国破れて山河在り。
かの有名な一節から始まる詩がある。
その意味を理解するに、すなわち全てを失うことなのだと思える。
だから、何もかも無くなるよりは、国があったほうが良いのかもしれない。
そう言った意味で、トリステインの命脈は保たれた。
しかし犠牲になった者の無念、犠牲になった者の縁者の悲しみはどこにぶつければ良いのか。
国は答えてはくれない。




捷二号作戦は成功した。
トリステイン軍はパッシェール基地を陥落させ、ガリア東部の都市も多数占領したのである。
これは戦略的にも、戦術的にも完全な勝利となった。
しかし、成功のために払った代償も大きかった。
トリステイン軍の捷二号作戦における最終戦死傷者の数は40万を超えるとの集計結果が出ていた。
対するガリアも25万の死傷者を出し、二週間に満たない戦闘の間に両軍あわせ70万近くの将兵の犠牲が出たのはハルケギニア大陸歴史上、初めてのことだった。
ただ、戦闘の犠牲者を悼むのもさることながら、肝心の講和条約の方はというと、これは捷二号作戦の成功でトリステインにとって少しは良い方向に転がった。

さる4月9日、両軍の将軍宛に正式な停戦命令がくだされる。
それから一週間後の16日、正式にトリステイン、ガリア両国の間に講和条約が締結され、ここにトリステイン・ガリア戦争は終結した。
会議の場所がゲルマニア首都ウィンドボナだったことにちなみ、ウィンドボナ条約とのちに呼ばれる講和条約の内容を要約すると、以下の通りである。

1、トリステイン王国はガリア王国に対し、この戦争によって被った損害を全て保証する。また、別途賠償金も支払う。
2、トリステイン軍が占領しているパッシェール基地の返還。
3、トリステイン軍が占領している東部諸都市の返還並びに駐留軍の武装解除。

領土に関してはどちらも得るものはなく、賠償に関してはトリステインがすることになっている。
これは講話の代表団としても最初から想定していたことだった。
また、これ以上に領土等も奪われると思っていたのだが、基地、都市の返還をすることによりトリステイン領土事態は守れたので代表団は胸を撫で下ろしている。
東部地域にて武装解除されたトリステイン軍将兵は皆ガリア側に引き渡すことになった。
おそらく長い間勾拘留を余儀なくされるだろうが、それも致しかたないことだと認めている。
戦争を引き起こした原因については、もとよりアルビオン皇太子暗殺事件が起きたのはマザリーニ一派のしたことであり、トリステイン王室とは関係の無きこととした。
しかしながら、そのマザリーニを含む謀反人を野放しにした責任は確かに女王陛下にあるとして、その点からガリア側には賠償金を支払うことにもなったのである。
トリステインは結局、この戦争で民を多く失いながらも、何も得るものがなかった。
それでも、トリステイン王国という国体は護持したのだから、何もかも失うよりはよっぽどマシだと言える。
また、トリステイン国内が戦争によって荒廃することがなかったことも幸いだったと言えるだろう。
仮にトリステイン国内で戦闘が行われていれば、その地域の再興だけでもまた、巨額の金が必要になったのは言うまでもない。

引き続いて戦争終結によってトリステイン国内にも変化が生まれる。
当然最初に行われることは多くの兵の除隊処分である。
まず国境線上に展開する部隊、並びにパッシェール基地を占領する部隊の帰還をもって、最初の除隊処分が行われることになる。
およそこの時の除隊を許された兵は30万人で、各々喜びの表情で故郷へと帰ったとのことだ。
残留することになった兵には未だに情勢の不安定な南部に展開することになる。
ただし、彼らもその後すぐに除隊、または復員をされることになった。
王宮を守る近衛隊も解体、再編されることになり、規模を大きく減らしている。
戦争で多くの働き手を失っていたことはやはり大きく、そのために兵の殆どを除隊せざるを得ないと言うのがトリステインの実情だった。
トリステイン王家に関して、アリエッタ王女が処断されることはなかった。
王家に関しても、戦争責任が発生してもおかしくなかったのだが、マザリーニ一派の横暴な政治、アリエッタ王女は何も知らされていなかったことなどを鑑み、処罰は免れた。
これには高度な政治的理由もあって、もしもこの時点でアリエッタ王女まで処罰されたとあっては、トリステイン国内にいらぬ権力闘争の火種を残すことになりかねなかったからだ。
まして王家と言うのは他の国の王家と親戚関係にあることが多く、現に死亡したアルビオン皇太子もアリエッタ王女の従兄であった。
ならば王家を廃止していらぬ混乱、他国への侵攻の口実を与えるよりは、何とかアリエッタ王女を周囲が補佐し、その血筋を利用して上手く外交で乗り切ろうとのことになったのである。

