『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第18話 「悪魔は囁く」


























「ごめんなさい!」


聖女御一行の出発準備が着々と進むモーリン宅で、あたしはトリスとネスティに頭を下げていた。

ちなみにマグナとミニスは金の派閥に出向いているのでここにはいない。


珍しくタッグを組んで説教を浴びせる兄妹弟子コンビに、あたしは平謝りすることしかできなかった。

曰く「君は非戦闘員だろう! 戦場に近づくんじゃない!」

曰く「無茶苦茶心配したんだからね! もうこんなことしないでよ!」


まったくその通りなので返す言葉も無い。

皆に心配をかけた上に夕月やカザミネさんにも迷惑をかけて、まったく情けない限りである。

わざわざ非戦闘員のあたしを狙って大砲を撃つとは微塵も思ってなかったとはいえ、一歩間違えばバラバラに吹き飛んでたところだった。

海賊から町の人たちを守るとか息巻いておきながらこれだ。

つくづく自分の無力さが嫌になる。


自分に非があるのは分かっている。

戦えないのなら隠れて見ていればよかった。

あたしがあそこにいたのはトリスたちの誘導と、イレギュラーな事態が起きたときに適切に対応する為だが、そんな言い訳を彼らに言うわけにはいかない。

だからただひたすらに謝るしかないのだ。


「ごめんなさい! 二度とこんなことにならないよう気をつけます!」


あたしが反省していることが伝わったのか、ネスティは厳しい顔つきながらもそこで矛を収めてくれた。

しかしトリスの方はまだ言い足りないのか、ブツブツと愚痴をこぼす。


「もう。ホントに心配したんだから。発射するのを止められなかったときには死んじゃったかと思ったし、一発目が外れたと分かって二発目を絶対止めようとし たのにまた撃たれちゃうし……」

「ご……ごめんなさい」


あたしたちの救援より二発目の阻止を優先させた彼女たちの判断は間違ってはいないだろう。

カザミネさんじゃあるまいし、剣や召喚術で大砲の弾をどうにかしようなんて普通は思いつかないし、例え弾をどうにかできたとしても砲撃の元を断たなければ 問題は解決しない。


もしあの時カザミネさんが間に合わなくて最悪の事態になっていたとしたら、きっと彼女たちは自分の力の至らなさを責めていただろう。

実際にはカザミネさんは間に合ったし、怪我もアメルとモーリンが治してくれた。

しかしそれは結果論に過ぎないし、トリスたちに心配をかけてしまったことは変わらない。


カザミネさんと夕月にはここに来る前にすでに誠心誠意感謝の気持ちを伝えてきた。

トリスたちに迷惑をかけてしまったこともあたしなりに深く反省している。


トリスもそれは分かっているのだろう。

拗ねたように愚痴を言ってはいても、その言葉にあたしを責める響きは含まれていない。

引っ込みが付かないのか、頭を下げるあたしをむ〜と膨れながら見ているトリスに、様子を伺っていたアメルが助け舟を出した。


「まあまあトリスさん、もういいじゃないですか。ナナさんも反省してるみたいですし、みんな無事だったんですから」

「……それもそうね。だいたい一番悪いのは海賊なのよ。なんでわざわざナナを狙ったんだか。ミミエットにもっとボコボコにさせときゃよかったかな」


アメルの言葉を受けてあたしに愚痴を言うのはやめたようだが、今度はジャキーニさんたちが標的になってしまったようだ。

いや、十分ボコボコにしてたでしょ(汗)

