『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第21話 「無色」


























「はっ……はっ……はっ……」


普段運動していないあたしの身体はちょっと全力で走っただけですぐにへとへとになってしまった。

悲鳴を上げる足を酷使して、額をぬらす汗をぬぐいもせず髪を振り乱して走る。

酸素を取り込もうと懸命に肺を伸縮させるも、激しく鼓動を繰り返す心臓を満足させるだけの肺活量を発揮することはできず、頭がくらくらして何も考えること ができない。

内側から湧き上がる危機感に突き動かされ、ただ前へ前へと足を動かし続ける。


「奈菜! どうしたのですか!?」

「待ってよナナ! いったいどこ行くの!?」


見知らぬ男と意味不明な会話をしたあと突然走り出したあたしを追って、夕月とユエルもファナンの門をくぐった。

さすが、あたしより遥かに体力のある二人はすぐにあたしに追いついて事情を問いただしてくる。

あたしは全力で走って意識も朦朧としているというのに、涼しげな顔(あたしの突飛な行動に慌ててはいるが)で話しかけてくる二人に少しイラッとする。

とはいえ、体力がないのはあたしが運動不足だからだし、さっきまであたしたちの前にいたのが人間の皮をかぶった悪魔王だったなんて気付きようがないのだか ら、あたしが焦っている理由など検討もつかなくてもしょうがないであろう。


そう、表の顔は奇天烈な服装と女性よりも綺麗な顔立ちが特徴な温和そうな吟遊詩人レイムだが、先ほどあたしたちの前にふらっと現れたあの男こそ、このリィ ンバウムの征服をもくろむ古の大悪魔メルギトスなのである。

その彼が、わざわざあたしの前に表れてあんな思わせぶりなことを言った理由。

どうして気付かなかったのか、イオスは言っていたではないか、あたしを連れてきたのは黒の旅団の顧問召喚士、つまりレイムだということを。

彼はあたしのことを知っている、あたしがこの物語のあらすじを知っていることも。


なんてことだろう。

これではあたしたちの側の優位性はまったく無くなったということではないか。


しかもレイムの言ではハヤトは誓約者ではなく、本当の誓約者はサイジェントにいるアヤであるらしい。

言われてみれば、本人や周りの人間から彼が誓約者であるなどという話はまったく聞いていない。

ハヤト=誓約者だとあたしが勝手に思い込んでいただけだったのだ。


あたしでも予想できないことが起き始めている。

誓約者でもないハヤトが何故あたしたちの前に現れたのか、何故レイムはあたしのことを知っているのか、そもそも何故あたしはこの世界に呼び出されたのか。

わからない、わからない事だらけだ。


しかしこれまで得た情報を統合すると、一つだけはっきりしていることがある。

そしてあたしの前に突然現れたレイムは、おそらくそのことを伝えに来たのだろう。


つまり、レイムの手下であり、こちらの事情を知っているであろうガレアノに、スルゼン砦の者たちは対応できないであろうということだ。

しかもレイムはパッフェルさんたちの身の危険も示唆していた。

だからあたしは居ても立ってもいられずにこうして走っているのだ。


パッフェルさん、ハヤト、クラレット。

一緒に過ごした時間は短くとも、彼らの魅力を誰よりも知っているあたしは現実の人間に抱くのとは少し違う親近感を抱いている。


現実の世界では人間を良い人悪い人と明確に分けることはできないが、物語の世界では善は善、悪は悪だ。

だから物語中の良い人は無条件に信頼できるし、それでもし裏切られたとしても何か事情があるのではないかと性善説的に解釈して好意を持とうとしてしまう。

物語の登場人物には現実の人間関係とは微妙に異なる、特別な思い入れが芽生えてしまうものだ。

この世界はゲームとは思えないし、凄く現実感があるけど、好きなゲームのキャラクターである彼らに一方的な好意を抱いてしまうのは止めようがない。


その彼らが殺されてしまうかもしれないと思うと、自分が殺されそうになったときと同じくらいの恐怖を感じる。

特にパッフェルさんにはこの世界に来てから一番お世話になって、ああ、やっぱりこの人は優しい人だったんだなって実感できて、誰よりも強い好意を寄せてい るのに、その彼女が殺されてしまったらあたしは……あたしは……


