魔法世界流浪伝
第9話 竜と少女とサバイバルと
以前光司が転移魔法で時々失敗するというのは覚えているだろうか。(第6話冒頭参照)
それは転移座標を世界のどこかという不明瞭な点からしている事から起こる。
だが、しかし。
それを上回る失敗を光司はたまに犯す事がある。
「ここは……どこだ?」
見渡す限り木、木、木。
可笑しい。
どういう事だ?
と光司は困惑する。
(確かに僕は転移魔法を使った。でも、ここまで自然資源が豊富な世界ではなかったはず……)
と、そこで光司はある事を思い出した。
(まさか……また転移座標の選択をミスった?)
そう、単純に光司の犯す第2の失敗は単純な選択ミス、いわゆる凡ミスだった。
人間何かしら間違いは犯す。
それはどれだけ賢い人間だろうと例外ではない。
そして、光司の場合こういう適当なところでミスを犯す事がたまにあった。
それに思い至った光司はため息をこぼす。
「はぁ……これはまた登録し直す必要がありそうだ」
そう思い直し、デバイスを取り出し登録した情報を修正し直す事にする。
ガサッ
すると、そこで草むらから音がし、長年の癖から咄嗟に警戒態勢を取る光司。
しかし、そこから出てきたのは……。
「え?」
「……女の子?」
予想に反して美のつく女の子だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
女の子と光司は互いに固まったまま一言も発しない。
どちらも出た先で人がいる事が予測できなかったからだろうか。
しかし、このままでは拉致が開かない。
そう思った光司はピンクの髪をした女の子に色々と尋ねる事にした。
「……えーと、君は?」
「あ、はい。えーと、キャロ・ル・ルシエっていいます」
(ルシエ……?まさか、あの里の子か?何でこんな森の中に?)
光司にはキャロのファミリーネームに心当たりがあった。
ルシエという姓を名乗るのは、数ある世界の中でも光司自身1つしか知らないからだ。
すると、さらにキャロは草むらに隠れて見えなかったものをひょいと出す。
「それと、この子はフリードです」
「キュク!」
それは竜の子供だった。
恐らくこの子の里は光司の予測通りで間違いないだろう。
しかし、そうなると光司の疑念はますます大きくなった。
「僕の名前は、天城光司。それより、どうして君のような子がこんなところに?」
「っ…!それは……」
聞かれた途端悲しそうな顔で俯いてしまうキャロ。
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
光司は慌てて話題を変える。
「いや、実は僕ちょっと道に迷ってしまってね。道か人里まで出られるところを教えてもらおうかと思って……」
嘘は言ってない。
転移するところを間違えたのだから、情報が手に入らない限りずっとこの状態は間違いないのだから。
すると、キャロが顔を上げて小首を傾げた。
「まいごさん?」
「まあ、そうなるかな」
だから、否定もしない。
この年で恥ずかしい限りではあるが。
「かえるおうちないの?」
そう聞かれると、光司も胸にチクリと痛みが走った。
だが、表情には何も出さない。
「そう…だな。帰る場所なんて、ずっと昔になくなったよ」
すると、キャロからここで予想外の言葉を聞く事になる。
「……わたしとおんなじ」
これにはさすがに光司も目を見開いた。
こんな少女に帰る場所が…ない?
何故?
捨てられた…のか?