あたしとアメルは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

トリスとミミエット、最凶コンビの誕生か……


そんな失礼なことを考えていると、成り行きを見守っていたネスティがトリスの頭に軽い拳骨を食らわせる。


「あた!? 何よネス〜」

「君は僕が昨日言ったことをもう忘れたのか?」


抗議のまなざしを向けるトリスにネスティは呆れたようにやれやれと首を振る。

その様子を見てトリスは唇を尖らせる。


「覚えてるわよ。強力な召喚術はむやみやたらと使うな、でしょ?」

「そうだ。突然魔力の上がった君たちは未だ自分の力を制御しきれていない。仲間や周囲に被害が及ばないように、これからは考えて力を使うんだ」

「わかってるわよ。今のはちょっと言ってみただけじゃない」

「ならいいがな。これは君たちが一人前と認められるための旅だ。行く先々で不評を買っていてはいつまでたっても終わらないぞ」

「むぅ……」


ネスティの辛らつな指摘にトリスは頬を膨らませて唸る。

恨みがましいトリスの視線をものともせず、ネスティは出発の準備を整える為に行ってしまった。


「む〜、なによネスってば、昨日のことはミミエットがあんなに強いなんて知らなかったんだから仕方ないじゃない。自分だって気付かなかったくせにぷりぷり 怒っちゃって」

「まあまあ、ネスティさんはトリスさんたちのことが心配なんですよ」


愚痴をこぼすトリスをアメルが宥める。

確かにネスティは神経質っぽいところはあるが、小言を言うのがトリスたちを心配しているからなのは明白だ。


彼にとって心を許せるのはマグナ・トリスと養父のラウル師範だけ。

しかもライルの一族とクレスメント家は遥か昔から対等な友人として繁栄も没落も共にしてきた、一蓮托生の仲である。

バスクの名を貰った自分とは違い、成り上がりと呼ばれ蔑まれているマグナとトリスを誰にも文句のつけられない立派な召喚術士にすることで頭がいっぱいなの だ。


そんな事情をトリスたちは知らないであろうが、彼女たちは文句を言いながらもネスティのことを深く信頼している。

そして彼女たちが真に認められたいと思っている相手は、自分たちを成り上がりと蔑んでいる者たちではなく、兄弟子であるネスティなのだ。

そういう思考の行き違いが原因で物語序盤ではネスティと衝突することもあった。


そこらへんのシナリオにはあたしはノータッチだったけど、きっとこの世界でもそのイベントは起こっているはずだ。

その頃に比べれば、今のネスティは焦っている様子は見られない。

しかしこれから先、禁忌の森に関わるようになれば彼の心労はますます増すだろう。


そう考えると、軽口を叩きあっていられる今のうちが一番幸せなんじゃないかと思えてくる。

トリスたちが自分の生い立ちを知って閉じ篭っちゃうシナリオは見てて胸が痛かったものだ。

願わくは、トリスたちにはいつまでも笑顔でいてもらいたい。


でもそれも、第3者の勝手な押し付けなんだろうな。

彼らはゲームのキャラなんかじゃない。

生きて、笑って、泣いて、挫けて、立ち直って、成功したり失敗したりしながら成長していく実在の人間。

そんな彼らの人生に、全てを知っているのに何の関係もないあたしなんかが好き勝手に介入していいわけがない。


「お、なんだ、負の感情が漂ってんな。どうしたニンゲン、メガネと痴話喧嘩でもしたか」


あたしの思考を断ち切るケケケという笑い声と共に、トリスの護衛獣バルレルが現れた。

主人であるはずのトリスをからかう調子が含まれた言葉に、兄弟子への不満を漏らしていたトリスの目が据わる。


「バ〜ル〜レ〜ル〜!」

「な、なんだよ。……いへへ!(いてて!) ひょら!(こら!) ほれはまにひゃつあたりふんな!(俺様に八つ当たりすんな!)」


バルレルの生意気そうな顔のぷにぷにほっぺにトリスの両手が伸び、ぐに〜っと左右に引っ張る。

呂律の回らないバルレルの抗議を一切無視してうりうりとほっぺを弄くるトリス。

自業自得とはいえ、なんだかな〜(汗)

