「止まれ! それ以上近づくな!」


上方から聞こえてきた威嚇するような声に立ち止まり、男は正面の門を仰ぎ見る。

硬く閉ざされた門の上、見張り台であろう場所から甲冑に身を包んだ騎士らしき男がこちらに向けて弓を引いている。

よく見ると、門の左右の塀の上にも矢を番えてこちらを見据えているものが何人もいるのがわかった。


「不審な奴め! ここは聖王国の盾『三砦都市トライドラ』の砦の一つ、スルゼン砦である! それ以上近づきたくば素性を明かしてからにしてもらおう!」


門上の騎士は砦に近づいてきた不審な男を威風堂々と威圧する。

それに気圧されるでもなく、男は精気にかけた目で騎士を見つめ返した。


男の格好は暗い色合いのローブで騎士とも召喚士とも見えないが、どこか普通とは違う異質な雰囲気を放っている。

長い前髪で隠された顔色は青白く、まったく精気が感じられない。

つまらないものを見るような瞳を向けられた騎士の弓を引く手にうっすらと汗が浮かぶ。


「おい! 聞こえなかったのか! 貴様は何者だと聞いているんだ!」


騎士はどこか焦ったような口調で再度詰問する。

彼自身にも何故自分が焦らなければならないのかわからない。

彼の騎士としてのプライドは本能が訴える恐怖を認めることができなかった。


そんな騎士の様子をつまらなそうに見ながら、男は徐に懐から紫色の石を取り出した。

遠目だが、彼には一目でそれがサモナイト石であることがわかった。

力を誇示したがるタイプの召喚士はサモナイト石をやたらと振りかざすため、彼は何度もそれを見たことがあるのだ。

攻撃の意思を察した彼は慌てて部下たちに号令をかける。


「召喚士だ! 射て! 射てーー!!」


号令を受けた兵たちが一斉に矢を放つを。

頭上から降り注ぐ矢の雨を気にした様子も見せず、男は呪文を唱えながら召喚石を掲げる。

石から紫色の怪しい光が溢れ、男が異界のモノの名を呼んだ瞬間、弾けるように光が拡散、瘴気を撒き散らす異形がこの世界に姿を現した。

「髑髏(しゃれこうべ)の、遊んでやれ」


主人の命を受けた中級悪魔ブラックラックのドクロの目の奥が不気味に光り、解き放たれた瘴気が巻き起こした爆発のような衝撃で全ての矢が吹き飛んだ。

召喚術の力を目の当たりにした騎士たちは、幼い頃から植え付けられてきた召喚術への畏怖を思い出して恐れおののく。

異形の悪魔を形成する幾つものドクロたちは哀れな生贄たちをあざ笑うかのようにキシキシとさざめいていた。






















『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第20話 「死を弄ぶモノ」


























起き出して来た者たちが食事を取っていた朝食時、久しく聞かれなかった警鐘の音が砦中に響き渡った。

他の兵士たちに混じって朝食を取っていたハヤトとクラレットにもそれの意味するところがわかった。


「来たのか、敵が」

「ハヤト、急ぎましょう」

「ああ!」


食べかけの食事を置いて、二人は駆け出した。

いつ襲撃があっても良いようにすでに戦闘準備は整っている。

パッフェルは別行動をするとのことだったので、二人は急いで戦闘の行われている現場へと向かった。


重そうな鎧をガシュガシュと鳴らしながら急ぐ騎士たちの流れに乗って走る。

前方から激しい剣戟の音と怒号が聞こえてきた。

一方は当然この砦に所属するトライドラの騎士たち、そしてもう一方は肌の色に血の気がなく、目の焦点の合っていない、身体のどこかしらに大きな傷を負った 兵士たちだった。