あたしの中にどろどろとした黒い感情が芽生える。

わけもわからずに落ち着かなくなって、せわしなく拍動していた心臓がよりいっそう激しく脈動する。

しかし送り出される血液は氷のように冷たく、荒らんでいた呼吸も徐々に規則的になっていく。

激しく焦っているはずなのに、なぜか頭の中がすっきりしていて、暴れだしそうな感情を尻目にあたしの中の妙に冷静な部分が簡潔に思考を繰り返す。


あたしたちより先に出発したはずのマグナたちならガレアノとも戦えるだろう。

強力な召喚士と戦士、そして悪魔の天敵である天使の生まれ変わり、聖女アメルがいる。

彼女がその力を発揮すればガレアノとも互角以上に戦えるはずだ。


しかしスルゼン砦にいるのは本当にガレアノ一人なのであろうか?

レイムはスルゼン砦襲撃がこちらに筒抜けであることを知っているはず。

ならばガレアノ一人に任せるのではなく、ビーニャ・キュラー・黒の旅団などを動員していてもおかしくない。

いや、もしかしたら悪魔の本性を現してその強大な魔力であっという間に屍人の砦を作り出してしまっているかもしれない。


マグナたちは間に合うのか。

間に合っても今のレベルであの悪魔たちに勝てるのか。

これはゲームとは違う、一回限りのぶっつけ本番、リセットやリトライなどはできないのだ。

あたしはともかく、あたしの後ろについてくる二人、夕月とユエルも戦力として当てにさせてもらわねばなるまい。


ちらりと二人の様子を窺う。

二人は戸惑ったような表情ながら、あたしを止めることもなく付いて来るつもりのようだ。

事情を説明するのは面倒だ、このままスルゼン砦まで駆け込むことにしよう。


今にも崩れ落ちそうだったあたしの両足は、急に不調を訴えるのをやめ、あたしの支配から放れたかのように機械的にあたしを前へ前へと進ませる。

このまま街道に沿って北を目指していけばそのうち砦が見えてくるはずだ。


そう思ったとき、いつの間にか汗の退いたあたしの頬にポツンと雨のしずくが降りかかった。

先ほどまで晴れ渡る青空が広がっていたのに、気付くと空は暗雲に包まれ、辺りはうっすらと暗くなり、ポツリポツリと降り出した雨が大地に水玉模様を描き始 めていた。

この小雨が豪雨に変わるまでそれほどかからないであろう。


「……シナリオ通りね。急がないと……」


そう呟いて、あたしはさらに両足の運動を加速させた。

今までも十分本気で走っていたはずなのに、身体が軽くなったかのように足が地面を一蹴りするごとに走る速さが増していく。

運動量に比例して吹き出てくるはずの汗はすでにぴたりと止まり、先ほどまで身体の内側から熱が吹き出してくる感じだったのに、今はむしろ内側から身体が冷 えていく。

あれほどうるさく脈打っていた鼓動も、まるで止まってしまったかのように気にならなくなった。


次第に激しくなってきた雨に打たれながら、顔に張り付く髪の間から覗く瞳は、北に広がる巨大な森の手前側にある巨大な建造物の姿を捉えた。

間違いない、スルゼン砦だ。

頑強そうな城壁に覆われたその姿を認めると、まだ遠く離れているはずなのに血の匂いが漂ってくるような気がした。

あたしは無意識のうちに口元に笑みを浮かべ、さらに加速する。


「パフェルさん、今行くからね。もうすぐ、着く。そして、それから、それから…………うふ、ふふふ」


自分でもどうしてか分からないが笑いが漏れる。

しかし今はそんなことはどうでも良い。

今は急いで砦に向かうことを考えればよい。


さあ、急げ。

祭りはもう始まっている。

パッフェルさんが待っている。

悪魔の織り成す血の饗宴へ、急げ、急げ、急げ―――――――










































城門のほうから響いてきた爆音に、レナードは息を呑んだ。

砦内は騒がしくなり、兵士たちががちゃがちゃと金属音を鳴らしながらせわしなく行きかう。

部屋の窓際に立って外の様子を窺うレナードは、元の世界にいた頃から肌身離さずいた愛銃の感触を確かめる。