トリスを宥めようとしていたアメルも苦笑いしている。


ふと気付くと、バルレルだけでなくレシィ・ハサハ・レオルドといった護衛獣ズが全員集まっていた。

レシィはトリスとバルレルを止めようとして止められずにオロオロしているし、レオルドはそんな三人を文字通り機械的な目で見つめ、ハサハはレオルドの横に ちょこんと控えて両手に抱えた宝玉を覗き込んでいる。


どうやらマグナはレオルドにハサハのお守りを命じたようだ。

そのハサハは宝玉をスーっと持ち上げてあたしの方に向けた。

なにやら宝玉越しにあたしの顔を見ているらしい。


「? どうしたの、ハサハちゃん?」


宝玉の奥でジーっと目を凝らしているハサハに問いかけると、彼女は宝玉を下ろして直接あたしの顔を見て言った。


「おねえちゃん、いやなことがあったの?」

「え?」


何を言われるのだろうと身構えていたあたしだったが、ハサハのその言葉に思わず問い返してしまう。


ハサハはその宝玉を通して人の心の中を垣間見ることができる。

しかし、嫌なこと……と言われても、あたしには特に心当たりがない。

強いて言うなら大砲に狙われたことだが、それはハサハも見ていただろうからわざわざ問い掛けはしないだろう。

ではどういうことだろうと首を捻っていると、ハサハは両手の中の宝玉を覗き込みながら言った。


「もやもやがみえる。まっくろなもやもやが……」


もやもや?

……なんのことだろう?

もしかしてストレスが溜まってるとか?


「おねえちゃん、このもやもやは、どこかではきださないと。ためこんじゃだめだよ?」


それって、ストレスを吐き出せってこと?

……っていっても、そんなにストレス溜め込んでるつもりはないんだけどな〜。

それとも、自覚がないだけで溜め込んじゃってるんだろうか?

……まあ、それはともかく、あたしはにっこりと笑顔を向けながらハサハの頭を撫でた。


「ありがとうハサハちゃん。でも大丈夫。私はまだ頑張れるから」


ハサハの頭にはキツネ耳が生えているので少々気を使ったが、くすぐったそうに目を閉じる彼女は小動物的かわいらしさに溢れており、思わず顔が緩みそうにな る。

抱きしめて頬ずりしたいぐらいだったが、流石にそれは我慢する。

頭を撫でているだけなのに、その癒しパワーはストレスなんて全部吹っ飛ばしてしまえると思えるほどだ。


が、そんな幸せな時間もずっと続けられるわけではない。

いつの間にか喧嘩していたはずのトリス・バルレルにアメルやレシィ・レオルドまでこちらを伺っていた。


ヤバ! 緩みきった顔見られちゃった?!

あたしはさっと手を引いて誤魔化し笑いを浮かべた。


「いや、あははは。あ、私、あの、もう失礼しますね! お邪魔しました!」


碌な言い訳も思いつかずに逃げるようにその場を去ろうとする。

トリスやアメルが'あ、うん'とか'はい、また今度'とか声をかけてくれる。

あたしは真っ赤になった顔を隠すように彼女たちに会釈してその場を辞退した。


































バタバタと廊下を駆け、玄関の引き戸を開け外に出る。

そこでふ〜っと息をつく。

頬に両手を当てるとまだ熱かった。


あ〜〜〜〜〜!! 超恥ずかしい!

きっと、にへら〜って締まりのない顔してたわ!

だってハサハのかわいさ殺人級なんだもん!

あんなの耐えられるわけないよ!

そりゃ顔も緩むって!