貴族に関しては多くの者が子息、子女を亡くしたことにより、特に下級の貴族がお家断絶になるところが少なくなかった。
このままではすわ貴族制自体が無くなるのではないか、そう貴族の者たちは思いもした。
だが、その心配は杞憂に終わる。
少なくとも、貴族の者たちも前線で戦い、死んだ。
そのことによって国民はあまり悪辣な印象を持っていなかった。
それどころか、優先して下級兵を助けてくれた貴族の指揮官に感謝の意を表するものも少なくなかったのだ。
これにより議会でも貴族制を廃止せよとの大きな声が上がらず、そのまま貴族は貴族として存続することになる。
多くの若い貴族士官の死が、結果として彼らの家を救ったのだ。
その死はここにきて国民によって深く感謝され、報いられたと言えよう。
他に特筆することと言えば、断絶となった貴族の所領のほとんどが、民間に開放されることになったことがある。
ただその中で唯一、オルニールの地だけ、筆頭侯爵であるラ・ヴァリエール家が管理することになった。
こうした一連の変化の中で、まだ少しの混乱がトリステインには残っていなくはなかったが、人々はそれよりもまず、長らく続いた戦争が終わり、平和になったことを素直に喜んだ。




結局は捷二号作戦の成功が終戦に結びついたわけだが、やはり払った犠牲は大きすぎた。
40万を超える死傷者、中には廃兵となる者も多くいる。
戦後処理で、頭を抱える問題は山積みなのだ。
おかしな話かもしれないが、終戦後迅速に軍がしなければならないのは軍縮だった。
前述の通り、除隊処分はしたものの、それは一部の担保にしかならない。
では、どの部隊を削ったのか。
それは王家直属の近衛隊だった。
近衛隊は即、大多数の部隊が武装解除され、一般兵と変わらぬ処遇になった。
不服が出なかったわけではないが、それでも兵をやめたとして、今まで戦いのことしか知らないので他の職につくのも難しい。
だったらまだ兵士であったほうがマシだとの風潮になったのは不幸中の幸いで、このもと近衛隊出身者が除隊した人員の穴埋めをしていた。
軍を切り詰めてでも歳出を減らさないと国の財政が持たない。
ここに、ハルケギニアにその名を轟かせる魔法部隊を率いた、一大軍事国家トリステインの威容は失われたのである。

捷二号作戦、先鋒を務めた指揮官3名のうち、ニルス大佐(死後2階級特進)、マッツ大佐(死後2階級特進)は戦死、特にマッツ大佐の部隊はその指揮系統内の将官が全滅している。
軍学校の新進気鋭、将来を嘱望されていた者も多く死んだ。
ケティ中尉(死後2階級特進)、ギムリ少佐(死後2階級特進)はともに戦死。
レイナール中佐は負傷、退役。
また別働隊ではマティアス中佐(死後1階級特進)が戦死した。
全軍の指揮をとったポワチエ大将も予備役に編入された。
さてあと1人、この戦争で一番有名になった男。
その消息はトリステイン国内の誰もが知るが、知らないことだった。

