「―――それでは、行って参りますね〜」 「はい。行ってらっしゃい、パッフェルさん」 「行ってらっしゃ〜い」 いつものように朗らかな笑顔を全方位放射しながら、パッフェルさんは旅荷物をよいしょと抱えて見送りのあたしたちに背を向ける。 そして小走りで先行していた二人の人物に追いつき、出発を促した。 「ささ、お二人とも、参りましょう。目指すはスルゼン砦です」 「了解。これからよろしくお願いしますよ、パッフェルさん」 「私とハヤトは地理には少々疎くて、申し訳ありませんが道案内お願いしますね」 二人のうち、少年の方は人懐っこそうな笑顔でパッフェルに応じ、少女の方は若干心苦しそうに告げる。 それぞれの対照的な対応を受けて、パッフェルはこれまたいつもの調子で朗らかに返す。 「お任せください! 任務のお給金は前払いでいただいていますが、お仕事には手を抜かないのが私のポリシーですから。遠慮なく頼っちゃってくださいな」 「へ〜、感心な心がけだな〜。なら、俺たちも頑張らないとな」 「ええ。精一杯頑張りましょうね、ハヤト」 三人は賑やかにファナンの正門を抜け、外界へと旅立っていく。 門を抜ける直前にパッフェルさんが振り返って手を振ってきたのであたしたち見送り組みも大きく手を振って応える。 突然現れた二人にパッフェルさんを取られてしまったような心境で少し寂しくなるが、あたし自身の話したことを参考に今後のことを検討した結果、パーティを 二つに分けるのが最良ということになったのだ。 積極的に協力してくれている彼らに感謝こそすれ、嫉妬のような感情を抱くなんて、あたしにそんな権利はない。 まったく戦力にならないあたしと違って彼らの力なら多くの人たちの命を救えるだろう。 それどころか悪魔王メルギトスですら簡単に倒してしまうかもしれない。 初代サモンナイトの主人公は伝説の勇者、かつてエルゴの王と呼ばれた最強の召喚士の再来・誓約者(リンカー)なのだから。 三人の姿は次第に小さくなっていき、あたしたちは門を行きかう旅人や行商人の邪魔にならないようにしながら彼女たちが見えなくなるまでその背中を見送って いた。 このとき、もうパッフェルさんには会えないんじゃないかという悪い予感がした、などという意味不明なナレーションがあたしの脳内に生まれる。 まあ、実際にはそんなことはなく彼らは普通に帰ってくるだろう。 あのメンバーで最悪の事態が起こるなどということはちょっと考えづらい。 彼らの姿が完全に景色と区別がつかなくなり、あたしは門に背を向けた。 あたしたちも、いつまでもこうしているわけにはいかない。 彼女たちには彼女たちのすることがあるように、あたしたちにもあたしたちの役目があるのだ。 「さ、ユエル、夕月さん、私たちも行きましょう」 「うん!」 「はい」 パッフェルさんたちなら心配せずとも自分たちの役目をきちんと果たしてくれるだろう。 そう信じてあたしたちも自分の持ち場へと向かう。 ユエルは海岸へ、あたしと夕月はモーリン宅へと駆ける。 あたしたちの役目、それは今日起こる予定の事件・ジャキーニ海賊団によるファナン砲撃の被害を未然に食い止めることだ。 と言っても、あたしたち三人だけで彼らを倒そうというわけではない。 いくらなんでもユエルと夕月だけ(あたしは戦力外)で海賊だけならともかく半魚兵や人魚兵に勝てるわけがない。 あたしたちのすることは海賊たちが大砲を撃つ前にマグナたちを海岸に誘導すること。それに尽きる。 そうすればジャキーニ海賊団はマグナたちによって一網打尽にされるだろう。シナリオ通りに。 もしかしたら町に被害が出なければ金の派閥の出動が早まるかもしれないが、さしたる問題にはならないだろう。 