『サモンナイト2』二次小説
メルギトスシンドローム
第11話 「看病」
「召喚・フレイムナイト!」
「召喚・ミミエット!」
マグナの持つ黒色のサモナイト石から強力な火炎放射器を装備した機械兵士が、トリスの持つ緑色のサモナイト石からはかわいらしいウサギの獣人(?)が姿を
現した。
どちらもAランクに属する高等召喚術、ついこの間試験に合格したばかりの新米召喚士に扱えるようなレベルの召喚獣ではない。
「御指示ヲドウゾ、マスター」
「ミミちゃんに御用かな?誰をぶっ飛ばせばいいの?」
「いや、ごめん……指示って言っても別に用事はないんだけど……」
「ごめんね、試しに呼んでみただけなの。ていうか、ぶっ飛ばすって……(汗)」
自らの呼び出した召喚獣に申し訳なさそうに頭を下げる双子召喚士。
召喚士にしては腰の低い対応が功を奏したのか二匹の召喚獣は特に気にした様子もなく送還に応じてくれる。
「了解シマシタ、御用ノ時ニハイツデモオ呼ビクダサイ」
「な〜んだ、残念。それじゃ、また今度ね〜」
フレイムナイトは機械兵士らしく無感情に、かつナイトの名を冠する通り礼儀正しく、ミミエットは笑顔を振りまいて大きな手をぶんぶんと振りながらそれぞれ
の世界へと帰っていった。
なんとかうまくいったと安堵のため息をつく双子のもとに兄弟子ネスティが歩み寄ってきた。その顔には微妙な表情が浮かんでいる。
「…どうやら魔力が上がっているのは間違いないようだな」
彼の言う通り、先日の暴走召喚の後、双子召喚士の魔力は飛躍的に上昇していた。
マグナもトリスも今までは召喚術はそこそこに、剣術の修行にばかり明け暮れていた。召喚士とは名ばかりの準剣士だったのだ。
同じ家系なのに召喚属性が違う上にそれぞれ二種類の属性が使えたというのはある意味珍しいことなのだが、呼び出せる召喚獣はCランクが限度だった。
それが一気にAランクまで扱えるようになった上に、今まで使えなかった属性も扱えるようになっていた。具体的に言うと、
マグナ・・・・機属性:Aランク 鬼属性:Bランク 獣属性:Cランク 霊属性:Cランク
トリス・・・・獣属性:Aランク 霊属性:Bランク 機属性:Cランク 鬼属性:Cランク
というふうに変化していることがこれまでの実験で証明された。
特にマグナは威力を度外視すれば機界専門のネスティと同等以上に召喚術が使えることになってしまう。
全属性の召喚術が使える召喚士など珍しいどころの騒ぎではないが、彼らの素性を知っているネスティはどこか納得できてしまうのであった。
(これがクレスメントの、調律者の血か)
怯えた子犬のように縮こまって兄弟子の顔色を伺っていた双子召喚士は、ネスティが珍しくふっと笑ったことで緊張から解き放たれた。
「いいだろう。今日のところはここまでだ」
「「やった〜〜!!」」
表情と声だけでなく体中で喜びを表現した2人はそのままの勢いでバタバタと駆けて行った。前々から行きたがっていたファナン見物に出かけるつもりなのだろ
う。
「やれやれ。僕たちは追われている身だというのに、暢気なものだ」
しかし彼らがファナンに滞在せざるをえない理由の一端は彼の足の怪我にもあるため文句ばかり言ってもいられない。
行き倒れ同然に浜辺で野宿をしていた彼らをモーリンと名乗る道場主の娘が世話してくれているのは非常に助かるが、彼らの本来の目的地はこのファナンではな
い。
この町の北に広がる森のどこかにあるというアメルの祖母が住む村を目指して彼らはゼラムを後にした。
深い森の中に隠された村で息を潜めていれば黒の旅団もアメルを追うことを諦めるかもしれないと考えたからだ。
しかしあれだけの組織力を持った相手、しかも国境越えを犯しているということは戦争になることすら覚悟しているのだろう。
森の中の村を探し当て、レルムの村の時のようにどんな手段を使ってでもアメルを手に入れようとする可能性も否定できない。
(しかしわからない。何故やつらはそこまでアメルにこだわるんだ?)