彼、サイト・ヒラガの足取りはヴァレンナを出てからと言うもの、散発的な情報しかなかった。
あくる停戦の前日、国境線上のにらみ合いを除き、ガリア首都周辺で最後の会戦が行われた。
首都付近に編成されたガリア軍20万に対し、黒備の具足に騎馬だけの部隊およそ8千は勇敢に戦ったが、衆寡敵せず殲滅されたとのことだ。
何分、ガリア領内での戦闘であるだけに、トリステインに送られてくる情報は少ない。
噂によればわずか8千の兵で敵に7万を超える被害をあたえ、あまつさえ首都に侵入しガリア王に停戦を即刻するようにとサイトが訴えたと言う。
それが現実に起きていたら、珍事だろう。
あくまで噂の域ではあるが、その失態をひた隠しにするためガリアは情報を公開しない、と言われていたりする。
ただ、それはいくら何でも有り得ない話だろうと、誰も相手にしなかった。
事実、黒備の8千騎は停戦命令を出された9日にはトリステイン軍でもMIA(戦闘中行方不明)とされ、講話成立後正式にKIA(戦死)と判断された。

戦争終結後、各地のトリステイン軍(元サイト部隊)1万2千名が武装解除命令を受けたが、その中にもサイト率いる部隊員の名は一切無い。
彼らは戦時捕虜として、今もガリアに拘留されているが、扱い事態はそこまで悪くないらしい。
特にトリステインの者たちが驚いたのは、ヴァレンナで武装解除をした部隊の隊長が正式な調印をする折、帯剣を許可されたことだった。
それはかつて、サイトがタバサの率いていた兵を降伏させた時にしたことと、全く同じだったのである。
些細なことかもしれないが、その話はサイトの精神が敵軍にも伝播していた事実を、トリステインに知らしめるものである。
また、この出来事によってサイトという軍人が、いかにガリア国内で評価されているか分かる。
ガリアでのサイトの評価は「トリステイン史上最高の前線指揮官」と称されるほど、高い。
多くの兵が死に、理性的でなくなる戦場において、サイトの部隊だけは最後まで理性的であった。
敵味方関係なく死者を葬り、捕虜は決して虐待せず、占領した近隣住民にも危害は加えなかった。
それに加えてタバサ(ガリア皇女シャルロットとしてガリア国民には知られている)の遺骸を返還した話などは、一種の伝説としてガリア国内では語り継がれている。

これだけの功績を残しておきながら、残念なことにトリステイン国内ではサイトの評価は落ち込んでいる。
講話の内容にある賠償金の支払いが問題だった。
国民が、いや、このことに関して一部新聞などの情報媒体が賠償金支払いのことでサイトを引き合いにだしたのだった。
新聞の論説は『このガリア戦争の終結が図られたのは結局のところ賠償金が一番の争点であった。賠償金の額が巨額であることは間違いないが、結局のところ我が国は掲示された額を支払うことにあった。これらにより、戦争が長引いた原因は外交の責任であるのは言うまでもないが、それ以上に講話交渉が始まっているのを知りながら戦闘行為を押し付け、兵を大量に死なせたポワチエ大将、サイト中将の責任も大きいものである。彼らは迫る講話によって軍部の威信が落ちるのを防ぐために、少しでも戦果を拡大しようと無駄に戦闘を続けたのだ』と書かれた。
この内容を鵜呑みにするものは多くなかったが、それでも困惑するには十分なものだった。
最も戦時中にサイトを担いでいたのが新聞媒体であった。
しかし、平和になれば軍人など無用の長物と言わんばかりの記事を書き、あまつさえサイトを貶めるようなことを書いたのであるから、その変わり身の速さだけはさすがであると言える。

