『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム



第22話 「屍に囲まれて踊る」


























「シャアアアアアアア!!」


しゅたたんっ、黒マントの内側から無数に飛来する暗器たちが石の壁に突き立てられ、パッフェルの影を縫いとめる。

転がるように横に飛び退ってナイフ群を回避したパッフェルは、すぐに体勢を立て直して黒衣の男に鋭い視線を向ける。


「どうした、近づくこともできないのか?」


獲物を追い詰めることを楽しんでいるかのように黒百舌の覆面から覗く両目がギラギラと妖しげに輝く。

そのマントの下にどれだけの武器を隠しているのか、黒百舌の繰り出す投擲攻撃は途切れることなく目の前の獲物を串刺しにしようと襲い掛かる。


彼はこれと決めた獲物は一思いには殺さない。

じわじわと追い詰め、手足を串刺しにし、恐怖と痛みにのたうち回る獲物を壁に磔にして嬲り者にするのを何より好む。

普段は任務に私情を持ち出さないよう心がけているが、顔の傷の事を触れられた彼にはもはや目の前の獲物をいかに残酷に苦しめて殺すかしか考えられなくなっ ていた。


パッフェルはたった一言の言葉で怒りに我を忘れてしまった暗殺者の姿にほくそ笑む。


「相変わらず怒りっぽい人ですねえ。そんなカリカリしてると長生きできませんよ〜?」

「貴様っ!」


この期に及んでも憎まれ口を叩くパッフェルに黒百舌の怒りは激しさを増す。

知り合いでもないはずなのに妙に馴れ馴れしい彼女の言葉に疑問を抱く余裕もなく、その小憎らしい顔を恐怖に引き攣らせてやりたいという暗い欲望が吹き出し てくる。

それが彼の悪い癖なのだが、さりとて黒百舌も長い年月をこの世界で生き抜いてきた古株の暗殺者。

頭の中を怒りの炎が埋め尽くしていても、その腕前にはいささかの曇りもない。


パッフェルは笑みを浮かべた表情の裏でそっと舌打ちをする。


(まさか黒百舌が出てくるとは、無色は本気のようですね。蒼の派閥や金の派閥に先駆けて『名もなき世界』の秘密に近づく為には手段を選ばないということで すか)


蒼の派閥総帥であるエクスの密命を受けていたパッフェルは、奈菜に協力を依頼されずとも元々この砦にやってくるつもりだった。

それは『名もなき世界』からの召喚獣であるレナードを保護する為、そして背後関係の疑わしい召喚士オルター・ニックの監視の為。


『名もなき世界』からの召喚獣の重要性は一般には知られていない。

また、外道召喚士との結びつきを疑われていたオルターだが、ニック家は派閥の中でもそれなりの地位を占める家系である。

任務の重要度と周囲への体裁を考え、エクス直属の密偵であるパッフェルにその役目が任されたのだ。

そして任務に付いた途端これだ。

奈菜から聞いた話である程度覚悟はしていたが、ニック家の裏についていたのが無色の派閥で、レナードとオルターを確保する為にここまで強引な手段に出てく るとは思ってもいなかった。


(これはナナさんの起こした『干渉』によるイレギュラーか、あるいはこれもシナリオの通りなのか)


そのような考えがふっと頭をよぎったが、黒百舌の嵐のごとき啄みに晒されているパッフェルには悠長に考え事をしている余裕などなかった。

黒百舌の放つ暗器の数々がレナードやオルターに向けられないように挑発を交えながら回避に専念していたパッフェルは次第に押され始めていた。

際限なく繰り返される投擲攻撃を紙一重で回避し続けていたパッフェルを疲労が襲い、次第にしかし確実に動きが鈍くなってきた。


(ナイフがきれるよりも私がへたばる方が早いだなんて、一体どれだけの武器を隠し持ってるんですか、あの人は!)