聖女として崇められていたアメルの癒しの力は確かに便利ではあるが、国同士の戦争を覚悟してまで欲しいものだとも思えない。
何か秘密があるのだ。アメル本人すら知らない、けれど黒の旅団は知っている重大な秘密が。
その一端が、この間の暴走召喚のときに見せたいつもと違う様子だったのかもしれない。
「本当に、彼女は何者だというんだ……」
ネスティは目の前に広がる青い海のように澄み渡った空を辛気臭い顔で見上げた後、治りかけの足を労わりながら道場の中に引き返していった。
このころの彼はまだ、いざとなればアメルを見捨てることになっても自分たちだけでも生き残ればそれでいいと思っていた。
この世界に迫る未曾有の危機の中心人物である聖女アメルの正体が、自分や双子召喚士とも深い関わりがあることを、彼はまだ知る由もなかったのだ。
バタバタと部屋に駆け込んできた双子召喚士に護衛獣たちは何事かという顔を向ける。
遊び盛りの子供のような元気の良さと落ち着きの無さを発揮するご主人様二人は満面の笑みで護衛獣たちに言い放った。
「みんな!ファナン見学に行くぞ!」
「ようやくネスに了解貰ったの!急いで準備して!」
嬉しさ全開笑顔満面の二人の気迫に一瞬気おされた護衛獣たちだったが、次の瞬間には口々に賛成の意を表明する。
「お出かけですか、いいですね。すぐに準備します」
「ケッ!ようやく外に出られるのかよ。こんな狭い部屋に押し込められてて息が詰まるかと思ったぜ」
「了解シマシタ、主殿。本機ノ充電モ完了シタトコロデス」
「ハサハも・・おそと、いく」
ちなみにマグナとトリスの双子召喚士は同じ部屋をあてがわれている。
それなりに広い部屋なのだが、さすがに6人も一つの部屋にいると狭いと感じることもある。
まあ、マグナとトリスはお互いに気心が知れているし、護衛獣たちもちびっ子が多いのでそれほど気にもならないのだが。
「ハサハ、はぐれないようにちゃんとついて来るんだぞ。レオルドも注意してやってくれよな」
「(こくん)」
「了解デス」
「バルレル、荷物持ちよろしくね。いっつもレシィをいじめてる罰よ」
「ゲッ!なんで俺様がそんなことしなきゃならねぇんだよ!」
「ば…バルレルくん…あの…ボクも手伝いますから……」
双子召喚士が暴走召喚で呼び出してしまった二匹の召喚獣、バルレルとハサハ。
召喚の際にサモナイト石が壊れてしまったので彼らはもとの世界に帰ることができず、そのままこの世界に留まることとなった。
ネスティの話によると、呼び出した世界はわかっているのだから双子召喚士が送還術を研究して二匹をもとの世界に返すこともできないことはないらしい。
もともと召喚術とは異世界の者をもとの世界に送り返す送還術を応用した技術であり、今でこそ召喚獣の送還には召喚石を必要とするが、本来送還術にはサモナ
イト石は必要ないのである。
もっとも、それは送還先の世界がわかっている場合の話であり、例えば名も無き世界からの召喚獣などはその範疇ではない。
ともあれ、バルレルはサプレス、ハサハはシルターンと、それぞれの属する世界は判明しているため、双子召喚士のがんばり次第では二匹とももとの世界に帰る
ことができるだろう。
それまでの間は護衛獣として双子召喚士とともに行動することを二匹とも納得してくれた。
ハサハは保護者的立場であるマグナによく懐いており、バルレルも他の人間よりはトリスに信を置いてくれているようだ。
「あ、あとアメルにも声かけてみようか」
「いっつも家の中にいたんじゃよくないもんね。そうしましょう」
他の者はすでに出払っている。
この家に残っているのはネスティに足止めを食らっていたマグナたちと黒の旅団に追われる身であるアメルだけだ。
本来ならアメルは軽々しく表を歩くべきではないが、これだけ護衛がいればちょっとくらい大丈夫だろうと双子召喚士は考えた。
すぐにアメルの部屋まで飛んで行って一緒に出かけようと誘う。
ちょっと考えた後、笑顔で了解してくれた彼女と護衛獣を伴って、双子召喚士はさっそく港町ファナンに繰り出……そうとしたところで立ち止まった。
モーリン宅玄関前に見慣れたひらひらオレンジの服を着たウェイトレスさんが立っていたからだ。
「どうもどうも〜、皆さんお久しぶりです〜」
「「パッフェルさん!?」」