国民がサイトに対して、ある程度の負の感情を持ったことは軍にとって好都合なことだった。
元々マザリーニが悪いとは言え、軍もそそのかされて開戦し、敗北寸前まで追い詰められ、国民の生活を困窮させた負い目があった。
軍は罪過を何とかごまかし、なかったことにするためにサイトのネガティブ・キャンペーンをしたのである。
そのためにまず、指揮ぶりに問題がなかったにかかわらずポワチエ大将を予備役にし、サイトを戦死と判断したあとに、敵前逃亡の汚名を着せ、軍籍剥奪、領地没収を敢行した。
この行いを知った国民の大多数は、今まで英雄として見ていたサイトを、マザリーニの一派と同等の「乱世の奸臣」と見なしてしまった。
町中で行われていたサイトを題材にした劇は公演されなくなり、それまで回復傾向にあった北の民に対する感情も悪化した。
戦後、2ヶ月あまりは王都周辺で北の民がリンチで殺される事件が多数発生し、そのことによって北の民すらもサイトに対して憎悪を抱く結果となる。
国民の反応を見て、政府と軍はこれ幸いと、没収した領地をヴァリエール家、ひいてはルイズにあてに加増した。
ここでどうしてルイズなのかと言えば、忘れてはならないのがルイズも戦争中期まで活躍した英雄であったことだ。
図らずも、その後ルイズの名前はトリステインの中で稀代の英雄として祭り上げられる。
民も、新たな英雄に熱狂することでかつて祭り上げた奸臣のことを忘れることにしたのだ。
こうしてサイトは、いや、サイト以下8000名の兵には慰霊碑も建てられず、花束1つも送られることもなく、記憶の中で風化していく存在となったのである。




終戦から2ヶ月、トリステインのどこの街も、復興への熱気であふれていた。
そんな中、ルイズはシエスタとともに王都を出て、トリステインとガリアの国境線の場所へやってきていた。
さすがに戦争が集結しているので、兵の死体は残ってはいない。
だが、見渡すと辺りは砲撃によって開けられた穴が多くある。
ここはれっきとした戦場だったことを、示しているようにルイズは思えた。
かつて国境付近は、森が拡がっていた。
木は1本も生えていない。
すべて進軍のために伐採されるか、砲撃によって消し飛ばされたのだ。
だが今、木は無いものの草が地面に生い茂っている。
そのうち、ここは完全に草原として甦ることだろう。
植物の生命力の強さには、驚嘆させられる。

かつての森、今この草原に、サイトがいた。
だからルイズはこの場所を訪れた。
しかし実際に、サイトがいた形跡なんてありはしない。
すでにここの戦場も、過去のものとして忘れさられるのだ。
ここで多くの人が戦い、死んでいった人のことすらも。
故郷に帰ることもできず、異国の地で死んでいった人はもっと早く、忘れさられるのかもしれない。
ならば彼らは何のために戦い、死んだと言うのか。
埋没する歴史に、その名を刻むことすら叶わぬ、それでも戦った理由とは。
その問いに答えてくれる人はいないが、今は少しだけルイズに分かる気がした。
皆はまた、名もなく民のために戦ったのだ、と。
サイトだって、同じことだったのかもしれない。
ただ、英雄と祭り上げられたがために、人よりも多くの物を背負わされてしまった。
それが国であり、また不特定多数の民であったのだろう。
その重責を背負いながらも、サイトはよく戦ったと思う。
心優しい人だから、期待に背くことはしたくなかったに違いない。
それに、自分を信じてくれる人々を、サイト自身も盲目に信じたのだから。
だが結局、サイトは信じていた国に、民に見捨てられた。
路傍に打ち据えられる小石のごとき存在まで、サイトの評価は落ちたと言っても過言ではないだろう。
これではサイトは、何のために戦ったと言うのか。
その議論も、サイトの考えをもってすれば意味のないことであろう。
サイトは例え誰もが賞賛しなくても、その人たちのために戦ったに違いないからだ。
自分がなかったのだ、サイトは。
だから、誰でも、何でも守ろうとして自分を大切にしなかった。
自分がいなくなることで、誰かが悲しむと言うことを考えなかったのだろうか。

(結局、私1人置いて……馬鹿な使い魔、よね)

