受け流す事が出来るのですか、美空―――――?)

 

 

 この戦いが終われば、美空は間違いなくクラスメイトたちから糾弾される。親しい者達から受ける罵倒が、批難が、どれ程辛いものであるか、今の美空が分かっているとは思えない。

 

 一体自分はこの戦いの後、どうやって美空を導いていけばよいのだろうか。

 シャークティの何処にも向けられない暗澹とした溜め息は、礼拝堂の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 昼。近右衛門は、秘密の魔力溜まり―――初等部南の丘の展望台の、専用特別応接室に居た。

 学園祭の喧騒は遠く、小鳥のさえずりが耳に心地良い。近右衛門当人も、見晴らしと日当たりのよい窓際から外を眺めながら、美味しそうに緑茶を啜っている。誰がどう見ても穏やかな午後だ。

 

 ―――だが、近右衛門の人となりを知る人間ならば、すでに彼が戦闘態勢に入り込んでいる事が、容易に見て取れたであろう。

 

 茶を啜る音が室内に響く。何処にでもある普通の光景でありながら、椅子に座って外を眺めるその姿から放たれる威圧感は、無数の針の如く鋭い。そんな、人を寄せ付けぬオーラをあからさまに放ちながら、近右衛門は一つの連絡を待ち続けていた。

 

 そして同時に、頭の中で何百という仮想戦闘シミュレーションを繰り広げている。

 無論相手はサウザンドレイン―――長谷川千雨だ。

 

 一撃必殺の衝撃波。

 ほぼ零距離から放たれた銃弾をも避ける瞬発力。

 視覚を圧倒的に超えた聴覚。

 針の穴すら射抜けそうな程の精密射撃。

 年齢不相応に過ぎる戦闘経験。

 ありとあらゆる音を完璧に消し去る無音化演奏。

 

 ―――まるで出来の悪い悪夢じゃの。

 11度目の仮想戦闘を終えた近右衛門の脳裏に、それまでの10度と同じ感想がよぎる。

 

 銃弾をも軽く躱すその瞬発力は、魔法の射手など物ともしない。

 人の身に余るその聴力は、潜伏も奇襲も無意味な策に貶める。

 完全無音化というその馬鹿げた技は、詠唱という概念を嘲笑う。

 

 まるで、魔法使いを駆逐するために産み落とされたような存在。

 その上、生半可な近接戦闘を仕掛ければ、容易く捻り潰してしまう程の戦闘能力も備えている。

 近右衛門が知るのは、停電時のエヴァとの戦闘のみだが、そこから抜粋しただけでもこれだけ恐ろしいデータが並んでしまうのだ。並の魔法使いなら、信じないか逃げ出すかのどちらかだろう。

 

 しかも、今の彼女は、間違いなく更に強くなっている。

 

 近右衛門が脳内で繰り広げていたシミュレーションでは、近右衛門の8勝2敗1分け。

 だがこれはあくまでエヴァ戦の時の千雨を参考にしたもの。そして自分の脳内で推し量った戦闘である以上、自分に有利な裁定がある事は否めない。

 

 それを踏まえれば、自分と千雨の間の力量差は、おそらくほとんど無い。

 

 12度目の仮想戦闘を始めるのを止め、心を落ち着けるように大きく息を吐き出した。

 柄にもなく身が強張っているのを、否が応にも自覚せざるを得なかった。自分と互角でぶつかり合ってくる敵が、この齢になって出てくるなど、誰が想像出来ただろうか。しかもその敵が孫娘の同級生だというのだから、全くこの世界は奇妙奇天烈極まりない。

 そしてその年端も行かぬ小娘に、自分たちが入念に進めてきた計画を知られ、妨害され、触れ回され、完膚なきまでに破壊されたのだから、全く立つ瀬が無い。

 

 本音を言えば、近右衛門にとってはネギの英雄育成計画も、元老院の思惑も、別段気にしていない。

 気にする事象があるとすれば、それは他ならぬ近右衛門自身の野望。

 

 “正義の魔法使い”を超えた、“絶対の魔法使い”―――すなわち、未来永劫並ぶ者なき頂点になる事だ。

 

 人生とは、生涯をかけて一つの芸術品を作り出すことだ、と近右衛門は考えている。

 完成品はもちろん、出来栄えも、製作過程も、完成するかどうかさえ千差万別の、オンリーワンの作品。その作品に作った本人が満足しているなら、それ以上の価値は無い。

 

 そして近右衛門は、己の作品に―――未だ未完成ながらも、長い人生をかけて作り上げてきたその出来栄えに満足している。

 武勇、権力、名声。近右衛門が生きてきた証の全てが結集されたその作品は、近右衛門自身の目から見ても眩く光る、誇りとすべき代物だった。

 

