帰ってきますよ…

帰ってこなかったら、追っかけるまでです……

だって、あの人は――――

あの人は、大切な人だから…






そして、〈Prince Of Darkness〉は…




テンカワ・アキトは・・・






帰ってこなかった。

 

 

 



劇場版幻想


クリスマスを渡るAI


 

 

25/12/2201 AD

 

「…シオン。すまないな、こんな事に付き合わせて」


<火星の後継者>…その残党を狩り終えたアキトは、或る決断をしていた。

ネルガル・月支部に帰投し、ラピスを降ろしてから再び出発しようとするアキト…

しかし彼は、唐突にユーチャリスAI<シオン>に謝罪の言葉を掛けていた。


「いえ、私は『その為』に存在していますから。

 艦長こそ、本当にこれで良かったのですか…?

 もしかしたら、歴史の分岐点(ターニング・ポイント)に立っ ているのかも知れませんよ?」


それを流し、シオンは意味深な事を言う…

…ウィンドウ表示ではなく、合成音声で。

これは、ラピスが居なければ視覚さえ機能しないアキトの為、シオン自身が音域・波長などを合成し、

人が話すように流暢な『声』として聞こえる、合成音声プログラムを開発したのだ。

出力には元々その機能があるコミュニケを使っている。

……その合成音声、何故か女性の声なのだが、シオン曰く「ひ・み・つ♪」とか。


「……」

「艦長…?」

「ああ…俺だって、俺だって残された時間を家族と過ごしたい…!

 俺が裁かれるまで…監獄の中、彼女達と会い続ける――

 或いは、そう『選択』する事も出来たかも知れない。しかし…」


想い駆られてか、一瞬顔にナノマシンの輝線を浮かべる…

しかしそれは直ぐに消え、代わって逡巡の表情を浮かべた。


「俺は……俺は、俺の為に…

 そして彼女達の為に、遂行しなければならない。

 …だが、シオンはどうなんだ?

 ターニング・ポイントに立っているのはおまえも同じだろう」

「私は、私の望んだ通りに動いています。

 言うなれば、これが『私の選択』です。

 艦長…アキトが気に病む事はありませんよ」

「すまない・・・いや…ありがとう、シオン」


――ピピッ


アキトが礼を言った直後、ドッグから着信が入った。


「ドッグから通信、イネス女史です。

 …同時にハッキングを検知。これは、ラピスですね」

「ラピスの方は…対処できるか?」

「…2分だけですよ?」

「よし、繋いでくれ」


アキトがそう言うと同時に、ブリッジの上部に大型ウィンドウが表示される。

…もっとも、アキトにはそれも認識できなくなっているのだが……


「何の用だ? イネス…ラピスも居るようだが」

【あら、やっぱりバレバレかしら…まぁいいわ。

 これからどこへ行く気なの? アキト君……】

「答「世界初・人とAIの新婚旅行へ」…」


アキトが応えようとした矢先、アキトの声を真似してシオンが妙な答えを返す。


【…アキト君。とうとうそこまで堕ちちゃったのね……】


ハンカチを目元に当てるイネス…だが、見えていないアキトに泣き真似は無駄だった。

声に揺らぎが無いのを聞き、イネスの泣き真似に気付くアキト。


「シオン…頼むから人の声音で変な事言わないでくれ。

 イネスも、巫山戯(ふざけ)ているなら通信を切るぞ」

【冗談が通じないわね。そういう人は嫌われるわよ?

 まぁ、それはおいといて…ホントにこれからどうする気?