でもそれが、サイト・ヒラガと言う男なのだ。

「ルイズさん、大丈夫ですか」

ただ草原を眺めるルイズを、心配に思ったシエスタがたまらず話しかける。
いつもは陽気なシエスタが心配するほどに、ここ数日までのルイズは不安定だったのだ。
使い魔と言う半身を失ったのだから、落ち込むのは分かる。
シエスタもサイトが戦死と聞かされ、ショックを受け泣いた。
だが、ルイズはその比ではなかったのだ。
はじめこそ「仕方のないことね」と言っていたのだが、眼は虚ろで、まるでこの世に生きているとは思えないほどの様相であった。
そんなものだからいきなり出かけると言った時、自殺するのではないかと思いシエスタは同行を申し出て、現在に至るのだ。

「……」

ルイズは何も言わず、戦場跡を見つめる。
長く考えていたので、とっさに言うべき言葉が見つからなかった。

「ルイズさん!」

再度シエスタが問いかけて、ようやく反応できた。

「どうしたの、かしら?」
だが、振り向きはしない。
まだ思考は煩雑としているし、それに酷い顔をしているに違いないから。

「もう帰りましょう。ここに長くいても、辛くなるだけです」
「心配性ね、貴女は」
「当たり前です。私はルイズさんのメイドなんですから。さあ、早く!」

シエスタの声に焦りが現れる。

「私がいなくなっても、貴女たなら引く手あまたでしょう?」

ルイズなりの軽いジョークだったが、タイミングが悪かった。
その言葉にシエスタは激怒した。

「いい加減にしてください! 今、仕事のことはどうでもいいんです! だけどルイズさんがそんなじゃサイトさんが悲しみます! 私だって――!」

ルイズは振り向きシエスタの口に指を当て、口をつぐませた。

「そうね、ありがとう……」

ルイズは自分の軽はずみな言葉を恥じた。
これほどまでに、自分のことを思ってくれる人がまだ、近くにいるというのに。
シエスタだけじゃない。
他にも、残った同期生、戦場で知り合った仲間、家族もみんなルイズのことを心配している。
これほどの幸せを持ちながら、どうして自分だけ沈んでいようか。

「私は、1人じゃないのね」
「そ、そうですよ……! ルイズさんにはルイズさんのことを思ってくれる人がたくさんいるんですから!」

顔を少し逸らし、シエスタは言った。
その挙動が少し喜劇じみていて、ルイズはクスっと笑った。

「まったく、どうして私の周りにはこうもおせっかいが多いのかしらね……どうしたの、シエスタ?」

シエスタは呆けた表情で、ルイズの顔を数秒見ると、唐突に我に返った。

「わ、笑いましたよね……? 笑った……ルイズさんが、笑った……!」

シエスタはすぐにルイズの手を取り、ブンブンと振った。

「私が笑ったらおかしいのかしら」
「だって、戦争が終わってからと言うもの、ずっと笑ってなかったじゃないですか!」
「そうだったの。でも、いい加減手を振るのはやめなさい」

そうは言ったが手を振り払いはせず、握ったままだ。

「嬉しいんですよ、私。ようやくいつものルイズさんが戻ってきたんだって」
「……ごめんなさい、シエスタ。貴女には迷惑をかけるわ」
「いいんですよ、それくらい。重ねて言いますけど、私はルイズさんのメイドですから」