 だがその作品は、いつかは風化して朽ちていく物でもある。

 作品は人の記憶に在り続ける。例えその作品を作った人間が死んだとしても、誰かがその人の事を憶えている限り、そして伝え続けられる限り、その作品は生き続ける。神話や伝承、宗教や歴史に名を残す偉人のように。

 しかし、永遠に作り上げた時のその形を保ち続けられる訳ではない。多かれ少なかれ、その形や中身を変質させ、変質させられ、跡形もなく消滅する事さえ、消滅させられる事さえ珍しくない。

 

 近右衛門は、それを恐れた。

 別に死ぬ事は怖くない。死に値するだけの年月も、恨みも、有り余る程に重ねてきた。それすらも作品の一部であると自負する程度には。

 

 しかし、己の作り上げた人生(さくひん)が、風化し変質していく事だけは、どうにも許せなかった。

 嘘偽りなき己の誇りが、その意味も中身も変わってしまう事が、失われてしまう事が、どうしても許せなかった。

 もし変わってしまったならば、それは自分の作品ではない。自分が誇れる人生ではない。

 

 詰まる所、近右衛門は、“永久不変”である事を求めたのだ。

 

 自分の死後も侵される事のない、不滅にして不変、不落にして不可侵の“誇るべき自分”。すなわち“絶対の存在”である事を。

 

 近右衛門はその術を、“後進の育成と援助”、そして“麻帆良学園都市の発展”の二つに注いだ。

 すでに自分自身が前線で獲得出来そうな称号は粗方取り尽くしている。そこで近右衛門が目を付けたのが、後の世代の発展の援助だった。

 数十年にも渡ってこの麻帆良を発展させ続け、関西の実権を少しずつ掌握して、さらに国内外、旧世界・魔法世界の別を問わず、積極的に援助や交流を続けた。

 その結果、近右衛門の名は世界中に広まり、その武勇も、名声も、惜しみない称賛と共にますます増大していった。

 

 近衛近右衛門こそ、“正義の魔法使い”である、と。

 

 そして、“英雄の息子”ネギ・スプリングフィールドの育成計画。

 正に近右衛門にとっては渡りに船とでも言うべき計画だった。魔法世界の危機を颯爽と救った英雄の息子。その礎を作った地と、それを支えた存在。それがどれ程己の名声を、人生を洗練するものか、近右衛門本人ですら想像し切れなかった。

 

 “育成”のための人材選択は慎重に行った。

 神楽坂明日菜と近衛木乃香を始めとして、魔力資質の高い者、一芸に秀でた者、好奇心に溢れた者、有数の実力者等、魔法の存在に喰いつきそうな人材を、一人一人近右衛門自ら選出していった。

 そして、3−Aという特殊なクラスが完成した。超鈴音の存在はイレギュラーだったが、ネギの資質や意識を高めるのに好都合そうだったので、警戒はすれどその行動はほぼ黙認してきた。

 

 だが―――――長谷川千雨については、一度も警戒していなかった。

 せいぜい年に見合わぬ聡明さと音楽技術を備えた少女としか捉えていなかった。

 

 そして何も考えないまま3−Aに編入し―――今、追い詰められている。

 

 

(…貴様の存在を見逃していた事は、儂の人生最大の失態。そして今、貴様は本当に、儂を破滅へ導こうとしている…。)

 

 

 だからこそ、もう、近右衛門に油断も慢心も無い。

 正々堂々と、されど手段は選ばず、貪欲に勝利を求める。

 

 

 長谷川千雨を―――音界の覇者を、己が手で、己が実力で、叩き伏せる。

 

 

 そして、12度目の仮想戦闘を始めようとした所で、電話が鳴り響いた。この音こそ、近右衛門が待ち望んでいた物だ。

 

 

「儂じゃ。」

 

『こちら、奇襲部隊隊長の葛葉です。』

 

 

 近右衛門が待ち望んだ通り、奇襲部隊―――長谷川千雨の潜伏する『別荘』を急襲する魔法使いたちからの連絡だった。

 

 

「それで、どうじゃったかの?その―――楽器店とやらは。」

 

『はい、近所の方によれば、およそ一か月前から店を閉めているそうです。何でも店主が入院することになった、とのことです。しかしここ一か月の間、女子中学生らしき人間が時折店の裏口から出入りしているのを見かけていたそうです。』

 

「ふむ、ではやはり、春日君の情報に偽りはなかったようじゃの。」

 

『そのようです。微弱ですが、内部や周辺から魔力の痕跡を感じます。』

 

 

 美空のもたらした情報によって明らかになった、サウザンドレインの潜伏場所。

 それは、彼女行き着けの楽器店だった。

 商店街の中、それも彼女が足繁く通っていた店という、普通ならば即座に一線上にあがりそうな場所。そこが今日まで見つからなかったのは、一般人を巻き込まないという常識を逆手に取られた結果だろう。