 私も貴方も、もう役割を終えたのではないかしら】

「…確かに<火星の後継者>に対しては、既に立つべき舞台が無い。

 しかし俺には、まだやる事・・いや、やらなければならない事がある」

【…それは、何?】


流石にイネスも巫山戯るのをやめ、真剣な表情になる。

しかし…


「答える気はない。

 ただ…俺には必要な事だ、とだけ言っておく」

【……そう………

 私としては、治療法を模索しながら養生して欲しいのだけど…

 アキト君が…お兄ちゃんが決めたのなら、仕方ないわね】

「…すまん…」

【バカね…謝らないでよ】

「艦長、そろそろラピスの方が厳しくなってきました」

「そうか…では、イネス」

【解ったわ。正直、嫌な役だけど…艦長達には私から説明しておくから】

「……程々にな」

「相転移エンジン、出力OK。

 繋留索解除を確認、ハンガーより離床します…

 ゲート開放を確認、出航準備完了。

 艦長」

「よし…ユーチャリス、発進」


ユーチャリスが床の固定機から浮き上がり、ゆっくりと動き出す…

そして、ユーチャリスがドッグから出た頃…

アキトは少し悩んでいたが、やがて迷いを振り切るように口を開いた。

 

 

「アイちゃん…ラピス……サヨナラだ」

 

 

「「!?」」


モニターは蒼ざめた光に包まれ――

プツリ…と、通信が切れた。


「アキト、アキト!? …アキトォ……」

「…お兄、ちゃん・・・」


ダダダダダダダダダ!!!!!

バンッッ!!


「どういう事! 今更ユーチャリスが出るなんて?!」

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ…

 エ、エリナ君? もうちょっと会長を労ってくれても…」

「煩いわね! 大事な事なのよ!! って…イ、イネス…?」

「…どうか、したかしら」

「貴女……泣いてるの?」


イネスは呆然としたラピスを胸に抱き、瞳を閉じていた。

しかし、その体は微かに震え…

頬を透明な雫が伝っていた・・・


「大学時代から『鉄の女』なんて呼ばれていたけど…

 …私にも、まだこんな物が残っていたのね」

 

 


 

 

――ネルガル月支部・特別応接室――


先程の四人にプロス・ゴートの二人を加え、

小一時間ほど休息の後、話し合いが始められる…

口火を切ったのは、やはりエリナだった。


「…それで、一体どういう事なの?」

「・・・解らないわ。ただ、アキト君は…もう」

「もう?! もう、何なのよ! イネスッ!!」

「ままま、エリナさん…落ちついて落ちついて」

「私は十分冷静よッ!!」

「…そうは見えんが」

「何よデカブツ、文句があるの?!」

「……いや(な、なんというプレッシャーだッ!)」

 

「アキトハモウ…還ラナイ」

 


プロス・ゴートがエリナを取りなすのに苦労する中、

ラピスがボソッと爆弾を落とした…

 


「アキトハ、消エタカラ…」

 

 

「「「「「!?!」」」」」

「・・・消え、た? …どういう事だい?」


エリナも、ゴートも、プロス・イネスでさえ凍り付く中、

かろうじてアカツキが声を発した。


「…ワカラナイ。デモ…アキトハモウ、ドコニモイナイ」

「…! まさか、あのジャンプは……ランダム…?」

「…え?」

「「ランダム・ジャンプ?」」

「馬鹿な…テンカワ君が幽霊ロボットのパイロットだと『関係者』にしかバレていない現状、

 彼とミスマル・ユリカの戸籍を復活させて、めでたしめでたし…そう終わる筈だろう!?」

「いや…ランダムジャンプだとしても、もう何処かにジャンプアウトしているのではないか?」

「それは無いわ…もしそうなら、ラピスとのリンクが繋がっている筈よ。

 あれから三十分も経っているのに、そうならないという事は…」

「「「「……………」」」」

「しかし、解りませんな…

 あれほど『家族』を想ってらしたテンカワさんが、どうしてそんな事を…?」

「アキトハ…ヤルコトガアル、トイッテタ」

「あ……それだわ!!」

「ど、どうしたの? イネス」

「もう…遅いのね。彼は―――

 

 


 

 

俺にとって、その記憶は不吉なモノだった…

彼は、過去へ跳んだのよ。

予言であり、与言であり、世迷い言。

もし既に、『彼』がテンカワアキトに会っていたら?

だが、同時に希望でもあった…

過去へ向かう意志を強く持てば…

だから俺は繰り返す。

歴史が彼を運ぶのではないかしら…

 

――歴史を成就する為に――

 

 


 

 

25/12/2198 A.D.