金の派閥と揉めることが無いようにミニスにシルヴァーナのペンダントを返したのだから。 シナリオ通りに進んで、かつ被害が最小限に食い止められるのが最善だ。 予想外のことが起きたときのテコ入れもあたしたちの重要な役目だが、相手がジャキーニ海賊団ではそうそう変なことにはならないだろう。 目の前にモーリン宅が見えてきた。 まだ早い時間なので、おそらくマグナたちはまだ家の中だろう。 あたしと夕月はモーリン宅の玄関の前で立ち止まった。 耳を澄ませば家の中から聖女御一行の声や物音が聞こえる。 どうやら間に合ったようだ。 「ふう」 正門から町外れにあるモーリン宅まで駆けてきたあたしは息切れしてしまい、一息ついて家の壁にもたれて休む。 それに習って夕月も壁にもたれるが、彼女の方は呼吸に乱れがない。 あたしが体力ないのか彼女がタフなのか。いや、きっとその両方だな。 壁に背をつけると中の様子がよりはっきり聞き取れるようになる。 どうやら彼らは朝食を終えた段階のようだ。 これから旅の支度をして玄関から出てくるだろう。 そこからがあたしにとって今日の最大の山場。 彼らが出てきたときにまずどうやって声をかけるかを頭の中でシミュレートしながら呼吸を整える。 そして隣に立つ少女に視線を向ける。 今回ばかりはいつも寡黙な彼女にも会話に参加してもらいたいところだ。 「わかってますね、夕月さん。私たちの役目は会話を長引かせてマグナさんたちをここに足止めすることです」 「はい」 海岸へ向かったユエルが海賊船を見付けて報告に来るまで、あたしたちが聖女御一行をモーリン宅に釘付けにする。 それが今回の作戦だった。 このモーリン宅は海岸からも近いので、ユエルの報告を聞いて急いで海岸に向かえば第一射に間に合うはずだ。 「たぶん10〜20分くらいでユエルが来るはずですが、ネスティさんやリューグさんは強敵なので気をつけてくださいね」 「大丈夫です。必ず足止めしてみせます」 そう答える夕月の目には自信があふれているように見えたが、それが何故かあたしの不安を掻き立てる。 「……念のため言っておきますけど、力尽くで足止めしちゃ駄目ですからね?」 「……大丈夫です」 あ、目を逸らした。 ……ホントに大丈夫なんだろうか…… あたしが心配になって会話の打ち合わせをしようかと思ったとき、家の中から聞こえる喧騒が玄関に近づいてくるのを感じた。 いよいよだ。もう打ち合わせをしている時間はない。 緊張を和らげる為に深呼吸をして、あたしは夕月を伴って玄関前に立つ。 正史では砲撃が始まるのは彼らがファナンの大通りを抜けて門へ向かっている最中。 町に砲弾を撃ち込める範囲内で大きな船を隠せるようなスペースはないので、海岸から見える位置に海賊船が現れるのももうすぐだろう。 もしかしたら視力の良いユエルのことだからすでに発見してこちらに向かっているかもしれない。 あたしたちがわざわざマグナたちを足止めする必要すらないかもしれない。 それくらい簡単な役目だ。 それでも役割があるということは嬉しいことだ。 戦闘では何の役にも立たないあたしだけど、これくらいのことならあたしにだってできる。 マグナたちが予定よりたった数分間早く海岸についてくれれば大勢の罪のない人々が暮らすファナンの町に無慈悲な凶弾が打ち込まれるのを阻止することができ る。 それはあたしがもたらした情報のおかげなのだ。 モーリン宅の戸が開けられる。 和風な玄関をまたいで一番に姿を現したのはトリスだ。 すぐにあたしと夕月に気づいたようで驚いた表情になる。 「あれ? ナナにユヅキさん? どうしたのこんな朝早くに?」 トリスに続いて姿を現したマグナに護衛獣、アメルといった面々もあたし達に気づいて'ナナ?'