それを見たハヤトは気持ちの悪さを隠すように悪態をつき、クラレットは顔を蒼白にしながらも目を逸らそうとはしなかった。


「……あれが屍人って奴か。人間をなんだと思ってるだ!」

「死体を召喚術で操るなんて……なんてことを……」


先頭で戦っている名も知らぬ騎士が気合一閃、剣を持った屍人の首を叩き斬る。

しかし既に死体である屍人は意に介したふうもなく、騎士の腕に剣をつきたてた。

絶叫をあげて剣を取り落とした騎士にわらわらと屍人たちが群がり、一斉に手にした武器を振り下ろす。

声にならない叫びと共に大量の鮮血を撒き散らした騎士は、屍人たちが武器を引き抜くとドサリと倒れ伏し、地面にじわじわと血だまりが広がる。

明らかに絶命したであろうと思われた騎士は、しかし突然むくりと起き上がり、自分の武器を拾い上げて精気のない瞳をかつての仲間に向ける。

新たな屍人の誕生だ。


その様子を見ていたハヤトは屍人と剣を交える騎士たちに向かって叫んだ。


「死体をいくら傷つけても意味はない! 武器を持っている手を狙うんだ!」


クラレットは召喚石を掲げ、呪文と共に異界のモノの真名を呼んだ。。


「霊界の聖母プラーマ、彼らに癒しの光を」


誓約のもとに呼び出された神々しくも慈愛に満ちた聖母が祈ると、負傷していた騎士たちの傷がたちどころにふさがった。

それを見届けると、クラレットはもう一つ召喚石を取り出してハヤトに言った。


「ハヤト、少しの間、私を守っていていただけますか?」

「あれをやるんだな? わかった。持ちこたえてみせる!」

「お願いします」


ハヤトの頼もしい答えに笑顔を見せたクラレットは、ハヤトに守られながらある地点へと駆け出した。

そこは事前に用意しておいた召喚術の為の儀式場、昨日のうちに砦内にいくつも作っておいた仕掛けのうちの一つだ。

そこにたどり着いたクラレットは、用意しておいた未誓約のサモナイト石を特別な術具で描いた魔方陣の中にジャラジャラとぶちまけた。

陣の四隅に立てられた松明に火を燈し、誓約済みの召喚石を掲げて呪文を唱え始めると、魔方陣が不思議な光を放ちだす。


クラレットが呪文を唱えている間、光に招き寄せられる羽虫のように群がってくる屍人たちをハヤトが他の騎士たちと協力して蹴散らした。

ハヤトの剣筋はプロである騎士たちに比べて頼りないものではあったが、見かけによらない力強さと鎧に身を包んだ騎士たちにはない身軽さで屍人たちを次々と 屠っていった。

平凡な少年にしか見えないハヤトの奮戦に刺激されてか、騎士たちもかつての味方の死体たちに敢然と立ち向かっていった。


ハヤトたちに守られて儀式に集中していたクラレットの詠唱が不意に途切れ、魔方陣の発する光がますます強くなった。

術の完成にクラレットはホッと一息つき、最後の仕上げに誓約を交わしたサプレスの精霊の真名を唱えた。


「ボワ、彼らの魂に安息を与えてあげてください」


その瞬間、魔方陣の中に散りばめられていたサモナイト石たちが1つまた1つと連鎖反応のように眩い光を発し、10個以上の石それぞれから同じ形の召喚獣た ちが姿を現した。