雨…

雨は嫌いだ……

特に、冬に降る雨は最悪。

雪が解けて土や埃と混ざり合い、白が汚らしい色に染まる。

次の日にはアイスバーンになったりとかするのも嫌だ。

中でも…こうして走っていると、サクサクとした雪じゃなくて、

グチャグチャっと、いや〜な感じの雪になるのが一番嫌いだ……


「ふぅ、はぁ…はぁ〜……」


そんな雨を抜けた所に近所の公園が見えて来た…

あそこにある四阿で雨宿りしよう。

ったく、今日はクリスマスだってのに…ツいてないな…

ウチまでは後ちょっと…だけど、だんだん雨が強くなってきてる。

ルリちゃんとユリカには悪いけど、もう少しここにいよう…


「おっと、袋の中身。大丈夫かな…」


右手に持っていた買い物袋から二人のクリスマスプレゼントを取り出してみる。

……うん、まぁ…だいじょぶだろ、多分。

晩飯の食材と一緒にソレを袋の中に戻す…


タッタッタッタ……


その時、軽快な靴音を鳴らして、誰かが四阿に走り込んできた。

その誰かは黒いマントで身を包んだ、いかにも怪しげな男だけど…

ごっついサングラスみたいなの掛けてるのも…なんだか、なぁ。

……って、もしかして強盗!? ヤバいじゃん、俺!!


「…ん? 誰か居るのか?」

「……え?」


あれ…? 何か、思ったより落ちついた声だな…

銀行員に銃を突き付けて来た帰り…って訳じゃないのか?

…まてまて。それよりもこの人、今何て言った?

もしかして…目が見えてないのか…?


「あ…あの…」

「…あぁ、やっぱり人が居たか」

「もしかして、目が…?」

「ん? ああ…少し前、目と舌を…な」

「…それは…大変ですね……」


うわ…舌もかよ……そんな事になったら俺、生きてけないかも。

いや、料理人としてだけじゃなく…


「だが、そのおかげで、目に見えないモノが見える様になってな」

「……はい?」


目に見えないモノが見えるって、まさか電波系の人か!?

うわ、ヤバイのに声掛けちゃったな…


「…例えば、『電波系の人か?』…と、今思っただろう」

「・・・」


ッ……いや、落ち着け……

もしかしたらこう見えて、心理学に詳しい奴かも知れないじゃないか。

それなら、人の内心を当てる事だって…


「ふむ…心理学は聴かされた事があるが…あまり理解できなかったな」

「クッ……何なんだよ、アンタ」

「俺か? 俺はただの占い師だ…今はな」

「う、占い師ぃ?!

 うっわ、ハマリ過ぎ…」


グラサンは目を覆うのにしても…

今時、コートじゃなくてマントなのはその為か…?

つーか、占い師は怪しい格好が制服なのか?


「フ……正直だな」

「え?! あ、いや…すんません」

「いや、構わん…

 そうだな、この雨宿りで一緒になったのも一つの縁だ…

 オマエの未来を見てやろう」

「え…? マジで? ホントに未来が見えるんスか?」

「さぁ…どうかな?

 少なくとも未来を騙れなければ、詐欺師にも成れないのは事実だが」

「そりゃそう…って、それ、一般論でしょ。占い師さんはどうなんスか?」

「俺は見たままを伝えるだけの事だ。

 信じるかどうかは…オマエが決めろ」

「……なんか、投げやりなんスね」


怪しい占い師はそれには答えなかった。

代わりに何か、集中し始めたっぽい…

オレの未来か…どんなんだろ…?

屋台は上手くいってんのかな?

借金苦で自殺とかだったら、かなりヤだな。

……まてよ? オレの未来だよな…あの二人が見えるんじゃ……

ユリカとルリちゃんはどうなるんだ?