とか'どうしたんだ?'とか'おはようございます'など、口 々に声をかけてくる。 それら全ての声に応えるのは無理であった為、あたしと夕月は一括して全員におはようございますと頭を下げる。 すると彼らの中から両手両足をごついブーツとグローブに包み、肩に引っ掛からないほどダボダボなジャケットを羽織った長身の金髪女性が歩み出てきた。 このメンバーの中で唯一あたしと面識のない人物であり、この家の主であるモーリンである。 「なんだい? この娘達、あんたたちの知り合いかい?」 モーリンとあたしたちが初対面であることに気づいたマグナがその問いに肯定の返事を返す。 「ああ。ナナとはゼラムにいたときからの知り合いなんだ。俺たちと同じ頃にユヅキさんたちと一緒にこっちに来たらしい」 「そうかい。あたいはモーリンってんだ。ここの道場で師範代をやってる」 「ナナっていいます。マグナさんたちには何度もお世話になりました。そしてこちらが―――」 隣に立つ夕月にちらりと視線を向けると、その口から間髪入れずにぶっきらぼうな言葉が漏れる。 「夕月だ」 彼女が寡黙でぶっきらぼうなのは今に始まったことではないが、あたし以外に敬語を使わなかったり言葉が足りなかったりで、横で見ているこっちが冷や冷やさ せられる。 あまりに簡潔な自己紹介にモーリンが気を悪くしていないかと心配するが、懐の広い彼女はそのくらいでは気にならなかったらしい。 「ナナとユヅキだね。オッケー、覚えたよ。これからよろしく」 「は、はい。よろしくお願いします」 「よろしく」 モーリンがグローブを外して握手を求めてきたのであたしたちは交互に彼女の手を握る。 女性にしては大きめで少し筋張っていたが、強く握られたわけでもないのに力強さと暖かさが伝わってくる手だった。 あたしたちが自己紹介を終えると、一番最初に疑問を投げかけてきたトリスがモーリンの横に並んで再度問いかける。 「それで、どうしてナナたちがここに? あなたたちも今日出発するんでしょう? 準備しなくていいの?」 「ええ、実は少し事情が変わりまして、スルゼン砦にはパッフェルさんだけが向かって、私と夕月さんとユエルはしばらくファナンに滞在することになったんで す」 正確にはパッフェルさんだけでなくハヤト・クラレットのサモ1チームも一緒なんだけどね。 しかしトリスは彼らのことなんて知らないだろうし、あたしだってなんであの人たちが協力してくれることになったのかは知らない。 パッフェルさんに訊いても企業秘密です♪ って言うだけだし、本人たちも何故だか自分たちのことには触れて欲しくなさそうだったし。 そんなところもなんだか仲間はずれにされてるみたいで面白くない。 そんなこと言ってる場合じゃないのはわかってるし、誓約者の力には期待してるんだけどね。 「さっきまでパッフェルさんのお見送りしてて、ついでだからトリスさんたちのお見送りもと思いまして」 と言っても見送るどころか足止めするつもりなんだけどね。 そんなあたしの内心を知らないトリスは嬉しそうな笑顔を見せてくれる。 「そっか、わざわざアリガトね。ゼラムのときは見送ってもらう暇なんて無かったし、すっごく嬉しいよ!」 何も知らない無邪気な笑顔が胸に痛いと思うのはこれで何度目だろうか。 胸のうちをごまかす為に笑顔を作るあたしに、トリスは突然何かを思い出したというような様子で問いかける。 「あ! そうそう、ねえナナ、あとユヅキさんも。あたしこれからちょっと失礼なこと訊くけどいいかな?」 「? なんですか?」 「……?」 なんでもズケズケと言う(失礼)トリスにしては珍しく言いよどんでいる。 