丸っこい身体を紫色の法衣で包み、布の中に顔を引っ込めて怪しく光る目だけを覗かせ、手にはランタンのような物を吊るしている。

霊界サプレスの精霊の一種であるボワの大群は、ふよふよと頼りなく浮遊しながら屍人たちの頭上へと飛んでいった。

わらわらと群がってくる屍人たちの頭上に陣取ったボワたちは、キキキという鳴き声でお互いの配置完了を確かめて頷きあい、手に持ったランタンを一斉に投下 した。


途端、屍人たちは火達磨になった。

魔力の灯を燈していたランタンが砕け散ると激しい炎が燃え上がり、屍人たちの身体を焼き尽くす。

炎を熱がりもせず、払い消そうともしない屍人たちは棒立ちのまま炎に包まれ、やがて膝を折り、地面に突っ伏し、墨になるまで燃え盛り続けた。

その様子を見て、いつ復活するとも限らない相手に気を張っていたハヤトはふうと安堵の息を漏らした。


「やれやれ、なんとか一段落着いたな」


そう言って額の汗をぬぐうハヤトに相槌を打ちつつも、クラレットは緊張した顔のまま言った。


「こちらに来ていた屍人たちは倒しましたが、まだ彼らを操っていた召喚士がいます。急いで捜しましょう」

「……そうだな。すぐに見つけ出さないと。こんなことをまた繰り返される前に」


「その必要はない」

「!?」


急に空気が冷えた。

物陰の闇からにじみ出てきたかのように気配も感じさせずに突然現れた不気味な男の言葉に、その場の者たちは頭から冷や水をかぶったような悪寒を感じた。

今まで戦っていた屍人兵たちも十分異質な存在であったが、目の前の男がそれ以上の異質であることが肌で感じられた。

強烈なサプレスの瘴気に耐性を持たない騎士たちは竦みあがる。


いち早く立ち直ったハヤトとクラレットは、動けないでいる騎士たちを庇うように前に進み出て異質を振り撒く男と対峙する。

その様子を見た男は興味を惹かれたように2人を観察する。


「ほう。我が瘴気を受けてなおワシに歯向かえるとは、少しは歯ごたえのある人間が居るではないか。カーッカッカッカ!」


何がそんなに面白いのか、癇に障る笑い声を上げる。

屍人のように精気のない顔色をしてはいるが、感情の起伏のなかった屍人たちとは明らかに違う。

そしてこの底冷えするような魔力、屍人たちを操っていたのはこの男で間違いないであろう。

人間を人間と思わない所業に、正義感の強いハヤトは激しい怒りを感じていた。


「お前が屍人たちを操っていたのか! どうしてこんなことをする! なんで彼らが死ななくちゃならなかったんだ!!」


ハヤトの激情を込めた言葉に、ニヤニヤ笑いを浮かべていた男は心底つまらなそうな顔になる。


「さてな、あの方の考えなどワシにもわからんわ。同じ劇を繰り返し見せられて何が楽しいのやら」


屍人使いの男は愚痴をこぼすように小声で何事かを呟いたが、怒りに燃えるハヤトには聞き取れなかった。


「彼らの命はお前なんかが弄んで良いものじゃなかった! まして死体を操って味方同士戦わせるなんて、絶対に許されない!!」

「喧しいな」


激昂するハヤトに僅かに顔をしかめた屍人使いは懐から召喚石を取り出した。

それを見たクラレットはハヤトを止めようとしたが、相手の強大な魔力に呑まれてしまったハヤトは恐怖と焦りから無謀な特攻を仕掛けてしまった。


呪文を詠唱する隙を与えなければ勝機はあるかもしれない。

それに賭けて、ハヤトは怒号と共に屍人使いに斬りかかる。

しかし男はいたって冷静に、かつ簡潔に呪文の詠唱を終えてしまった。


「少し黙っていろ、餓鬼が!」


サモナイト石の放つ眩い光に皆が視界を奪われた次の瞬間、弾けるように拡散した瘴気の波がハヤトの身体を吹き飛ばした。


「ハヤト!?」


強大な力の奔流に声もなく弾き飛ばされたハヤトは受身も取れずに地面に叩きつけられ、クラレットは血相を変えてハヤトに駆け寄る。

クラレットに抱き起こされたハヤトの顔色は蒼白になっており、瘴気に心と身体が蝕まれているのは明らかだった。

クラレットは道具を詰め込んだ袋をあさって黄色い木の実を取り出してハヤトに差し出す。


「ハヤト、キッカの実です! 食べてください!」


瘴気の侵食に苦しむハヤトだったが、なんとかキッカの実を咀嚼して飲み下す。

大地のマナを吸ってすくすくと育ったキッカの実の癒しの力がサプレスの瘴気を中和していく。

顔色も良くなり、だいぶ楽になったハヤトはクラレットに礼を言おうとして、できなかった。


声を出そうとしても、ヒューヒューと息を吐き出す音しか出てこない。

『ありがとう』の『あ』の字でさえ声にはならない。

ハヤトの奇態に怪訝な表情を浮かべたクラレットは、すぐに異常の原因に気付いた。


「ハヤト……沈黙の呪いを受けたのですか!?」


ハヤトの状態を察したクラレットは沈黙を治療する薬草を取り出そうとした。

しかしそのとき、ハヤトが突然クラレットを押し倒して地面を転がる。

すると一瞬前まで二人のいた場所に漆黒の五つの刃が突き立てられた。

無属性召喚術・闇傑の剣(ダークブリンガー)だ。


それぞれに個性的な形の剣や槍が地面に突き刺さると、まるで地面から血が吹き出したかのように真っ黒な煙のようなものが溢れ出てあたりに立ち込める。

ハヤトとクラレットの二人は暗闇の呪いに囚われてしまった。

召喚術の力を見せ付けられた騎士たちは恐れおののき、屍人使いの男は勝ち誇った笑い声をあげる。


「カーッカッカッカ! 人間の命に価値などないわ! 貴様ら全員操り人形の屍人にしてやろう。この屍人使いガレアノ様のなぁ!」


屍人使いは高らかに笑う。

命弄ぶ悪魔の狂笑が全てを覆い尽くす曇り空に響き渡った。

異界と化したスルゼン砦に死の香りが満ちていく。
















第20話 「死を弄ぶモノ」 おわり
第21話 「無色」 につづく


浮気者さんのご投稿です♪

今回はガレアノ登場ですね〜

ガレアノなんだか裏事情に通じている様子。

繰り返しの劇である、と言うような考え方だと言う事は負けることまで知っている事に。

ガレアノは一体どういう風に解釈しているのか気になるところです。

前回と今回は、短じかく切ってきていますね。

浮気者さんもお話が長文化する事で読んで貰えない可能性を嫌っているのでしょうか?

そこは何とも……

でも、多分影響はあると思うよ。

でも、短文化する事による弊害も少しありますね。

どうするべきなんでしょう?


まあ、結局は作者の考え方次第だから何とも言えないけど、

浮気者さんの場合は、元が良かっただけにこの先が気になるところではあるね。

では、今後とも期待と言う事で。

うん、次回を待つ事にしましょう。


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