男は飾りっ気のない簡素なベットの上で目覚めた。


まず違和感があったのは毛布だ。

自宅やホテルのものとは違う、ごわごわとして重く、彼にはあまり馴染みのない感触。

そのせいでなんだか寝苦しくて、いつもより若干早い時間に目が覚めてしまった。


毛布を押しのけて上半身を起こし、現在時刻を知ろうと部屋のどこかにあるであろう時計を捜す。

すでに日が昇っているらしく、カーテンの隙間から差し込む陽光で部屋の中はうっすらと明るい。

しかしベットの上から見渡す限りでは時計は見付からない。

あるのは質素ながらしっかりと装飾のされたチェストやソファー、クローゼット、そしてもう一つのベットで眠る男。


そこで彼の意識は急速に覚醒を始め、ああと納得の声を漏らした。

顔を左手で覆いながらボフッとベットに倒れこむ。

は〜っと大きなため息をついた後、難しい顔で頭をかき、天井を見上げながらどこか疲れた様子でつぶやいた。


「そうか、この世界にはウォッチはないんだったな」


それが彼、ロス市警刑事レナードの波乱の一日の幕開けだった。






















『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第19話 「名も無き世界」


























胸ポケットから残りわずかとなったお気に入りの銘柄の煙草を取り出し、そのうちの一本を咥えて使い古したライターで火をつける。

長年続けてきた習慣だからか、カチンカチンとライターのふたを開け閉めする動作すら様になっている。

ライターをポケットにしまいながら肺いっぱいにニコチンやタールを吸い込み、血液中に取り込む。

心地良い倦怠感を味わった後、冷たく澄んだ朝の空気の中に有毒物質を吐き出す。


レナードは同室で寝ている彼の召喚主を起こさないように気をつけながら身支度を整え、早朝の砦内を当てもなく歩いていた。

朝早いとはいえ、聖王国の守りの要である3つの砦の一つ。

夜通し警備の任についていた者もいるだろうし、レナードのように起きだしてきて既に行動している者もいるだろう。


しかし朝のスルゼン砦はしんと静まり返っていて、人の気配、活気に乏しい。

それはレナードが都会の騒音に慣れてしまっているせいか、あるいは本当に誰もいないのか。

人気のない砦をぶらぶらと歩きながら、レナードは昨日の出来事を思い出していた。


(異世界の次はバイオハザードか。現実は小説よりも奇なり。慌しくも平凡な日常に帰りたいぜ、まったく)


昨日の昼ごろ、三人組の召喚士たちが蒼の派閥総帥直々の『勅命の証書』とやらを持ってこの砦に訪れた。

蒼の派閥・金の派閥は召喚術という強大な力を独占している召喚士集団であり、召喚術が神聖視すらされているこの聖王国において召喚士=貴族と言っても差し 支えない。

そんな集団の片割れである蒼の派閥の総帥と言えば、この国の政治を担っている大臣たちにすら発言力のある最高クラスの権力者だ。

その総帥からの命を受けて『勅命の証書』を携えてやってきた彼らの言葉は砦の騎士たちにも有無を言わせぬ力を発揮した。


彼らの話によると、今日このスルゼン砦に旧王国の刺客が送り込まれ、召喚術でここにいるすべての者を屍人、つまりゾンビに変えてしまうという。

その召喚士と屍人の襲撃に備えてスルゼン砦の騎士たちは指示通りに砦のあちこちに仕掛けをこしらえた。

蒼の派閥総帥の命令では、最悪砦を捨てることになっても敵軍の手先になってしまうよりはマシだと言われていたが、誇り高きトライドラ出身の騎士たちは必ず や敵を殲滅して見せると蒼の派閥の使者たちに豪語した。


煙草を吹かしながら歩く異界のコートに身を包んだ召喚獣レナードは、青く澄み渡った空をぼんやりと眺めた。

空の青さと広さはリィンバウムも名も無き世界も変わらない。

もしかしたらここは異世界などではなく、地球上のどこかなのではないかという気がしてくる。

彼の召喚主が見せてくれた召喚術も、何らかのトリックなのではないかという疑念は拭いきれない。


彼の召喚主であり、このスルゼン砦の顧問召喚士である蒼の派閥に属する召喚士オルター・ニックは、事故で呼び出されたレナードを確実にもとの世界に帰すた めに派閥に協力を要請してくれたという。