いったい何を言い出すのかと思っていると、ちょっと困ったように眉根を寄せた彼女の口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。 「あなたたちって人間なの?」 「…………は?」 最初は意味がわからなかった。 次に、ああそうか夕月のことだと思い至った。 確かに彼女はサプレスの召喚獣なので人間ではない(天使だか悪魔だか知らないけど) しかしあなたたち、ということはあたしも含まれるのか? あたしが人間に見えないと? そんなはずはない。 あたしがこれまで生きてきた16年間で人間以外のものとして扱われたことは一度も無い(はず) いや、それを言うなら夕月だってまるっきり人間にしか見えないはずだ。 じゃあ何故トリスはあんなことを? あたしが混乱して固まっていると、トリスは慌てたように両手を振る。 「ああ、ゴメンゴメン! そんな深く考え込まなくていいから! 率直に言って、人間なんでしょ? ね?」 「……一応人間のつもりですけど」 「ユヅキさんも、人間だよね?」 「……(こく)」 トリスがどういう意図でそんな質問を持ち出してきたのか不明だったが、とりあえずあたしと夕月は肯定の意を示しておく。 ちなみに夕月があたしの召喚獣であることは秘密にするようにパッフェルさんに言われている。 召喚術が軍人の必須教養になっている帝国と違って、聖王国では召喚士以外の人間が召喚術を使うといろいろ面倒なのだ。 あたしたちの返答を受けたトリスはホッと胸をなでおろしながら照れ隠しのように笑った。 「だよね〜。いや、うちのバルレルがさあ、あなたたちは人間じゃないとか言うのよ。もちろんそんなわけないとは思ったんだけど、一応訊いてみたの」 バルレルが? どういうことかと思ってツンツンヘアーの小悪魔を見やる。 なんだかんだ言って主人の傍に付き従っている生意気な護衛獣は不機嫌そうに顔を逸らす。 「ケッ! 言ったのは俺だけじゃねえぜ? そっちのガキもテメーらのことが怪しくてしょうがねえってよ」 そう言うバルレルの視線の先にはマグナの後ろにちょこんと立っているハサハが。 人見知りな彼女はあたしたちの視線が集まったことでマグナの背に隠れてしまう。 バルレルの態度にカチンときたのかトリスがバルレルの柔らかそうな頬っぺたをぎゅっとつねった。 「ちょっとバルレル! ハサハはそんなこと言ってないでしょ。露骨に怪しい怪しい言ってるのはあんただけよ!」 「いへえな! はなひやはれヒンヘン! (痛てえな! 離しやがれニンゲン!)」 頬をつねられて呂律の回らないバルレルとトリスはあたしたちそっちのけでギャーギャーと言い争いを始め、トリスのもう一人の護衛獣であるレシィは二人の間 であわあわと右往左往している。 他の人たちは'ああ、またか'という表情で止めるつもりはないらしい。 こっちとしては時間稼ぎになるからいいんだけど……バルレルがあたしたちのことを怪しんでる? ひょっとしてあたしがこの世界の人間でないことや、夕月がサプレスの召喚獣であることをあの魔公子は感じ取っているのだろうか? 彼は今でこそ生意気な小悪魔にしか見えないが、その正体はサプレスにおいて『凶嵐の魔公子』の二つ名で恐れられていた大悪魔なのだ。 あたしたちのことを何か感づいていても不思議ではない。 まあ、正体がバレたとしても特別やましいことがあるわけではないのだが……怪しまれてるってのはいい気はしないな。 あたしたちのせいでトリスとバルレルの仲が悪くなったりしても困るし…… 勝手な言い分だとは思うけど、あたしは彼らとは仲良くしていきたい。 向こうの世界でお気に入りだったキャラたちに好かれたいと思うのは当然だ。 