 

 

「…では手筈通り、30分後に急襲を仕掛けてくれ。補充の人員も数名送る。」

 

『承知しました。学園長もご準備お願いします。』

 

 

 そう言って電話が切れる。近右衛門は静かに電話を置き、残りの茶を一気に飲み干した。

 

 超鈴音の企てる計画は、学園都市内の内乱で済ませられるものではない。少なくとも是世界の状況、常識を完全に反転させ、向こう数十年に渡る大混乱を引き起こす事は間違いない。

 自分たちはそれを阻止する立場に居るのだ。いち魔法使いとして、手段を選んでいたり手を拱いていたりしている暇など有りはしないのだ。

 すでに事情を伝えた関東魔法協会の各支部から、手練の人員を多数派遣してもらっている。それも合わせれば、兵力はおよそ1000名近くにのぼる。そして彼らを、それぞれ5つの部隊に分けている。

 

 タカミチを始めとして最大級の戦力を注ぎこんだ“第一防衛部隊”―――400名。

 各魔力溜まりの防衛にあたる“第二防衛部隊”―――各30名、合計150名。

 図書館島にて、エヴァの解放、脱出を阻止する“潜伏部隊”―――150名。

 千雨が潜んでいると思われる『別荘』を強奪(・・)する“奇襲部隊”―――20名。

 JAZZ包子周辺での動向を見張る“監視部隊”―――30名。

 学園都市内を巡回する“遊撃部隊”―――250名。

 

 そして。

 初等部南の丘、“七番目の魔力溜まりの防衛”―――1名。

 

 重厚な黒檀の机の、引き出しの中のスイッチに手をかける。ガシャン、という(ロック)が外れるような音と共に、壁の一部が障子戸のように開き始める。

 

 その中から現れたのは、巨大な剣だった。

 刀身だけで近右衛門の身長程あり、両側だけでなく先端部までもが戦斧のように刃を煌めかせている。その割に柄は然程長くない。鍔と呼べそうな物はなく、せいぜい灰黒色の金属板がそれぞれに溶接されて繋ぎとめているような感じだ。見ているだけで重量感が伝わってくる。

 そして何より、触れた途端に指どころか肩まで持って行かれそうな、異常な鋭利さを迸らせている。

 

 近右衛門が開いた壁に歩み寄り、剣の柄を握る。

 明らかに自信の身の丈より大きいそれを軽々と持ち上げ、そのまま部屋の中央へと進む。そして、まるで竹刀でも振るうかのように、無造作に横に薙いだ。

 振るった剣の軌跡には、元から空気以外の何も存在しない。故にその刃は、空を裂くに留まるはずだ。

 

 だが、振るった途端。

 2mほど離れた真横の壁に、大きく斬痕が刻まれた。

 

 剣を振ったことで生まれた気流ですらカマイタチとなり、離れた壁に大きな切り傷をつけるほどの、鋭く素早い一閃。

 近右衛門の実力が、魔法だけに留まらないことの証だ。

 

 

「…ふむ、まだまだ腕は衰えておらぬようじゃの。念のため、外で素振りでもしておくかのぅ…。」

 

 

 そう呟きながら、剣を肩に担いで外に出ていこうとする。

 その直前、視線を窓の外、楽器屋のある商店街の方角に向け、ニヤリと唇の端を歪ませた。

 

 

「―――――かかって来い、幸多き闇の住人、当代一の殺人鬼よ。

 “東洋の戦鬼”近衛近右衛門がお相手いたす。鬼同士殺し合うのも、面白かろう―――」

 

 

 

 

 

 

 ―――――コチラ“ダブルファング”。作戦本部(ブルーサマーズ)、応答願ウ。

 “ダブルファング”、作戦成功。繰リ返ス、作戦成功。

 タダ今ヨリフェイズ2ニ移行。他隊ヘノ通達ヲ願ウ―――

 

 

 ―――“ダブルファング”了解、ゴ苦労。引キ続キヨロシク頼ム。

 

 ―――作戦本部(ブルーサマーズ)ヨリ全部隊ニ通達。

 “ダブルファング”作戦終了ニツキ、全部隊所定ノ位置ニテスタンバイセヨ。

 完了シ次第、応答願ウ―――――

 

 

 

 ―――ブルーサマーズ、応答願ウ。

 

 コチラ“ゲイル”、異常無シ。

 

 コチラ“ブレード”、全隊員準備完了。

 

 コチラ“ビースト”、準備ハ出来テル。

 

 コチラ“サイクロプス”、問題ナシ。

 

 コチラ“パペットマスター”、出撃準備完了。

 

 コチラ“ナインライブズ”、イツデモドウゾ。

 