「くっくっく、どうした? 動きが鈍くなってきたぞ? もっと踊れ。もっと逃げ回れ。疲れ果てたところを貫いて磔にしてくれる!」


顔を黒い布で覆っているためにその表情を窺い知ることはできないが、怒りに染まっていた黒百舌の声に愉悦と興奮の感情が表れる。

おそらくその布の下では激しい狂喜にその顔を歪めていることだろう。

パッフェルが疲労しただけでなく、黒百舌の猛禽類のような目が彼女の動きに慣れてきたこともあり、両者の優劣はすでに明確なものとなっていた。


紙一重で避けていたナイフは動きの鈍くなったパッフェルの身体や服を徐々に徐々に切り裂いていき、休む間もなく飛来するナイフを避け続ける彼女の顔にはも はや余裕の表情はなかった。

反撃の隙を窺う彼女を嘲笑うかのように黒百舌は一定の間合いを保ったままパッフェルのリーチ内に入ってこようとはしない。

どうやら黒百舌は無尽蔵とも思える残弾数を頼りにパッフェルを射程距離外からじわじわと嬲り殺すつもりのようだ。

弾切れを狙っていたパッフェルの作戦は裏目に出て、むしろこれ以上持久戦が続けば彼女の方が危険な状況であった。


(ここは一か八か、仕掛けるしかありませんね)