そう頭の中で疑念が渦巻き、どこからか怒りが湧いてくる。
しかし、光司はそこで内心頭を振った。
(落ち着け。今、ここで僕が動揺してどうする。まずは、僕がしてやれる事をする。それだけだ)
そう自分に言い聞かせ、落ち着かせて顔を上げたところ、いつの間にかキャロが光司に近づいてきていた。
「あの……だいじょうぶですか?」
心配そうにこちらを見上げている。
どうやら様子が可笑しい事に気づいて心配してくれたようだ。
この子の方がよっぽどつらいだろうに、何て優しい子なんだろう。
とりあえず「大丈夫」と言おうとしたところで、光司は明確な殺気を感じた。
その直後、後ろの辺りの木々が薙ぎ払われる。
咄嗟に光司はキャロを庇った。
「くっ!」
「え!?な、なに!?」
そして、キャロが視線を上げ、光司が振り返った時。
「ギャオオオオオ!!!」
巨大な竜が咆哮を上げていた。
咆哮を上げる竜にキャロが驚き、目を見開く。
「りゅうしゅ!?なんで!?」
ここに竜種がいる自体驚きなのだろう。
表情が驚きで固まっている。
しかし、光司の対応は早かった。
すぐに、デバイスとバリアジャケットを展開し、迎撃態勢を取り目の前で涎を垂らしてこちらを見る竜種の前に立つ。
「キャロちゃん、だっけ。君はここから早く逃げるんだ」
「え!?でも、こうじさんは!?」
キャロに背を向けて立つこうじは優しげな顔でキャロに告げた。
「この竜は僕が引き付ける。だから、君はその内に逃げるんだ」
しかし、キャロには断じてそんなことはできなかった。
「だ、だめです!いくらまどうしのかたでも、りゅうしゅじゃ!」
そこで、光司は「いいから行け!」と言おうとした。
だが、そんな時間の余裕は相手が許さなかった。
爪を振り上げ、横薙ぎにこちらに向けて振るってくる。
普段の光司ならここで避ける事は容易かった。
しかし。
(!!このまま避けたら後ろのキャロに当たる!!)
迫り来る竜の爪と掌。
光司の決断は早かった。
(光子加速(フォトン・ブースト)!!)
人体とバリアジャケットの硬度を最大強化!!
「こうじさん!!」
ドォン!!!
激突。
直前キャロの脳裏には光司が吹き飛ばされる光景があった。
しかし、それは良い意味で覆される。
何と、光司は自分の何倍もあろうかという竜の攻撃をその左腕と体でしっかりと受け止めたのだ。
「グルゥ!?」
その光景に竜も驚く。
受け止めた光司はそのまま竜を鋭い目で睨みつけた。
「……いつも通りならここで斬って感謝して食うんだが、あいにく今回は無理だからな。とっとと失せろ」
その瞬間、光司は己の気を鋭い目で睨みつけると共に叩き付けた。
すると、竜が冷や汗をだらだらと流し、己の爪をどけ後ずさる。
そして、距離が少し離れたところで竜は一目散にこの場から逃げて行った。
「す、すごい……」
キャロはその光景に思わずそう呟いた。
あの竜種の一撃をまさか左腕のみで受け止め、しかもしっかりと体で支えたのだ。
しかも、極めつけは手を出さずに竜種を退けたのだ。
子供であるキャロにはその光景が凄く眩しく見えたのだった。
そして、光司がキャロに振り向く。
「怪我はないか?」
「あ、はい」
少々呆けていたキャロは反射的にそう答える。
「そうか、良かった」
光司は先程の事を何事もなかったように笑顔でそう応えてくれるのだった。
そして、夜。
あの後、キャロを1人にする訳にもいかず、ある程度食料をかき集めた。
木の実や山菜が今回は中心だったが。
この採集にはキャロも大きく貢献してくれた。
元から詳しかったのだろう。
毒のあるのとないのと色々と手助けしてくれたので、光司も実際助かっていた。
現在は、木を切った薪で火を起こし暖を取りながら、食事を取っている最中だった。
「キャロちゃん、味とか大丈夫か?正直、こういうのは味がなってないから」
「……だいじょうぶです」
涙目で応えるキャロ。
どうやら相当まずいらしい。
こういうサバイバル生活では、栄養が重要なため基本光司は味を考えずに採集する。
贅沢を言っていられないからだ。
キャロもそれがわかっているからだろう。
だからこそ、涙目になりつつも食べているのだと思う。
フリードも似たような物だった。
そして、しばらくして食べ終わると光司は改めてキャロに向き直った。
「キャロちゃん、1ついいか?」
「え?あ、はい」
応えてからキャロも姿勢を正してこちらに向き直る。
「僕はずっと一人旅をしてる。自分に何かできる事を探して世界をね」
「せかいを…ですか?」
小首を傾げて言うキャロに光司は頷く。
「ああ。だから、あの場にいたのもそれが理由だ。まあ、転移先を間違ったから結果的に迷子になってしまった訳なんだけどね。だから、旅を続けている分帰る