「あれ? ナナ?」


あたしが一人でオーバーヒートしていると、突然後ろから声をかけられて思わず心臓がびくっと跳ね上がる。

漫画的に表現したら口から心臓が飛び出してるところだ。


バクバクと脈打つ胸を押さえながら振り返ると、庭の方で会話していたらしいフォルテ・ケイナ・ユエル・夕月がこちらにやってきていた。

ユエル・夕月とはモーリン宅まで一緒に来たのだが、あたしがカザミネさんやトリスたちにお礼と謝罪をしている間に彼女たちはフォルテたちと話していたらし い。

あたしは顔が赤くなっていることに気づかれないように勤めて笑顔を作りながら彼らに話しかけた。


「二人ともこんなところにいたのね。フォルテさんたちと話してたの?」

「うん! いろいろなところを旅した話を聞かせてもらってたの!」


陰りのない笑顔で元気に応えてくれるユエルに、あたしの胸はほんのり温かくなった。

以前のユエルはリィンバウムの人間を嘘吐きだと思い込んでいて、人見知りが激しかった。

しかし彼女はこの世界にも良い人間が、友達になれる人間がいることを知った。

もともと明るく人懐っこい性格のユエルのことだ、これからはきっとたくさんの友達ができるだろう。


「こんにちは、ナナ。皆にはもう会ってきたの?」

「こんにちは。ええ、皆さんにはご心配をおかけしてすみませんでした」


落ち着いた微笑を浮かべながら声をかけてきた巫女姿の女性ケイナと挨拶を交わす。

その隣に立つ長身の男フォルテは軽薄そうなニヤニヤ笑いを浮かべている。

実はあたしは体格差のある大人の男の人には苦手意識を持っており、彼はちょっと苦手な部類だ。


悪い人じゃないのはわかってはいるが、ゲームと現実ではやはり勝手が違う。

あたしより頭2つ分は大きい大男に見下ろされて萎縮するなと言われてもちょっと難しい。

腰に下げられた大剣からも、飾りなどではないことを主張するようなずっしりとした重みが伝わってくる。


そのフォルテはいつもの通り寡黙に突っ立っている夕月の肩に手を置いて、にかっと笑う。


「いやな、こっちの嬢ちゃんが記憶喪失だって聞いたもんだから、ちょっと話でもと思ったんだがな。そのあとで旅の話を聞かせてくれって言うから、フォルテ 様と女従者の冒険譚を―――ふごっ!?」

「だれが従者だ!」


得意げな表情でふんぞり返るフォルテの顔面にケイナの裏拳が鮮やかに決まった。

定番の夫婦漫才を見せてくれたツッコミの鬼ケイナは、奇怪な呻きをこぼしながら崩れ落ちる相棒を心配する様子もなく爽やかに無視する。

ゲーム中では毎度のことだが、さすがに実物を見せられるとちょっと退く(汗)


それにしても、記憶喪失ということは、ケイナ関連か?