飛び交うナイフ群の隙間を転がるようにして掻い潜っていたパッフェルは、隙の見えない相手に無理を承知で突っ込むことを考える。

その時、敵の攻撃が僅かに緩んだ。

黒百舌が消耗した為か、それとも誘っているのか。

どちらにせよ、行くなら今しかない。


パッフェルは顔面向けて飛んできた無数の針状の暗器を首を振ることでかわし、姿勢を低くして駆け出す。

向かってくるパッフェルに黒百舌はナイフの乱れ撃ちを浴びせるが、低姿勢になることで相手の攻撃範囲を狭くしたパッフェルは最低限の攻撃だけをナイフで弾 き落とす。

足や腕などに切り傷刺し傷を作りながらもパッフェルは怯まずに敵との間合いを詰める。

パッフェルの果敢な攻めに、黒百舌は口端を吊り上げてニヤリと笑った。


「ははっ! 痺れを切らしたな! だが、それが命取りだ!」

「っ!?」


黒百舌の放った幾つものナイフが突然の閃光と共に爆発。

シルターンの符術の式を編みこんだ爆裂クナイだ。

その威力は多少の火傷を負わせる程度のもので殺傷力はほとんどないが、相手を怯ませるには十分である。

至近距離での爆発にパッフェルの足が止まった。


黒百舌にとって絶好のチャンスだ。

爆煙が晴れるのを待つ必要はない。

向こうから近づいてきてくれたので外すわけがなかった。

黒百舌は両手に持てる限りの暗器を構える。


これまでの戦いで、黒百舌は相手の力量がなかなかのものであると評価していた。

きっとヤツならこの状況でこれだけの暗器を放っても致命傷は避けるだろう。

だが、それでいい。

簡単に死んでしまっては面白くない。


この女は自分の顔の傷のことを持ち出して、人を馬鹿にしたような言動を繰り返した。

100回八つ裂きにしても足りない。

串刺しだ。

磔にして、貫いて、苦しめて、弄んで、泣き叫んで命乞いする様を眺めながらその命を啄んでやる。

黒百舌の暗い欲望は留まるところを知らずに膨れ上がっていく。


その時だ、一瞬の硬直状態にあるパッフェルに攻撃を加えようとしていた黒百舌に向かって何かが飛来してきたのは。

その気配を感じ取った黒百舌は条件反射的に回避行動をとる。

飛んできたのは武器ではなく、黒表紙の分厚い本だった。


本が飛んできたほうに振り返ると、投擲後の体勢のままのレナードがいた。

黒百舌はレナードとオルターが逃げ出したりしないように注意を向けていたのだが、目の前の爆発で五感が麻痺した瞬間を狙われたらしい。

小ざかしい獲物に黒百舌は鋭い殺気を向ける。


「貴方のお相手はこちらですよ!」

「!?」


硬直状態から脱したパッフェルのナイフが一閃する。

不意を突かれた黒百舌のマントが切り裂かれ、その内に隠されていた凶器の数々がチャリチャリと金属音を立てて床に落ちる。


「くっ!」

「はああああ!!」


体勢を立て直そうとする黒百舌にパッフェルは追撃をかけ、反撃の隙を与えない。

遠距離攻撃に秀でた黒百舌は懐に入られるのは苦手らしく、形勢は一気に逆転した。


これだけ接近していればナイフを投げるよりも普通に斬りつける方が速い。

黒百舌もアイスピック状の手持ち武器で応戦するも、直線的な突きばかりを繰り返すその攻撃はパッフェルにあっさりかわされてしまう。


「せいっ!」

「!!」


パッフェルの斬り上げたナイフが黒百舌の顔面を襲う。

慌てて仰け反った黒百舌の覆面にピッと切込みが入った。

顔を覆っていた黒い布がハラリと落ち、その下から黒百舌の素顔が姿を現す。


「っ!!?」


黒百舌は右手で慌てて顔を隠し、爆裂クナイをばら撒いて強引にパッフェルと距離をとった。


「ああ! ぁああああ、あああ!!」


激しく動揺する黒百舌は顔を隠しながら自らのマントを切り裂いて急いで顔に巻きつける。

その顔が再び黒い布で覆われると黒百舌は、それだけで人を殺せそうなほどの殺気を視線に乗せてパッフェルに向ける。

そして気付く、パッフェルが黒百舌に向けている黒光りする鉄の塊に。


「落し物ですよ? お礼はいりません、鉛玉は全部貴方に返して差し上げます」

「貴様……ッ!」


先ほど斬りつけられた時に黒百舌が落としたレナードの銃だ。

銃の扱いにも精通している元暗殺者は油断なく銃口を黒百舌に向ける。


黒百舌は歯噛みした。

接近戦で自分を圧倒できる力を持つパッフェルが遠距離攻撃の手段を得てしまったのだ。

こちらの準備が万全であれば相手が銃を持っていても勝つ自信はあるが、今までの戦いで武器を使いすぎていた。

おそらくこのまま戦えば勝算は五分五分。