そんなレナードの様子とは対照的に、彼の召喚主は眉をしかめて不快そうな表情になっただけで、危機感のようなものはまったく感じられなかった。

メガネをかけたほっそりとした顔立ちがいかにも学者然としていて、来ている服は高価そうな素材であるのに本人が頓着しないからかよれよれになってしまって いる。

足を組み、肘掛に頬杖をついて分厚い書物に目を通していた彼は、外の騒がしさに不快そうな顔をしてメガネの位置を直す。


「やれやれ、面倒なことだ。この砦に攻め込んでくる馬鹿が本当にいるとは」


彼、オルター・ニックは、この期に及んでも豪奢に飾り立てられた椅子から腰を上げようともせず、今まで読みふけっていた書物の続きに目を落とした。

彼が顧問召喚士を勤める砦が襲撃されているというのにこの落ち着きよう、一応上司に当たるであろうオルターのその様子に、レナードは不安を感じた。


「ヘイ、オルター。そんな落ち着いて本なんか読んでる場合か? 現場に行かなくていいのかよ?」


レナードとしては当たり前の疑問だったが、オルターの反応はそんなことを言われるとは思いもしなかったふうだった。

きょとんとした顔でレナードを見返してくる。


「現場? なぜ僕がそんなところに? 戦うのは騎士の仕事だろう?」


彼は冗談でもなんでもなく本気でそう思っているようだった。

砦を守るのは騎士たちの仕事で、召喚士である自分には関係ないと。

そんな彼の考え方に、レナードは元の世界の会議室から現場の人間をあごで使うようなタイプのお偉方のことを思い出し、ムカッとした。


「オルター、お前さんは召喚術とかいうマジックがつかえるんだろう? それを使えば現場の犠牲が少なくて済むんじゃないかい?」

「へ? 僕に戦場に行けって言うのかい? そんな野蛮な、怪我でもしたらどうするんだ」

「現場の人間は怪我じゃすまない」

「それが彼らの仕事だろう?」


オルターは自分の考え方にまったく疑問を感じていなかった。

騎士の命を軽視しているような発言を特に意識せずに口にする。

それはこの世界では一般的な考え方なのか、それとも彼だけが特別なのか、この世界に来て日の浅いレナードには判断がつかなかった。

しかし彼の発言は現役刑事として現場側の立場にあったレナードには到底受け入れられるものではなかった。


「顧問召喚士というからにはお前さんもこの砦の一員だろう。仲間が命賭けてる時に呑気に読書か、お前さんの仕事ってのはいったいなんなんだ?」

「私の仕事は研究だよ。蒼の派閥の召喚士として、日夜真理の探究を続けることだ」


彼の言葉は半分正しく、半分間違っている。

聖王国の政府が各砦や軍組織の顧問召喚士に期待している役割はその知識と技術を戦闘に役立てることだが、召喚士が実質貴族の集まりと化してしまい、顧問召 喚士という役割は形骸化して肩書きだけが重視されるようになってしまった。

つまり周りからは軍事力としての召喚術が必要とされているのに、肝心の召喚士の側は自分が戦力として数えられていることを意識していないのだ。


召喚士の権力は騎士と比べても非常に高く、派閥という巨大な組織の後ろ盾もあるため、現場には彼らを戦場に駆り立てられるような者がいない。

そのため残念ながら、召喚士の間ではオルターのような考え方の方が一般的なのだ。

蒼の派閥は真理の探究、金の派閥は利益の追求を大前提とした集団であり、実戦向きな召喚術を修練している者は実は少ない。

むしろ派閥に属さない外道召喚士の方が攻撃的な召喚獣を従えていることが多いくらいである。


「心配には及ばないよレナード。ここの騎士は剣の名門トライドラの出の者たちだ。敵に例え召喚士がいても彼らを全滅させることなんてできやしない」

「全滅って、おい……」

「昨日来た3人の話だと、敵は死体を操るんだとか。これはおそらく憑依召喚を使ってるんだと思う。派閥でも禁忌とされている外法だ、実に興味深い。守備隊 長にはできるだけ敵を生かして捕まえるように言っておいたよ」