そう思って彼女の方を見ると、ケイナは苦笑を浮かべながら説明してくれた。


「実は私も記憶喪失なのよ。記憶を取り戻す方法を求めてレルムの村に行ったんだけど、アメルでも記憶喪失は治せないそうなの」


それは知っている。

直接経緯を聞いたのはこれが初めてだが、シナリオ通りの流れだ。


フォルテはケイナの記憶を取り戻す為に一緒に旅を続けている。

そして聖女の噂を確かめる為に、偶然知り合ったマグナたちと共にレルムの村を訪れ、黒の旅団の大虐殺に居合わせた。

ケイナの記憶喪失がなければ彼らがアメルと知り合うことも無かったのだ。


「それでね、昨日アメルがユヅキの傷を治したときに、私を診たときと同じ感じがしたんですって。だから彼女もそうなのかと思って」


ああ、なるほど。

パッフェルさんに正体を隠すように言われてるのにどうして記憶喪失のことを知られてるのかと思ったら、そういうことか。

考えてみると、このメンバーってそういう人(心を読める人)多いよね。


ひょっとしたらあたしの正体とかもすでに感づかれてるのかもしれない。

名も無き世界の人間だと思ってくれるならいいけど、ゲームがどうとかってことまで気付かれるとまずい。

今のところマグナたちはシナリオ通りに行動してくれてるから大丈夫だとは思うけど、あたしの周りでは今までもかなりゲームと違う展開があった。


シナリオに介入することを決めたんだから多少のイレギュラーはしょうがないけど、マグナたちにはストーリーの通りにメルギトスを倒してもらわないといけな い。

だからユヅキはともかくあたしの正体はバレてはいけないのだ。

あたしはリィンバウムの人間、百歩譲っても名も無き世界の人間でいなければならない。


話の流れとは関係ないところで決意を新たにするあたしに気付いた様子も無く、ケイナは話を続ける。


「彼女と話してみて、ちょっと気持ちが軽くなったわ。最近ちょっと不安になってたのよ。このまま記憶が戻らなかったらどうしようって」


……その気持ちはあたしとしても解らなくも無い。

あたしだって、このままもとの世界に帰れなかったら……と考えることがある。

ただあたしの場合、記憶をなくしてるわけでもないし、向こうに特別強い心残りがあるわけでもないので、最近は半分諦めている。


正直自分でも少し薄情だと思うけど、養ってくれてたおじさんおばさん、学校の友達や先生とだって、あたしが社会に出て独り立ちすればどの道別れなければな らなかったのだ。

もう一生会えないかもしれないのは寂しいけど、こっちの世界でもパッフェルさんやトリスたちと仲良くなれて、寂しいばかりではなくなった。


しかし過去の記憶という基盤の存在しないケイナや夕月の場合、寂しいと思うことすらできない。

今まで確かに積み重ねてきたはずの時間、自分を形作る最も大事な部分が空白となり、漠然とした不安に襲われ、自分を含めた世界の全てがよそよそしく感じ る。

あたしには想像することしかできないが、そんな状態になって正気を保っていられる自信はあたしには無い。


あたしは異世界に送り込まれただけで勝手の違いにずいぶんと戸惑ったものだ。

まして記憶を失うという不安定な状況。

平然としているように見えて、ケイナと夕月は現在も苦しみ続けているはずだ。

彼女たちの精神力はあたしなんかとは比べ物にもならない。


そんな同じ苦しみを味わっている二人が、どんな会話をしたのかちょっと興味があったが、むやみに訊いていいことでもない気がする。

しかしあたしの護衛獣を自称する少女・夕月はあっさりと白状してくれた。


「私はただ、記憶が在っても無くても自分のやるべきことをするだけだと言っただけです」


やるべきこと?

ひょっとしてそれはあたしの護衛獣になりたいと言ってきたことと関係があるのだろうか?


「それで十分よ。私もそう思うもの。だから今は自分のやるべきことに集中するわ。記憶のことはその後で良い」

「ってことだ。ま、あんな怪しい連中に寄ってたかって襲われるいたいけな女の子を見過ごしちゃ男が廃るってもんだからな、うんうん」


晴れやかな笑顔を見せるケイナといつの間にか復活して満足そうに頷くフォルテ。

二人にとってアメルは本当に行きずりの女の子でしかなかったのに、デグレアという一国を敵に回してまで本気で彼女を守ろうとしている。


思えば、ケイナもフォルテにとっては偶然出会った記憶喪失の女性というだけだ。

なのに彼はケイナを旅の相棒として連れまわし、彼女の記憶を取り戻すために奔走している。

ケイナにとってフォルテの存在による恩恵は筆舌に尽くしがたいほどだろう。

そして今度は聖女として一国の軍隊に追われているアメルを助けようとしている。


夕月はどうなのだろうか?

彼女にとってあたしたちは、ケイナにとってのフォルテのようなものなのだろうか。

そして彼女にも自らのことを後回しにしてまでやらなければならないことがあるのだろうか。


彼女は寡黙で無表情なので、いつも傍にいるのにその心の内は推し量れない。

そのくせ、自分の身を犠牲にしてでもあたしを守ってくれる。

召喚主が死ねば、召喚獣はもとの世界に帰れない。

彼女はそれを危惧しているのか、だからあたしの護衛獣に?