場所も特にないんだ」
「そうだったんですか……」
またも頷く光司は続ける。
「正直、何故あんな森の中にキャロちゃんとフリードの幼いコンビがいたのか気にはなっている」
「……!」
キャロの表情に少々悲しみが宿る。
しかし、光司はさらに続ける。
「だが、キャロちゃんが喋りたくないというのなら僕からは聞かない。人には1つや2つ、知られたくない過去だってあるからね」
「……!」
その言葉でキャロは驚いた。
事情を詮索されると思っていたのだ。
そして、今度はちゃんと自分を守ってくれたこの人に説明しようとも思っていた。
なのに、この人はそれを聞かないと言ってきたのだ。
驚きもする。
「だから、僕が勝手に事情を推測した上で言うね。良ければ、君が自活できるようになるまでのしばらくの間、僕と一緒に旅をしてみるか?」
「……たび、ですか?」
光司は頷いた。
「ああ。色んな世界を回るから、見識も広がると思うし、こんなところに君1人を置いていく訳にもいかないからね。ただし、危険もある。それも命を懸けるよ
うな時もさえも。それでもいいなら、一緒に旅をしてみないか?」
「いいんですか?」
「あぁ、しばらくの間なら構わない」
すると、キャロの胸に湧き上がってくるものがあった。
「っ……ふぇ」
「?」
もちろんそんな事はわからない光司。
キャロの様子に気づかない。
そして……。
「うあああぁ〜〜ん!!」
キャロは泣き出してしまった。
それを見た光司は慌てる。
「え、ちょ、おろろ!?僕何か悪い事でも言ったかな!?」
「い、いえちがうんです。わ、わたし、うれしくて……うわぁぁぁああん!!」
泣き続けるキャロに、光司はこの後もおろおろとうろたえながらキャロを慰めるしかなかった。
そして、泣き続けたキャロは疲れてしまったのかそのまま寝てしまった。
光司は用意していた大きめの布をキャロにかけてやる。
隣ではフリードも眠りについていた。
「……こんな小さな子が、ずっと1人で気を張り詰めていたのか。誰かのぬくもりがまだ必要な年頃だろうに」
そう呟きながら寝入ったキャロの頭を撫でる。
すると、心なしか彼女の表情が少しだけ和らいだ。
「全く、この子の故郷の人間は何をしたんだか……。同じ大人として恥ずかしくなる……」
キャロの姓から、この子はアルザスの出身だと光司には想像がついていた。
ルシエの里はそこにあり、光司も数える程だが訪れた事があったからだ。
光司の印象的には管理世界にある集落にも関わらず少々閉鎖的な里だったと記憶している。
その出身のキャロが、これだけ泣いていたのだ。
きっと、追い出されたに間違いないだろう。
何が理由かまではさすがにわからないが。
ただ、同じ大人としてどのような事情があろうと、こんな子供を森に放り出すなど許せないものだった。
だから、光司は決めていた。
「とりあえず、キャロが1人でもある程度生きていけるように、最低限の常識と力だけは付けてあげるか……」
光司の旅は危険が伴う。
先にはああ言い出したが、さすがにいつまでも置いておく事は難しい。
だが、それまでは精一杯彼女の傍にいて育ててやろう。
そう自分に誓って、光司は火を消すと自分も壁にもたれかかり、布を体に包ませて眠りに付いた。
あとがき
ご無沙汰しておりました、ウォッカーです。
これを読んで頂いている皆様、お久しぶりです。
意外にも好評なようで、楽しみにして頂いている方には本当に申し訳ないです。
現在、忙しい時期でおちおち執筆もしていられない状況でして……。
中々手付かずな状況な訳です。
ですが、続けていくつもりではありますので、気長に応援して頂けるとありがたいです。
今回は、新章という事であのキャロちゃんとの出会いとなります。
主人公の光司は基本強い人間でありながら、意外とドジの多い人間ゆえトラブル混じりの出会いが多いんですね、はい。
ある意味、迷子が迷子に出会った状況という訳です。
そして、ここからは光司とキャロの物語となりますので、キャロファンの方には少々楽しみな物語となるかもしれません。
実は、このキャロの章に結構力を入れていたりするので。
という事で、これ自体は大分前に書いた物という事で、あまり説明できなくて申し訳ありません。
物語のスタンス自体は、始まりと出会いとしています。
この作品にとっては、必須のスタンスとなります。
旅は出会いと別れの連続……。
ここから光司がキャロに対してどうしていくのか。
それを見て、楽しんで頂ければと思います。
では、また次回でお会いしましょう。
寒くなってきましたが、お体にはお気をつけて!
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