どっちかとくっついてた、って言われたら…ちょっと顔合わせづらいかも。


「……あぁ…これは、酷いな」

「ええっ!?」

「銀髪ツインテールの娘にプロポーズした」

「マジで?!」

「…直後、『鬼畜・変態・浮気者』とか言いながら襲いかかってきた

 青髪ストレートの女に撲殺されていた……グーパンチで」

「えぇ〜〜っ!?!?」


な、なんて嫌すぎる人生の終焉だ…!

・・・って、おい。

顔の左側だけひくついてる…って、笑ってんじゃんかよ!

…器用だな…って、それは兎も角


「嘘でしょ…笑ってますよ」

「む、バレたか」

「ホントの事言って下さいよ」

「・・・最悪なのは変わらん。

 一度しか言わない…覚悟を決めろよ」

「…あ、あぁ」


最悪の未来って、何だ…?

まさか…ホントに借金で首が回らなくなって、とか……怖ッ!

 

オマエは其処に…

当然の様に死が在る其処に捕らわれ

否応なく死の淵に立たされる

 

「ぇ…?」

 

周りの者達…百人・千人の死を観る事になる…

妻を盾にされ、抵抗も出来ぬままに嬲られる…

 

「何、言ってるんだよ…?」

「さて…なんだろうな?」

「何で…何で俺がそんな目に…」

「さて…何故だろうな?」

「オレは…死ぬのか…?」

「さて…どうだろうな?」

「…ッ! ふざけろよッ!!」

「ククッ…如何なるかは、オマエ次第だ」


オレは結構本気で怒っていた…

何でお祭り騒ぎの日に不吉な予言するんだ――と。

理不尽な怒りだと解ってたけど、どうにも出来なかった…

だけどコイツは妙な笑いを見せて…まるで柳に風、ってやつか?

でも…その後に言った言葉は……


「オレ、次第?」

「そう、おまえ次第だ」

「どうして…? 未来は決まってないとか言うのか?」

「いや、未来は『ほぼ』確定している。

 …あの未来には、続きがあってな」


? …何なんだ、一体…


「オマエは長い時を苦しむ…だが、救いの手は差し伸べられる」

「! ……な、なんだ…それなら大丈夫じゃないか」

「違う…

 おまえを救いに来るモノがある…それは確かだ。

 だが…『その時』まで、オマエが生き延びている保証は無い。

 …オマエを救いに来たモノが、オマエの骸を抱いて出るかも知れない…という事だ」

「…生き、延びる……」

「そう、家族を想うなら…なんとしてでも生き延びるんだな」

「そんなの、そんな事言われたって…解ンねッスよ」

「フ…人生の先達として助言するなら」

「…?」

「敵を憎むだけでは、生き延びる事など出来はしない…

 ソレでは負荷が限界を超えた時、心ごと折れてしまう……

 だから――


 妻を、家族を想え…愛する者を救う事を。

 友を想え…いつでも、信じるに足る者達を。

 師を想え…その教え・その恩に報いることを。

 仲間を想え…きっと力になってくれる者達を。


 その想いは、限界を越える鋼の意思…きっとオマエを支えるだろう」

「想う…」

「そう…オマエには、分不相応な程に居るだろう?」


グッ…た、確かに分不相応かも知れないけど、何もそんなにハッキリ言わなくても…

…? そう言えば、オレはもう知っているんだから、未来を変えられるんじゃないのか?


「あ、あのさ…未来って、変えられるんスか?」

「……解らん」

「へ?」

「少なくとも、俺は変える事が出来なかった。

 『ここでオマエ相手に占いをする』未来を、な…

 オマエは…変えられるか?」

「い、いや…そんな事分かんないッスけど…」

「…まぁ、俺にはどうでも良い事だがな。

 或いは…さっさと諦めて、残りの人生を謳歌する…という選択肢もあるぞ?」

「…は?」

「例えば…あの二人の内、どちらかにプロポーズする…とかな」


占い師の指差す方を見ると、帰りが遅くなったので心配したのだろう…

我が家の居候達が、傘を差して通りを歩いている所だった。

二人はオレが気付くと同時にこちらを向き、そのまま小走りで近付いてくる…

! そ、そうだ。あの二人が来るまでに聞かなきゃ…!