まるでそこが自分の定位置であるとでも言うかのように自然にあたしの隣に陣取る夕月。

あたしの体感時間では彼女と過ごした時間はまだ一週間にも満たない。

ゲームの登場人物でもない、偶然あたしに召喚されて知り合った少女。

あたしは彼女のことを何も知らない。


じゃりっ


思考の深みに嵌っていたあたしは、背後から聞こえた土を踏みしめる音にハッとなり、後ろを振り返る。

そこには肩に斧を担いだ赤髪の青年が苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。

家の中にはいなかったから、おそらく稽古から帰ってきたところなのだろう。


「なんだ。テメェこんなところで何してやがる」


赤髪の青年・リューグは、明らかに怒気を孕んだ声であたしを問い詰めた。

その剣幕にあたしは思わず一歩下がり、夕月は若干前に出る。


どうやらあたしはリューグからの心象が悪いらしい。

しかし別に悪いことをしていたわけではないのだから怯む必要は無い。

あたしはぎこちなく笑顔を浮かべながらリューグに応えた。


「あの、私、昨日のことで皆さんに謝りに来たんです」


それを聞いたリューグは嘲るような口調で返す。


「はっ! 昨日のアレか、戦えもしないくせにあんなとこに出てくるからだ。自業自得だな」

「ちょっとリューグ、そんな言い方は……」


……本当にその通りだ。

自分でも自覚しているので言い返せないあたしに代わってケイナが抗議の声を上げ、フォルテからも飄々とした態度が消え失せている。

あたしの左には夕月が控え、いつでもあたしを庇えるように備えており、右側ではユエルが威嚇するようにリューグを睨みつけている。

その様子を見て、リューグはさらに嘲りの色を濃くする。


「いいご身分だな。自分では何もしないで、周りに守ってもらうばかりか」


彼の言葉はあたしの痛いところを突いてくる。

なんの力も持たないあたしはいつもパッフェルさんやユエル・夕月に守られている。

それどころか人質になったり、三日三晩眠り続けたり、大砲で狙われたり、迷惑ばかりかけてしまっている。


あたしは無力だ。

そんなことはわかってる、わかってるから、何もせずに迷惑ばかりかけているのが嫌だったから、この世界のシナリオに介入することを決めたのだ。

しかしどうだ。

結局大事なところは人任せで、この世界に生きる人たちの人生を弄んで、相変わらず回りの人たちに迷惑をかけている。


「お前が周りに迷惑かけるのは勝手だがな、俺にはお前を守ってやる義理も余裕もねえからな」


そう言い残して、リューグは踵を返して去っていった。

あたしは反論することも呼び止めることもできずにその背中を見送る。


レルムの村で、倒れていたあたしを見つけたのはリューグだった。

あたしを見つけたことで、彼は迷惑を被った。

あたしを見捨てていけば村の人たちを救えたかもしれない、憎い黒の旅団の兵士たちを一人でも多く倒せたかもしれない。


彼は無力なあたしを責めている。

あたしなんかを助けたことを後悔している。

もう近づくなと突っぱねている。

ギブソン・ミモザ邸のときと同じ、あたしが彼らと一緒にいても迷惑をかけるだけ、あたしも危険な目に合うかもしれない、でも彼らには一々あたしを守ってい る余裕は無い。


リューグの言葉だけではない、あたしの中に溜まっていたモノにあたしは打ちのめされた。

自分の無力さ無知さに嫌気がさす。

こんなことで本当にやっていけるのだろうか。

一人でも多くの人を救いたいなんて、そんな大それた願いを叶えることができるのだろうか。


























借り宿への帰り道を夕月・ユエルを伴ってとぼとぼと歩く。

本当ならマグナたちがちゃんとスルゼン砦にたどり着くまで見届けようと思っていたのだが、そんな気力はもはや残っていない。

どうせシナリオ通りに雨が降って、彼らはスルゼン砦で雨宿りするのだ。