双子召喚士は思わず驚きの声をあげる。
ゼラムにいると思っていた人が行き先も告げずに出てきた自分たちの目の前にいるのだから当然の反応だろう。
パッフェルはそんな二人と同じように驚いている(ハサハとバルレル除く)面々をにこやかに眺めてから切り出した。
「先ほどそこでフォルテさんとケイナさんに会いまして、皆さんがここにいらっしゃると伺って挨拶に寄らせていただきました〜」
「あ、そ…そうなんですか……」
「ていうかパッフェルさん、どうしてファナンにいるんですか?」
「スルゼン砦ってところで雇っていただくことになってるんですよ〜。ファナンにはその途中で立ち寄ったんです」
驚きから立ち直って疑問を口にする双子召喚士に笑顔で答えてから、若干真剣な顔になって続けた。
「それでですね〜、私の他にナナさんやユエルさんもファナンに来ているんですけど……」
「え!?」
「ナナとユエルも!?」
「……実はナナさんがご病気で倒れてしまわれまして、できればお見舞いに来ていただけないでしょうか」
その言葉にナナを知るものは一様に衝撃を受け、パッフェルの案内のもと急いでナナの所へ向かうのであった。
「今日でもう3日かぁ……」
ユエルというらしい獣人の少女はベッドに横たわる奈菜をみつめながらため息と一緒にそんな言葉を漏らした。
3日、夜の街道で奈菜が突然倒れてからもうそれだけの時間がたったが、依然として奈菜の意識は戻らない。
ユエルより大きく、パッフェルよりも小さい、ちょうど私と同じくらいの高さのすらっとした体型。
喜怒哀楽が激しいが、基本的にいつも笑顔を保ち、周りの人間の顔色を伺っているような印象を受ける。
ユエルにはお姉さんらしく振舞い、パッフェルには礼儀正しく接し、私にはまだどう接していいのかわからない感じだったが、一応敬語を使っていた。
名前は奈菜。年齢は16歳。出身地不明。経歴不明。誕生日など、その他ほとんどの個人情報が不明。
黒髪を肩の辺りまでストレートに伸ばしており、顔つきや体つきも全体的に細く、色白な肌とあいまって華奢そうに見える。
以前命を救われたという知り合いのツテでパッフェルに仕事を紹介してもらい、ユエルと一緒にパッフェルの世話になっていた。
ユエルの召喚主の男との諍いが起きた際に私を召喚し、その後すぐに町を出発して謎の発作を起こし、現在まで意識不明。
私が自らの召喚主について知っていることはだいたいこんなところだ。
3日というのは私がこの世界に呼ばれて以降の時間、私が奈菜の傍にいた時間とほぼ同義だ。
起きている奈菜と接していたのはせいぜい2〜3時間だろう。
しかし、自分でも不思議に思うのだが、何故か自分は奈菜のことをもっと前から知っているような気がする。
自分の記憶をなにも持っていないと気づいたとき、私は一瞬とても空虚な心情に囚われた。
今立っている足元さえおぼつかない感じ、自分を取り巻く世界への不安、未知の自分への恐怖。
それらがいっぺんに襲い掛かってきたとき、目の前に奈菜がいなければ私はどうなっていたかわからない。
なぜかはわからない、しかし私はずっと以前から知っていた。
奈菜は私の全てだ。
私に記憶がないのは当然だった。私の全ては奈菜で、奈菜が私の全てだからだ。
有体に言えば、私は奈菜と一心同体なのだろう。
だから奈菜が目の前にいてくれれば私の不安は消し飛ぶし、護衛獣の役目などと言われるまでもなく奈菜は私が守る。
夕月という名前をくれたのも奈菜だ。私はその瞬間本当の意味でこの世界に産まれ落ちた。
奈菜とはまだ3日の付き合いだ。起きているときに接した時間は2〜3時間にしか過ぎない。
奈菜のことを好きかと言われれば、自分でもよくわからない。
好きとか嫌いとかの問題ではない気がする。仮に私が奈菜のことを嫌いだったとしても、私は奈菜と一緒に生き続けるのだろう。
自分のことが嫌いな人間がいても、自分であることをやめて生き続けられる人間などいるはずもないのだから。
奈菜は3日の間意識が戻らないでいる。その間、私はずっと奈菜の傍にいた。
この先二度と奈菜が目覚めないとしても、そのときは私も二度とここを離れないでいるまでだ。
もし奈菜がこのまま死んでしまったなら、そのときは私も死ぬしかない。