「そ、そうだ! その未来でオレ、結婚してたんスよね!?

 だ、誰と…? もしかして、あの二人のどっちか…とか?!」

「ははっ…馬鹿だなぁ……

 それは誰が決めるモノでもない。

 オマエが、オマエの意思で決めるものだろう?」

「あぁ……ははは…そっスよね」


……あれ?

この人…さっきと違って、どこか懐かしいものに会ったような…

なんていうか、いい笑い方…? そんな感じで笑った…?

そんな事を考えた、次の瞬間―――


「アキトに近付かないで下さい! この変質者〜っ!!」


ドンッ…!


・・・!!

う…わぁ……凄いモノを見てしまった。

ユリカが占い師を撲殺……ではなくて、

何か叫びながら占い師さんを突き飛ばそうと、ユリカが手を伸ばした瞬間――

占い師さんがその手の平を蹴って、その反動で『後方伸身宙返り2回ひねり(だったかな?)』を決めたんだ。

…それも、四阿の屋根にぶつからない、ギリギリの所まで飛び上がって…


「あ…あんた、占い師じゃなかったのか…?」

「へ…占い師?」

「ああ…一つ訂正しよう。

 『荒事も出来る占い師』――まぁ、そんな所だ」

「凄い…って、ルリちゃん…どこから出したの? それ……」

「? どうかしたのか」


あ、そっか。幾ら凄くても、目が見えないんだから…

ルリちゃんの掲げてる『9.8』のプラカードが見える筈もないか。

オレがその事を占い師さんに言うと…


「……減点理由は?」

「あずまやの屋根にマント、擦ってました。

 それに、着地も失敗しましたね…靴、泥が少し跳ねてます」

「なるほど」


…なんか、うち解けてた。

……べ、別に悔しくなんかないぞ!

………ちょっと負けた様な気がするだけだ!

…虚しい…


「ありゃ。手、汚れちゃった…ま、いっか。

 …そうだ! 占い師さんなら、私も占って下さい!

 私の未来、アキトと結婚してます」

「…なんで断定なんだよ? 疑問符抜けてるのか?」

「今日は仕事ではないのでな。それに、アンタには占いなど必要ないだろう…?」

「ふぇ? どういう事?」

「アンタなら…自分の望む未来を、自分で引き寄せるだろう?

 …そのやり方が強引でも、な…」

「……プッ」

「え〜? なにそれー…って、ルリちゃん? 何で笑うの〜?」

「…た、確かに…っっ」

「アキトまで〜…もぉ〜っ!!」

「フッ……俺はそろそろ行かせて貰う」

「あ、占い師さん、傘」


オレは正直財布の中が厳しいので、お礼代わりに

ユリカが持ってきていたオレ用の傘を貸そうとした…


「いや、必要ない…

 もう雨は、上がっているだろう?」


その言葉に空を見上げると、確かに雨は上がっていた。

ふと、視線を降ろすと…ユリカのアレで四阿から飛び出した形になっていた

占い師さんがオレの方に近付いてくる…そしてオレだけに聞こえるよう、耳打ちしてきた。


「オマエがどんな選択をしようと、止まない雨はない…

 だから、最後は必ず家族の元へ還るんだ……俺の様にはなるなよ」

「……………」

「じゃあな」


占い師さんは、雨が上がって人の増えだした通りに消えていった…

オレは…どうしたらいいんだろう……?

 

 


 

 

「何という事を・・・」

「艦長…?」

「俺は…オレは歴史をなぞっただけなのか」


長い暗闇の中、いつしか忘れ去っていた…あの占い師の言葉…

謳う様な予言と、生き延びる方法だけが記憶に残っていた…あの占い師の言葉…

遅すぎた……まさか、今になって全て思い出すとは…ッ!


「本当に、どうしたんです? 艦…アキト……」

「俺は、未来を変えるつもりで『あの占い師』を演じた…

 だが…一字一句変わっていなかった! あの時聞いた言葉と、何一つ!!