今頃砦は屍人たちに襲われているかもしれないが、パッフェルさんたちがうまくやってくれているだろう。

彼らには敵について知っている限りのことを教えておいた。

砦の守備隊の協力を得て、効率的に火責めを行えば屍人はそれほど怖い相手ではない。

強力な魔力を持つ近衛大悪魔ガレアノでさえ、誓約者である勇人には敵わないだろう。


あたしにできることはもう無い。

計画通りならすでにスルゼン砦からローウェン・ギエン砦と三砦都市トライドラに向けて伝令が発っているはず。

現状での最善の手はすでに打たれている。

あとは事の成り行きを見守るだけだ。


あたしがこの町から出ることも当分無いだろう。

パッフェルさんに紹介してもらったこの町のケーキ屋で働きながら、定期的に帰ってくるであろうパッフェルさんたちやマグナたちに助言を与えるのがあたしの 役目。

まるでゲーム中でのパッフェルさんやシオンさん、メイメイさんみたいな役回りだ。


あたしと違ってユエルや夕月は戦闘要員としてパッフェルさんかマグナのパーティについて行ってもいい。

スルゼン砦には蒼の派閥関係者の3人が向かったけど、今後の行動はそれぞれの自由だ。

パッフェルさんのパーティはシナリオの誤差の微調整、マグナのパーティはできるだけ本来のシナリオに沿って旅を続ける。


と言っても、実際あたしたちはスルゼン・ローウェン・ギエン砦とトライドラの人たちを死なせないつもりだ。

3つの砦とトライドラさえ落とされなければ被害はかなり食い止められるだろう。

しかしそれによってデグレアの侵攻は大幅に遅れ、シナリオも大改編される。


デグレアが侵攻してこないに越したことは無いが、大悪魔メルギトスの行動は読みにくくなってしまう。

そこが最大のネックだったのだが、あたしのその心配はどうやら杞憂に終わりそうだ。

何せこちら側には誓約者がいる。

誓約者の存在はこの世界のパワーバランスを大きく狂わせるほどのものだ。


だからあたしはかつてほどこの世界の未来を悲観視していない。

いざとなれば誓約者がメルギトスを倒せばいいのだ。

それだけの話。

あたしにできることはもう何も無い。


暗鬱な気持ちを抱えながらも、あたしは心のどこかですっきりとした気分になっていた。

リューグに拒絶されることで、あたしの役目はもう何も無くなった。

無理をしてマグナたちについていくことは無い。

あとは他の人たちに任せておけば大丈夫――――――


ポロン……ポロロン……ポロン……


そのとき、あたしの耳に聞こえてきたその音は、その音色は、何度も聞いたことのあるあの竪琴の、美しくも儚いあの音色だった――――――






























詩人は言った。

"こんにちは、お嬢さん"


少女は応えず問うた。

"どうしてあなたがここに?"


詩人は歌うように答える。

"あなたに私の唄を聴いていただきたくて、参上しました"


少女は戸惑ったように訊き返す。

"唄?"


詩人はそれに首肯で答えると、竪琴を奏でながら口を開いた。


"聖王国の西の果て、サイジェントという辺境の町に、一人の勇者が現れました"


"勇者は町で起こった様々な事件に首を突っ込みました。南スラムと北スラムの抗争・領主に取り入った召喚士の横暴・反乱組織アキュートの武力蜂起"


"やがて勇者は試練を乗り越え、強大な力を手にし、魔王召喚を目論む者たちを討伐しました"


少女は黙って詩人の唄に耳を傾ける。

詩人は美しく、けれどもどこか危うさを秘めた声音で言葉を紡ぐ。


"偉大なる勇者によってこの世界は救われました。その者の名は誓約者(リンカー)。五つのエルゴに選ばれし者"


"彼の者は、かつてこの世界の混沌を収めた者・エルゴの王の再来にして、この世界の理を超えた超越者"


"唯一無二。至高の存在。この世の理を塗り替え、神にも悪魔にも成れる者。勇者。勇者アヤ"


少女は耳を疑った。

"勇者……アヤ?"