必ず勝てる戦だったはずなのに。


「ぎゃあああああああああ!!?」

『!!?』


緊迫した空気の中、突如響き渡る男の悲鳴。

パッフェル・レナード・黒百舌がそれぞれ悲鳴の出処に振り返る。

悲鳴を上げたのは開け放たれた扉から身を乗り出して倒れているオルターだった。

オルターはパッフェルと黒百舌が熾烈な戦いを繰り広げている隙にこの部屋から脱出しようと試みていたのだった。

しかしオルターは扉の外にいた何者かに襲われ、悲鳴を上げたのだ。


「た……助けてくれっ!! 助けて、血がっ!? 死ぬ! 死んでしまうぅっ!」


真っ赤な血に濡れながら、ズリズリと這いずり回って助けを求めるオルター。

突然のことに動けない3人の代わりにオルターの命乞いに応えたのは、彼を追って部屋に侵入してきた血塗られた剣士だった。

全身血だらけで真っ青な顔色のその剣士は、ポタポタと地の滴る剣を両手で構え、地を這うオルターの背に力いっぱい突き刺した。


「ひうっ!? が……ああ、ああぁぁああああ………!!?」


昆虫の標本のように地面に縫い付けられてしまったオルターは断末魔の叫びを上げ、懸命に死に抗おうと助けを求める手を伸ばす。

しかしその手を取る者は誰もいなかった。

事切れたオルターの手はパタリと地に落ちる。


「…………!」

「オルター……ああ、なんてこった……」


絶句するパッフェル、辛そうな顔で十字を切るレナード。

標的の死亡を確認した黒百舌は悪態をつく。


「……くそっ! これでは研究が、新たなる世界の為の大いなる研究が! おのれ! おのれ〜〜〜っ!!」


血の海に沈むオルターから剣を引き抜いた屍人に向かって黒百舌が駆ける。

無数の刃物の雨を屍人にお見舞いし、怯んだ相手を踏み倒しながら部屋から駆け出す。


「! 黒百舌!!」

「女! 勝負は預けた! だが、次に会ったときには必ず串刺しにしてくれる! 楽しみに待っているがいいわ!!」


群がる屍人たちを爆裂クナイで蹴散らしながら、黒百舌は何処かへと走り去っていく。

捨て台詞を吐く黒百舌にパッフェルはアッカンべーをお見舞いしてやった。


「当店では店員を指名してのデートのお誘いはお断りしております〜!」

「……デートって、おい……」


彼女の言い様に呆れるレナードへ、パッフェルは黒百舌から奪い返した拳銃を放ってよこす。

それを受け取ると、レナードは自分たちの置かれている状況を理解してヤレヤレと首を振る。


「団体様のご到着か。アレがあんたらの言ってた屍人って奴かい?」

「ええ、そのようですね」


彼らのいる部屋の外はすでにこの城の兵士たちの亡骸で埋め尽くされていた。

気付けば先ほど死亡したばかりのオルターも動く死体の仲間入りを果たし、高価そうなローブを血に濡らした姿のまま起き上がろうとしていた。


「ったく、これじゃまるっきりB級ホラー映画だぜ」

「なんです、それ?」

「面白くもない冗談だってことさ」

「なるほど。同感です」


実際死体が動くなどというのは冗談なような話だったが、現に今目の前にしかも大量にいるのだから否定しようがなかった。

パッフェルらの言葉を話半分にしか聞いていなかったレナードは自分の認識の甘さを痛感する。

もっとも、科学万能の現実主義な世界からやってきた彼にいきなりそんな話を信じろといっても土台無理な話だったのだが。


ともかく、いつまでもこの部屋にいてもしょうがない。

外にいる亡者たちは生者である二人を仲間に引きずり込むためにこの部屋へと群がってくる。

それをパッフェルが一閃で薙ぎ払い、レナードが銃弾を撒き散らしながら突撃する。


「突っ切りますよ!」

「了解だ!」


屍人たちの包囲網に挑むパッフェルとレナード。

屍人の砦を舞台に繰り広げられるジェノサイドゲームから逃れる為、彼らは雨の降り続く砦の中を駆け回る。

倒しても倒しても湧いて出てくる屍人に追い立てられ、いつしか二人は離れ離れになっていた。
























「門に鍵がかかっていない? バカな……」


雨宿りに訪れたスルゼン砦の正門前、門番の一人すら存在していない無用心さに呆れながらも雨除けに軒下を借り、ずぶ濡れの衣服を着替えていた聖女御一行。

ふとした弾みで抵抗もなく開いてしまった砦の門に真面目青年のネスティが驚きと非難の声を上げる。

スルゼン砦は聖王国と旧王国を隔てる大絶壁から遠く、大絶壁に架かる橋を守護するローウェン砦が最前線であるとはいえ、聖王国を守護する三砦都市の一角で あることに変わりはない。