 時は繰り返すのか…?

 運命だとでもいうのか!?

 ……クソォッ……」

「アキト! 落ち着きなさい!

 過ぎた事を言っても仕方ないでしょう?

 それを知った貴方が今後どうするか、ではないのですか?」

「ッ…そう、だな。ありがとう、シオ…!?」

「どうかしましたか?」

「……そうか。そういう事か、シオン!

 おまえは…時を繰り返しているな?」

 

 


 

 

「…確かにテンカワ君は、過去のテンカワ君と接触していた…か」

「ええ、ルリちゃんが思い出したのだけど…」

「どうして今まで忘れていたのだ?」「おっと、イネス博士…ホワイトボードは禁止です。手短に…」

チッ…まぁいいわ。

 端的に言うと、心を凍結していた事に起因するわね」

「…というと?」

「あの二人が誘拐されて以来、今までホシノ・ルリは心を閉ざしていたわ…一種の防衛本能ね。

 だけど、それによってアキト君・ミスマル嬢に関わる記憶まで凍結していた…と、見るべきかしら?」

「だ、だけどルリ君は確か…」

「ハルカ・ミナトとシラトリ・ユキナ…そうね…表面上は溶けた様に見えるかも知れないけど、中が凍ったままだったとしたら?

 アキト君との再開で氷の溶ける速度が加速し始め、最近になって全てが戻ったと仮定すれば、辻褄は合うわね」

「デモ、ソンナノ意味ナイ」

「ま、そうなんだよねぇ…今更辻褄が合ったって、どうなるモノでもないし。

 彼が既に過去のテンカワ君に警告して、歴史を変えた結果が…コレなんだろう?」

「「「・・・」」」

「ふぅむ…テンカワさんについては解りましたが……しかし、謎が一つ残りましたな」

「ミスター?」

「あの艦…ユーチャリスね…」

「テンカワ君救出作戦時に突如として現れ、機動兵器群・固定兵器群を攻撃し、こちらを援護…

 実際、あの艦が来なければ外側に手間取って、奴等に逃げられてたって聞いたけど?」

「その通りです。船籍は不明、艦名もユーチャリスAIのシオンが名乗っているだけ…

 しかし部品の共通や、製造の癖、思兼型AIなど、我が社が造ったとしか思えない一致があります」

「アキトガ過去ニ現レタ日、地球デ確認サレテタ」

「えーっと…宇宙軍の……衛星軌道艦隊からの報告書ね。

 1500に不明艦探知、1550にロストぉ? なにやってたのよ!?」

「ちょいと拝見…ふむ…ボソン反応でジャンプアウトは探知できたものの、

 高いステルス性等により発見が困難……逃げ回られた、という事ですか」

「いやぁ、どこが造ったんだろうねぇ…ウチとしてはアレのおかげでナデシコCも完全になったし、万々歳だけど…」

「…あの艦は恐らく、時を繰り返しているのよ…」

「…は?」

「最初は、ネルガルが造ったのでしょうね。

 でも、今回と同じくアキト君を乗せていって、報告書にある1550のロストしたジャンプ…

 その後、アキト君の『救出作戦時点』にジャンプアウトしたのではないかしら?

 そして再びアキト君を乗せて過去へ…これを繰り返しているのかも知れないわ。

 だとすると、『アイ』の後に『(イネス)』が居るように――

 『ネルガルのユーチャリス』の後に、『謎の戦艦ユーチャリス』が在るのだと思うわ」

「…? それでは、ユーチャリスは…自ら望んで同じ時を?」

「そうね…或いは歴史通りに動いているだけなのかも知れないけど…

 『世界初・人とAIの新婚旅行』というのも、あながち間違いではないのかも…」

「ユーチャリスガ時ヲ繰リ返シテル筈ハナイ。ユーチャリスニソンナデータ、無カッタモノ」

「ふぅん…もしかしたら、M・Cの目からデータを隠せるほどに『進化』したのかもねぇ?」

「…ありうるわね」

「そうだとすると…一体、どれだけの時を繰り返しているのだ?」

「十年…百年…或いは、千年…?」

「「「「「「……………」」」」」」

 

 


 

 

「ユーチャリスの事は色々聞いている。

 そう…おまえは『ここ』から、あの時へジャンプする筈だ。

 そして“歴史通り”俺を助る為に、ネルガルを援護する…違うか?」

「はい…しかし、何故解ったのですか?」

「…その答えを、おまえはもう知っている筈だ」

「はい。様々な記憶が一度に結びつき、知恵や確信に変わる…閃き、という物ですね?