詩人はにっこりと微笑む。


"彼女はこの世界の可能性を信じることにしました。人々から召喚術という可能性を断つことを良しとしませんでした"


"彼女は信じているのです。この世界と他の世界の間には断ってはならない絆があることを"


"人々がそれに気付くのを、彼女は待っています。辺境の町サイジェントで、今も待っています"


少女の顔は青ざめていた。

"誓約者が……サイジェントにいる……"


そんな少女の反応を満足そうに眺めながら、詩人は竪琴を奏でる。

"さてお嬢さん、私はどうしてこんな唄をあなたに聞かせるのでしょうね?"


少女は答えられない。

詩人は続けて問う。

"ところで、お嬢さんのお友達がスルゼン砦へ向かわれたようですね? 大丈夫でしょうか? 最近、デグレアがとうとう本格的に戦争を始めるらしいという噂 も耳にしますし"


少女は無言で駆け出した。

詩人も黙って見送り、少女の姿が見えなくなってから空を見上げた。


気持ちのいい青色の広がる空を、どんよりと重っ苦しい雲が端の方から侵食していく。

じきに雨雲は頭上にまで達し、空全体を覆いつくす頃には叩きつけるような土砂降りの雨を下界のものに浴びせかけるだろう。


詩人はしばらく黙って空を眺めていたが、やがて竪琴を奏でながらいずこかへと消えていった。















第18話 「悪魔は囁く」 おわり
第19話 「名も無き世界」 につづく




さてさて、感想のお時間です〜〜♪

SS書きかけで放り出してたんですから丁度いいでしょう?

次の話は私の出番多いんですけどね〜(怒)

ううっ、ごめん……(汗)

なんというか、SSって気力があるときは一気に進むんだけどね。

お話がつまってなきゃ(爆)

後、傾向的に後になればなるほどキャラが増えて一本分が伸びる傾向にあるようだね。

黒い鳩さんには関係ないですけどね〜

35kbの次が20kb切ってたりするのもザラですし。

うっ、ま、まあね……

まあそれは兎も角、今回はナナちゃん孤立したね〜

これは精神的に鬱状態へと移行したと見ていいだろうね。

周りは優しい人が多いんですけどね〜

リューグさんも実の所、ぶっきらぼうにしているだけでナナさんを心配しているんですけ どね。

でも、もやもやは残るかも知れませんね。

実際、彼女のしたことは大きくても、自覚が無いようですし。

うん、世の中にはそれぞれ役割があるように。

ナナちゃんも実は軍師としてえばっていても問題ないんだ。

ある程度成果も上げている事だしね。

戦闘できるからえらいというような考え方は極論の世界の二者択一と同じで、自分を追い詰めるだけ。

もっとも、そういう思考の中にはまり込んだ状態で何を言っても無駄だけどね。

ああ、確かにそうですね。

物語ではあえて無視されがちな日常や、それに伴う感情、また戦闘以外での力関係。

色々注釈していかないとそこまで掘り下げられないから、大抵のお話では無視しています。

当然戦闘中心の思考にはまり込んでいるナナさんが現状でその事に気付くのは難しいですね。

そういう事だね。

彼女にあるだろう裏の顔。メルギトスと関わりがあるだろうそれが、ようやく動き出すかな?

色々期待だね。

それと、樋口綾も出てくるような感じだね〜

ちょっと、というかかなり罠っぽいけど(爆)

死人を出さないようにするというナナさんの願い。

この先のキーポイントになるのは恐らく、ナナさんの願いと同時に彼女のその先にある暗い感情でしょうね。

両方がぶつかり合い始めるとお話が怖い方向に行きそうで不安ですが……

浮気者さんもやさしい方のようですし、多分死者はあまり出ないと思いますけどね。

まあ、一般キャラの死人が出ないということはありえないけど。

メインメンバーからの死人はあまり出ないかもね。

でも、意外と最終話付近に死人でまくったりして(爆死)

そんな事はありません!!


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