難民の様子を見ることになった。
難民、と一言で片付けるのは難しいが、大多数はサイトが防衛していた地域のガリア国民である。
ひと通り難民の生活を見てまわり、オルニールの人々が色々と手助けをしてくれていることを確認してサイトは安堵した。
中佐の言うことは間違いではなかったのだ。
途中でサイトの姿を見かけ、話しかけてくる住民も多数いた。
そこで普通に接することができるのが、またサイトの強みと言えよう。
そこで色々と話しをしつつ、サイトはいい加減軍営に戻ろうとした時だった。
サイトは、ティファニアがあの日、助けた少年を見つけた。
少年は、ひとり仮設家屋の隅にうずくまっていた。

「君、1人か」

サイトが問うとコクリ、と頷いた。

「なぜ、一人なのだ」
「一人で、いたいんです」
「そうか」

サイトは知っていた、この少年が孤児であり、ティファニアが保護していたことを。
また、ティファニアを本当の母親のように慕っていたことを。
ティファニアは宿屋を営むことと共に、よく孤児の世話をしていた。
少年の他にも多く、ティファニアと関わった孤児は居る。
そして、丁度1年前になる、あの戦いから。
それは、サイトがガリア内で必死の抵抗を試みる中起きた悲劇と言っていい。
サイトは、周辺住民の保護の名目で要塞内に退避させていた。
それが仇となった。
ガリアは自国の民ごと、火計で要塞を撃破する戦法をとった。
油断もあった。
小銃・大砲が発展したこの時代にまさか火矢を打ち込んでくるとは、サイトも想定していなかった。
火矢が要塞内の至るところで突き刺さり、燃え、広がり、軍民問わず、ティファニアと少年も例外なく災禍に見舞われた。
消化が終わった頃には、要塞内の家屋はほぼ燃え尽きていた。
そして、多くの者が火災で死んだ。
ティファニアは焼けて倒れてきた梁から少年を守るため庇い、下敷きとなった。
少年はティファニアに抱えられ、気絶していた。
いち早く、二人は見つけられ、消火班と衛生兵が駆けつけたのだが、ティファニアの方は助からなかった。
少年も一命を取り留めたものの、数カ所に火傷を負った。
今もむき出しの腕には、生々しい傷跡が残っている。
一生、消えることはないと医師が言っていたのをサイトは聞いた。

「君は、これからどうする。いや、どうしたい」
「わかりません」
「他の子らは」
「皆、ここの人たちによくしてもらっています」
「なぜ、君も同じようにしない」
「それは、俺が一番年上だから……」

違う、とサイトは一瞬で見ぬいた。
少年は嘘を付いている。
確実に、ティファニアを殺したのは自分だと思っているのだろう。
また、自責の念から人と触れ合うことが怖いのかもしれない。
ここで事実を告げるべきなのか、サイトは迷った。

「君は――」

しかし気がつけば口にしていた。

「君がティファニアを殺した。それは紛れも無い事実だ」

そう言ったサイトを見る少年の目が、揺れた。

「そしてあの時、君も死んだのだ」
「死んだ」
「そうだ、君は死んだ。そして、あの炎の中で君は生まれ変わった」
「ティファニア姉さんは帰ってきません」
「それは違う。ティファニアは今も君の心の中で生きている」
「え?」
「たとえその身が果てようと、なぜティファニアは君を守ったのか。それは君のことを大切にしていたからだ。その気持すら、君は君自身が立ち止まることで無駄にする気か?」
「そんなことしません」

少年はサイトをはっとした表情で見た。
構わずサイトは続ける。

「ならば二度とうつむくな。君が思い続ける限り、ティファニアは死なない。君の心の中で生き続ける。さあ、立ち上がれ」
「はい」

少年は言われた通り、立ち上がった。
サイトの言うことが悔しいのか、それとも。
だが、今はこの少年が立ち上がったことに意味があるとサイトは思った。

「よし、それでいい」
「僕は、これからどうすればいいのでしょう」
「まずは仲間のもとに行くがよい。それから考えて、何か気付いたら私のところに来るとよい」
「分かりました」
「それと、君の名だが――今日から君は『イグナイト』と名乗るがよい。炎より生まれ変わりし者にこそ相応しき名だ。その炎は未練も何も、きっと浄化してくれる。そして、全て艱難を焼きつくすのだ」
「イグナイト。それが僕の新しい名前……」
「そうだ。さあもう行くがいい」
「はい」
少年――イグナイトは駆け去った。
その後姿を見て、サイトは少年がひとつ成長したことを感じた。



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