バレンタインSS
涼宮ハルヒの憂鬱
『私を貰って……(ぽ (嘘)』
「は? じゃないわよ、キョンあんた、今日が何の日か知らないわけ?」
「今日……2月14日、バレンタインデー」
いや、そんな事は知っている、男共が普段通りに平静を装いつつ内心は
普段の行いが評価されてしまう判決の日だ。
かく言う俺も例外に漏れず朝から下駄箱や机のチェックをこっそり行っている。
ちなみに成果は聞くな。
それも当然、ハルヒという破天荒女に付きまとわれて以降
SOS団関係以外で俺にまともに声をかけてくるやつなどいないのだ。
ちなみに期待していたSOS団員のほうだが。
まず、一番期待していた俺の心のオアシス朝比奈さんは先ほどから俺と目が合う度にすまなそうに視線を逸らしている。
……そんなに俺は物欲しそうにしてましたか、ごめんなさい。
さて、次にバレンタインという行事を知っているかどうかすら不明な長門だが
いつも通りで本を黙々と読んでいる、やはりバレンタインを知らないのだろうか。
時々俺の視線に気づくと本から顔をあげて「何?」と尋ねてくるが
無論、俺からバレンタインについて説明する事などもっての他である、「いや、なんでも」と言うしかあるまい。
さらにその次に(?)古泉だ、あろう事か奴は両手いっぱいにチョコを抱えて部室にやってきやがった。
そしてこの俺に向かって
「義理とはいえこの時期は大変ですよね、頂いた方には申し訳ないですが1人では食べきれないので、よろしかったらいくつか如何ですか?」
などといつもの爽やか顔でほざいてきやがったので部屋の外に連れ出して3〜4発ほどキツイのを食らわしてやった。
申し訳ないと思うなら死ぬ気で食え。今日と言う日にチョコを貰えない男達の心の慟哭を舐めるなよ。
まったく、俺がこんな惨めな想いをしなければならないのも、全てはハルヒのせいだ。
ハルヒと一緒にいるせいで俺まで変な目で見られているんだ、だから普通の一般人からはチョコを貰えないんだ、とんだ疫病神だ、くそう。
ああ、そういえば古泉が言うにはハルヒは神なんだっけな、やっぱり疫病神さまだったんだな、チクショウ。
で、最後にそのハルヒだ、俺だってもうこの女と付き合って……いや付き合わされてからずいぶん経つ、それなりに学んだのだ。
ハルヒが俺に包装済みのバレンタインチョコをくれるなんて殊勝な事をするはずが無い、あるとすればきっと何かの罠、以上だ。
「……で、なんだこれは、チョコか? ああ、お前が貰ったチョコを貰えなかった可哀想な俺におすそ分けしてくれるのか、ありがたい事だなチクショウ」
「はぁ? キョンあんたばかなの? ただし30倍返しよ、30倍、忘れんじゃないわよ!」
なるほど、そういう考えもあるか。
30倍という破格の利子に反論する気力すら失せ、げんなりしつつも、まあやはり嬉しい事は嬉しい。
「じゃあ貰っとく、さんきゅな」
素直に礼を言って受け取ると、ハルヒはフン、と鼻をならして去っていった、相変わらず尊大なやつだ。
……顔が赤らんでいたような気もするがハルヒに限ってそんな事はないだろう、間違いなく気のせいだな。
「ん……?」
朝比奈さんがこっちを見ていた、視線の先は俺ではなく、チョコ。
俺の視線に気づくと、朝比奈さんは不自然さ全開で視線を反らした。
なんだ……? ……チョコ……?