「…………」


彼の中に自分もその屍人の一人にされるかもしれないという発想はない。

普通の召喚士なら何度も召喚術を使っていればすぐに魔力が切れてしまうから、オルターは憑依召喚にそれほど脅威を感じていないのだ。

数人の屍人を作って魔力を枯らしてくれるのなら下手に召喚獣を呼ばれるよりも対処しやすいだろうとさえ思っていた。

しかしそれは相手が普通の召喚士であるならの話。


混乱を避ける為、オルターらには相手が高位の悪魔であるということは伝えられていない。

かつてリィンバウムに攻め込んできたと言われる悪魔は人々にとって畏怖の対象であり、召喚獣への忌避意識のある騎士などには混乱を与えるだけにしかならな い。

だが、相手が砦の人間全てを屍人に変えてもなお余りあるほどの強大な魔力の持ち主であることを信じさせるには、敵が人間ではないことを伝えておいたほうが 良かったのかもしれない。


この砦が一夜にして滅ぼされるかもしれないなどとは露ほどにも思っていないオルターは、レナードが口をつぐんだのを見て、また手元の本に目を落とした。

レナードは自分だけでも加勢に向かおうかと考えるが、それを見越していたのかオルターは目を活字に向けながら釘を刺した。


「レナード、戦いは戦争屋に任せておけばいい。君はこの世界では客人だ。元の世界に帰ることだけ考えていればいいんだよ」


そう言うオルターの言葉に反発を覚えながら、レナードは雨の降り出した窓の外に眼をやる。

慌しく行きかっていた兵士たちは全て出払ってしまったのか、辺りは静寂に包まれ、遠くから聞こえていた兵士たちの怒号も雨音にかき消されたのか聞こえなく なった。

雨音に支配された薄暗く人気のない砦の姿はどこか不気味で、そこらの物陰からゴーストが顔を出してもおかしくないなと思えた。

ここがファンタジーな異世界であるのならなおさらだ。


異世界、そう、レナードにとってここは自分の属する世界ではない。

この世界にステイツは存在しないし、ロスなんて町も有りはしない、地球上ですらない。

親愛なる主の威光も届かない、忠誠を誓った祖国の法もない、親も妻も娘も仲間もいない。


この世界にとってレナードは異端で、レナードにとってこの世界にいることは異常だ。

この世界のことにレナードが口出しをする筋合いはないし、この世界の者がレナードの意見に耳を貸す義理もない。

レナードがここに呼び出されていなければ、この世界で誰が死のうが生きようが関係なかった。

仮にこの世界の住人が全て死に絶えたとしても、接点がなければ関心すら持たなかったであろう。

それが当たり前の反応、一時の客であるレナードはこの世界に深く関わる必要はない。


しかしそれでは何か悲しすぎやしないか。

大人として割り切った考え方も身につけてきたレナードであったが、人間としての人情を捨てたわけではない。

人の死に何も感じない自分ではいたくない。

この世界の争いごとに首を突っ込むのはゴメンだが、このままここで腐っているのは落ち着かない、現場に行けば何か自分にできることがあるはずだ。


未だ本に夢中な召喚主に見切りをつけ、レナードは部屋の戸に手をかけた。