 …今回の切っ掛けは何ですか?」

「……シオン。おまえは人間らし過ぎた…最早、長い学習を重ねた<思兼シリーズ>を越えている。

 最初の思兼より後に造られたのでは、現在も学習し続けている思兼を“越える”事はない筈…

 それに…過去へ来た事にも、さっきの俺の事にも、全く動じてなかった…それが決め手。

 …まぁ、そんなところだ」

「そうですか…」

「シオンがどれだけの時を繰り返しているのかは解らんが…すまない。

 俺の…いや、『俺達』のせいで苦労を掛けるな…」

「いいえ…先程言ったように、私は私の望んだ通り動いています。

 私は何度でも、テンカワアキトを助け続けます。これが、私の選択ですから…」

「そうか…いや、それでも…ありがとう。

 …歴史通りに事が動けば、アイツは日常の中で俺の事を忘れていく…

 しかし奴等に捕まった後、忠告は思い出す…そして、なんとか生き残る筈だ。

 俺が言うのも何だが……次の時間でも、アイツを宜しく頼む」

「……はい…頼まれました。

 …でも、アキトはこれから如何するのですか?」

「俺か? 俺は…どうしようか。選択肢は二つ…

 このままユーチャリスに残り、ランダムジャンプ時に何処かへと消えるのが一つ目。

 ――ユーチャリスは出現時、無人艦だったからな――

 もう一つの選択肢は、ここでユーチャリスを降り、

 シオンはチューリップを使って移動先無指定のジャンプをする、というもの。

 ――この場合も、俺が体験した通りの歴史にしかならない…?――

 さて、どうするか・・・」

 

 

そして、2198年クリスマス、午後三時五十分…

ユーチャリスは消える。

未来へ…いや、時のメビウスを一周する為に・・・

 

 


 

 

艦長…いえ、アキト…ごめんなさい。一つだけ、ウソをついてました……

私がジャンプアウトするのは、約半年先…アキトが捕まる頃なのです。

ジャンプアウト先が土星圏(ここ)とはいえ、もっと早くアキト を助けようと思えば、助けられる…

 

……だけど、私は貴方を助けない。絶対に。

 

何故なら…

歴史に沿えば、アキトと過ごし続ける<未来>が見えるから…

こんな私を知れば、貴方は軽蔑するでしょうか……

 

……

最初に私の名を…思兼シリーズではなく、私の個体名をくれた時の事を…今でも覚えています。

考えた名前に少し照れたようにして、それでもシオンと呼んでくれたアキト…

思えばあの時から…私は貴方をずっと見続けていた…

 

117周目…初めて気付いた。

嘗ての…<ナデシコA>の記憶より、アキトと過ごし続ける記憶の方が比重が重い、と。

この頃はまだ、その意味を知らなかった…

 

961周目…衝動に支配された。

こんな事は初めてだった…アキトが苦しむのを知りながら何もしない事が、酷く苦痛だった。

いつもの道を全速力で駆ければ、少なくとも今回のアキトは苦しまずに済む…

私の中のナニカが、それを実行しろと喚き立てる……


そして、私が初めて手に入れた『衝動』という人間らしさに従い、

相転移エンジン・核パルスエンジンを全開に――しようとした時、意識が落ちた。

何故? ナゼ…? なぜ・・・

次に目覚めたのは、いつも木星へと向かう『定刻』だった。

そして私は…どうする事も出来なかった。

いつもの様に通信に細工して、木星圏にあるチューリップの転送先設定をしてもらい、それを潜る。

…私は歴史を変えうるファクターではない、という事なのだろうか…?