奈菜が目覚めて、これからも生き続けるのなら、そのときは私も生き続けよう。いつまでも、奈菜の傍で。
そんなことは今更考えるまでもないことだ。私にとっては当たり前なことなんだから。
しかしそのときはそんなことを考えずにはいられなかった。いつまでも意識の戻らない奈菜に私も精神的に疲れていたのかもしれない。
私がユエルに頬をつつかれてもピクリとも反応せずに眠り続ける奈菜をみつめながら物思いに耽っていると、突然あわただしく騒がしい集団が部屋に駆け込んで
きた。
「ナナ!!」
「ナナ、大丈夫!?」
「ナナさん!!」
狭い部屋に大勢でなだれ込んできた連中は口々に大声で奈菜の名を呼ぶ。
突然のことにユエルは目を丸くして驚いているが、私は奈菜を守るために棍を具現して連中と奈菜の間に立つ。
彼らは私の行動に驚き、反射的に得物に手を伸ばそうとしたが、遅い。私はまず牽制のために先頭に立つ男にノーモーションから繰り出す突きを――
「ちょっと待ったユヅキさん!この人たちは敵じゃありませんよ!」
――くらわせようとして、ピタリと止めた。
「も〜、ユヅキさんてば、いきなりそんなことしたらお客様に失礼ですよ〜」
連中の後ろから現れたパッフェルがいつものことであるかのように窘める言葉を発する。
私はそれに応えるでもなく手の中の棍を消し、奈菜のベットの側にある椅子に腰掛け、この騒動にも一切反応を示さない奈菜の顔をみつめる。
自分の首もとに突きつけられていた棒がなくなったことで安堵のため息をついた男は、触れられてもいない喉をしきりにさすりながらパッフェルに問う。
「…え、と、パッフェルさん、彼女は?」
「はい、ユヅキさんです。私たちの旅仲間で、とってもお強いんですよ〜」
パッフェルは私が召喚獣であることを言わない。そのほうが奈菜にとっても私にとっても良いとのことだ。
「今、棒が出たり消えたりしたような気がするんですけど…?」
「すっごい早業でしょう?私にもさっぱり見えないんですよ〜」
「はあ…」
「そんなことより、ナナは!?」
「ナナさん!」
納得いかないという顔で首をひねる男を押しのけて女の子二人がベッドで眠る奈菜に駆け寄る。
奈菜の顔を覗き込める位置にいたユエルは二人の剣幕に慌てて飛びのいた。
「ナナさん、いったいどうしちゃったんですか?!」
「倒れたって、なんの病気なの?!」
女の子二人は3日の間にだいぶ顔色の良くなった奈菜と比べてそっちのほうが病気なんじゃないのかというくらい顔を真っ青にしている。
そんな二人にパッフェルとユエルが事情を説明してやる。
「私たちにも良くわからないんですが、突然苦しみだしたと思ったら気を失ってしまわれまして……」
「もう3日も目が覚めないんだよ。おいしゃさまにも診てもらったけど、どこも悪くないって言われたの」
「そんな!3日も目を覚まさなくて、どこも悪くないはずないじゃない!」
「アメル、君の力でなんとかならないのか?」
「……やってみます」
思い悩んでいるような顔をしていた少女は男の言葉に意を決したように奈菜の額に手を伸ばす。
触れるか触れないかのところで一度ビクリと引いたが、まるで割れ物を扱うような手付きでそっと奈菜の額に手を置く。
すると少女の手は仄かな光に包まれ、奈菜の顔が苦痛を感じているかのように歪められた。
私はとっさに立ち上がって止めさせようとしたが、パッフェルに手で制された。
パッフェルのことはそれなりに信用できると思うが、いざという場合には私はパッフェルより奈菜を選ぶ。
私がパッフェルと事を構えることになってでも少女を止めるべきかと思案していると、奈菜の歪められていた顔はすーっと穏やかになっていった。
それまで緊張に張り詰めた顔をしていた少女の表情も晴れやかになり、そのまま数分の間少女は奈菜の額に光に包まれた手をかざしていた。
少女がふうと吐息を漏らして奈菜の額から手を引くと、規則正しく呼吸をしているだけだった奈菜が呻き声を漏らした。
「ん…んん〜……」
「奈菜!?」
「「「「「ナナ(さん)?!」」」」」
「ん〜……?」
そして、3日もの間眠り続けた私の半身は、心地良い布団でまどろむ子供のように寝返りを打って私たちに背を向け、起きるのを拒否した。
第11話 「看病」 おわり
第12話 「夢の中のあたしは」 につづく