 コチラ“ガントレット”、準備完了デス。

 

 コチラ“パニッシャー”、所定ノ位置ニテ待機中。

 

 コチラ“トリップ・オブ・デス”、サッサト出撃許可ヲクレ。

 

 コチラ“クリムゾンネイル”、マチクタビレマシタ。

 

 

 

 ―――作戦本部(ブルーサマーズ)、全部隊出動準備(スタンバイ)確認。

 現在時刻、一六○○(ヒトロクマルマル)

 

 

 作戦名“六月聖戦(ジュネオラ・ロック・レジェンド)

 状況ヲ、開始セヨ。

 

 

 

 

 

 


(後書き:お詫びあり)

 第46話。E・G・マインが無くて大丈夫か?大丈夫だ、問題ない回。いやだって、どうしてもどれか一つが余るとなったら、皆さんだったらどれを真っ先に切り捨てますか?「そもそも思い出せなかった」なんて薄情な答えはナシで。

 

 今回は予告回みたいな感じでした。というか次回もです。雰囲気的というかBGM的には、「東方星蓮船」の6面をイメージしていただけるとピッタリ当てはまると思います。今回と次回の終盤までが「法界の火」、次回の終盤から次々回が「感情の摩天楼」で。この二つは個人的にも大好きな2曲で、出来ればサブタイにしたかったんですけど、どうしても入れれる所が無かったので、BGMに回しておきます。

 

 1000人の魔法使いについては、ぶっちゃけ単なる人数的演出です。まぁ関東魔法協会と名乗るぐらいだから、他に支部あるだろうし、その中から掻き集めれば一日で1000ぐらいは集められるだろうと考えました。この辺の細かい設定ってあるんですかね?

 

 で、近右衛門の剣について。想像しにくかったと思います。自分でもいざ文章にしようとして、どう描写したらいいものやら、ほとほと困り果てました。分かりやすく言うと、モンハンの片手剣「バーンエッジ」を刃物っぽい配色にして大剣サイズにした感じです。…重ね重ね言わせてもらうが、何故に金銀夫妻の剣斧が無いのだ…!?

 

 ジュネオラ・ロック・クライシスならぬ、“ジュネオラ・ロック・レジェンド”は適当っぽく見えるかもしれませんが、一応意味を込めてこういう名前にしてます。ジェネオラはそのまま「六月」、つまり学園祭の事。ロックは「岩」、つまり一枚岩の結束を表してます。聖戦もこれの繋がりで、仲間のための戦いである事を表し、同時にそれが遥か未来までの歴史すら変える事から、「伝説(レジェンド)」と名付けた訳です。以上、作戦名の名付け親である超&千雨からの説明でした。

 

 …と、ここまではいいんですが、実はTRIGUN原作(私が持ってる単行本:無印98、99年刷、マキシマム08、09年刷)だと、「ジュネオラ」と「ジェネオラ」の2種類の表記があるんです。それまで完全に「ジュネオラ」だと思い込んでいたため、つい最近これに気付いた時は、滅茶苦茶びっくりしました。前者ならば由来はJuneでしょうが、後者だと由来はJanuaryになります。…というか後者の方が自然ですね、ウン。「エ」が「ユ」に見えてしまう事とかスゴイ有りがちですし、ネームとかなら充分あり得る事態かと。でもそうなってしまうと、今回の作戦名にトンデモナイ無理が生じてしまうことに。

 

 で、今回。ひっっっっっっっじょーーーーーーーーに、申し訳ないのですが。

 

 どうか、「ジュネオラ」という解釈で行かせてください…!ジュネオラ・ロック・レジェンドという解釈で、行かせてください…!二度とこんな無様は晒しませんので…!

 

 いやホント、馬鹿な作者でスミマセン…。

 

 今回のサブタイは、音ゲー界の頂点に君臨する鬼畜譜面曲、「ピアノ協奏曲第一番“蠍火”」です。これや冥、量子の海のリントヴルム等のビーマニの発狂譜面曲が、「美学の先にある哲学の世界」と例えられている事は、もっと広く知られていて良いと思う。

 

 次回はついに作戦開始。各々派手に動き回ります。お楽しみに!

 

 

 

 

 

(追記:1月20日)

 お知らせで書いた通り、最終決戦にあたっての、近右衛門の心情描写を追加しました。

 

 分かりやすく言うと、妄執と化した自己実現欲求の権化です。「ぼくのしょうらいのゆめ」が行き過ぎた感じ。讃えられれば讃えられる程、その名声を失いたくなくなった、と言う風に考えると、権勢欲の権化とも言えるでしょうか。

 

 とりあえず、同情しそうな設定ではない事だけは確かです。原作の近右衛門ファンの皆様、申し訳ありません。

 

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