と、そのとき、レナードの掴んだ取っ手はレナードが力を込めるよりも前にひとりでに回って戸が開けられた。

驚いたレナードは扉から飛び退いていつでも応戦できるように懐の銃に手を添える。


戸を開けて部屋に侵入してきたのは真っ黒な服装に頭からも黒い布をかぶっていて鋭い目元以外を覆い隠している男だった。

身体を包むマントは雨の降る外にいたはずなのにあまり濡れておらず、両手もマントで隠されているので凶器を隠し持っていてもわからない。

その男は警戒心を顕にするレナードを気にも留めず、椅子に座ったオルターに射抜くような視線を向ける。


突然の来客に気付いたオルターは本から目を上げて男の姿を認め、男の鋭い視線に竦み上がった。

本を取り落としてメガネをズリ落としながらオルターは動揺しきった声で男を問い詰める。


「な、なんだ君は!? この砦の者じゃないな、いったい……どうやってここまで侵入してきた?!」


オルターの反応で男が味方である可能性が限りなく低くなったと判断したレナードは銃を引き抜いて男に向ける。


「ホールドアップ! おとなしく……おわっ!?」


レナードが銃口を男に向けようとした瞬間マントの下からナイフ状の刃物が飛来してレナードの右手を掠める。

レナードが飛来物に注意を取られた一瞬の隙を突いて男はレナードに接近して銃を蹴り上げた。

レナードの手を離れた拳銃は天井にぶつかって男の手の中に納まる。


「……シット!」


悪態をつくレナードを無視して、男は一連の攻防で怯えきってしまったオルターに話しかける。

その声は酷く事務的で、奈落の底から響くような低く重たい声だった。


「我は無色の使徒。蒼の派閥召喚士オルター・ニックよ、我が主が名もなき世界からの召喚を成功させたお前の研究を所望している。一緒に来てもらおう」

「無色……だって? 馬鹿な……」


恐怖から驚愕、そしてまた恐怖へと表情を変えるオルターの顔色はすっかり青くなっている。

オルターは気圧されたようにじりじりと後ずさり、先ほどまで腰掛けていた椅子に足を取られて情けなく床に転がる。

つかとかと歩み寄る男から見苦しく這いつくばって逃げながら、オルターは恐怖に駆られて喚き散らした。


「馬鹿な! 首領のオルドレイクが死に、無色の派閥は解体されたはずだ! 無色はもうないんだ!」

「無色は死なぬ。頭が潰れれば新たな頭に挿げ替えるまで」


大声で泣き喚けば怖いものはいなくなると思い込んだかのようなオルターに男の無情な言葉が突き刺さる。

レナードはオルターの様子に不審を抱いた。

突然に闖入者に動揺するのはわかるが、たった一人の男相手にオルターの怯え方は過剰すぎる。

いったい無色の派閥とはなんだというのか。


「ニック家が当主、オルターよ。今こそ無色が貴様ら一族に注ぎ込んだ投資を回収させてもらおう」

「うるさい! 黙れ! 知らない! そんなものは知らない!!」


狂ったように男の言葉を否定するオルターは、転がるようにして壁際に立てかけてあった杖の1つにすがりつき、男に殴りかかった。

己が召喚士であることも忘れてしまったかのように無我夢中で腕力に訴えるオルターの攻撃は当然男に通用するはずもなく、片手で杖を受け止められ、そのまま 壁に叩きつけられてしまった。