レナードの属する名も無き世界から人間を召喚した例は非常に少ないらしく、オルターの知識だけでは確実に送還できる保障が無いのだそうだ。


オルターは実に研究熱心、というより好奇心旺盛な男で、レナードの故郷である名も無き世界のことを根掘り葉掘り訊いてくる。

おかげでレナードは今まで特に意識していなかった自分の世界のことを再認識した。

逆にこのリィンバウムの興味深い話もたくさん聞くことができた。


しかし周りの全てが異質であるここでの生活は、確実にレナードの心に負担を強いていた。

ここが地球上ではなく本物の異世界であると認めるにつれ、鉄の心臓を自負していた彼の心にもホームシックという感情が生まれてくる。


(この俺様がホームシックか、何をガキ臭いことを……)


「おはようございます」

「?」


背後からの声にレナードが振り向くと、そこにはオレンジと白を基調としたメイド服のような過激な服装に身を包んだ女性がにっこりと微笑んでいた。

もしやこんな服装がこの世界の標準なのではあるまいなと危惧しながら、レナードも朝の挨拶を返す。


「ハロー、早起きなお嬢さん。気配を消して人の背後に立つのは感心しないな」


レナードはこれでも幾つもの修羅場を潜り抜けてきた現役の刑事だ。

その彼が、こんな目立つ服装の女の接近にまったく気付かなかった。

周りに味方しかいない砦内とはいえ、少し気を抜きすぎたかと反省する。


「あはは、すみません。職業病みたいなもんでして」

「どんな職業だよ」


朗らかに笑うこの女性が、少なくとも見た目通りのかよわくて人畜無害な人間ではないことはわかる。

笑っているように見えても、その瞳には相手を探るような光を宿らせている。

油断のならない相手だ。


「私、パッフェルと申します。知っての通り蒼の派閥より派遣されてきました」

「俺様の名はレナードだ。ステイツのロスで刑事をやっていた」

「名も無き世界の方ですよね? ステイツのロスというのは地名、刑事というのは職業のことですか?」

「ああ」


悲しいことに、もとの世界では知らない者はいないであろう彼の故郷の合衆国も、この世界の人間にとっては見たことも聞いたこともない国でしかない。

刑事という職業すら存在せず、代わりに憲兵や騎士などが国や街の治安を守っている。


召喚士だけでなく騎士も世襲制を採用しており、貴族的意味合いが強い。

この国の平民は召喚士・騎士などの特権階級によって統治されているのだ。


そのことについて、レナードには特に感慨は無い。

この国の人口の大部分を占める平民が貴族支配を良しとしないのなら、反乱なりクーデターなりが起こって体制は変わるだろう。

全員が現状に満足しているのなら現体制を続けていけば良い。

この世界にとって異分子である自分が口を挟む必要は無い。


ふぃ〜っとタバコを一吹かしして、レナードは目の前の食えない女に探りを入れる。


「それで? 蒼の派閥の召喚士とやらが俺様になんの用だ?」

「あはは。私は召喚術なんて使えませんよ〜。ただの使いっぱしりですから」

「そうかい。で、なんの用だ?」

「別に。用が無かったら声をかけちゃいけませんか?」


にこにこと笑顔を湛えるパッフェルに、レナードは特に感慨もなさそうに'いいや'と答える。

煙草をもう一度吸うと、用が無いならもう行くぞと言わんばかりにレナードはその場を立ち去ろうとする。

そんなレナードに、パッフェルはスマイルを絶やさずに追従する。


「どこへ行かれるんですか?」

「別に。ただぶらぶらしてるだけだ」

「そうですか。私もご一緒させていただいても良いですか」

「好きにしな」

「では、好きにさせていただきます」


人気の無い石造りの砦を、二人は並んで歩く。

片や、ロングコートに身を包んで煙草を吹かすボサボサ髪の中年。

片や、メイド服に身を包み、際どいミニスカートのスマイル美人。

どちらもこのリィンバウムにおいて異色と言える格好。


「レナードさんはこちらに来てどれくらいになります?」

「もう一週間だな。そろそろコーラが恋しくなってきたよ」

「コーラ? って、なんですか?」

「俺様の好物の飲み物だ」