バルレルだって一度は護衛獣として選択して一緒に冒険した仲間だ。 召喚主であるトリスほどではなくとも仲良くしたい。 しかしトリスと喧嘩中のバルレルに話しかけるのも憚られる。 どうしたものかと思って二人の口げんかを眺めていると、いい加減見ていられなくなったのか兄弟子の喝が飛ぶ。 「いいかげんにしないか! 僕たちも暇じゃないんだ、無駄な言い争いで時間を潰すんじゃない!」 怒鳴られたトリスの身体がぴたりと止まる、その隙にバルレルは頬をつねっていたトリスの手から逃れ、勝ち誇ったように笑った。 「へっ! 凶暴女もメガネの前では形無しだな! 惚れた弱みってヤツかあ?」 「な!? バルレル!!」 ヒャハハハと馬鹿笑いするバルレルにトリスは掴みかかろうとするが、ネスティに冷静に制される。 「トリス、相手にするな」 「ネス、でも……!」 「悪魔とはああいうものだ。一々反応していてもしょうがあるまい」 「むぅ……」 納得いかないという表情ながらもしぶしぶ反論の言葉を飲み込むトリス。 大人な対応を見せたネスティだったが、気のせいか、その目には怒りの色が隠しきれていないように見える。 そんな二人の視線を涼しげに浴びるバルレルはニマニマ笑いで言葉を紡ぐ。 「メガネの言う通りだぜ。俺たち悪魔はニンゲンどもの負の感情を食らって生きてるんだからな。お前らと馴れ合うつもりなんかねえんだよ」 バルレルのその台詞にトリスは悲しそうな表情でバルレルを見つめる。 それを見たバルレルも思わず言葉に詰まる。 口喧嘩ばかりしている二人だが、本当はお互いのことをそんなに嫌っているわけではないのだ。 トリスが黙り込み、バルレルも沈黙して、場の空気が非常に重くなる。 気まずい雰囲気になっちゃったなあ、これってあたしたちのせいなんだろうか…… ここに来るまでに考えたいくつかの話題を今切り出そうか? しかし下手につつくと余計に収拾が付かなくなるかもしれないし……どうしよう…… そのとき、海岸側からたったったっと軽快な足音が近づいてくるのにあたしは気づいた。 ようやく来た! ユエルだ! あたしがくるりと振り返ったあたしの目に大きく手を振りながら駆け寄ってくるユエルの姿が飛び込んできた。 あたしのその動作で他の人たちも走ってくるユエルに気づいたようだ。 ユエルにもそれがわかったようで、あらかじめ打ち合わせしておいた台詞を大声で叫ぶ。 「大変大変! 海賊だよ! 海賊船だよ! 向こうの海岸に海賊船がやってきたよ!」 「海賊船だって!?」 海賊船という言葉に一番に反応したのはこの町で生まれ育ったモーリンだ。 ファナンの町は以前から海賊の被害に悩まされており、腕っ節の強い彼女は町のガードマン的存在として町の人々に頼られているのだ。 そのモーリンが町に海賊船が近づいてきたと聞いて黙っていられるはずがない。 「あいつら、とうとう本格的にファナンを縄張りにするつもりだね。お嬢ちゃん、海賊船が出たってのはどこだい!」 「こっちだよ! ユエルについてきて!」 そう言って返事も待たずに駆け出したユエルを追いかけてモーリンもあたしたちに声もかけずに駆け出した。 置いてけぼりを食らったマグナたちは状況の変化についていけないようで、どうしたものかと悠長に話し合いを始める。 ユエルたちを見失っては困るので、あたしは彼らを促すために声を張り上げた。 「何やってるんですか! 海賊船が来たんですよ! 二人だけで行かせるつもりなんですか!?」 そう言い放ちつつ、夕月を伴ってユエルたちの後を追って駆け出す。 彼らに戸惑う暇を与えないための演技だ。 戦闘能力皆無のあたしにあんなことを言われて、あたしたち四人だけを海賊船に向かわせるなんて選択肢は彼らにはないだろう。 