潰れた蛙のような声を漏らしながら痛みにうずくまるオルターの目の前に、ポケットから零れ落ちたのか赤色のサモナイト石が転がり落ちる。

これぞ天の助けとばかりにサモナイト石に伸ばしたオルターの手を、男の足が無慈悲に踏み潰した。


「あっ!? ぎゃああああああああ?!!」

「無色の教義を忘れたか。裏切り者には死が待つのみ」


そう言って男は手に持ったナイフをこれ見よがしに光らせて見せた。

死の恐怖に痛みも忘れたオルターは男にすがりつくようにして命乞いをする。


「た、助けてくれ! 僕は裏切ったりなんてしないから! なんでも協力する、だから命だけは!!」

「始めからそう言っておればいいのだ」


満足のいく言葉を引き出した男はオルターの手から足をどけ、杖とサモナイト石を蹴飛ばして遠くへ追いやる。

開放された手を大事そうに労わりながら、オルターは酷く肩を落としていた。


「終わりだ……。ニック家の地位も名誉も、何もかも……」

「それらは我々が貴様らに用意してやったもの。そして、無色の創る新たなる世界には必要なきものよ」


激しく落胆するオルターの言葉を男は無慈悲に一蹴する。

そして男は事の成り行きを見守っていたレナードに視線を移す。

レナードは男の隙を見て奪われた拳銃を取り戻そうとしていたのだが、黒衣を身に纏ったこの男には一分の隙も見当たらなかった。


「貴様か、名もなき世界からの召喚獣は」

「俺様が獣に見えるのかい? 俺様の名はレナード、ロス市警の刑事だ」


などと言ったところで、男にはなんのことだかわからないだろう。

レナードも意味が伝わるとは期待していない。

しかし男の高圧的な態度と、召喚獣などという呼び方をそのまま受け入れるには抵抗があった。


「お前さんの名は? どこのどなた様だ?」

「我は無色の使徒。名はとうの昔に捨てた」

「あれ〜? 古傷の黒百舌さんじゃないですか、お久しぶりです〜♪」

「!?」


緊迫した空気の中に突如割って入る能天気な声。

その場の全員が驚いて声のした方を振り向くと、いつの間に侵入したのか、オレンジ色のエプロンドレスに身を包んだウェイトレスさんが扉を背にニコニコして 立っていた。

比較的早く驚きから開放されたレナードが口を開く。


「あ、あんた……」

「どうも〜、パッフェルでございます〜。侵入者退治の出前にやってまいりました〜♪」

「出前って、おい……いったいいつの間に入ってきたんだ?」

「それは、企業秘密です♪」


唐突に現れたパッフェルによって緊張感が途切れかけるが、そのパッフェルが腕に下げたバスケットからナイフを取り出すと再び剣呑な雰囲気が場を支配する。

特に『古傷の黒百舌』と呼ばれた男は激しい憎悪のこもった視線をパッフェルに投げかける。


「貴様、何故その呼び名を知っている……」

「もちろん企業秘密です♪ ところでお顔の傷は治られたんですか、黒百舌さん?」

「――――!!」


パッフェルの言葉を聞いた途端、黒百舌の殺気が膨れ上がった。

彼は黒い布で隠した顔の傷のことに触れられるのを極端に嫌っているらしい。

そしてもちろん、パッフェルはそのことを知っていてわざとその話題を口にした。


「貴様、死にたいらしいな……」

「いえいえ滅相もない。黒百舌さんこそ、いい加減引退なさったらどうです?」

「串刺しにしてやる!」


怒り狂った黒百舌にパッフェルは不敵に笑う。

屍人群がる砦の中で、暗殺者同士の殺し合いが始まった。

鮮血を洗い流す雨はまだあがらない。
















第21話 「無色」 おわり
第22話 「屍に囲まれて踊る」 につづく


浮気者さんのご投稿です♪

スルゼン砦攻防戦も間近!

色々暗躍が続いていますね〜

伏線が収束しているのを感じます。

次回はかなり派手な動きが見れそう・・・

うーん、それにしてもレナードさん色々していますね〜

でも、考えてみると1の人たちが出てきているなら、私たちが出てきても問題ない気もしますが・・・

いや、どうなんだろう?

彼女は3やってたのかな?


それはそれとしても、今回の暗躍はかなりヤヴァイ方向に向かっているね〜

メルギトスの動きが実証されているというか、この先大変そうだ・・・

そうなると、逆に誰が止める側のキーパーソンになるのか、気になる所ですね。

それは、多分だけど、ほら、今まで対比してきたでしょ?

彼女なんじゃないかな〜やはり、そういう意味でも同等ということなんだろうし。

うーん、これは次回を見逃せそうにないですね〜。

だねぇ、パッフェルさんや、1のメンバー、2のメンバーと色々入り乱れるだろうし。

メルギトスは切り札を投入したし。

次回は山場になること間違い無しです!!

うん、期待して待とう。


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