笑顔のシエスタを見て、釣られてルイズも笑う。

「そうね。貴女がいてくれて、本当に助かる」

ルイズの偽らざる心境だった。
サイトがいなくなったと聞いて、足元が崩れていく音がした。
心配させまいと気丈に振舞おうとしたけど、無理だった。
だから、とても暗い顔をしていたし、口数も極端に減っていた。
誰が訪ねてきても、上の空だった。
それでも、シエスタは普段通りにメイドとして働き、ルイズにも普段通りに接してくれたのだ。
シエスタだって、サイトが死んでショックであったであろうに。
ルイズは改めて、シエスタの存在に感謝した。
傍に彼女がいなければ、ルイズは本当にサイトの後を追い、死んでいたかもしれない。
いや、今思えば訪ねてきてくれた人たちも、自分のことを励ましにきてくれたのだと、理解することができた。
皆ルイズのことが好きで、いつも笑顔でいて欲しいから。
でも、そんな人たちが自分の周りに集まってきたのは、紛れも無い、サイトのおかげなのだ。
サイトがいてくれたから、ルイズは変わることができた。
変わることで、ルイズには友と呼べる人ができた。
こうなることを誰よりも願っていたのは、サイトだ。
だけど今、サイトはいない。
行方は知れず、今も異国の地に謎が残るばかり。
そんなこと、主たるルイズ・フランソワーズの矜持が許さない。
ルイズは自分の胸に沸々と情熱が湧き上がるのを自覚した。
心の奥底にくすぶっていた感情が、奔流する。
ならば、もう思う様いこうではないか。

「決めたわ、シエスタ。私は、サイトを探しに行く」

そう言うルイズの瞳に、迷いは一片も無かった。

「そうですか、サイトさんを探しに……えっ?」

最後は間の抜けた声になっていた。
思わず、握った手も離してしまう。

「ちょっと待ってください、ルイズさん。それってどういうことですか!?」
「どうもこうもない、言った通りよ」
「いや、ですけど……サイトさんはもう」

歯切れが悪い。
当然だ、シエスタはサイトが死んだと思っているからこその反応。
しかしルイズの意志は揺るがない。

「まだ、サイトが死んだと決まったわけじゃない」
「どういうことですか?」
「確かにサイトは、戦死とされた。でも、それは行方が分からないから、そう認定されただけよ。もしかしたら、サイトはガリアで生きているかもしれない。私は、少しでも可能性があるなら、それに賭けて、探しに行く」
「ルイズさん……」

憂い顔をシエスタはあらわにした。
確かにサイトの死に関しては、情報が少ない。
だから、生きている可能性も、あるかもしれないのだ。
しかしその希望を抱きつつ望まぬ結果、つまりは戦死と言う現実にぶつかった時に今度こそルイズは死を選択するのではないか。
そのことがシエスタは心配だった。
ルイズはシエスタの心情をよそに、不敵に笑った。

「大丈夫よ、シエスタ。私には貴女がいる。大切な仲間も、両親も、姉も、妹もいる。だから絶対に私は死んだりなんかしないわ」

それこそ、サイトに笑われてしまうから。
自分がいないくらいで弱気になるなんて、貴女らしくないですよ、とルイズの耳元には聞こえるような気がした。

「……そうですね。まだ、サイトさんが生きているかもしれないなら。たとえどんなことでも、自分の思うとおりに突き進む。それでこそ私の知っているルイズさんです!」

ルイズの笑みと、その毅然となった姿を見てシエスタは自分の考えが杞憂であることを悟った。

「ええ、そうよ。私こそがルイズ・フランソワーズ。サイトの唯一にして絶対の主。だから必ず、迎えに行ってみせる」

シエスタの答えにルイズは満足し、決意を改めて言葉にする。
そしてもう一度草原を見渡した。
この緑の先に、サイトがいるかもしれない。
一縷の望み、それは儚い光と同じだ。
それでも、光のさきに僅かな可能性が残っている限り、ルイズは追い続ける。
愛する彼と、再び逢えると信じて。
そして自らの口で、彼に真実の愛を告げるために。




サイトのガリア戦争奮闘記 完




あとがき

「サイトのガリア戦争奮闘記」、これにて終幕。

シルフェニア様に以降してより2ヶ月弱、無事に作品が終わったことでホッとしております。

この作品を通じ、「ゼロの使い魔」に少しでも興味を持っていただけたならば、幸いなことであります。

今までガリア戦記にお付き合い頂いた読者皆さまのコメント、拍手はおおいに私の励みになりました。

最後に、この作品を最後まで読んで頂いた皆さま、ありがとうございました。

いつかまた、皆さまにお会いできることを願い、最後の言葉とさせて頂きます。


11月某日 某所より  八代 栄



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