パッフェルが世間話のような話題を振ってきてレナードがぶっきらぼうに答える。

名も無き世界のこと。レナード自身のこと。この砦のこと。召喚主のオルターのこと。召喚された感想など。

こちらに来てからずっとそうであったように、レナードは次々に繰り出される質問に淡々と答えていった。


パッフェルが何を意図してそのような質問をするのかレナードにはわからなかったが、回答を拒否する必要は感じなかった。

特に口止めをされていたことでもないし、知られたからといってどうこうなるとも思えない。


(俺様が帰るためにはこいつらの協力が必要らしいからな。適当に相手しといてやろう)


オルターから渡された携帯灰皿に煙草を押し付け、新しい煙草を取り出す。

名も無き世界から持ち込んだお気に入りの銘柄は残り少ないのでリィンバウムの煙草にする。

レナードが火をつけるために立ち止まると、パッフェルも立ち止まる。

煙草に着火する使い古したライターもオイルが残り少なくなっている。


「それも名も無き世界の道具なんですか?」

「ん? ああ、こいつか。そうだよ」


リィンバウムにもライターのような超小型発火装置があるそうだが、それは値が張るため庶民には普及していないそうだ。

そしてリィンバウムの煙草はレナードに言わせれば風味が少々アバウトで物足りない。

もう少し強めな方が好みなのだが、この煙草もわざわざオルターが取り寄せてくれたものなので贅沢は言っていられない。


一息吸い込めば有毒物質たちが肺を満たして満足感を与えてくれる。

ヘビースモーカーである彼にとって煙草は手放すことのできないものだ。


「ふぃ〜。で、俺様はそろそろ戻るが、あんたはどうする」

「ん〜、私もそろそろ戻りましょうかね。襲撃に備えないといけませんし」

「……襲撃か。本当に来るのか?」

「さあ? 来ないに越したことはないと思いますけどね」

「そりゃそうだ」


パッフェルらの情報網がどれほどのものか知らないが、たった一人の召喚士が数百人規模の騎士たちの守護するこの砦に攻め込んでくるとはにわかに信じがたい ことであった。

こちらにも召喚術士はいるのだ。召喚術の力とやらでごり押しできるものではない。

人間一人の力などたかが知れている。

そう、相手がこちらと同じ人間であるのなら。


レナードとパッフェルは別れの言葉を交わしてそれぞれの仲間のもとへと戻る。

青く晴れ渡った空の下、静まり返っていたスルゼン砦は徐々に活気に満ち始めていた。































悪魔の侵攻が始まったのはその一時間後のこと。















第19話 「名も無き世界」 おわり
第20話 「死を弄ぶモノ」 につづく


浮気者さんのご投稿です♪

今回はレナードについて、ですね〜

パッフェルを交えてレナードの語りをしています。

もちろん、パッフェルは名も無き世界について聞いているのは伏線でしょうけど♪(爆)

でも、レナードはロスの刑事と言う事ですが、考えてみればこういうキャラは珍しいですよね。

3のゲンジもですけど(爆)

でも、パッフェルさん相変わらずキーパーソンですね〜

3でもそうでしたし……

シオンさんやメイメイさんみたいに4でも出そうなキャラですね。

私も出たいです!

難しいね……一度主人公になったキャラがまた登場すると言うのは……

特に、アティ達の場合、昔の人だからね、1や2と比べて数年は前だろうしね。

それに1の主人公達は元の世界に帰ったから、2の主人公達が必然的に出番が多くなるわけだ。

特に2の主人公は旅が終わってないからね。

確かに、条件が難しいですね。

何とか出演したいんだけど〜

30代とかでもよければ不可能じゃないかな?

どっかの先生とか(爆)

あう、主人公と恋愛ルートに入れなさそうな設定ですね。

そりゃ無理でしょう。

一度主人公になったキャラは出るまでが限界だし、声が無いんだから。

ああ……それは言わない約束です(泣)

まあ、諦めてくれい

うああ〜〜〜ん!!(号涙)


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