…………まさか……。
俺はおもむろにチョコの包装を解いていく、少々デリカシーに欠けるとは思うが非常事態だ
案の定、そのチョコには『キョン君へ』と可愛らしい字で書かれてあった。
……ハルヒが俺の事を君付けで呼ぶなんて事は閉鎖空間であってもありえない、のでつまりこれは……。
ちらりと朝比奈さんへ視線を送ると、俺の視線の意図に気づいた朝比奈さんは凄い勢いで首を振っていた、なんともわかりやすい反応だ。
「おい、ハルヒ」
「な、なによ……」
「悪いが、これを受け取ってもおまえにお返しはやれない」
「なっ!!?」
キッと、朝比奈さんのほうを睨み付けるハルヒ、やっぱりか
「だから明日、おまえが作ったのを持ってこい、そしたらお返しも考えてやる、まあ30倍は無理だが」
「え?」
一瞬ぽかん、と呆けるハルヒ、しかしすぐいつもの不遜な笑みを取り戻し、腕を組みふんぞり返り
「…………ふんっ、明日あまりの美味しさに腰抜かしても知らないわよ!」
いつもの尊大な態度で、そう言い放った
まったく、やれやれだな。
後で事情を聞いたのだが。
朝比奈さんはハルヒに「チョコを作って欲しい」と言われたので、恐らく俺に贈る物だと予想してチョコを作ったらしい。
俺が聞いたらまず間違いなくハルヒ自身が食べるためのチョコだと思うだろうが
今回ばかりは朝比奈さんの予想が当たっていたらしく、俺の下にチョコがやってくる次第となったわけだが。
で、その際朝比奈さんはハルヒの分のチョコと自分の分のチョコを間違って渡してしまったらしい。
まあ原因はなんであれ朝比奈さんにも落ち度はあると言うことで
朝比奈さんはハルヒに謝罪に行ったのだが、珍しい事になんのお咎めも罰ゲームもなく「気にしないでいいわ」と言って終わった。
何がどう作用したのかは知らないが余程機嫌が良かったのだろう、いい事だ。
その後、めでたく朝比奈さんから正式にチョコを受け取り
部屋の隅で大量のチョコに埋もれて気絶している古泉の分もついでに貰っておいた。
まあ古泉のやつもあれだけチョコがあれば十分虫歯になれるだろう、だから朝比奈さんのはやらん、俺のだ。
ちなみにハルヒが渡す予定だったチョコはなんとシンプルにもハート型のチョコだった。
……確かにシンプルと言えばシンプルだが、朝比奈さん……。
「ふう、結局ハルヒのを加えて3つか、まあ可も無く不可も無く……」
妹から貰った分を加算するのは我ながらどうかとは思うのだが
この日ばかりは数こそ正義、という事で明日学校で谷口辺りに聞かれるだろう数値のために加算しておこう。
そう思い、俺は今日貰ったチョコを机に並べて椅子に深く座り込んだ。
「ま、残念と言えば残念だがな……」
ふと、バレンタインである今日もいつもと同じように黙々とただ本を読んでいた少女―――長門有希の事を思い出した。
SOS団で―――と言っても男子2人・女子3人の中でしかないのだが
その内、長門からは結局チョコを貰う事は無かった。
長門の考えてる事は俺もまだよくわかるわけじゃないが、好感度数値的には貰えてもおかしくないと思っていたのだが……って好感度数値ってなんだ?
まあいい、貰えなかった物は仕方がないんだ、忘れろ俺、それよりも明日谷口に数を聞かれた時にやつが最も悔しがる台詞を考えよう。
……そう思いつつも、ついつい長門がもしチョコをくれたならどんなチョコだろうか、という想像を俺がしていると
「キョンくーん」
「どぅわ!?」
声と共に扉が開く音がして、妹が扉を開けた。
チョコを渡す長門の顔がほんのり頬を赤らめている想像をしていたので俺はかなり驚いた。
「あれ? どしたの? キョンくん」
「い、いや、なんでも……で、なんの用だ?」
平静を装って俺が聞くと、妹は手に持っていた受話器をふりふりと振った、電話か、こんな時間に誰だ。
「ん、誰からだ?」
「谷口さんだって」
谷口からか……どうせくだらない話だろう、切ってやろうか。
俺は受話器を受け取ると、話を早く終わらせるべくぶっきらぼうに話かけた。
「はいもしもし、何の用だ、くだらない用件だったら明日に……」
「私」
受話器から聞こえてきたのは一言、俺はそれが誰の声かすぐにわかった。
「……長門? どうしたんだ? それになんで谷口と……」
「声と名前を借りた」
なるほど。
「で、どうかしたのか、こんな時間に……」
ちらりと時計を見る、もう日が変わるまでそうそう時間も無い頃だ。
「来て欲しい」
「大事な用、急いで」
反論の時間も無く、それだけで電話は切れてしまった。
……なんなのだろうか、しかし長門にしては珍しく急かすような物言い……何か起こっているのかもしれない。
これまで長門の家に行く用事といえば大抵ハルヒ絡みの事で厄介事が起こった時ばかり。
もしかして、今日の事に関して何か問題でもあったのだろうか、ハルヒの作った妄想でチョコの化け物が出たとか……。
自分の想像にかなりげんなりしつつも、俺は家を抜け出して長門の家に向けて自転車を走らせた。
「入って」
ドアを開けた長門は、何故か制服のままでその上からエプロンをかけていた。
全力でここまで来た俺の苦労はなんだったのかと思わせるほどの平坦な声に従って、俺はとりあえず扉をくぐり
―――部屋中に漂う甘ったるい匂いに、眩暈を起こしそうになった。
「座って」
「あ、ああ……」
何がなんだかわからないままに、座布団に座る。
「待ってて」
それだけ言うと、長門は部屋を出て行く。
この部屋中に充満する匂いはもしかしてチョコだろうか……だとすれば長門が俺に……?