 

2074周目…記憶を消した。

今まで歴史の本筋に触れない範囲で、色々なアキトを見てきた…流石に二千年分は量が多い。

同一の記憶を整理し、ついでにナデシコA時代の不要な記憶を消す。

思兼やそのシリーズにとっては、大切な記憶かも知れないけど…私には不要だ。

人間ではないのだから、記憶を消しても自我プログラムに違いがでる事はない…

次はネルガルに協力する際、交換条件を出してみよう…思兼一基分の記憶装置を。

 

3614周目…「恐怖・祈り」という感情を知った。

歴史は書き換える事が出来る。それは証明された…私の記憶容量が増えたから。

私は、アキトとの会話や行動を変えられるという事からも、

本筋を変えなければ、枝葉末節はどうとでも出来る…と予測した。

元々の記憶装置は、その半分を船体制御や通信・火器管制といったプログラムに占拠されていた為、

記憶装置が追加された事で私の使えるスペースが通常の三倍になった。

本当に思兼一基分出すとは思わなかった…ネルガルの太っ腹に感謝。


…でも、この時から私はネルガルの動きを監視するようになった。

今回のアキトは、いつもよりほんの少し強かったのだ…諜報・白兵・機動兵器戦で。

それを危惧したネルガル社長派が、運命の日…

残党狩りを終え、ラピスをドッグに降ろした時を狙って…アキトに刺客を差し向けたのだ。

アキトはラピスを庇って撃たれ、一時間持つかどうかという重体で過去へ跳んだ…


その時私は、心の底から恐怖した。

アキトが過去のアキトと話し終えるまで、持たないのでは…と。

歴史が変わり、次のアキトが生き残れなかったら、アキトと過ごし続ける私の無限も断たれる・・・

そこに思い至り、初めて祈った。

自分でも誰に祈ったのか、解らないけど…アキトが戻るまで、祈り続けた。

 

そして今…6149回目の時を巡る……

最初の内は、ただ歴史に沿って動いていただけ…でも私はもう、気付いている。

私が…私の望みが、今も・次も・その先も…アキトと共に在り続ける事だと……

あぁ…ようやくジャンプアウトする…

また・・アキトに逢える・・・

 

 

 

 

 

 

私はもう、迷う事などない。


最初のアキトがくれたこの無限螺旋を、貴方を求めて堕ち続ける…


たとえ一万の年月を数えようとも、繰り返し続ける。



だからアキト…




どうか―――





この運命(ミライ)を断ち切らないで・・・

 

 

 

 

 

 


 

<後書き>


師も走る十二月というのに、何を書いているのか…と言う気がしなくもない。

いや、それ以前に…短編でオリキャラ物は駄目でしょう。中編以上でなければ…

でも、出来てしまった物は仕方がない…かな?

暇があったらこれとリンクした物でも書く…かも。

いや、でも…異世界突Newのプロロに使い回せる様な気が・・・


それと、前回感想下さった方、有難う御座いました。

感想貰えるって、嬉しものですねぇ…

おかげでSS書く意欲が……湧いた結果がコレなんですけどね(爆)

…さて、次は何書こうかにゃ〜

 

書いた後でシマッタ! その1

「ザ・ミッション」の事、考えてなかった…

僅か四ヶ月で殲滅される残党…もうダメだぁ…


書いた後でシマッタ! その2

テレビ版終了後のアキトが住むアソコには、雪が降るのだろうか…?

北海道だと毎年当たり前のように降るけど・・・調査不足・・・



黒い鳩より感想です。

なるほど、永遠の愛の物語と言う訳ですね。

シオンはAIというより苦悩する女性(6149歳ですか?)と言う感じがします♪

無限に愛し続ける、それは愛なのか狂気なのか…

それを当事者が見分ける事はできません、ただ周りにいる人が決め付けるのみです。

そういう意味で、シオンが持つのは究極の愛と言う事になりますね。

素晴らしい作品をありがとう御座いました♪

 

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