案の定、走りながら後ろを見やるとマグナたちがしっかりついてきているのが見て取れた。 トリスとバルレルも一時休戦したらしく、結果オーライ、とまではいかなくとも問題を先送りにはできたようだ。 先頭を行くユエルとモーリンを見失わないように息が切れるのも構わず全力で走る。 どうせあたしは戦闘には参加できないのだから、体力が続かなくても問題ない。 それに問題の海岸まではそう遠くない。もともとモーリンの家は海岸から近いのだ。 周りに建物や植物が少なくなってきた。前方に青く広がる海と銀砂の浜辺が見える。 とそのとき、前方を走るモーリンが海岸に到着し、彼女の目の前に鎮座する大仰な帆船に向けて大声で叫んだ。 「海賊ども! お前らをファナンの町には行かせないよ! 二度と悪さできないようにボッコボコにしてやるから降りてきて勝負しな!!」 その力強い宣誓の言葉に船の上の海賊たちに動揺が走る。 彼らはモーリンによって何度も痛い目にあわされており、つい先日にもマグナたちとモーリンによって叩きのめされたばかりなのだ。 しかし今回の彼らは一味違った。 仰々しい服装に身を包み立派なひげを蓄えたいかにも船長然とした暑苦しそうな人物が進み出て、船の上からモーリンを見下ろす。 「お前か、ワシの部下たちを痛い目にあわせてくれたのは! 町に大砲をぶっ放してあぶりだそうと思ったが、そっちから来てくれるとは好都合じゃわい!」 サモンナイト3から20年ほど経って貫禄と年季を身につけたジャキーニ船長である。 3ではコソドロとかストライキとかしょぼい悪事しかしてなかった彼も、2では召喚術をマスターし町に大砲をぶっ放すほどの悪党となった。 2での初めての対ジャキーニ海賊団で微妙に梃子摺ったというのは秘密だ。 などと変なことを考えている間にも、モーリンとジャキーニの言い合いは続いている。 「大砲だって? 冗談じゃないよ! そんなことしなくてもあんたらの相手はあたいがやってやるからとっとと降りてきな!」 「がははは! 威勢が良いのう! だが、お前ごときにワシが出るまでもないわい!」 「何言ってんだい! 雑魚なんていくら束になったってあたいには勝てないよ! 大口叩いてないであんたが勝負しな!」 「がはははは! これを見てもまだそんなことが言えるかのう?」 そう言ってジャキーニは若草色のサモナイト石を取り出し、天高く掲げた。 「そら、出番じゃ化け物ども! 出て来い!」 ジャキーニの持つ召喚石がまばゆい光を放つ。 そのまぶしさに思わず立ち止まって目をふさぐ。 モーリンや先導してきたユエルも同じようで、その光景を見た後続のマグナたちから動揺の声が漏れる。 「これは、召喚術の光!?」 「そんな! 海賊がどうして召喚術を!?」 彼らの言葉通り、光が収まった後には今までその場に存在していなかったはずの生き物たちが現れていた。 フォルテやルヴァイドに匹敵する長身で大きな斧を抱え、全身を緑色の鱗で覆われた魚顔の召喚獣・半魚兵。 味方側でも序盤の主戦力として使える人魚型召喚獣ローレライに似た人魚兵。 二種類の召喚獣が計7匹召喚されていた。 ファナンには金の派閥の本部があるとはいえ、聖王国に住む庶民には召喚術は馴染みが薄いのだろう。 モーリンは召喚士ではなく海賊によって行われた召喚術に驚愕していた。 「な!? 召喚術だって!?」 「がっははははは!! どうだ見たかワシの力を! 今日びは金さえ積めば、海賊だって召喚術を使えるんじゃあ!!」 そういって馬鹿笑いをするジャキーニ。 その言葉に事情を悟ったのか、いつの間にかあたしのすぐ後ろまで来ていたネスティがぼやくように呟いた。 