トライドラで兵法のいろはを叩き込まれたであろうエリート騎士たちがこのような無用心な所業を行うとはとても信じられなかった。


「それどころじゃないぜ、こいつは……」

いつも飄々とした態度を崩さないフォルテが珍しく緊迫した様子で声を漏らした。

開け放たれた門扉の隙間から砦の内部を覗き見た彼の表情は蒼白になってしまっている。


ケイナはそんなフォルテを心配して彼に駆け寄り、そして中の様子を見て同じように顔色を変え、言葉をなくす。

二人の反応に興味を引かれたのか、固まったままのフォルテとケイナの間からミニスが顔を出して砦の中の様子を窺う。


「どれどれ? ―――――ヒッ!!?」

「ミニス!?」


ケイナはとっさにミニスを抱きしめて視界を覆い隠した。

顔色がさっと青くなり、ガタガタと震えだすミニスはケイナの暖かな身体に力いっぱい抱きついてくる。

泣き出さないように堪えているのはさすがと言ったところか。


彼らの様子に他の者も尋常でない雰囲気を感じ取り、覚悟を決めて開け放たれた門を潜り、砦の中に足を踏み入れる。

そして彼らは一様に絶句した。

ハサハやレシィはその刺激的過ぎる光景に自らの召喚主にしがみ付いて震えだす。


砦の中は真っ赤な鮮血に支配されていた。

そこかしこに無造作に放置された無残な死体の山。

重そうな甲冑と剣で装備した兵士たちの死体は、一目でこの砦の騎士たちのものであることがわかった。

激しい戦いを演じたらしい戦士たちの亡骸は損傷が激しく、原形を留めないほどバラバラにされた死体も見られた。


「ひどい……っ」


青い顔で口元を覆うアメルが声を震わせながら呟く。

いつも快活なモーリンもよろよろと壁に手をついて顔を青ざめさせ、リューグ・ネスティは険しい表情で周囲の気配に気を配っている。


マグナとトリスは強い不快感を感じていた。

怒り・悲しみ・恐怖・絶望、そういった感情がその場に漂っているような気がして、酷く気分が悪くなった。

目の前に広がる惨たらしい光景と相まって、その不快感は二人の心を、魂を縛り付ける。


「おかしいでござるな……」

「……何がだい?」


死体の様子を調べていたらしいカザミネの呟きにモーリンが問い返す。

やり取りを聞いていた周りの者たちの視線がカザミネに集まる。

皆が注目する中、カザミネは困惑の表情を浮かべつつ自分の見解を口にする。


「この者たちの傷から判断するに……お互いに殺しあったとしか思えないのでござる」


幾つもの戦場を渡り歩いてきた異界の剣客の意外な言葉に全員が戸惑いの表情を見せる。


「そんな!?」

「どういうこと?!」


声を上げたのはマグナとトリス。

二人が驚くのも無理はないだろう。

スルゼン砦をはじめとした3つの砦を擁する三砦都市トライドラは聖王国における騎士の中で名門中の名門。

聖王国の盾とまで呼ばれる砦の一つが内乱で滅んだなどとあっては笑い話にもならない。

それくらい、世間の話題に疎い双子召喚士にもわかることだ。


しかしカザミネは彼らがお互いに殺しあったと断言し、歴戦の剣士であるフォルテもその言葉に頷いている。

訳が分からなくなったマグナとトリスの叫びに応えたのはカザミネでもフォルテでもなかった。


「その人の言ってることは本当だよ」

「! だれだ!?」


突然聞こえてきた仲間以外の声にリューグが両手に斧を構えながら警戒心顕わに叫ぶ。

リューグの問いかけに答えるように物陰から二人の男女が姿を現した。

一人はどこにでもいそうな普通の少年。少し子供っぽく見える顔立ちだが、芯はしっかりしていそうな印象を受ける。

もう一人はおっとりとしていてお嬢様っぽい女の子。和風っぽい服に長めの髪が似合っている気品漂う美人だ。

二人とも激しい戦いを潜り抜けてきたように全身傷だらけで、服はあちこち傷み、返り血か自身の血かも判断できないほどに血で真っ赤に染まっている。


「あなたたちは……?」


この屍だらけの砦で初めて出会った動く人間に安心感と若干の警戒心を抱きながらトリスが尋ねた。

すると男の子の方は敵ではないことをアピールしようとするように憔悴しきった顔に無理矢理笑顔を浮かべる。

身体を引きずるようにしてマグナたちの前までたどり着いた二人は口を開いた。


「俺たちはこの砦の生き残りさ」

「この砦は、屍人たちによって滅ぼされてしまったのです」
























雨の降りしきる町に、どこからか竪琴の奏でるやわらかい音色が響く。

軒下から暗く澱んだ空を見上げる町の人々の耳にその音は優しく届く。


一人の吟遊詩人が噴水に腰掛け、雨に打たれながら繊細そうな指を弦に伸ばす。

目を瞑り、一心に竪琴を鳴らす彼の長い睫毛に雨水が滴る。

彫像のような人外の美しさを持つその顔に、涙のように雨が筋を作った。


「全ては『シナリオ』の通り。若干のイレギュラーも、『修整』の必要には至っていない」


それ自体が楽器の音色であるかのような声で紡がれた言葉は、激しい雨音にかき消されて誰の耳にも届くことはない。

詩人は竪琴を奏で続け、雨音に溶けてしまいそうな甘い旋律が町の人々の鼓膜を震わす。


「さあ、奈菜さん。貴女はどのような選択を私たちに見せてくれるのか」


ずぶ濡れのはずなのにどこか気品を漂わせる魔性の魅惑を備えた美青年。

雨の町の片隅にポツンと浮かび上がる蜃気楼のような独特の存在感。

そんな吟遊詩人の様子を、噴水の傍に居を構えた古びた雰囲気の店の軒先から窺い見る、龍のような角を生やした鼻眼鏡の女性の姿があった。
















第22話 「屍に囲まれて踊る」 おわり
第23話 「蝕まれる『私』」 につづく










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