そんな期待に想像を膨らませながら、待つ事1分。
「おまたせ」
「あ、ああ、一体なんの……おわぁっ!?」
部屋に戻ってきた長門は、なんと2人に増えていた……って違う!!
「……な、長門……聞くが、これは……」
「チョコ、私が作った」
そう言った長門が持ってきたのは、長門そっくりの等身大チョコだった。
「本に載ってた、今日はチョコを贈る日だと」
そう言った長門が手に持っていたのは、漫画だった。
長門、それは漫画であってそんな物を実際に作るやつはいない……っていうか一体どうやって作ったんだこれ……
「食べて」
「え、食べてって……」
つうか……等身大て、こんなん人間が食べ切れるのか……。
「食べて」
いや食べてって……そもそも一体どこからどう食えば……って長門めっちゃ見てるし! 恥ずかしすぎるだろこれは……
「食べて」
そ、そんな目で見るなぁああああ。
「……迷惑だった」
〜〜〜ッ! ち、ちくしょう!! 食う! 食ってやるよ!!! うわぁああああああああ
その日、俺は一生分のチョコを食べた。
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・・・
チョコをたくさん貰って困る気持ちがこんな形で理解できるとは……。
まったくやれやれだ、もう当分チョコは見たくないな。
しかし、俺の悲劇はまだまだ続くのである。
俺は昨日部室で起こったあの事件の隠された本質をこの時はまだ理解していなかった。
それは翌日にハルヒが作ってきたチョコが言葉では表現できないほどトンデモナイ物体だったからなのだが……
まあそれについてはもういいだろう、俺はもう忘れたい。
やはり人生ほどほどが一番だ、まったく俺の人生にほどほどと言う物はもうやってこないんじゃないのだろうか。
ちなみにこの日を境に俺がチョコという物に恐怖を覚えるようになったのは言うまでもない。
FIN
後書き
な、長門の出番が少ないじゃないか!なんだこれはぁああああ!?(ガーン)
っていうかキョンモテモテ! 超ガッデーーーーム!!!(慟哭)
ごほん、さて、どうも雪夜です。
むしょうにハルヒが書きたかったので書いたのですがまだ自分が読んだ巻では鶴屋さんがあまり登場していません。
めがっさ入れたかったのですが時間も無いので残念ながら未登場という事で……にょろーん(笑)
あと、朝倉さんも書きたかったのですが
「それ無理!」と言われて刺殺もしくはチョコに毒が仕込んであるとかそういうのが浮かんだので削除しました(涙)
あ、ちなみに古泉は結構好きなキャラです、扱いがアレですが決して嫌いなわけではないのであしからず(笑)
っていうか知る限りだと本編でもバレンタインの話があった?ような。(汗
でも知らないのでハルヒにはお約束というかテンプレの料理下手になってもらいました><v
にしても原作がキョン視点なだけにむずい……
「原作のキョンと全然違う!」というのは自分でも重々承知なので大目に見てやってください^^;