「まさか海賊の親玉が外道召喚師とはな。まったく、どんな師匠についたのやら」 それを聞きつけたマグナが問い返す。 「外道召喚士って、派閥に属さずに自分の私欲の為に力を使う召喚士のこと……だったよな?」 「その通りだ。蒼と金の派閥はそれぞれ目的も思想も異なるが、どちらも外道召喚士については厳しく取り締まっている」 「そうか……俺たちも召喚士の素質があるからって無理やり派閥に入れられたしな」 「…………」 マグナのその台詞に何も言えなくなるネスティ。 彼は知っているのだ。マグナとトリスが派閥によって監視される生活を余儀なくされたのには他の原因があることを。 しかし今はそのことを彼らに語るべき時ではない。 むしろネスティは真実を話す日など永遠に来ない方がいいと思っているだろう。 残念ながらシナリオ通りに行けばその日は必ず訪れることになるのだが。 「さあ化け物ども! その女をぎったんぎったんに伸してしまえい!」 「ウコケケクエエェェエエ!!」 「くっ!」 「わっ! 来たっ!」 そうこう言っているうちに戦闘が始まったらしい。 先行していたモーリンとユエルに半魚兵の斧が襲い掛かり、人魚兵が水を使った遠距離攻撃を行う。 その様子を見たトリスが一目散に駆け出し、他の面々も彼女に続く。 「モーリン! 手伝うわ!」 「トリス!? でも、あんたたちは……」 「気にしないで。ちょっとくらい出発が遅れても平気だから。それにモーリンやこの町にはとってもお世話になったしね!」 そう言いながらトリスは短剣片手に敵に突っ込んでいく。 バルレルとレシィはトリスのフォローにまわり、他の者も敵に切り込んだり召喚術の詠唱を始めている。 「あんたら……恩に着るよ!」 一言そう叫んでモーリンも自らの拳を武器に敵陣に乗り込んでいく。 その様子をジャキーニは船の上から文字通り高みの見物していた。 「がははは! 何人増えようが同じことじゃ! ようしお前ら! 大砲の用意をせい!」 「「「へい! 船長!」」」 まずい! モーリンたちが召喚獣相手に梃子摺っている間に船上の海賊たちは大砲に砲弾を込め始めた。 海賊船に肉迫しているモーリンたちに照準を合わせることはできないだろうから、狙いはファナンの町だ。 何も知らないファナンの人たちに凶弾が降り注ぐような事態になったらどんな惨事になるかわからない。 黒光りする寸胴な巨体にこれまた巨大な砲弾が詰め込まれていく。 大声でやめてと叫びたかったが声が出ない。 すぐ目の前ではモーリンたちが異界の住人たちと壮絶な戦いを繰り広げている。 船上では船員たちが躊躇する様子も無く凶行に及ぶ準備を黙々とこなしている。 肌で感じる戦場の空気はあたしの喉を圧迫し、声を出そうとしてもあたしの口からは苦しげな呼吸が漏れてくるだけだった。 海賊たちのしようとしていることに気づいたモーリンが必死になって叫ぶ。 それを見てジャキーニは満足そうに高笑いをあげる。 「や……やめろお!!」 「やめろと言われてやめる馬鹿はおらんわ! がっはははははは―――――は?」 とそのとき、ジャキーニの馬鹿笑いが不意に止まった。 その目は大きく見開かれ、顔面には大量の冷や汗が流れている。 何か恐ろしいモノを見てしまったというようなリアクション。 驚愕と恐怖の表情を張り付かせて彼の時間は止まった。 全身を硬直させて一点を注視する彼の視線の先にいたのは――――あたしだった。 「……なんであの娘がこんなところにおるんじゃ……」 彼がポツリと漏らしたその言葉は、遠すぎてあたしの耳には届かなかった――― 第16話 「陸に上がるのは嫌ですか? 前編」 おわり 第17話 「陸に上がるのは嫌ですか? 後編」 につづく |